艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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【NOVEMBER】-NOTIC

 

 東雲が叢雲の瞳を探るようにじっと見つめる。叢雲はその視線をさらりと流した。

 

「黙り込んでちゃわからん。なんで呼んだか用件を話してくれ」

 

「その前にいくつか。これから後の作戦についてよ」

 

「ほう?」

 

 釣られたように東雲が身を乗り出す。わざとらしい演技だと叢雲は内心で切って捨てた。

 

 本来なら末端である艦娘にまで情報は下りてくることはほとんどない。だが叢雲は今回の件についてかなり直接的に関わってしまっている。

 

 たとえ情報が下りてこなくとも、推測するための素材は山と手元に存在した。

 

「これからミッドウェー諸島とハワイ本島を落としに行くのよね?」

 

「そうだな」

 

「正確にはハワイ本島の工場と設備の破壊が目的。これも大丈夫よね?」

 

「……まあ、叢雲ちゃんには隠しても仕方ないか。関係者じゃないと言い張るには関わりすぎてる」

 

 ここまで予想通り。だがまだ続きがあることくらい察しをつけている。

 

「人形兵の工場ってだけじゃないでしょ。それならあそこだけで事足りてた。なんの工場?」

 

「……それは言えない」

 

「でしょうね。だから私は予測を話すわ。どういうメカニズムかはわからないけど、何かしらの手段で人を操る装置の生産工場あたりなんじゃない?」

 

「なぜそう思う?」

 

 否定しないということは当たりだろうか。だが安易な結論を出すことはしない。東雲は肯定も否定もしていない。それはどちらの解釈もしようがある余地を残していることになる。

 

「あの地下工場で最後に戦った人形兵だけ行動パターンが違ったからよ。視界の外から攻撃されても避けてた。緻密とまでは評することができなくとも、ある程度の連携も取れていた」

 

 その証拠として峻の銃撃は必中距離まで近づいてから撃たないかぎりは避けられていた。そして今まではいなかった銃持ちの人形兵もいた。しかも同士討ちは一切起こらず、乱れのない射撃っぷりだ。

 

「あれだけの人数で言葉をまったく交わすことなくあれだけの連携をこなすことは不可能よ。意思疎通として通信機を使っていたような痕跡もなかった。なら他に意思疎通の手段があるはずよ」

 

 それも相当に性能がいいもので。いくら銃口が自分を狙っていると伝えられたからといって、そう易易と避けられるようなものではない。

 

「視界共有、いえそれ以上ね。互いの認識すら共有して、最良手だけを取り続ける。それクラスのコミュニケーションツールがないと説明がつかないのよ」

 

「言いたいことはわかった。で、それを俺に説明して何に期待している?」

 

 東雲が探りつつも、本件を言えとせっつく。確かに回りくどかった。だが確認をするに足る理由が叢雲にもある。

 

「あいつ、出すのよね?」

 

「まあな。なんだかんだとシュンの奴は指揮も執れる。そいつはウェーク島攻略戦とかで証明されてる。それでもって格闘戦の実力もこの前の海軍本部の件で高い能力を有していることがわかった。出さない手はないだろう」

 

「つまりミッドウェーからハワイ本島の連戦を経て、直後にハワイ本島へ乗り込ませる要員になるってわけね」

 

「そうかもな。今はまだ確定じゃねえし、なにより細かい作戦要綱をここで公開することはできんだろ」

 

 当然の措置。先ほどからすべて確定的なことをできるかぎり言わないように避けてきた東雲の対応としてはそんなものだろう。叢雲とて予想はしていた。

 

「いい加減に見えんな。ただ長話がしたいだけなら翔鶴にでも付き合ってもらえ」

 

 しびれを切らしたように東雲が言った。ならばお望み通りに答えてやるべきだろう。

 

「今から言うことは助言というより忠告よ」

 

「ああ、わかった」

 

 アドバイスよりも重いもの。そう前置きをしてから叢雲は東雲を呼び出した本件を切り出す。

 

「あいつ、このままいくと今回の作戦では使い物にならないわよ」

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのままの意味よ。それ以上も以下もない、ね。おそらくまともにあいつは機能しない……かもしれない」

 

 東雲が眉をひそめる。断定しきらない叢雲の言葉を疑っているのは明白だ。

 

 叢雲とて完全に確信を持った上で発言しているわけではない。だが十中八九はそうなる。そう思ったからこそこの場に立つことを叢雲は選択した。

 

「使い物にならないってのはどういういつことだ?」

 

「そのままよ。指揮を執らせてもきちんと艦隊は回らない。相手が相手だから機能不全を起こして崩れていくでしょうね。乗り込ませる要員としてもそう。どこまでやれるかは怪しいものよ」

 

「だから出すべきじゃないと?」

 

「ええ。並の指揮官にも劣る戦果しか出せないどころか損失すら出しかねないわよ」

 

 はっきりと叢雲が断言する。東雲が難しい表情をしつつ、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。その動作の最中に顎をしゃくって話を続けるように促す。

 

「乗り込ませる件についても失敗要因になりかねないのよ。だからあいつを引かせて」

 

「わからない点が一つ。どうしてそう思う? 何の理由もなくってことはないだろう」

 

 くしゃりと箱を握り潰して1本だけタバコを起用にも飛び出させる。それを東雲は咥えつつ叢雲に問いかけた。

 

「それは…………」

 

 叢雲が口ごもる。説明できないわけではもちろんない。どうして峻が使い物にならなくなると叢雲が予想したのか事細かに説明することは十分に可能だ。

 

 だが叢雲はそれをできない。いや、したくない。

 

 それを言葉にすることは簡単だ。だが口にしてしまえば取り返しがつかなくなる。できることならば叢雲だけの胸の中に秘めておきたかった。

 

「言いたくないわ」

 

「なぜだ?」

 

 もしも口にしてしまえばそれが峻を何かしらの形で傷つける結果になるかもしれない。その可能性が僅かにでもあるかぎり、言いたくなかった。

 

「残念だが峻を下げることはできん。だがある程度の考慮はできる。その上で聞くぞ。どうして言いたくない?」

 

「…………察して頂戴」

 

 絞り出すようにたったそれだけを言う。こんなの理由ではまったくない。会話のキャッチボールすら成り立っているか微妙なラインだ。

 

 それでも叢雲はこう言うことしかできなかった。

 

「それじゃあ俺から何かできることはないな。なにせ具体性がなさすぎる」

 

「……まあ、そうなるでしょうね」

 

 対応とはいっても具体的に何が原因なのか叢雲が話そうとしない以上はできることなど限られるどころか皆無。東雲がこのような行動にでるしかないのもうべなるべきだろう。

 

「頭の隅にでも留めておいて。それだけでもいいのよ」

 

「何ができるかという保証はしないぜ?」

 

「十分よ」

 

 自分でも話していて、いや話す前から無理なことだとは理解している。内容もあやふや、理由にいたっては誤魔化した。これでどうにかしてくれと言っていたのならちゃんちゃらおかしいどころの騒ぎではない。

 

「ついでと言うのはなんだけど、教えて欲しいことがあるのよ」

 

「なんだ? 悪いが作戦については言える範囲と言えない範囲があるぞ」

 

「違うわよ」

 

 何を言おうが変更されることなどないとわかっている。だから叢雲は作戦についてこれ以上、口を挟むつもりはなかった。

 

「たしかミッドウェーまで船で行くなら時間があるわよね?」

 

「まあ、そうだな。1週間くらいは場合によっちゃかかるかもしれん」

 

「いい戦術指南書、なにか知らないかしら?」

 

「基礎が確認したくなったか? それなら体術の基本から……」

 

「ああ、違うわ。そうじゃないの」

 

 ばっさりと叢雲が東雲の言葉を切り落とす。東雲が怪訝そうに眉をひそめる。まだ火をつけていないタバコが口元で踊った。

 

「私が欲しいのは指揮官用の戦術指南書よ」

 

「どうして……いや、なんでもない。そりゃそうか」

 

 疑問符が浮かび、そしてすぐに押し流していく。東雲は叢雲がなぜそれを欲したのか察したのだ。

 ポケットからメモ帳とボールペンを取り出すと、ボールペンの尻をノック。飛び出した芯でいくつかの名前を書き連ねると、2つ折りにしたそれを叢雲に渡す。

 

「そこらへんが初心者向けだ。なりたての頃は俺はそいつらを読んで学んだよ。まあ、今はもうしばらく開いてないがな。図解も挿入されてるからわかりやすいはずだ」

 

「そう。少し目を通してみるわ」

 

「持ってるのか?」

 

「作戦開始までに購入して目を通してみるわ。どうも」

 

 受け取ったメモを叢雲がポケットに滑り込ませる。本屋くらいは近場にあったはずだ。買いに行くことくらいはわけないだろう。なんだかんだと手持ちがないわけではない。数冊ほどの戦術指南書を購入することくらいはできる。

 

「もう用事は終わったか?」

 

「十分に。時間を取ってもらって感謝するわ」

 

「おう。……なあ、叢雲ちゃん」

 

「何?」

 

 青みがかった銀髪を翻しながら立ち去ろうとした叢雲が足を止めて振り返る。

 

「何があるのか詮索はしねえでおいてやるよ。だがな、もう止まらないし止められないんだ」

 

 叢雲が小さく鼻で笑う。そんなこと最初からわかりきったことだ。

 

 人形兵と刃を交わしたときから、いや峻を逃がすために憲兵隊と交戦したときから立ち止まることができないのは理解していた。

 

 足りなかったのは覚悟だ。

 

 けれど今はもうある。それは単純に自身の手を汚すことだけではない。何かを投げ打たない覚悟だ。

 

 たとえ強欲と言われたっていい。むしろ言われたら笑って言い返してやろう。強欲で何が悪い、と。

 

 だからこそ、ここで言う答えは単純明快。

 

「止まるかどうかなんてどうでもいいわ。私は私の目的のために動く。ただそれだけよ」

 

 潮風に髪をなびかせながら叢雲が颯爽と立ち去る。しかし髪の隙間からほんのわずかな時間だけ垣間見えたその表情は、東雲をして一瞬だけ怯ませてみせるほどのものだった。

 

「やっべえなぁ……」

 

 誤魔化すようにつぶやきながら東雲が咥えたままにしていたタバコに火を点けて吹かした。海風に揉まれて嬲られる紫煙を目で見送りながら、先ほど見せた叢雲の表情をフラッシュバックさせる。

 

「ありゃあ、焔のついた目だ」

 

 何を叢雲が目的に据えているのか東雲にはわからないし、わざわざ探るようなことをするつもりもない。

 

 ただ言えることがあるのならあれは覚悟を決めた者の瞳だった。しかし死を覚悟した者の目とはまた違う。

 

 あれは死なない覚悟を決めた者の目だ。死なせない覚悟を決めた者の目だ。

 

「さてはて、これがいい方向に転がるかどうかだな」

 

 形態灰皿にタバコを押し付けて火を消す。さすがにもう一本を吸うのはやめておいた方がいいだろうと判断をしてライターを懐に呑ませる。

 

 何が何でも成功させなければいけないのだ。峻を出さないという選択は元より東雲に存在しなかった。

 

 だが、気にならないわけではない。峻が使い物にならないという叢雲の言葉を価値がないと切り捨てるほど叢雲の信用度は東雲の中で低くない。

 

 だが最大の問題はその原因がまったく思い当たらないのだ。

 

 なんの根拠があって叢雲がそんなことを言ったのか。何かしらの根拠もなく叢雲が使い物にならないというような文言を言うとはとても思えない。

 

 めんどうなことになったものだと内心でため息。何にもしないと言ってはみたものの、知ってしまったからにはまさか完全に知らん振りというわけにもいかない。

 

 とはいえ、たったそれだけのために作戦要綱を大きく変更することは得策と言えないだろう。かといってまったく何もしないことも引っかかり続ける。

 

「どうしたもんかね……」

 

 東雲が頭を抱えることすら織り込み済みで叢雲が話をしたとすれば、相当のものだ。そして事実、今の叢雲ならばそれくらいはやりかねないのではないかという疑念が東雲の中にはわだかまるように存在していた。

 

 何か打てるような対策はないが、無視はできない。不安要素はできるかぎり除いた上で今回の作戦は望みたい。そんな東雲の心理を嘲笑うように叢雲は消えていった。

 

 本当に勘弁してほしい。誰に似たのやらと真剣に考えさせられてしまう。

 

「タチが悪い。俺が何かしらの形でフォローする準備ができるタイミングで話してくるあたり、わかっているとしか思えねえぞ」

 

 深いため息と共に頭を掻き毟りつつ、東雲は執務室のドアを押し開けた。

 

 だが出迎えたのは峻でも若狭でもなかった。白銀色の髪を揺らしながら振り返ったのは翔鶴だった。

 

「お疲れ様です、提督」

 

「ああ、お疲れさん」

 

 軽く翔鶴をねぎらいながら外套をかける。ゆったりと椅子に腰を落ち着けると翔鶴に向き直る。

 

「あの2人はどこ行った?」

 

「先ほどお帰りになられましたよ」

 

「一言も残さずに……いや、まあ別にいつも通りっちゃいつも通りか」

 

 それに思い出せば特に伝えたいこともなし、向こうも伝えたいことがあるわけではなかったのだろう。どのみちさっき叢雲に言われたことを正直に峻へ伝えることができるわけでもない。

 

「あ」

 

「どうされましたか?」

 

「いや、少し待ってくれ」

 

 翔鶴に待機してもらうと東雲が頭を回転させる。峻に伝えることはできない。かといって不確定すぎる要素をほいほいと言うこともできない。

 

 だが翔鶴なら。翔鶴なら伝えても問題ない。もしもの時が起きた場合、対応に当たるのは戦場にいる艦娘たちだ。そして翔鶴は当然だがその中に含まれる。

 

「翔鶴、もしかしたらという可能性の話なんだが」

 

「はい」

 

 声を潜めると翔鶴もつられて声のトーンが幾分か落ちる。翔鶴が東雲の声を聞き取りやすいように耳を近づけると、ふわりと花のような香りが漂った。

 

「シュンのやつが、いや帆波隊がミッドウェー戦でうまく回らない可能性がある、かもしれない。引かせるか、立て直させるかはわからんがそうなった場合、翔鶴に負担が行くかもしれない。いや、十中八九いく」

 

「そうでしょうね。本作戦が提督主導であり、そして私が秘書艦で、さらに東雲隊旗艦である以上は私に来る可能性は高いでしょう」

 

 翔鶴が首肯する。どういう形かは予想がつく。指揮権の一時的な移譲か、最悪は戦線そのものを立て直すためにかなりの深海棲艦を引き受けることになる。

 

「でもどうして私に? その時になるまで伝えないという方法もあったでしょう」

 

「まあ、な。だが先に知っていればすぐに動けるだろう」

 

「それだとしても、私を使い潰す手だって……」

 

「冗談を言ってくれるなよ。それだけは絶対にねえ」

 

 口調がきつくなる。翔鶴を犠牲にすることだけはしたくない。それは最悪手だった。

 

「お前がミッドウェーで沈んだらハワイ本島の攻略戦に差し支えるだろうが。だから死ぬな」

 

「……ありがとうございます、提督」

 

 翔鶴が東雲から離れると微笑みながら頭を下げる。やめてくれ、と言いながら東雲が制止する。

 

「何に礼を言ってるんだよ。利己的なことしか言ってないんだ」

 

「それでも、ですよ」

 

「そうか」

 

 翔鶴が東雲と背中合わせになる。海風によって冷えていた東雲の体にじんわりと熱が広がっていく。

 

 東雲と翔鶴だけで、それ以外は誰もいない執務室。音といえるものは窓を叩く風のみ。

 

 だから、東雲は少しその温もりに甘えることにした。




こんにちは、プレリュードです!
最近、本当にどこへ向かっているのか自分でもわからなくなりつつあります。というか来週、更新できるのか?原稿が現時点でまっっったく完成していないんですが()
もし、来週に更新がなかった場合は「あー、こいつ原稿落としやがったな」とでも思ってください。真面目にありえるので。すみません……

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