叢雲を伴って薄暗い通路を峻は歩いていた。まさかこんなところまで付いてきてしまうとは思わなかった。しかも足手まといは来るなと言って突き放したにも関わらず、それを逆手に取られて証明した上で同伴してくるのは予想外だ。
けれど、人形兵に対して有効であると叢雲はその身をもって立証した。どうして始めに自分の命を危険に晒してまで峻が撃ったという事実がほしかったのかはわからない。しかし、本気を出した瞬間に、人形兵をあっという間に屠ってみせたのもまた事実。これがまぎれもない峻の目の前で起きたことなのだから疑いようがない。
隣を歩く叢雲の姿はうまく捉えられない。なぜなら叢雲は峻の左隣を選んで歩いているからだ。峻の左眼は完全に視力といえるものを喪失している。だから完璧に叢雲を視界に納めるには、首をすこし捻ってやらねばならない。
そしておそらく叢雲は峻の左眼という弱点を理解したうえで左隣を占領している。それが生殺与奪権を握るためなのか、はたまた他に理由があるのかどうかはわからない。だが少なくとも峻を仕留めるためであるのならば、とうの昔にさっさとやるはずだ。それをしないというころは本気で渡り合えるつもりでいるのか、もしくはいつやり合うことになっても勝つ絶対の自信があるのだろうか。
武器を握るそれぞれの手にじっとりと汗が滲む。緊張感とは違った感覚。だがこの感覚をなんと言うのか峻はわからなかった。
隣にいる叢雲はもしかしたら峻の生殺与奪権を握るために隣を選んで立っているのかもしれない。だがそれを察した時点ですぐに動けばいいのに、動く必要性を頭が感じていなかった。それより奥へ進むことを優先していいと直感とも違う何かが峻に告げる。
なぜか奥地へと向かう道中のはずなのに人形兵に出くわさない。すでにあらかた本部へと到達してしまったのだろうか。だとするなら、今や本部は人形兵の相手をするのにてんてこ舞いだろう。どれだけ少なく見積もったとしても、峻と叢雲が撃退したあの3体だけで終わりとは考えにくい。他にも本部へと繋がる道があったので、そのどれかを使って侵攻したのだろう。未だに東雲や若狭たちからこちらの状況を把握しようといった類の連絡が来ないことがその証拠だ。
「これ、どこまで続いているのよ……」
「さっき言っただろ」
「長いって言ってるのよ」
叢雲の言うとおり、結構な距離がある。この通路を人形兵たちも通ってきたのだ。奥へ続く道はこの一本しかないのだから間違いない。しかも埃が散っている場所が多々、見受けられる。明らかに踏み荒らされた痕跡だ。いくつも重なってしまっているため、正確な数字はわからないが、それなりの数が揃っていたことはぼんやりと察された。
これだけの数で、個々があの実力を誇るのならば相当に厄介だ。東雲と若狭、陸山が共闘体制を取ったとしてもかなり手を焼くことになるはずだ。
救援はあてにできない。だが、そもそもあてになどしていなかった。一人でいくつもりですらあったのだから問題などなかった。むしろ問題というのなら、叢雲がついてくることだ。
そこまで思考が進んだところで、あえて考えないようにしていたことが鎌首を持ち上げる。
なぜあの時、自分は撃った? 叢雲にもう助ける必要はないと言われた。だからただ叢雲の首が飛ぶ様を見てから、人形兵を叩きのめせばよかったはずだ。
人が目の前で死ぬ様は今までもさんざん見て来た。いちいち気に留めていたらきりがないほどに。だから叢雲が目の前で死んだところでなにか動じるわけがない。動じるのも一時的なもので終わるはずだ。
もう一人の叢雲が目の前で殺された時だってそうだ。一時は動揺したが、もう薄れてしまっている。そのはずなのに。
それでもなぜか撃った。
必要性がないことだと理解している。だがなぜか体が動いた。まるでまつげに何か触れた時にまぶたが本人の意思と関係なく閉じてしまうように。
理解不能だ。その言葉しか浮かばない。なぜ自分は撃ったんだ。見捨ててしまえばよかったじゃないか。
だめだ。これ以上、思考を続けてはいけない。踏み込んでしまえば何かが崩れてしまうような気がした。
小さく下唇を噛むことで痛覚を走らせ、本人の意思と関係なく回る頭を途切れさせる。思考を続けるべきでないと直感が言っているのもあったが、なにより景色が変わり始めていた。
ぼんやりと届く光に峻が警戒するように右目を細める。空気の流れを肌で感じる限り、かなり広い空間がこの先にあるようだ。
「この先に何があるのよ」
「まだ何も言ってねえぞ」
「でも気づいたんでしょ」
「……」
表情に大きな変化などなかったはずだ。そもそも表情筋のコントロールはできるほうだ。細かな仕草にすら現れていないはず。ならばなぜ叢雲は峻の考えたことがわかったのか。
「沈黙は肯定と取るわね。で、なにがあるのよ」
「広間。どうして気づいた」
「女の勘よ」
投げかけた問いに返ってきた答えはあまりに具体性を欠いたものだった。こういった答えを返す時、その人間はまともな返答をする気がないのだ。どうせ追撃しても無駄と早々に悟った峻は諦めと共に足を踏み出す。
なぜ気づかれたかはわからない。叢雲も広間があることに気づいていたのかと思ったが、それならばそもそも峻に向かって何に気づくか問いかける必要性がない。つまり、叢雲は気づいていないと考えるのが自然。
急に叢雲が恐ろしいものに思えてきた。他心通のような超能力が存在するわけもなし、思考が読まれるなんてことあるはずがない。
内心で悪態を吐く。またしても余計な方向へと思考がずれている。今日はどうにも調子が悪い。勝手に変な方向へと頭が行ってしまう。
「ほら、行くわよ。構えときなさい」
「……」
言われずとも、だ。人形兵は既にこの通路を通った後のようだが、これで人形兵がラストオーダーだと言われてはいない。この先にまだ控えていないという保証はどこにもない。
だが行く手を阻むように鉄扉が待ち構えていた。軽く叩いてみるが、返ってくる音はずいぶんと頑丈なものだ。
「さすがに斬れないわよ、これは」
叢雲が同じように鉄扉を叩く。相当に分厚い鉄扉を刀で斬るなどという、漫画じみた行為をさらりとやられてはたまったものではない。
「引き返す?」
「一本道だ。進む選択肢以外はねえだろ」
さがれ、と叢雲に合図すると左脚を前にして右脚を後方へ。腰を低くした姿勢を作ると、義足の戦闘プログラムを起動させる。
深く息を吸って。そして半分ほど吐き出してから息を止める。左脚の踏み込みと共に体重を前方へかけ、青白い燐光を残像に残しながらちょうど取っ手の真横付近にインパクトを集中させると扉を蹴破った。
バゴン! と大きな音を立てて扉の鍵が壊れた。ナイフを握ったままの右手で軽く押してやると、扉が小さく軋んだ。人形兵が飛び出してくる可能性を考えて、いつでも攻撃ができるように武器を構えると、叢雲がそれに倣うかのように刀の柄へ手を添える。
今度はブースターを使わずに扉を蹴りつける。壊れかけていた扉は今度こそ、大きく口を開けた。ラッキーというべきか、人形兵は襲って来ることはなかった。
だが襲いかかってきてくれた方がはるかによかったかもしれない。
「なによ、これ……」
「生産拠点だろ」
じろりとねめつけるように峻が周囲を見渡す。どろっとした粘液に満たされたガラスの円筒が数多くずらりと整列していた。そしてその粘液の中にぷかぷかと浮かぶ人間。毛髪は海藻のようにゆらゆらと揺れている。
「人、なのよね?」
「これがたぶんクローンの培養機ってやつだな。薬剤を使って成長速度を速めてるんだろ」
「そんなことできるの?」
「できなきゃ説明がつかん」
まさかいちいち肉体が成熟するまで何十年も待ち続けるとはとてもではないが、考えられない。後付けで記憶など脳が弄りまわせるのなら、薬品を投与して成長速度を加速させてしまっても構わない。あとから研究所の記憶関連に関しては抹消してしまえば証拠は何も残らないだろう。
「私もここで生まれたのね」
「たぶんな。見覚えとかないか?」
「まったくないわ。記憶が完全に消されてるのか、そもそも意識が覚醒する前に運び出されているのか、それすらもわからない」
叢雲が静かに首を振る。峻は警戒しながらも近づいて、ガラスを軽く叩いてみた。硬質な音が跳ね返り、粘性の液体がとぷんと震える。
「これが艦娘か」
「こうやって私は作られたのね。どう、なにかわかりそう?」
「さあな。とりあえずこいつを止めとこう。人形兵の素体となったクローンはここから出されてるだろうしな」
「なら探すのはコンソールね」
ふた手に分かれるつもりはないらしい。叢雲が行くわよ、と峻に向かって呼びかける。どうせ帰るように言っても聞きはしないのだ。ならば目の届く範囲においておいた方が……
待て。どうして目の届く範囲に置いておかなくてはいけないんだ?
わけがわからない。叢雲を追い払う絶好のチャンスじゃないか。
「あんた? 早くしなさいよ」
「あ、ああ」
叢雲の呼びかけによって峻の思考が中断される。ずらりと並ぶ培養機らしきものが形成した通路を叢雲と連なって歩く。中で人間が浮かんでいるものもあれば、空のものもある。動き出しそうな様子はないが、不気味であることに変わりはない。
「これ、動き出したりしないわよね?」
「さあな。プログラムで時限式起動とか組まれてないかぎり大丈夫だろ」
「ならさっさと見つけないといけないわね」
管理端末さえ制圧してしまえば、こっちのものだ。人形兵の生産速度が不明な現状では追加生産がされないとも限らない。ある程度の数ならば対処のやりようもあるが、増えれば追いつかなくなる。
別に峻は死ぬことを望んでいるわけではない。無駄死になんてものはもってのほかだ。生きる理由といえるようなものもないが、だからといって大人しく殺されるつもりもなければ自殺するつもりもない。
「ねえ、これじゃないの」
叢雲が慎重に指差すそれはなにかの操作台のようだ。おそらくこれがコンソールだろう。下手に触るのは危ないのはわかっているために、不用意に弄るような行動は避けるべきだ。ハッキングという手段が無きにしも非ずだが、安易に選ぶべき手段でないのは確かだ。できるかもしれないが、下手を打って培養機の中にいるクローンが一斉に襲ってくるような事態は勘弁願いたい。
ではどうするか。たった一つ、至極簡単な方法でこの事態は解決できる。
コンソールから個々の培養機へ向けた命令の送信はケーブルを使用した有線。無数に分かれているケーブルの大本がコンソールへ繋がっている。
「よっと」
軽く引っ張ってみるが、びくとも動かない。抜くのは難しそうだ。そうなれば、残された手段は一つ。
太いケーブルにナイフの刃を添える。ゆっくり持ち上げると思いっきり振り下ろして、ケーブルを断ち切った。
「特に変化はないけど」
「だがこれで止まるだろ。後からどうするかは知らん」
「仮にこれが生産拠点じゃなかったとしたら?」
「クローン生産拠点なんて相当の電力が必要だ。そう何箇所もどかどか作れるとは思えん」
ぶつりと切られたケーブルを軽く蹴り飛ばす。システムへの干渉は無理でも物理的に絶ってしまえば使い物にならないだろう。無線で飛ばしている様子はないため、少なくともこのコンソールは封じたことになる。
「あとは岩崎重工のトップを殺せばいいのよね」
「人形兵を解き放った張本人らしいからな」
「あんたが騙されてる可能性は?」
「あの通路を辿ってきた先にここへ着いたんだ。ここから湧いてきたのは間違いないだろ」
ぷかぷかとガラスの円筒内に浮かぶのは人間。実験用に誘拐してきて確保しているモルモットということは線として薄い。そもそもガラスは相当数ある。これだけの人数を攫ってくるのはどうしても目立つ。となれば体細胞クローンだと考える方が妥当だ。
「もし騙されてたらどうするつもり?」
「その時に考える」
「そういうの、向こう見ずって言うのよ」
叢雲の声が怒気をはらむ。なぜ怒っているのかはわからないが、追及する時間もなければ興味もない。なにより触れるべきでない気がした。
「関係ないだろ、お前には」
「関係ない、か……」
ぽつりと叢雲が漏らす。今度の声の調子はどこか物悲しげだ。さっきからころころと声にこもった感情が切り替わるが、迂闊すぎじゃないかと思う。
「岩崎重工のトップって私の艤装を作ったところよね?」
「よく覚えてるな」
「忘れないわよ。だってそれを使ってウェークを落としたんだから」
覚えているようでなにより、と言うべきなんだろうか。海の底へ消えた前の艤装の代わりとして峻が叢雲のために岩崎重工のトップへ掛け合って、最終的に入手したものだ。
「で、殺害標的はそこのトップ岩崎満弥ね。あの人か……」
「1回だけならお前も会ってたっけな」
「ああ、別に躊躇いはしないから。さっきも同族を討ったばっかりよ」
同族という表現は大げさに感じるが決して間違っていない。叢雲も人形兵もクローンを素体としたバイオロイドという括りになる。素体は同じだ。それが対人戦に特化させるように調整されたか、対深海棲艦に特化させるように調整したかの違いがあるだけだ。
「……あんた」
「ああ、わかってる」
叢雲が峻へ警告するように言った。ずらりと並ぶ培養機の合間を縫いながら進んでいたところ、空気がいきなりがらりと変わった。それを敏感に感じ取ってのことだろう。
「久しぶりだね」
まるで峻が来ることをわかっていたかのように初老の男性が暗闇より浮かび上がる。ずらりと周囲に並ぶ10を越えるであろう人形兵の肉壁に内心で小さく舌打ちをした。
「最後に顔を合わせたのはウェーク攻略戦後の祝勝会だったか。艦娘がクローンだとか絡んできた時点であんたが出てくるのは薄々だが察していたよ、岩崎満弥」
「そうか。まあ、当然の思考だ」
「悪いが死んでもらう。その周りの人形兵どもとな」
「この娘たちは特製だ。さっきまでのとは格が違う。そして私を殺すことは君にできない」
「できるさ」
Cz75を持ち上げる。銃口はまっすぐ岩崎の眉間へ。いつでも撃てるし、いつでも殺せる。仮に人形兵が立ち塞がったとしてもすべてなぎ払えばいいだけだ。
「いや、殺せないとも。もう、この器は役割を終えた。そろそろ本体が動いてもいい頃合いだから」
「器? 本体?」
「いずれはわかるかもしれない。もっともその時にはすべてが変わった後かもしれない」
わけのわからない単語を並べ立てて煙に巻いているだけのようには思えない。さりとて嘘を言っているようにも思えにくい。
「どうする?」
こそっと叢雲が小声で耳打ちしてくる。だがどうするもなにも、はじめから目的は岩崎満弥の殺害だ。この後の身の振り方をどうするか決めていない以上は、さっさと片付けてしまいたいのが本音だった。
「本来ならもう少し後だったのだが。こんな騒動が起きてしまってはしかたあるまい。また会うこともあるかもしれないし、ないかもしれない。とにかく」
岩崎満弥が懐に手を差し入れると小さな拳銃を取り出す。いわゆるレディース用だ。けれど、小型だからといって十分に人を殺すだけの威力はある。
「さようなら。いや、また会おうかもしれないね」
パン! と乾いた銃声が響く。それが合図だったのか、岩崎満弥の体が崩れ落ちるのを背景に10以上の人形兵が一斉に峻と叢雲を目掛けて襲いかかった。
こんにちは、プレリュードです!
みなさん、イベント進捗どうでしたか? 自分は結局、途中までは乙で攻略し、最後は丙でクリアしました。最後の1日で照月を堀りに行ったんですけど落ちませんでしたね。すごく欲しかったんですけど物欲センサーが働いたのかもしれません……
瑞穂おちたからいいもん。ルイージも天霧も落ちてるからいいんだよ!!
本当は対空カットイン艦娘が欲しかったんです……うちは初月しかいないので……