艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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【HOTEL】-HOPE

 

 まずやるべきこと。叢雲にとってそれは状況把握だった。

 

 相手は3体。ナイフを持っているタイプが2体に、脇差ほどのサイズの刀を持ったタイプが1体。それらがわざと大きな音を立てて踏み込んだ叢雲へ目がけて突進してくる。

 

 引きつけることには成功した。壁際にもたれている峻の方には行かず、すべて叢雲に集中しているのだから。

 

「さあ、かかってきなさい」

 

 鞘から刀身を走らせる。振りかぶって、思い切りよく斬り下ろすと脇差にぶつかって火花を散らした。

 

 鍔迫り合いに持ち込む余裕はない。もしも鍔迫り合いなんてしようものなら両脇からナイフに身体を抉られる未来がやって来るだけだ。

 

 素早く切り返して、脇差持ちを後方へ押し込むと右側から迫るナイフを刀で受け止め、左側からのナイフを間一髪で避ける。

 

「はあっ!」

 

 時計回りに回転しつつ、叢雲が刀を横薙ぎに振り回して両脇の人形兵2体を弾き飛ばす。両者ともにナイフで受け止められたので無傷だ。しかし取りつかれ続けるよりは遥かにマシというものだった。

 

「正面っ!」

 

 脇差が叢雲の頭を目がけて振り下ろされる。再び刀を構え直すような余裕はないため、水平に振り切ったままの刀を跳ねあげて柄頭で受け止める。ビリビリと振動が腕に伝わるが、いちいち動きを止めていることなどできない。左脚を軸にして右脚で人形兵を蹴りつける。

 

 そしてまたしてもほとんどぴったり同時に襲いかかる2体を止めるために叢雲は意識をそちらへ割いた。いや、割かざるを得なかった。しかし、今度は対応が僅かに遅れてしまう。そのせいで服の袖に小さな切れ目が入った。

 

「邪魔、よっ!」

 

 そして同じように2体を押しやると脇差持ちと斬り結ぶ。斬り下ろし、斬り上げ、袈裟懸け。連続して繰り出された斬撃を刀身の腹で叢雲がほんのコンマ秒だけずらして、叢雲が迫り来る凶刃を躱す。

 

 有効打は与えられず、攻撃もあと数ミリズレていたら当たっていたであろうというくらいスレスレで叢雲が避ける。服の袖や裾には小さな切れ目が徐々に溜まっていき、じりじりとだが追い詰められていくのが手に取るようにわかった。

 

 叢雲は自らで峻から救いの手を差し伸べられることを拒んだ。正確に言えば、叢雲自身が言った言葉のせいで峻が助けに入らざるをえない、という状況になることを拒んだ。

 

 だから苦しくともこの状況は叢雲が望んだ通りのものだ。

 

「やっぱり3対1はちょっと苦しかったかしら?」

 

 鍔迫り合いで押し込まれ、靴底をすり減らして勢いを殺しながら叢雲が呟いた。つぶやけるだけ余裕があると取られればそれまでだが、こうでもしなければやっていられなかった。

 

 人形兵に取りつかれる前に刀を一閃してそれぞれに武器で受け止めさせるとバックステップで距離を開けた。追撃をかけてくる人形兵からさらに距離を取るために斬り払ったが、せいぜいが人形兵の皮膚を浅く斬った程度のダメージしか入らない。

 

「っ!」

 

 同時にナイフ持ちの2体が正面から叢雲へ飛びかかる。鋒あたりの峰に左手を添えるといっぺんに2本のナイフを1本の刀で受け止めた。刃と刃がぶつかり合い、またしても派手に火花を散らす。

 

 脇差の斬撃。ナイフの突きや切り払い。それらを叢雲がじりじりと下がりながら刀で時には受け止め、時には受け流す。

 

 峻は無言を保ち続けていた。ただじっとことの成り行きを見ている。別段、叢雲は特に何も思わなかった。

 

 そんなことに気を割いている余裕がそもそもない。すべてギリギリで避けているのだ。一瞬でも気を抜けばせっかくここまで持ち込んだものすべてが破綻してしまう。

 

 刀身で刃を受けるたびに薄暗い広間が火花で一瞬だけ照らされる。飛び散った火花を見る度に峻がわずかに顔をしかめた。

 

 それに気づかないふりをして叢雲は刀を振るい続ける。押し込まれていることも自覚している。けれど止める理由にはならない。

 

 完全にタイミングが一致している二対のナイフが叢雲の刀を腕ごと後方へ弾く。直後に叢雲の首元へ脇差が迫った。

 

 刀を弾き、止めを脇差が。偶然に生まれた連携とでも言ったところか。

 

 刀を戻してガードするのは間に合わない。姿勢が崩れているため、いまからステップで回避することも難しいだろう。

 

 タン! と1発の銃声。そう、たった1発。

 

 しかしそれだけで叢雲の死は回避された。脇差持ちの左目から後頭部を貫通した銃弾はきっちりと命を刈り取って行った。

 

 硝煙がゆらゆらと立ち上る。それは峻の持つCz75から上るものだった。同時にいつ抜いたのか、右手に握られたワイヤーガンが脇差に巻きついて叢雲への攻撃を止めていた。

 

「ふふっ」

 

 叢雲が小さく笑みを零す。一瞬だけ生まれた猶予を利用して叢雲は体勢を整え直すと刀を構え直した。

 

「落ちろ」

 

 斜めから袈裟懸けに斬り裂く。手首を返して先ほどの軌道をなぞるようにして斬り上げ。いわゆる燕返しでナイフ持ち人形兵の一体目の胸部に連続で斬撃を刻み込む。これだけの傷をあたえてもまだ突き進んでくるのはさすが人形兵と言ったところか。どのみちもう一体はまだ健在。脇差持ちが峻によって落ちたとはいえ、人形兵はまだ残っている。

 

「残念だったわね。もう、私の勝ちよ」

 

 叢雲が誰に向けたかわからない勝利宣言と共に胴を薙ぐ。今度こそ完全に人形兵が動きを止めた。残るはあと一体。左に振りぬいた刀を戻すまでにナイフが突き出された。刀身を縦に立てて方向を逸らして体勢を作りなおす時間を稼ぐ。

 

 柄を頬付けに。そして刃を天井へ向け、刀身を地面と平行にした。

 

 左脚で体を押し出す。右脚で大きく踏み込み。同時に腕を伸ばしきっていくと、鋭い切っ先が人形兵の喉下を抉ると、そのまま首を突き抜けた。ぐらっと首が不安定に揺れると、地面に重々しい音を立てながら落ちた。

 

「ふぅ」

 

 刀を真横に薙ぎ払ってこばりついた体液などをまとめて吹き飛ばす。左手で鞘を掴んで固定をすると滑らかに刀身を収めた。

 

「おい、叢雲。手を抜いてたのはなぜだ」

 

 峻が懐にワイヤーガンをしまい、空いた右手にナイフを握りなおす。叢雲が小首を傾げて応対した。

 

「どうして?」

 

「序盤には攻めと言えるような行動がこれっぽっちもなかった。俺がCz75で脇差し持ちの人形兵をやるまでまったくだ。こいつはどういうことだ?」

 

 一度たりと叢雲は攻めるような刀捌きをしなかった。ひたすらに受けるだけ。攻撃もすべてにおいて中途半端。手を抜いていると峻は言ったが、まさにその通りだった。わざとすべて加減して決定打を出さないようにし続けた。

 

 すべては峻が撃つことに叢雲が賭けたあの一瞬の時間を作る、ただそれだけのために。

 

 不敵に叢雲が笑う。わかりきっていることを聞いているあの癖だ。

 

「質問に質問で返すようで悪いんだけど、あんたはなんであの時に撃ったの?」

 

「……」

 

 峻が口ごもる。狙い通りと叢雲がすかさず追撃にかかる。ここで引っ込むわけにはいかない。峻が引き下がるような時間を与えずに畳み込む。

 

「私は言ったわよね? 私に非があるからあんたが責任を持つ必要なんてないって。あそこであんたは私を見捨ててしまってよかった。そうすればあんたの言う『足手まとい』な私はここで死んでお終いだった。それなのになんで撃ったのよ?」

 

「……俺にそうさせるのが目的か」

 

 察されるのが早い。だがこれも叢雲の想定内だ。元々、頭の回転が早い方なことくらいは知っている。どうせすぐに目的くらいは解明される。そのくらいわかりきっていたことだ。

 

「あんたは撃った。なんの縛りもない状況下で、私が邪魔だから帰れとまで言った。自ら手を下す直前までいったのに、それでも土壇場であんたは私を助けるために撃った」

 

「目的から得られるものがわからねえな。結局のところなにがお前は欲しかったんだ」

 

「さあ、ね」

 

「お前は俺が撃つことに賭けた。いや、撃つと確信していた。そうじゃなきゃ、脇差し持ちに手前の首を斬らせるような隙をわざわざ作るようなことはしないだろう」

 

 やはり気づいていたのだ。わざと刀を弾かせたことも、わざと明らかな隙を作って自分が死に進むように誘導したことすらも。

 

 そしてそれがすべて叢雲の思い通りだと。それを察していながら峻は撃った。撃つしかなかった。

 

「ハイリスクすぎじゃないか」

 

 もしも峻が撃たなければ確実に叢雲は死んでいた。それも理解した上で叢雲は自らの命を死の危険に晒した。その首が飛んでいたことも覚悟して、だ。

 

「もし、撃たなかったらどうするつもりだったんだ」

 

「さあ、ね」

 

「そればっかりなんだな」

 

「いいのよ。とにかく賭けは私の勝ちよ」

 

 くるりと叢雲が背を向けて奥へ進むように峻へ促す。本心は絶対に言わない。けれど満足できる結果が得られた。

 

 欲しかったのはただ純粋に峻が助けたという事実だけ。なんのしがらみも、与えられた理由もない。それでも峻は撃った。その事実が手に入ってさえしまえば叢雲は十分だった。

 

「撃たなきゃお前は死んでた。賭けに負けてたらそれでお終いだったんだ。それでもする価値があったのか」

 

「ええ。仮に私が死んだのなら……」

 

「なら?」

 

「……なんでもないわ」

 

 口につきかけた言葉を叢雲は飲み込んだ。まだ口にすべきじゃない。今はその先を伝えるべきじゃないし、胸に留めておくだけでよかった。

 

 仮に私が死んだのなら私の見る目がなかっただけよ。

 

 その言葉は言わなくていい。そう、まだ。胸に秘めておくだけ。

 

「さっさと行くわよ。奥に用事があるんでしょ」

 

「……ああ」

 

 峻が奥へと続く道へと足を踏み入れると、叢雲がその左隣を占領する。

 

「ところでこの奥になにがあるのよ」

 

「お前の生まれたかもしれない場所だ」

 

「そ。じゃあさっさと行くわよ」

 

 叢雲の生まれた場所。だが他ならぬ叢雲自身が艦娘がクローンであると理解している。けれどそれを聞いたところで特に感慨めいたものは叢雲の中で湧き上がらなかった。

 

 造られた存在だということはとうの昔に思い知らされていた。だがそんなもの今はどうだってよかった。

 

 仮に自分がクローンだったとしてもこの叢雲は自分しかいない。細胞単位で同じだったとしても、その後は違う。他の『叢雲』がどのような道を歩んできたかは知らないが、今こうやって峻の左隣を歩いているのは自分という叢雲だ。

 

 館山基地の秘書艦を任され、轟沈したかと思えばウェーク島に連れ去られ。ヨーロッパでWARNとかいうテログループの暴動に巻き込まれて、輸送作戦で我を忘れて暴れまわった。

 

 そんな経験を積んだ『叢雲』は自分だけだ。そう断言できる。

 

「ま、こんな経験しまくってる艦娘が他にもいたら堪ったもんじゃないけど」

 

 それでもこの経験と蓄積された記憶が自分を裏打ちしている。そう考えてみるといろいろ大変できつい思いもしてきたが、そう捨てたものではないのかもしれなかった。

 

「ん? ねえ、待って。この奥に私の生まれた場所があるのよね?」

 

「そうらしい。方向的に間違っていないから正しいんだろうな」

 

 さらりと言ってのけるが、このぐねぐねと曲がりくねった通路を歩きながら同時に地上の地図と地理を脳内で一致させていなくては言えないことだ。そこらへんの技術はさすがだと叢雲は思わずにいられないが、口ぶりから事前に行き先を教えられている有利もあるということで自分の中でかたをつける。

 

「ちなみに誰に聞いたのよ」

 

「長月。あと若狭だな。さっさとこの奥へ行って岩崎重工のトップである岩崎満弥を仕留めてこいってよ」

 

「それってただ都合のいい捨て駒にされただけじゃないの」

 

「かもな。しかも動く必要性がなくなってきちまった」

 

「……?」

 

 東雲の通信をダイレクトに盗み聞きした叢雲はどうして峻がわざわざ奥地へと赴いているのか知らない。とにかく会ってからすべて考えたのだ。自分の命を賭けのチップに使って峻の行動を引き出すことも、3体の人形兵が出てきたあの瞬間で咄嗟に考えついて実行に移したものだ。

 

 今さらではあるが、無謀なことをしたものだ。改めて思うと叢雲の背筋にひやりと悪寒が走った。感覚がだいぶ遅れているのはそれだけ緊張が納まった証拠かもしれない。

 

「とにかく、だ。どうせ帰れと言ってもついてくるのなら与えてもいい情報だけは与えとく」

 

「あの人形兵っていうのは? 東雲中将が話してるのを聞いただけだから具体的にわかってないの」

 

「よくそれで割り込もうとしたな」

 

「いろいろと必死だったからよ。ほっときなさい」

 

 叢雲がそっぽを向いた。はあ、と峻が深いため息をつく。

 

「あれも艦娘と同じようなもんだ。クローン作って戦闘プログラムを叩き込んだら痛覚やら戦闘の邪魔になる反射やらをすべて遮断、もしくは減衰させて造られた死を恐れない兵隊なんだと。一体だけでもそれなりにやるが、複数体に囲まれると厄介だ。警戒は怠るなよ」

 

「はいはい。せいぜい気をつけるわ。あんたこそ死にたいのならまだしも、死ぬつもりがないなら気をつけなさい」

 

「警告する人間を間違えちゃいないか」

 

「まったく間違えてないわよ」

 

 死んで欲しくない、というのは嘘偽りも誤魔化しも介在することがない、まぎれもない本音なのだから。死んで欲しくないから叢雲は剣を取ったし、この場で峻の隣に立っている。防ぐためにはこうするくらいしか思い浮かばなかった。

 

 足元だけが見えるように最低限の明かりを与えられている通路を叢雲と峻が伴って進んでいく。

 

「叢雲」

 

 警告のために峻が名前を呼ぶ。ぼんやりと通路の置くから光が差し込んできていた。休む時間も与えられないと思いながら叢雲が刀の柄に右手を添えた。隣から銃とナイフが構えられ、殺気めいた気配が放出される。

 

 つくづく自分も慣れたものだ、と叢雲はこっそりと笑う。隣で身が縮こまってもおかしくないくらいの殺気が流れていても、身が竦むことすらなければ怯むような気配すら自分に見られないのだから。

 

 慣れとは怖いものだ。けれどそれですらいいと今は思う。慣れてくれたおかげで守ることができるのなら。

 

 守るためには他の何かを斬り捨てるしかない。だが他の何かを斬ることにだって覚悟がいる。その覚悟を決めることすら、普通に生きているだけでは決められない。

 

 だから艦娘であったことを叢雲は感謝した。敵と認識したものに対して攻撃を加えることに躊躇いはない。今まで深海棲艦が相手だったものが、今度は相手が人か人形兵に切り替わっただけだ。さんざん人の死は見て来た。人形兵はこの手で3体も屠った。

 

 そして自分と同じ容姿の少女が目の前で銃殺される瞬間も見た。

 

 もしも気を抜けば自分もああなるだけだ。しかし死んでやるつもりは毛頭ない。少なくとも守るためにここへ叢雲は来ている。

 

 柄を強く握り締めなおす。手汗がじわりと滲んだ。奥地へと近づいているのが、肌に突き刺さるプレッシャーによってひしひしと感じられた。こういう感覚がするときはたいていが一筋縄でいかない。そう経験で叢雲は知っている。

 

 けれど引いてやる理由なんてこれっぽっちもない。

 

 上等だ。なんでもかかってこい。すべてこの刀で斬り伏せてやる。もうなにを相手にしても負ける気はしないかった。




こんにちは、プレリュードです!

ついに月も変わり、過ごしやすい気候になってきましたね。完全に今年でカルメンが終わらないコースです。これでようやく終盤の序盤というのだから割と自分も長いプロットを作ってしまったものだとつくづく思いますね。

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