艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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【GOLF】-GENUINE

 

「若狭、もう1回だけ説明してくれ」

 

《最初の説明ですぐに理解してほしいものなんだけどね》

 

「さんざん引っ掻き回した張本人の吐くセリフか、それが。待て待て待て、全部が計画通り? なんの冗談だ?」

 

《生憎だけどそこは今、重要じゃない。ともかく急がないとまずいんだ。人形兵が海軍本部内に跳梁跋扈することになりかねない》

 

「いきなりクローンを調整した生体兵器が内部に送り込まれるって言われてもな……」

 

《だからこっちの映像を見せたじゃないか。ちゃんと死体が転がっていただろう?》

 

 確かに見させられた。唐突に若狭から通信が飛んできたので警戒しながら出たらこの有様だ。送られてきた映像も加工されていないことは確認した。

 

 だが考えてもみてほしい。いきなりすべてが若狭の計画通りと言われても困惑する。しかも今回のクーデターの仮想敵として定めていた陸山元帥が東雲に向かって協力を申し出て来るわ、今から死を恐れない人形兵とやらが集団で攻め込んでくるから横須賀の海兵隊にも対応をするように要請されれば混乱するのはある意味で当然すぎる反応だ。

 

 荒々しく東雲が頭髪を掻き毟る。当初に予定していたプランがめちゃくちゃになったのだ。加えてマリオネットにされていたという事実。苛立つやら状況が飲み込めないやらで一度、頭の中をリセットして整理したかった。

 

 『かごの目計画』まではまだいい。わりと東雲にとっては想定通りだった。

 

 ずっと前から若狭がこうなるように事態を細かく調整してきたこと、そして陸山が協力を申し出てきたこと。そんなものは東雲の勘定に含まれていない。

 

 現行の艦娘システムの限界には気づいていた。強化アップデートを施し続けていったとしても深海棲艦が進化を続ける限りはいたちごっこだ。いつかアップデートが深海棲艦の進化に追いつかなくなった時、崩壊していくことは目に見えていた。

 

 だから変えようとした。なのにこの有様だ。頭を抱えたくもなったし、できるものなら過去の自分を思いっきり殴り飛ばしたかった。

 

「くそ、自分で自分に腹が立つ……!」

 

《その件については後で。東雲、今はどこにいる?》

 

「中央司令室にずっといる」

 

《なんだって!》

 

 若狭の声が跳ね上がる。しかめっ面だった東雲の眉がわずかに動いた。

 

《まだそこにいるのは想定してなかった……。東雲、とにかく急いで中央司令室から出るんだ! 別に仮説指揮所を設営しなくちゃならない》

 

「あん? いや、ここでいいだろ。すでに機材も充実してるわけだし……」

 

《だめだ! そこにも……》

 

 ドン! と壁の一角に強い衝撃が走る。まるで壁を外側から押されたように。

 

《そこにも繋がっているんだ。連絡通路が!》

 

 東雲が振り返って外側から叩かれたらしい壁に注目する。メキメキという嫌な音と共に蝶番が吹き飛び、ドアが倒れ込んだ。

 

 飛び込んできた人形兵は3体。咄嗟に反応した海兵隊の面々が引き金を引いた。

 

 撒き散らされる銃弾が壁と肉を抉る。それでも前へと吶喊してくる人形兵に東雲は畏怖せずにはいられなかった。

 

「死を恐れない兵隊……シャレになんねえぞ、こんなもん」

 

 肉が零れ落ち、骨が砕ける。臓腑を鉛弾が蹂躙し、血飛沫が紅い花を咲かせる。

 

 それでも命があるかぎり突き進んでくるのだ。

 

 こんなもので海軍本部内が溢れかえったところなど想像もしたくない。だがこの後も継続して出てくるのだという。

 

「撤収!」

 

「はっ!」

 

 踏ん切りをつけて東雲が叫ぶ。なんにせよ事実として人形兵は攻めてきた。放置はできない。若狭が言っていることが嘘であれ真実であれ確認しなくてはならない。海兵隊を率いていけば何かあった時も即応できるはずなので、兎にも角にも話し合いには応じた方がいい。東雲も始めから岩崎重工には目をつけていたという理由もある。

 

「シュンが動いてるとは言ってたが……こんなんがうじゃうじゃいる中を進んでるってのかよ、あの野郎」

 

 自殺行為に等しいとすら東雲には感じられた。敵地の真っ只中へ単身で乗り込んでいく。あとから人手を送るとはいえ、それまでは1人だ。

 

 だが安定するまでは手が離せないのもまた事実。ここ以外に6本もの連絡通路があるということはそれだけ侵入経路が存在するということだ。塞ごうにも、よほど頑丈に塞がなければさっきのように力づくで突破されるだろう。それこそセメントで固めあげるくらいのことをしなくてはいけないが、それには時間がかかりすぎる。

 

 どうあっても落ち着くまでは対応に追われることになるのは火を見るより明らかだ。

 

「東雲中将!」

 

「よし、片付いた……か」

 

 振り返ったことを東雲は後悔した。片腕がもぎ取れ、ほとんど死体と同然になるまで銃弾を撃ち込まれたらしい人形兵が、それでもなお、大ぶりなマチェットナイフを残る片腕に握りしめて東雲に飛びかかろうとしていた。

 

 死を恐れない兵隊。甘く見ていた。まさかここまでの生命力を発揮してくるとは思わなかったし、これほどの怪我を負っても怯むことなく突っ込んでくるとは思いもしなかった。

 

 あまりの状況に東雲の反応が遅れた。腰に拳銃は吊っているが、今からでは間に合わない。なにより血と肉を零しながらも攻撃しようと突進してくるなどという鬼気迫る光景を目前にして東雲の体は硬直してしまった。

 

 東雲の首を目掛けて人形兵が飛びかかってくる。ギラりと照明を反射してナイフが不気味に光った。

 

 瞬間、中央司令室のドアが荒々しく開け放たれた。青みがかった銀の風が猛烈な勢いで駆け込むと腰の太刀に手を添える。

 

「はあっ!」

 

 気迫のこもった声に力強い踏み込みが重なる。同時に右手が瞬くように動き、太刀が鞘走った。

 

 一刀両断。まさにその言葉が表す通り、刃が駆け抜けた直後に人形兵の体は胴体から真っ二つになっていた。

 

 人形兵を斬ってみせたその人物────叢雲は刀を真横に振って血糊や黄色い脂肪を吹き飛ばす。それからゆっくりと腰の鞘に納刀していく。

 

「あいつがこの奥に進んだって本当?」

 

「ま、待て。なんで叢雲ちゃんがここにいる?」

 

「あいつに言伝をしたのは私よ。この日を知らないわけがないじゃない」

 

 パチン、と鞘に鍔がぶつかった。手首を振って関節をほぐすと叢雲が東雲に向き直る。

 

「撤収するにも安全が確保できた方がいいでしょ。この通路はしばらく私が抑える。いいわね?」

 

「だめと言ったら?」

 

「無視するわ」

 

 さらりと叢雲が言い放つ。そもそも引くつもりなぞ毛頭ないと言わんばかりだ。

 

「……責任は取らないからな」

 

「あいつに取ってもらうから願い下げよ」

 

「俺は何も見ていない。じゃあな」

 

「どうも」

 

 人形兵の屍を乗り越えると叢雲が隠し通路の中へと消えていく。責任逃れの言い訳じみていても叢雲が望んだことだ。

 

「人形兵は3体いたな。残りは?」

 

「片付いています」

 

「よし、移動する」

 

 海兵隊を引き連れて東雲が中央司令室を後にした。東雲の目的は海軍本部がわけのわからない人形兵に制圧されることではない以上は指を咥えて見ているつもりはなかった。ならば情報が必要だ。仮に若狭の言っていることが虚偽で、東雲を騙し討ちにしようとしているのならばこちらも返り討ちにする用意を整えてから行くのみ。

 

 1度は踊らされた。もう同じ過ちは繰り返さない。事実であれば協力するしかなくなるだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずいぶんと薄暗い。連絡通路に入った叢雲が始めに抱いた感想はそれだった。だがそれもしばらく足音を殺しながら歩いているうちに目が慣れてきた。長い階段をとにかく降りて下へ。しばらく続いた階段の果てにようやく道がぽっかりと口を開けているのを発見した。

 

「この先にあいつがいる……」

 

 東雲の話は大まかに聞いていた。先へ進んでいると。つまりこの道の先に峻がいる。ならばどれだけあの人形兵がいようが叢雲にとっては関係なかった。

 

 少なくとも人形兵は持ってきた刀で斬ることができる。それは確認できた。そして斬れるのならば先へ進める。

 

 さっきの戦闘を思い返すと、確実に止めを刺さなければいけないようだ。そうでなくては怪我などお構い無しに突っ込んでくる。そういった相手なら刀は都合がいい。どんな相手でも首を斬り落とされれば死ぬ。そして刀は重さで叩き斬る武器だ。一振りで1人を殺すことができる性質を備えている刀ならば人形兵に通用する。下手に慣れない拳銃を使うより叢雲にとってはこちらの方がよほど使える。

 

 どれくらい歩いただろうか。突如、叢雲が足を止める。遠くで通路が広間に繋がっているのを見つけたからだ。他にも連絡通路はあると言っていた。一度、広間で合流するようになっているのだろうか。

 

 先に進まなければ。なにが待ち構えていようとも進む以外の選択肢は叢雲にない。

 

 ずんずんと前へ進む。次第に広間へと繋がっている入口が近づいてきた。

 

 叢雲が広間に足を踏み入れた。瞬間、背筋にひやりとしたものが落ちる。

 

 痛いほどの殺気。それが横手から急に放出された。急いで刀を握ると居合の要領で鞘から刀身を滑り出させる。

 

 今の今まで殺気を隠していたとしか思えない。自らの不覚を呪いながら叢雲は殺気を放った人影に向かって刀を振るおうとした。

 

 だがその人物の顔を認識して叢雲の手は止まった。(きっさき)が相手の首筋にまで迫るが皮の1枚すら裂かずに突きつけるのみ。

 

 対して刀で首筋を抑えられたその人物も左手に握る拳銃はきっちりと叢雲の頭部を照準していた。

 

 どちらもあと少し動けば相手の命を刈り取れた。しかし寸前になって攻撃を止めたのだ。

 

 先に武器を引いたのは叢雲だった。ゆっくりと刀身が相手の首筋から離れていくと鞘に戻される。

 

「ようやく見つけたわよ」

 

「……来るなと言わなかったか?」

 

「ついでに足でまといだって遠まわしに言ったわね。ええ、もちろん覚えてるわよ」

 

 峻は未だに叢雲の頭部へCz75で狙いをつけたままだ。構うことなく叢雲は刀の柄からも手を離す。

 

「ここはお前のようなやつの戦場じゃない」

 

「それは私が決めることよ」

 

「ふざけんな。お前が言ったことだろう。お前を生かした責任として俺は生きてる。お前も死なないようにした。なのになんでわざわざこんなところに来た? こんな死に満ちた場所に」

 

「それなんだけどね、ごめん。私が間違ってた。あんなこと言ったけど、私はあんたに私を生かした責任を取ってほしいわけじゃない。どうしてかほしいかわからなくて苦し紛れに言ったものよ、あれは。本心を嘘でコーティングしたまがい物」

 

 叢雲が頭を垂れる。僅かにCz75の照準が震えた。

 

「だからもういい。あんたは私に責任なんて負う必要はない。私がどうなろうとも私の責任であってあんたは無関係よ」

 

「なら……ならなんでここにいる」

 

「私がこうしたかったからよ。ちゃんと正面から謝りたかった」

 

 どこまでもまっすぐに叢雲の瞳が峻を射抜く。峻が目線を外すと少しだけ寂しそうな音を叢雲が漏らす。

 

「言いたいことは終わったか? なら帰れ。俺がお前を撃ってでも止める前にな」

 

「悪いけどその提案は却下ね。確かにあんたはもう私に責任を負う必要がなくなったから、私を撃てるはずよ。でも撃たれたとして、私は這ってでもついていくわ」

 

「実力のねえやつが来たところで……」

 

「足でまといになるだけ、かしら?」

 

 何でもなさげに叢雲がさらっと言い放つ。自分の実力不足など叢雲自身が痛いほど痛感している話だ。

 

 それでも引くことはできない。

 

 人形兵の脅威を叢雲はその身で測った。人間的な反射がまったく介在することなく攻撃してくるのは厄介という言葉で表現できない。なにより峻の戦闘スタイルが人間を想定して練り上げられている以上、回避させたスキを突く、などといった戦法はまるっと使えないことになるのだ。

 

 声には出さない。これを口にしたところで事態は好転するわけでもない。それに気づいている可能性もある。だから叢雲は口をつぐむことを選択した。けれど言えるものなら言いたかった。

 

 あんたと人形兵の相性は最悪だ、と。

 

 片や叢雲は容赦なく刀で斬り捨ててしまえばそれでおしまいだ。一方で峻は手練が相手の場合、一撃必殺のような形ではなく、細かな積み重ねで消耗させてから確実な一手を叩き込む傾向がある。

 

 痛覚を与えても気にすることなく突進してこられては峻にとって嫌な相手に違いない。しかも人形兵は相当な体術を保持しているため、銃弾を避けてしまう場合もある。けれど叢雲は一撃で仕留める手段がある。そして時には刀の速度は銃弾のそれをこえることすらある。

 

「私だって、戦える。すでに1体なら人形兵は屠ったわ。なによりヨーロッパに行く直前、あんた自身が言ったことでしょう? 私はトランペット事件の経験者だ。人の死は見てきたし、この手も汚した。いまさら腰が引けたりしないわ」

 

「昔のことを引き合いにだすな。問題は今だ。直近でお前は常盤を撃てなかった」

 

「撃つ理由がなかったのよ。虫の息の人間を仕留める理由は? また追ってくるってあんたは言ったけど、あの怪我じゃ、療養にどれだけかかるかわかったものじゃない。むしろ追ってこない可能性の方が高かった。だってあの時に常盤中佐は折られたんだから」

 

 峻が何かを言えば叢雲がそれに対して無理やりこじつけてでも言い返す。すべてはある一言を引き出さんがために。

 

「ついていく、と思わなくていいわ。なにかオマケがいるくらいの感覚でいてちょうだい。あんたの戦闘に手は出さないから」

 

「違う。お前が邪魔だから言ってるんだ」

 

「じゃあ証明してみせるわよ。私の有用性ってやつを」

 

 笑みを深くしながら叢雲が親指で奥へ進むための通路を指し示す。だんだんと近づいてきている3つの足音。ほぼ確実に人形兵だ。

 

「あんたも聞こえているんでしょ? これからあの3体の人形兵を相手するわ。あんたが正しければ私は人形兵になぶり殺しにされることになる。私が正しければ3体を相手にしても勝てる。そしてあんたが正しかった場合、あんたは手を汚すことなく人形兵に邪魔者を始末してもらえる」

 

 これほどいい状況はないでしょ、と叢雲が問いかける。放置しておくだけで勝手に叢雲は始末される。峻は余計な労力を使わずに済むのだから、楽でいいだろうというわけだ。

 

「ああ、まさか自分の言葉に対してそんなにも自信が持てない、なんてことはないわよね?」

 

「……好きにしやがれ 」

 

 いまさらになって撤回するなんてしないわよね、と遠回りに叢雲が峻に釘を刺した。感情の読めない表情で、峻が壁際に座り込む。内心で叢雲は小さく拳を握った。

 

 今のところは思い通りになっている。相手が変な人形兵になるのは想定外だが、それでもなんとかできるだろう。

 

「さ、いつでも来なさい」

 

 叢雲が刀の柄に手を置く。呼吸を落ち着けて奥へと続く通路の一点に気を集中させる。叢雲の予想通り、まもなく3体の人形兵が広間へ。そして足を踏み入れるなり、納刀したまま殺気を向ける叢雲に向かって武器を抜くと走り始めた。

 

「悪いけど利用させてもらうわね」

 

 さらに叢雲が笑みを深くした。だがそれも一瞬のこと。すぅっと目が細められて叢雲の中でスイッチが切り替わった。

 

 はじめの一歩。叢雲は全力で踏み込んだ。




こんにちは、プレリュードです!

そろそろ9月ですね。まったく涼しくなる様子はありませんが。今朝のミサイル騒動はなかなかびっくりしましたね。私は寝ていたので後から知りましたが。たぶんああいう事態になった時に真っ先に死ぬのはおそらく自分です。まあ、範囲外だったんですけども。

それにしても久々に叢雲を書いた気がします。最近、出てきてなかったからね。この娘なしで話は進められませんね、ええ。

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