艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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【BRAVO】-BLAMTE

 海軍本部を囲う壁を睨みながら、背を預けた長月は静かに目を閉じていた。靴でこつこつとコンクリートを叩いて一律のリズムを取り続ける。

 

 伴奏は吹きさらしの風と温度差で軋む海軍本部の建物だ。物寂しい伴奏ではあるが、あまりにも騒音まみれでうるさいよりはましだろう。

 

 本来ならば長月はここに居ないはずだ。しかし、長月の個人的理由で潜り込む以外の選択肢はなかった。

 

 するりとポケットから小型の通信機から長月が取り出す。インカムを耳にはめると通信機の電源を入れる。

 

「こちら長月。報告を」

 

 

《パッケージの意識レベルは変動する様子がありません。相変わらず寝たままです》

 

 ここでいうパッケージとは先日に長月が身元を確保した常盤のことだ。長月が輸送している最中に常盤は怪我により気を失い、それ以来は意識が戻っていないのだ。

 

 しかしよくよく考えてみれば常盤が負っていた怪我は相当のものだった。あばらは何本もへし折れ、余波とはいえ手榴弾を食らっている。この大怪我で戦闘を継続していたことすら通常ではありえないのに、常盤はほとんど執念だけで戦闘を継続していたのだから。

 

 ある意味では当然とも言える。瀕死の重傷で無理をしてでも体を動かし続けていれば無理が祟るのは仕方のないことだ。

 

「その他は?」

 

《問題ありません。しばらく目覚めることはないでしょう》

 

「監視を継続。くれぐれも悟られないように」

 

《了解です》

 

 大まかな監視体制の状況さえ把握できれば長月としては問題ない。むしろそれを目的として連絡をした。現状において監視責任が長月にある以上は把握しておかなくてはいけない。

 

 本来ならば長月は常盤の監視についていなければいけないはずなのだ。しかし、長月はフリーで行動したかった。けれどただ自由に動きたいと思っていてもそう簡単に思い通り行動できるほどことは単純でない。だからこそ自由行動のために地盤を作る必要があった。

 

「監視体制は構築済み。問題なく作動していることはたった今、確認した」

 

 長月が指を折って為すべきことをカウントする。これで長月に課されていたものはすべてこなした。

 

 これで長月の動き回れるフィールドは長月自身の手によって整えられた。

 

「ここまで来たんだ。押し通させてもらうぞ」

 

 決意をこめた声で長月がこっそりとつぶやく。人気のない閑静な場所を選んだこともあって、その声は明瞭に長月の耳へ届いた。

 

 時計の針はずいぶんとゆっくり進んでいるらしい。なかなか始まった様子は海軍本部から窺えない。

 

 だが長月とて待つのは得意だ。今までさんざん待たされた。たかだか1時間や2時間ほど待つ時間が延びたところでそれがどうしたと鼻で笑ってみせようとすら思えている。

 

「さて、どれだけが動くか……」

 

 そしてどれだけこの事態に自分が太刀打ちできるようになっているか。

 

 やれるかぎりの下準備はやった。ここから先は長月がうまく立ち回れるかにかかっている。やれるか、と聞かれれば答えは一つだ。

 

 やってみせよう。

 

 長月が小声で口にしたそれを上から被せるようにして警報が鳴り響く。ふっとほんの一瞬だけ長月が引き締めていた顔を緩めた。

 

「始まった、な」

 

 人気の少ない長月の周囲ですら遠くからの喧騒が聞こえてくる。かなり焦っている様子がここからでも手に取るようにわかった。

 

 頃合いだ。そろそろ行動を開始した方がいいだろう。

 

 すぺてが手遅れになる前に。

 

 長月が壁に預けていた背中を離した。乗り込むのは正面からだ。別に長月は本部に入ることを禁じられているわけではないのだからなんの気負いもなく歩ける。

 

「なるほど、見張りを……」

 

 ちらりと見張り所を目の動きだけでのぞき込むと2人の見張りが伸びているのが飛び込んできた。誰の仕業かはひと目でわかる。

 

 東雲は堂々と本部に入ることができるため、わざわざ見張りを打ち倒すという無用な手間をかける必要はない。その部下たちも東雲の護衛という形にでもするなりといくらでも言い訳が成り立つため同様だ。

 

 現時点で海軍本部に乗り込まなくてはいけない人間で、なおかつ正規の手段が使えない人間など一人しかいない。

 

「帆波峻の手際は想像以上だな」

 

 反逆者として追われる身である峻ならば堂々と海軍本部に入ることはできない。ならばこうして障害となる対象を打ち倒していくしかないことは必定だ。

 

 まったく気づかれることなく見張りの2人は意識を飛ばされたのだろう。そうでなくてはもっと早い段階で騒ぎになっていたはずだ。

 

 確かに想像以上の手際だ。しかし予想以上ではない。むしろこれくらいは想定内だ。

 

 警報がうるさい。やはり外と内では音量が違う。

 

「おい、君。ここは子供の来るところじゃ……」

 

 長月が本部の中に足を入れた瞬間に声をかけられた。話しかけ方から明らかに子供が入り込んだと勘違いされている事はすぐにわかる。億劫だと思いながら長月はポケットからIDカードを取り出して提示する。

 

「っ! し、失礼しました!」

 

 びくっと身を縮こませて長月を呼び止めた軍人が敬礼する。肩章を流し目でチェック。どうやら伍長らしい。見た目は完全に子供でも長月は艦娘。軍内で立場はきちんとしたものがある。本部に入ることすら断られることなどありえない。

 

 そのまま伍長をスルーして進もうとしていた長月が足をピタリと止める。

 

 警報が鳴ってから長月が中に入るまでに時間が空いている。正確な状況を把握しておきたかった。

 

「伍長、警報が鳴っているようだが何が起きている?」

 

「は……? 何が、ですか?」

 

「そうだ。現状でわかっていることの報告を」

 

「詳しくわかっておらず……」

 

「ならば噂レベルで構わない」

 

 噂だって情報だ。真偽のほどは確かでないが、それですら経験と状況からの推測をかけるだけで途端に使えるものと使えないものに選別できる。どれだけ嘘くさいとしても火のないところに煙は立たない。煙があるのならその中核である火は隠れているに決まっているのだ。

 

「侵入者がいるという話は小耳にしました。ですがそれが本当かどうかは……誤作動という可能性もありますし」

 

「そうか。引き止めてすまなかった」

 

 伍長と別れてから長月は今度こそ本部の建物内へと踏み込んだ。

 

「ずいぶんと慎重な人だったな」

 

 それが長月が下した伍長への評価だった。小耳に挟んだ、というがそれにしては情報に尾鰭が付いていなさすぎる。明らかに彼の中で取捨選択が為された結果だ。

 

「今度こそ、だ」

 

 長月が服で隠れたホルスターを探る。少し寄り道をしてしまったが、そろそろ本筋に戻ろう。

 

 そして長月は進んでいく。この動乱の中心地へと向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろだろうか、と峻が時間を確認する。東雲にそっちはどこまで進んだのか聞きたいところだが、できるかぎり通信を使うのは避けたいところだった。

 

 だが動くならここだ。警備室を峻が落としたせいで、情報の混乱が一時的に起きた。だが一時的なのだ。すぐに代わりが出てくる。

 

 だからここでもう一つ、混乱を投下する。

 

 さっきは他へ連絡させる隙も与えずに制圧した。だから侵入者という情報すら回らず、よくわからないが警備室と連絡がつかない状況が作られた。

 

 だがそろそろ時間的に考えて警備室に何があったのかは広まった頃だろう。無線での連絡がつかなくとも、誰か1人がその足で出向いてしまえば襲撃を受けたらしき痕跡はすぐに見つかる。少し頭の回る人間なら見張り所の見張りがやられている可能性も考えて確認しに行っているだろう。

 

 つまり初期の混乱はもう収まっていると仮定することが妥当だ。この時点で侵入者ないしは襲撃者がいるというところまで辿り着いている。

 

 そして襲撃者がいるとわかればだんだんとそれに対応するため武装をしようとする。

 

 まさに峻の目の前にいる6人ほどの集団みたいに。

 

「もう少し大人しくしとけ」

 

 さっきとは違い、警備室のような部屋ではなく廊下での戦闘。だが大した差ではない。

 

 中心に峻がその身を投げ入れると意識を刈り取らんとする。中心地に峻が立っているせいで銃撃しようにも味方への誤射が怖くて撃つに撃てないのだ。

 

 1人目がばたりと崩れ落ちた。その時、峻の顔をようやく直視した5人が息を呑む。

 

「やはり侵入者が!」

 

「くそ、一人でいい! 一人でもいいから伝えるんだ!」

 

 そうだ。それでいい。そのためにこの身をさらけ出したのだから。

 

 広まれ。侵入者はここにいる。今まさに海軍本部で暴れているぞ。

 

 峻自身はまったくもって望んでいないことだが、ウェーク島攻略戦のせいで峻の顔は広い。民衆にも知られているのだから海軍内となればなおさらだ。

 

 いくら左眼に縦の傷が走っていたとしても気づかないことなどありえない。それくらいには峻の名前と顔は売れている。本人は有名になるたいとはこれっぽっちも思っていないのだが、今回は売れてしまった名前が邪魔だ。だからフードで顔を誤魔化していた。

 

 2人ほど追加で打ち倒す。あえて一人当たりにかける時間を峻は引き延ばしていた。

 

「すみません、後で絶対に来ますから!」

 

 だっと1人が飛び出して叫びながら廊下の向こう側へと駆けていく。思い通りだ。これで侵入者がいると明確に伝わる。

 

「そろそろ勝たせてもらう」

 

 だらだらと長引かせるつもりはない。思い描いたとおりになったのならさっさと片をつけるべきだ。

 

 残りの2人も時間をかけずに峻は気絶させた。戦闘に手馴れいるのならまだしも急遽、武装しただけのメンツと峻がやりあって負けるわけがなかった。

 

「セカンドフェイズ完了」

 

 東雲の依頼はまだ続く。事前に叢雲が接触してきた際に渡された外部記憶媒体にすべてのプランが事細かに書かれていた。

 

「それにしてもめちゃくちゃじゃねえか」

 

 何度も思い返してみるがかなり横車を押す計画だ。だがやろうと思えばやれる計画ではあった。

 

 しかし峻がそれに協力する義理はない。むしろ追われる立場である峻からすれば目立つ行動は避けたいところだ。反逆者として捕まるようなことがあれば、その瞬間に軍法会議所に送られ極刑になることはほぼ確実だ。

 

 少なくとも峻が艦娘システムの秘密を握っていることを上層部は知っている。そして違法なクローンを戦闘用に改造するため手を加えたバイオロイドであるという事実はとても公表できるものではない。

 

 そしてもう1人の叢雲は記憶操作の術が存在することも匂わせていた。艦娘が人間を素体にしているということを考えるとある恐ろしい可能性に行き着く。

 

 艦娘に限らず人間の記憶操作ができる可能性だ。

 

 つまり峻は殺されはしないかもしれない。だがその代わりとして頭の中を好きに弄られて、記憶そのものを改ざんされるということだって十分すぎるくらいにありえるのだ。

 

 だがそれは捕まればの話。

 

 おそらく峻が積極的に外部へ漏らそうとしなければ追撃の手は激しくならない。現に憲兵隊が大人しくなってからというものの、追手といえるものはほとんど来なかった。大方、メディア関連には人が張っているのだろう。何かしらの形で世間へ公表しようとすれば、すぐに足がつくはずだ。

 

 けれど裏を返せば公表するような行動をしなければいいだけだ。それさえしなければなんとでもなる。

 

 つまり峻が東雲に協力しているのは保身のためではない。同期だから、などというわけでも断じてない。

 

「人の利用方法をよく知ってるよ、お前は」

 

 賞賛を半分、嫌味を半分こめて峻がぼやく。東雲は峻が反逆者であるという立場を利用していた。

 

 侵入者が来たら真っ先にすべきは相手方の人数を把握すること、そして排除だ。

 

 だが海軍本部は設立されて以来、電子的な攻防はあれども物理的な攻防は経験したことがない。対深海棲艦を想定しているのだから当然といえば当然だ。

 

 それに対して東雲の率いる横須賀鎮守府は1度、大規模な物理的防戦を経験している。トランペット事件というテロを。

 

 もちろんトランペット事件は横須賀鎮守府のみで起きた訳ではない。けれどこの手の対応で横須賀鎮守府の右に出るところもない。

 

 東雲はおそらく現場対応という形にでも持ち込んで中央司令室に乗り込むつもりだ。長期的には無理かもしれない。だが一時的に海軍本部を押さえることはできる。

 

 その時間を利用して上層部と取り引きを持ちかけるのが魂胆といったところか。

 

 もちろんこれはあくまでも峻の予想だ。東雲がどこまで狙っているのかはわからないし、そもそもどうやって交渉を持ちかけていくつもりなのか皆目検討もつかない。だがおそらく何かしらの手段は用意した上でことを起こしているだろう。

 

 どうするつもりなのかは知らないが。

 

 けれどなんの考えもなく始めるわけはない。だから峻は次の目的地を目指してさらに奥へと進み続ける。その手には再びCz75とナイフがそれぞれの手に握られていた。

 

 小さく首を左に向けながら進む。ついこの間まではぼやけながらでも左眼が見えていた。だがもう左眼に視力と呼べるようなものは残っていない。もう景色を左眼が景観を写してくれることはない以上、右眼で周囲を確認して警戒するしか方法はないだろう。

 

 正直に言って片目だけというのはかなり視界が狭い。不便なことこの上ないし、なにより今までは両目だったのが急に片目に視界範囲が狭まれば慣れないのは当たり前だ。

 

 やりずらいことこの上ないと愚痴りつつ、警戒を解かずに何度か角を曲がりつつ廊下を進む。下手に狭い廊下で戦闘をするのはあまりよいとは言えない。囲まれて押しつぶされてはさすがに分が悪い。さっきは不意打ちをかけることでその事態を防いだが、そう何度も使える手段ではないし、そもそも状況と次第によって変わってしまう。

 

 できるのならば余計な戦闘は避けて行きたいところだ。時間もあまりかけていられないし、なにより戦闘の時間が惜しい。いちいち遭遇するすべてを相手にしていては面倒という理由もあるが、戦闘の起きた地点から足取りを辿られるのが厄介だ。

 

 これから行く先で邪魔が入って欲しくない。だから道順をわざと最短距離ではなくて、少し遠回りしているのだ。

 

 行く先々で足音を聞くたびに角に身を隠す。他は万事、何事もなく進行しているだろうか。最悪の場合を想定して退路を確保してはあるが、建物内で囲まれたらかなりまずい。ある程度のスペースがなければ選択肢は必然的に絞られ、ワンパターンになってしまう。

 

 加えて言うのならあまり長引かせたくない。逃亡を始めてから1度たりと義足に燃料を補給していないせいで、右脚のブースターをどれだけ使えるかわかったものではない。

 

 こそこそと隠れながらようやくお目当ての部屋を見つける。予想通りというべきか護衛と見張りを兼用している軍人が2人、ドアの前についている。

 

「こいつらだけは落としとくか」

 

 峻が廊下の角から身を踊らせた。姿勢を低くして駆け抜けていくと、応援を呼ばれる前に飛びかかり、顎と鳩尾に打突を入れて意識を奪う。

 

 他愛のないことだと思いながら首の骨を鳴らす。倒れたまま廊下に転がしておくわけにもいかないため、近くの部屋に2人を引きずって行って放り込んでおくと鍵をかけた。

 

 そしてようやくさっきの扉の前まで戻ってきた。ノックの必要性は感じなかったのでそのまま豪奢な造りの扉を押し開ける。

 

「ふむ。思っていたより早いな」

 

「どうも、陸山元帥」

 

 峻の冷たい視線がまたしても立派な執務机から立ち上がる老人に刺さる。どうも、などと口で入っているが慇懃無礼なこと極まりない。

 

 峻の目的地。そこは海軍本部元帥執務室だった。

 




こんにちは、プレリュードです!

まだ大したこと起きてませんね、セーフセーフ。それにしてもこの章で出てくる人物がものすごく多くなりそうでやばいです。なつかしすぎて忘れられてそうな人からメインまで。何人も捌くのは大変そうです。やりますけども。これがやりたいことのために必要なのですよ。ならやらない選択肢はないですよね!

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