艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

100 / 134
Opus-20 『Farewell point』

 

 峻が荒い息を吐く。視界が紅く染まるようなこともないということは完全に左目は見えなくなったらしい。

 ナイフとCz75をしまう。右脚の戦闘用義足プログラムを停止させて、裾を戻した。

 

「借りるぞ、叢雲」

 

「あんた、大丈夫なの?」

 

「問題ねえよ」

 

「でも、左目……」

 

「問題ねえって言ってんだろ」

 

 峻の左目を指差す叢雲をよそに、叢雲が持っている救急箱を開ける。消毒液を傷口にかけると包帯を巻いていく。

 

 応急処置としてはこれで十分だろう。どうせもう見えないだろう左目だ。雑な処置でも構わない。

 救急箱から今後も使いそうな医薬品を適当に拝借して峻は立ち去ろうと踵を返し始めた。

 

「待ちなさいよ」

 

 呼び止めた叢雲に仕方なく足を止める。振り返るのも億劫だ。

 

「どこに行くつもり?」

 

「知らん。適当にその日が来るまで姿を消す」

 

「私も行くわよ」

 

「お前が? 冗談は休み休み言え。お前は『来るべき日』にいるべきじゃない」

 

「本気よ」

 

「なおさらタチが悪い」

 

 深いため息を吐きながら峻がショルダーホルスターを探った。そして探り出したCz75のスライドを引いて弾を装填し、セーフティを解除してから叢雲に差し出した。

 

「何よ?」

 

「こいつを使ってあそこでくたばってる常盤を殺せ」

 

 峻がクイッと顎で壁あたりを示す。そこには峻によって蹴り飛ばされた常盤がぐったりと壁にもたれかかるようにして倒れ込んでいた。

 

「敵だったかもしれない。でも同期なんでしょう!」

 

「そうだ。だからこそこいつの実力は知ってる。邪魔だ。ここで殺しとくべきだろう」

 

 叢雲は躊躇った。別に叢雲自身が常盤に何か恩があるわけでもない。むしろ峻と敵対関係にあり、そして峻の左目を奪った張本人に情けをかけるつもりなんてこれっぽっちもない。

 

 だがわざわざ殺すまでもないのではないか。今後も障害になる可能性があるから峻は殺すべきだと言っている。だがこの怪我ならまともに歩けるようになるまで治療するだけでかなりの時間がかかる。

 

「……撃てない」

 

「なら初めから来るな」

 

 叢雲が手を伸ばせないのを見た峻がCz75を叢雲の前から引っ込めた。

 

「止めるなら撃て。撃てないなら立ち塞がるな。これから先はそういう場所だ。殺せないやつがいたってなにもできやしない。躊躇ったやつから死んでく」

 

「なんで、なんでそこまでやれるのよ……」

 

「なんで、だと?」

 

 峻の声に苛立ちが混ざった。隠すつもりもない明確なモノ。それがありありと口調に滲み出す。

 

「お前が勝手に死ぬなって言ったからだろうが」

 

「っ!」

 

「撃てないならもう俺の前に現れるなよ、叢雲。俺は撃つ」

 

「それが私を置いていった理由、なの……?」

 

「ああ」

 

 目の前が暗くなっていくような感覚を叢雲は覚えた。はっきりとは言っていない。だがこんなもの、遠まわしに足でまといだと言われたようなものだ。

 

「もういいだろ」

 

「まっ……」

 

 峻がCz75を構えながら振り返ろうとした。だが峻が振り返りきる前に1発の銃声が響き、峻の左耳を掠めた。振り返ろうとしなければ頭部に直撃していたであろう位置だ。

 

「まだ動けるのかよ」

 

「これで、おしまいなんて、言った覚えは、ないね……」

 

 コンクールの壁に常盤が背を預けながら銃口から硝煙がゆらゆらと立ち上るレディース用拳銃を構えていた。言葉も切れ切れ。呼吸も不規則だ。

 それでも目を爛々と殺意で光らせて拳銃を構え続ける。

 

「まだ隠し持っていやがったのか」

 

「アタシは、殺す……のために。だから、死んでしま、え……」

 

 常盤がレディース用拳銃をきつく握る。

 

 常盤はもちろん峻に格闘戦を挑んで勝つつもりだった。だがもし、左目の隙を突くことに失敗したら。もし負けるようなことがあれば。

 

 万が一にも敗北はないと思いたい。だが常盤自身が楽観視するとこを拒否した。

 

 憲兵隊との戦闘記録。これがまだ本気の一歩手前なら絶対に勝てるという確証は得られなかった。

 

 だからこそ、ひとつだけ牙を取っておいた。もしも負けた時のために。峻が叢雲に気を取られるであろうその一瞬に叩き込めるものを。

 

 1発目は外してしまった。常盤と峻の直線上には叢雲がいる。状況に頭がついてこずに、困惑している愚かな艦娘が。

 

 峻が避けたら叢雲に当たる。そしてこうなってさえしまえば峻は避けられないと常盤は確信していた。

 

 そして峻はナイフを鞘に収めてしまった。迫りくる銃弾を防ぐ術はない。

 

「いなくなれよ、テロリスト。消えてしまえ、WARN。アタシの前から、この世界から! すべて!」

 

 喀血しながら常盤が張り裂けんばかりに叫ぶ。そして人差し指に力を込めた。

 

 1発の銃声。だが常盤の拳銃から鳴った音ではなかった。

 

 その証拠に、常盤が握っていた拳銃が弾き飛ばされた。常盤の思考に空白が生じた。

 

 峻はCz75を持ってはいる。だが構えて常盤に狙いはつけていない。Cz75の銃口は真下を向いているからだ。

 

 ならどこから撃たれたものだ? 誰が何の目的で?

 

 わからない。だが負けた。結局のところ常盤は何もできなかった。最後の一手もだめだった。

 

 常盤の意識はだんだん朦朧としてきた。拳銃を握っていたその手かぱたりと落ちる。

 

「ちっ」

 

 一方で峻はCz75をショルダーホルスターに収めると、周囲を見渡して逃走ルートを探す。

 

「おい叢雲、何ぼさっとしてやがる。どうせ近くに車でも待たせてんだろうが。そいつでさっさと行け」

 

「あんたはどうするつもりよ……?」

 

「依頼はやってやる。これだけあいつに伝えろ」

 

 峻が駆け出す。追うように銃弾が飛来するが、走り続ける峻を捉えられない。

 

「いつかの時よりはうまくなってる。だが2発目以降はもう少しうまくやれ」

 

 それだけ言い捨てると峻は廃墟の向こう側へ姿を消した。

 

「私も消えたほうかいいわね……」

 

 誰が撃ったのかはわからない。けれど自分も逃げた方がいいのだろう、と叢雲はぼんやりと思った。言われた通り、近くに車を待たせている。何度も銃声が響いていたことだし、早々に立ち去った方がいい。

 

 駆け足で後をつけられないようにわざと遠回りをしながら車を待たせている場所まで叢雲が急ぐ。

 

「すぐに横須賀鎮守府に帰って東雲中将にこのことを報告して……」

 

 それからどうすればいいんだろう。

 

 そもそもここで聞いた後に、どうするつもりだったのか。ついて行ったところで足でまといにしかならないことぐらいうっすらと察していたはずなのに。

 

 知らない帆波峻があそこにはいた。どれだけ声を張り上げても届きそうな気配がない。

 

 容赦なんてなかった。峻も常盤も全身全霊で相手のことを殺しにかかっていた。一発目から互いの急所しか狙っていなかった。

 

 間に割って入るなんて余裕も隙もなかった。目の前で繰り広げられる生々しい殺し合いに体が固まってしまっていた。

 

 これがもし、見ず知らずの他人なら叢雲は動けた。叩きのめすなりして収束させられただろう。そのくらいの体術を叢雲は会得している。

 

 だが状況が違った。人間離れした狂気のぶつかり合い。しかも仲間同士だったはずのもので殺し合いをしている。

 

「わからないわよ……」

 

 艦娘にとって仲間というのは絶対的な価値を持つものだ。それは叢雲とて同じ。後ろに仲間がいるとわかっているから最前線で刀を振り回すという無茶ができている。

 

 だからこそ仲間に対してあそこまでの殺意をぶつけられることに対して理解ができないし、頭が理解を拒んでいた。

 

 どうやって帰ったかは覚えていない。ただまっすぐに車へ向かってはだめだから適当に迂回して戻ったのだろう。

 

 またしても置いていかれたこと。そして置いていかれた理由は足でまといにしかなっていなかったからということ。

 

 叢雲は実感として理解してしまった。逃走中においてもさっきの殺し合いにおいても叢雲はなにもできなかったことを。確かに手を出すなとは言われていた。それが足でまといだから手を出すなと間接的に言われていたのだと気づけてしまった。

 

 車は横須賀鎮守府へ向かう。最も聞きたくなかった答えを聞いてしまった叢雲を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時すでに遅し、か」

 長月が9mm拳銃を収めなから呟く。峻はもう逃走し、完全に足取りを消していた。同様に叢雲もいなくなっていたが、この2人は長月にとって去ろうが残ろうがどちらでもよかった。何をしていたのかはわからないが、放置するくらいしかない。今の時点で峻や叢雲の方向へ噛むのは避けたかった。

 

「パッケージを確保した。輸送車を回してくれ」

 

「了解です」

 

 輸送車を回すように命じられた男が走り出した。長月はわざと通信を使わないようにしている。そのため少しばかり非効率ではあるがこのような手段を取るしかない。

 

 長月が意識のない常盤の傍に立つ。常盤の拳銃を狙い撃ったのは長月だった。

 

 峻に死なれては困る。それは長月にとっても泳がせておいた方がいいからだ。いや、これは長月のためではない。

 

「それにしても人手不足だな……」

 

 長月が伸びをした。こうも連日、駆り出されては疲れを抜く暇もない。

 

 その時、常盤の指が小さく動いた。それだけの動きを長月は見逃すことなく腰のホルスターから9mm拳銃を引き抜いて、常盤の額に狙いをつける。

 

「驚いたな。もう意識が戻るのか」

 

 人間離れした生命力だ。銃弾も数発あたり、直撃を避けたとはいえ手榴弾の爆風をモロに食らい、そしてあの義足でブースターを吹かした蹴りをもらっている。これですぐに意識を取り戻すあたり、尋常ではない。

 

 だがさすがにそこまでらしい。喋ることもままならない常盤は焦点の合っていない目で長月を睨もうとするだけだ。常盤自身、しっかりと長月は見えていない。それでも意識も取り戻して、あまつさえ抵抗の意志を見せるその意地は戦慄するに足るものだった。

 

「輸送車、到着しました」

 

「運ぶぞ。意識は戻っている。念のため拘束しておこう」

 

「はっ」

 

 拘束しておくように長月は言ったが、この怪我では抵抗できないことはわかっていた。指を動かすだけで精一杯の常盤には抵抗といえるようなものはできないだろう。

 

 そして問題はこの怪我だ。下手な拘束は怪我を悪化させる。いくら輸送車に万が一を考えて応急処置ができるようにしていても、ガチガチに縛ったりすることは難しいだろう。

 

「この怪我では下手な拘束は……」

 

「わかっている。だからこれを使う」

 

 長月が取り出したのはコネクトデバイス。それを常盤の首にはめると、デバイスに入れておいたプログラムを起動させる。

 

「なるほどインターラプトパッチですか」

 

「これならベルトや拘束具を使わなくてもいいからな」

 

 長月が使ったのはプログラムを起動させることで神経を遮断させるものだ。コネクトデバイスもその使用を前提とした高出力のものにしてある。

 

 今、常盤の体は首から下が動かない状況だ。基本的な生命維持のための運動、例えば心臓の拍動や呼吸などの命令を除いてすべての神経伝達情報をカットしている。

 

 常盤を偽装した輸送車に詰め込むと車を出す。常盤は薄く開いた目でじっと長月に対して訴えかけるように見続けていた。

 

 はあ、と長月はため息をついた。どのみち業務連絡はしなくてはいけない。意識がないならする必要はなかったが、あるのならばする必要性がある。

 

 この様子では常盤は話すことすらうまくできないだろう。長月が舞台を合わせてやらなくては話すことも叶わない。

 

 コネクトデバイスを長月も首にはめると有線で常盤と繋ぐ。意識はちゃんとあるのなら電子通話くらいならできるはずだ。

 

《聞こえるか?》

 

《はっきりと。余計なことしてくれるね、長月ちゃん?》

 

 体がボロボロでもこういう形で話せばそんな影響は受けない。それでもここまで強気に出てくる常盤に長月は内心で苦笑いをこぼした。

 

《貴官、いやあなたの身柄は私たちが預からせてもらう。拒否権はない》

 

《アタシの邪魔するんだ?》

 

《先に邪魔をしたのはそちらだ》

 

 涼しい顔で長月が流した。

 

《テロリストが憎い。理解は示そう。親の仇。ああ、さぞ憎いだろうな。だがあなたはやりすぎた》

 

《あれはWARNの世界連続テロに関わってる。アタシは殺さなきゃいけないんだ》

 

《確証はない》

 

《限りなく黒に近いなら黒だ。アタシの復讐対象になる》

 

《なら聞くがその復讐とやらはあなたのためか? それともテロに巻き込まれて死んだあなたの母親のためか?》

 

 それだけ言って長月は有線通話を終了させた。別にその続きが聞きたいわけではなし、大人しくしていてくれればそれでよかった。

 

 ジャックに刺していたプラグを外して線を巻き取る。それから長月は首のコネクトデバイスを外した。

 

「……欧州に行った時、あなたはそこまで暴走しなかったと聞いてる。なら何が火をつけてしまったのだろうな」

 

 あえて突き放すようなことを言った自覚はある。だが長月は復讐に執着するという心理が理解できなかった。

 

 死者は望まない。死者は満足しない。仇討ちをして満足するのは生者だ。仇討ちを果たしたところで返ってくるわけでもない。

 

「くだらないな、まったく」

 

 だから長月は理解しない。しようとしない。結局のところ、常盤が峻を殺そうと狙うだろうというあたりさえついてしまえばそれでよかった。

 

 長月のすべきことは果たした。帆波峻を殺させないこと、そして常盤の身柄を確保すること。

 

 峻は逃げた。そして常盤はしっかりと長月が抑えた。この怪我ではしばらく病院暮らしになることは確実だ。

 

 荒事には発展してしまったが、結果としてはまずまずだ。少しばかり危ないところはあったが、過ぎてしまったことを言ったところで仕方ない。

 

「これでよかったのか、若狭」

 

 長月が呟いた。本人はここにいない。通信を繋いでいるわけでもない。だから絶対に伝わることのない言葉だ。

 

「あんな猿芝居を打たせたんだ。これでだめでしたとは言わせないからな」

 

 ぼやく長月は宅配便業のトラックに偽装した輸送車の中で椅子を引き寄せて、常盤の横たわる拘束台の隣に腰を下ろした。いつでも撃てる体勢は作ってある。だが非常事態は起きないに越したことはない。できることなら何事もなく終わることを長月は望んでいた。

 

 若狭が何を企んでいるのか。それはもうとっくに長月は察し始めていた。反旗を翻したように()()したあの時から。

 

 だからこそ、長月はその企みどおりに進むことを許すつもりはない。そういう意味では反旗を翻したという表現は合っていた。

 

「すべて思い通りにさせるものか」

 

 拳をきつく握る。若狭の望んたエンドに導いてやるつもりは毛頭ない。だからあの宣戦布告は演技でありながら、長月は本気だった。

 

 本気で若狭を越えるつもりだった。

 

「『背中を刺す刃たれ』。その言葉通りにしてみせよう」

 

 もう懐刀でいる時間はおしまいだ。そろそろ自立しなくてはいけない。自立して業物と呼ばれるようになるべき時が来た。

 

 だから長月はただじっとその日を待つ。




こんにちは、プレリュードです!

ついに! ついにですよ! ついに今回の更新でカルメン100話目です!
というわけで100話到達企画をしたいと思います。以前、友人がやっていた読者の皆様からの質問を座談会で答えるコーナーが死ぬほど羨ましかったのでここでもやってみようかな、と。活動報告(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=152856&uid=128417)かメッセージ、もしくはTwitter(@regurus32701)のDMなどで送っていただければ受け付けとさせていただきますので、お気軽に送り付けてください!作者の質問でも物語に関する質問でもその他もろもろでもズバっとお答えさせていただきます。

投稿はフーガ編が終わってからになるのでおそらく3週間後になります。それまでなら質問は受け付けるのでお気軽にどうぞ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。