演習時刻きたれり。すぐに峻から通信がきた。
『あーあー、こちら帆波、応答願う』
「こちら叢雲、どうしたの?」
『演習開始だ。まずは瑞鶴、索敵機を出してくれ』
「了解よ。数は10で角度は5ごとでいいかしら?」
瑞鶴が言っているのは索敵機10機を5度開いた角度で前方に展開する、ということだ。
『それでいい。敵艦隊を見つけ次第、第一次攻撃隊を発艦させろ。編成は瑞鶴の好きにしな』
「了解!さぁ、五航戦瑞鶴、いくわよ!」
ひゅっと矢を射ると放たれた矢が艦載機に変わり、あっという間に点になった。
「ねえ、提督ー。アタシも仕掛けていい?」
『オーケーだ。軽くぶっかませ!』
「了解ー。さあて、暴れてやりますかねえっと!」
のんびりした口調のまま、けれどもしっかりとした動きで北上が甲標的をおろすとゆっくりと潜行していく。
(ひとまずは瑞鶴の索敵機待ちね。あれが見つけてくれないと始まらない)
先に相手を見つけられるメリットは大きい。こちらが先制攻撃を仕掛けられるし、それができれば戦闘の主導権を握ることも可能だからだ。
しばらくすると瑞鶴の通信機が小さく鳴った。
「索敵機6号機から入電!敵艦隊を発見!」
『よっしゃ!瑞鶴、索敵機を帰還させろ。それから──』
「わかってるよ、提督さん!第一次攻撃隊、発艦開始っ!」
瑞鶴が連続で弓を引いて射る。次々と矢が艦載機に変わり大空を高く飛び、編隊を組んで飛んでいった。
「提督さん、ちょっと!」
『どうした、瑞鶴』
瑞鶴は異変に気づいた。なぜそんなことをしているのか理解が及ばない、そんな事態が起きたのだ。
「索敵機を艦娘が追ってきてる!」
『ちっ!追っかけてこっちの場所を見つけるつもりか!数は?』
おそらく電探を使って追ってきたのだろう。早々に砲撃戦に移行すべきか、そう考えた矢先に瑞鶴が鋭く叫んだ。
「1隻!軽巡の……あれは阿賀野、かな」
「提督、私に行かせて!阿賀野姉を抑えるわ!」
阿賀野の名前を聞いた瞬間、矢矧が戦意をみなぎらせて反応した。姉と久しぶりに会うので手合わせしたいと言っていたのを思い出す。
『いや、罠の可能性が高い。こっちに来てから迎え撃つ。その時に矢矧にはやってもらうよ』
しかし冷静な判断を峻は下した。
「そう、ならその時は頼むわよ」
仕方なく矢矧が引き下がる。
「提督さん、敵艦載機と攻撃隊が接触しそう!」
『思いっきりやれ、瑞鶴!』
敵の索敵機に発見され、命令通りに阿賀野を突撃させたあと、陸奥は天城と瑞鳳にも攻撃隊を出させていた。
(索敵機を帰還させた方向から敵の攻撃隊が来るのは間違いない。だからこっちも攻撃隊を出す!)
『陸奥、さっさと敵を撃て。早く有効射程にはいれ』
イライラとした声が通信機から聞こえる。空母を配置した時点でこうなることぐらい予想しなさいよ!と叫びたいが、その衝動を堪えた。
「陸奥さん、攻撃隊が接触します」
「提督、攻撃許可を」
『早くしろ、馬鹿者!』
瑞鳳の報告に戦闘許可を求めると返ってきたのは許可とギリギリ取れなくもない言葉と罵声。
向こうは仲が良さそうだったわね。ああいう形の艦隊もあるのね。
それに比べ自分たちと提督は……
関係ない方向に飛びかけた思考を頭を軽く振って引き戻す。
「攻撃隊、接触開始しました!」
天城の報告で演習に意識をしっかりと向け直した。
気を引き締めていかなければ。
瑞鶴は攻撃隊を動かすことに意識を集中していた。
瑞鶴の駈る零戦が相手の艦載機を確認する。本来瑞鶴から相手艦載機を見ることはできないが艦載機との視覚共有をしているため、自分の艦載機を通して状況を見ることができている。
瑞鶴が放った数はおよそ20。対して相手の攻撃隊の数はだいたい40だ。
圧倒的な数の不利。相手の空母のうち1隻は軽空母とはいえ、合計では約空母2隻の艦載機を放ってきているのだ。
それでもその2倍の差を瑞鶴は自らの腕で覆す。
(攻撃隊、迎撃開始!やっちゃって!)
瑞鶴の艦載機が一気に加速。天城と瑞鳳の艦載機の上をとり、一斉に降下した。
負けじと天城と瑞鳳の艦載機たちも機首をあげて相対した。装備された機銃が火を噴く。数機にペイント弾が当たり脱落していく。
すると瑞鶴の艦載機たちが左右に旋回して回避し、ピッチアップ。
ループとロールを連続して実行すると縦方向にUターンを決めて相手艦載機の後方上空を確保した。
(いまよ!撃てぇ!)
後ろを取られて逃げられず、無防備に晒した背中にペイント弾を叩き込んでいく。相手の艦載機が次よ次よとピンク色に染まり、演習海域から去っていった。
生き残った艦載機がターンをきめると瑞鶴の艦載機に正面からむかってきた。
(へぇ、真正面から突っ込んでくるんだ)
瑞鶴がにやりと笑う。
(やってやろうじゃない)
自分の残存している艦載機を再編成し、編隊を組み直して、突っ込ませた。
ペイント弾が交錯し、艦載機が飛び交う。
その後、生き残った艦載機が相手艦隊を爆撃せんと向かっていった。
明らかに数が違ったが。
「えっ、うそ……」
目を見開き、信じられない様子の天城とポカンとした瑞鳳がポツリともらした。
「どうしたの?」
「制空権、劣勢……」
瑞鳳の報告に陸奥が言葉を失った。
1隻の空母が空母2隻の艦載機を抑えきって制空権優勢をとったという事実が信じられなかった。艦載機の性能差もほとんどないはずなのに。
『空母2隻おってなにをしとるか!早くなんとかしろ!』
通信機のむこうから聞こえる怒鳴り声ではっとした。
「相手の攻撃隊が来るわ!対空戦闘、用意!」
高角砲を構え、どっしりと戦艦3隻が航空隊を待ち構える。その表情に余裕はない。
すぐに電探に反応がきた。陽の光を反射してキラキラした飛行物体が接近してきている。
目視した攻撃隊の数を見て、陸奥の背中をじっとりとした汗が伝った。
(報告では放たれたのは20ちょっとのはず。なのにほとんど減ってない、ですって⁉︎)
「高角砲、撃てぇ!」
それと同時に模擬三式弾を主砲に装填し、放つ。それを回避し、攻撃隊が散開して一気に間を詰めにかかった。
「各自散開して回避!急いで」
ざあっと艦隊が分かれて回避行動に移ったが低速ばかりで間に合わない。一斉に爆弾が投下され、また魚雷が放たれ着実に迫っていた。
「攻撃隊から入電よ。うーんいまいち。相手空母が1隻中破した以外は損傷軽微みたい」
先ほどこちらにも相手攻撃隊が爆撃していったが、数が減っていたので北上に掠った以外は大した被害は出ずにやり過ごしたあと、瑞鶴が攻撃隊からの報告を聞いていた。
『まぁ、ぼちぼちだろ。それにこれで空母1隻黙らせたと同然だ。制空権も優勢だしな。なかなかいい仕事したぜ、瑞鶴』
「そう?ならまあいっか」
『気は抜くなよ。そろそろ電探にヒットする頃だろう。てことは戦艦の戦いになる』
「榛名の出番ですね!頑張りますっ!」
『ああ頼むぜ、榛名。矢矧、阿賀野がそろそろ来るはずだ。特に何もなさそうだから迎え撃て』
「了解よ。ちょっと艦隊を離れてもいいかしら?」
『どーしてもタイマン張りたいのね。わかったよ、好きにしな』
「ならお言葉に甘えるわ」
艦隊を離れて矢矧が阿賀野に突撃していく。数発の砲音がなり、2人が撃ち合いながら離れていった。
『おい、叢雲』
「なによ」
今まで放置されていたからか、声に若干の棘があったが、気にしない。
『恐らく阿賀野はこれで落ちた。相手空母の残り1隻には早々に退散してもらうつもりだ』
「戦艦3隻はどうするつもり?」
たぶん榛名だけでは押し切ることはできないだろう。数の差というのはこういうタイプの戦闘では顕著にでる。
『ちょっと手がある。だが全てやれるとは限らん。だから少しお得意のアレやってもらおうかと思ってな』
「どうせ嫌って言ってもやらせるつもりでしょ」
『嫌なのか?』
声の調子が完全にからかっている。ここでゴネてもロクなことにはならないことを知ってるため了承する。
「わかったわよ、やるわ」
『サンキュー、今度なんか埋め合わせするわ』
ほんとでしょうねとよっぽどどなってやろうかと思ったが、堪えた。
ま、久々に大暴れするのも悪くない。
(そう思えるあたり、私も結構いいようにされてるのかしらね)
右手に握ったマストを左に持ち替えて軽く撫でる。
叢雲は気づかなかった。自分が無意識に笑っていることに。
叢雲は意識的に気づかないようにした。頼られるのもいいものだ、と思ってたことに。
始まるとは言ったが終わるとは言ってない。
…すみません調子に乗りました。
まだまだ続く演習。戦いは始まったばかりだぜ!
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