ローザ・レジストリに会った後、殿下と合流して王宮へ帰還し、門前で仁王立ちするルル中将に捕まり、およそ3時間に渡る説教を受けた俺はそのまま執務室へ向かった。
それは言うまでもなく、残っている経理の仕事を終わらせる為だ。
しぶしぶ机に向かい、山ほどある書類に目を配り、必要な項目を埋め、支出額などこまめに計算し、再度記入漏れがないか確認。
記入漏れがないと確認できたので押印欄へ判子を押す。
さらに新しく作成した書類を全て纏め、説教されて不機嫌な殿下のところへ持って行って提出。
まるで機械のごとく黙々と作業するが、机の上に山積みになった書類は一向に減らないのが現状。
その惨状を見るだけでため息ばかりが募る一方だった。
次々と書類の上を走らせる筆先を止め、背伸びをしながらゆっくりと椅子にもたれ掛かる俺。
気が付けば、窓の外に浮かぶ沈み掛けた太陽が夕刻を知らせてくれた。
あ、そうそう。
新しい魔装具は明日の朝、最後の仕上げをしてから俺宛に届くらしい。
そう言えば今朝出会った女の子、ローザの話を思い出し、それに合わせた作戦の変更を余った紙に書いていく。
ヘルズヘイム公国はエルツィムル樹海の北側の平地へ布陣する、と勝手に考えていたがローザの話が本当ならば今はそれどころじゃないはずだ。
内戦が勃発しているとなれば、普通は鎮圧するのが最優先。
だが、樹海へ出陣しないとも限らない。
確率が限りなくゼロではないのだ。
もしかしたらヘルズヘイム公国の軍力によって既に反乱軍が鎮圧されている可能性もある。
仮にそうだとなればエルツィムル樹海侵攻は確定だろう。
しかし、まだ鎮圧中ならば逆に内戦に乗じて敵国に入り込み、反乱軍に扮して内側から切り崩す事もできない訳では無い。
そうすれば敵の残存兵力を確実に剃り減らせるが、失敗した時のリスクが非常に高い。
わざわざ本作戦の主力部隊である魔導剣士隊を半分に分割し、樹海駐留組と伏兵組の両方をするとなるとさすがに人手が足りない。
もしもどちらかが危機的な状況に陥ったとしても助けることは不可能。
多分、初陣を飾る彼女達の誰もが対処できずに帰らぬ人になってしまうだろう。
……やはり此処は敵国を攻めずにエルツィムル樹海の守りに撤するべきか。
それとも、敵国へ侵入して反乱軍と合流、共闘して内部から切り崩して統制を崩壊させるか。
この二つの案を一つに絞り込むために俺はしばらく葛藤したが、いくら考え抜いても納得のいく結論は出なかった。
なので再びローザに会いにいき、敵国の状況を聞いてから考える事にした。
おそらく、この国のどこかで宿を取っているかも知れない。
そして俺は一番重要なことを今更になって気づいた。
慌てて店を出たのでローザの泊まる宿の場所、聞いてくるのを忘れていたのだ。
(やってしまった……)
机の上に顔を伏す様に項垂れる俺。
……やれやれ。
どうすればいいんだろうか。
唯一の敵情を知ってる人物の連絡先を聞き忘れてしまうとは。
最悪だ、本当に。
すると頭上で鐘が鳴り響き、ゆっくりと頭を上げると壁に掛けられた時計がもう17時を指していた。
いろいろな仕事をしているうちに、本日の勤務を終了する時間になっていた。
机の上にある書類を整理して置き、執務室を出ると入口で副隊長のライラが俺を待っていた。
何のようだろうか?
「よぅ。お疲れ様」
「隊長!隊長こそお疲れ様です!」
「ライラが執務室に来るなんて珍しいな?何か俺に用か?」
「はい!実は隊長に稽古をつけて欲しくてお願いしに来ました!」
「稽古?稽古なら毎朝みんなでしているだろ?」
首をかしげながら執務室が扉を閉める俺。
俺が率いる魔導剣士隊の面々は朝早くから兵舎へ集まり、俺の指導をもとに筋肉トレーニングを織り交ぜた基礎体力づくり、3対1などの大人数を1人で相手にした時を想定した訓練や魔導を使わないで戦う実戦向きな稽古をビシバシお昼までやっている。
見た所、彼女達は剣士としての技能よりも魔導よりの能力値が高い事がわかった。
全体的に魔導に偏った戦い方に傾いている。
確かに魔導は強力かつ便利だが、それではいざ魔力が使えない、魔力を封じられたと言う時に対処ができなくなる。
つまり彼女達の基礎的なステータスの底上げもそうだが、想定外の状況に対応できるように俺なりの戦い方のノウハウを教えるのが目的だ。
剣技や体術の基礎をちゃんと覚えれば、魔導に合わせた応用もできるようになる。
俺は一つしか魔導が使えないので、様々な魔導を使える才能がある彼女達が羨ましいし、これから戦っていく上での強みにもなるだろう。
しかし、どういうことだ?
これだけ厳しくやっても、物足りないという事なのだろうか?
「私は……もっと強くなりたいんです!」
「もっと強くなりたい?どうしてだ?」
「えっと……模擬戦で初めて隊長の戦い方を見て、あんな次元の違う戦い方があるのかと感銘を受けました!だからもっと頑張って少しでも隊長に近付いて、副隊長として戦場で隊長のお役に立ちたいと思ったからです!」
「アハハ。真面目だなライラ准尉は。それはいい事だが、そんなに焦ることは無い。急がば回れだ。無茶したら戦う前に怪我するぞ。体を鍛えるのも訓練だが、休める時に体を休めることも立派な訓練さ。大丈夫。今の稽古を続けていけば絶対に強くなるよ」
あまりに真剣な眼差しを向ける彼女を見て、若干の苦笑いを浮かべながらいう俺。
本気なのは分かっていたが、あまり無理に稽古をしても疲労が蓄積するので、ちょっとした事で怪我をしたり、戦場で上手く立ち回れなかったりとその人のコンディションに影響する。
そうなると本来の力を発揮できず、下手したら死んでしまう。
何故、俺は半日の休憩を設けたかというと、非常に厳しい訓練を朝からやり続けたら集中力が欠け、怪我の原因にもなる事と常に疲弊して戦いどころではなくなるからである。
つまりは実戦に向けてのベストコンディションを調整する事を学んで欲しかったわけだ。
こういった意味も含めて言ったつもりなのだが……。
俺にそう言われ、説得されつつもなにやら納得のいかない様子のライラ准尉。
「それもそうですけど……もっと隊長の使ってる剣技を、あの見たことない剣術を知りたいんです!ぜひとも私に指南してください!」
「うーん……」
「隊長!どうか!どうかお願いします!」
「せっかくの半日休憩、休まなくて大丈夫なのか?」
「はい!大丈夫です!」
先程まで頭を下げて懇願する彼女は俺の一言に元気良く返事する。
その変わり身の早さに、俺はやれやれと小さくため息をこぼす。
若いって疲れ知らずっていうから大丈夫なのかもしれない。
まぁ、どうしても知りたいという彼女の頼みを断る理由もないし、夕飯前の軽い運動がてら少し付き合ってやるか。
「……仕方ない。熱心なライラ准尉に免じて少しだけ稽古をつけてやる」
「やった!」
「木刀での打ち合いだ。閉鎖したあのコロシアムの裏の広場で、松明を点けて待っててくれ」
「はい!よろしくお願いします!」
「あぁ。んじゃ準備してくるよ」
そう言って俺は自室に戻り、動きやすい服に着替えてコロシアムの裏の広場へ大小2本の木刀を担いで向かった。
──ヒュオッ、ブォン!!
目的地につく手前辺りから何やら、空を斬るような音が耳に入って来た。
本能的に草むらに姿を隠し、音がする方に近付きながらそちらを見る。
辺りを囲むように掲げられた真新しい松明で照らし出されたこじんまりした広場。
そこには……自分の身長の倍はある長さの木刀で優雅に剣舞を舞うライラの姿があった。
ライラ准尉はその小柄な見た目(ロリ巨乳)に似合わない、俺が使う物と同じ『刀』と呼ばれるイーストオーシャンが発祥の剣を好んで使う魔導剣士だ。
刀は片刃で刀身に適度な厚みと反りがあり、非常に鋭くて丈夫だが、とても繊細なので手入れを怠ると忽ち斬れなくなったりする。
扱い方が難しいが、切れ味は魔導剣士や兵士等が使う刀剣の中で最高クラスと評価されている。
長さや形もいろいろあり、系統で分けられることが多い。
特に本場のイーストオーシャンで作られた刀匠の刀はとても質が良く、切れ味や強度も非常に高いため、巷では最上物として有名でそれ相応の価格で稀に市場に出回っていると聞いた。
しかし、彼女は練習中は刀ではなく、両手剣をよく使っていたな。
時と場合に応じて使い分けるのか、はたまた自分の武器を傷つけたくないのか、詳しいことは彼女しか知らない。
余談になるが、確か刀を使う魔導剣士の事をイーストオーシャンでは『サムライ』と呼ぶらしい。
ライラはその中でも特に刀身の長い『大太刀』と呼ばれる系統の刀がロマンがあって好きだと言っていた。
一応、戦精霊ロキの剣形態『銀狼刀[裂牙]』も名前に刀と付くだけあって刃渡り200cm弱という刃の長さから、ビジュアル的には大太刀という系統に分けられるらしい。
これ以上待たせるのもあれなので、草むらから出て何食わぬ顔で彼女へ声をかける。
「よう。お待たせ」
「隊長!」
「それじゃ、さっそく始めるか。準備運動は……どうやら済んでるらしいな」
「はい!よろしくお願いします!」
「おう」
俺がそういうとゆっくりと木刀を構える彼女。
少し腰を落とし、木刀を返して刃の部分を上に向け、峰を下にして切っ先をこちらに向ける。
どこかで見た構えだが、俺はその時は気づかなかった。
長い木刀と小さな彼女のアンバランスな格好はなかなか様になっている。
俺も右手に短い木刀、左手の長い木刀は背に当ててあの時と同じ構えを取る。
静まり返った広場の中、互いに間合いを取り、出方を伺いながら牽制し合う。
明らかにリーチはあちらの方が長い。
主体の右手に握る短い木刀で攻め入ればたちまち一本取られるだろう。
そう考えた矢先だった。
「はぁっ!」
初めて静寂を破ったのは彼女だった。
大股に一歩踏み込み、俺との間合いを少し詰めてから手を返し、全身を使って木刀を脳天へ目掛けて大きく振り抜く。
それでも彼女の木刀は、俺には充分に届く長さだ。
──ガッッ!!
な、なんだ!?
驚きを隠せなかった。
なぜなら俺は咄嗟に右手の木刀で受けるが、想像していた以上の、あまりにも重たい一撃だったので右腕一本では止め切れなかったのだ。
びっくりしつつ、勢いに乗せて打ちこまれた木刀を左側へ受け流す。
すると勢いに乗ったまま彼女は足を止めずに前進、俺の懐へと潜り込んで突進してくる。
目一杯力強く地面を蹴り飛ばし、彼女の頭上をギリギリを飛び越えるように宙返りしてその突進を回避する。
その間、俺と彼女は背中合わせみたいな状態になる。
地面へ着地直後、すぐさま彼女は踵を返し、振り返りながらそのリーチを生かして追撃を仕掛けてくる。
それを読んでいた俺は、左手の木刀を握る位置を下にズラし、柄尻で木刀を受け止める。
「へ、変則ガード!?」
思わず驚きの声を上げる彼女。
無理もないだろう。
実は彼女達との模擬戦ではマリナとの一戦以来、俺は1度も二刀流とこの変則ガードは使っていなかったのだ。
しかし、俺も正直彼女に驚いている。
彼女は模擬戦で両手剣を振り回すだけで、刀は1度も使ってなかった。
そして今回、初めて両手剣以外の武器を使った彼女の一撃を受け止めたが、あの一振りは予想以上に重かった。
小柄な女の子があんなに強烈な一撃を繰り出すとは誰も予想できないだろう。
柄尻で木刀を払い、振り返りながら俺も反撃する。
素早く踵を返しながら、右手の木刀で左から右へ横一線に薙ぐ。
彼女はそれを先に読んでいたらしく、一歩後退しながら身を引いて避ける。
しかし、それはあからさまなフェイクだ。
彼女が後退したのに合わせ、俺は一歩前進すると右へ身体を捻りながら左手の長い木刀を重ねて勢い良く薙ぐ。
「きゃあ!!」
右手に握る短い木刀だけに注意が行っていたらしく、突然迫って来た長い木刀を慌てて避けようとして足がもたつき、彼女はその場で尻もちをついてしまう。
「おいおい、大丈夫か?」
「へ、平気です!それよりも今の剣技は何ですか?2回目の木刀が全く見えませんでした!」
「そうだな。んじゃ今日は特別にこれを教えてやるよ」
「本当ですか!」
「あぁ。簡単な方法さ。一刀流だと厳しいが、二刀流なら出来る技だ。原理を知れば対処もしやすいだろ」
そう言いながら俺は右手に握る短い木刀を彼女へ手渡す。
彼女は目を輝かせながら受け取ると、直ぐに俺の真似をして構える。
さて、教えるのは苦手だが、いずれ使えるようになれば前線で活躍出来るだろう。
まずは一撃目は躱される、または外す事を前提に繰り出したフェイクだと種明かしをする。
避けたり、外したと相手の注意を逸らしたり、逆に注意を引いたりして次の一撃を最初のフェイクの軌道をなぞるように重ね、次の一撃を繰り出すタイミングを本当に僅かにズラして振る。
こうすることで次撃がフェイクの直ぐに後に来たように相手に思い込ませ、躱される隙を与えずに斬り伏せる事が出来る。
なぜ俺が左手の木刀を帯刀したままなのかというと、これも右手に握る短い木刀へ注意を向け、気付いた時には逃げられない間合いで確実に相手を斬るためだと付け加える。
この次撃はスピードとタイミングが最も重要で、一つでも合わないと相手が熟練した剣士ならば、いとも簡単に避けられてしまうとさらに注意も述べておく。
口で言うのは非常に簡単なのだが、これをいざやるとなると話は別。
俺の説明をやたらと真剣に聞いていたライラは納得したように頷く。
「やってみるか?」
「はい!」
「わかった。じゃあ、俺に打ち込んでみろ」
「了解!」
「遠慮なく本気で打ち込んで来い」
長い木刀を両手に持ち替え、俺はゆっくりと構える。
そして彼女が打ち込みやすいよう、少し前に動く。
眼光を光らせてその動きを観察していた彼女は、今だと言わんばかりに右手に握った短い木刀を振り抜く。
その瞬間、俺は咄嗟に身を引いて振り抜かれた木刀を避ける。
俺に教えられたようにライラ准尉は左手に握る長い木刀を振り抜こうとするが、その重さに耐えられずにすっぽかして明後日の方に振ってしまった。
普通の木刀よりも倍の長さがある為、重心が柄よりも上に位置するのでアンバランスな状態になり、鍛えていないと非常に振りづらくなる。
重力と振った時の遠心力で掛かる負荷に耐え、腕一本で素早く振り抜く強靭な筋力が必要なのだ。
身体が出来上がっていない、素人が真似するなんて出来ないだろう。
思い起こせば俺の場合、あの時から暇があればずっと逆立ち片手腕立て伏せ(100kg以上のウエイト付き)を左右交互にやり続けさせられていたからな。
そんな鬼畜な所業を、まだ魔導剣士なりたての彼女達にいきなりやらせるわけにはいかないだろう。
まずはそれをギリギリ出来るぐらいの体力を地道に付けなくてはね。
それから数十分間、俺流の2段カウンターの練習を続けるが、いっこうに思った通りに振れないライラ准尉。
段々と出来ないという気持ちの焦りと出来ないという情けない自分に対する苛々感が募って来ているのだろうか。
次第に無言になり、表情が険しくなっている。
「さて、もう休憩するぞ。ライラ准尉」
「え?もうですか?」
「かれこれ一時間は振りっぱなしだ。少しでも休めよ?ちゃんと腕も休めないとそのうち絶対に壊すぞ?」
「そ、そうですね!さすがにひたすら黙々と振りっぱなしはキツくなってきました」
「アハハ。上手くいかないのは仕方ないさ。二刀流は初めてだもんな。どれどれ、次は俺の見本でも見せて今日の特別稽古は終わりにする。実際に敵がいると想定して見ていてくれ」
ライラ准尉に木刀を返してもらい、ゆっくりと構える俺。
まずは前から迫って来た敵を欺き、2段カウンターで斬り伏せるという想定で木刀を振るう。
次に背後から襲い掛かってくる敵を背中越しに長い木刀で変則ガードし、振り返りながら短い木刀で薙ぎ、それを躱した敵に2段カウンターで斬り払う。
最後の敵は斬撃を躱しながら素早い足さばきで相手の懐へ潜り込み、背中で体当たりをしつつ脇から逆手持ちにした短い木刀を相手の腹部へ刺し、振り返りつつトドメに相手の首を目掛けて袈裟斬りに伏せた。
一連の動きを見て、ライラ准尉は驚愕していた。
「隊長!!い、今のは!?」
「2段カウンターの応用ってところかな。この技は俺の使う剣術の基本だから使い方が分かればこういう風に続けざまにできるようになる」
「なるほど!しかし隊長?隊長の剣術には名前はあるのですか?流派とかは?奥義は?」
「んー。無いなぁ。一応、奥義みたいなのはあるっちゃあるけど、これは全部独自に編み出した我流を剣術だし」
「奥義はあるんですか!名称はないんですね!だったら今、名付けたらどうでしょうか?例えば……サザナミ二刀流剣術とかどうでしょう?」
目を輝かせて提案するライラに、まんまじゃねーかと心の中でツッコミながら苦笑いを浮かべる俺。
もうちょっとマシな名前は思いつかなかったのかよ?
たしかに俺の剣術にはこれといった名称や流派は無い。
なぜなら、他人に真似されないようにするため、あえて名称を付けずにいたのだ。
唯一、名のある剣の技は俺の奥義とも言える秘剣壹ノ型突式『紅一閃』のみ。
もちろん名前を付けたのは俺なんだけど、いつ付けたのか記憶が曖昧ではっきりとは覚えていない。
紅一閃は血呪開放を使い、魔力を全開放した状態で戦精霊ロキの剣形態『銀狼刀[裂牙]』を必ず用いる。
なぜなら普通の剣の場合、紅一閃を放った時に衝撃に耐えれず折れたり、魔力を通しづらくて剣先に魔力を収縮出来ない事があるからだ。
開放した膨大な魔力を剣先に収縮して敵に向って突進し、勢い良く突くと同時に一気に魔力を放出して敵を貫く非常に強力な技。
その威力は俺が引き起こしたあの惨劇の舞台『ミルカン島』へ攻め入ったオルメルト軍の拠点の建物を一突きで跡形も無く消滅させたほど。
だが、今はその五分の一以下の威力しかないとこの間のマスフィン大佐との戦いで把握した。
それにこの技は誰にも継承できない奥義とも言える。
なぜと問われればその答えは言わずともはっきりしている。
一番重要な紅一閃の動力源とも言える『血呪開放』が使えなければ、この技は使えないどころか発動さえしない。
血呪開放は俺しか使えない魔導で他の誰かに継承することは完全に不可能。
だからこの技を披露しても意味は無い。
というか下手に披露して王宮を壊すわけにもいかないし、一日一回使えるかどうか分からない燃費最悪な大技なので使う気は無い。
おっとなんだかんだで話が逸れたな。
俺の使う剣術の名前の話だったっけ。
「名前ねぇ……」
「せっかくですからちゃんと決めましょうよ?」
「うむ……何にも浮かばないなぁ」
「えーっと銀狼二刀流剣術……とか?」
「銀狼か……なんかしっくりこない」
なんだかんだ言いながら二人で並んで座って考えては見るが、これだという名前が思いつかない。
そして気が付けばもうかれこれ二時間以上も話していた。
結局、名称は決まらず次回に持ち越しという事で解散する。
早く帰らないとロキやフェンリルに心配をかけてしまう。
部屋に戻るとロキが慌てて駆け寄って来た。
「お前様!」
「ロキ!ど、どうした?何があった?」
「フェンリルが……フェンリルが!」
「フェンリル?」
ぐるりと辺りを見回すと、いつもロキにべったりくっついている愛らしい獣耳少女の姿がなかった。
その瞬間、最悪の事態が俺の脳裏を過ぎった。
……まさか!
「誘拐……されたのか?」
「そうじゃ……夕餉の準備をしていたら背後から後頭部を強打されて気を失っての。気づいたらフェンリルの姿が見えなくて……あちしとしたことが油断しておった」
「とりあえず落ち着け。ロキが気付かないなんて襲った奴はお化けか何かかよ……何か変わった事はなかったか?」
「うむ……テーブルの上にお前様宛の手紙が置いてあったぞ」
「俺宛に?」
今にも泣き崩れそうなロキが、俺へその手紙を手渡し、ゆっくりと目を通す。
それはフェンリルを浚って人質に取り、返して欲しくば我がヘルズヘイム公国に寝返れ、さもなければ娘の命は無いと書かれた脅迫状だった。
期限は明後日の午前0時まで本国の軍本部まで来い、時間を守れなかった場合はフェンリルを殺し、樹海へ侵攻してやがてはルシュクル王国を潰すと。
手紙には差出人の名前が堂々と書いてあった。
……ロベリア・レジストリ。
ヘルズヘイム公国軍魔導剣士隊隊長……世界トップクラスの実力を持つ魔導剣士。
その気になれば国一つを焦土と化す、冷徹な煉獄の鬼姫。
欲しいものがあれば、彼女はどんな手段でも使うと言うことか。
世界有数の実力者がなんて卑怯な手を使うんだ……くそったれ。
手紙をテーブルにゆっくりと置き。ふつふつと湧き上がる怒りに、握りしめる拳へさらに力が入る。
……まてまて。
こういう時ほど冷静になれ俺。
ロベリアの本当の目的はなんだ?
樹海か……それとも俺自身なのか?
フェンリルを誘拐して俺との交渉の材料にしたのも何か理由があるはず。
日時が指定してある以上、うだうだしている暇は無い。
やはりローザと共に敵本陣に乗り込むか?
切羽詰ってそう考えていた矢先、さらに予期せぬ不幸が重なった。
ドアをノックする音が鳴り、殿下の親衛隊の兵士が入って来た。
入って来るなり跪き、頭を下げてこう言った。
「サザナミ大佐!緊急事態です!」
「……なんだ?」
「はっ!引き続き動向を探っていた偵察兵がサザナミ大佐が指摘した樹海の北側、平野部におよそ一万人以上の兵士を引き連れて本陣を布陣したと報告がありました!」
「……なるほど。もはや待ったナシか。本陣にロベリアの姿は確認できたか?」
「偵察兵によると魔導剣士隊の姿は確認できましたが、ロベリアが本陣にいるかは不明です。おそらく近日中に樹海へ侵攻を開始するかと。どうか我々へご指示の方をお願いします」
深々と頭を下げる親衛隊の兵士。
黙って考え込む俺。
兵力差はもう目に見えている。
数で押し切られてしまえば、明らかにこちら側が劣勢だ。
そんな人数が一斉に地底湖へなだれ込めば、俺達の本陣は確実に陥落する。
予想していたよりも遥かに多い兵士を引っ張って来たみたいだな。
これは脅しではなく、本気だとでも言いたいのだろうか。
「殿下に伝えろ。俺は今から単独でヘルズヘイム公国へ乗り込み、敵の温存している兵士を片っ端から叩き潰す。内戦続きで兵士も相当疲弊しているはずだ。その間だけ魔導剣士隊の指揮は殿下に任せる」
「な、何を言ってるんですサザナミ大佐っ!?そんな無茶苦茶な!?」
「今はそんなこと言ってられないんだ。一刻を争う。直ぐにケリをつけてこっちへ戻る」
「しかし……」
「あとこれも頼む。殿下に渡しておいてくれ」
俺が持っていた脅迫状を兵士に手渡す。
それを受け取った兵士は少し戸惑いながらも急いで部屋を飛び出して行った。
「お前様……」
「大丈夫だ。心配するな。とりあえず今日は体を休めよう。それから魔装具を手に入れて出発する」
「……あちしも行く!あちしの娘……フェンリルを放ってはおけん!」
「分かってる。それにお前がいなければ俺はロベリアと互角には戦えない。ロキ。今一度、俺の剣になってくれ」
「うむ!あちしはお前様の剣じゃ!お前様に仇なす敵はこの牙を持って打ち払ってくれるわ!」
弱気になっていたさっきと打って変わって威勢がよくなったロキの頭を撫でる。
気持ち良さそうな表情を浮かべるロキに俺は微笑むとゆっくりとベッドに歩いていき、膝から崩れ落ちると気絶するように眠りについた。