狼剣士のロキとフェンリル   作:山吹 色

7 / 12
7.双子と狼剣士

それから何事も無く、あっという間に一週間が過ぎた。

懸念していた暗殺もなく、平々凡々で賑やかな日が流れていく。

敵国の動向は相変わらずだが、何らかの動きはあったらしい。

殿下が送った偵察兵の話によれば、軍が何かを準備しているようで、慌ただしく動き始めたそうだ。

その間、訓練などにも積極的に参加して部隊のメンバーとも次第に仲良くなり、皆のスキルやアビリティも模擬戦の中で対戦した時にあらかた把握した。

そして暇を見つけては城下町に行って情報屋へ通い、敵将ロベリアの情報を仕入れたりして戦いに向け、個人的にだがちゃくちゃくと必要な物を備える。

もちろん、非番の日を利用してフェンリルやロキと和気あいあいと団欒する日もあった。

秘書としての仕事には苦戦することも無く、殿下のスケジュール管理、書類作成や整理など王宮の執務室に篭って1人でこなしていた。

殿下も殿下で仕事の休憩と言ってちゃっかり執務室に来ては、仕事をしている俺の隣に座って何気ない雑談を交わすそんな毎日だ。

軍の中ではあの作戦会議以来、俺は一軍人として一目置かれるようになりつつある。

今回の作戦にて軍の各部署には必要な情報や人員などを司令官へ相互に随時通達し、部署ごとの準備をスムーズにできる様に下準備を整える。

作戦の本陣となる地底湖には街の大工などを数十名ほど借り出し、予め簡易的な石材の要塞を建設しておいた。

また一般兵が使う武器や防具の調達も、殿下が決めた予算内できっちり取り揃えている。

その手際の良さに、殿下も目を丸くしていたのを思い出す。

何故かと問われれば、旅をしていた時に身に付けたと言えばいいのか。

やはり敵国の偵察を懸念し、これを外部に漏れぬよう、事細かに厳重にそして慎重にやりこなしている。

ヘルズヘイム公国軍はいつ襲撃してくるか分からない。

だからあちら側に動かれる前に、出来うる限り早く備えておきたかった。

そして今日は今日とて、俺は作戦に必要な物を買い出しに城下町に来ていた。

部隊で唯一、魔装具を持っていない俺の魔装具を調達しに来ていたのだ。

魔装具は魔導剣士にとって必要不可欠なもので、ほとんどの場合、オーダーメイドのものが主流。

個々の能力値(ステータス)に合わせて作るため、量産品はほとんど無い。

アビリティで使い手の魔導剣士を補助したりする他、生命を守る防具としての役割もある。

殿下の図らいでおすすめの防具屋を紹介してもらい、今日はオーダーメイドの魔装具を作りに来ていた。

古ぼけた外見とは裏腹に小綺麗な店内へ入り、殿下の書状を店長に手渡すとすんなりと工房へと入れてくれた。

まずは必要最低限すべての寸法を測り、口頭で鍛治師へ要望を伝える。

俺の戦闘スタイル上、アクロバットで機敏な動きなどが多くなる為、軽くて動きやすく、頑丈な物を好む傾向がある。

ちなみに長年、魔装具は軽装タイプを気に入って使っていた。

ステータスについてはあの件でぶっ倒れた際、医療班の医師たちが割り出して紙にまとめて書いてくれていた。

初めて自分のステータスを見たが、見方が分からない。

なので上から順に項目を見ていくことにしよう。

おそらくは(最低)(最高)の順にステータスの基準が割り振りされているのだろう。

 

───────────────

 

名前…サザナミ

 

 

・総合評価 D

 

[剣士適性]

 

・筋力 996 評価 A+

 

・技量 1088 評価 S++

 

・体力 450 評価 F

 

・俊敏 1000 評価 S

 

・生命力 500 評価 E++

 

 

[魔導適性]

 

・魔力 5 評価 G

 

・精神 100 評価 G

 

・技術 100 評価 G

 

・耐性 700 評価 D+++

 

・知力 990 評価 A+++

 

 

体質(スキル)…不明

 

出力媒体(デバイス)…不明

 

魔導回路(パス)…戦精霊 ロキ

 

備考

魔導剣士としての適性は平均値よりも低いが、一般剣士と比較して彼の身体能力は群を抜いて非常に高い。

 

──────────────────

 

という具合いでこうなっている。

やはり魔導についてはほぼ皆無、といったところだ。

いくら医療班がいくら頑張っても、俺が魔力を持っていることは数値からわかるように見破るのが難しかったらしい。

スキルやアビリティも不明か。

参考として魔装具作りに必要な書類だったので、鍛治師へ見せたところ、笑われてしまったのが正直一番恥ずかしい。

まぁ、アビリティに関しては肉体強化系の魔導しか使わないため、軽装化や防御面を強化してくれるものが個人的に一番良い。

デザインは問わないと鍛治師に付け足す。

素材は何やら殿下が予め、書状に書き連ねておいたらしく、特に言われることは無かったが、魔装具作りには素材で善し悪しや発現するアビリティが決まってしまう。

ひとしきり要望を伝えると、鍛治師は自信満々な笑顔を見せ、さっそく作業に取り掛かる。

魔装具は一式揃えるのにオーダーメイドだと早くて一週間以上は掛かると言われているが、その鍛治師は一日で全部揃えて作るとまで俺の前で宣言した。

そこまで言い切るのなら、相当自信があるらしい。

出来るまでの間、俺は店内を見て歩くことにした。

その時、来客が入店してきた。

店員が挨拶すると、その客人は俺の隣に立った。

燃えるように赤い長髪に、真っ赤な瞳の……って、殿下ぁっ!?

びっくりして声を上げそうになる俺の口に意地悪そうに人差し指を当てる殿下。

 

「しっ。お忍びで来てやったぞサザナミ」

「俺が呼んだ覚えはありませんっ!」

「なんだ冷たいヤツだなぁ。少しぐらい良いじゃないか?」

「良くありません!今日の仕事はどうしたんですか!」

「ふむ。完璧なまでの変わり身をして来たらから心配ない。私も城下町を見にいきたいと思ってな」

 

目を輝かせていう殿下に大きくため息をつく俺。

近頃の殿下は何を考えてるのか、さっぱり分からない。

 

「心配するなサザナミ。ここは私の専属の防具屋だ。幼い頃から通っているから私のことは知ってる」

「はぁ。よくルル中将をまいてこれましたね?」

「お易い御用だ。あんなものをまくなんて簡単だぞ」

「やれやれ。帰ったら一緒に謝りに行きましょう。もっとも、怒られるのは俺ですけど」

「心配するな。それにただただお前を追ってきた訳では無い。お前の魔装具のデザインを考え、鍛治師に教えに来た……ゲフンゲフン。城下町の視察だ。お忍びでな」

 

何故言い直した?

そのツッコミはあえて心にしまい、言わないでおく俺。

それはさておき、ルル中将は殿下の身を守る為に結成された親衛隊の隊長だ。

殿下の身の周りを世話する他、王宮内の警備などもしている。

あの広い王宮の警備を任せた人物から、いとも簡単に逃げ出してくるとは。

まぁ、人選は殿下がしたのだから、警備の盲点を知っていてもおかしくはないだろう。

……今頃、きっと激怒しているに違いない。

そんなことを考えたら、俺は背筋に何か寒いものを感じた。

あの人、怒らせたら何するか分からないからな。

一方、当の本人は王宮を抜け出したことをぜんぜん気にしてないのか、のうのうと殿下は店内奥の工房へと入っていく。

さっきの話しぶりだと、俺の魔装具のデザインを考えてきたと言っていたが……。

何故だろう、とてつもなく嫌な予感しかしない。

こんな女々しい容姿だからスカートみたいな感じのを着せる気ではないのだろうか?

そんなことを想像したら、無性に死にたくなってきた。

誰でもいいので縄を天井に括って欲しい気分だ。

大きくため息をつくと、再び店内を見回す。

よく見てみると、展示してある防具はどれも一級品の防具しかない。

一般的な防具の中でも“傑作中の傑作”と謳われている、採石量が非常に少ない希少な貴金属をふんだんに使い、ありとあらゆる防御面では最高ランクと名高い女性用甲冑『セインティアシリーズ』などが多く展示されている。

流石に多くの女性貴族が御用達の人気シリーズなので、性能はおろか価格もそれなりにする。

何気なく値札を見た俺は、開いた口が塞がらなかった。

なぜなら、それは軍に所属する一般将兵が何十年もかけて貯めなければ買えない価格だったからだ。

呆気に取られていると、俺はあることを思い出す。

人気シリーズであるセインティアシリーズが置いてある、ということは元をたどればここの鍛治師さんが作った作品だと言うことになる。

人気シリーズの甲冑は贋作が多く、ブランドとしての価値が下がるのを防ぐため、一般的な市場などに出回らず、作者の工房で売られていることが世の常。

となるとセインティアシリーズの生みの親は確か、世界に名高い女匠『セレイジア・ヴァン・セインティア』だったはず。

そしてこの店の名前は確か『セレイジア工房』だ。

そうだ、この俺が店名を見間違えるはずがない。

そこで頭の中で一つの結論が浮かび上がる。

まさか、俺の魔装具を作っている鍛治師さんはもしかして。

……セレイジアさん!

 

「どうしたサザナミ?顔色が悪いぞ?」

「ひゃあああ!?」

「お、おい!大丈夫か?」

「な、なんだ……殿下か」

「なんだとはご挨拶だなサザナミ。びっくりさせおって。どうした?」

 

何でもないですとだけ殿下にいい、荒くなる息を整える。

まさかセレイジアさんと殿下が知り合いだったとは。

思いもしなかったな。

殿下がわざわざ俺を呼びに来たのは、どうやら魔装具の試着品が出来たから試しに着て欲しいということだった。

ずいぶん早いなと思いつつも、殿下に手を引かれ、連れて行かれるまま工房に入る。

そこにあったのは……。

予想とはまったく違う、銀毛で包まれた狼を模したような、今までにないワイルドな魔装具だった。

肩甲と呼ばれる肩を覆うパーツは軽装化に伴い、小さくはなっているがワイルドに銀毛に覆われている。

腕に付けるものは肘当てと篭手のみだが、肘当ては黒鉄で厳つく作られており、篭手は赤と銀で装飾され、甲が分厚くなっていて柄が握りやすいようにフィンガーレスになっていた。

さらに肘当てと篭手は右腕にしか付いていない。

俺の独特の構えの可動範囲に合わせて、左腕のパーツは予め造らないらしい。

胸当ては守れる場所を最小限の大きさに留め、篭手に合わせた装飾が施され、左胸にはルシュクル王国の紋様が小さく刻まれている。

後ろは銀毛で覆われ、まるで狼の背のようになっている。

草摺は軽装化に伴って最小限のパーツに留まり、可動範囲を広げる工夫がされていた。

背腰部には何と脇差が付けれるようになり、脛当ては篭手や胸当てと同様の装飾が施されている。

これが──新しい俺の魔装具。

 

「これがお前の新しい魔装具だ。発現したアビリティは二つ。お前の乏しい魔力を増幅させる魔力増幅化(マジックブースト)と……もう一つは非常に珍しいタイプだ。同じデバイスから魔導回路(パス)をさらに一つ多く繋げられる魔導回路増設化(パス・エクスパッション)というらしい。そういうわけで早く着替えて来いサザナミ大佐」

 

殿下にそういう言われ、無理やり試着室に押し込められる俺。

渋々、軍服を脱いでその出来たばかりの魔装具を試着する。

着心地は思っていたよりも非常に良い。

初めて着たというのに、不思議と身体にぴったりフィットする。

それに見た目通り、すごく軽く、関節部分の干渉が少ないので非常に動きやすい。

流石だな、名匠と言われただけある。

そして殿下にお披露目すると、目を輝かせて手を叩く。

 

「やはりな!私の目に狂いはなかった!サザナミはワイルドな魔装具が似合うと思っていたのだ!これぞ狼剣士だな!似合っておる!」

「アハハ……。なんか恥ずかしいですね……そこまで言われると」

「まだこれは試作品だからこれから本番に入る。草摺の両サイドに食料などを入れるポーチと魔装具自体に呼出転移、自動装着の術を施す予定だ」

「呼出転移?自動装着?」

「あぁ。そうだ。呼出転移とはどこのどんな場所に居ても魔装具を一瞬で呼び出せる。自動装着とはいちいち自分で装着しなくとも勝手に装着してくれる術だ。私が独自に考案した術を初めて使うぞ」

 

ドヤ顔をする殿下に不安の一言しかない俺。

もしも術が失敗したら、俺は一体どうなるんだろう。

すごい心配だが、その言葉もつばと一緒に飲み込む。

その後、また作業が始まるというので軍服に着替え直し、終わるまで店の近くをぶらぶらする事にした。

外に出て見渡す限り、所狭しと並ぶ露店には多くの人が集まっている。

今までずっと戦争に連敗したとはいえ、みんな元気ですごい活気のある商店街だと改めて思ってしまう。

それがこの国のいい所かもしれない。

 

「ちょっとどいてぇ!」

「ふおっ!?」

 

人が賑わう大通りをぼーっとしながらしばらく歩いていると、見知らぬ美女にぶつかって押し倒された。

髪の色は鮮やかな青色で、長さは背中まである。

整った綺麗で小さな顔に長い睫毛。

ややつり目で瞳の色は透き通るライトグリーン。

赤く染まる妖艶で肉厚な唇。

胴にはロキに匹敵する大きなお山が二つ。

それに埋まるような形で、俺は彼女の下敷きになってしまった。

高身長でグラマラスなスタイルの超絶美人だった。

そしてもう一つわかったことがある。

まるでわざと垂れ流している、と思うほどの膨大な魔力が彼女から溢れ出ているのを俺は出会って直ぐに感じ取った。

それは明らかに尋常では無かった。

魔力を垂れ流すという事は、敵に自分の居場所を教えてしまう。

基本的に魔力は最小限に抑えておくのが、魔導剣士達のセオリーだ。

見積もって蠍の怪物になったマスフィン大佐の数十倍は軽くあるだろう。

おそらく彼女は、世界有数の魔導剣士だと思う。

そんなことはどうでもいい。

この柔らかい二つの塊の間に顔が埋もれてしまって息ができないのだが。

 

「あ、ごめんなさいっ//」

「こちらこそすいませんっ!ぼーっとしてたもので!」

「いえいえ//あの、唐突で申しわけないのですが、助けて下さいっ!変な輩に追われていて」

「変な輩に?」

 

顔を赤らめながら慌てて上体を起こし、のしかかる体をよける彼女。

俺も慌てて体を起こし、咄嗟にその場で正座して土下座する。

不慮の事故とはいえ、女性の……その大きなお山に顔を突っ込んでしまったのだから。

一瞬でも嬉しくなった俺が恥ずかしい。

頭を地面に擦り付けるように土下座する俺に、彼女はキョドりながらも申し訳なさそうに頼みをいう。

どうやら変な輩に追われているらしい。

ゆっくりと頭を起こし、立ち上がるとそこに4人の男達が現れた。

 

「ねーちゃん、なんで逃げるんだよぉ」

「俺達と気持ちいいことしようぜぇ」

「そうだそうだ。そこのひょろひょろした奴なんか放って置いて楽しもうよ。うへへへ」

「なんだてめぇ。ねーちゃんの連れか?」

「どけろよガキ、てめぇじゃ話になんねぇよ」

 

その男達は真昼間だというのに酒を食らっていたらしく、アルコールの臭いをプンプンさせながらよたよたと俺に近付いてくる。

次に目に入ったのは、彼らが着ていた鎧だった。

胸当てに描かれた盾の紋様。

あれは我が軍の警邏隊の所属を表している。

相変わらず、警邏隊のメンツに絡まれる。

真昼間から酒を食らうとは、いい身分だな。

俺は彼女の前に立ち、拳を構えた。

 

「あれみろよ?あのひょろひょろ軍服なんざ着てるぜ」

「あっははは!ウケるぜ!」

「あれで軍人かよ。笑わせんな」

「んじゃあ先輩として立場をわきまえさせてやるか!」

「剣を抜け野郎ども!一泡吹かせてやれ!」

 

その一声で腰に携えた剣を抜く男達。

しかし、完全に出来上がっているらしく、ちゃんと剣を構えることはおろか足元すら覚束無い。

すると男達の中の1人があることに気づいて酔いが冷めたのか、剣を持つ手を震わせて顔面を蒼白させた。

 

「おい!やめろ!お前ら!」

「あんだようるせーな」

「お前ら、あの胸に付けた階級章が見えねぇのかよ!」

「はぁ?階級章?」

「何言ってんだよ。あんなひょろひょろ、どうせ下等兵だろ?」

 

なんて焦点の定まらない目でまじまじと俺を見る男達。

その瞬間、男達の顔面が蒼白した。

俺が胸につけている階級章のマークは、中央に大きく描かれた二重六芒星に金色の横線が均等に三つ描かれている。

これは軍の中で数少ない、大佐の階級を持つ者だけが付けることを許される上級の階級章だ。

つまり彼らがした行為は、軍で言ったらこの上なく無礼なこと。

俺が査問会に報告すれば、軍法会議ものの行為なのだ。

 

「銀髪赤眼……階級が大佐って……」

「まさかっ!?嘘だろ!?」

「一週間前に入隊して直ぐに魔導剣士隊隊長に就任し、続けて王妃殿下の秘書なったっていう、通称『狼剣士』の異名を持つサザナミ大佐!?」

「ひぃいいい!」

「大変失礼しました!この度の無礼、なにとぞ!なにとぞお許し下さい!」

 

酔いが完全に覚めたらしく、慌てて剣を収め、4人横に並んで一斉に土下座する。

街ゆく人々は何事かと、地べたに頭を伏せる彼らに注目する。

俺は大きくため息をつきながら、拳を構えるのをやめた。

 

「頭を上げなさい。あなた方は警邏隊に所属する兵士ですね?」

「はい!」

「これはどういうことか、俺に詳しく説明して頂きたい。見るからに非番という格好には見えませんが?」

「えっとこれはですね……その……」

「答えれないことですか。勤務中に真昼間から酒を食らい、酔った勢いで暴れて女の子を追い回していたという事ですね?わかりました。所属する班を教えて下さい。上官にあなた方のことを報告し、処分を検討して頂きます」

 

冷静にいう俺を見上げ、情状酌量の余地なしという判決にがっくりと項垂れる4人。

追い回された彼女は恐怖からか、俺の背後に隠れて出てこない。

所属する班と名前を聞いた後、彼らを持ち場に返してゆっくり振り返る。

そして彼女の前で深々と頭を下げる。

 

「今回は身内の連中が迷惑をお掛けしました!すいませんでした!」

「い、いえいえ。頭を上げてください!おかげで助かりました。本当にありがとうございます」

「どういたしまして」

「はい。えーっと……あなたがあのサザナミ大佐ですか?」

「そうですけど、何か用ですか?」

 

あのサザナミ大佐?

俺はその言葉が気にかかったが、あえて言わないでおく。

狼剣士と同一人物として知っているなら、伝説の人物の印象よりも非常に貧相かもしれない。

しかし、彼女が何気なく放ったその言葉はそういう物を含んでいない気がした。

なので、俺は何か用ですか?と尋ねた。

すると彼女はまるで懐かしい、旧知の仲のような振る舞いをした。

 

「久しぶりだね。サザナミ。昔と印象が違うから別人かと思った」

「……久しぶり……?」

「もしかして……私のこと忘れたの?」

「えーっと……すいません。覚えてないです」

「んじゃぁ、これは?被検体番号第4416番。通称『双刀の黒騎士』は?」

 

それを聞いて背筋が凍り、咄嗟に首すじを右手で抑える。

彼方に忘れ去ったあの頃の記憶が、まるで映画のコマ送りみたく、脳裏にフラッシュバックする。

太陽の光すら入らない薄暗い地下研究所。

様々な機械が並び、おびただしい量の手術台が並ぶ。

どこからか聞こえる悲鳴やら叫び声、うめき声が辺りに蔓延する。

だだっ広い演習室は、至る所に塗られた血糊と言い知れない恐怖、悍ましい狂気で満ちていた。

そんな中、黒髪の少年が両手に血糊に染まる剣を握りしめ、真紅に染まる虚ろな目で、スコールのように降り注ぐ血の雨に濡れていた。

身体には僅かな光に鈍く輝く、漆黒の魔装具を身につけている。

辺りには四肢のない者、首がない者、胴体を真っ二つにされた者。

無残に変わり果てた骸が静かに横たわり、血の海に沈んでいる。

そんな想像を絶する光景が広がっていた。

──あれは……ほかの誰でもない俺だ。

 

『さぁ、殺れ。被検体番号第4416番。邪悪な象徴『黒騎士』よ。生き残れなければキサマの明日はない。弱者など未来はない。それがお前の世界の世の常だ』

 

誰だか分からない、野太い声が脳裏に響き渡り、現実に引き戻される。

──被検体番号第4416番。

──双刀の黒騎士。

断片的にとは言え、思い出してしまった。

それは俺がまだ幼い頃、ある国の戦精霊を使役する為の魔導剣士を造る研究で付けられた、施設での仮の名前だった。

思い出したくない、忘れ去ったはずの記憶なのにまた思い出すなんて。

そして咄嗟に首すじを右手で抑えていたのを思い出し、ゆっくりと手を離す。

俺が今触れた場所には、かつてその被検体番号が刻まれていたのを思い出したからだ。

 

「……どうかしたの?具合でも悪い?」

「いや、何でもない」

「そう……覚えて無いなら仕方ないわね。私はローザ・レジストリ」

「ローザ・レジストリ……!?」

「ちょ、ちょっと声が大きいよ。まぁ、色々あって現在は偽名を使って国外逃亡してるの。今はルイスって名前でね。ロベリア・レジストリは私の双子の姉よ」

 

苦笑いしながら小声でいう彼女。

まさか、ロベリアに双子の妹がいたなんて。

そんな情報、受け取った資料にはどこにも書いて無かったぞ。

……待て。

ロベリアの妹が俺に何の用だ?

……偵察か?

そんなことを考えた俺は、ちょっとだけ身構えてしまう。

 

「そんなに身構えないでよ。サザナミと戦う気は無いわ」

「そうか。何故、俺の過去を知っている?」

「……唐突ね。私とお姉ちゃんは昔、“あそこ”に居たのよ。サザナミと同じ被検体としてね。お姉ちゃんはまったく別の棟だったけど、私はサザナミと同じ棟で別の血なまぐさい訓練していたわ」

「なるほどね」

「うん。ちょっと長い話になりそうだし、立って話す話でも無いからさ。一緒にお茶でもしようよ?私が奢るよ」

 

そういうローザに手を引かれ、俺はローザがここに来た目的を知る為にもついて行くことにした。

──振り回されること1時間。

初めは喫茶店にいくはずが、何故か彼女の下着やら何やらの買い物になり、いろんな店を数軒はしごして遠回りした挙句、荷物持ちを手伝ったり何だかんだで1時間掛かってようやく落ち着けたのだった。

うちの娘はまだ良いが、女の子って必要な物が多い事をこの貴重な1時間から学んだのであった。

……疲れた、もう帰りたい。

そんな心の悲鳴も届くはずなく、店の奥、大通りからは見えない位置にある窓際の席に向かい合って座り、互いに飲み物をウェイトレスに注文する。

何故その場所なのかって?

少しは察して欲しいな。

 

「……それで話って何だ?」

「うん。私の姉のことだよ」

「姉というと、ロベリア・レジストリのことか」

「そうなんだ」

「……とりあえず詳しく聞かせてくれ。話だけなら聞こう」

 

そういう俺に、喋ることを渋っていた彼女は重い口を開けた。

それはつい最近、ヘルズヘイム公国で内部戦争が勃発したそうだ。

彼女の話では、国を担う最高指導者を決める会議で王族の末裔であるロベリアとローザが候補に上がったらしい。

………王族の末裔!?

しかし、ロベリア派とローザ派で意見が真っ二つになり、会議は大荒れ。

やがてその火種は国民も巻き込んだ内部戦争に発展していった。

聞く限り冷酷冷血なロベリアと見た感じ天真爛漫なローザ。

本音を言えばこの二人になぜ支持者が集まるかよくわからない。

脱線したので話を戻すが、激しさを増す戦いに目も当てられなくなった彼女はしばらくの間、身を隠して数人の連れと国外逃亡をした。

そこで今、敵対するルシュクル王国に自国の鎮圧と、力に酔いしれて暴走し、誰にも手に負えないロベリアの討伐を要請しに来たというわけだった。

 

「どのみち倒さなければいけない相手だし……一応、利害は一致しているけど」

 

頼んだブラックコーヒーの飲みながらそう答える俺。

目の前で天高くそびえ立つ、ジャンボパフェを食べていた彼女は目を光らす。

 

「要請を受けてくれるの!」

「まだ答えを早まるな」

「え?」

「質問がある。これの返答次第では引き受けない。正直に答えてくれ」

「わかった」

 

持っていたコーヒーカップを置き、ゆっくりと態勢を直す俺。

その行為に彼女も食べるのをやめ、こちらをまっすぐに見る。

 

「これは君のためか?それとも、君の国に対する忠義のため、いや、ロベリアを助けるためか?」

「……私は、お姉ちゃんを助けたい!国とかよくわからないけど、何より自分の家族を助けたい!」

「……わかった。その要請、引き受けよう」

「本当に?」

「あぁ。手伝ってやる。その代わり条件がある。ロベリアに確実に倒す為のより詳しい情報を提供してくれ」

 

嬉しそうに素直に頷く彼女。

こんなに素直な子が、嘘をつくなんて思えない。

やれやれ、疲れた。

でも、いまさら引き受けたことを悔いてはいない。

彼女が家族を守りたいのと同じ様に、俺にも守りたいものがある。

それだけ聞ければ、引き受けるのに充分だった。

厄介な仕事が増えたが、これでロベリアに勝つ確率が少し高くなったか。

作戦を立て直すには、ちょうどいいかもしれない。

そう思った時、大通り側の窓から、店の前をズカズカと歩いていく殿下の姿が見えた。

……ヤバイ!!

バレたら大変だ!!

 

「あ!ちょっと用事を思い出した!コーヒーごちそうさまでした!またどこかで!」

 

と俺はものすごいスピード立ち上がり、店の外に飛び出すのであった。

見ていたローザは呆気に取られ、ただただ呆然としていた。

 





《読者の為のキャラクター解説コーナー》

ども!
作者の山吹色です!
こんな駄作を何百人の人が読んでくれていると思うと非常に嬉しい反面、なんか申しわけないような気がします(´・ω・`)
それはともあれ、今回のあとかぎから『狼剣士のロキとフェンリル』通称『ロキフェン』の世界観やキャラクターの詳細を読者の皆様により深く知っていただきたいと思い、解説コーナーをしていきたいと思います!
質問などがあればぜひとも、メッセージやtwitterで聞いていただけたら、ネタバレしない範囲で教えます!
それでは、先ずは主人公から!



サザナミ


身長→168cm

体重→58kg

階級→大佐

所属→ルシュクル王国軍魔導剣士隊隊長兼王妃殿下秘書

武器①→模造刀(大太刀・脇差 計2本)

武器②→銀狼刀『裂牙』

契約精霊→ロキ・フェンリル(?)

デバイス→刻血呪印

使える魔導→血呪開放

スキル→不明

好きな食べ物→肉

嫌いな食べ物→きのこ

好きな物→おっぱi…(ry ※訂正→自然の風景

嫌いな物→人工物

趣味→ロキのおっぱいを目一杯揉むこt…(ry
※訂正→刀剣の鑑賞 日光浴 娘と遊ぶこと


銀髪赤目で童顔、二十歳の魔導剣士。
その正体は五年前、最凶最悪と謳われた伝説的な魔導剣士である。
ルシュクル王国内、城下町で騒ぎを起こした罪で捕縛されたが、罰として国の為に軍に入って敵国と戦えと強制的に軍隊に入れられる。
入隊直後、幹部たちが見守る授与式で予想外の大佐の階級に任命され、魔導剣士を中心とした部隊を率いる事になる。
内面はやや黒い所や若干スケベな所があるが、一言で纏めたら究極なまでのお人好し。
自分のことよりも他人の事を優先する傾向がある。
また勇敢な一面を持ち、蠍の化物と化したマスフィン大佐へ自らの全力を持って引導を渡した。
何度も振り返り、自分の犯した大罪と一生向き合う覚悟がある。
女の子に耐性がない。
実の所、子持ちではないのだが、フェンリルを我が子の様に可愛がり、ロキを含めて自分の家族のように思っている。
高い洞察力と観察眼、身体能力を持ち、剣士としての腕は一級品。
マリナが使う不可視の魔弾や追尾の魔弾を推測や感覚で躱したりと剣術や体術だけに関していえば神業をも超えている。
それを見た部下の少女達は圧巻の声を上げた。
無理もないだろう。
見えない弾丸を躱して魅せたのだから。
しかし、魔導士としての腕は三流以下。
肉体強化系以外はてんでダメ。
魔導が使えない魔導剣士、と言われても致し方ないだろう。
高い知力を有しており、多方面に博識。
優れた判断力と過去に魔導剣士として戦った経験を活かし、ルシュクル王国軍の作戦会議では初参加にして最も重要な役割である参謀を務める。
また王妃殿下秘書として殿下のスケジュール管理や軍の経理を一手に受け持つなど様々な面でマルチに活躍する。
軍の中ではその敏腕ぶりに驚愕し、一目置かれているが、まだいい印象を持つ輩は数少ないのが現状。
度々、警邏隊の面々とかち合っているのは言うまでもない。
戦精霊のロキと契約する際に、代償に全ての血を捧げることで、血液に魔力を持つようになる。
血を代償にした事で彼はロキが死ぬまで、つまり魔力を完全に失うまでずっと生き続けるという宿命を背負う。
ロキとは精神で繋がっており、痛みや悲しみ、恐怖など些細な感情や感覚がダイレクトに伝わる。
ロキの言う通り、一心同体、いや、一蓮托生である。
逆を言えば彼はもはや人間ではなく、半精霊化した人間。
つまり人間と戦精霊のハーフとも言えるが、そんなイレギュラーが存在するとは本編では詳しく解説はしていない。
血液に含まれる魔力は秘匿性が高く、通常時では血液に魔力があるなど見抜く術はない。
魔力を使う際、身体に刻まれた不可視の紋様が魔力によって浮き上がる『刻血呪印』を戦精霊の持つ魔導回路とつなぎ合わせるデバイスとして使用する。
『血呪開放』と呼ばれる彼にしか使えない魔導を駆使する。
血呪開放は魔力を用いて肉体のありとあらゆる筋肉のリミッターを解除し、限界を超えて肉体を強化する為、発動限界を超えると凄まじい筋肉痛に襲われる。
本人曰く、動けなくなるぐらいの筋肉痛とのこと。
自己犠牲型の魔導は数多く存在するが、血呪開放という魔導はどの部類にも入らず、彼が独自に編み出したものと推測される。
また、大太刀と脇差を組み合わせた二刀流も彼のオリジナルで、大太刀を背中の鞘に収めたまま、脇差一本で立ち回り、僅かな隙を見抜いて大太刀の瞬速抜刀カウンターを浴びせる戦い方は彼独自のもの。
独特の構え方はそれゆえの最適な構えなのである。
もともと身体能力が非常に高いので、血呪開放を使うともはやチート。
彼が唯一使える魔導『血呪開放』は彼にとって、もっとも相性の良い魔導だろう。
血呪開放中、身体にデバイスの紋様が浮き上がり、燃え盛る焔のような赤い燐光を纏う。
幼い頃、オルメルト帝国の戦精霊を使役する為の魔導剣士を造る研究施設に数多くの被検体の1人として所属していたらしい。
先程紹介したデバイス『刻血呪印』は男性が魔導剣士になる為に様々な研究の実験台にされた証でもあり、人ならざる者の烙印と彼は侮蔑している。
人ならざる者……今の彼はまったくそのとおりである。
幾度となく実験をくり返したため、目視では見えないが、魔力の無い彼の身体には魔力を作るために数百ものデバイスが埋め込まれてるといっても過言ではない。
詳しい情報は特になく、そもそもその計画の記録書さえ無いため、実際に行っていたのか怪しいところだが、彼自身の身体がそれを証明している。
被検体番号は第4416番──オルメルト帝国軍では通称『双刀の黒騎士』と呼ばれていた。
その頃から数多の戦場に出ていたため、自分の核となる剣術の才能を過酷すぎる環境での生きる手段として存分に発揮する。
この頃に生き残るため、独自の戦い方を編み出したと考えられる。
振り抜く太刀の速さとほんのわずかな刹那を見切る冴えた眼で捉え、繰り出された一太刀はまだ幼い彼と言えども大男が着ている分厚い鎧を軽々と両断したという逸話がある。
大勢の敵を相手取っても、まるで疾風の如く駆け抜ける間に、周囲を巻き込んで瞬く間に斬り捨てる。
当時、もはや勝てる相手はない無双状態だった。
しかし、幾度の実験を繰り返しても魔導が使えず、剣術のみに秀でていたため、軍や施設は彼を失敗作として殺処分するのに侵攻するミルカン島へ投げ捨てた。
そして五年前、ミルカン島への侵攻が始まり、絶え間なく襲いかかる兵士に孤軍奮闘するも虚しく、全身ズタズタになって1度力尽きたはずだった。
だが、ロキと出会い、契約することによって一命を取り留めた。
この時、元は黒髪で金目だったのだが、契約と同時にまるで銀狼の毛並みのような銀髪と宝石のように輝く赤目に変わってしまった。
圧倒的な強さで数多の敵を倒していくうちに、その尋常でない力に酔いしれてしまい、オルメルト帝国軍を壊滅させるほど暴れまわった。
その後、オルメルト帝国軍を根絶やしにした彼は正気に戻り、自分がした事に後悔の念を感じたこの時、このままでは殺戮に染まるだろうと危惧した。
悩みに悩んだ末、二度と剣を振るわない、そして戦線から退く事を決める。
忽然と彼が戦いから姿を消したのはオルメルト帝国軍を壊滅させ、ほとぼりが冷めた頃を見計らってだの、いろいろあったせいもあって2年後のことである。
つまり本編では3年前という事になる。
魔力を一時的に失ったロキは姿を保つことが出来ずに消滅し、残された幼子のフェンリルを連れ、3人で静かに暮らせる安住の地を探す旅を始めたのだった。


どうでしょうか?
より深く理解していただけたら、物語もますます楽しくなると思います♪

ではでは、次回のあとがきにてお会いしましょう!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。