狼剣士のロキとフェンリル   作:山吹 色

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6.策略の狼剣士

──模擬戦を終えた後。

休憩がてら訓練所の二階にある休憩室で、初となるメンバー全員揃っての歓迎会なるものが開催された。

皆テーブルを囲んで椅子に座り、テーブルを埋め尽くすほどのお菓子や飲み物が振る舞われる。

俺はその光景を見て呆気にとられていると、ライラが先頭に立って懇談会なるものの進行をする。

まずは部隊のメンバーの自己紹介から始まるらしい。

ちょうどよかった、と言えばいいのかな。

みんなの名前を知りたかったところだ。

 

「まずは司会の私から自己紹介します。ライラと申します!年は今年で19歳になりました!階級は少尉です!ルシュクル王国魔導剣隊副隊長に任命されました!不束者ですがよろしくお願いします!」

 

律儀に自己紹介をして頭を下げる彼女を見て改めて感じた。

19歳……俺の一つ下だったとは。

背は小さくて童顔、その小柄な身体には似つかわしい巨乳。

年齢は下だろうとは思っていたが、俺と大して変わらないのに驚く。

なるほどね、これが世に聞くロリ巨乳と言うやつか。

……ゲフンゲフン、思い切り脱線したな。

話を戻すがこの年齢で階級が少尉とは、ずいぶんと頑張ったんじゃないか。

努力家だと言うこともなんとなくわかった気がする。

一つ順番が回り、ライラの隣に座っていた灰褐色のポニーテールの女の子が立ち上がる。

黒いタンクトップに迷彩柄のジャケットを羽織り、同色のカーゴパンツを履いたいかにもボーイッシュな格好の女の子。

肌色はやや小麦色で少しつり目、胸の大きさはまぁまぁでその格好と絶妙なバランスで釣り合っている。

うん、これはこれでいい。

 

「シーカです!ライラとは同期で同い年だよ!階級は准尉!サザナミ隊の切り込み隊長やらせていただきます!えーとぉ……ついでに絶賛彼氏募集中だぁい!たいちょー!ぜひとも僕と付き合っ……いだっ!!」

 

元気よく告白しようとするシーカの隣に座る子が、知らん顔でシーカの脛に思い切り肘鉄を撃ち込んだ。

ちょっと遠くて小さかったが、ミシッて聞こえたような気がする。

……大丈夫だろうか。

それはともかく、とても元気ハツラツで見ていて楽しくなりそうな雰囲気の子だな。

ただし、話し方を見てバカで肉食系なのはよく分かった。

脛に肘鉄を食らって悶え苦しむシーカをよそにゆっくりと立ち上がる隣の子。

黒髪を両サイドで結び、ツインテールにした女の子。

シーカよりもキツイつり目で、とても色白。

ゴスロリが好きなのか、やたらフリルの付いたミニスカ、しましまニーソックスを履いていてとても軍人とは思えない格好だ。

見た目からスレンダー系美少女という感じだが、あえて言うなら胸が非常に残念です、はい。

その子はやたら俺を気にしては不機嫌そうに自己紹介を始める。

 

「……はぁ。……名前はサクヤ。……年は18。……階級は准尉。アタシは別にアンタを隊長と認めた訳じゃないからね。以上」

 

ぶっきらぼうに自己紹介を締めくくり、俺にそう言って席に座るサクヤ。

それを聞いてちょっと考え込む俺。

……なんでだよ?

今日初めて会ったけど、俺はなんか悪いことしたか?

身に全く覚えがありませんが。

 

「なぁライラ少尉?」

「何ですか隊長?」

「サクヤ准尉っていつもあんな感じなのか?」

「えーと、サクヤさんは根っからの男嫌いでして」

「あぁ、そういうことね」

 

俺の隣に座るライラ少尉とヒソヒソと話をする。

ライラ少尉いわく、サクヤはどうやら男嫌いらしい。

なので、俺はどうやら初見で嫌われたようだ。

男だというどうしようも無い理由で。

そんなこんなで仏頂面のサクヤの隣に座る青いボブカットヘアの女の子が立ち上がる。

見るからに幼い少女は、さきほど外で座り込んだ時にライラ少尉の隣にいた女の子だ。

ぶかぶかの制服を捲り上げ、無理やり合わせており、ミニスカを履いている。

背丈はうちの娘、フェンリルとほぼ同じでそちらの方が成長が早いらしい。

胸が……倍近くある、フェンリルの。

はぁ、男の性なのか、どうしてもそちらにばかり目が行ってしまう。

こうも女の子ばかりいると、色んな意味で気が滅入ってくる。

すごく気をつけないと予想だにしないハプニングに巻き込まれそうだ。

 

「チーシャなのです!年はえーと、10歳なのです!回復担当なのです!階級は、んと、特等兵なのです!お兄ちゃんお姉ちゃん、みんな仲良くして下さいなのです!よろしくお願いしますです!」

 

年齢相応の元気良さと無邪気さで自己紹介するチーシャにみんな拍手する。

10歳か……。

おそらくフェンリルと変わらない、一回り以上も年が離れた、こんな小さな子も軍に所属していると思うと胸が痛む。

それだけ、この国は人材不足なのだろう。

……かわいそうで仕方ない。

だからなおさら、この戦いを早く終わらせなければいけない。

できれば戦場に連れていきたくない。

あんな生死を懸けた血なまぐさい場所に、こんな可愛らしい純粋無垢な女の子を。

次はその隣、さきほど俺と激戦を繰り広げたマリナの自己紹介だ。

 

「マリナです。歳は13。階級は兵長です。よろしくお願いします」

 

模擬戦では負け無し、連戦無敗と言われていた魔銃使いの少女は簡単に自己紹介を終わらせて席に座った。

……それもそのはずだろう。

みんなの見ている前で、あんな負け方をしたのだから。

ショックで落ち込むのも仕方ない。

後で声をかけてあげよう。

 

「次は隊長ですよ?」

「……あ、そうだった」

「どうかしましたか?」

「いや、大丈夫。別な事を考えていたんだ。ごめん」

「そうですか。さ、自己紹介をお願いします。みんな待ってますよ?」

 

隣に座るライラに呼ばれ、立ち上がる俺。

 

「みんな模擬戦ご苦労様。今日は歓迎会を開いてくれてありがとう。俺はサザナミ。年は20歳。階級は大佐。この度、殿下から魔導剣士隊隊長の任命された。あと、殿下の秘書も兼任している。みんな知っての通り俺は男で最凶最悪の魔導剣士『狼剣士』と呼ばれてる。そんなことは今はどうでもいい。この先、色んな戦場に赴き、各々命をかけて戦うことが多くあるだろう。俺は絶対に誰ひとり欠けることなく生還させる事を約束する。だからみんな俺についてきてくれ。この辛く長い戦争を俺達の力で終わらせよう。まだ頼りないかもしれないが精一杯頑張る。これからよろしく頼む」

 

演説じみた俺の自己紹介に盛大な拍手が湧き上がる。

ゆっくりと席に座るとみんなで和気あいあいと何気ない雑談が始まる。

よくよく考えてみると、俺の率いる部隊は平均10代の比較的若者が集まる部隊だな。

それに、俺以外、女の子だ。

……なんか上手くまとめれるか不安になって来たぞ。

これ、ロキが知ったら絶対に嫉妬するだろうな。

その時、扉が勢い良く開いて休憩室に誰か入って来た。

 

「ほう。模擬戦をやってると聞いて休憩がてら見に来たが……騒がしいなと思ったらなんだ?これは?」

「「「「「「で、殿下っ!?」」」」」」

「こんなところでホームパーティーか?選り取りみどりの女の子を囲ってなかなか楽しそうな事をしているな?サザナミ大佐殿?」

「いや、殿下!これにはわけが……」

「ふふふ。さすがに冗談だ。新しく就任した隊長の歓迎会というわけだな?なぜ私を呼ばないんだ?仲間はずれか?」

 

壁により掛かり、寂しそうにいうエレナーデ王妃殿下。

いろいろと忙しいと思い、俺は殿下へ声を掛けなかった。

というより、歓迎会が急遽開かれると思わなかったので掛けれなかったというのが本当のところだ。

 

「別に構わない。私はやることが多くて忙しいのでな」

「……あの殿下?一緒にやりませんか?歓迎会?」

「……だから、私はいいと言ってるだろ//」

「そんなこと言わずに。事務仕事は俺も手伝うので、たまに息抜きしたらどうです?」

「……し、仕方ないな//サ、サザナミがいうなら参加しよう//今日だけだからな//」

 

俺が説得すると彼女はちょっと頬を赤らめながら、仕方なさそうに俺の隣の空いていた席に座る。

一国の王妃が参加するということで、歓迎会らしきものはさらに盛り上がる。

 

「王妃殿下!みんな自己紹介をしたので平等に自己紹介してもらえると良いのですが!」

「じ、自己紹介!?みんな私の事は知ってるだろうライラ?」

「そんなこと言わずに!みんなしたんですから!」

「……みんな?サザナミもか?」

「そうですよ?ねぇ隊長!」

 

なぜ俺に振る?

慣れない沢山の人の中、女の子に囲まれて変に緊張して喉が渇いた俺はジュースを飲んでいた時、ライラに急に話を振られた。

頷くしかなかった。

それしかできなかった。

なんせ口にジュースを含んでいるのだからな。

それを聞いた王妃殿下は、やれやれと頭を振りながら仕方なく立ち上がる。

 

「エレナーデだ。歳は17。今は特にみんなに話すことは無いが、近いうちにまた大規模な戦いが始まる。相手はヘルズヘイム公国だ。目的は豊富な資源があるエスツィムル樹海の領土略奪。おそらく戦場もそこになるだろう。侵攻が始まるのがいつになるか分からない。羽を伸ばすのはいっこうに構わないが、臨機応変に戦えるように準備を怠るな。私からは以上」

 

自己紹介のはずが何故かこれからの戦いの話になっていたが、俺はあえて突っ込まないでいた。

一瞬で賑やかだった休憩室が静寂に包まれる。

世界随一の屈強な魔導剣士隊を有し、あの『煉獄の蒼き鬼姫』がいるヘルズヘイム公国だ。

弱小国の寄せ集め魔導剣士隊で太刀打ち出来る相手ではない。

誰もがそう思っただろう。

かち合ったら最後──生きては帰れない。

逃げる前に火葬されてしまうのが関の山と言ったところか。

やれやれ、嫌な相手だ。

 

「心配するな。俺が生還させるって言ったばかりだろう?戦う前にそんな落ち込んでどうするんだ?俺を信じてくれ」

「隊長……」

「殿下?今、敵国の動向はどうなってますか?」

「まだ動きが無い。何人か偵察を送り込んでいるが、あちらが動くのは時間の問題だろう」

「そうですか……よし、しょげても仕方ない。今日は楽しんで戦いに備えよう」

 

一旦、沈んだ雰囲気が再び盛り上がり、本日限りの宴は夕刻まで続いたのだった。

その後、俺は兵舎に戻り、フェンリルとロキと夕飯を済ませると、今日、殿下から支給された新しい正装に着替えて王宮へと向った。

今からヘルズヘイム公国の侵攻に備えて行われる作戦会議に参加する為だ。

あの件があり、一度すっぽかしてしまったので今回からちゃんと参加しなければいけない。

王宮の二階、会議室に通された俺は殿下の隣の席に座る。

円卓に置かれたプレートには自分の名前と階級が書いてあり、その上に『魔導剣士隊隊長 兼 王妃殿下秘書』と堂々と書かれていた。

うわぁー、改めて見るとなんかすごく恥ずかしい。

厳かな雰囲気の中、その円卓を囲むように座るのは、大佐以上の階級を持つこの国の軍の重役達だった。

俺を含めて6人、全員が席に座っていた。

そして皆、殿下の隣に座る俺をじっと睨みつけている。

相当な嫌われ者だな、俺って。

 

「それでは作戦会議を始める」

 

殿下の宣言に皆、頷いて会議が始まった。

ヘルズヘイム公国のエスツィムル樹海領土略奪計画についてはこの国に来る前、フェンリルと二人旅をしていた時に実は噂程度には聞いていた。

魔導に関して先進的な文明を持つ、ヘルズヘイム公国。

三年前から『煉獄の蒼き鬼姫』の異名を持つ魔導剣士ロベリア・レジストリの活躍により、次々と隣国を侵攻して領土を拡大していた。

しかし、侵攻の際、彼女の放った強大な魔導に焦土と化した領地は草木すら生えない不毛の地となってしまった。

それが仇となり、領土は拡大するも国民が生活に必要なものの大半の生産が出来ず、三年もの間、資源枯渇や食糧難に瀕していた。

他国に物資輸入の援助を求めたが、自業自得だとどの国もそれを冷たく断った。

そして最終的に行き着いた答え、それがこの国に隣接するエスツィムル樹海を奪い取るということだった。

他国ではエスツィムル樹海は資源の宝庫と言われている。

それでこの国、ルシュクル王国が栄えたと言っても過言ではない。

エスツィムル樹海は面積の3/4以上が木々で生い茂り、所々に崖やら洞窟などが点在し、非常に入り組んでいて道に迷いやすい。

なんといっても昼間でも薄暗く、とても視界が悪い。

長きに渡り管理してきた国とは言え、実の所、完全に地形を把握できてない。

布陣する場所よって戦況の優劣が決まってしまう、戦う場としては最悪な場所とも言える。

 

「殿下?早くてを打たねばこちらには勝ち目がありませんよ?」

「勝つ?何言ってんだよルル中将?勝つも負けるもどっちにしろ結果は同じだろう?ヘルズヘイム公国が相手なら負け戦も同然だ」

「戦う前から諦めてどうするゼノン少将!」

「どう考えても勝てるわけねーだろが!」

 

始まった直後からこの調子で会議は荒れている。

中でも、殿下の近衛隊を率いる司令官の翡翠色の髪の凛々しい大人の女性、ルル中将。

粗暴な態度を取るのは郊外守衛隊の司令官で俺以外の男性、金髪で軍服を着崩していたヤンキーみたいな姿のゼノン少将との言い合いが熾烈を極めていた。

なんだこりゃ。

子供と大人の喧嘩か?

見苦しいったらありゃしないな。

 

「いい加減にしろ二人とも。見苦しいぞ」

 

不機嫌極まりない殿下の喝が入り、睨み合いながらもようやく二人の喧嘩が収まる。

そして殿下はため息を一つし、俺へと視線を向けた。

どうやら殿下の秘書になって初めての仕事だ。

 

「サザナミ大佐。かつて魔導剣士として戦場に立ったことのある、お前の意見を聞こう」

「はっ。恐れながら俺から意見を述べさせていただきます」

 

俺は今までの経験を踏まえ、今回の起こりうる可能のある事を述べ始める。

エスツィムル樹海のだいたいの地形を書き記した地図を用意し、円卓に広げて置く。

侵攻するにおいてヘルズヘイム公国は、間違い無く魔導剣士隊を投入してくる。

しかし、一番の問題であるロベリアの出撃は控えると提言した。

理由を問い詰められると、まずは彼女の扱う魔導の強大さを述べる。

一国まるまる焦土と化し、不毛の地に変えてしまうほど強力な魔導を使うのを、懸念すると踏んだからと答え返す。

それを聞いて納得した様な声が上がった。

──当然だろう。

それをエスツィムル樹海で使えば、侵攻するヘルズヘイム公国の本来の目的が果たせなくなる。

たとえロベリアを戦場へ引っ張り出しても、魔導は使わせることは無い。

魔導剣士隊については貧困が続いている国の状況を考慮し、まともに戦える者は少ないはず。

それを踏まえて魔導剣士隊は今の戦力であれば充分に渡り合えると説明する。

次に、エスツィムル樹海の何処に敵国の本陣を位置取るかだ。

おそらくエスツィムル樹海の北側に広がる唯一の平地に布陣する可能性が高い。

あそこならば一番見晴らしが良いし、俺達の急襲に対して備えられる。

そこはヘルズヘイム公国の領地から近いので本丸を布陣する可能性が高い。

そうなると俺達はどこに布陣するか、という疑問が浮き上がる。

 

「木々で生い茂る樹海の地上への布陣は自分達に取って不利になります。生い茂る草や深いぬかるみなどに足を取られて非常に動きづらいでしょう。さらに昼間でも視界が悪い。そして魔導剣士は魔力を利用して飛行できる可能性もあります。機動性を考慮したら圧倒的に不利。ですので、俺達は地下に本丸を置くべきだと考えています」

「地下にっ!?正気か!!サザナミ大佐っ!!」

「えぇ。今から順を追って説明します」

 

誰もが想像もしない布陣場所を提示する俺に驚愕の声を上げる一同。

無理もない。

地下に本陣を布陣する、ということはいざと言う時、撤退するための退路がないということだ。

淡々と地図を指しながら、説明を続ける俺。

エスツィムル樹海の地下洞窟はまるで網の目のように広がっていて、出口がどこに繋がっているか定かではない。

しかし、一つだけ洞窟の道が集中する広い箇所がある。

それは──エスツィムル樹海の地下にある地底湖だ。

ルシュクル王国の国民ならば、誰でも知っている神秘的な場所。

裏を返せばそれはルシュクル王国に住むものしか行き方を知らない場所である。

ルシュクル王国に向かう際、エスツィムル樹海を抜けてきたのだが、偶然にも洞窟を抜けたらその場所についたのだ。

広さ的にも場所的にも布陣する場所には最適なのだ。

それはなぜか、各所の入口さえ見張っておけば敵を発見し次第、迎撃できるからだ。

それに洞窟は単体でもかなりの長さがある。

迂闊に索敵に入れば容易に後戻りは出来ず、先の見えない静かな暗闇といつまで続く洞窟に肉体的にも精神的にも消耗させることが出来る。

そうしてじわじわと確実に、ヘルズヘイム公国の戦力を削っていくと俺は言う。

 

「なんて戦法を考えるんだ……サザナミ大佐」

「確実に勝つためです。長期戦になりますが、致し方ないでしょう」

「……サザナミっていったか?突飛もねぇ発想だが、説得力がありすぎて反論ができねぇ」

「お褒めに預かり光栄の至りですよ。ゼノン少将」

「しかし、それではもしも入口を突破されて攻め入られた時に我々は退却できないではないか?」

 

と疑問を呈す殿下。

その質問に俺は冷静にこう答えた。

 

「我々は逃げる必要はありませんよ殿下。迷宮に入り込んだ獲物を待ち構えるだけで良いんです。入口の一つが突破されても全員で袋叩きにすればいい。あんな数の入口が一気に突破されるなんてまずありえない。たかだか数人、対処するのに時間はかからないでしょう」

「……そ、それもそうだな」

「じわじわと敵兵力を削ってから、我々は本陣を移し、地上に出て敵本陣に攻め込みます。地上との連絡はデバイスを魔導の媒介にした方法を用いて行います。そうすれば勝ちは確定です」

「……さすがだな。私の秘書は」

「ありがとうございます。あともう一つよろしいですか?」

 

説明をひとしきり終わらせた後、殿下にいう俺。

 

「どうした?まだ何か有るのか?」

「これはおそらくですが……敵国に俺の存在がバレてる可能性があります」

「なんだとっ!?」

「こちらも偵察兵を送り込んでいるみたいですが、逆も然りということですよ。敵国も我々の動向を探っている」

「……そうか」

 

俺にそう言われて迂闊だったと言わんばかりにため息をつく殿下。

ルル中将はその話を聞いて立ち上がる。

 

「敵国の偵察兵が紛れているというのなら、先に見つけ出して処刑すればいいのでは?殿下の身に何かあっては遅いのですよ」

「ルル中将。水を差すようで悪いですが……何処にどう紛れているか分からない偵察兵をどうやって見つけ出すんです?」

「そ、それは……」

「図星ですか?仮に見つけて殺したら敵国も黙っていませんよ?最悪の場合、攻め滅ぼされてしまうことになります。それはかえって危険でしょう」

「うむ……」

 

人の出入りが多いこの国では、何処にどの国の偵察兵が紛れ込んでいるか分からない。

なので軍に所属する俺達はなおさら迂闊に動けない。

普通に生活を送っているように見せるしかない。

ヘルズヘイム公国が知りたいのは、エレナーデ王妃殿下の動向もそうだろうが、上手く軍へ潜り込んだとしても容易に近付けない。

それを踏まえると敵国の偵察として一番の気がかりなのは俺の動向だろう。

偵察していたのならば、もうあちら側に知られていてもおかしくないはず。

最凶最悪の魔導剣士『狼剣士』と恐れられてる俺の存在は、ヘルズヘイム公国にとって脅威の何ものでもない。

あちらにとって俺という存在は不安要素でしかないのだ。

今回、戦場で出会う前に必ず別なアプローチがあるかもしれない。

そのアプローチとして考えられるのが──今のところ軍の戦力の要である俺を“暗殺”すること。

少なくとも自室で襲われる事はないと思っている。

なぜなら、俺の部屋には番犬ならぬ番狼が2匹いるからね。

少しでも物音を聞いたり、魔力を感じたりするとすぐに反応する優秀な番狼だからだ。

そうなると1人でいる時を狙われる可能性が高い。

1人で出歩くのは控えたほうがいいかもしれない。

 

「なるほど。たしかに控えたほうがいいかもしれないな」

「まぁ、1人で居ても戦えるので俺は大丈夫ですが」

「ほー?腕っ節には大した自信があるみたいやな?サザナミ大佐よぉ?さすが狼剣士ってか」

「やめろゼノン少将っ!!」

「冗談だっつーの。だから頭が固いババアは嫌いだぜ。オレも腕っ節にはかなり自信があってよ。敵同士ならいっぺん戦って見たかったが……味方となりゃ仲良くしなきゃな。実の所、お前には興味があるし」

 

いきり立ったルル中将をババアとからかいながら、にししと笑いながら背もたれにもたれかかるゼノン少将。

それを聞いたルル中将の握った拳に力が入るのが僅かに見えた。

……この人、怖いもの知らずなのかな?

ところ構わず喧嘩を吹っかけて回りそうな感じがする。

やれやれと殿下は首を振りながらゼノン少将を見て呆れている。

そんなこんなでヘルズヘイム公国に対抗する為の作戦の説明を続け、気が付けば作戦会議を始めてもう日を跨いでいた。

 

「もう夜も更けたか……本日の会議はこれで終わりだ。サザナミ大佐が提案した作戦でヘルズヘイム公国を迎撃することになるだろう。皆、先程言った準備を怠るな」

「はっ」

「へいへい」

「了承」

「以上、解散!」

 

殿下の一声でそれぞれ席を立ち、帰って行く。

俺は意見を述べるのと同時に、会議で出た案件を渡されていた本に事細かに書き込んでいた。

 

「初のお勤めご苦労だったサザナミ。流石だな」

「いやいや。とんでもないですよ。俺は俺の仕事を全うしただけです」

「そうか。色々と助かったぞ。それにお前は魔導剣士の他に、軍師の素質もありそうだな」

「軍師ですか?アハハハ。まさか。何をおっしゃるんです?俺は殿下に仕えるただの一般将兵ですよ」

「一般将兵にあそこまでの戦法が浮かぶというのか?どんな一般将兵だ?まったく」

 

そう言いながら笑う殿下に苦笑いする俺。

今までの経験から踏まえ、この方が勝率があると考えたからだ。

エスツィムル樹海は今まで一度も戦場と化した事がなく、故にそれに有効な戦法がなかった。

地上では樹海特有の木々やぬかるみで戦いにくい。

飛行できる力がある魔導剣士が主体のヘルズヘイム公国軍はともかく、歩兵が多いルシュクル王国軍は圧倒的に不利。

それに比べて地下は地面が岩などでしっかりしてるし、狭い所での戦闘になるので敵を個々に分断しやすい。

地底湖に布陣して籠城戦をしいて、倍以上の敵兵力を、地道に削れると判断したからの提案したのだった。

ロベリアも魔導を使えないとなれば、なんとか凌げるだろうと。

その作戦の軸となるのは言うまでもなく、俺たち魔導剣士隊だ。

今回が初陣となるあの子らには申しわけないが、本作戦の一番重要な役割を担ってもらう。

俺達は三人二組になり、地上班と地下班に別れて出来うる限り、連絡を取り合って敵を誘導・撃破していく。

地上班は俺とサクヤ、マリナの三人で、残りのライラ、シーカ、チーシャの三人は地下班に分担する。

地上班は敵を誘導しつつ各個撃破し、地下班は地底湖の入口に来た敵を歩兵達と一緒に迎撃する。

チーシャは回復担当なので、できる限り医療班と共に負傷者の治療をしてもらう。

地上班はロベリアが出撃した最悪の場合を想定し、食い止めて時間を稼ぐ役割も担う。

長丁場になるかも知れないが、これでヘルズヘイム公国軍の猛攻を切り抜けるしかない。

今日の出てきた案件を全て書き終え、地下に布陣する本陣の隊列や様々な状況に合わせた数々のプランを短時間で書き込んた本を殿下に差し出す。

 

「これは……す、すごい」

「最低限の事は書き込みました。それを参考に地下の本陣の指揮は殿下におまかせします。地上は俺に任せてください」

「……わかった。任せるが良い」

「さて、俺は帰って寝ます。お疲れさまでした」

「お疲れさま。ゆっくり休め」

 

そう挨拶を交わすとゆっくりと席から立ち上がり、俺は会議室から去っていった。

兵舎の自室に着き、正装から着替えてベッドへ向かうとロキとフェンリルがスヤスヤと寝息を立てていた。

待ってくれていたのだろう。

ベッドの脇の机にはロキが買ってきたのか、絵本が数冊置いてあり、ロキは絵本を持ったまま寝ていた。

おそらく俺が戻って来るまで読んで待っていたのだが、読み手のロキと一緒に寝てしまったのか。

起こさないようにそっとベッドへ横になると、それに気づいたロキが擦り寄って来る。

 

「お帰り、旦那様や」

「ただいま」

 

眠たげにそれだけ告げ、俺にピッタリと身体をくっつけ、再び寝息を立てるロキ。

さてと、俺も寝るとするか。

明日は朝早くから詰所で魔導剣士隊の打ち合わせがあるし、一日中、スケジュールがみっちり入っている。

──ロベリア・レジストリ。

ヘルズヘイム公国軍魔導剣士隊隊長。

またの名を『煉獄の蒼き鬼姫』か。

それにしても彼女に関する情報が乏しすぎる。

街にいる情報屋から、彼女に関する最新の資料を手に入れておこう。

戦いはおそらく始まっている。

こういう駆け引きもこの先の事を考えたら重要になってくる。

──まずは敵国との情報戦に勝たねばさらにこちらが不利になる。

いざ彼女と戦うとなれば……俺はまた血呪解放を使わなければいけないだろう。

ロベリアは純粋な魔導剣士で、俺は魔導剣士のなりそこないだからな。

戦力差はあちらとこちらで天と地の差がある。

しかし、唯一勝てると言えるのは俺には契約している戦精霊がいる事だけだ。

今は一番、それが気になって仕方ない。

だが、身体はそうもいかないらしい。

連日のハードスケジュールで心身共に疲れ果てていた。

ロキが持っていた絵本を机に置き、ゆっくりとまぶたを閉じ、睡魔に身を委ねて深い眠りについた。

 


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