狼剣士のロキとフェンリル   作:山吹 色

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5.部隊と狼剣士

──夢を見ていた。

おそらくこれは、五年前に起きたミルカン島でのあの凄惨な大虐殺。

当時、最強と言われていた南の大国『オルメルト帝国』が戦争で使う拠点を作るため、という名目でミルカン島に侵攻を開始した時だった。

本来の目的はある程度は察していたがここまで大規模に仕掛けてくるとは思ってもいなかった。

街中を戦火に巻き込み、恐怖で逃げ惑う住民を容赦なく斬り捨て、蹂躙するオルメルト帝国の兵士達。

俺は幼い頃から剣の腕を鍛え、大人相手でも渡り合える実力はあった。

しかし、目の前の人々を守りたいが為に俺は複数人の兵士を相手に戦っていた。

……迂闊だった。

無理もない、多勢に無勢。

俺は1人も殺せず、守りたい人々を守る事も出来ずに、オモチャみたいに弄ばれ、挙げ句の果てには奴らに体中を滅多斬りにされた。

それは死んでもおかしくない、それだけ酷かったと言うべきだ。

しかし、神様という者は意地悪だ。

……俺は生き残った。

体中斬り刻まれても、なお生きていた。

大量の出血にも関わらず、かろうじて生きていた。

もはや虫の息だったが。

遠退いていく意識の中、俺は死を覚悟していた。

もう充分だった。

生きている意味なんて、もうなかったようなものだ。

未練なんてない、まったく。

ゆっくりと闇の淵に沈んでいく感覚の中、燃え盛る街の中に視線がいく。

瓦礫の下に見えた小さなクマのぬいぐるみ。

それを掴んだまま、動かない小さな手。

可哀相だと思ったが、今の俺には何も出来ない。

悔しかった。

誰かを守る事すら、できなかった自分を恥じた。

そんな時だった。

ぼやけていく視界に、1人の女性の姿が写った。

銀髪で獣耳、尻尾を生やした美しい人だった。

 

 

 

 

「……ん?ここは……俺の部屋?」

 

ゆっくり重く閉じていた瞼を開け、上半身を起こす。

胴体には包帯が巻かれ、いたるところに傷が目立つ。

そして体中を巡るように描かれた魔法陣みたいな紋様のようなアザも。

……刻血呪印。

これは戦精霊と魔導回路を繋ぐための、俺のデバイスで血呪開放を使うとこの模様通りに身体に浮かび上がる。

そして人ならざる者の烙印。

魔力を発してはいるが一般人には見えないし、秘匿性を有しているので他の魔導剣士には感じにくい性質を持つ。

幼い頃、とある国の研究機関で戦精霊を得るために人工的に魔導剣士を造る実験をしていた。

俺はそこで被検体として収容されたが、剣士としての素養があるだけで魔導に関しては皆無。

失敗作として破棄され、あのミルカン島で処分されるはずだった。

処分とは、つまり殺されるということ。

だが、死ぬ間際に彼女と出会い、俺は戦精霊を使役する魔導剣士として覚醒した。

あの時に俺は生まれ変わった、最凶最悪の魔導剣士『狼剣士』として。

生きているということは、どうやら勝負に勝ったらしいが、あのあとの記憶がない。

気を失い、倒れたんだな、きっと。

……血呪開放。

その反動が一気に来たんだろう。

魔力全開放するのは久しぶりだからな。

やっぱり身体に堪えたのか。

──むにゅ。

ぼんやりする頭を掻きながら、横になると手になにやら柔らかいモノが触れる。

水風船のように柔らかく、適度に弾力のある、触り心地の非常に良いモノ。

その瞬間、思い当たる事が脳裏に浮かび上がってドキッとする。

まさかと思いながら、ゆっくりと視線をそちらに向ける。

手を置いたそこには大きな胸があり、慌てて手を引っ込める。

 

「ンッ//いきなりでびっくりしたぞ。旦那様や」

「うわぁあああ!?」

「喧しいわ、たわけ。フェンリルが起きるじゃろ」

「ご、ごめん」

「なかなか起きぬから心配しておったが、大丈夫のようじゃな」

 

やたらはだけたパジャマ姿で、俺の横に寝ていたロキに驚く俺。

ロキと俺の間に挟まれて、満足そうにスヤスヤと寝息を立てているフェンリル。

それを見て、フェンリルに無意識に頭を撫でる俺。

 

「この部屋にはベッドが一つしかないからの。親子三人で寝ようと言うことになったのじゃ」

「そ、そうだったのか」

「ホントはあちしが旦那様の隣に寝て……夜の営みをしようと思っとったのじゃが……よくわからぬがフェンリルがなかなか譲ってくれんのじゃ」

「……な、なるほど。つーか夜の営みって」

「旦那様や。その……あの……今晩はあちしを抱いてくれぬのか?//」

 

珍しく恥ずかしそうに布団に顔を隠しながらぼそぼそ言うロキ。

それを見て不覚にもすごく可愛いと思い、顔が赤くなっているのを悟られないように逸らす俺。

 

「怖いのじゃ……お主があの時のようになるのが」

「ロキ……」

「あの時、あちしとお主は魔力の暴走に任せて多くの人を殺した。お主はお主で圧倒的な力に酔いしれ、殺戮の快楽に染まった。あちしはあちしで怒りに任せて暴れておったが、ホントは生まれ育った故郷を守りたかった。じゃがその代償にあちしは魔力をほとんど失った」

「…………」

「今日、あの時と同じどす黒い感情があちしの中に流れてきた。あちしとお主は一心同体。お主の気持ちや思い、感情はあちしにダイレクトに伝わる。あちしが戻った事で、お主もあの時に戻ったのではないかと」

 

見られたくないのか布団に顔を隠しながら、小さく肩を震わせてそう言うロキ。

いつも気丈なロキが、こんな姿を見せたのは初めてだった。

それだけ、不安だったのだと見ただけでわかった。

また大殺戮に染まり、快楽と愉悦のためだけに暴れるのではないかと。

たしかにあの時、少しとは言え無意識にその感情に支配された。

それは言いようのない事実だし、何十人の兵士を斬り殺した事も事実。

俺は黙り込むしかできなかった。

今度はそうならない、絶対にそうならないと彼女に面と向かって断言できなかったからだ。

また繰り返すだろう、きっと。

そう思えて仕方がなかった。

俺は布団に顔を隠して肩を震わせるロキを優しく抱き寄せ、力強く抱き締めた。

 

「お前様……//」

「ごめんロキ。そんなに不安にさせて」

「うぅ……//」

「これは俺のせいだ。本当にごめん」

「……//」

 

ロキもゆっくりと俺の腰に手を回し、抱き締め返してきた。

こうして謝る事しか、今の俺にはできない。

知らないうちにまた闇に堕ちるかもしれない。

それは俺にとっても怖いことだった。

無差別に大切な人を、殺してしまうかもしれないという恐怖。

 

「俺も知らないうちになってた……マスフィン大佐の部下達を相手にしていた時さ。またあの時みたいになってた」

「やっぱりそうだったか」

「俺も正直、とてつもなく怖いんだ。これからもっと戦う事が多くなっていくだろう?またいつ堕ちるか分からない。それにロキやフェンリルを自分の手で傷つけたくない」

「……お前様」

「でも、ロキとフェンリルがいるなら俺は頑張れる。俺がそうならないようにする為にも早く戦争を終わらせる。早く三人で暮らせるように」

 

ロキの優しく頭を撫でながら俺はそう言う。

するとロキは布団から顔を覗かせ、その紅い瞳をうるうるさせながら嬉しそうに俺の胸に頭を埋めた。

 

「あちしは……こっちに戻って来て良かったのかえ?」

「あぁ。言うのを忘れていたから今更ながら言わせてもらうよ。お帰り。ロキ」

「うぅぅ//ただいま//」

「これからはずっと三人一緒だ。相変わらず頼りないけども、フェンリルと一緒に俺についてきてくれ」

「……もちろんじゃ//このたわけっ//女を泣かしたバツじゃ!今晩はこうして抱き締めたまま一緒に寝ろ」

 

恥ずかしそうに俺の胸に頭をぐいぐい埋めるロキ。

ちょうど掠った時に付いた傷に触れて痛むのだが、今回ばかりは仕方ないと我慢して抱き締める。

そこであることを思い出す。

あ、そう言えば……フェンリルがっ!

フェンリルが間にいるんだよロキ!

 

「ちょ、フェンリルが」

「あ……」

 

俺達は慌てて離れて見てみるが、まったく起きる気配もなく、フェンリルはスヤスヤと寝息を立てていた。

すごいな……。

いろんな意味で感心してしまう。

そんなフェンリルを見て、俺達は苦笑いを浮かべる。

 

「さて、あちし達も寝るかえ」

「そうだな……」

「お前様はしばらくは安静じゃな。身体はある程度動くかもしれんが、まだ万全ではあるまい」

「あぁ。ゆっくり休ませて貰うよ」

「よいよい。あちしのおっぱいで休むが良い」

 

小悪魔みたいに小さく笑いながらいうロキに苦笑いする俺。

そして再び俺は瞼を閉じ、眠りについた。

 

 

 

──翌朝。

朝早くから訪問者が来た。

誰かと思って玄関のドアを開けると、そこには正装のエレナーデ王妃殿下の姿があった。

慌ててロキとフェンリルをたたき起こして着替えさせ、外で待ってもらっていたので直ぐに部屋へ招き入れる。

 

「朝早くから申し訳ない。サザナミ大佐に大事な話があってきたのだ。体調の方はどうだ?」

「万全ではないですが動く分には問題ないです。それより俺に大事な話……ですか?」

「あぁ。まず先に礼を言わなければな。マスフィン大佐の件は本当に助かった。サザナミが解決をしてくれなければこの国は未曾有の危機に陥ってたかもしれない。本当にありがとう」

「……ど、どういたしまして」

「さて、本題に入ろう。今回の活躍に最大の敬意を表し、最高の栄誉を讃え、本日より貴殿の階級を大佐から二階級特進。少将に昇格する。おめでとうサザナミ少将」

 

笑顔で祝福するエレナーデ王妃殿下。

それを聞いて唖然とする俺。

二階級……特進!?少将!?

なんでなんでなんでなんで!?

一体何が起こったってだよ?

 

「ママ?」

「なんじゃ?フェンリル?」

「しょーしょーって何?」

「あぁ。まだ分からんよな。兵隊さんには自分の地位を明らかにするために階級という称号を与えられるのじゃ」

「ふーん……パパはどれくらいなの?」

 

興味津々のフェンリルにエレナーデは子供にもわかりやすく絵に描いて教え始めた。

この機会だ。

俺も少し勉強しておくとするか。

ルシュクル王国の階級制度は下等兵からスタートするらしい。

下等兵→上等兵→特等兵→兵長→軍曹→曹長→准尉→少尉→中尉→大尉→准佐→少佐→中佐→大佐→准将→少将→中将→大将→元帥→総帥。

大佐までが一般将兵が昇格できる最高位だと言われ、少佐あたりから軍の中枢を担う重要な役職に就くことになる。

それ以降は軍でさらに大きな責任の伴う重役となる。

次の階級になるには厳しい昇格試験があり、そこをクリアした者にしか与えられない。

そして上の方になる度、難易度は上がっていき、実力・名実ともに昇格の対象になる。

エレナーデ王妃殿下のお話によると、大佐から二階級特進した将兵は、ごく稀にいるらしいが入隊してたった1日で昇格した将兵は俺一人だそうだ。

そりゃそうだろうな、皆とはスタート地点が違うし。

ちなみにエレナーデ王妃殿下はこの国の軍という組織そのものを統率するため、総帥という事になる。

つまり、俺は入隊したと同時に下等兵からの段階を一気にすっ飛ばし、一般将兵の最高位である大佐に任命された。

その翌日、一連の事件で実力を発揮して解決した功績を認められ、たった1日で少将に昇格してしまった。

まだ入ってから1日しか経ってないのに、今回の件で昇格だって!?

……あ、ありえんだろ。

しかもこんな最短で二階級特進なんて前代未聞、異例中の異例だろ。

聞いたことはないぞ。

……二階級特進。

それは階級を一つ飛ばして昇格するということで、軍の中で著しい功績を上げた者などその実力や功績に応じて適用されるか判断される。

そもそもあれは試合と銘打った俺とマスフィン大佐の私闘で、私闘禁止のルールを破った俺は厳罰に処されるはずだとずっと思っていた。

まったく訳が分からない。

 

「王妃殿下?一つ質問よろしいですか?」

「なんだ?」

「俺は試合と銘打って私闘禁止のルールを破りました。本来ならば俺は厳罰なのでは?」

「私闘禁止うんぬんよりも今回、お前が戦わなければこの国はもっとひどい事になってた。だから今回の件は緊急対処ということで例外とする」

「例外ですか。それで二階級特進。……割に合わないじゃないですか?昨日入隊して間もない俺がですよ?殿下ならともかく、他の将校が黙っていないでしょう?」

 

突然の二階級特進の話を持ちかけられ、俺は困惑しながらもエレナーデ王妃殿下に問うた。

たしかに俺は今回の件で功績を一つ立てた。

しかし──だ。

ただでさえ、入隊直後に大佐の階級を授与され、続けざまに昇進となれば他の幹部達が黙ってはいないはずだ。

それに国の未曾有の危機に直面したとはいえ、曲がりなりにも同じ仲間を自らの手に掛けたのは紛れもない事実。

それを知った他の連中に軽蔑の目で見られるかもしれない。

──なんだ。

別にいいじゃないか、そんなの。

今更、他人の目を怖がってどうする?

俺は史上最強、最凶最悪の魔導剣士『狼剣士』ことサザナミなんだぜ。

いまさらながら尾鰭の一つや二つ、付いたところで何の変わりもないじゃないか。

皆の知ってる通り、元々俺は悪党だから。

そんな事を考えていると、フェンリルに階級制度について教えていた彼女はしばらく考え込む。

 

「サザナミ。そんなに昇格するのが嫌なのか?」

「嫌…じゃないですけれど、俺に対する評価が過剰すぎます。考え直して貰えるとありがたいのですが」

「ふむ。わかった。では階級はそのままにしよう。それとものは相談だ」

「はい?」

「私の秘書になれサザナミ。1人ではいろいろな事務作業に手が回らん。それにお前ほどの腕の立つ奴は他におらん。私は軍を束ねる指揮官をしてはいるが、恥ずかしい話、実を言うと実戦経験も皆無に等しい。何かと助言が欲しい。やってはくれないか?」

 

真顔で真剣にそういう彼女。

まさか秘書をやってくれと言われるとは思わなかった俺は再び返答に困る。

黙って考えている俺を見てさらに付け加える彼女。

 

「私は今回の件で確信した。今や私の信頼に足る人物はお前だけだ。我が軍の幹部連中は口だけ達者な奴ばかりで、どいつも腰抜けでな。だからお前にやって欲しいのだ」

「俺が……信用に足る人物?」

「あぁ。私はお前を信頼している。私を補佐してくれ。これはお前にしか頼めない」

「そう……ですか。わかりました。事務作業の経験はない俺でよければ力になりましょう」

 

引き受けてしまった。

何の考えもなしに。

たしかに俺は彼女に恩があるし、少しずつでも返したいという気持ちもある。

それに断る理由もなかった。

誰かに頼られた事がなかったから、それもそれで嬉しかったのかもしれない。

今まで誰かに頼ることはあっても、頼られた事はなかったから。

──ふとあの頃を思い出す。

常に生きるか死ぬかの、死と隣り合わせの日々を。

力無き者、弱者には明日はない。

頼れるのは己のみ。

幾度となく絶望という淵に立たされ、何度もドン底に叩き落とされても、諦めずに死に物狂いで戦った戦慄の記憶を。

しかし、結果的に俺という人間は必要とされていなかった。

結局のところ、誰にも、誰ひとりとして。

世界に裏切られ、組織に裏切られ、人間に裏切られ、才能という資質の差に負けて捨てられた。

人としてでは無く、戦精霊を使役させる為の道具としてだけ必要とされていた。

その時、自分が歩んだ道のどこかでうんざりしていたのだろう。

だが、今の俺は違う。

こうして誰かが頼ってくれている。

それに報いなければ、今ここにいる俺の存在する理由にはならない。

そうでなければ、ロキとの約束も果たせない。

引き受けると聞いた彼女は目を丸くして俺を見る。

 

「……そうか!ありがとう!」

「いえいえ。殿下の頼みを無下に断れませんからね」

「え……」

「それに俺は……本来ならば法によって裁かれ、処刑されているはずの最低最悪の屑人間です。その命をあなたはこうやって救ってくれた。俺を認めてくれた。だからこの命は貴女のものなんです。是非この命、あなたとこの国の人々の平和な未来を作る為に使わせてください」

「……サザナミ大佐」

 

俺はちょっと微笑みながら、はにかみながらそういうと、彼女は嬉しそうに頬をほんのり赤らめた。

……それを見て俺は思う。

普段はあんなに気丈に振舞って、まったく笑う事もしないクールな印象の王妃殿下が、笑うとこんなにも可愛らしいのかと。

わずか10代という若さで父の国王の座を譲り受け、国を統べるというとんでもないプレッシャーと戦っていたのだろう。

だから彼女は笑わなくなった。

──笑うという事を忘れた、のかもしれない。

一連のやり取りを遠巻きに見ていたロキの冷ややかな視線がグサグサと突き刺さる。

……何でだろう?

今のロキの視線には禍々しい殺気まで感じるのだが。

 

「サザナミ。直ぐに手伝えと言いたいがとりあえず今日1日ぐらいはゆっくりしていろ。大事では無いとはいえ、怪我人を無理やり使うほど私も鬼では無いからな」

「わかりました。殿下のお言葉に甘えて今日は休ませていただきます」

「それでは私は仕事に戻る。暇があればまた来よう」

「お姉ちゃん、またね!」

「うむ。またな」

 

そう言って彼女は部屋を去っていた。

……今日1日休みか。

ゆっくりとベッドへ横たわり、天井を眺める。

しばらく何か出来ないかと考えていると、ふとある事を思い出す。

そう言えば、俺が受け持つことになった部隊のメンバーに軽くしか挨拶していなかったな。

これからお世話になるんだ。

ちゃんと挨拶してこよう。

今日は一応、休みってことだしね。

でもみんな訓練しているはずだから、やっぱり訓練所にいるのかな?

よし、いってみるか。

何故か布団に包まり、尻尾を出して振りながら不貞寝しているロキ。

エレナーデ王妃殿下が描いていった絵を見て、真剣に勉強しているフェンリルを尻目に俺は部屋を出る。

軋む身体をほぐすため、軽くストレッチをしながら通路を歩き、王宮の外れにある彼女らが実戦を想定して練習しているという訓練所にのんびりと向かう。

わざわざ俺達が住む兵舎の真反対の方向に造る意味があるのかな?

王宮の外れというからには、やっぱり何か訳があるのかもしれない。

──向かって歩くこと数十分。

まぁ。すぐに着くだろうとタカをくくっていたのだが、思っていたよりもずっと遠かった。

王宮の外れ、やたらと木々が生い茂る場所にたどり着く。

そこから見えてきた建物に近づいていくと、突然、どこからか激しい剣戟の音が響いてきた。

驚いた俺は咄嗟に木陰に隠れ、恐る恐る辺りを見回す。

……な、なんだろう?

ま、まさか敵襲か?

 

 

 

「はぁああああっ!」

 

 

 

気合いの入った女の子の声が聞こえたと同時に、隠れていた木陰のすぐ隣の茂みを突き破って少女が吹っ飛んでいった。

 

「ぎゃああああっ!?」

 

少女が吹っ飛んでいった、という予想外の出来事に俺は情けない悲鳴を上げてしまう。

その声を聞いて、他の子達も慌てて駆けつけて来た。

 

「一体、何事ですか!……って、サザナミ大佐っ!?」

「や、やぁ……ライラ」

「ど、どうしてここにいるんです?今日は非番だと殿下からお聞きしていましたが?」

「あぁ、ちょっとね。俺の部隊のみんなが訓練しているってきいて。見に来たんだ。そう言えば、まだみんなの名前を覚えてないし」

「そ、そうですか!もしよろしければ、改めて自己紹介も兼ねて参加していきますか大佐?」

 

初めて会った時のように、金髪の前髪を揺らして優しく微笑みながらそういうライラ。

しかし、着ている魔装具は安全形態(セイフティモード)ではなく、完全武装形態(フルウエポンモード)にしているように見えた。

安全形態とは、ほぼ全ての魔装具に組み込まれており、出力する魔力を極限まで抑え、相手を負傷させないようにするためのものである。

反して完全武装形態は魔装具自体が持つ能力解放(アビリティ)が使え、敵と戦える状態のことを指す。

魔力ブーストなどの追加効果で通常の身体能力や使っている武具を強化したりする。

安全形態とは違い、人や魔魂蟲などに対して非常に優れた殺傷能力を有している。

簡単に言えば、完全武装形態は“人を殺せるという事”だ。

他にも軽量装甲化(ライトアーマー)魔力充填化(チャージング)自動回復化(オートリペア)など個々の魔装具によって様々なアビリティの種類がある。

中には一つの魔装具に複数個のアビリティが備わってるものがあるという。

プラスの能力だけではなく、マイナスの能力ももちろん存在する。

ちなみに魔装具は使い手の得意分野の魔導や性格などに起因したアビリティが備わっている。

それに準じて予想を立ててみた彼女の魔装具──やたらと露出の多い紫色の魔装具の完全武装形態か。

どちらかというとこの魔装具の能力は、強化重装化(パワードアーマー)といった感じかな。

使っている武具が自分の背丈ほどある大剣なので、この華奢な身体のライラが振り回せるとは到底思えない。

おそらく、魔装具の能力で足りない筋力の補助し、そして武具の種類から最前線で被弾率が高いポジションに身を置く事が多いため、見た目にはわかりにくい魔力の鎧をさらに魔装具の上に着て防御面を強化。

いわゆる、大剣を使いこなす為の超前衛仕様の能力と思われる。

まぁ、憶測でしかないがね。

実戦を想定した訓練というのは、もしかしてこの事らしい。

魔装具の能力開放した状態で訓練をするというのは、魔導剣士の訓練で通常ならば有り得ない。

もしも当たりどころが悪ければ、相手が死んでしまうからだ。

それだけのリスクを伴う、非常に危険な方法である。

何か理由がありそうな気がするが、今はまだ聞かなくてもいいか。

 

「参加していこうかな。まぁ、死なない程度にお願いします」

「よろしくお願いします!あ、大佐?魔装具は?今日は1対1での模擬戦になりますよ?」

「模擬戦か。えーっと、魔装具は無しで。もともと俺にとって魔装具は飾りでしかないようなものだからね」

「無しですかっ!?下手したら死んじゃいますよっ!?」

「大丈夫大丈夫。うーん、この長い棒と短い棒で良いかな。よし。さ、始めようか」

 

そのへんに落ちていた大小2本の木の棒を拾う俺。

それを見て慌てふためく彼女。

確かに完全武装形態の魔装具を装備した魔導剣士を相手に生身の人間、一応、魔導剣士ではあるがそのまま掛かって行ったら大怪我では済まないだろう。

──確実に死ぬ。

それくらいの戦力差は見れば誰でも分かる。

だが、これは模擬戦だと彼女は言った。

怪我をすることはあっても、死にはしないだろう。

そうタカをくくっていた。

それに自分が率いる部隊の面々だ。

各個の戦闘能力を見極めるにはいい機会だし。

知っておきたいことでもある。

 

「せめて魔装具が装備してください!模擬戦で死なれたら話になりませんよ!」

「あぁ、それもそうだけど……ごめん。今は持って無いんだ。拿捕された時に没収されて」

 

苦笑いしながら言う俺を見て、小さな身体には似合わない大きな胸を揺らして大きくため息を漏らすライラ。

まさか俺が着ていた魔装具が、今はロキが着ているなんて口が裂けても言えない。

というか言いたくない。

そういう訳で嘘をついて誤魔化す事にしたのだ。

 

「ダメ、ですかね?」

「はぁ、仕方がありませんね。私達が所属する部隊の構成員は隊長の大佐を含めて6人です。隊長が参加すればちょうど3組に分かれる事が出来ます」

「はい」

「ですが、魔装具が無いのであれば同じようにこちらも魔装具を外さなければフェアじゃないです。それで良いですね?」

「了解しました、ライラ殿」

 

仕方なさそうに言うライラに、陽気に敬礼をする俺。

ライラは今、対戦している相手がいるらしいので、訓練所に行けば中で余った1人が休憩しているそうだ。

彼女の邪魔をしないように、2本の木の棒を投げ捨ててそそくさと訓練所へ向かい、扉を開けて中に入る。

訓練所の中は、訓練で使われたと思われるボロボロの木刀やら鉄アレイ、トレーニング用の器材が所狭しと並んでいる。

中には鉄で出来た模造刀などもある。

……何に使ったんだろうか?

疑問に思いながらゆっくりと奥に進むと、奥のベンチに座るピンクブロンドのゆるふわカールのかかった、小柄な可愛らしい女の子が体育座りで座っていた。

 

「やぁ」

「ひっ!……だ、誰?」

「えーっと、俺はサザナミ。君の所属する部隊の隊長なんだけど。知ってる?」

「あ、はい。……すみません。あたし人すごい見知りなんで驚いちゃいました。ごめんなさいごめんなさい」

「そっか。謝らないで。こちらこそ驚かしてごめん。君の名前は?」

 

すごく怖がりなのか、ビクビクしながらしゃべる彼女を見て困りながらも気さくに話そうと努力する俺。

そういう俺をまじまじと見つめる彼女。

 

「……マ、マリナです」

「マリナちゃんか。よろしく」

「よろしくです」

「こちらこそ。それで急で申し訳ないけど、俺の訓練の相手してもらえるかな?」

「訓練……?あたしで良いんですか?」

 

やっとのことで会話しているような感じにはなったが、少しは話せるようになったか。

俺が訓練の相手を申し込むと、彼女は不安そうに俺を見上げてそう問い返す。

何かまずいことでも言ったかな。

ちょっと不安になり、顔が引き攣る俺。

 

「あたし……強いですよ?その、大丈夫ですか?」

「おう。大丈夫だ」

「……そう、ですか。ふふふ。楽しみ」

「アハハ。そうそう、魔装具は無しでお願いするよ。俺、魔装具持って無いからさ」

「……わかりました。それでは準備して来ます。外に出て待っててください隊長」

 

マリナの問いに俺がいいと言うと、一転、怯えていた彼女は不気味に口元を緩めて笑った。

それを見て背筋になんとも言えない寒気が立ったが、気のせいだと自分に言い聞かせる俺。

彼女は準備をするというので俺は退室しながら、模擬戦で使えそうなものを漁っていた。

やはり気になっていたのは、理由は分からないが置いてあった模造刀だった。

手に取って見ると重さ、長さにいたるまでびっくりするほど銀狼刀と同じぐらいだった。

そしてもう一振り、その模造刀の近くから見つけた。

こちらはさきほどの模造刀の半分程度の長さの脇差みたいだった。

よし、この2本を使おう。

2本ともに鞘も見つけ、長い方を背中に背負い、短い脇差を腰に指す。

準備万端で外に出ると、準備を終えたと思われるマリナが佇んでいた。

言った通り魔装具は装備しておらず、代わりに着ていたのは普段着ていると思われる可愛らしいフリルの付いた黒いワンピースだった。

華奢でスレンダーな身体には似合う、可愛らしい格好ではあった。

だが、その小さな手に持つある物に、俺は言葉を失った。

 

「……隊長。お待ちしてました」

 

かしゃり。

彼女はそれを俺の方に向けて、そう言い放つ。

マリナが両手に握っていた物、それは──。

真っ黒な拳銃、だったのだ

拳銃自体はおよそ100年前ぐらいに製造され始めた近代的な武器で、100年経った今でも高価な製品の上位に入る。

軍隊に拳銃を配備している国はあまり聞いたことはいないが、よほどお金持ちなのを誇示したいのだろう。

それほど拳銃は高価なのだ。

原因は造るための資材の希少価値が高くあまり採れないため、軍隊に配備するために量産するのが困難。

また銃を専門に造る鍛冶師も時代と共に少なくなったからとも言える。

紙幣価値は国によって様々なので、一概には言えないが、ルシュクル王国の紙幣価値で例えるなら一丁で平屋建ての家が建てれる。

もっと言えば一丁で小さな商店の商品をまるまる買える。

なのでさほど珍しくは無いが彼女が握る物は全く違う。

魔力を凝縮して塊にし、亜光速で撃ち出す。

最近、あるイカれた発明家によって生み出された、近代魔導兵器の先駆け的な存在。

──魔導と人工兵器の融合。

またの名を『魔銃』という。

遠距離から攻撃できる飛び道具と言われ、邪道と魔導剣士達から酷く疎まれてきた武器。

そういう風潮もあり、市場や生産されているかどうかも分からない代物だ。

俺も見るのは初めてだったから、びっくりして言葉が出てこなかった。

魔銃を扱うには、魔力を細部に至るまで器用に操作する技術と、撃ち出す度に消費する魔力を充分に賄えるほどの許容量を持つ者で無いと使えないと聞いた。

それほど扱いが難しく、使い手を選ぶ武器なのだ。

しかも彼女──マリナの場合は二刀流ならぬ二丁流だ。

一丁でも扱うのに難しいのに、二丁を扱うとなるともはや神業に等しいレベルになる。

それに、相手の懐に飛び込んで攻撃するクロスレンジが得意な剣士と、間合いの外、アウトレンジからの攻撃が得意な銃士では剣士にとって最悪なマッチングだ。

誰が言うまでもなく一目瞭然。

勝てるはずが無い。

──なるほどね。

マリナが何故、強いと自分で言った意味がようやくわかった。

魔導剣士が主体の部隊で、唯一、アウトレンジから攻撃できる魔銃の使い手。

そして間合いの外では、実戦経験の無いライラ達はなすすべが無い。

もちろん、対戦経験のない俺もだ。

つまり、部隊の誰が相手だろうと1人勝ち。

 

「魔銃か……さしずめ『魔導銃士』ってところかな?マリナちゃん?」

「……隊長も魔導剣士でしょ?だったらあたしの敵じゃない」

「ま、やって見ればわかるさ」

「そう。すごく楽しみ」

「魔銃を使う相手なんて初めてだからね。俺も楽しみだよ。さぁ、思う存分、暴れようぜ!」

 

腰の脇差を右手で鞘から抜き放ち、背中に背負う太刀の柄を左手で握るが、鞘からは抜かない。

そのまま右足を前に出して腰を屈め、右手に握る脇差の切っ先を正面に突き出すという、独特な構えを取る俺。

マリナも両手に握る魔銃の銃口をこちらに向けて、臨戦態勢に入る。

緊張感という感覚が、具現化した糸みたいに張り巡らされ、2人の身体を縛ったような状態に陥る。

そよぐ風、ざわめく木の葉。

互いに集中力を高めているため、無音に等しい空間が広がる。

なんとも言えない高揚感が、身体を支配する。

未知の能力を持つ相手に遭遇した時、こんな感じになるのだろうか?

どんな戦い方をするのか、見てみたいという気持ちがいつにも増して強い。

それと同時に、こんなに強い部下を擁する部隊の隊長になれた事を、心のどこかで喜ぶ自分がいた。

何故か楽しみで仕方がなかった。

互いに微動だにせず、ただただ静かに相手の出方をうかがう。

マリナも俺を警戒はしているのは、見るからにわかった。

明らかに銃のグリップを握る、小さな手には力が入っている。

それに俺が今までの相手とは違うということをおそらく本能で分かっているのだ。

五年もの歳月が過ぎても風化せず、世界で語り継がれてきたあの狼剣士と呼ばれた男が目前で2本の模造刀を構えている。

だから今まさに動けないでいるのだろう。

そんな中、ついに静寂が引き裂かれた。

──ドンッ!!

突然、鳴り響く、1発の銃声。

鮮やかなマズルフラッシュを閃かせ、漆黒の魔銃の銃口から、魔力で生成された弾丸が飛び出す。

俺は目測で弾道を読み取り、咄嗟に身体をねじり、間一髪のところで迫って来た弾丸を躱す。

凄まじい音とともに地面を抉り、小さなクレーターを作り上げる。

初弾を外してしまったことにマリナは露骨な舌打ちを鳴らす。

その銃声を皮切りに態勢を立て直しつつ、俺は姿勢を低くして思い切り地面を蹴飛ばし、まるで風のように彼女へ目掛けて駆け出す。

アウトレンジからの攻撃ならば、アウトレンジにさせなければいい。

ただ単純にあえてこちらから懐に飛び込み、クロスレンジに持ち込めば勝機があると俺は踏んだのだ。

しかしながら、マリナはまだ攻撃の手を緩めない。

その先を読むように、彼女は正確に俺を狙って魔銃を連射。

まるで連発花火のように、次々とマズルフラッシュがマリナの前で光り輝き、放たれた弾丸が俺へ飛来する。

──くそっ!

弾丸を躱す余裕が無い!

亜光速で飛来する、魔力の弾丸を見極めれるわけが無い。

感覚だけで間髪躱してはいたが、いくらなんでも厳しすぎるぞ。

これを弾幕というのか。

だが、今ここで脚を止めるわけにはいかない。

文字通り、蜂の巣にされてしまう。

仕方ない!一か八かだ!

 

「はぁあっ!!」

 

遠くでマズルフラッシュが見えたのと同時に、右手に握る脇差を思い切り振り抜く。

その瞬間、振り抜いた脇差の刀身に衝撃を感じ、それを押し返すように振り切る。

何かが弾き飛ぶような音が響き渡り、弾道が反れた弾丸が俺のすぐ脇の地面を深々と穿った。

まぐれのつもりで適当に振り抜いた脇差が、どうやら飛来した弾丸を弾いて弾道を反らしたらしい。

その直前、俺は微かに弾丸を見ることが出来た。

色鮮やかな虹色に輝き、煌めく尾を引いていて、まるで流星のようでとても美しかった。

しかし、亜光速で向かって飛んでこようならば、そんなふうに見る暇さえ与えずに撃ち抜かれてしまうだろう。

だが、ネタさえバレればこっちのものだ。

 

「まさか……あたしの魔弾をたった数発で見切ったっていうのっ!?嘘だっ!!そんなの有り得ないっ!!」

 

偶然にも魔弾を弾いた俺を見て、驚きの声を上げるマリナ。

それを聞いた俺は無言で不敵に笑む。

もちろんそれはハッタリだ。

弾き返した瞬間は見ていたが、実際に飛来する魔弾を見切ってはいない。

マリナの今の心理を逆手に取って、ハッタリをかまして焦らせるためだ。

それで焦らせてマリナが貯めてある魔力をスッカラカンにするというのが、俺が勝つ為のプランの2つ目。

魔力許容量によっては、長期戦になるかもしれないがそれは分かっている。

それを俺が最も得意とする間合いを取りながら同時に行う。

間合いを詰めて少しずつ威圧を掛け、見切ったというハッタリで心理的に焦らせ、蓄えた魔力を撃ち切らせる。

魔力さえ無くなれば、魔銃は本来の意味をなさないガラクタ同然。

さて、マリナはこの作戦にどんな手を打つのだろうか?

俺は再び脇差を構えると、疾風の如く早さで駆け抜け、マリナとの間合いを狭めていく。

一方、ハッタリを間に受けたマリナは絶対に弾き返すことは無いと思っていた魔弾を見切られたことに衝撃を受け、とても混乱し、いつも以上に焦っていた。

 

(そんなはずはない!絶対に有り得ない!あたしが生まれ持つ体質(スキル)──自分が使用する魔弾に対して様々な効果を付与させることができる『付加魔弾生成(エンチャントバレット)』で不可視の効果を付けた魔弾なのにっ!!)

 

また間合いを一気に詰めてくる隊長を見て、今までにないくらい焦りが募る。

なんなのよ一体!?

今まで模擬戦の相手した魔導剣士達の中でこんな人は一人もいなかった。

あまりにも奇想天外な動きをするので、頭がイカレてるのかとも考えてしまったぐらいね。

普通、降り注ぐ魔弾の雨の中、真正面から突っ切ろうとするなんて!!

──マジで有り得ない!!

撃ち込むにはあまりに近過ぎると判断したあたしは、大きく後ろに飛び退いて彼との距離を置く。

付加魔弾生成は魔力が切れるまでその効果を魔弾に付加し続ける。

──まぁ、永続性の付加魔導みたいな感じね。

途中で魔弾へ付加する効果を変えたいとなると、再び付加した魔弾を魔銃へ込め直さなきゃならない。

そうなると変更後の魔弾を撃てるまでに最速でだいたい30秒のタイムロスが発生する。

二丁流の場合、一丁30秒と考えて交互に込め直すと最低に1分以上のタイムロスがある。

その間、攻撃する手段が無くなり、無防備になってしまう。

あたしは格闘技は得意ではないので、近接戦闘は苦手なのだ。

それがあくまであたしの体質の欠点でもある。

あとこんなに近くまで迫られると、うっかり急所に魔弾を撃ち込みそうになってしまう。

お互いに魔装具を装備していない今、そんなことをしたら大怪我では済まない。

怪我はさせたくない、だけどあたしのプライドに懸けてこの勝負は勝ちたい。

あたしよりも強い人に!

その二つの思いが、心の隅でジレンマを引き起こす。

とにかく、一旦、退いて態勢を立て直さなければ。

 

「てりゃっ!!」

「ちぃっ!」

 

再び距離を取り、あたしは魔弾を込め直そうとするも、あっという間に間合いを詰められ、振り抜かれた脇差があたしの頭の上を掠めていく。

刹那を見切って咄嗟に屈みながら、大きく踏み込む彼の足元を目掛けて魔弾を撃ち込む。

──ドムドムッ!!

銃声と共に放たれた弾丸は地面を穿ち、小規模なクレーターを形成する。

数センチとはいえ、足元にあるはずの地面が下がったので踏ん張っていた彼は前のめりになり、まるで何かに躓いた様に大きく態勢を崩す。

あたしはその隙に大きく飛び退いて距離を取り、素早く右手に握る魔銃に魔弾を込め直す。

通常は魔銃へ魔力を供給し続ければ、絶えず魔弾を連射できるのだが、あたしの体質上、この操作が必ず必要になる。

魔銃への魔力の供給を一度遮断し、また別の効果を持つ魔力を供給すればそれで完了だ。

だがしかし、あまりに焦っていたのか、緊張していたせいか、別の効果を付与した魔弾を上手く装填できない。

ただでさえ焦っていたのに、さらに焦ることになってしまった。

 

「……なるほどね。足元に撃ってすっ転ばせるなんて考えもしなかったな」

 

足元を抉られて盛大にすっ転んだ俺はゆっくりと起き上がり、感心の声を上げる。

あの脇差が届く間合いで俺に魔弾を撃てば、少なくとも俺を戦闘不能に出来たはず。

狙いどころによっては、死ぬかもしれなかったが。

それをあえて足元にしたのは、おそらく時間稼ぎだろう。

……なるほど。

踏ん張っていた俺の右足の両サイドぎりぎりで魔弾を撃ち込み、抉ったクレーターのわずか数センチの高低差で俺の重心を狂わせ、態勢を崩させたというわけか。

なかなか考えそうで頭になかった発想だし、あの一瞬の間にぎりぎりの射角で正確に足元へ撃ち込むとは大した腕前だと俺は思う。

それは魔導における、魔力操作に関する技能に長けているという証明にもなる。

ここまでの腕前の子がいるなんて予想外だった。

魔導剣士に見放された国と他国には言われていたこの国で、こんな魔導の才能がある子がいたとは誰が思っただろう。

いや、楽しいね、ホントに。

距離を空けていたマリナへ向かい、再び走り出す俺。

それを見たマリナは素早くこちらへ銃口を向け、トリガーを引いて迎撃して来る。

鳴り響く銃声、飛来する魔弾。

銃口の向きや角度から弾道を推測し、弾道から外れるように俺は素早く回避行動を取る。

しかし、それは無意味だった。

──バシュ!!

突然、何かが掠めたような音とともに右肩に激痛が走り、右手に握っていた脇差を地面に落としてしまう。

……な、何が起こった?

弾道から外れるように動いたのに当たったとでもいうのか?

この一瞬の状況が飲み込めない俺。

 

「あれ?さっきの勢いはどうしたの?隊長?」

「どうもしない。続けようぜ」

「ふふふ。銃口の角度から弾道を予測してたみたいね。でも次からそれも無意味だよ」

「……はぁ。バレたか」

「諦めて降参する?まだやる?」

 

してやられた。

もしかしたら彼女は魔弾を自由に操れるのか?

そうだったとしたら、もう俺に勝ち目は無い。

魔弾を操って死角から撃ち込まれたら、もう対処のしようがない。

それでこそお手上げ状態だ。

でも、そんな都合の良い話があるわけない。

何かあるはずだ。

彼女が隠している仕掛けが。

脇差を拾い、再びあの構えをする。

まだ左手に握る、鞘にしまった太刀は使っていない。

抜いてすらいない。

なぜなら、これは一撃必殺のカウンターに使うからだ。

これを使う条件は一つ。

相手の懐に飛び込まなければいけない。

ふと視界にライラと他の三人の姿が映る。

遠巻きに見ていた四人は、不安そうな表情で俺を見ていた。

もう見切れないなら視覚に頼る必要は無いだろう。

研ぎ澄ました感覚に委ねるしかない。

俺はゆっくりとまぶたを閉じた。

数メートル前にマリナの気配を感じる。

あまり長引かせるとこちらも不利になる。

これで最後にしよう。

そう決めた俺はゆっくりと前に歩み出す。

その瞬間、複数発の銃声が鳴り響く。

魔力の塊が凄まじい速さで接近するのが、視界を使わないで研ぎ澄ました感覚で把握できた。

それは弧を描き、俺へ迫る。

普通、弾丸は真っ直ぐに飛ぶ。

これは明らかに軌道が違う。

──もしかして追尾(ホーミング)か!?

素早くサイドステップで横に移動すると、飛来する魔弾は俺に合わせて軌道を変えた。

なるほどね。

これなら弾道から外れても当たるわけだ。

ならば、やる事は一つ。

──迎撃するのみだ。

ゆっくりと態勢を前に傾け、勢い良く駆け出す俺。

それに合わせて魔弾はまるで生きているかのように、軌道を自力で修正し、俺に対して正面から迫って来た。

左手に握る太刀に力を入れ、タイミングを見計らって回転しながら勢い良く抜き放つ。

抜き放たれた太刀は、綺麗な螺旋を描きながら迫って来る複数発の魔弾を一刀両断。

そのまま太刀を背中の鞘に収め、追撃を迫る次の魔弾を脇差で斬り払い、止まることなく一気に間合いを詰めていく。

 

「そんなバカな!?来ないでっ!!」

「もらったっ!」

 

俺は至近距離に踏み込むと、最後の足掻きと言わんばかりにマリナは俺へ目掛けて魔銃のトリガーを引く。

それをあらかじめ構えていた脇差で斬り払い、身体を捻りながら背中の鞘に収めた太刀を勢い良く抜き放つ。

 

「ひぃいいい!!」

 

マリナの悲鳴が響き渡る。

勢い良く抜き放たれた太刀の刃は、何とマリナの鼻先数ミリ前で寸止めされていた。

 

「一本。俺の勝ち」

「ふぇ!?」

「この模擬戦、俺の勝ちだ」

「うぅぅ」

「なかなか強いなマリナ。これなら実戦でも大丈夫だ」

 

ゆっくりと太刀を背中の鞘に収め、脇差を腰の鞘に収めながらいう俺。

相当怖かったのか、座り込んだマリナは立てなくなっていた。

そして泣き出しそうになっていた。

 

「まさか……あの連戦無敗のマリナっちが負けるなんて」

 

遠巻きに見ていた四人のうちの一人がそうポツリと呟く。

最後の瞬間まで見ていたライラ達はただただ黙って見ているしかなかった。

彼の戦い方は、私達が知ってる戦い方の次元を遥かに超えていたからだ。

しかも、戦っている最中、一回も魔導すら使わずに、部隊唯一の魔銃の使い手を倒した。

──これが、私達の隊長。

最凶最悪の魔導剣士『狼剣士』と呼ばれた彼の実力。

見ていた四人はその異常とも言える強さに圧巻され、魅入られ、言葉さえも失ってしまっていた。

 

「たいちょー!」

「やぁ、模擬戦お疲れさん!早々で悪いけどマリナの介抱を頼めるかい?びっくりして腰を抜かしたみたいで」

「はいよ!任せて!」

「隊長!お疲れ様です!すごくカッコ良かったです!」

「いやいや。カッコ良くないよ」

 

他の二人はマリナの介抱に向かい、隊長は疲れたのか、その場にどっかりと座り込む。

一緒にいた女の子が目を輝かせながら駆け寄り、座り込んだ隊長と話す。

これが私達と彼の初めての出会い。

そしてこれから始まる、私達の激しい戦いの序章に過ぎなかった。


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