──ルシュクル王国エルクレス王宮内。
いろいろあったがサザナミを我が軍の大佐に無事迎え、一段落したので私は自室に戻って次の戦いに向けての準備を始めた。
その前に、サザナミを軍に入れるのに反対したマスフィン大佐の動向も気になるので、気付かれないように親衛隊を使って追跡・監視させている。
地位も名誉も剥奪される可能性を示唆した上で下手をすれば自暴自棄になり、自分が処刑される前にサザナミを刺し違えてでも殺す可能性が高い。
故にあの2人の接触は極力避けさせるためというのもある。
あの連中は自分達が住む国のことよりも自分の地位を上げる事しか考えてないし、それに伴うリスクには関係なくどんな手段も選ばない。
警邏隊へ密かに親衛隊を潜り込ませて調べさせてみれば、賄賂で他者を蹴落して金の力だけでのし上がってきた輩だ。
悪行がバレて処断されるのも当然の条理であろう。
それに今、この最弱国で唯一無二の戦精霊を使役できる魔導剣士サザナミを失うわけにはいかない。
この先、この国の大きな命運は彼に掛かってるとも言えるのだから。
マスフィン大佐を処断した事を『狼剣士を処刑』という偽の情報に改竄して他国に流し、狼剣士が生きているとバレないように手を打たなければ他国から彼を狙われる。
情報操作も敵を欺く作戦の一つだ。
もしも狼剣士が生きていて、私に仕えさせて事が割れ、直ぐにでも他国に攻め込まれたら疲弊しきったこの国はひとたまりもない。
出来うる限り、穏便にことを進めて皆の準備を整え終わるまで待ち、そして隣国からじわじわと攻め落とす。
この国がこの荒れ果てた乱世で生き残るにはそれしか道は無い。
後戻りはもう出来ない。
それに、一目見たときから何故かサザナミの事が頭から離れない。
何だろう……このモヤモヤした気持ちは。
「はぁ……」
ため息をついてテーブルの地図を眺めては、また溜め息をつく。
私は疲れているのだろうか。
いや、そんなはずは無い。
そう自分に強く言い聞かせ、頬を強く叩いて喝を入れる。
次の戦いで我が国の連戦連敗の連鎖を断ち切るための一勝を勝ち取る。
その作戦を練らなくては。
しかし、次の戦場となるのが予想されるのは近郊に広がる『エスツィムル樹海』なのだ。
そしてその樹海を隔てて向こう側にある国『ヘルズヘイム公国』が着々と領土拡大・資源確保のために準備をしていると偵察に放った部下からの情報を手に入れた。
エスツィムル樹海は加工しやすい木材や稀少な地下鉱石、美味しい天然水などの人々が生活する上で必要な資源が豊富。
古くから隣接するルシュクル王国が領土として大切に管理していた。
だが、資源不足の深刻化で追い詰められたヘルズヘイム公国は隣接する資源の宝庫であるエスツィムル樹海に目を付け、私達へ堂々と宣戦布告を仕掛けてきた。
連戦連敗の弱小国だろうと踏んで来たのだろう。
そうは言わせない。
言わせたくない。
だが、ヘルズヘイム公国は魔導に精通した高度な文明を持ち、複数人の魔導剣士を有する部隊を持っている。
しかもその部隊長は世界に名を連ねる腕を持つ魔導剣士と聞いている。
その強さは鬼神の如し、燃え盛る青い炎の魔導剣士。
一番の考えどころはそこだろう。
ロベリア・レジストリ。
──通称・煉獄の蒼き鬼姫。
それが彼女の名前だ。
私と同じ炎の魔導を得意とし、攻め入った敵国全土を焦土に変えたという逸話を持つ世界に名を連ねる恐ろしい少女。
事実、彼女の手によって焦土となった国がいくつもある。
彼女もまた、世界に散らばる戦精霊を探しているとも聞いた。
同じ炎の使い手とはいえ、その実力は天と地もの差がある。
悔しいのは山々だ。
いくら最凶と謳われた伝説の魔導剣士『狼剣士』とて一筋縄ではいかない相手だ。
「うーん……」
そんな絶望的な強さを持つ敵に勝てる作戦なんてあるのだろうか。
出来れば彼女が出てくる前に決着を着けなければ、この戦いの勝算は無いとも思える。
それに戦場となるのは、あの迷宮のような入り組んだ地形の樹海だ。
地形を把握してなければ戦いを有利に進める所か、劣勢を強いられる可能性もある。
寄せ集めの素人集団とも言えるサザナミ隊を出陣させてでも勝ち目は無い。
……一体どうすれば良いの。
窓の外はもう日が傾き、薄暗くなり始めていた。
「絶望……だわ……」
今晩の作戦会議までに良い案が浮かぶとも思えない。
私はとうとう机に屈伏して頭を抱える。
その時だった。
不意にノックの音が部屋の中に響き、びっくりして抱えていた頭を起こして慌てて姿勢を正す。
部屋に入ってきた兵士が膝を付き、私の前で頭を下げる。
「どうした?」
「報告です王妃殿下。マスフィン大佐が兵舎にてサザナミ大佐と接触しました」
「何?接触しただと?」
「はっ!どうやら手合わせの約束を取り付けたようです」
「手合わせ?なぜだ?こんな時に試合をするなぞ何の意味がある?」
こんな時に試合する意味が私には分からなかった。
マスフィン大佐の意図が全く読めない。
先程、前もって敷地内での私闘を禁止していると言ったはずじゃなかったか?
私闘……試合……。
ちょっと待てよ?
仇討ちをするという意味では、私闘を試合と言い換えてサザナミを殺す事も出来る。
便宜上、試合と言い換えれば私闘にはならない。
「ま、まさか!?マスフィンめ!」
「どうなさいました?王妃殿下?」
「手合わせというのは奴の方便に過ぎない。おそらくアイツの目的は試合という名ばかりのサザナミとの果し合いだ!抜かったわ!」
「なっ!ならば今すぐにマスフィン大佐を捕縛しますか!?」
「ちっ……行為に及ばなければ現行犯として罰する事も出来ぬ。今すぐ捕縛して尋問したところで、はぐらかされるのは目に見えてる。口だけは達者だからな。それでは捕縛する意味が無いだろう」
くそっ。
私は思い切り机に拳を叩きつける。
警戒はしていたが、次の作戦を考えるあまり頭から離れていた。
まさかこんな早く動くとは思っていなかった。
この先の自分の命が無いと分かっての暴挙に出たか。
「試合は何時から始まる?」
「本日の夕刻だと思われます!」
「うむ。もう始まるのか。試合が始まる前に私を呼べ。それまではバレぬように監視を続けろ。いいな?」
「王妃殿下!そのような格好でどこへ行くのですか!」
「兵舎だ!サザナミを引き止めに行く!」
私は部屋着もとい白いキャミソールのままで勢いよく部屋を飛び出し、全力疾走でサザナミの部屋に向かった。
サザナミとマスフィンを絶対に戦わせてはいけない。
アイツは敵を倒すなら、どんな汚い手を使って来るか分からない。
最悪、サザナミの命が危ない。
せっかく見つけたこの国の、私の希望を、ここで失うわけにはいかない!
もっと早く!早く!
間に合ってくれ!
道行く兵士に変な目で見られたが、今はそんな事を考えてる暇はない。
「サザナミ!」
ようやく部屋に着いた私は勢いよく扉を開けて叫ぶ。
「うるさいのぅ。部屋に入る時はもうちと静かに入って来ぬか」
そこにいたのは少年のような青年ではなく、巫女装束を着た麗しい獣耳の美女だった。
それによく似た小さな少女の姿も見られる。
その少女は驚いたのか、おどおどとその美女の背中に隠れている。
部屋を間違ったのかと一瞬思ったが、間違うはずはない。
ここはサザナミの部屋のはずだ。
キョロキョロと辺りを見回すも、サザナミの姿はない。
「おい!ここはサザナミの部屋だ!なぜお前たちがいる?サザナミはどこだ?」
「随分な言い草じゃの?失礼じゃが旦那様は今は留守じゃ。そもそもお主は誰かの?」
「旦那様?私はエレナーデ。この国を統べる王妃だ。そういうお前たちは誰だ?」
「王妃?そうは見えんがの。王妃様がそのようなはしたない格好をするのかえ?まぁ、追求はせんが。あちしはロキ。古より伝わる最古の銀狼の戦精霊じゃ。そして旦那様、サザナミの妻じゃ」
「戦精霊……妻!?戦精霊が魔導剣士の妻だと!?」
心の底からびっくりして叫びかけると、ロキは慌てて口を塞いで部屋に引き込む。
「あまり騒ぐなエレナーデ様よ?娘のフェンリルが怯えるではないか」
「わ、わかった!わかったから離せ!」
「ふむ。分かってくれればいいのじゃ。そいで王妃様があちしの旦那様に何の用かえ?」
「そうだった!サザナミはどこに行った?私は彼を引き止めに来たんだ!」
「ぬぅ。旦那様はつい先程、闘技場へ向かったの。試合があるとかで」
美しい銀毛で包まれた獣耳と尻尾をピクつかせながらロキは言う。
「なぜ引き止めなかった!殺されるかもしれないんだぞ!」
「何じゃ?そんな事か?」
「そんな事って……心配じゃないのか!?」
「旦那様はあちしが認めた、好いた強い男じゃ。そう簡単には死なぬ。余計な心配なぞするか」
「……どうしてそんな事が言える?相手はどんなことしても殺しに来る輩だぞ!」
私は彼に迫る危険を強く訴えるも、ロキは表情一つ変えずに私を見る。
その透き通る紅い大きな瞳は、私の心さえも透かして見ているようだった。
ロキはゆっくりと歩き始め、ベッドに座ると我が子・フェンリルを膝に座らせた。
そして手招きして私を呼ぶ。
「まぁまぁ焦るな。こっちに来て座れ」
「……はい」
「案ずるな。主が思ってるほど、あちしの旦那様は柔な男じゃない。必ず勝つ。何があってもの。愛ゆえに」
「……」
「まぁ、念のために警告はしたのじゃが、旦那様はそれを知った上で闘技場に向かった。これはどういう意味かお主に分かるか?」
ロキはそう言う。
それを聞いた私は分からなかった。
罠とわかった上で挑まれた戦いを承ったのが。
分からなかった。
死地に自ら向かった、彼の気持ちが。
全く分からなかった。
下手したら死ぬかもしれないんだぞ?
それなのに、なぜ?
「私には分からない。なぜ罠だと分かって行った彼の気持ちが」
「簡単じゃの。引導を渡しに言ったのじゃ。悪行を成す相手にの」
「引導を渡しに?」
「これ以上、奴の好き勝手にさせるのを見過ごすわけにはいかないからじゃの。あちしの旦那様は、数多くの死を見てきた。数多の命を奪ってきた。だから誰よりも生命に対する重さが違うのかえ。何よりとんでもないお人好しじゃ」
「……」
……そうだったのか。
そうとしか思えなかった。
最凶最悪の魔導剣士と言われている『狼剣士』の邪悪な印象とは結びつかない。
アイツがサザナミを殺そうとしている憎しみに、彼は答えようとしているか。
そんな事はどうしようもなく何の意味もないのに。
黙り込む私に、ロキはまだ話を続ける。
「旦那様は自分の事よりも相手の事を良く考えておる。この場合はこの国の民のことじゃな。ここに来る以前、街で起った事が許せなかったのじゃろう。その元凶と決着を着けに行った」
「ちょっと待って。それは私がやる事じゃないの?サザナミがやる必要は無い」
「相手から吹っかけられた喧嘩じゃ。逃げたら逃げたで面倒な事になるのを分かっておったのじゃろう。それにお主を煩わせたくなかった。だからあちしは止めなかった。男同士の喧嘩に割って入るなぞバカのやることじゃ」
「……」
「ところで、一つ聞きたいことがある。姫様や?」
突然、ムスッとした顔で私の方を見るロキ。
その顔にギョッと驚く私。
改めて自分の服装を見て、恥ずかしくなってきた。
そういえば道行く兵士にこの姿を見られていたような。
「追求はしないと言ったが、気になって気になって仕方ないので聞くがな」
「……な、何よ?//」
「何でキャミソール姿で駆け込んで来たのじゃ?まさか……」
「こっ、これはその……//」
「あちしの旦那様をその姿で誘惑しに来たのじゃな!このメスめ!」
がるると唸り声のような声を上げて、私を睨むロキ。
慌てて私は全力で否定する。
「ち、違う!これはその……パジャマから着替えてくるのを忘れただけよ!」
「いや、違うの!その大きな乳で誘惑しに来たに決まってる!」
「そんなわけ//」
「旦那様は大きな乳が好きじゃからのぅ。まぁ主もなかなかのサイズじゃが……しかし残念じゃったな!お主の乳では旦那様は喜ばぬ!あちしの乳を目の前で揺らすと鼻の下を伸ばして喜ぶぞ?」
「なっ//」
そう言いながらたゆんたゆんと自慢げに自分の大きな胸を揺らすロキに、ちょっとだけ対抗心を覚える私。
「わ、私だって胸には自信はあるわ!//それに、そんな弛んだ胸よりもハリがある若い子の胸の方が男の人にとって良いに決まってる!//」
「何ぃ……言いおるなお主!誰の胸が弛んでると?」
「あなたのその下品な胸よ!//」
「どこが下品じゃ!このアバズレが!」
「ねぇママ?パパは……おっきい胸の人が好きなの?」
そのやり取り見ていたフェンリルは自分のぺたんこな胸を見て今にも泣きそうになりながらロキにいう。
「おっきくなきゃ、パパはあたしの事が嫌いなの?あたしパパにきらわれちゃうの?」
「フェンリル……大丈夫じゃ!お主はまだ子供だから仕方が無いのじゃ!心配するな!あちしの娘じゃからきっと大きくなる!というか胸の大きさなぞ関係ない!」
「そ、そうだフェンリルちゃん!中にはそういうのも好きな人がいるんだ!気にすることは無いよ!ね!」
「……そうなの?パパはあたしのこと嫌いにならない?」
「そうじゃ!気にするでない!」
今にも泣きそうだったので、咄嗟に誤魔化したが、全然誤魔化せてない所か余計に危ない方向にズレた気がする。
まぁ、終わりよければ全てよし。
一時はどうなるかと思ったが、とりあえず泣かずに済んでくれた。
私とロキは胸をなでおろす。
こんな事で小さい子を泣かすほど大人気ないことは無いからな。
「とりあえず話を戻すが、お主は心配することは別にあるじゃろう?」
「別に?」
「次の戦の話じゃ。 エスツィムル樹海の北側にある──あのヘルズヘイム公国とかち合うそうではないか?勝算はあるのかえ?」
「あなたに教える気は無いわ。どうやら無駄な時間を使ったわね。私は自室に戻る」
「ふむ。それならば良い。さてと、あちしは旦那様の試合とやらを見に行くかの」
ロキはそう言ってベッドから立ち上がると、フェンリルを連れて部屋を出る。
取り越し苦労だったなと、一つ溜め息をつき、また私は自室に戻る。
キャミソール姿のままで。
……俺がルシュクル王国の将兵になったその日の夕刻。
エルクレス城内の闘技場にて、俺はマスフィン大佐と試合する事になっていた。
まぁ、俺が剣を使うと強いのは分かっているので手ぶらで向っている。
闘技場は何百人も収容出来る巨大なドーム型の施設で、大昔のコロッセオを思わせる様な造りだ。
しかし、観客席や辺りには人影がなく、使われていないかのようにひっそりと静かだった。
それもそのはず。
エレナーデ王妃殿下がこの国の長に就いた頃、貴族たちの娯楽とも言えた闘技場は必要ないという事で半ば強制的に閉鎖になった。
それ以来、ここは立ち入り禁止区域になり、人が来ることはなくなったと聞いている。
もはや廃墟同然の、ただのそびえ立つ何の意味もない建造物に変わり果てたのだ。
扉の古びた錠を思い切り蹴破り、夕暮れ時の薄暗い寂れた通路を抜け、行き着いたのはだだっ広い空間。
観客席に四方八方を囲まれた、かつて数多の剣闘士達が凌ぎを削り、生命を懸けて戦い、無惨にも散っていったバトルフィールド。
……なるほど。
俺とマスフィン大佐との決闘に最適な場所だな。
道理で納得できるわけだ。
誰の目にも付かずに殺し合いができる場所。
それはここしかない。
静寂の中、その中央に佇んでゆっくり目を閉じ、全神経を研ぎ澄ます。
呼吸を整え、心を落ち着かせ、静かにその時を待つ。
東の国ではこれを瞑想というらしい。
すると四方八方から何やら俺に対する殺意のようなものを感じる。
……距離はだんだん近づいてきているのがわかる。
だいたいならば予想はつくだろう。
マスフィン大佐の手下か。
やはり仕掛けてきたな。
見かけによらず度胸の小さい司令官様だよ。
闇夜に潜み、獲物を狙う猛獣の如く気配を消し、足音を消して迫って来る。
まぁ、猛獣の扱いにはなれてるからな。
なんせ契約した戦精霊は『狼』だしね。
突如、静寂を引き裂くような怒声が響き渡り、無数の刃が佇む俺へ襲い掛かる。
目を見開いた俺は僅かな隙を掻い潜り、地面を力強く踏んで飛び上がる。
宙に舞い、ひらりと身体を翻すと自由落下に身を任せて降下し、その勢いで上を向いていた1人の兵士の顔を思い切り踏み付ける。
「がっ!?」
情けない悲鳴を上げ、崩れ落ちる兵士の顔を踏み台にまた飛び上がり、ほかの兵士の頭の上で片手倒立。
そのままバク転の要領で後ろに倒れながら遠心力と腕力を利用して相手の身体を持ち上げ、前方へ思い切り投げると同時に相手の腰に携えた剣の柄を握って引き抜く。
投げられた兵士はほかの兵士達を巻き込んで壁にぶつかって力無く倒れる。
まるで演舞を舞うかのごとく、流れるように一連の動作を行う俺。
振り向き様に握った剣で相手の剣をはじき飛ばし、よろけた兵士の懐に姿勢を屈めて潜り込み、フックを食らわせた後、さらに追撃を浴びせるように相手の右太ももに剣の切っ先を突き刺し、痛みに前屈みになった兵士に突き刺さる剣を引き抜くと同時に、その顔面へ回し蹴りを打ち込んで思い切り吹っ飛ばす。
まるで風に吹き飛ばれた木の葉のように、あっけなく吹っ飛んでいく兵士。
その瞬間、剣を握る自分の心が歓喜の声を上げているのに気が付いた。
今までこんな感情、感じた事が無かった。
もっと殺せと。
ここに骸の山を築けと。
惨劇を招いた、まるであの頃のように。
「なんだコイツは!」
驚きたじろぐ兵士を尻目に俺は怒涛の猛攻撃の手を緩めない。
姿勢を低くし、まるで疾風の如く兵士の間を駆け抜ける。
前に立ち塞がる2人の兵士が放つ同時斬撃を一本の剣で受け止め、隙を突いて背後から放つ斬撃を見切り、僅かに身体をずらして避けて前にいた2人の兵士を同時に斬り伏せさせる。
倒れる間際、また兵士の剣を奪って振り返り、斬撃を右手に握る剣で跳ね返して大きく踏み込み、左手で握る剣で何のためらいもなく胴を真っ二つに斬り捨てる。
「に、二刀流!?」
「まさかこれ程の強さだとは……」
「えぇい、怯むな!!マスフィン大佐への忠義、忘れたのか貴様ら!」
あまりの強さに慄く兵士達。
武装した兵士達の中央に佇む俺は、不気味な笑いを浮かべていた。
突如、心の奥から込み上げてくる感覚に飲み込まれていたのだ。
五年前の、人を殺す快楽に。
殺戮と狂気を愉悦する、最凶最悪の剣士に。
知らぬ間に、その圧倒的な強さに酔いしれていたのだ。
「あはっ……あははははははは!」
込み上げてくる快感と高ぶる気持ちに、自然と笑いが起きる。
それを見た兵士達は言い知れぬ恐怖に言葉を失い、ただただ見ているしか出来ないでいる。
そして笑い尽くし、ゆっくりと剣を構える俺を見て、兵士達を恐る恐る身構える。
「……どうした?来ないのかよ?」
「は?」
「なんだ……つまんねぇな。んじゃさっさと殺してやる。命が惜しけりゃ泣きわめきながら逃げな!」
狂気と殺気が入り交じり、まるで血肉に飢えた猛獣みたいな見開いた紅い瞳に、恐怖のあまり耐え切れなくなって逃げ惑う兵士達。
二振りの白刃を煌めかせ、逃げ惑う兵士達へ容赦なく襲い掛かる俺。
必死に逃げ惑う兵士達を、俺は次々と斬り捨て快楽に浸る。
骸の山を築き上げながら。
とうとう最後の1人を壁に追い詰め、赤い血が滴り落ちる切っ先を喉仏に突き立てたその時、脳裏にフェンリルの顔が過ぎる。
「ひぃ!殺さないでくれ!」
壁に追い詰められ、泣きわめく兵士の一言で我に返る。
「これは……一体?俺は一体何を?」
この状況を把握できず、混乱する俺。
恐る恐る辺りを見回すと、無惨にも斬り捨てられた骸が散らばっていた。
俺が混乱している隙を見て、兵士は逃げ出す。
記憶が全くない……気が付いたら辺りは死体の山だ。
まさか、これは俺が?
そう知った瞬間、握っていた剣を落とし、力無く座り込む。
ゆっくりと両手を見ると、兵士達を斬り捨てた時に飛び散った大量の返り血で真っ赤に染まっていた。
またあの頃に戻ったのか?
頭が真っ白になるくらいショックだった。
もう絶対に戻らないと思っていたのに。
「やはり貴方は危ない方だ……生かしてはおけませんね。この国の為に」
「……マスフィン大佐」
「様子見のために部下を30人ぐらい使って急襲させたのですが……いとも簡単に全滅させるとは危険極まりない」
初めて会った時のように、喋々喃々と喋る彼の口元に視線がいった。
あの赤い液体……まさか血か?
「……そうですね。でも貴方も危険じゃないですか?その口に付いた血……」
「貴方には言われたくない。まぁ、いいでしょう。一つ、冥土の土産にいい情報を教えましょうか」
口元に付いた血をハンカチで丁寧に拭きながらそういうマスフィン大佐。
「
魔魂蟲。
それは最古から存在する、魔力生命体。
人の魂に寄生し、その生命力を魔力にコンバートして自らのエネルギーにしている。
その代償として魔魂蟲は宿主に常軌を逸した身体能力と変換した魔力を操作する力を授けるという。
魔力を持たない男性が主に使っていたとされている。
一件、仲良く共存しているようにも聞こえるが、寄生するのは魂だ。
魂の生命力が尽きぬよう、宿主は生命力の補充をしなくてはならない。
その生命力の補充は……すなわち、人を食らうこと。
人を食らうことによって、その魂から生命力を補充する。
寄生した宿主の魂の生命力が枯渇すると、危機を察した魔魂蟲は宿主の身体を巨大な怪物に変化させ、その腹を満たすまで人を食らい続ける。
そのせいで世界各国で甚大な被害を出した。
故に古来から魔魂蟲は禁忌とされ、戦精霊達の力によって地中深く封印されたという。
ここまで分かれば来れば自ずと答えは見えてくる。
最近、街で起きている警邏隊が絡んだ殺人事件はコイツの食事の為だった。
警邏隊の指揮官ならば、部下を使って自由勝手に振舞わせて人を殺させ、食事の際に人を食らったとしても傍若無人な振る舞いをしていた部下のせいにすれば全くバレることは無い。
部下を騙し、自分を上手くカモフラージュしていたということか。
しかし、なぜ魔魂蟲を?
もうこの世には無いはずなのにどうやって手に入れたんだ?
「そこまでわかりましたか。流石ですサザナミ大佐」
「あぁ。大体なら予想はつくさ」
「では、これは予想しなかったでしょう?何故、今ここで私の部下達を貴方に殺させたのか?」
「……まさか」
「そう。貴方を殺すため、彼らには私の餌になってもらいます。役に立たないとばかり思っていた部下達ですが、最後の最後で役に立ちました」
高らかに笑いながらいうマスフィン大佐に嫌悪感と侮蔑の念を覚えた。
つまり、俺はアイツの手の平の上で上手く踊らされていたということか。
自分を強化する為に、自分の部下を犠牲するなんて考えられない。
自分の部下をなんだと思ってやがる。
俺は強く拳を握り締めたが、先程の事が脳裏に焼きついて、手放した剣さえ拾えないでいた。
そんなことをお構い無しに、骸を喰らい始めるマスフィン大佐。
あまりに悲惨な光景に目をそらしてしまう。
そして、見事に平らげたマスフィン大佐はこちらを振り返りながら、血に赤く染まった口を動かして言う。
「──さぁ、殺し合いをはじめよう。狼剣士!」