狼剣士のロキとフェンリル   作:山吹 色

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2.前兆と狼剣士

それから数時間後。

狼剣士が捕まったとの一報が私の元に入った。

首を長くして待っていた甲斐があった。

一体どんな人物なんだろうか?

ちょっと気になりつつある私は着替えを済ませ、兵士が待たせているという応接間に向かった。

 

「待たせてすまない。私がルシュクル王国第一王女・エレナーデだ」

 

ゆっくりと玉座に着き、捕まったという男を見る。

噂通り銀髪紅眼。

だが、とても凛々しい顔立ちをしていたので私はイメージしていたものとは違う印象を受けた。

もうちょっと野生じみた、野蛮な感じの男かと思っていたが、身なりは清潔で爽やかな少年だったのだ。

おぉ……美男子とはまさにこの事を言うのか。

うむ、初対面とはいえあまりのカッコ良さにちょっとときめいた気がする。

き、気の所為だ。きっと。

見た目や背格好をトータルして見ると年齢は同い年か、はたまた年下に思える。

おそらく魔術で鍛えられたであろう魔導剣士が愛用する、独特の軽装の鎧を身に付けている。

後ろで手を手錠で拘束され、そこに座らされていた。

魔導剣士というのはあながちハズレではなかったらしい。

 

「お前、名前はなんという?」

「サザナミです。王女殿下。俺をこんな所に連れて来てどうするんです?俺みたいな危険極まりない奴は地下牢に閉じ込めておくのが最善ではないんですか?」

「ふむ。サザナミか。お前がもしも本当に狼剣士ならばそうしなければいけないが……その様子だと今でさえ暴れる気はないのであろう?」

「……と言いますと?この俺に何か用でもあると申されるのですか?」

「実のところ、そうなのだ。サザナミ。私の為に、いや、我が国の為に共に戦ってくれないか?」

 

それを聞いた彼は紅い瞳を大きくして驚くと同時に顔をしかめる。

私は自分が思っていること、この国が今どうなっているかも全てを打ち明けた。

連戦連敗している事も、なぜ彼に助けを求めたのかも。

その間、口を挟まずに黙って話を聞いていた彼は、おもむろに閉じていた口を開いた。

 

「王女殿下の事情は全て分かりました」

「ほ、本当か!?ならば……」

「……すいません。俺はもう剣を取らないと決めたんです。だから戦いません。それにフェンリルもまだ幼いですし、これからも面倒を見ていかなくちゃいけないんです。そちらの事情は分かりましたけど、俺は協力することはできません」

「……フェンリル?まさか……連れていた狼少女が子供なのか!?お前、一体いくつなのだ!?」

「20歳です。この顔じゃそうとは思われませんがね。正確に言うと実の娘では無いのですが、彼女にとって俺は父みたいな存在らしいんです。だから守らなきゃいけない」

 

玉座からずり落ちそうになりながら私は驚く。

20歳ってことは、私よりも年上なのか。

とてもそうは見えないが……ってそんなことはどうでもいい。

断わられたら終わりなのだ。

なんとしてでも彼を引き入れなければ後がない。

 

「俺はフェンリル達と静かに暮らせる場所を探して世界を旅しているんです。こんな騒ぎを起こしておいて言うのもあれですけどね。罰は受けます。だから今回の件は無しに……」

「罰……そうだな。今回のお前に与える罰は我が国に協力することだな」

「なっ!?」

「罰は受けるとお前は断言した。よってそれに従ってもらう。あまりに危険極まりないから死罪にしようか考えたがこれ以上寛大な処置はないぞ。命があるだけでも感謝するが良い」

「……分かりました。受けます。ですが王女殿下。最後に一つ頼みを聞いてください。出来ればフェンリルと一緒にいさせてください。お願いします」

 

と彼は深々と頭を下げる。

半ば強引に話を進めて引き入れたものの、さすがにこれ以上、私は悪ぶることはもうできない。

罰とか言って相手のことを無視して無理矢理、一方的にこれから起こる戦いに巻き込んでおいて、彼の願いを聞けないなんてほど私は鬼では無い。

本来なら死罪は免れなかったが、窮地に立たされた国のため、悪者だろうが何だろうが力がある者に縋りたかった。

だから、延命措置として彼を軍部に引き入れ、増強を図る。

そうしなければ生き残れない。

……この理不尽な戦いで。

 

「うむ。わかった。フェンリルとやらはお前の側におくとしよう」

「……ありがとうございます」

「さっそくだが今日からサザナミは罰を執行するため、我が国の軍に入って貰い、敵国と最前線で戦って貰うことになる。もちろん異論はないな?」

「……はい」

「よろしい。それではサザナミ。お前に軍服を支給し、階級を与える。お前は今から我が軍の『大佐』だ。よりすぐりの魔導剣士達を集めた設立したばかり部隊の隊長に就任することを命ずる」

 

その私の発言で応接間があっという間にどよめく。

大佐……我が軍で言えば中枢という一番重要な部分を担う幹部で、一般将兵の中では最高位。

現在、我が軍で大佐の階級を持つ者は指で数えるぐらいしかいない。

実力、名声ともに高く、人望が厚い者がなるべき重職。

そして何より、私との謁見が一般将兵で許されている唯一の階級だ。

私が彼を選んだのか、それは良い意味では無いが実力と名声は十分にある。

史上最凶の魔導剣士・サザナミ。

かつてそう謳われた伝説の魔導剣士なのだ。

それだけでも言い分は無い。

 

「大佐、ですか?」

「2度も言わせるな。私が決めたことだ」

「心得ました」

「よし。それでは制服を授与する。あっちの部屋で受け取り、着てみるがいい」

「はい」

 

彼は私の指示に素直に従い、私の合図で彼の両隣に立つ兵士が手錠を外す。

そして招かれるまま隣の部屋に行き、数分も経たずに出てきた。

この国のパーソナルカラーである赤と黒を基調にした軍服、左胸には階級を表す勲章を付けている。

着慣れているのだろうか、やけに違和感がない。

私も取り巻きの兵士達も、その軍服の着こなし方に驚いている。

しばらく見とれていた私は、それを誤魔化すために1つ咳き込むと近くに呼び寄せた。

 

「サザナミ。これから最初の任務だ。南側に兵舎の詰所がお前が率いる部隊の面々が集まっている部屋だ。そこで挨拶を済ませてこい」

「はい、心得ました」

「そうだな。部隊の名前はお前の名を貰い、サザナミ隊と名付ける。挨拶を済ませたらお前の寝床となる宿舎を案内させる。手短に済ませてこい」

「はい」

「それが終わり次第、自由時間だ。フェンリルの世話でもしてやれ。その後、今夜8時から次の戦の作戦会議を始める。私からは以上だ」

 

そう告げると彼は深く一礼し、兵士に連れられて部屋を出て行った。

私は無事に終わった事に安堵し、玉座に力なくもたれ掛かる。

戦闘になるかもしれないと、気を張っていたせいか、どっと疲れが押し寄せたのだ。

とりあえず交渉は強引であったけど成立した。

彼が部隊を率いたら、この国はきっと勝てる。

そしてこの理不尽な戦争を終わらせれる。

そう思えた瞬間だった。

 

「エレナーデ殿下!」

 

私の前に1人の将校が膝を付いた。

栄える青い髪に端正な顔立ち、サザナミと同じ階級の勲章を付けた長身の青年。

彼の名はマスフィン・ガーラバズ大佐。

この国の守護・警備及び街の治安維持を旨とする『警邏隊』を指揮する指揮官だ。

 

「何の用だ?」

「なぜ、サザナミなどという野蛮で凶暴な輩を、我が軍に迎え入れたのですか!?」

「決まってるだろう。戦力増強のためだ。他に何がある?」

「しかし!もっと他に方法があったのでは!それにアイツは私の部下を!」

「方法はない。戦精霊を相手にしては人間など無力。戦精霊に勝てるのは同じ戦精霊だけだ。敵国は今でも戦精霊を巡って戦っている。お前も知ってるはずだ。そしてサザナミにやられたお前の部下だが、相変わらず粗暴な振る舞いをしていたと聞いた。仇討ちか?」

 

声を強くして放ったその質問に、驚いたように目を丸くした後、黙って俯くマスフィン大佐。

ここ数日、不審な殺人事件が相次いでいると報告を受けた私は、近衛隊の1人を警邏隊に内偵させ、その証拠を掴んでいる。

今回の件でやられた部下だが、普通に考えれば自業自得だ。

 

「何も言わないと言うのであればそういう事なのだな?」

「……」

「ふん。もちろん城の中での私闘は禁止している。仇討ちなんてしても自分の罪状を重くするだけだ。次の戦が終わるまでお前達の処分は延期する。それまで腹をきめておくがいい」

「……了解しました」

「話はそれだけか。それでは今夜の作戦会議まで引き続き警備をしてくれ。頼んだぞ」

 

深く頭を下げるマスフィン大佐を尻目に、ゆっくりと玉座から立ち上がり、そのまま部屋を出ていく私。

やれやれ、今日は忙しいな。

そう心の中でつぶやいた。

 

 

 

その頃、南側の兵舎に向っていた俺は兵士から自分が率いる部隊について聞いていた。

この兵士は近衛隊、つまり王妃殿下の直属の部下だそうだ。

聞く話によれば、俺が率いる部隊は王妃殿下が国から集め、魔導の手解きを施した上は18歳、下は13歳までの少女達で、兵士曰くとんでもないじゃじゃ馬達らしい。

魔導とは魔術のことを指す。

世界では魔導は女性しか操れないもので、男性にはその素養はないというのが世界的な通例だ。

世界的な常識とでも言っていい。

その理由は諸説ある。

詳しくは知らないけどね。

なので魔導剣士と呼ばれる者のはほとんどの場合は女性だ。

そうなると必然的に戦精霊と契約できるのは女性に限定される。

しかし、世界的な歴史で魔導を使えた男がいる。

古くからあるその伝説は今も語り継がれ、不吉と戦渦の象徴として全世界で恐れられてる。

それは今世に現れた──狼剣士として。

ゆえに俺は魔導に必要な魔力を僅かながら有している。

俺の身体を巡る血液に魔力が宿っているので、多少なりとも魔導が使える。

まぁ、肉体を強化する魔導しか使えないが。

その理由は肉体強化系の魔導は魔力の消費が少なく、その分、肉体にかかる負荷が大きい自己犠牲型の魔導だからだ。

ただでさえ、魔力が少ないのでこちら側にいるフェンリルに負担を掛けないし、ある程度、鍛えていれば大したことはない。

普通に魔導を使ってしまえば、フェンリルがいざと言う時に魔導回路が使えなくなってしまう恐れがある。

だから、極力使わないようにしているのだ。

話がそれてしまったが、そういう理由から俺は魔導を使わないのである。

あと俺を軍に引き入れたエレナーデ王妃殿下だが、言われてみればすごく美しかった。

他国にいた時に聞いた噂だったがあながちハズレでもない。

絶世の美女、たしかにそうだった。

赤いドレスに紅蓮のように紅い髪、サファイアのような青い瞳。

口調はキツかったが、普通にしていればとても綺麗なんだろう。

それにあそこにいて感じ取れた魔力を貯蔵量、手の形から察するにあれは剣術を極めようと努力している手だった。

おそらく憶測ではあるが、俺と同じ魔導剣士なのだろう。

実力は未知数だが、他国の魔導剣士よりかは強い。

それも全世界で上位に入ると思われる。

そうこうしているうちに、詰所の前に来てしまった。

案内してもらった兵士に一礼し、俺は扉を開けて中に入る。

突然、入って来た見知らぬ男に室内にいた少女達は驚いて静まり返る。

少女達の視線がやけに鋭い。

そんなことなんか無視して、ゆっくりと彼女達の前に立つ。

 

「本日より王妃殿下の采配でこちらの魔導剣士部隊の隊長へ正式に就任することになったサザナミだ。階級は大佐で魔導剣士でもある。これからよろしく」

 

そういった瞬間。

黙って俺を見ていた彼女達は、それを聞いてなぜか一斉に歓喜の声を上げた。

訳が分からないでそのまま立っていると、1人の金髪少女が俺の前にやって来て握手を求める。

 

「サザナミ大佐!ようこそいらして下さいました!あたしはライラです!よろしくお願いします!」

「よ、よろしく。何があったんだい?」

「あ。実は……部隊は発足されてからずっとリーダーが不在でして。まともに戦闘へ参加できずまったく活動はしていなかったのです」

「はぁ……なるほど」

「リーダーが決まったとなれば、メンバーが揃って初めて戦闘に参加できるんですよ!ありがとうございます!」

 

よくわかんないけど、そういう事らしい。

魔導剣士がいない最弱国だからこそ、そういう問題が生じていたのだろう。

なるほどね。

だから王妃殿下はこの部隊を俺に任せたのか。

とりあえず手短にと言われたので、挨拶だけにしておこう。

 

「という訳で挨拶だけにするよ。王妃殿下に呼ばれてるのでね。明日からよろしく」

 

そう挨拶だけ済ませると俺は詰所を出て、また兵士に連れられて今度は宿舎に向かった。

どうやら宿舎は近くに隣接し、中に入って見たのだが、一流の宿屋の部屋みたいに家具もベッドも豪華絢爛だった。

どうやら階級によって部屋分けされているらしく、大佐クラスになると部屋の備品や装飾もまったく違うらしい。

まぁ、下町のボロい宿屋に比べたらかなりマシだよな。

なんて心の中で呟きながら部屋を出る。

宿舎の場所もわかり、ひと段落したので地下牢に幽閉されているお姫様・フェンリルを迎えに行かなきゃな。

兵士から錠を開ける鍵を預かり、案内された通路から1人で城の地下牢に向かった。

石で囲まれた薄暗い階段を、松明片手に1歩1歩確実にゆっくりと降りていく。

やはり暗くなると防衛本能からか、幾分か感覚が冴えてくるような印象を受ける。

一番下まで降りると、通路に沿ってまた奥に進んでいく。

すると奥の方から啜り泣くような声が微かに聞こえてきた。

どうやら近いみたいだ。

しばらくみちなりに進むと、鉄格子が見えた。

 

「フェンリル」

「……パパ?パパ!」

 

俺が呼ぶ声に獣耳をピクピク反応させて鉄格子の奥から涙で顔をぐしゃぐしゃにしたフェンリルが走って来る。

俺は錠に鍵を差し込み、回して錠を外すとゆっくりと扉を開ける。

すごく怖かったのだろう。

扉を開けた途端、物凄いスピードで飛びついて、その小さな手で俺の身体を強く締め付ける。

なんだか申し訳なくなり、優しく抱きしめ返すとゆっくりとフェンリルの頭を撫でる。

 

「遅くなってごめんよ」

「怖かったよ!パパ!」

「そうだな。でももう大丈夫。こんな所とはもうおさらばだ」

「うん……あ、パパ?服が違うよ?」

「あー…。フェンリル。今からパパが言う事をよく聞いてね。パパは今日からここの兵隊さんとしてお仕事する事になったんだ」

 

俺はその小さな身体を優しく抱きしめながら、いろいろ考えつつフェンリルにわかりやすく言葉を砕いて伝える。

それを聞いたフェンリルは真ん丸い瞳をさらに丸くして驚いた表情を見せる。

 

「パパ、兵隊さんになったの!?」

「うん……そうだ。パパはこの国を狙う悪者を倒して、この国を守るために兵隊さんになったんだ」

「パパすごい!!カッコイイ!!やっぱりあたしのパパは強いんだ!!」

「ありがとうフェンリル」

「どういたしまして!」

 

俺に迎えに来てもらってすっかり元気になったのか、無邪気な笑顔でそういうフェンリル。

こんな所に一人にして置いていくのは些か可哀想な気がして仕方がなかったが、これで一安心だな。

 

「宿舎に行って休もうか。昨日から寝てないだろうし、泣き疲れただろう」

「うん」

「おんぶするよ。さ、おいで」

 

そういうとフェンリルを優しく下ろし、俺は背を向けて屈む。

フェンリルがよじ登ると、ゆっくり立ち上がり、元来た通路を戻っていく。

小さな子をこんな事に巻き込んで正直、すごく申し訳なく思っている。

俺自身、あの時は相当悩んだ。

しかし、罪は罪。

誠意を持って償わなければいけない。

本当ならば静かな場所で人知れず、穏やかにこの子達と暮らしていたかったのだけど、それはもう少し先の話になりそうだ。

フェンリルをおぶり、階段を上り終える頃には彼女はすっかり寝息を立てて寝ていた。

彼女を起こさぬように慎重にかつ静かに部屋へ入ると、ゆっくりとフェンリルをベッドで寝かせ、俺は近くにあった椅子に座る。

さすがの俺も疲れがピークに達しており、眠すぎてまともにまぶたを開けられやしない。

微睡む意識の中、ボーッと天井を眺めていると、ノックの音で我へ帰る。

ゆっくりと椅子から立ち上がり、ふらふらと部屋の入口に向かい、扉を開ける。

 

「おやおや。睡眠中だったかな?サザナミ大佐」

「いえ、そんなことはないですけど……どなたでしょうか?」

 

扉の前に佇んでいたのは、 栄える青い髪に端正な顔立ち、俺と同じ階級の勲章を付けた長身の青年。

おそらく同じくらいの歳だろうか。

 

「マスフィン・ガーラバズと申します。階級は貴方と同じ大佐。上流貴族『ガーラバズ家』の嫡男で我が国の守護を担う警邏隊を指揮するものです」

「はぁ……指揮官殿が俺に何の用でしょうか?」

 

警邏隊と聞いてちょっと訝しげに眉を潜める俺。

そう、警邏隊とは昨晩、俺が一網打尽にした街を巡回し、好き放題していた部隊の事。

大事な手下を痛めつけられ、仕返しに俺を尋ねてきたわけか。

それくらいならさすがに察しはつく。

ガーラバズ家はこの国の上流貴族の一派で金鉱山の採掘で得た巨万の財力を振り撒いて軍の上層部に入り込んだというエセエリート軍人だったかな。

上層部の幹部連中に多額の金品を根回しして、今の地位を確立したとかいう最低な一門。

どうやら悪い噂しか聞いていないから、疑いようがない。

昨晩、逃げている最中、そんなことを町の人から聞いた。

それは本当だったらしい。

コイツがその一派の嫡男か。

 

「貴方は世界随一の剣術の腕を持つ狼剣士という噂を聞きまして。良かったらぜひとも指南して欲しいと今回伺いました。どうでしょう?1つ、私と手合わせをしていただけませんか?」

 

綺麗な言葉を巧みに使いこなし、流暢に話を切り込んでくるマスフィン大佐。

なるほど、随分と口が上手いな。

だが、俺には彼が考えている事が手に取るようにわかる。

……これは罠だ。

昨晩、手下が俺に足腰立たなくさせられた翌日、その元締めが俺を尋ねてきたとなると、そう思わざるおえない。

罠だと分かって正体を暴く為に話に乗るか……。

断って寝るか。

まぁ、断って変に付き纏われるのも嫌なので今回は乗ることにしよう。

面倒事はもうこれっきりだ。

 

「俺に試合を申し込む、ということでしょうか?マスフィン大佐?」

「えぇ。こちらから試合を申し出たので試合の形式はそちらで決めてください」

「なるほど。それではサバイバルマッチにしましょうか。その方がいろいろと手っ取り早い」

「サバイバルマッチ……ですか。面白そうですね。承りましたよ。場所は闘技場でいいですか?」

「いいですね。時間は夕刻でお願いします」

 

俺はそれだけ言うとあちらは直ぐに了承したという返事をした。

どうやら疑われてはいないようだ。

といっても疑っているのはこちらの方だが。

マスフィン大佐は丁寧に一礼すると、踵を返して去って行った。

この城の敷地内での私闘は禁じられてはいるが、手合わせという試合ならば何も疑われない。

納得がいく話だ。

それを口実に俺を罠に嵌め、事故と見せかけて殺す手はずなのだろう。

さて、どんな手を使って来るのやら。

ゆっくりと扉を閉めて中に戻ると、俺はフェンリルの隣に横になり、気絶するように眠りについたのだった。

 

 

 

 

気絶してから何時間が経っただろうか。

俺は不意に目が覚め、寝返りを打った。

その瞬間、なにやら柔らかい水風船のようなものに手が触れた。

な、なんだ?これは?

俺のベッドにこんなものはあったか?

まさかフェンリルか?

確認するために重く閉じた瞼を開けて振り返る。

俺はその光景に目をうたがった。

そこには……裸体の美女が寝ていた。

慌てた俺は勢いよく後退し、そのままベッドから叩き落ちる。

背中まである長い、白銀の髪の毛。

獣耳を頭に生やし、丸い綺麗な尻からは同色の毛が生えた尻尾。

閉じた瞼に伸びる同色の長い睫毛に、艶かしい細い脚。

俺が触ったという柔らかい水風船のようなものは、彼女のお椀型に膨らんだ大きな胸だった。

彼女の隣には、瓜二つの可愛い幼女・フェンリルがその細い腕に優しく抱かれて眠っていた。

ベッドから落ちる音を察知したのか、彼女の獣耳がピクピク動き、ゆっくりと目を覚まして上体を起こした。

 

「うーん……くししし。あちしの胸は気持ちよかったかえ?我が旦那様や」

 

そう言って背伸びをし、ベッドの下にいる俺を意地悪そうに眺める彼女。

その艶かしい独特の声色には聞き覚えがあった。

 

「……ロ、ロキ!?」

「随分と久しゅうのう。いや、5年ぶりか。あちしの旦那様や。びっくりしたかえ?」

「うーん。……あ!ママ!」

「おぉ、我が娘・フェンリル!随分大きくなったのう!」

 

彼女の声を聞いて飛び起きたフェンリルは、勢いよく彼女に抱きつく。

彼女は優しくフェンリルを抱きしめる。

彼女の名前はロキ。

ミルカン島の地下遺跡に封印されていた太古の戦精霊で、フェンリルの母。

そして俺と本契約した戦精霊で、本来はロキと魔導回路が繋がってる。

フェンリルと魔導回路が不完全にしか繋がっていないのは、ロキの魔導回路の影響が強いからだ。

しかし、ロキは五年前のミルカン島での暴走を期に魔力を使い果たし、フェンリルを残して消滅したと思っていたのだが。

なぜ今頃、戻って来たんだ?

 

「どうしたん?鳩が豆鉄砲食らったような顔をしとって?あちしがそんなに嫌いかえ?」

「いや、生きていたのかと思って……」

「くししし。アホウが。あちしの大切なものを放って先に死ぬか。旦那様が死んどらんや。それが何よりの証拠じゃ」

「……そう、か」

「あちしが死んだら旦那様も死ぬ。旦那様が死んどらんのやから、あちしは死んどらんや」

 

揺れる大きな胸の中にうずくまるフェンリルを優しく撫でながら、嘲笑うかのようにロキは言った。

契約した戦精霊が死ぬ、すなわち魔力が尽きたら俺も死ぬ。

そういう契約だった。

今現在、俺は死んではいない。

なら、その逆も然り。

彼女は、ロキは生きていたのだ。

再起不能に陥った後でも、あちらの世界で少しずつ少しずつ魔力を蓄え、身体の負った傷を癒し、五年という歳月を掛けて復活したという事なのか。

 

「くししし。ところで旦那様や?」

「な、なんだ?」

「五年間ずっと1人で寂しかったん……今宵は抱いてくれぬか?」

「は!?何を急に!!ちょっと待てロキ!!それ以前にフェンリルだっているんだぞ!?」

「くししし。あちしは構わぬ。フェンリルも大人のおなごの悦びを知る年頃じゃえ。さんぴーじゃ、さんぴー」

 

慌てふためく俺を見て尻尾をパタパタしながら楽しそうに笑うロキ。

大人の会話に付いて来れないフェンリルは首をかしげて俺達を見る。

聞いちゃダメだフェンリル!

君にはまだ早い!

自分の娘がいる前で凄いこと抜かす母親だなぁ。

 

「まぁ、これはさすがに冗談じゃ。旦那様や」

「はぁ……」

「さて、あちしが復活したからには心配は無用じゃ。五年前とはいかぬがそれに匹敵する力は出せる」

「そうか。実はこれからマスフィン大佐と試合がある」

「ふむ。茶番かえ。まぁ良い。付き合ってやるか。もしもやばくなったらあちしが入るけ。心配はいらん」

 

尻尾をフリフリしながら立ち上がり、ゆっくりと俺の隣に座る。

未だに裸体という事もあり、目のやり場に困った俺は慌てて視線を逸らす。

 

「ロキ。服を着てくれ」

「なんじゃえ。見んのか?ほれほれ」

「眼前で乳揺らすな!早く服を着ろ!」

「くししし。お前さんや相変わらず面白い反応をするの。しかし、この部屋に女物の衣装なんぞあるんか?」

「……俺の魔装具を貸してやるからそいつを着てろ」

 

俺が今朝まで来ていた魔導で鍛えられた軽装の鎧『魔装具』を渡す。

この魔装具は着装者の身体や好みに合わせて自ら形を変えるちょっと珍しいタイプだ。

ロキは早速それを着ると、みるみる形が変わり、イーストオーシャンに伝わる巫女装束のような鎧に早変わりする。

それにしても、胸の谷間とかヘソとか足とか露出が多い気がするんだが。

まぁ、無いよりはマシだよな。

全裸で城内を出歩かれたらひとたまりもないし。

 

「どうかえ?似合うか?お前さんや」

「あぁ。似合ってる」

「なんと……嬉しや嬉しや」

「ママ可愛い!」

「そうかえフェンリル。あちしもまだまだイケるみたいじゃ。くししし」

 

その褒め言葉にご満悦のロキ。

さてさて、そろそろ時間だな。

 

「試合の時間だ。行ってくる」

「うむ。応援しとるかえ。頑張ってきんしゃい」

「パパ!負けないで!」

 

2人の言葉に励まされ、部屋を出た俺は闘技場へと向かった。

この後、予想外の事が起こるとは誰も知らずに。

 

 


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