狼剣士のロキとフェンリル   作:山吹 色

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12.初陣の紅剣姫

──エスツィムル樹海北部平原地帯。

背丈程の草花が泥濘む地面一杯に生い茂り、さらに絡み合う様に群生した旧い大木が入り組む迷宮と化したこの広大な樹海で唯一の平原地帯である。

草が少ない上に地面も樹海の中と比べて比較的硬く、南側へとなだらかな丘陵が続いている。

遮るものがないため見晴らしがよく、危険な生物や賊の襲来にも対応しやすい。

樹海を通過する行商人や旅人達は安全を考慮してか、皆こぞって北の平原地帯に向かい、ここで野営をして一晩を明かすという話をたびたび耳にする。

ヘルズヘイム公国の領地からも近く、エスツィムル樹海へ侵攻する上で拠点を置くのには最適な場所だと彼は言っていた。

作戦会議の結果、侵攻してくるであろうヘルズヘイム公国軍を迎撃するための作戦も決まって着々と準備を進めていた。

そんな矢先、まるで狙っていたかの様に、奴らはなんの音沙汰も無くエスツィムル樹海へ一万人の兵隊を率いて侵攻を開始。

数時間前、敵が平原地帯に本陣を設営したと部下から連絡を受け、こちらも急いで準備に取り掛かった。

しかし、ここまで来てどうしようもない不幸が度重なってしまった。

準備のバタバタに便乗して厳重な警備を布いたこの城内に何者かが侵入し、兵舎からある人物が拉致されてしまった。

ある人物とは戦精霊ロキの娘……フェンリル。

サザナミを実の父のように心から慕い、一国一城の主である私に臆することなく、気兼ねなくお姉ちゃんと呼んで慕ってくれた可愛い銀狼の少女だ。

私には姉妹、兄弟も幼なじみもいない。

年齢が近い子なんて王宮には誰一人いなくて遊ぶ時ですらずっと一人だった。

物心ついた時から周りは大人しかおらず、唯一の国王次期後継者として父上からとても厳しく育てられた。

だから私は姉妹や兄弟に心のどこかで密かに憧れていたのだと今更ながら思う。

彼女の親しみを込めた『お姉ちゃん』という呼び方がとても嬉しかったし、今までにない新鮮さを感じていた。

本当に妹ができたのか、と勘違いするぐらいだが正直まんざらでも無い。

そんな彼女を私は心から気に入っていたし、触れ合う度に次第に守りたいと思うようになった。

それが厳重な警備の中、このタイミングで何者かに拉致されるなんて思わなかったし、彼女を守れなかった事がすごく悔しい。

私も今すぐに助けに行きたいが私は軍の総指揮官であるため、立場上、自分の持ち場から離れる事が出来ないのだ。

そのことを知った彼は早朝、私に報告を済ませて自らの剣──ロキを連れて敵地に乗り込んでいった。

フェンリルを拉致した張本人──ロベリアを倒し、フェンリルを助け、ヘルズヘイム公国軍の残存戦力を削ぎ落とす為に。

サザナミが別の任務のため一時戦線を離脱したので、本作戦は要である魔導剣士隊と私を中心に進めていかなければならない。

サザナミの代役として地上班に副隊長のライラを移動し、地下に設営した本陣の指揮は私が執ることになった。

今までに何度となく戦いには赴いているが、いつになってもこの張り詰めた空気には慣れない。

それと自分自身、極度の緊張感に苛まれ、皆には隠しているが手の震えが止まらない。

戦場で死闘を繰り広げる一介の兵士でもないに、心の奥から不安がこみ上げてくる。

私のせいで誰かが死ぬ──私の采配でこの国の民の誰かが死ぬ。

私のせいで、大切な人が死ぬ。

そう思うだけで責任の重大さを再確認して気が滅入る。

先程、偵察していたライラからの連絡で3人で敵陣に強襲する事を許可してしまった。

無論、誰が言うまでもなく多勢に無勢だ。

目に見えて分かることだった。

しかしながら考えている余裕はない。

ことは一刻を争う。

決断を迫られた以上、私は彼女達を信じたが早く援軍を出さないとどう考えても絶望的だ。

生き残る可能性も決して高くないし、こちらから援軍を送るとは言ったが、ここから援軍に出す人材は皆無に等しい。

早くしなければ、彼女達が死んでしまう。

 

「殿下。お顔の色が優れませんが……体調が悪いのでは?」

「なんだルル中将か。私は大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだ」

「そう言われましても本陣に来てこの数十時間、休憩の一つもしてないではないですか!少し休まれてはいかがです?」

「いや、その必要はない。皆が命を賭して戦っている時にのうのうと休んでられるか!」

「しかし……」

 

差し迫った緊張のせいか、私は珍しくルル中将に怒鳴ってしまった。

ルル中将は驚いたのか、いつもはっきりと喋る彼女は言葉を濁らせる。

 

「すまん。私としたことが……」

「いえいえ」

「……それで先ほど話した援軍だが、出せそうか?」

「ダメです。ここにいる兵士を全員繰り出したとしても、やはり返り討ちにあうのが関の山かと」

「そうか。何か他に方法がないのか……やはり勝てないのか?私達は?どう足掻いても!」

 

何も出来ない悔しいさと歯痒さのあまり机を思い切り殴りつける私。

サザナミだって……ライラだって……みんなこの国を存続させようと努力して尽くして命まで賭けてくれているのに、自分はいつも安全な場所でただ高みの見物。

……それが心の底から許せなかった。

自分にはそんな力がないから、何一つ変えることさえ出来ない。

唇を噛み、拳を強く握ると共に、悔し涙が頬を伝う。

 

「……殿下。私から一つ提案があります。よろしいでしょうか?」

「なんだ?言ってみろ」

「殿下はかつてこの国で魔導剣士を目指していたんですよね?だったら今ここでじっとしていていいんですか?」

「なっ……」

「幼い頃、魔導剣士になると決めたその覚悟、幾月も鍛え抜いたその腕を錆びれさせてしまうのは殿下自身です。『剣士たる者、常に戦え。敵は内に潜む己のみ』と言いますけれどその覚悟がないのなら、ここでじっとしていればいいです。それでは何も変わりませんよ殿下」

 

──剣士たる者、常に戦え。

──敵は内に潜む己のみ。

ルル中将はそう言い残し、去っていった。

その言葉は幼い頃、魔導剣士がいないこの国で唯一の魔導剣士を目指すため、半年ほど剣術を教わった私の師匠が口癖の様に言っていたもの。

師匠は男性でありながら魔導を使う一流の魔導剣士と互角以上に渡り合う、かつて『剣聖』と謳われた世界最強の剣士だ。

一流の魔導剣士達は皆、一同に一番戦いたくない相手として最初に彼の名を上げる。

もし戦場で出会ったら最後、一目散に逃げるとまで言わしめた人物。

しかし、ずいぶん昔のことだからもう名前すら思い出せない。

そもそも私は師匠としか呼んでなかったので、名前を聞いたことすら無いかもしれない。

彼は亡くなった私の父上の旧い戦友で世界を転々とし、病床に伏した父上を見舞ったついでに半年ほど滞在した時があり、その時に彼の剣術を一から教わった。

私はその師匠の言葉を信じ、教わった後も師匠の弟子の名に恥じぬよう、自分を鍛え続けてきたつもりだった。

そしてそれを魔導剣士隊を設立した時も彼女達に向けて言ったことだ。

……私は愚か者だ。

こんな私にもできることがある。

この真紅の魔装具も剣もただの飾りか?

いや、これは私の信念だ。

自分の信念を貫けないでなにが一国の王女だ。

いい笑い草だな。

父上が亡くなって私が王女になったあの日からこの国は私が守ると決めた。

ルル中将の一言で私も決心が着いた。

ゆっくりと椅子から立ち上がり、私は剣を手にして出口に繋がる洞窟へ向かう。

 

「殿下!どこへ行かれるのですか!」

「地上班の援護だ。ここはお前達に任せる」

「何を急に?殿下がいなくなったら誰が指揮を執るんです!」

「本陣の指揮は私がとろう。殿下はやるべき事があるんだ。事態は一刻を争う。そこを退け!聞こえなかったのか!」

「はっ!いってらっしゃいませ!殿下!」

 

洞窟の前についた時、兵士に呼び止められたがたまたま近くにいたルル中将がその兵士を避けさせる。

 

「ありがとうルル。お前のお陰で目が覚めたよ」

「いえいえ滅相もない。私は思った事を言ったまでですよ殿下。それでどうするかは殿下自身が決めること。さ、地上班の皆さんが殿下の到着を待ってます。お急ぎください」

「それもそうだな。行ってくる。ここは任せたぞルル中将!」

「はい。ここは私達が命を掛けて守ります。いってらっしゃいませ。ご武運を」

 

敬礼をして私を見送る彼女に私も敬礼で返し、薄暗い洞窟の中に入っていった。

──歩くこと数十分後。

ようやく薄暗い洞窟を抜け、大木がひしめき合う樹海の中に出ると、どこか遠くから剣と剣がぶつかり合う音と怒声が風に乗って聞こえてくる。

北部の平原地帯はここから数km北側にある。

湿地帯とも言えるほど地面がぬかるんでいるので、普通に歩いていくのは時間が掛かりすぎる。

なので魔導を使って空を飛んで向かうことにした。

魔導剣士にとって飛行魔導は魔力調整の技術を学ぶための基礎中の基礎である。

敵の魔導剣士に見つかる可能性が高いが、今はそんなこと気にしている隙は無い。

静かに瞼を閉じて両脚の踵あたりに意識を集中して魔力を高めながら収束させ、魔力を風に変換して一気に解放する。

まるでロケット砲の如く、凄まじい衝撃波を放ち、一瞬で遥か上空へ飛び上がる。

飛び上がる、というよりかは打ち上がると言った方が表現的にあっているような気がする。

自由落下に身を任せながら態勢を水平に整え、先ほどと同じように両脚の踵あたりにまた魔力を収束させる。

 

「なに!?今の!?」

「あそこよ!接近する新たな目標を確認!紅の魔装具です!」

「ちっ。どうせルシュクルの三流魔導剣士よ。今さら出てきても返り討ちね」

「魔導剣士隊、総員で迎え撃て!何が何でもここは通すな!」

「「「「イエッサー!」」」」

 

飛び上がる時に放った魔力に感づいたのか、ヘルズヘイム公国軍の魔装具を着た魔導剣士達がこちらに急接近しているのがちらほら見え始めた。

どうやら私を迎撃しに来たらしい。

私は避けて通る事も考えたが、どうせ追ってくるだろう。

あとあと厄介な事になりそうなので、そのまま突っ切って行く事にした。

自由落下しながら腰に携えた真っ赤な柄に手を掛け、ゆっくりと鞘から抜き放つ。

刀身がまるで熱を帯びたような鮮やかな赤に染まる両刃の剣が姿を現す。

私はそれを顔の前に持っていき、ゆっくりと刃を指でなぞる。

すると刀身が赤と黒の燐光で覆われ、何とも言えない禍々しさを増す。

これは私が長きに渡り鍛錬を重ね、ありとあらゆる魔導書の知識とその術法を学び、様々な実験や研究を幾度となく繰り返して独自に編み出した誰も知らない秘術。

──その名も、魔剣の転製(ブレイドエクスチェンジ)

魔剣とは魔力と幻とも言える最高純度のレアメタルで何百年も鍛え上げた世界に一つしかないと言われる最鋭最硬の剣の総称。

自ら蓄積した魔力を発することで刀身を覆い、切れ味はおろか剣自体の強度まで保ち、さらに特殊な付加能力を持つ。

簡潔に言えば最も鋭く、全く刃こぼれしない剣である。

しかし、旧い書物には記載されているが現物が無いため、空想上の武器と思われている。

魔導論理上、魔力で剣を鍛えて造ることはそれなりに実力のある刀鍛冶と魔導師がいれば可能ではあるが、魔剣と言えるほどの物を造ることに成功した例は無い。

様々な書物を元に存在したであろう魔剣の性能の情報を魔力に込め、擬似魔導回路『(イン)』として書き出し、既存の剣に上書きして見た目は同じでも中身が全く違う、新しい剣に生まれ変わらせる……。

剣を魔剣に転製させると言うわけだ。

書き出した韻の情報量にもよるのだが、魔剣と同等の性能の剣を半永久的に魔剣と同性能の効力を持続させることが出来る。

しかし、一度韻を上書きすると剣そのものの性質を書き換えてしまうので元には戻せず、封じるというのであれば破壊するしか方法はない。

使用限度もあり、1本に対して1回しか転製は出来ず、それを破壊するか術者が死ななければ2本目以降には使う事ができない。

一時的に属性を付加するだけの魔導とは全く違う性質をもつ、私にしか使えない魔導なのだ。

 

「な、なによあの剣!?」

「付加魔導なの?いや、そんなまさか……魔剣!?」

「ふふふ。どれほど強いか楽しませてもらうわ」

「大丈夫よ。所詮、三流魔導剣士。付け焼き刃ね!」

「油断しないで!魔力弾の射程内に入った!みんな撃てぇ!」

 

自由落下しつつ距離が近づくにつれてそんな会話が微かに聞こえてくる。

そして魔力弾の射程内に入ったらしく、一斉に魔力の塊を飛ばしてきた。

私は魔力を調整しながら左に旋回し、追尾してくる魔力弾をギリギリまで引き付けてまとめて薙ぎ払う。

魔力の塊は斬られた衝撃で爆発し、大量の爆煙で私の周りを覆って視界を封じてきた。

ちっ……はめられた!

 

「そこだっ!」

「遅い!」

 

背後から迫るほんの僅かな気配に気付き、私は身体をロールさせて紙一重で切っ先を避け、煙を纏いながら一瞬で背後に回り込む。

魔導剣士とって空中戦は言わば独壇場であり、陸地より何十倍も動きが速く、極めて僅かな魔力の操作が多い。

ちょっとでも操作を間違えると、バランスを崩してあっという間に墜落する。

ベテランの魔導剣士でも墜落してそのまま死亡することだってある。

足跡が残らない空中での戦闘の方が、その魔導剣士の腕を左右し、実力を証明すると言っても過言ではない。

──無論、地上戦を得意とする狼剣士は例外だが。

敵が通過する瞬間、それで背中を斬り付けて怯んだ隙に襟首を左手で掴むとすぐさま振り返る。

再び背後から斬り付けようと飛び込んできた奴の前に掴んだ敵を出し、間一髪で盾にする。

突然、目の前にいたはずの私が居なくなり、仲間が現れたのに驚くが突き出した切っ先を戻す事ができずに仲間の胸を貫く。

空に響き渡る絶望の悲鳴と真っ赤な血飛沫。

掴んでいた左手を離すと再び振り返りながら、剣で斬り込んできた奴を右手に握る魔剣で綺麗に受け流して押し返す。

 

「お前!よくも……よくも私の仲間を!」

「掛かってくる?ヘルズヘイムの三流魔導剣士さん?」

「っ!馬鹿にするなぁ!ぐはっ!?」

「遅い。だから三流なのよ」

「い……いつの間に……私の後ろ……」

 

話してる最中に素早く視界から外れ、身体をロールさせて再び背後に回り込み、峰を強く背中に打ち込む。

気を失って落ちていくのを他の奴に助けに行かせ、私はすぐさまその場から離れて目的の場所に急いで向かう。

──いよいよ敵の本陣だ。

早く彼女達を助けねばと、祈る気持ちで平原地帯の上空を飛行する。

敵陣が見えてきた時、私はその光景に声を失った。

まるで動物の様に四つん這い、しかも腹と背が逆。

ブリッジ状態で素早く動く、人とは思えぬ挙動で迫る大量の人間。

離れていてもそのおぞましい光景はハッキリと見えた。

あれは……本当に人間か?

いや、あれはライラが言っていた人形なのか?

見た目は人形とは区別がつかないぐらい人間そっくりだが、人間はあんなふうに動くことは絶対に有り得ない。

そんなことよりもライラ達を探さなくては。

良く目を凝らすとまるで雪崩の様に迫る奴らを身の丈以上の大剣でことごとく薙ぎ払う、紫色のきわどい魔装具を装備した魔導剣士の姿が目に止まった。

彼女を助けるべく、私も魔剣を上段に構え、遥か上空から一気に急降下して奴らの盲点を突く。

天高く降り注ぐ紅い稲妻が轟音を轟かせながら地を割り、束になって襲いかかる奴らをその衝撃で遥か後方に吹き飛ばす。

それを見たライラは咄嗟に大剣を地面に刺して裏に隠れ、盾の代わりとして衝撃に備えたことで吹き飛ばずに済んだみたいだ。

着地からゆっくりと立ち上がると、私は地面に突き刺さる魔剣を抜き放ち、態勢を整えながら静かに構え直す。

抜き放つ瞬間、纏っていた赤黒い燐光がまるで降り注ぐ火の粉の様に弾け飛ぶ。

しかし、奴らはその程度の攻撃で倒せる相手ではなかった。

再び大群を成し、怯むこともなく臆すること無くこちらに迫って来る。

人間とは思えない呻き声を上げる奴らは焦点が定まっていなかった。

私は先頭を切って襲いかかって来た人形の首を魔剣で一閃、躊躇わずに切り落とした。

盛大に吹き出す鮮血、飛び散る赤い飛沫。

ボトリと落ちた首、時間差でゆっくりと崩れ落ちる身体。

斬った手応えから察するに、これは人形とは思えなかった。

……おかしい。

 

「殿下!」

「ライラ?」

「下がって下さい!まだ来ます!」

「ちっ……分かった!だが」

「それはあとで話しましょう。今はここから離れないと!ヤツらに囲まれたら逃げるのが難しくなります!マリナ!援護射撃用意!退路を開いて!」

 

耳元のデバイスへ叫ぶライラの声のすぐあと、遥か彼方から目にも止まらぬ凄まじい速さで飛来した複数の魔力弾が、奴らの頭を正確に次々と撃ち砕いていく。

その光景に唖然としつつも、私は直ぐに我に返って踵を返す。

大剣を肩に担ぎ走るライラの後に続き、敵陣より一時撤退を始めた。

先ほどの援護射撃により、奴らの足を止めるのは充分だ。

とりあえず、ここから少しでも遠く離れた場所に撤退して態勢を立て直さねば。

移動中、他の2人にも撤退することを伝え、一時的に南西のうねる大樹林に集合する様に追加する。

しかし、あの感触はもはや人間ではなく、何か弾力のあるグミのようなものを斬った様に思えた。

アレが人間じゃないとするならば、一体何なのだろうか?

奴らに見つからない様に姿勢を低くして全力で疾走し、集合する場所である大樹林は目指す。

 

「ちっ」

「先回りされたか……」

「私達から逃げられるとでも?ルシュクル国王女殿下どの?」

「そうだな。ヘルズヘイム公国軍の魔導剣士隊。そこを退けと言ってもムダか。なら押し通るまでさ」

 

人数ではこちらが不利だ。

誰が言うまでもなく、精鋭5人以上を相手に素人2人程度では実力的に圧倒的な差がある。

戻ることも前に進むことも難しい状況。

ならば有無言わずに戦って勝つしか進む道はない。

──まさに背水の陣。

ゆっくりと右手に握る魔剣を構える私。

ライラも援護しようと担いでいた大剣を構える。

対峙する魔導剣士達も各々の武器を構え、余裕を見せながら互いに臨戦態勢に入った。

その直後──突然の叫び声と共に次々と後方の敵兵がなぎ倒されていく。

 

「なに!?」

「何が起きているの!?」

「敵は目の前にいるのよ!?ほら、早く態勢を立て直しなさい!」

 

突然の出来事に陣形が乱れ、慌てるヘルズヘイム公国軍の魔導剣士達。

その好機を見逃すはずも無く、私は構えた魔剣で振り翳し、ライラと共に彼女達へ突撃する。

私は斬り掛かったリーダー格の敵兵を何度も組み合い、鍔迫り合いの末、問答無用で押し切って斬り伏せる。

ライラは飛びかかって来た2人の敵兵の動きを先読みして一撃で薙ぎ払う。

その小さな図体に似合わず、なんて力を持っているのだろうか。

息を整えながら倒した敵兵を眺めているとその向こう側に人影が見えた。

驚いて魔剣を構えるが、その姿で直ぐに仲間だと分かった。

ゴスロリ風に仕上げられた魔装具を纏う人形みたいな出立ちの少女。

両手には歪な形をした短剣を握り、その刀身にはべったりと赤い液体が付き、可愛らしい魔装具も半ば真っ赤に染まっていた。

 

「サクヤ!?」

「……遅くなって申し訳ない。ライラ、殿下」

「まさか貴女……私達を助けるために敵後方から奇襲を?」

「……そ。……気配を消して死角からの奇襲はアタシの得意分野。……殿下達がアイツらの気を引いて、マリナも援護射撃してくれたから多少は上手くできた」

「とりあえず助かった。ありがとう皆。そうだ!こんな所でもたもたしてられん!早く場所を移動するぞ!奴らに追い付かれる!」

 

休む暇もなく、私達は急いでその場を離れて集合場所へと向かう。

うねった大木の影には、狙撃魔銃(スナイパーライフル)を抱えて座るマリナの姿があった。

──狙撃魔銃。

魔銃と言われる武器の中にはいろいろ種類があり、この系列の魔銃は主に遠距離狙撃に特化した技術や構造を取り込んだ特別製の魔銃がそれにあたる。

従来の狙撃銃をもとに魔力によって動作するよう設計・開発された魔銃ともいえるだろうか。

長距離でも撃ち出した魔弾が届くように銃身(バレル)は非常に長く、命中精度を上げるために伏せ撃ちでも安定させれるように銃身下部に付けられた三脚(バイポッド)

バネの力で反動(リコイル)を軽減するSS式銃床(ストック)、魔力を電力の代わりに使って倍率を調整できる高倍率スコープを装備。

通常の魔銃とは違い、長距離でも安定して魔弾が標的に当てられるよう十分な魔力をチャージして撃つ。

しかし、その撃つまでの時間が長く、SS式銃床を持ってしても手元に掛かる反動(リコイル)が大きい。

故に撃つ度に銃身の上へ跳ね上がるので連射が出来ない。

さらに安定を高める為に魔銃自体の重量を増やし、銃身や銃床を合わせると1mを超える大きさになる。

それを踏まえて重くて持ち運びが不便、長くて取り回しにくい。

撃つ側に掛かる反動が強すぎるため、射手としては非常に使い勝手が悪い。

もし連射や魔弾の威力を上げようとしようとして無理やり魔力を込め過ぎると、銃身が熱を持って焼き付くので使い物にならなくなってしまう。

その反面、ちゃんとした魔力操作を行えば遠くにある硬い結界や分厚い城塞の塀を軽くブチ抜ける程の高い火力を持つ、非常に優秀な魔銃である。

狙撃魔銃を扱うにはより精確な魔力操作技術を持ち、なおかつ撃った時の反動に耐えれる筋力が無いと非常に難しい。

魔銃はただでさえ扱いにくいというのにその操作の難しさ、扱いづらさから発売されて数年間で僅か数十丁ぐらいしか生産されなかった代物だと聞いたことがある。

マリナには2丁の魔銃を操る魔力操作技術があることは随分前から知ってはいたが、とうとう狙撃魔銃までも操る技術に達していたとは思っていなかった。

 

「大丈夫か?マリナ?」

「うん。ちょっと操作はまだ慣れないけど、何となく撃つタイミングは掴んだわ。ま、じゃじゃ馬なのは変わりないけどね」

「みんな無事で何よりです。撤退してきましたが、これからどういたしましょうか殿下?」

「それより別な話がある。一体何なのだ?奴らは?」

「おそらく奴らは……何らかの特殊な傀儡魔導によって操られてるヘルズヘイム公国軍の兵士の死体……ではないかと?」

 

私の隣に立つライラは訝しげにそう言った。

──特殊な傀儡魔導?

──操られてる死体?

なるほど。

先程、奴の首を斬り落とした時の違和感にも似た感触が、彼女の言う通り死体であるとするならばその説明は辻褄が合う。

しかし、今まで見てきた書物や文献で傀儡魔導には死体を操るような特殊な術は無かったと記憶している。

もしもそんな術があるとするならそれは外法──私達が普段使ってる魔導に於ける禁術だ。

禁術と言われている類いの魔導は多くの人を死に至らしめるとか非常に危険な術ではあるが、術者に掛かる負担は死に至るレベルの物が多く存在する。

強力な術にはそれに見合う対価が必要ということになる。

過去、その禁術を成功させた者は確実に帰らぬ人になっていたという。

だが、禁術と言えども一万体もの兵士の死体を同時かつ一斉に操る術なんて聞いたことが無い。

それに魔導ならば必ず生じるであろう魔力は、奴らの近辺から微塵も感じ取る事は無かった。

おそらく術者は近くにはいないのだろうか。

いずれにせよ、むちゃくちゃ過ぎるにも程がある。

理論上、術者を倒せば傀儡魔導も使えなくなるが、この広大な戦場で術者を見つけるとなると手分けして探したところで途方もない時間がかかってしまう。

手がかりが乏しい以上、迂闊に手は出せないが、持久戦に持ち込んでもこちらが圧倒的に不利。

最大火力の魔導で一斉に火葬するにしても、私達が守るべき樹海を焼き尽くしかねない。

この絶望的状況を打破するには一体どうしたらいいんだ?

悠長に考えているヒマはない。

行動しなければ待っているのは死だけだ。

神経を研ぎ澄ませ。

私達が気づいてないだけで、何か見落としているところがあるはず。

ゆっくりと瞼を閉じて息を整え、全神経を魔力感知に注ぐ。

樹海の上空を飛ぶ大きな魔力の点が複数、感じ取る事が出来た。

おそらくは敵の魔導剣士隊のものだろう。

それらは除外し、さらに絞り込んで他の魔力の発生源を探す。

 

「そ、そんな馬鹿な!?」

 

私は思わず声を出してしまった。

結論から言うと、私は見つけてしまったのだ。

禍々しい、あの時と同じ魔力を。

それが何かと知った瞬間、さらなる絶望が私に襲いかかる。

 

「どうかしましたか?殿下?」

「勝てるはずが無い……」

「何か問題でも?」

「あぁ。皆に悪い報せだ……敵に魔魂蟲にとりつかれた者がいる」

「なんですって!?」

 

驚愕する3人。

無理もないだろう。

魔魂蟲は戦精霊と契約した魔導剣士しか倒す事が出来ない。

完全に詰んでしまった。

私が感じた魔力、そして奴らを斬った時の感触、それらの情報を精査して私はある答えに行き着いた。

あれは『生きている死体』ではない。

魔魂蟲に生かされている『生きた人間』なのだ。

私の推論ではあるが、その魔魂蟲は特異な性質を持つと考えられる。

通常、魔魂蟲は宿主に人を食わせることで魂を間接的に摂取すると思われていた。

しかし、今回の個体は宿主が間接的に摂取する事はせず、魔魂蟲が分裂または子を産むことで宿主に何らかの形で接触した人間に移って魂へ寄生する。

分裂した魔魂蟲は言わば本体の魔魂蟲の奴隷。

本体から指示を受け、寄生した魂から電波を飛ばすように吸収した魔力を本体へ供給する。

接触して寄生された人間はじわじわと魔魂蟲に魂を吸収され、どんどん衰弱していくのと同時にまた分裂して接触した別の人間の魂へ。

そうすれば魔魂蟲本体の宿主は人間を食らうことなく、魔魂蟲を持つ事もバレずに分裂した魔魂蟲から魔力を供給できるわけだ。

魂を吸収し終わるぎりぎりで止め、衰弱しきってもなお分裂した魔魂蟲は宿主から離れることは無く、完全に抵抗出来なくなった宿主の身体を乗っ取り、まるで生きた屍のように動き回って人間を喰らい始める。

そして接触と分裂・寄生をくり返し、ねずみ算式に数を倍々に増やしていき、一つの魔魂蟲で一万の人間を傀儡人形のように操っていると考えられる。

何故、そう推測したのかというと精査した際に以下の三つのヒントに気が付いた。

 

 

① 奴らから僅かだがあの邪悪で禍々しい魔力を感じ、その魔力がある一つの大きな魔力の点に向かって、まるでケーブルを繋いだかのように魔力が集中して流れているのを察知した。

 

 

② 本物の生きる屍なら敵味方関係なく無差別に他人を襲うだろうが、敵軍の人間は襲わずにピンポイントで敵陣へ攻め入った私達を狙った。

裏を返せば奴らは誰かに操作されていると容易に分かる。

 

 

③ 奴らに寄生する魔魂蟲から発せられる魔力は大元の魔力の点と同じ邪悪で禍々しいもの。

だが、ほんの僅かだが寄生された人間の魂そのものから発せられた魔力は、魔魂蟲の魔力とは全く別で清らか。

それを踏まえ、奴らは魔魂蟲によってかろうじて生きていると分かったのだ。

 

あくまでも私の推測だが、大いにその可能性は高い。

さらに言えば大元の魔魂蟲に寄生された人間はおそらく軍属の可能性もある。

3人にその推測を順を追って説明すると、納得したように頷いた。

奴らは実は生かされていると分かった今、私はすごく後悔している。

ただ魔魂蟲に操られてるだけで、何の罪もない人間の首を私ははねてしまった。

ショックは隠しきれなかったが、むしろその方が良かったのだろうかと冷静になって思える。

元凶であるその魔魂蟲が生きているうちはまともに死ねず、同じ生きた人間を貪って肉体が朽ち果てていくのを待つだけ。

奴らの自我はもう無いだろうが、そうなる寸前まで怖くて怖くてしかたないでしょう。

もしもそうなら終わらせなくては。

この地獄のような負のスパイラルに。

 

「よし。戦うぞみんな」

「ちょっと待ってください殿下!魔魂蟲相手にですか!?」

「……いくら何でも……無理」

「それは自殺行為だわ!殿下が死んだら元も子もないのよ!?」

「みんな落ち着け。冷静に物事を考えろ。誰も魔魂蟲を倒せ、なんて一言も言ってない。要は時間稼ぎだ。戻ってきたサザナミと合流できるまでみんなで一緒に戦って少しでも奴らを消耗させる。──覚悟はいいか?」

 

そう言った私に対して躊躇うのかと思いきや、3人は決心したかのように力強くう頷いた。

どうやら私が手をかけないでいる一ヶ月の間に、ずいぶんと成長していたらしい。

知識や技術、精神面も驚くぐらい逞しくなっている。

これも全部、サザナミのおかげなのかも知れないな。

──頼む。

お願いだから無事に私達のところに戻って来てくれ。

私は心の中で酷く懇願する。

他の誰でもない、神という者に。

覚悟を決め、大きく深呼吸をし、私は魔剣を携えて先陣を切る。

目指すは魔魂蟲が取り付いた人物。

彼らに取り付いた魔魂蟲の発する魔力を辿れば答えははっきりするだろう。

それを見た3人は何も言わずに私に付いてくる。

こうしてまるで地獄を絵に描いたような激戦が始まるのは、サザナミがロベリアと対峙する実に数時間前のことだった。

 


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