狼剣士のロキとフェンリル   作:山吹 色

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10.仲間と狼剣士

ローザ(偽名:ルイス)率いるレジスタンス組織のアジトへ向かう途中のことだった。

初めて見て思ったのが地下道というよりも、洞窟に近いような感じだ。

この地下道は元々、ヘルズヘイム公国全領土の地下に巡らされる下水道として掘られていたものだった。

数年前に彼女達が居なくなり、国王も床に伏してから政治がおかしくなり、さらに起きた未曾有の大飢饉に見舞われ、食糧難で人が減っていった。

そのせいで人手不足が追い打ちを掛け、国王が亡くなる前にヘルズヘイム公国地下下水道工事は全面中止となった。

工事の総監督だった国王が亡き今、この地下道をの存在を知っていたのは、前国王と共にここに来た事があるローザだけだった。

その後、ロベリアは実験で得た己の力に酔いしれて暴走し、恐怖と力で支配しようとする暴君の片鱗を見せた彼女の政策が始まる。

それを聞いたローザは姉に「そのやり方は間違っている」と強く反発する。

彼女は姉の怒りを買い、捕えられそうになったのを何とか逃げ切った彼女は地下道の存在を思い出し、そこに逃げると同時にまずは最低限の生活が出来る小さな施設を造った。

秘密裏に自分を慕い信頼する者達を率いれ、偽名を名乗って国外に出て協力者を募り、対抗するための武器を調達し、数ヶ月にしてクーデターの日に向けた大規模なレジスタンス組織を設立した。

姉の間違えた考えを正し、この国をあるべき姿に戻す為に。

自分が何故レジスタンス組織を作ったのかという経緯を元気に話しながら前を歩いていたローザが、いきなり息苦しそうに胸を抑えてしゃがみ込んだ。

それを見ていた俺達は、慌てて彼女に歩み寄った。

 

「大丈夫か?」

「……うん。大丈夫。いつもの発作の様なものだよ。しばらく休めば治るから」

 

そう言いながらしゃがんだまま深呼吸をするローザ。

しかし、具合は一向に良くならない。

珍しく気を利かせて背中を摩っていたロキは何かに気が付き、唐突に摩っていた手を止めた。

 

「会った時からずっと違和感がしていたのじゃが、ようやく気付いたわ」

「違和感?」

「あぁ。こやつは……」

 

目の前にうずくまる彼女を見て、何故かロキは言葉を止めた。

ランタンの灯りに映し出される美しい顔。

その表情は眉を潜め、どこか悩んでいるように見えた。

 

「ふむ。なんと言ったら良いのかえ」

「なんだ?」

「こやつ……ルイスは魔導回路を持っていないのじゃ」

「何!?」

 

神妙な面持ちでそう言うロキ。

魔導回路は契約した戦精霊をこちらの世界に呼ぶ通路を鍵という役割もあるが、他に魔導を使う為の魔力を発生させる役割も兼ねている。

体内に生まれつき持っていたり、外部の媒体を使ったりと用途は様々だが、本来ならば原理的に魔導回路を持っていなければそこに魔力は発生しない。

しかし、彼女からは魔力を感じる事が出来る。

ロキの話が本当ならば、彼女は一体どうやって魔力を?

まさか……。

 

「それは有り得ん旦那様や。仮に魔魂蟲を魂に宿しているなら魔力に多少なりとも魔魂蟲の臭いがするのだが、こやつから何の臭いもしない」

 

俺が思っていた事を先読みしたロキが、その考えを一蹴した。

戦精霊は魔魂蟲の魔力に対して非常に敏感だと言っていた事を思い出す。

その戦精霊であるロキが言うのだから、それは間違えた考えなのだろう。

 

「やっぱりバレちゃったわね……いずれ話そうかと思っていたけど」

 

症状が落ち着いたのか、大きく深呼吸をするとゆっくりとその原因は何なのかローザは話し始めた。

魔導回路の継承は家系による遺伝によって決まる事が多いと世間一般に言われている。

魔導五大名家の一つと言われていたレジストリ家は現在のヘルズヘイム公国を統治する王族。

そして優秀な魔導剣士を輩出する家柄だったそうだ。

だが通常、産まれてくる子供が双子や3つ子などとなると魔導回路の継承にどちらかに偏りが生じると言われている。

ほとんどの場合は継承に失敗し、魔導回路を持たない子が多い。

ロベリアとローザは前列が数少ない、非常に稀な同じぐらいの性能を持つ優秀な魔導回路を持って産まれてきた。

しかし、数年前にオルメルト帝国の研究者にその事がバレて目をつけられ、家族で別荘にいた際に拉致されて俺と同じ機関の研究施設にいれられた。

突然、娘達が居なくなってしまい、ヘルズヘイム公国の国王と王妃はショックのあまり寝込んでしまったらしい。

施設に入れられた時に、彼女達は離れ離れになった。

あの研究施設では男の魔導剣士を造る実験とは別にもう一つ別な実験が行われていたという。

同じ性質を持つ二つ魔導回路を掛け合わせた同質魔導回路融合(クロスアップブースト)を生み出し、より強力な魔導剣士を造るという、要は男の魔導剣士が造れなかった時の為の保険の実験だった。

その時に同じ棟に俺が居たらしいが、ローザとは面識がなかった。

会う可能性があるなら実験だか訓練が終わって部屋に戻る途中の通路で、すれ違う時ぐらいだったからな。

彼女はずっと覚えていたらしいが、俺にはほとんど記憶にすら残っていなかった。

同質魔導回路融合(クロスアップブースト)……同じ性質を持つ二つの魔導回路をある特殊な方法で融合させ、魔導回路そのものを重複させることでさらに強化する力技と言ってもいい方法だ。

もちろん合法ではなく非合法の中でもポピュラーな魔導回路強化方法だが、この時代は世界で戦争が起き始めた頃と重なり、人々は人工的に魔導を造ることすら恐れず厭わなかった。

例えそれが神への冒涜、禁忌そのものだろうとそんなことなんて関係ない。

……全ては自国の勝利のため、そして世界の覇権を手中に治めるため。

同質魔導回路融合(クロスアップブースト)を行う方法には条件があり、同じ血族で同じ魔導回路を持ち、なおかつ同じ年齢の子を媒体として使用すること。

つまり、双子以上で無ければいけない上、片方の魔導回路をもう片方の魔導回路に融合する際、どちらかの魔導回路を摘出・移植する。

そこまで言われたら俺は容易に想像が出来た。

ロベリアを実験の媒体して、ローザの魔導回路を摘出・移植したと。

そうなると魔導回路を失ったローザは魔力を持てないが、摘出した後遺症で魔力が身体の中に残り、ゆっくりと時間を掛けて身体を蝕んでいる。

元より魔力は持つ者にとっては無害だが、持っていなかった者が触れたり、体内に吸収したりすると心身に異常をきたす。

あったものが無くなり、無害だったものが今では生き残った彼女を苦しめていたのだ。

そして五年前、オルメルト帝国が事実上、滅亡したおかげで無事母国へ帰れたが、両親が帰らぬ人になっていた。

それからロベリアは高い魔導の文明を持つ国柄を利用して精鋭部隊を作り、人が変わったように三年前から次々と隣国を攻め落とし、同質魔導回路融合で得た強力無比な魔力を使って焦土と化していった。

 

「……酷い話しじゃの」

「言葉も出ないな。ちくしょう」

「仕方ないよ。そういう宿命だったんだからさ」

「ルイス……」

「さぁ!暗い顔してないで前向いて行こう!いよいよ明日は決戦の日だよ!新しいヘルズヘイム公国が誕生する、歴史的瞬間だね!」

 

自分の過去の話を払拭するかのように、彼女は静かに佇む俺達に満面の笑みで笑ってみせた。

だけど俺は彼女のように笑えなかった。

もちろん、隣にいるロキも。

なんで関係のない彼女達姉妹が、俺が受けたあの地獄の様な実験の保険代わりに拉致され、終わった今でも苦しめられなくちゃいけないんだ。

苦しめられるのは俺1人だけでよかっただろう!

思わず叫びたくなったが、慌てて堪えた。

再び歩き出した彼女の後ろ姿を眺めながら、俺は声すら掛けてあげる事ができなかった。

そんなことをされて2人の人生まで狂わせた俺を、ローザはなぜ恨まないのか。

……あぁ、そうか。

その憎むべき対象のオルメルト帝国を滅ぼしたのは言うまでもなく俺だったな。

だから恨んだり、憎んだりする必要はもう無くなったのか。

 

「なぁロキ」

「なんじゃ?」

「1度摘出した魔導回路は元に戻せないのか?魔導回路の大元である戦精霊のお前なら、彼女を助ける方法があるんじゃないか?」

「このたわけ。いくら戦精霊だからといって何でも出来ると思うな。それにあやつは身体の中に残された魔力に毒され続け、数年も経っているのにも関わらず生きてるのは奇跡じゃがの。普通なら1日も持たないじゃろうな。おそらくあやつの身体に長きに渡って蓄積された魔力でどんどん弱っていき……あと数日か数週間くらいの間に確実に死ぬ」

「死ぬ……のか……」

 

深刻な面持ちでそう切り出したロキ。

どことなく分かっていた事かもしれないが、俺はどうしても納得できなくて肩を落として項垂れた。

せっかく知り合う事が出来たのに、あと数週間くらいの命なんてあんまりだ。

目の前にある消え掛けた命を、助ける事が出来るなら全力でそうしたい。

だけど、俺達には達成しなくてはいけない最重要な目的が3つある。

 

1 フェンリルを無事に連れ帰ること。

 

2 この戦いの根源であるロベリアを倒し、衰退したこの国を救うこと。

 

3 ルイスの協力の元、ヘルズヘイム公国の内部へロキと共に潜入し、反乱軍の援助および出来うる限り兵力を削ること。

 

戦争は救いが無いというのはまさにこの事だ。

例えば俺達がフェンリルを奪還し、ロベリアを討伐、反乱軍によるクーデターが大成功したとして、余命数週間のローザが王女になったとしても直ぐに後継者を擁立しなければ滅びる。

もしもクーデターが失敗してロベリアが王女の座に付いたら、資材不足や食糧難にさらに拍車がかかるし、そのせいでルシュクル王国も攻め滅ぼされる。

どれをとって最善を尽くしたとしても、その未来に救いが無い事に変わりはない。

全て救う事が出来るなら、どこぞの英雄みたいに全部救ってハッピーエンド万々歳って終わらせたい。

だけど俺はもともと罪人……一つの国を滅ぼした大罪人。

そんな奴が今さらこんなことを願うなんて、どの面下げて言ってやがるって話だ。

この世界を作った神様が気まぐれを起こさない限り、そんな奇跡が起きるはずもない。

──それが現実なんだ。

結局、俺は目の前にいるたった1人の女の子さえ助けられない口先だけの偽善者なのか。

……情けないよな、全く。

そんな俺達を尻目にローザは薄暗い地下道を前へ前へと歩き続けた。

 

 

 

 

 

──同時刻、エスツィムル樹海地上班。

急遽、一万人以上の大軍を率いてエスツィムル樹海に現れたヘルズヘイム公国軍。

予想はしていたものの、大差どころではない人の数に言い知れぬ緊張と不安を覚えた。

あちらは一万人に対してこちらは10分の1以下。

千人にも満たない兵士だけで乗り切るなんていくら何でも無茶がありすぎる。

誰よりも私……副隊長であるライラはそう思った。

私は地上班のメンバーが足りなくなり、本陣がある地底湖から移動した。

地下班はエレナーデさまが指揮を執るという事なので心配はない。

地上班の足りなくなったというそのメンバーはサザナミ隊長なのだ。

サザナミ隊長はルイスというレジスタンス組織のリーダーと共に朝早くからヘルズヘイム公国本土に向かい、内部へ侵入してクーデターを引き起こして兵力を根こそぎ削ぎ落とす重要な任務を遂行している。

もしも失敗したら最後、彼は2度と帰って来ないかもしれない。

いや、今は余計なことは考えないでおこう。

私達の任務は敵を誘導して複数の洞窟に誘い込み、その洞窟の中で徐々に数を減らすという事。

そしてロベリアが来た際の足止めをしなければいけない。

命を懸けるという事はこんなにも深い恐怖と不安を覚えるものなのか。

初めて私はそう思った。

 

『……こちらサクヤ。周囲に異常はなし』

『マリナです。こっちも周りに異常なし』

「了解。エレナーデ様、こちら地上班。周囲警戒中。特に異常なし」

『こちら本部。うむ、ご苦労。どうだライラ?敵の動きはあったか?』

「いえ。まだ動きはありません。引き続き監視を続けます」

 

胸間や腹、太ももなどが見えている紫色の魔装具に身を包み、大剣を左手で担ぎながら私は右耳に付いたピアスの赤い水晶みたいな装飾を右手で軽く摘む。

一見、普通のおしゃれなピアスに見えるが、魔力を電波のように飛ばして遠距離にいる魔導剣士達とここに連絡を取り合う超小型の無線機のようなものだ。

何もしなければ受信、軽く摘む事によってこちらからの送信が可能。

飾りのようなデザインなので敵が見ても無線機だと分かりにくいのが特徴だ。

この装置は魔導剣士隊および指揮官であるエレナーデ様だけが持っている。

エレナーデ様の指示に従い、私は担いでいた大剣を背中の鞘に収めると敵に警戒されないように近くにあった高木に静かに登り、微かに見える敵陣に視線を向ける。

ヘルズヘイム公国軍は昨日から陣形を展開したまま、微動だにせずそのままの状態だった。

考えられるのは、私達の動きを探っているのか、はたまた誰かの指示を待っているのか。

だが、あそこが本陣のはずなのに誰も指揮していないというのは誰がどう考えてもおかしな話だ。

仮に私達の動向を探っているとするならば、今までに何度か敵と交戦してもおかしくはない。

それがおかしな事に昨日から何もアクションを起こさないのだ。

こちらから攻める事も考えたのだが、誰があんな人数がいる敵陣に突っ込もうなんて考えるのだろう。

そんな輩がいたらそれこそ愚の骨頂。

数で圧倒的に不利な我々から攻めれば多勢に無勢。

一方的に袋叩きにされて終わりだ。

こんな状況で誰も死に急ぎたくなんてない。

もしやこの状態にしている事に、何らかの意図があるのだろうか?

考えれば考えるほど謎が深まっていく。

それにこれだけ何も起きないという事自体に言いようのない不気味ささえ覚える。

 

「こちらライラより本部へ。目視確認中。現在も敵陣に目立った動きなし」

『そうか。かれこれ半日以上経ったというのに全く動きがないとはな』

「はい。不気味としか言いようがありません」

『……うむ。その通りだな。これだけ変化がないとさすがに気味が悪いし、待ってるだけというものも精神的につらいものがある』

「それもそうですが、こちらから動くという事にメリットは何もありません。ただでさえ戦力差で我々は圧倒的に負けています。もしも迂闊な行動をして失敗するのは我々にとって死を意味します。ですのでこちらも慎重に敵陣の動向をさぐりながら何か起きるまで耐えるしかないと私は思います」

 

あくまでもカウンター狙いつつ、持久戦に持ち込むと提案する私。

何も無いまま時間が経つにつれ、戦いに向けて張りつめた緊張感を持つ兵士達の士気も下がる。

士気が下がればこの作戦に影響が出る。

この作戦はみんなの協力が無ければ達成は不可能。

そうなる前に早く攻撃に打って出たいエレナーデ様の気持ちは分かるが、敵の動きがない以上、私達は動くことは出来ない。

既にそういう布陣を展開している。

少しでも布陣を変えてしまうと、大きな隙が生まれ、敵に付け入ることを許してしまう。

油断は禁物。

もう後には引けないのだ。

木の葉を使って身を隠し、木の枝に座り込む私はあまりのもどかしさに拳を力強く握り締めた。

待ちに待った魔導剣士隊が結成され、ようやく戦場に出たというのに、何もしないまま時間だけが悠々と過ぎていく。

ここが戦場だという事さえ通り越し、生と死が隣り合わせの場所というその感覚さえ麻痺してしまう。

まさか……これが奴らの狙いなのか?

私達の行動の先を読んでいるという事、すなわち未来予知なのか?

そんなバカな事はありうるはずがない。

どんな魔導にも僅かな時間を操り、未来を垣間見るという術は存在しない。

なのでもしも未来予知が出来るというなら、それはそういう体質(スキル)を持っている可能性もある。

だが、それを調べる方法は現時点で存在しない。

そうなると単純に考えたら私達の中に敵の内通者がいるのか?

しかし、今さらそんなことを何百人いるの兵士一人一人を事細かに調査する時間もない。

それに仲間達を裏切る事になり、今の状況では反感を買って暴動が勃発する可能性だってある。

仲間割れほど手を付けられないものはない。

ならばこの状況、サザナミ隊長ならどう捉え、どう考え、そしてどう行動するのだろう。

考えろ……考えるんだ私!

もしも内通者がいるとするなら軍内部の上層部にいる人物の可能性が高い。

つまりそれなりに地位のある人物だ。

そうなると人員を集めている地下に本陣を置いてる以上、地上の敵と接触する際には誰にも見つからずに洞窟を通らなくてはならない。

それを踏まえ、内通者は敵陣へ最短で行くことが出来る洞窟をあらかじめ選ぶだろう。

そこをマークすれば、きっと捕まえることが出来る。

 

「エレナーデ様」

『なんだライラ?』

「静かに聞いて下さい。それとほかの人には伝えないで欲しいです。もしかしたら軍の中に敵と繋がる内通者がいる可能性があります。なので敵陣方面に近い洞窟に20メートルに1人ずつ兵士を配置して監視して頂けますか?」

『ふむ……分かった。配置するとしよう』

「ありがとうございます。それと出来るだけ階級の高い人物を配置しないでください。下っ端でお願いします。あと、頻繁に洞窟に出入りしている人物がいるか注意して見ててもらえますか?」

 

エレナーデ様はその指示を聞いて速やかに行動を開始する。

とにかくこれで先手を打った。

あとは地上での対策を練ればOKのはず。

しかし……たったの3人で何が出来る?

相手は一万以上の軍勢なんだぞ?

数で圧倒的に不利なのは分かりきってる。

何か他に情報があれば選択できる作戦が増えるのだが。

双眼鏡のように両手を丸めて中を覗きながら木の上からじっと敵陣を見据える。

じっくり観察してみると私はある事に気が付いた。

敵本陣の人員がびっしりいると思っていたのだが、本当に忙しなく動いているのはそのうちの数百人だけだ。

立っている兵士の傍に座り、入念に何か調べているように見える。

そんなことされても兵士はまるで人形のように微動だにせず静かに佇んでいる。

 

(人形のように……?微動だにせず……?)

 

自分の表現にどことなく違和感を感じる。

何故、私はあんな表現をしたのだろうか?

生きてる人間なら同じところに留まる事はあまり無い。

忙しなくても何かしら目的があって動くはず。

それを私はなぜ人形みたいにと思ってしまったのだろうか。

……そう言えば先日、このを展開する時も微動だにせず彼らはそのまま立つだけ。

立つだけ?人形?微動だに……!!

未だに資材や食糧が逼迫してるヘルズヘイム公国が一万以上の頭数の兵隊を揃えるか?

エレナーデ様から聞いた話だと長い間の食糧難で国民の不満が爆発して内紛まで起きているらしいじゃないか。

それを踏まえて答えは……NOだ。

そんな大規模な人数を揃えれるはずが無い。

なぜなら内紛を鎮圧する為の兵士すら少ない中、他国と戦う兵士を出すのは惜しい筈だから。

だとしたら、大事な兵士を使わずして大人数を揃える方法はある。

1人の魔導剣士が傀儡(かいらい)の魔導を使い、複数の人形を遠隔で操る方法だ。

傀儡(かいらい)、または傀儡(くぐつ)の魔導とも呼ばれている。

それらは一般的に自ら発する魔力を操り、相手の身体の神経および精神を乗っ取るというものが主だが、中でも命や精神を持たない人形を操ったりする事も指すらしい。

あくまで机上の空論ではあるが、傀儡の魔導を極めれば数百人もの人形や人間を操れることが可能と言われている。

非常に優秀な魔導剣士隊を持つヘルズヘイム公国軍なら、数十人以上、あるいは百人近い人形を同時に操れる者がいてもおかしくはない。

人形なら数が減ったとしても軍の中での損害も無いし、見た目の数だけで私達に牽制をすることが出来るわけだ。

生命のない忠実なる兵隊……か。

私達もナメられたものだ。

こんな人形ごときにやられるワケにはいかない。

だが、まだ人形と断定した訳では無いのでもう少し観察してみて、確証を掴んだらエレナーデ様に連絡をとって指示を仰ぐとしようか。

あ、その前に。

 

「地上班全員。応答お願いします」

『はい、こちらサクヤ』

『マリナよ。どうしたの?』

「新しい情報が入ったわ。目視で敵陣を監視していたところ、敵はどうやら傀儡の魔導を使い、人形を動かして攻撃して来る可能性が浮上したの。おそらくは一万いる敵兵の内の九割はその人形よ。だから二人は動きがないか別な位置から監視しておいて欲しいの」

『『了解』』

 

そして私はすぐにエレナーデ様に連絡を取る。

敵陣を見た私はその現状を口頭で詳しく伝えると、彼女はちょっと驚きつつ小さくため息を吐いた。

 

「どうなさいました?エレナーデ様?」

『いや、サザナミが立てた作戦の中に敵が傀儡の魔導を用いて人形を使い、攻撃して来た場合に取る戦法が既に書いてあってな』

「まさか!?だとすると隊長はこうなると予想していたと言うわけですか!?」

『そのまさかだライラ。状況に応じたプランは幾つか書いてあったが、こんなにピンポイントで当てはまるプランを用意していたなんて信じられない』

「はい、私も同感です。それでその作戦とは?」

『その作戦の内容は実にシンプルだ。本陣を地上に移動し、全軍率いて敵陣へ強襲して一気に叩き潰す。人形諸共な。しかし、敵が人形を動かす前……調整している時じゃないとこの強襲は成功しない』

 

敵が行動するよりも前に、敵に気づかれるよりも前に敵陣へ強襲するのか。

そこを抑えてしまえば、敵は体勢を立て直せない他に私達に反撃すら出来ない。

なぜなら奴らにとって頼みの綱の攻撃手段を封じられた挙句、武器も人も揃ってない無防備の本陣目掛けて強襲したからだ。

何かの本で読んだことがあるが、傀儡の魔導は幾つもの術式や魔導回路が組み合わされていて非常に複雑で難解、その上、非常に繊細。

なので人形の調整をしている時、ちょっとミスしたり、邪魔が入ったりして作業を中断したりすると回路が狂って壊れてしまう。

それだけ扱いが難しく、準備に手間と時間がかかる魔導とも言えるが、その反面、とてつもなく強力な魔導でもある。

だがしかし、本陣を地上に移動していたら人形の調整が終わってしまい、逆に移動中を狙わねかねない。

本陣の移動中に奇襲を掛けられたら、私達は一貫の終わりだ。

……やはり地上にいる3人で敵陣へ奇襲を掛けた方がいいのではないだろうか?

失敗した時のリスクは非常に高いが、時間的にも今ここにいる私達にしか出来ない。

時間は待ってくれない。

腹を括るしかない。

 

「ですがエレナーデさま。絶対に本陣は移動させないでください。隊長の作戦とはいえ本陣の移動中に敵に奇襲されたら我々はひとたまりもありません。ですので現時刻より私達地上班はこの状況を打破するため、先手を打って敵陣に奇襲をかけます」

『……な、何だとっ!?しょ、正気かっ!?ライラ!』

「はい。本陣を移動している時間では、先に人形の調整が終わってしまいます。なので我々3人で奇襲を仕掛け、徐々に敵の数を減らしながら出来る限り援軍を出す時間を稼ぎます」

『……なるほど。それはしかたあるまいな。奇襲を仕掛けたと同時に少数ではあるがこちらから援軍を送る。では健闘を祈るぞ、ライラ』

「了解しました!」

 

そう言いながら敵陣を眺めていた私は背中に背負う大剣を鞘から抜き放つ。

 

「みんな聞いていた?」

『こちらサクヤ。聞いてたわ。いつでも突入できる』

『マリナよ。最近、闇市場で格安で手にいれた掘り出し物の狙撃魔銃の試し撃ちには丁度いいわね。後方支援は任せなさいな。敵の脳天にどデカイ風穴開けたげるわ』

「気合入ってるな。2人とも」

『はじめて戦場に出てやっと出番が来たんだもの。それは気合いだって入るでしょう!』

「そうね。だけど油断は禁物。さぁ、突入!」

 

突入の合図を出すと同時に私は大剣を振り翳し、敵陣に向けて駆け出した。

しかし、あんな悲劇が私達を襲うとは誰も知るはずもなかった。


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