狼剣士のロキとフェンリル   作:山吹 色

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第1章.戦精霊大戦~序章~
1.王女と狼剣士


ここはルシュクル王国城下町のとある酒場。

『ルシュクル王国』とは世界に7つある大陸で中央に位置する最も大きい『セインティア大陸』の遥か西側、緑と水が豊富な『エスツィムル樹海』の近辺にある。

主に外国と契約を結び、輸出入を行う貿易国として栄えた発展途上国。

ゆえに世界中から色んな人が集まる。

最近では世界を渦巻く戦争で隣国と緊迫した状態にあると言うのはよく耳にはしていた。

それは置いといて城下町はちゃんと整備され、露店が立ち並び、真夜中だというのに活気があり、人があちらこちらにいる。

緑豊かな自然が溢れ、街の至る所に大きな川や小川などが流れていて水が豊富。

ちなみに船での貿易が主体になっている。

木材やあらゆる鉱石類、作物などが船で世界へ輸出されている。

街の道路は綺麗に並べられた乳白色の石畳、色とりどりの煉瓦造りの建物が多い風情のある街並みだ。

国自体はあまり大きくないため、隣国との領地の境い目には分厚い城壁が築かれ、入口には検問が多数あり、城下町を含む一帯を囲む。

中でも王宮や軍部のある街の中央部には堅固な城塞があり、人々は王宮の名に因んで『エルクレス城』と呼んでいる。

戦争で連戦連敗しているらしいが、本土が唯一攻め入られないでいるのはこの堅固な城塞のおかげであるのだろう。

しかし、今晩はどうやら熱帯夜のようだ。

茹だる様な暑さに気が滅入ってしまう。

昼間に到着した俺達は今晩泊まる宿をひたすら探しながら、その夜、休憩がてら外れにあった酒屋に足を止めた。

とりあえず何か飲み物が欲しかったのだ。

 

「よし。何か飲むか?フェンリル?」

 

俺は脇に手を繋いで佇む、月明かりに淡く煌めく銀髪ロングで獣耳を頭に生やし、ルビーのように輝く赤目で可愛らしい銀毛の尻尾を振っている、見た目から10歳ぐらいの少女に声を掛ける。

身長差が20センチ以上もあるので、見上げるように顔を上げた少女は満悦の笑みを零した。

 

「うん!飲みたい!パパ!」

 

そう元気に可愛らしく返事する彼女。

パパと言うのは俺のことらしい。

言われなれない言葉なので、なんかむず痒い気がするが仕方が無い。

それもそのはず、俺は生まれてから現在まで20年しか経っていない。

つまるところ、俺はまだ20歳だ。

外見からそう見られてないらしく、実年齢より恐ろしく下に見られる事が多い。

まぁ、それにも慣れた。

彼女・フェンリルと目線を合わせるため、少しかがんでから頭を優しく撫でてやる。

 

「何が飲みたい?」

「んー……牛乳!」

「牛乳か。牛乳大好きだもんな。酒場に置いてあるかな」

「なかったら仕方ないね。我慢するお」

「よし。お利口さんだ」

 

と言いながらゆっくりと立ち上がり、小さい手を握りながら酒場へと入って行く。

アンティーク調な店内には人が居らず、俺達が一番客らしい。

そのまま何食わぬ顔でカウンター席に座り、フェンリルを優しく抱き上げて膝の上に座らせると、ロマンスグレーの似合うマスターが物珍しそうにこちらを窺う。

 

「おたくら見ない顔だね?」

「あぁ、世界中を旅しているんでね。ミルクはあるかい?」

「はいよ。お兄さん、もしかして子連れかい?」

「ま、そんな所かな。さすがにこんなに暑いと喉が乾くからね」

「そうかいそうかい。気をつけなよお兄ちゃん?いくらこの街が治安がいいとはいえ、最近物騒だからさ」

 

俺の膝の上にちんまりと座る可愛らしい狼少女に牛乳を渡し、マスターの話に耳を傾ける。

世間話をすると言うのも何かしらの情報を得る為には必要な手段だ。

宿探しのついでに、その物騒だという話が気になったので少し話を続けてみる。

そんな俺の顔の下では、んくんくと豪快に牛乳を飲む狼少女がいた。

その豪快な飲みっぷりに、マスターは微笑む。

 

「へぇー。最近物騒だって話、何が物騒なんですか?俺には凄い賑わってるようにしか見えないんですが」

「外から来る人が多いこの街じゃ検問の規制が緩いが、その分、政府軍の連中が『警邏(けいら)』と称して街をうろついてる。最近では一部の連中が変な言いがかりを付け、道端で乱闘やら挙げ句の果てに殺人事件なんかも起きているんだ。政府のお偉いさん方は公には公開してないんだがな」

「やれやれだ。荒んだ政府軍の連中ですね……これじゃたしかに物騒っちゃ物騒だな」

「だろう?私も可愛い一人娘がいるんでね。君達を見てたらつい声をかけてしまったんだ。だから用心するに越したことはないよ。旅人のお兄さん」

「ご忠告ありがとうございます。俺も今、コイツを失うわけにはいきませんからね。肝に銘じて起きますよ」

 

膝の上に座る狼少女の頭を優しく撫でながらそう言う俺。

撫でられるのが気持ちいいのか、うっとりした表情で俺を見上げるフェンリル。

今、世界中で『ある物』を巡って戦火の中にあった。

戦精霊(クリーク・ガイスト)』の奪い合いだ。

戦精霊とは、契約した者に一騎当千の力を与え、絶望的な劣勢に陥っても戦況を根底から覆すような非常に強い力を秘めた精霊である。

しかし、戦精霊と契約するには生半可な覚悟で挑むと最悪の場合、死に至ることがあると言われるほど至難である。

現に俺はコイツら、フェンリル達を使役する為に、自らの『血』を全て捧げた。

そして俺の血は彼女たちと同じ、魔力を持った特殊な血液に変わった。

これはどんなことを意味するかと言うと、俺は契約した戦精霊が死ぬ、つまり魔力が無くなるまで生き続けると言う契約だった。

まぁ強いて言うなら半分は人間で、もう半分はフェンリル達と同じとも言える。

俺は彼女たちが戦精霊として生き続ける限り、事実上、不死身と言う事なる。

まぁ、それは追々話すとしよう。

それは動物のような姿をしているとか、はたまた人間のような姿をしているとか書物によっては諸説ある。

俺の場合、契約したのは狼少女だったわけだが。

まぁ、簡単に言えばいわゆるチートを使い、イージーモードで世界の覇権を奪う為のコマ、つまるところの戦争に使う最強のコマ集めの真っ最中ってところかな。

だから、国内で殺人事件が起きようが何が起きようが、国のお偉いさん方は知らん顔ってわけだ。

戦いに勝つ為に夢中で国内の事に見向きもしないって世も末だぜ。

俺は注文したカルアミルクを片手にそんなことを考えている。

 

「ところで旅人のお兄さん?アンタ名前なんて言うんだい?」

「俺?俺はサザナミ」

「サザナミ?おいおい。冗談は止してくれよお兄さん?サザナミって言えば『狼剣士(おおかみけんし)』って名前で有名な魔導剣士だぜ?神出鬼没の銀髪赤目少年で、狼の戦精霊を使役して敵の大国が占拠したミルカン島を血の海に沈めたとか……」

「おじさん!おじさん!あたし狼の戦精霊だお!」

「おいおい……」

 

無邪気に笑いながら手を挙げるフェンリルに困惑する俺。

それを聞いて驚きを隠せないマスター。

俺は騒ぎになる前に料金を支払い、フェンリルを担いでそそくさと酒場から逃げ出した。

狼剣士(おおかみけんし)・サザナミ。

今から五年以上も前、ミルカン島で暴れ狂った狼の戦精霊を説き伏せ、契約して力を発動。

島を占拠した敵国の兵士たちを一掃した悪名高き魔導剣士。

戦場でそれを見た兵士達は口を揃えて言ったらしい。

冷血で残忍、無数の屍の上で血を浴びて嘲笑する悪魔の如き剣士だと。

戦争が激しさを増す中、彼は戦精霊と共に忽然と姿を消した。

……それは紛うことなき俺だ。

無意味に戦う事に嫌気がさし、戦いから離れるため、コイツらと一緒に住みやすい街を探して世界中を転々としていた。

たまたま今日は通り道にルシュクル王国があったから、観光ついでによっただけでもある。

今現在、戦争している国の中でも最弱国と言われているルシュクル王国。

強い兵士がいるわけでもなく、これといった強みが全く無い。

攻め落とされるのは時間の問題だな。

担いでいたフェンリルが苦しそうだったので肩車に体勢を直してあげる。

 

「パパ?今晩はどこで寝るの?」

「そうだな……早く宿を探さなくては」

「うん!」

「さてさて、どっこが安いかな~?」

「そう言えばパパ……さっきから誰かに後をつけられてるよ。ずっと不気味な視線を感じるの」

 

宿屋の料金表を見比べながら歩く俺の頭にしがみつくフェンリルの力が、少しだけ強くなる。

その小さい手を取り、ゆっくり優しく握って安心させてあげる。

フェンリルはまだ幼い狼だけに気配や匂い、視線、雰囲気とか場の空気に、自らの身を守るため非常に敏感に反応する。

前から一緒に生活しているからわかった。

一種の防衛本能とも言えようか。

だから少しの違和感でも怖いと感じるのだろう。

人混みにはようやく慣れてきたとはいえ、野性で培った警戒心を忘れないということは酷く正しいと俺は思う。

そんなことに俺が気付かないはずはない。

先程から気が付き、ちょっと様子を見ながら相手の出方を窺っていた。

もしも襲って来るようなら……戦うか?

いや、戦ったところで俺に何のメリットは無い。

厄介な奴に目を付けらるだけ。

だったらトンズラこいて逃げたほうが得だ。

無駄な喧嘩は嫌だからな。

 

「どうするの?パパ?」

「どうするもこうするも知らん顔しとけ。危なくなったら逃げるまでだ」

「戦わないの?」

「戦わなくても勝てる。フェンリルのパパは強いから……な?」

「うん!あたしのパパは強いもん!」

 

そう無邪気に笑うフェンリル。

俺はそれを見てつられて笑う。

コイツの笑顔に、俺はどれだけ救われたか分からない。

とりあえず尾行を撒く事を考えて、この道の先を見たが、案の定、既に行く手を塞がれていた。

なるほど、先回りして行く手を塞ぎ、両サイドから俺達を挟み撃ちにするという魂胆らしい。

何たる初歩的な作戦だな。

まぁいいや。

とにかくフェンリルが怪我をしないように気をつけなきゃな。

ちゃんと魔導回路(パス)が繋ぎきってればフェンリルの剣形態(スパーダモード)でも戦えるが、出来れば使いたくはない。

魔導回路とは、魔導剣士が契約した戦精霊を精霊界から呼び出す時、こちらの世界へ向って通って来る通路の扉を開けるための言わば鍵である。

戦精霊はこちらの世界に姿を現している間、自身の姿を保持する為に自らの生命力の源でもある魔力を継続的に消費する。

魔力の上限には個体差があるため、消費する魔力の量の差は一概には言えないが、中にはとんでもなく魔力の燃費が悪い戦精霊もいるので常識的に考えて戦精霊はわざわざ自分の生命をすり減らすこちらの世界ではなく、精霊界に居るのがほとんどである。

それは様々な姿形の媒体でこちらの世界に存在し、主流になっているデバイスの姿形が電子回路の姿を模していた事から魔導回路とも呼ばれる。

魔導回路は契約した魔導剣士によって姿形が異なり、武器や魔導書あるいは紋章などいろいろある。

事実、戦精霊とはいえまだ未熟な上、フェンリルと俺とでは完全に魔導回路が繋がって無いため、フェンリルを戦精霊、いや、武器として使役するには不安定すぎる。

一番のところはフェンリルを巻き込みたくないという思いが強いのは確かだ。

行く手を塞ぐ連中をよく見ると、ルシュクル王国の紋章が刻まれた鎧兜を来ていることから、この国の兵士である事は間違いない。

しかし、すでにあちらは武器を手に取り、完全に臨戦態勢。

ここは穏便に行きたかったが、あの様子から黙って通してくれなさそうだ。

 

「フェンリル?」

「なぁに?」

「今からパパはこの人達とチャンバラごっこする。危ないからあの樽にこっそり隠れてなさい」

「ちゃんばら?」

「そう。見つかってしまったら怖い目に遭うから早く隠れなさい。終わったら呼びに行くから」

 

俺は宿屋の前にある空樽を指差し、フェンリルに優しくそう伝える。

怖いのが嫌いなフェンリルは直ぐに頷き、肩から飛び降りると目にも止まらぬ速さで空樽の中に飛び込んだ。

 

「ようお兄ちゃん。見ねぇ顔だな?余所者か?」

「しがない旅人さ。今晩泊まる宿を探しているんだ。そこを通してくれないかな?」

「旅人かぁ。残念ながら旅人が寝泊まりする宿屋はここにはねぇ。オレはお前みたいな威張りきってる野郎が大ッ嫌いなんだよ。寝るなら棺桶がおすすめだぁ」

「棺桶ねぇ……いただけないなぁ。初対面の人にそんな乱暴な言葉を使っちゃ。骸骨みたいな顔してるあんたの方がお似合いだよ。寝るなら棺桶がね」

「野郎……警邏隊隊長のオレ様に喧嘩を売るとは大したもんだな?久しぶりに暴れたくなってきたぜ……ぶっ殺す!」

 

奴が指を弾くと配下の兵士達が一斉に俺を囲む。

おいおい……威勢は良いが部下に俺を相手させる気かよ。

さすがお猿のお山の大将さんだこと。

 

「どうした?この人数にビビったのか?」

「いや、俺はてっきりアンタが相手してくれんのかって期待していたんだが……どうやらビビリは親玉の方らしいな?」

「んだとコラ」

「わかったわかった。まず、お前らの相手してやるからどこからでも掛かってこい。ただし手加減はしない。もう二度と剣が握れなくなる覚悟で来な」

「調子こいてんじゃねーよコノヤロー!」

 

お、釣れた。

こんな安い挑発に乗るようじゃまだまだ未熟だな。

両手剣を振りかぶり、斬りかかってきた一人目の剣を左手で軽々と払い除けるとそのまま前方に身体をスライドし、顔面に思い切り身体を捻りながら筋肉のバネの反動を利用して右肘を打ち込む。

当てた拍子に被っていたメットが弾け飛び、よろめく兵士の腕を掴んで引き寄せ、再びがら空きになった顔面へ頭突きで追撃する。

生木がへし折れるような音がし、頭突きをされた兵士は音も無く崩れ落ちる。

倒れた兵士が握っている両手剣を素早く奪い、振り返りもせずに背後で放たれた斬撃をその剣の柄で受け止める。

 

「なっ!?背後で放たれた剣を、振り返りもせずに変則ガードしただとっ!?」

「残念だな。お互いに魔術無しの切った張ったの勝負で、クロスレンジだけならこの俺に死角は無いんだわ」

「ちくしょう!今のはまぐれだ!」

「まぐれ?いやいやオレとお前らの経験値の差だろ普通?」

「し、しゃらくせー!まとめてかかれっ!!」

 

見たこともない技にビビった親玉の合図で、俺に向かって一斉に斬りかかって来る連中。

仕方ない。

戦意だけでも削ぎ落とすか。

振り返りながら、先程受け止めた剣を弾き返し、回し蹴りで男を他の連中を巻き込むように思い切り吹っ飛ばす。

予定通り四、五人巻き込んでぶっ飛んでった奴らは壁に衝突して気を失う。

そして残った奴らの斬撃を紙一重で躱しながら、上手く回り込み、斬撃や関節技などで持っていた剣や腕を容赦なく破壊する。

その度に苦しそうな悲鳴が辺りに響き渡る。

だが決して殺しはしない。

生かさず殺さずのギリギリの線で、今後一切そんなことをしないように、いたぶられる側の恐怖とトラウマを存分に植え付けてやるのだ。

今までお前らに襲われた連中はこんなもんじゃねぇんだよ。

そうしてコイツら子分共の見せしめは終わりっと。

次は……親玉だ。

 

「さてさて。次はアンタだ」

「な、何者なんだよ!?お前!?」

「しがない旅人って言ってんだろ。道を譲ってくれりゃこんなことにはなんなかったのによ。さて、最後に質問。今まで何人殺った?」

「……5人。自分で手に掛けたのは5人だ。それがお前に何の関係があるっつーんだよ!?」

「そうか。街を守る警邏隊の隊長さんが自分の気分で人殺しねぇ。話になんねぇわ。んじゃおっぱじめっか。剣を持てなくしてやんよ」

 

情けない悲鳴を上げて尻もちを着ち、後ずさりする警邏隊の隊長。

冷たい目をした俺はゆっくりと剣を構え、その切っ先を奴の喉に向ける。

慌てふためき、逃げようとバタバタと藻掻く奴。

すっと左脚を出し、腰を低くして重心を下げる。

ゆっくりと前傾姿勢になると音も無く姿を消す。

すると奴の数メートル先に背を向けた状態で姿を現した。

次の瞬間、奴の両手首両肘、足首から血が盛大に噴き出す。

 

「ぎゃああああっ!?痛い!!痛い!!」

「情けねぇ声出すな。通りすがりに手足の腱を斬っただけだ。ちなみに手の腱は全て完全に斬ったからもう剣すら握れねぇよ。警邏隊は引退した方が良いぜ」

「てめぇ……!!」

「あぁ、最後に恨むなら自分の行いを恨みな。お前の身勝手な理由で殺された人の気持ち、そして悔しさを。俺はしがない旅人。お前の言う通り何にも関係ないんだからな」

「……ちくしょう!覚えてやがれ!次に会った時は必ず殺してやる!」

 

剣を地面に刺し、うめき声を上げてのたうち回る奴を尻目にフェンリルの隠れた樽に近づく。

 

「フェンリル?」

「その声は、パパ……?」

「うん。さぁ行こう。他の連中に見っかると厄介だ」

「パパ、もしかしてチャンバラで勝ったの?」

「おう。なんせフェンリルのパパだからな。さぁ行こう。今晩の宿探しの続きだ」

 

安心した表情を見せると、樽から飛び出してぎゅっと抱きつくフェンリル。

彼女を優しく抱き上げると、街の中へ向って歩き出す。

その時、野次馬を掻き分けて現場に着いた他の警邏隊とすれ違うような感じで逃げ切った俺達は見付からずに済んだ。

 

 

 

 

その頃──。

騒ぎを起こし、逃亡中のサザナミとほぼ同時刻、ルシュクル王国エルクレス王宮内。

ルシュクル王国を統治する国王と王女殿下が住まう、国の中央にある巨大な城。

あ、そうそう。

自己紹介が遅れましたね。

私はエレナーデ。

ルシュクル王国第一王女で、国の軍部の最高司令官をしている。

先程、城下町で起きた騒ぎで少々慌ただしくなっていた。

軍部の指揮を執る私は敵国との次の戦いに備え、いろいろと作戦を考えながら窓の外を眺めていた。

実は作戦を考えるほど、実戦の経験が無いから考えるのを諦めていると言ってもいい。

私の夢は、最強の戦精霊と契約を交わし、優秀な魔導剣士になってこの国に平和をもたらすことだった。

魔術の腕も、剣の腕も幼い頃に猛特訓したお陰で、魔導剣士のいないこの国では右に出る者はいなかった。

唯一無二の、この国でたった1人の魔導剣士になれるはずだった。

しかし、二年前に病で倒れた父の跡を継ぐため、跡継ぎがいない中、長女である私はその夢を諦めて王座に腰を据えることになった。

この戦争は一騎当千の力を秘めた戦精霊の奪い合い。

…まさにそのとおりだった。

戦精霊を手にした国が生き残り、手に出来なかった国は敵国に攻め入られ儚く滅びる。

理不尽、とも言える戦争だ。

我が国も幾度となくその戦いに巻き込まれたが、結果は言うまでもなく連戦連敗が続いた。

軍部の中では私の士気が次第に下がり、とうとう反発する輩も現れた。

果たしてこのままでいいのだろうか?

父が一代で築き上げてきたこの国はもう終わりなのだろうか?

最近、そんなことばかり頭の中で巡っている。

やはりこの戦いは戦精霊が使える優れた魔導剣士がいなければ、我が国に勝ち目の無い戦……という思いに至った時、部屋に城下町の巡回を命じた部下が慌てて入って来た。

 

「失礼します!エレナーデ殿下!!」

「……どうした?騒々しい」

「我が国の城下町に……あの悪名高き魔導剣士『狼剣士』らしき人物が、我らの警邏隊を壊滅させたとの知らせが入って来ました!!」

「……狼剣士?警邏隊を壊滅?何を寝惚けたことを言っている?狼剣士は五年以上も前にいなくなったと言っているではないか?誰がそんなことを信じる?」

「目撃者も多数おります!銀髪の男と狼少女と思わしき人物を発見後、行く手を阻んだ警邏隊と交戦。激しい乱戦の末、隊長他何名かが重体の大怪我をした模様。男は少女を連れて逃走中です!!」

 

緊迫した様子で語る兵士に耳を傾ける私。

銀髪の男と狼少女……。

まさか……そんなことがありうるのか?

あれはただの噂だ。

そもそもこの報告に信用する要素がどこにある。

十中八九、デタラメに過ぎん。

いや、もしもそれが本当なら……?

次の戦い、勝つ可能性がある。

よし、賭けてみよう。

 

「決めたわ。街を巡回している警邏隊全員に通達。そいつを即刻捕まえて私の前に連れてきなさい」

「エレナーデ殿下!?相手は悪名高いあの『狼剣士』ですぞ!?一体何を考えてらっしゃるのですか!?」

「私に名案があるわ。これは我が国の未来に関わる重大なことよ。失敗したらもうこの先で起きる戦争にはどう足掻いても勝てない。国は滅びるわよ?」

「戦争には……勝てないですと!?まさかエレナーデ殿下!!」

「そのまさか。あの狼剣士を、我が配下に引き入れるわ。これが本当に最終手段ね。失敗したら敵兵に侵攻されて国は終わりよ」

 

王女の無茶苦茶な提案に、さすがに何も言い返せず黙り込む兵士。

 

「心配しないで。自分の身は自分で守るわ。それに相手だって馬鹿じゃないと思うの。こちらが破格の条件を出せば必ず乗ると思う」

「もしも断られたらどうするんです?」

「別な手を打つまでよ。我が国の未来が掛かってるの。このチャンスを諦めたら今度こそ終わるわ」

「……分かりました。殿下を信じます。巡回している警邏隊全員へ早急に通達して参ります。奴が見つかるのも時間の問題です」

「わかった。早急にお願いするわ」

 

兵士は足早に部屋から立ち去ると、私はベッドに横になり、その時を寝ながら待つことにした。

……狼剣士・サザナミ。

魔導剣士という枠の中で名を知らぬ者はいない、実在したとされる伝説の悪名高き魔導剣士。

剣の腕前は超一流で、一度剣舞が始まれば迫る敵を皆殺しにするまで終わらない。

当時最強と言われた最南の軍事国家『オルメルト帝国』が、領土拡大の為に近海の敵地であるミルカン島へ侵攻した際、起きた事件は彼の伝説の中でも有名。

狼の戦精霊の力を手に入れ、更に狂気を増した大殺戮剣舞で、1日に何万人のオルメルト兵が死んだと言われている。

この事件でオルメルト帝国の兵力が格段に低下し、どんどん衰退していったと聞いている。

過去、魔導剣士が絡んだ事件では史上最悪の被害で、犠牲者の数もこの事件を超えるものは今までに無いだろう。

史上最悪にして最凶、風化すること無く今の人々の脳裏に、強く恐怖と絶望を焼き付けた邪悪なる魔導剣士、それが狼剣士・サザナミなのだ。

しかし、この戦争……戦精霊を奪い合う戦いが激しくなるにつれて、彼はこの表舞台から忽然と姿を消した。

まるで激しくなる戦うことを嫌い、逃げていくかのように。

もし相手が間違いなく、例外もなく本物の狼剣士だったら、交渉している最中に、私は殺されるかもしれない。

いや、それは最悪の場合の話だ。

今からそんなことを気に病んでも仕方ない。

ここはゆっくり休むべきだろう。

ゆっくり瞼を閉じ、その時に備えて深い闇の中に落ちていった。

 


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