扇矢萩子の捜査録~艦これRPGリプレイ~   作:長谷川光

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呉鎮守府 ~気の置けない友~

「磐ちゃん、帰ってきましたよ」

呉鎮守府に戻ってきた浅間は磐手の私室を訪ねていた。

「おぅ!戻ってたのか、座ってくれ!」

人懐っこい笑みを浮かべた顔をひょいと覗かせて返事する親友の言葉に頷くと、いつもの席に腰掛けた。

京都土産に買ってきていた八橋の菓子折りを机の上に置きながら、呉にいるはずのもう一人の共通の古馴染みの消息を尋ねる。

「八重ちゃんにも渡そうと思ったのだけれど、何かあったの?」

「あー、今度のドイツからの客への接待の手が足りんとかで応援に行くことが急にきまってさ」

部屋の奥で何かを引っかき回しているらしい部屋の主はそう答えると、やがてテーブルに何やら封筒を持って戻ってくる。

「そっか…磐ちゃんだけか」

「おいおい、何気に酷ぇな。おい」

残念ですと声ならぬ声で主張する浅間はワザトらしくごねてみせる。

「そりゃそうですよ、イズー(出雲)は仕方ないけれど…三人でゆっくりできると胸膨らませて戻ってきたというのに…」

 

 八重こと装甲巡洋艦艦娘、八雲は磐手や浅間と同じく呉鎮守府に所属しながら海軍兵学校で士官候補生や新米艦娘を相手に教鞭を執る日露戦争以来の古参だ。

三人とも同じ鎮守府でそれぞれの職務に就いてはいるのだが、全員が得意とする技能が異なっているために、公人として会議で顔をあわせる機会はあるものの、三人が私的に集まれる機会は極めて少ない。

「…そりゃ悪かったな、アタシだけで」

そんな背景があるために、浅間の感情が想像できる磐手もまたワザとふてくされたポーズを取る。

 

 言葉の交わされることの無い、ピリピリとした静けさが二人の間に漂い始める。

磐手がちらりと浅間の方を睨みつけると、同じように彼女の方からの目線とぶつかった。

視線が絡み合った時、態と作った重苦しい雰囲気の馬鹿馬鹿しさに、どちらからともなく二人は笑い始める。

「ふふっ…でも、磐ちゃんにこうやってお土産が手渡せるのはいいものですよ。」

「はははっ!ったく、最初っからそう云いやがれよ!」

手を口に当て上品に笑って見せる浅間、快活に明るく笑い飛ばす磐手。

 

 

 

 浅間は貧乏貴族の娘、磐手は薩摩隼人の娘と生まれ故郷も違えば身分も異なる。本来ならば浅間は華族であり、磐手は平民だった。

明治維新に伴って建設された近代海軍、その水上兵士(艦娘)として志願した二人は、当時英国から軍事教官としてやってきたヒルダ・V・ネルソン(後の艦娘、出雲)の下で鍛えられ、その中でバディを組むようになった。

以来、今に至るまで近くにあっては酒を酌み交わし、遠くにあっては便りを交わしつづけた仲だ。

 

 磐手が何かに悩まされているというのを、浅間は汲み取っていたのだ。

 

「最近の若い連中は、という言葉の始め方は耄碌したやつのしゃべり方だが…」

「授業の話?」

磐手や浅間が最前線に立って戦った頃と、今では戦い方が根本から異なっている。磐手に限ってそのような話ではないと分かりきっていながらも、そう聞き返す。

「あー授業の件っつーか、そうだな…確かに下手するとアタシらの教育に話が及ぶかもしれんなあ…」

磐手のあやふやな言葉から、自分たちがここで教えた士官か艦娘のどちらかが何かしらの危険思想に走ったなどの事件の兆候が見つかったのだろうと浅間は感じた。だから短く続きを促した。

「何があったの?」

怒気混じりの声で磐手が応える。

「三年前のアレだ」

短く返された言葉に浅間は図らずも絶句していた。

三年前、つまり19CE年。表向きには深海棲艦による侵略を受けていた旧南洋諸島(クロギリ海域)を、陸軍と協力した大規模な作戦を展開した海軍は深海棲艦から海域の奪還に成功した年だ。

その際の海軍側の総責任者、南木平吾郎大将は大功を得たために元帥への昇格を認められたがこれを辞去。そのため、国民の間では謙虚な英雄として幅広く知られている。

 

 それが『表の歴史』だった。

しかし二人は共に、歴史の裏を知る立場にあった。

だから、浅間は半ば脅えたように返した。

「まだ何かあったの?」

 

 

   低く、抑揚を抑えた声で、淡々と自分の把握したことを磐手は浅間に伝えた。

 

 

「なぁ、アーコ」

所在なげな表情になる磐手に、浅間は頷きを返す。

「頼む」

「勿論」

阿吽の呼吸で最低限の言葉を返した旧友の肩をぽんと叩くと、まるで先ほどまでの陰鬱な雰囲気は無かったかのように陽気に振る舞う。

 

「お堅ぇ話は以上だ。茶だったな、持ってくるから」

「頼むね」

「応よっ」

短く言葉を交わす二人の間には先ほどまでの緊迫した雰囲気はなく。

 

「おっ 美味い」

「でしょ?」

 

ただただ、気の置けない友との時間が過ぎていくのであった。

 


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