扇矢萩子の捜査録~艦これRPGリプレイ~   作:長谷川光

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海鴎の暗号書
前回セッションで清霜が海鴎からスリとった船舶の入出港記録に似せた暗号書は以下のような背景を持ち、シナリオに影響を及ぼしていた。

セッション中では明らかにされていなかったが、特命捜査班には日中和平の可能性を探るという密命も与えられていた。
しかし、国民軍が上海包囲に向けた軍事行動を起こしたことから任務失敗と上層部は判断、通達した。
だが海鴎の暗号書を萩子達が解読したところ、次のような事が推論されていた。
・海鴎に対して、国民海軍は日本が過剰反応を示すだろう目標船を見繕わせている
・日中間の緊張増幅の為に、日本の政財軍が関連する船舶を海鴎の責任で撃沈させる。失敗または不可能である場合、海鴎を撃沈された体で自沈させる。
・海鴎が見つけた船に対して、彼女の上司があれこれ文句を付けている
・上記の事を踏まえて海鴎は動いているのか、上司からの文句の量は最近の記録に近づくほど減少。
・最後の記録は、大東亜重工がチャーターしている『ヌニョ・ロドリゲス号』が適合すると結論づけられ、その際に遣支艦隊に妨害される恐れが… という内容が記されている。
これに元同僚の飛鳥が、資料を暗号書を見られたことで焦った海鴎が、その日中に行動すると予測。
これを受けて特命捜査班は遣支艦隊を動かすよう出雲に持ちかけた。
前日の午後に手を刀でぶっさした為に貧血を起こしていた出雲であったが、事態を重く視たため病み上がりの体を押して風雲上海組と共に海鴎の計画阻止のために動いたのだった。
結果として、夜襲をかけようとした海鴎を逆に保護することに成功。
海鴎の身柄と引き替えに国民軍の撤退を確約できた政府は、特命捜査班と遣支艦隊を評価したのだった。


海鴎の暗号書/情報交換

 

**その後日談**

傷を負っていた海鴎は遣支艦隊本部の医療施設で治療と同時に事情聴取が行われた。

事情聴取の際に出された殆ど全ての質問に対して海鴎は返答しなかった。

しかし、病室に事ある毎に顔を見せた野分から中国語を教えて欲しいという要望には応えていた。

海鴎が中国側に返還されるまでの僅か四日間、その間に野分は日常会話に差し支えのない程度にまで中国語を拾得していた。

返還される日の朝、海鴎がこう呟いていたのを耳にした者がいた。

『私にはもう、誰を信じればいいのか…判らない』

十字を切る姿を眼前にしたその人物は彼女に掛けるべき言葉を持っていなかった。

(信じていいのは究極的には自分だけ…なんて、悲しい結論は出さないで…[小鸥])

ただそうやって、願うことしか出来なかった。

 

====

 

それは風雲上海組の五人が上海で合流した翌日の話。

6月29日 深夜23:30 満州国旅順

「なるほど…了解しました、その方針で手配します。」

男の静かな声が光の灯されていないトンネルの中で響く。

「頼んだわよ…で、そっちの動向は?」

女の声が真っ暗な穴の向こう側から返される。

「それがですね、海軍は直近で同盟に賛同の意を表明するだろうというおかしな風潮が出てきたんですよ。」

同盟と言ってこの時勢で指し示すのはただ一つ、ドイツとの攻守同盟だ。

コミンテルン勢力に対する日独防共協定が昨年結ばれて以来、陸軍が盛んに押し進めようとしているこの同盟案。

右翼で国粋主義者と呼ばれる人々が挙ってこれに賛成を示しているが、一方で外務省と海軍がこの進展に対して歯止めを掛けている真っ最中である。

最初は同盟に乗り気であった軍令部も反対の立場を明確にしている今、何をひっくり返せば海軍が賛同するというのか。

あり得ない、そう喉まで出かけた言葉に女は自問した。

本当にあり得ないことか?

その時、最悪な光景が彼女の脳内を横切る。

 

ーあの、南木大将が賛成を表明したならばどうか

 

「……海軍が?どういう事よ。」

努めて冷静な声で聞き返した女に、男は飄々と答える。

「上層部の喜び様は凄まじいですよ。最も外面の都合とこの話の真偽を確かめる意味も併せて、桧垣大佐が上海の様子を見に行くようです。」

「桧垣って……また自作自演じゃないでしょうね?っていうか仮にそれが正しい情報だって云うなら、その意見って奴はどこから流れているのよ」

「それがですね、上海を経由して持ち込まれたようです」

「また、なの……って、遣支艦隊の人間が発生源ではないのよね?」

上海から流れてきた情報だと聞き更なる痛みを頭に感じながらも、女は男の言葉に引っかかりを感じた。

「良いところに気がついてくれますね。えぇ、そうです。陸軍が上海に放っている情報士官の元へ、労働者を装った海軍少佐がメッセンジャーとなって接触してきたと聞いてはいます。ですが、その少佐が誰からの使いなのか、それとも独断で動いているのか全く掴めていません。」

「やっぱり若手グループの幹部…なのかしら。」

「恐らくそうだと思います…しかし、断言できません。悔しい話なので

すが、最近の動きは以前ほど杜撰でなくなっているのが現状です。この情報は彼らを利する事になりますが、だからと云って聴取を行うわけにもいかないのが現状であります。」

アジアでの覇権を確固たるものにし、また対英米抑止力の増加を狙ってドイツと同盟を結ぶ。

陸軍と右翼団体が声高に叫んでいるそれを、海軍の若手将校の一部でも受け入れ推進しようとしているのは軍人や政治家のみならず暴走したマスコミの手によって日本中に報道され、誰もが知っている事だ。

頻発するテロで政党政治家を脅迫することで政治を操っていた彼らが昨年起こしたクーデター未遂は、陸軍中堅の政治への発言力を極大にすることに成功。もはや、政治方針の決定に陸軍の意向を無視することは出来ない。

「仮に…だけれど。南木提督がそっちサイドにつくことを表明したら、どうなるのかしら?」

女の言葉に、男は頷いた。

「まず間違いなく、日英戦争の為の出師準備が行われます。そうなると…」

「ドイツとの友好関係の重要度が増していくって算段ね…」

 

南木提督、元帥への昇任を辞退した現役の老将軍であり生粋の艦隊派。

つまり、大日本帝国がアジアを深海棲艦の驚異から解放するのだという建前の下で他国の植民地の横取りを画策している輩、その急先鋒であり更には政界への影響力を強く持つ狸爺(たぬきじじい)

それが女にとっての認識であり、彼女自身化かされた経験を持っている為この食えない老人への痛烈な印象だった。

 

「…とは云え、南木大将がどの程度本件に関わっているのかは未知数。ブレイカーの男の独断である可能性も零ではありません。」

「……そう、ありがとう。報酬を渡したいけれど、要らないんだっけ?」

「少佐さんもお仲間の海軍、それも艦娘さんにバレたら背中から刺されるような事をしているじゃないですか。俺だって、こっちを良くするためなら無報酬で何だってしますよ。」

ため息混じりに愚痴を吐く男に女が茶々をいれる。

「ホント、良い飼い主が現れるといいわね」

「そうですね。いっそどうせなら美人で後ろ盾ある人に拾って欲しいですよ」

「拾って欲しいだなんて、敢闘精神が脆弱ね。」

「日本人の美徳、謙虚さを全面に出していこうかと。」

あくまでも冗談めかして男が続けるのを、女はクスクスと笑いながら応じる。

「男なら股を開け!ぐらいでもいいんじゃないかしら?」

「俺、まだ死ぬのはゴメンですから。エロ少将が心臓麻痺で死んだり、セクハラ大佐が風呂で頭を打って死んだり、ねぇ?」

「何を言いたいのかさっぱりね」

ワザトらしくさも動揺したような声で嘯く女に腹を抱えて爆笑する男、それに釣られて女も声を立てて笑い始める。

「では、俺はそろそろ戻ります。黒龍江からの荷物は『心の46cm砲』で手配しますので。」

「引き続き頼んだわよ、犬助さん」

「大助でお願いしますって、少佐殿」

軽口を叩き会う二人は、そのまま直接顔を付き合わせることなく別々の方向へと去っていくのであった。

 

 

その後、関東軍の資金で徴用された油送船が上海で活動中の風雲上海組の下に届けられたのだった。

しかしその背後(関東軍)を知るものは少ないだろう、遣支艦隊旗艦でさえ。


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