榊家リビングにて。
テーブルを間に、遊矢と母・洋子が椅子に座り、テーブルの上にユートがちょこんと正座をして座っていた。母と息子は真剣な顔で向き合い、両者の顔をユートがオロオロとしながら交互に見ていた。
「……」
「……」
「(ごくり…)」
あまりに真剣な表情にユートは思わず固唾を飲んで見守るしかない。ここで口を出しても何の解決にもならない。長くも短くも感じる沈黙。それを破ったのは、洋子のため息だった。
「…はぁー……分かった分かった。良いわよ」
「っ本当!?」
どこか諦めた様な、参った様な口調で言った洋子の言葉に遊矢の表情がパッと明るくなる。ユートもホッと安堵の息を吐いた。
「アンタの思いは痛い程分かった。…よくよく考えて見ればアンタがここまでハッキリあたしに言うのも初めてだしね」
「母さん…!」
困った様に笑う洋子。思い返せば遊矢がハッキリ母親に対して意見を言うのは初めてだった。元々気が弱く、泣き虫だった息子。父(夫)がいなくなって、無理に笑う様になったのも痛々しい物があったが、今ではちゃんと笑える。今までよく頑張ってきたと言いたい。
まさか、幼馴染を助けに次元を超えるだなんて思っていなかったけど。
「でも無茶はしない。大きな怪我をせずに柚子ちゃん連れて帰ってらっしゃい!あたしはここで待ってるから」
「っうん!」
「ユート君も、遊矢の事お願いね」
「にゃっ!」
こうして遊矢とユートは洋子の許可をもらい、外へと向かったのだった。
「あ、そうだ。遊矢。少し行きたい所があるんだが…」
「えっ?」
「えっと…絆創膏に消毒液に…」
「おかしでしょ~?パソコンでしょ~?じゅーでんきでしょ~?」
ガサゴソとバックとリュックに荷物を詰めていくモコと鈴蘭。ここはモコの家。鈴蘭と一緒に荷物とデッキチェックをしていた。
「後は…何を持って行ったら良いでしょう?」
「んとね~…ほーたい?」
「あっ、そうですね!包帯大事です!」
「モコちゃーん、デッキになにいれたらいいかなぁ?『次元障壁』とかいれちゃう~?」
「次元障壁?何ですそれ?」
対アカデミア用に特殊召喚メタ罠を入れようとする鈴蘭。結構殺気は高い。
「モコちゃん、シンクロじげんってどんなところかな~?」
「わからないです…でもシンクロ召喚を使うデュエリストがいっぱいいるんでしょうね」
「シンクロしょーかんはソティリアなのー!」
「うふふ」
「あ、そろそろじかんなの!」
時計を見た鈴蘭は立ち上がると、よいしょとリュックを背負った。
「それじゃあおみせのほーにもどるね!またあとで!」
「はぁ~い」
「ばいばいなのー!」
ぶんぶんと手を振って、鈴蘭は日辻家を出て行った。鈴蘭を見送った後、モコは頬に手を当て、呟いた。
「私もデッキ調整を少ししましょうか…」
トントンと階段を昇って、二階の自室へと戻ったモコはデッキケースからデッキを取り出すと、カーペットの上に優しくカード達を置く。
アルカード、馬頭鬼、ゴーストリックの魔女、ゴーストリックの猫娘…そして融合。
「…あら?」
何枚か並べた所でモコは手を止めた。エクストラデッキから紫色の枠のカードが出てきたのだ。赤黒い、邪悪さが全開だが、それでもどこか懐かしいと思ってしまうそのカードは…
「『冥界龍 ドラゴネクロ』…?こんなカード…入れてないです…よね?」
モコがエクストラデッキに入れているのは『ゴーストリック』のエクシーズカードのみの筈だが、融合モンスターカードを入れた覚えはなかった。融合モンスターカードを使ったと言えば雪兎とのデュエルで真澄に貸してもらった『ジェムナイトレディ・ラピスラズリ』の1度きりだった。
だがモコはテキストを読んでみる。レベル8、守備力は0だが、攻撃力は3000とかなり高めな上に素材はアンデット族2体のみと軽い素材。
ゴーストリック達の中で一番攻撃力が高いのは『ゴーストリックの駄天使』の2000。相手を裏守備にして、フィールド魔法『ゴーストリック・ハウス』などの効果で、邪魔されない限りは相手に自分フィールド上にいるモンスターの数だけダイレクトアタックをするのがモコの戦術だ。とはいえ、少し攻撃力には不安が残る。だがドラゴネクロは攻撃力も高く、そしてアンデット族とかなり相性がいい。効果も悪くはない。
正直、手放すにはもったいないカードだ。
「…うん。入れてみましょう。よろしくね!ドラゴネクロちゃん!」
その言葉に薄らとどこからか龍の唸り声が聞こえた。
場所は変わって、LCにある黒咲に与えられた自室。
「(やっと瑠璃を取り戻せるかと思ったが…まさかシンクロ次元に行く事になるとはな…)」
黒咲の脳裏に昨日の事が甦る。
『なに!?融合次元に行くのではないのか!?』
『あぁ。正直我々では戦力不足だ』
『ふざけるな!!』
『ぴぃっ!』
LCの社長室で大きく響いた怒号に近くにいたモコが跳ね上がり、それを見て沢渡が怒った。
『おい!いきなりデケェ声出すなよ!日辻が怯えんだろうが!』
『悪いがそれどころじゃない!!こっちは妹の安否がかかっているんだぞ!?』
黒咲の言葉に沢渡が黙る。黒咲からすればたった1人の妹の命がかかっているのだ。これを焦るなという方が難しいだろう。
『ならば俺1人でも融合次元に…!』
『だ、だめです!』
行くと続くはずの言葉を遮ったのはモコだった。不安げに黒咲を見つめ、モコは言う。
『ひ、1人で行って、倒れたら元もこうもありません…』
『俺が負けるとでも!?』
『そ、そうではありません!敵の本拠地であるアカデミアが何をしかけてくるかわからないんですよ!?何よりあっちにはカード化の装置を作った人間がいます。…下手したらアカデミア中に仕掛けられてるかもしれませんよ、カード化の装置』
『ぐっ…』
カード化された人間はカードになってしまう為、動く事も喋る事もできない。もしそうなれば瑠璃の救出など無理な話だ。モコの言葉に黒咲が唸るが、ユートもモコの加勢に入る。
『落ち着け隼。頭に血が上って、焦るのはお前の悪い癖だ』
『ユート…!だが!』
『瑠璃を助けたい気持ちはわかっている。勿論こんな姿になってしまったが、俺も同じだ。それだけはわかってくれ。もし……これ以上反論するというならば……』
てちてちと二足歩行で黒咲の元へ歩みを進めるユートは、ぐっと拳を握ると…
『腹パン10連発を喰らわせるぞ』
『すまなかった』
「……流石に腹パン10連発は無理だ」
確実に黒咲の腹と臓器諸々がぶっ壊れる。昔ユートの腹パン対策として、コートの中に鉄板を仕込んだ事があったが、ユートの小さな拳はそれを容易く貫いた。背は小さいくせに、力だけはあるのだ。あの親友は。
コンコンッ
そんな事を考えていると、部屋の扉がノックされた。
「誰だ」
「あ、俺だよ、榊遊矢!その、ユートが話したい事があるって…」
「…今、開ける」
榊遊矢。ユートからダークリベリオンを奪ったとばかり思っていたが、ユートから預かった事は認めている。しかし実力は認めない。何がエンタメだと思うが、ユートを保護してくれている事には感謝をしている。
黒咲がドアノブを回し、扉を開けると扉の前には緊張した面持ちの遊矢が立っていた。
「あ、黒咲おはよう」
「…ユートを出せ。お前と話すつもりはない」
「えっと…それがね…」
困った笑いを見せ、恐る恐る下を見る遊矢。それに合わせて黒咲も下を見る。下、というか遊矢の腹部は少しだけぽっこりと膨らんでおり、ちょっとした妊婦の様で…。
「…お前、女だったのか…?」
「違うよぉ!これユート!」
「なに!?ユートとの子供だと!?」
「違うの!!あぁもうっ!」
鈍感な黒咲に遊矢は怒ると、赤いTシャツをぺろんっと捲った。捲ると腹部からころんっと何かが出てきて、床にぽすんっと落ちた。ユートだった。遊矢はユートを拾い、黒咲に押し付けた。
「はいっ!エンタメの使者・遊矢からのプレゼント!ユート!ちゃんと話し合いなよ!」
そのままユートを押し付けた遊矢は黒咲をぐいぐいと押して、部屋に戻すとバンッ!と扉を閉めた。
「ゆ、遊矢!?」
慌ててユートが名前を呼ぶが、遊矢からの返事はない。暫くするとユートは黒咲の腕の中でへにゃりと落ち込んだ。
「あぅぅ…」
「…俺に話があるんじゃないか?」
そう言われて、ユートは俯いたままこくんと小さく頷いた。黒咲は「そうか」というと、近くにあったテーブルへと向かい、テーブルの上にユートを置くと、自分は椅子に座った。ちょこんと座るユートは恐る恐る黒咲を見上げた。
「…その…悪い…」
「何がだ」
「…急に…消えたりして…」
ふいっと思わずユートが顔をそらす。黒咲は腕を組んだまま、座っていた。
「…遊矢を責めないでやってくれ」
「お前を消した癖にか?」
「違うんだ!遊矢は俺を助けようとしてくれて!それに…デュエルは笑顔になれるものだって思い出させてくれて…」
「それがどうした。俺達は何の為にレジスタンスを作ったと思っている?アカデミアを倒し、仲間を救う為だろう」
「勿論覚えているし、わかっている!皆も瑠璃も助ける!でもっ!…隼にとってのデュエルは楽しいものじゃなかったのか…?」
悲しげに見てくるユートに、黒咲は
「『だった』だ」
「!」
その言葉にユートは目を閉じた。
「夢を奪い、楽しみを奪い、愛、優しさ、友情…全てを奪った奴らを許せと?」
「…全てを許せとは言わない。憎んでいるのは俺も一緒だ。それでも隼には覚えていてほしいんだ」
―――デュエルは、楽しいという事を
…全て言う事を言ったユートはくるりと黒咲に背を向けた。すると、黒咲が声をかけた。
「待て」
「…なんだ」
「忘れ物だ」
と、黒咲が差し出してきたのは赤い布だった。ボロボロで、所々解れたその布は紛れもなく人間状態のユートが付けていた、レジスタンスである証拠の誓いの布だった。どうしてと目を見開くユートに黒咲は薄らと笑った。
「あの広場で見つけた。そんな姿になろうとお前はユート。俺達の仲間だ」
「…隼」
「……全てが終わったら……」
ガチャリ。開いた扉に、壁にもたれ掛って待っていた遊矢は顔を上げた。とことことユートが出てきて、遊矢の元へと歩いてきた。
「ユート!もう良いの?」
「あぁ。行こう遊矢」
ぴょんっと猫特有のしなやかさを生かして、遊矢の肩に乗るユート。いつも通り、キリッとした瞳で前を見るユートに遊矢は「大丈夫なんだね」と安堵し、出口へと向かっていった。
ふりふりと揺れるユートの尻尾には蝶々結びにされた赤い布が巻かれていた。
『……全てが終わったら……お前と瑠璃が好きだったパンケーキを食べに行こう』
「(あぁ…もう1度…3人で…)」
LCビルから出て、家へと戻る途中、遊勝塾の近くに流れる河川敷へとやってきた遊矢は河川敷の原っぱで座る白い影を見て、家へと向かうのを少しやめて、原っぱへ座る人物に後ろから恐る恐る忍び寄ると、肩をぽんっ!と叩いた。
「ひゃっ!」
「あははっ!驚いたでしょ!」
「ゆ、遊矢君!?」
驚く白い影―モコの隣に座った遊矢はふへへと笑った。
「なーにしてるの?」
「あ、いえ…本当に別次元行っちゃうんだなぁ…って」
「そっかぁ…」
膝を抱えて座るモコに遊矢は微笑んだ。ユートは空気を読んだのか2人から離れ、近くにあった猫じゃらし草相手に猫パンチを連発していた。
「…あのさ、モコ…バトルロイヤルの時…ごめんね。怒らせちゃって」
「あ、いえいえ!モコも一方的に怒っちゃってごめんなさい!」
「…おあいこだね」
「…はい」
ふへへ、えへへとお互いの顔を見て、笑いあう2人。ふと遊矢がモコの手をやさしく握った。
「遊矢君?」
「頑張ろう。一緒に…柚子と他の次元の人も助けよう」
きゅっと少しだけ力を込められて握る遊矢の手は、微かに震えていた。僅かに伝わる恐怖。モコはそれに気づいて、微笑むと遊矢の手を空いていた手で包むように優しく握った。
「はい。一緒に頑張りましょう」
「…うん」
穏やかに微笑む彼女に遊矢は笑った。
きっと辛い事があるだろう。苦しい事もあるだろう。
それでもこの手の温もりは忘れたくはない。有難さも忘れない。
例えそれが―――――――
―――――
「…あら?ここはどこでしょうか?皆さーん…どこぉ…?」
「…はぐれちゃったのぉおおおおおお!?」
シンクロ次元へとついたランサーズ。しかし何故か皆とはぐれ、鈴蘭と共に行動するモコ。
不安だらけな2人を救ったのは――――コーヒーの匂いがする紳士?
次回、まよつじ第3章 26話「第26話 迷える子羊とシンクロ紳士」
※以前もお知らせしましたが、活動報告にてまよつじのお知らせを載せてます。よければどうぞ!