モコはぷるぷると震える両手に持てるだけの本を持ち、自分の座っていた席へと目指す。席に戻ると、机に大量の本を置いた。ドンッと少し大きな音が誰もいない図書室に響く。
「ふぅ…よしっ、頑張るですっ」
きゅっと両手を握ると、モコは「モコ、ファイトですよー!」と片手を上げ、自分を鼓舞すると席に座って本を開いて、読み始めた。本には『融合の基本・応用』と書かれており、モコはそれを真剣に見ていた。
「(融合は基本的に魔法カード【融合】で発動するのが基本中の基本。これを【正規融合】と言う。しかし近年では融合を使わなくとも、融合召喚が可能になるモンスターや、カテゴリ別での専用融合カードが存在する。例えば【沼地の魔神王】のモンスター効果を使えば融合素材の代わりにする事が出来たり、また手札から捨てる事でデッキから【融合】を手札に加えられる為、正規融合などの際には非常に便利且つ有能な効果を持っており…)」
「モコ、何をしているの?」
「ひぇぇえっ!」
ポンッと右肩にやってきた軽い衝撃にモコはビクゥッ!と驚き、その拍子に本が机の上に倒れた。恐る恐る後ろを振り返ると、知っている顔にモコはホッと安堵の息を吐いた。
「ま、真澄ちゃんですか…。びっくりしました…」
「ごめんなさい、まさかそこまで驚くなんて…」
「いえいえ、ただモコがチキンなだけですよぉ…」
うふふと周りに花がぽんぽん咲くような柔らかな微笑みを見せるモコに黒髪の少女・真澄はそう?と言って、机に倒れた本を見た。
「あら、『融合の基本と応用』じゃない。急にどうしたのよ」
「実は総合クラスで今度融合召喚の筆記テストやるんですよぉ。それで復習をと思いまして」
「偉いわね、努力する事は良い事だわ」
「ついでに『ソティリアについて』も貸してやるよ」
「なら『エクシーズの基本について』も読むべきだよね」
「あ、志島君、刀堂君。こんにちは」
すっと差し出された本を受け取り、「ご丁寧にありがとうございます」と頭を下げるモコに「気にするな」と刃と北斗は言った。融合コースの首席・光津真澄、シンクロコースの首席・刀堂刃、エクシーズコースの首席・志島北斗。LDSでも名前が広く知られている3人と、総合コースで至って普通の
では何故この首席3人がモコといるのか?それはモコの家庭の事情によるものだった。
「モコ、デッキが出来たら、真澄ちゃんみたいにかっこよぉく融合召喚決めてみたいんです!」
「モコっ…!貴方って子は…!」
「おーい、真澄。モコが苦しそうだぞー」
「それにしてもモコも大変だね。毎朝新聞配達のバイト」
「楽しいですよぉ、新聞配達」
そう、モコにはデッキがない。正確に言えばカードが集まっていないのだ。
―――日辻モコには親がいない。
その事実を知る人間はLDSの上層部など一部しか知らず、殆どの人はモコを『貧乏な家の子供で、親が頑張ってLDSに通わせた』と思っている。実際にはモコは孤児院でお世話になったシスターの元で暮らしているのだが、―――温かい食事と寝床を与えられているだけでも幸せとにっこり笑顔で言ったモコをシスターは悶えながらぎゅうぎゅう抱きしめた―――自分の生活費は自分で稼ぐと言ってモコは毎朝早くから新聞配達のバイトをしているのだ。そう言った家庭の事情からモコは少しだけ優遇されて、LDSに在籍している。
優遇と言うのは、モコがちゃんとカードを揃えてデッキを作り上げるまで実技のテストは免除と言う条件だ。だからこそきちんとお金を集めてデッキを作るためにも毎朝遅刻せず新聞配達のバイトに励み、日中は学校、放課後と休みの日はLDSで学ぶの生活の繰り返し。実技のテストは出来ない代わりに筆記のテストだけは頑張りたいとモコは思っている。
「そういえばモコ、この前総合コースの筆記テスト満点だったんだって?すごいじゃないか」
「この前3人が教えてくれた所も出たおかげです!」
「それもあるかもしれねぇけど、残りはモコが毎日努力して結果が出た証じゃねぇか!あの三りゅ…じゃなくて沢渡よりも上なんだぞ?もっと胸張れって!」
「…はい!あ、その日はいつものモヤシ炒めの上になんと!豪華に鶏ささみが乗ったんですよ!」
「すごいでしょー!」とほわほわとした笑顔で言うモコの姿に3人は胸が締め付けられ、目頭が熱くなった。モコの家にはシスターがいるのだが、普段から仕事でいない事が多く、故にモコは食費を節約する為に毎日安いモヤシをフライパンで炒めて食べている。彼女はこれが好物らしく、普段は何もかけないのだが、特別な事があった時は近所のスーパーで毎日安売りしている何かを乗せる事が彼女の『人生最高の贅沢』と言うのだ。
それを聞いた刃が以前、「もっと食え!」と買ってきたコンビニのおにぎりを見て、モコはおにぎりを両手で持って、こう言った。
『これ、何ですか?』
ショックを受けた刃が慌てて、おにぎりについて説明すると、モコは驚いた顔でこう言った。
『えぇっ、お米ってそのまま食べる物じゃないんですか!?』
その言葉に3人は膝から崩れ落ちた。ついでに周りで話を聞いていたLDS生も膝から崩れ落ちたり、顔を両手で覆ったり、ハンカチで目を押さえるなど被害がどんどんと増えていき、一時LDS内で『日辻モコには無償で食べ物を提供せよ』と涙声の上層部から言われた程だ。「流石にそれは!」とモコが抗議し、落ち着いたものの、今でも食堂のおばちゃんに時々タダでご飯を貰ったり、他のコースの生徒からお菓子を貰っている。
真澄は目から何か熱いものが流れそうになるのを堪え、モコの肩をガッ!と掴んだ。
「モコッ!今日は貴方が満点取ったお祝いしましょ!私がカフェのケーキとジュース奢ってあげるから!!」
「ケーキッ!?そ、そんな超高級品いただけませんよ!?」
「そんな事気にしなくて良いの!!何が食べたい!?何でも良いわよね!?刃!北斗!」
「あぁ!真澄の言うとおりだ!ケーキじゃなくてもいいよ!パスタだろうがサラダだろうが何でも奢ってあげるから!!」
「むしろ全部頼んじまえ!」
「な、何でも良いんですか…?」
「「「良いよ!!」」」
血走った眼で迫ってくる3人に、モコは赤く頬を染め、両手の人差し指の先端同士をつんつんとくっつけたり、離したりすると、ぽそりと言った。
「カフェの、しゅ、シュークリーム…」
LDSカフェの満腹シュークリーム 1個108円(税込) なおカフェ内で一番安い商品である。
「何個!?何個欲しいの!?10個!?」
「えぇっ!?1つで十分ですよぉ!?」
「真澄!シュークリーム10個はモコの腹に悪ぃだろ!アレだ!お前の好きなラズベリーケーキも付けてやれ!」
「そうね!」
「いや、待つんだ!ここのパスタとピザはテイクアウトが出来るはずだ!」
「「それだ!」」
「待っているんだモコ!急いで買ってくるよ!!」
「し、志島くぅん!?」
「北斗!ジュースも忘れるんじゃないわよ!」
「勿論さ!」
「あ、あぁああ…!そ、そんな高級品を私に奢らなくてもぉ…!」
「モコ!気にするな!今日はお祝いだって真澄も言っただろ!」
「ぴ、ぴざとぱすた…!宅配のチラシでしか見た事ないですぅ…!」
今日のモコの夕飯は、マルゲリータピザとミートパスタだった。
*** ***
次の日モコは図書室を訪れて、昨日北斗からオススメしてもらった『エクシーズの基本について』を借りて、教室の近くにあったソファに座りながら本の中身を読んでいた。
「(エクシーズ召喚は同じレベルのモンスターを表側表示で2体以上エクシーズ素材として用意し、エクストラデッキエクシーズ素材を重ねてエクシーズモンスターを特殊召喚が出来る。なおモンスタートークンは素材に出来ないが、罠モンスターはエクシーズ素材に使用できる。エクシーズ素材は消費する事で効果が発動。この際素材を【
「あ、日辻!良いところにいた!」
「ん?あ、大伴君じゃないですかぁ」
真剣に本を読んでいたモコに声をかけていたのは、同じ総合コースの大伴だった。何か焦った様な顔で自分に話しかけて来た大伴にモコは首を傾げる。
「どうしたんですか?そんな慌てた様子で?」
「実は次の時間で授業やる教室の場所を忘れちまって…!」
「あ、次の授業教室ですね。えっと確か302教室ですよ」
「302教室か!ありがとう!助かったぜ!」
「喜んでいただいてモコも嬉しいですぅ」
「沢渡さーん!教室分かりましたー!」
「…サワタリサン?」
教室の場所を聞いた大伴がモコから離れて走っていく。モコはギ・ギ・ギ・と油の切れたロボットの様な音を立てて、大伴が走って行った方向に首を向けると、そこには何やらポーズを決めてこちらを見るモコと同じ舞網第二中学校の男子制服を着た少年の姿。
「フッ、まさかお前に助けられるとはなぁ、俺のライバル・日辻モコォ!」
「ひぃっ!!」
大げさに手を振り、キラッと歯を光らせながらモコに声をかけたのはモコと同じ総合コースの生徒・沢渡シンゴ。モコは彼が苦手であった。沢渡の父親は議員らしく、それを自慢してくるのもあるのだが、何より沢渡はモコがLDSに来るまで総合コースのテストで毎回1位を取っていた。…いたのだ。
「お前が総合コースに来るまでこの沢渡様がトップだったのに…!この前のテストでお前が満点を取ってからお前がトップになった!実技のテストをしていないのにだ!!」
「沢渡さん!日辻は家庭の事情で出来ないだけっす!」
「そうです!…実際実技の授業じゃ先生からデッキ借りて、満点だけど」
「山部ェ!」
「すみませんッ!!」
「日辻~菓子いるかー?」
「わぁー柿本君ありがとうございますー!」
「柿本ォ!」
モコは心優しい柿本からお菓子を貰うと礼を言い、サッ!と忍者も吃驚のスピードで沢渡から離れる。
「そしてお前はテストの度に俺よりも良い点を取る!何故だ!?」
「い、一応テスト前は勉強してますけど…」
「日辻、真面目だなー」
「この真面目さで差が出るんじゃ…」
「なんか言ったかぁ!?」
「「何でもないっす!」」
「あぅう…も、もう授業行ってもいいですかぁ…?」
「俺の話を聞けェ!!」
ぷるぷると震えて、どんどん下がっていくモコに沢渡はどんどんと近づいていくと、モコの前に立つ。ひぃっと悲鳴を上げるモコなど気にせず、沢渡は話を続ける。
「大体お前、何でそんなに前髪長いんだ!?邪魔だろ普通!」
ビッ!と沢渡が指差したのはモコの長い前髪。モコの髪は腰までふわふわとした長い髪で、前髪は目が隠れる程長い。実際見えていないんじゃないかと誰もが思うだろう。しかしモコからすれば全然問題はないのだが…。
「な、なんでそんな事言うんですかぁ…!」
「そ、それは…俺が気になるからだ!」
「自己満ですぅ!」
何故か顔を赤く染め、怒鳴る様に言う沢渡に怯えるモコ。そんな2人を微笑ましそうに、でもどこか残念そうな眼差しで見守る取り巻きトリオ。
そして沢渡はずいっと顔をモコに近づけた。それにモコはビシッ!と石の様に固まる。
「この俺様のライバルなんだぞお前は!そんなみすぼらしい姿でいられると俺の評価まで落ちるだろが!」
「みすぼらしいとか、沢渡さんヒデェ…」
「ツンデレもここまで来るとな…」
「日辻ぃー気にするなー」
「ひ」
「ひ?」
「ひきゃああああああああああああっ!!!」
ドンッ!
「うぉわっ!?」
突然悲鳴を上げ、沢渡の胸部を両手で力一杯押すと、モコは走って逃げていった。尻餅をついた沢渡とモコの行動に固まる取り巻きトリオはその後姿を呆然と眺めていたが、後ろから聞こえてきたため息に我に返り、振り返る。そこには呆れた様な顔をした真澄が立って、沢渡達を見ていた。
「馬っ鹿じゃないの?これだから沢渡は」
「どう意味だ!光津!」
「モコは駄目なのよ」
「何が?」
「モコは世間一般で言うイケメンが、顔の整った奴が駄目なのよ。昔、顔の良い男に誘拐されてね」
*** ***
「(うわぁああああんっ!イケメン怖いよぉ!)うぅうう…」
LDS内にある図書室の隅っこで、モコは体育座りでぷるぷると震えていた。
「さ、沢渡君は悪い人じゃないのは分かってますけど…やっぱりイケメンは怖いですぅ…!」
震えるモコの脳裏に浮かぶ幼き頃の記憶。-あれはモコが孤児院での日課である花への水やりをしていた最中の事。
いつも通り水をかけ、まるで喜んだ様に揺れる花にモコは穏やかに笑っていた。そこへやってきたのは、本当に絵本から出てきた様な端正な顔立ちの男で、てっきりモコは孤児院に子供達を見にやってきた大人の人だと勘違いした。それが警戒心を解いて、一言二言話した後、男はモコを抱き上げ、黒光りの車に乗せて、そのまま発車したのだ。オロオロしていると着いたのはこれまた絵本に出てきそうな白い豪邸で、男はメイドにモコを着替えさせるように命じた。ふわふわのフリルいっぱいのロリータなワンピースを着せられ、メイド達は男の前へとモコを連れていかせた後、いなくなった。突然の事で困惑するモコに男はそれはそれはお綺麗な笑顔を見せて言った。
『今日から僕達は家族だよ』
端正な顔立ちに似合わず、蜘蛛の糸の様にねっとりとした口調で言い放った男の悪魔の様な笑顔をモコは忘れない。忘れられないのだ。
それからというもの、モコは世間一般でいうイケメンに対して恐怖を抱くようになった。決して男性が苦手という訳でもなく、言うと失礼だが普通の顔立ちの人達とは普通に話せる。だがイケメンは別だ。以前、帰り道に電気屋のショーケースに飾られたテレビに映っていた俳優を見た時、モコは即座に逃げた。クラスの女子が雑誌の中のアイドルをカッコイイと騒いでいた時に思わずチラリとだけ見てしまい、保健室に逃げ込んだ。クラスでイケメンだと人気の男子に話しかけられた時、吐き気がした。雑誌の表紙や掲載された写真、映像などイケメンがいるものは全て駄目。普通は恐怖心で逃げてしまうのだが、酷い時は眩暈や吐き気がする。
『モコ、将来結婚するなら普通の顔の公務員が良いです』
シスターの前でそう言った時、シスターはモコの名前を絶叫しながらモコを抱きしめた。真澄も以前、シスターに出会った際にモコのイケメン恐怖症の事実を話した事で、彼女もモコの協力者になってくれたのだ。
「うぅ…モコは駄目な子です…。ごめんなさい沢渡さん…」
「アイツに謝る必要なんてないわよ、モコ」
すっと影がモコに覆いかぶさった。上を見上げると、そこには笑った真澄がモコを見下ろしており、真澄の顔をみたモコはついに涙腺が崩壊した。
「ま゛ずみ゛ぢゃあああああんっ!」
「はいはい、泣かないの」
立ち上がって、滝の様な涙を流すモコの頭を真澄は笑って撫でる。わんわんと泣くモコ。真澄はハンカチを取り出すと、モコの前髪をそっと上げた。
「まったく…せっかくの綺麗な目が解けちゃうじゃない」
「うぇえええん…ごめんなさい…」
優しい手つきでモコの涙をハンカチで拭く真澄の目は手つきと同じで優しい。その優しさにモコは静かに目を開けた。
―前髪の向こうに隠されていたモコの瞳は右目が水色、左目が黄色だった。
オッドアイ。正式な名称は
「ほんと、何度見ても綺麗よね」
「そう言ってくれるのは真澄ちゃん達と子供達だけですよぉ…、他の人が見たら何て言うか…」
「あら、難癖付けてくる奴なんて無視よ無視。堂々としないと」
「む、無理ですよぉ…」
はうう…と落ち込むモコを真澄は抱きしめた。
「誰がなんと言おうと私はその目はとても綺麗だと思うわ。まるで宝石のアクアマリンとシトリンみたいで」
「そんなオシャレな物じゃないですよ…」
「アクアマリンの石言葉は【勇敢・沈着・聡明・幸福】、シトリンは【社交性・人間関係・自信・生きる意欲・金運】。幸福とか金運とか、縁起良いじゃない」
「幸福と金運…そう、ですね…!」
真澄の言葉で元気が出てきたモコはぎゅっと真澄を抱きしめ返す。
「真澄ちゃんっ!ありがとうございますっ!モコ、元気出ました!」
「それでこそモコよ」
むふふーと笑うモコ。しかし真澄はある事を告げなくてはならなかった。
「あ、そうだモコ」
「むふふーなんですー?真澄ちゃん」
「貴方、授業サボったでしょ?」
「…あ…あぁああああああああああああ!授業忘れてました――――!!」
今日もLDSは平和だった。
「大丈夫よ、緊急の用事でモコは早退したって先生に言っておいたから」
「真澄ちゃん大好きですぅうううう!」
「はいはい、私も大好きよー」
モ「またもや次回予告をやらせていただくことになってしまいました…!ま、真澄ちゃん、モコはちゃんとできますかね…?」
真「大丈夫よ、貴方はやればできる子なんだから」
モ「ま、真澄ちゃん…!それでは真澄ちゃんのご期待に添えられるように頑張ります!次回の『まよつじ』第2話は一触即発の雰囲気!?なんとLDSと遊勝塾が対戦!?」
真「なんでも沢渡が榊遊矢に闇討ちされたとか」
モ「榊君が闇討ち!?そんなのありえません!」
真「何よモコ、貴方、榊遊矢と柊柚子とはどういう関係なのかしら…?」
モ「ま、真澄ちゃん…?なんでそんな怖い顔でモコを見るんです…?」
真「後、柊柚子が貴方の事『親友』とかほざいてるだけど…?」
モ「あ、あの真澄ちゃん…?」
真「モコの親友の座は渡さないわよ!デュエル!」
モ「ま、真澄ちゃんが壊れました――!?え、えっと次回!」
第2話『迷える子羊と親友の座』
モ「で、デュエルスタンバイです!ま、真澄ちゃん落ち着いてー!」