&ヨハン誕生日おめでとう!
「ふぇぇぇん…迷っちゃったのぉ…!」
うりゅうりゅと翡翠色の大きな瞳を潤ませながら、鈴蘭は歩いていた。さくさくと地面を踏み歩き、辺りを見渡しながら、更に瞳に涙を溜める。
舞網モールの5階にあるカードショップ『マドルチェ~甘味殴り~』の店長代理をしている鈴蘭。先程までショップでカード整理をしていた鈴蘭は急遽バトルロイヤルになった事を知らず、そのまま仕事を終え帰ろうとして店を出た所、目の前がジャングルエリアになっており、鈴蘭は混乱しながらも道を進んでいた。
しかしここは密林、ジャングル。普段とは違う道に迷ってしまい、今に至るという訳だ。
「おじしゃぁん…モコちゃぁ…どこぉ…」
優しい叔父と友達の顔を思い浮かべると、更に鈴蘭の涙腺は緩んでいく。もう本格的に泣きだしてもおかしくない。ぐすぐすと鼻を啜り、歩き疲れて地面に座り込んでしまう。ぎゅるぎゅるとお腹が『はらぺこだ』と訴えてくる。人間と言うのはお腹が空くと悲しくなってくるものだ。
「っふぅ…ふぇぇ…」
そんな時、遠くでエンジン音が鈴蘭の耳に入ってきた。
「…ばいく?」
ブゥウウウウンッ!と激しいエンジン音。叔父が車に乗る為、鈴蘭にとっては聞きなれた音だった。エンジン音と共に聞こえるのはタイヤが地面と擦れ合う音。ぐしぐしと袖で乱暴に涙を拭き、鈴蘭が顔を上げるとどんどん激しい音が近づいてくる。
「どぉぉおおおこぉおおおおだぁぁあああああ!!」
「ぴゃっ!」
怒鳴り声も近づいてくる。地面に座り込む鈴蘭に向かってくるのは白いバイクだった。土煙を巻き上げ向かってくる暴走バイク。
「ん!?何だガキ!?」
するとバイクはブレーキをかけ、ギュルルルルルッ!と音を立て、へたり込んでいた鈴蘭の目の前でギリギリ止まった。
「ひゃあああああっ!」
土煙と細かい粒石が鈴蘭を襲い、慌てて顔を袖で隠した。ケホケホと咳をする鈴蘭。バイクに乗った少年・ユーゴはヘルメットを外すと、鈴蘭に話しかけてきた。
「ったく危ねーな!!轢いちまう所だったろ!!」
「うぅ…
「にしても、何でこんな所に座り込んでんだ?何だ?迷子か?」
「ま、まいごじゃないもん!」
迷子と言われカチンと来た鈴蘭は立ち上がるが、再び瞳に涙を溜め始める。
「ま…まいごじゃないもん…!……まいご…………うぅ…モコちゃあああ…!」
「えっ!?」
うるうるうると涙が鈴蘭の目を濡らす。ぐすぐすと泣きだした鈴蘭にユーゴは慌てだす。
「お、おいおい!急に泣くなよぉ…!困ったなぁ…」
「だってぇ…!」
ぺたんと座り込んで泣く鈴蘭にユーゴは困ったが、何かを思いつき、しゃがむと両手を鈴蘭の両脇に差し込んで抱き上げた。
「泣くな泣くな!男だろ!」
「う…うん…」
グローブをはめた手でユーゴは鈴蘭の涙をゴシゴシと拭いた。荒々しくもどこか優しい手つきに鈴蘭は安心し、涙が徐々に引っ込んでいった。ぐしぐしと涙を拭く鈴蘭にユーゴは「よしっ!」と言うと、今度はぐしゃぐしゃと帽子越しに頭を少し乱暴な手つきで撫でた。
「それでこそ男だ!」
「なの!おとこなの!」
「んで?お前、誰か捜してんだろ?さっきからモコちゃんモコちゃんって」
「そうなの!モコちゃんさがしてるの!」
手が隠れた袖をバサバサと動かしながら、鈴蘭はそう言った。
「よしっ!なら一緒に探してやるよ!ちょうど俺も人探ししてるしな!」
「ほんとーなの!?」
「男に二言はねぇよ!俺はユーゴ!」
「ゆーごー?」
「融合じゃねぇ!ユーゴだ!」
「ユーゴおにいちゃん!ぼくは鈴蘭なの!」
「鈴蘭だな!んじゃあ、そのモコちゃんとやらの特徴教えてくれ!」
「わかったの!」
大きく頷いた鈴蘭はユーゴの腕の中から降ろされ、地面に足をつけた。
「かみのけが、わたあめみたいにしろくて」
「うんうん」
「おむねがおおきくてー」
「お、良い事聞いた」
「おめめがきらきらしたおねえちゃん!んと、それからユーゴおにいちゃんとおんなじくらいのとしかな?」
「なるほどな~…ってどっかで見た事あるような…」
首を傾げて記憶を探るユーゴだが、残念な事にユーゴの小さな脳ではモコの事を思い出せなかったらしい。あの後、ユートとデュエルしてからの記憶があまりないのだ。錯乱しているのも理解は出来る。うんうんと唸るユーゴに鈴蘭はハテナマークを飛ばす。
「どーしたの?」
「いや、なんでもねぇ!それじゃ行くか!」
「なのー!」
*** ***
『 くすん くすん 』
( 誰…? 誰が泣いてるの…? )
ふわふわとした重力がある様でない様な、不思議な空間の中で遊矢は立っていた。目を開ければ何もない真っ暗な世界が広がり、どこまでが端なのかが分からない。そんな中で小さな泣き声は大きく響いた。
『 だれか うぇええん 』
( どこ? どこにいるの? )
『 どうして どうして 誰も一緒にいてくれないの? 』
( 悲しいの? 俺の声が聞こえないの? )
泣いている人の姿は見えず、声だけが響く中で、遊矢はその声の主を放っておけなかった。泣いているのならその悲しみを半減、無くしてあげたい。それにこの泣き声を聞くと遊矢の胸が酷く締め付けられた。だが、声の主には聞こえていない様だった。
『 寂しい あの人もいない 』
( あの人? あの人って誰? )
『 助けて 助けて 』
『 助けて ――――様 』
「はっ!」
そこで遊矢は飛び起きた。ドキドキと激しく脈を打つ胸を押さえながら、周りを見るとすやすやと眠る権現坂やミエル達の姿があった。焚火は既に消えており、空も紺色に染まっている。
何度か深呼吸をすると、遊矢は先程見た夢を思い出していた。
「…なんだったんだ?今の夢…」
不思議な夢だったと思う。本当にただの夢なら良いが、妙に違和感がある夢だった。ぺたりと頬に触れて見ると指先が濡れており、どうやら汗を掻いていたようだ。
「…それにしてもあの声…どこかで…?」
と、首を傾げる遊矢。しかし考えるばかりで、彼は気づかなかった。
―――少し遠くの茂みから鈍色の瞳が、彼を見ている事を
*** ***
「腹減ったなー…」
「おなかすいたの…」
遊矢が飛び起きる2時間ほど前の事。パチパチと火花を散らしながら燃え上がる焚火を目の前にユーゴと鈴蘭は同時にため息をついた。ぐきゅるるる…とお腹が切ない悲鳴を上げる。
「わりぃ…タオルケットはあんだけどよぉ…」
「さむくなくなるからありがたいの。でもいまは…すいみんよくよりしょくよくのほーが、もんだいなの」
「難しい言葉知ってんな」
そして再びお互いにため息。実は2人共、食料を持っていなかった。パンの一かけらすらない。故に昼間からモコ探しをしていた2人だが、結局見つからず夜になってしまい、しかも空腹になってしまったのだ。
「おかし…もってくるのわすれちゃったの…」
「気にすんな。にしてもこの街は随分と平和だな。皆平等だ」
「なの?びょーどー?そういえばユーゴおにいちゃん、このまちのひと…じゃないよね?あんなバイクもみたことないし」
そう言って鈴蘭が指差したのは、ユーゴの白いバイク。それにユーゴはぷすりと軽く吹きだす。
「バイクじゃねぇよ、Dホイールだ。俺のデュエルディスクでもある」
「なの!?デュエルディスクなの!?大きいの!」
「カッチョイイだろぉ?」
「カッチョイイの!」
目をきらきらと輝かせながら、ほわぁと尊敬の眼差しでユーゴを見る鈴蘭。その眼差しにユーゴは嬉しそうに笑った。
「俺の住んでたトコじゃ、あのDホイールに乗ってデュエルする『ライディングデュエル』が主流なんだ」
「らいでぃんぐでゅえる?なんだがすごそうなの…!」
「すげぇぞ!あのスピード感が溜まらねぇんだ!…んで、俺の住むトコは差別が激しくてな。俺は貧しい暮らししてんの」
「なの…ママとパパは?」
「見た事ねぇ。ずっと施設だったし」
「……ぼくもママとパパのかお、みたことないの」
「えっ?」と目を丸くして鈴蘭の方を向くユーゴ。鈴蘭は木の棒で薪を炎へと近づけながら、静かに話し出す。
「ママはぼくうんで、しんじゃって…パパはおじさん、つまりじぶんのおとうとにぼくをあずけていなくなっちゃったの…」
「…そうか」
「でもね、寂しくはないよ」
鈴蘭は微笑んだ。
「だっておじさんがいるし、モコちゃんもいる。おともだちだっているもん。かぞくやともだちがいるのって、すっごくありがたいことなの」
「…そうだな、ありがたいよな。家族や仲間がいるのって」
「なの!」
「俺達、似た者同士かもな」
「にたものどーしなの!!」
「…ふへへ」
「…にゅふふ」
――― アハハハハッ!満点の星空の下で2人の少年の笑い声が響いた。
「…でも、おなかはすくの」
「だな」
ぐぎゅるるるる…。笑っても結局2人の腹は空腹を訴えていた。ずーんと落ち込む2人。すると、後ろからシュッと何かが投げられ、それはユーゴの後頭部に直撃した。
ぼすっ!ごんっ!
「ッ痛ぇ!!」
「ユーゴおにいちゃん!?」
「なんだぁ!?」
突然やってきた衝撃にユーゴと鈴蘭は驚くが、後ろを振り向くと誰もおらず、その代わり透明なビニール袋に入った10個入りバターロールが2袋と、ころんと転がった水の入ったペットボトルが2本落ちていた。
「た、たべものなの!」
「なんでこんなんが俺の頭にぶつかってきたんだよ!?」
「これ、まいあみベーカリーのバターロールなの…。あ、タイムセールひん」
「このペットボトルも開けた形跡ねぇな」
バターロールの袋を持った鈴蘭、ペットボトルを持ったユーゴ。自然と2人は顔を見合わせると、徐々に口角が上がり始め、
「っごはんなの―――っ!!」
「これだけありゃあ十分だぜ!でもなんで急に?」
「きっとよーせーさんなの!デュエルのよーせーさんがたすけてくれたの!」
「マジか!?妖精さんすげぇ!あんがとなー!妖精さ―――ん!」
「よーせーさんありがとうなのー!」
わぁわぁと騒ぐ鈴蘭とユーゴ。しかし2人は気づかなかった。
―――近くの木の上で鈍色の瞳が2人を見ていた事を。
*** ***
「っつー訳でモコ捜索隊行動開始だ―――ッ!」
「なの――!」
えいえいおーっ!と拳を突き上げる鈴蘭とユーゴ。2人共、バターロールをたっぷりと食べ、たっぷりと寝たおかげで、すっかり元気が戻った。デュエルの妖精さん、さまさまである。
「よしっ、それじゃあ探すとするか」
「きょーこそはっけんなの!」
と、ユーゴと鈴蘭が同時に一歩踏み出した、その時だった。
【……グー……グー……】
随分と低く、気の抜けた寝息が2人の耳に入ってきたのは。
「…なんだ?」
「…ねいき?」
【グースピスピ……ピー…スピスピ…】
「…なんだか、きのぬけたねいきなの」
「なんか居んのか?…言ってみるか?」
「なの。いざとなったらユーゴおにいちゃん、たてにしてにげるの」
「オメェ、中々酷ェ事、本人の前で言うなよ」
「てへぺろっ!」
ユーゴがDホイールを引き、Dホイールの座席に乗った鈴蘭は辺りをキョロキョロと見渡す。森の奥へ奥へと歩みを進めるが、周りは木々だらけ。しかし気の抜けた寝息は奥へと進むにつれて段々と大きくなっていく。
「…こえがおおきくなったの!きっとちかくなの!」
「んー…真っ直ぐか?」
「まっすぐなの!」
と、鈴蘭が正面を指さす。「すすめー」と鈴蘭が言い、ユーゴが面倒くさそうに「へーへー」と言いながらDホイールを進める。
奥へと進むと、そこには2人が目を疑う様な光景があった。
「…な、なんだありゃあ…!?」
「…ぴゃああああ…!?」
2人が目を丸くして、目の前の光景をその目に焼き付ける。ユーゴは自分の頬を抓り、ジンジンとした痛みがやってきた事から夢ではない事が認識出来た様だ。鈴蘭はDホイールから降りて、何度も目をパチパチと瞬きを繰り返す。
―――白い髪の少女が、とぐろを巻いて寝る龍に寄り添う様に寝ていた。
穏やかな寝顔を見せる白い髪の少女は紛れもなくモコで、黒い龍はまるでモコを外敵から守るかの様に蝙蝠の様な翼でモコを抱き寄せていた。
その龍は赤黒い体を持ち、体を覆うような銀色の鎧の様な物を纏っている。寝ているが、口はギザギザの歯が大量に生えており、噛まれたらきっと一溜りもないだろう。どことなく、不気味な雰囲気を持ったその龍がもぞりと動いた。
【ン…ダレダ…】
「ひゃっ!」
低くノイズ交じりの声に鈴蘭は怯え、ユーゴの足に抱き付いた。ユーゴも拳を構えてファイティングポーズになっている。龍はのそりと鎌首を上げると、ギョロリと2人を見た。
【…ダレダ…ワレラノネムリヲサマタゲルモノヨ…】
「しゃ、喋ったぁ!?」
「ソリッドビジョンじゃないのぉ!?」
【シッケイナ、アノヨウナギジュツデシカ、ワレラガウゴケナイトオモッタカ、タワケ】
遺憾だとばかりにそう言った龍は、自分の翼を動かすとモコの顔を見る。
【ハハギミガオキテシマウデハナイカ】
「…ははぎみ…?…それってモコちゃん、ママってことぉ!?」
「どういうこったぁ!?…ってあれ…?」
ふと、ユーゴは目を凝らしてモコを見る。白い髪、穏やかな寝顔、大きな胸。…暫くするとユーゴは大声を出して、言った。
「あぁあああああああああ!!アイツ!あの夜、俺が轢きかけたヤツ!」
「えぇええええ!?ユーゴおにいちゃん、ぼくだけじゃなかったの!?」
「顔見るまで思い出せなかったぜ…!鈴蘭、お前の言う通りだったぜ…!」
「なの?」
一体何の事?と首を傾げる鈴蘭に対し、ユーゴは親指を立ててサムズアップをすると、
「確かにアイツの胸はでけぇな!!!」
「いまのじょーきょーでなんでそんなことがいえるの!!」
スパーンッ!!!
鈴蘭はどこから取り出したのか背丈より高いハリセンをジャンプして、ユーゴの後頭部をぶっ叩いた。しかし今のはユーゴが悪い。叩かれた頭を抱えるユーゴに対し、柚子並のハリセンアタックをかまして鈴蘭はぷんぷん怒りながら、ぶんぶんハリセンを振り回す。
「ばかばかばかっ!なんでそんなことがいえるの!?」
「だってそうだろ!?リンよりもでけぇぞ!?」
「しらないよ!!」
「…そうか、そうだよな」
「あ、分かってくれたの?」
ユーゴが冷静な表情になった。やっと分かってくれたかと鈴蘭はほっと安堵の息を吐いたが、
「…Fだな」
「なにサイズはかってんの!?」
【アホ】
真剣な眼差しでジ――――――ッと食い入る様にモコの胸を見るユーゴ。そして再びハリセンアタックが炸裂する。これには龍も呆れの眼差しを送る。
「それにしても、きみはなんなの?なんでモコちゃんといるの?」
ユーゴにハリセンアタックをかましたおかげで、龍に対する怯えが消えた鈴蘭がそう聞いた。龍は【ウム】と言うと、ゲホゲホと咳き込み始めた。
【ゲホゲホ…アーアー…】
「…だ、だいじょーぶ?」
【チョットマッテロ………………………これでどぉ?】
「なの!?」
急に龍の声が低いノイズ混じりの物から、甲高い子供っぽい声に変わった。先程よりも聞き取りやすくなったが、如何せんこの容姿で、この声はあまりにもミスマッチである。
【あー、良かったぁ!ボクの声がちゃんと聞こえるんだねぇ】
「な、なんだぁ?急に性格変わってね?」
【あっちの声は威厳を出す為だよ。本当の性格はこっちこっちぃ☆】
「(…なんかバカっぽいの)」
てへぺろっ!と茶目っ気たっぷりで言う不気味龍が、急にバカっぽく見えてきた鈴蘭だった。
【ボクは冥界龍ドラゴネクロ!ネっくんでも、クロちゃんでも、ドラゴっちでも何でもいいよ!好きな様に呼んでね☆】
「…えーっと…じゃあネクロさん」
【なぁに?】
「なんでモコちゃんといるの?」
と、鈴蘭が聞けば不気味龍もといドラゴネクロは【あ、そんな事?】と言った。
【だってママといるのは当然でしょ?】
「だからママって…モコちゃんはまだ14さいだよ?あかちゃんつくれないじゃん、てかパパは?」
【パパ?なにそれ?ボクはママだけだお?】
「…未亡人って奴か」
「ユーゴおにいちゃん、ボクもぅつっこまないからね?」
ゴミ虫を見る様な目でユーゴを見る鈴蘭。もはや彼に対する好感度は底辺以下である。すると、ドラゴネクロの懐で寝ていたモコがもぞりと動き、目を開けた。
【あ、ママ起きたぁー!】
「モコちゃん!」
「ん…ふぁぁぁ…」
のそりと起き上がったモコは欠伸を1つすると、腕をあげてんーっと伸びをする。だがまだ眠いのか目はとろんとしていた。
【ママっ!おはよ!】
起きたモコにドラゴネクロは頭をぐりぐりとモコの胸に押し付ける。その際にユーゴが「良いなぁ」と羨ましそうに言った為、鈴蘭に爪先を思いっきり踏まれた。
モコはとろんとしたまま、穏やかに微笑むとドラゴネクロを撫で始めた。その眼差しは酷く優しいもので、まるで我が子を慈しむ母親の様だった。
「おはよう、ドラゴネクロ。今日は機嫌が良いのね」
【ママーママー!】
わぁーい!と嬉しそうにモコの胸に更に頭を押し付けるドラゴネクロ。あまりに不思議な光景を口を金魚の様にポカンと開けて見ている鈴蘭とユーゴ。すると、ドラゴネクロを撫でていたモコが2人の方を向いた。
「……貴方は」
「モ、モコちゃん…?」
「おい…何か様子変なじゃねぇか?」
とろんとした瞳で見つめるモコ。だがその瞳には光がなく、まるで靄がかかっている様で、2人に違和感を与えていた。じーっと2人を見ていたモコは、ユーゴの顔を見た途端、目を見開いた。
「………ッお兄ちゃん?」
「………は?」
「やっぱり!お兄ちゃんだ!!」
突然お兄ちゃんと呼ばれ、混乱するユーゴ。しかしモコはドラゴネクロを撫でるのをやめると立ち上がり、両手を広げてパタパタと走ってユーゴの方へ向かい、
「お兄ちゃんっ!」
そのまま、勢いを付けて抱き付いた。
「うぉおおっ!?」
あまりの勢いにユーゴは耐え切れず、尻餅をついてしまった。だがモコは気にせず、ぎゅうぎゅうとユーゴを抱きしめる。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!久しぶりだね!会いたかった!」
「ふぉおおおお…!?」
むにむに、むにゅむにゅ、ぷにぷに。ユーゴの体にぴったりとフィットしたライダースーツ越しにモコの柔らかな胸が当たる。どことなく甘い花の匂いも香り、ユーゴは赤面してしまう。ぎゅうぎゅうと押し付ける様に当たる柔らかく、大きな胸にユーゴは思った。
「(や、柔らけぇえええええええっ!すげぇ!すげぇむにゅむにゅしてる!すっげぇ甘い匂いする!!だ、だ、駄目だ!れーせーになれユーゴ!俺にはリンが!リンがいるんだ!浮気は駄目だ!)」
「お兄ちゃぁん」
「(だぁあああああああっ!くそ柔らけぇえええええええ!)」
甘える様にすりすりと擦り寄るモコ。ユーゴはギリギリ理性を保ち、ぶるぶると震える両手をわなわなと動かし、彼女に触らない様に宙を彷徨わせる。因みに鈴蘭はドラゴネクロの手によって目を塞がれていた。大人の対応だ。
「みえないの~。でもユーゴおにいちゃんがすけべなことかんがえてるのはわかるの~」
【見たらダメ~。でも大体正解~】
「お兄ちゃん、私のお部屋に全然来てくれないんだもん。私、ずっと待ってたんだよ?」
「………はっ?」
モコの言葉にユーゴは途端に冷静になり、彼女の話を聞く事にした。
「ずっとね、お兄ちゃん来ないからお花畑行ったり、ドラゴネクロ達と遊んだりしてたのに…お兄ちゃん来ないし」
「お、おい?」
ユーゴがモコの肩を掴んで引き離すと、モコはどこかぽやぽやと夢を見ているかのようにぼんやりとした表情で、ずっと語っている。
「それでねぇ…………………あれ?」
そこで、モコの言葉は止まった。時間が停止した様にピタリと止まったモコにユーゴは首を傾げる。
「お…おい?モコ?」
「…………………………………………」
ふと、そこでモコの目に光が戻った。
「…あれ?…え、あ、きゃああああああああっ!!」
「うぉっ!?」
ドンッ!
急にユーゴの胸を両手で押し、ザザザザッ!と後ろにずり下がるモコ。顔を真っ赤に染め、目を潤ませ、火照った頬を両手で押さえながら、口をぱくぱくとさせている。それを見たドラゴネクロは鈴蘭の目から手を離した。
「あ、モコちゃん戻った!」
「や、やだっ、私ったら何を…!?お、男の人に抱き付くなんて…!!」
「イッチッチ…何だ?戻ったのか?」
「はうわっ!あ、貴方はモコを轢きかけた遊矢君似のお方!!」
「遊矢じゃねぇ!ユーゴだ!」
「あ、あれ?フレンさんは?デュエルは?…ここはどこです?」
「え、なに、おぼえてないの!?」
目を丸くして言った鈴蘭にモコは頷いた。
「え、えぇ…途中までデュエルしていた事は覚えてて…」
「どういう事だ?おい、ドラゴネクロ…?ってあれ!?」
「い、いないの!?」
つい先程まで鈴蘭の目を塞いでいたハズのドラゴネクロは、その姿を消していた。慌てて周りを見てもあの赤黒い龍はおらず、その場にはモコとユーゴと鈴蘭の3人しかいなかった。
「(…モコのおっぱいってこくほーきゅー(国宝級)だよなー)」
「へんなことかんがえないの!ていっ!」
パシンッ!!
「いってぇ!!」
ユーゴと別れたモコと鈴蘭。2人はそのまま火山エリアを目指す。
一方黒咲はモコを探し火山エリアへ向かう。しかしそこには同じくモコを探す素良がおり…!?
更に遊矢も何かに惹かれるかの様に火山エリアへと向かう。
ハヤブサと狂玩具が出会った時、火山エリアは激戦と化す―――!
次回!まよつじ『第22話 迷える子羊とバトルロイヤル その5』!
※ただしデュエルはしません(てへぺろ)