舞網チャンピオンシップ。世界中からありとあらゆるデュエリストが集まるプロの登竜門。年齢・国籍・デッキ問わずに全員が勝率6割以上ならば、誰であろうと参加は可能。目指すは勝利。勝ち上がればプロへの道もうっすらとではあるが、見えてくる。プロは誰もが1度は夢見るであろう称号。当然将来的にプロになりたいと夢見るデュエリスト達が9割を占めるが、中には強いデュエリストと戦いたいという実にデュエリストらしい願望を持ってやってきた者もいる。
さて、話は変わる。冒頭で言った通り、世界中からありとあらゆるデュエリストが集まる。
それは即ち、様々な国のデュエリストがやってくると言う事で主に会場に並ぶのは…。
「美味しいですっ!美味しい!!本場・イタリアの巻きピザ美味しいです!!」
「きゅきゅきゅい――――!!」
両手にクレープの様な物を持ち、それを食べるモコとシロ。2人が食べているのはイタリアンの本場・イタリアの有名なピザ屋の職人が作ってくれた巻きピザ。簡単に言えばクレープ状になったピザだ。もちもちの生地にトマトソースの酸味が口いっぱいに広がる。
なお、舞網チャンピオンシップのスタッフはスタッフ専用パーカーさえ着ていれば無料で食べれる。お金を気にしなくて良いのだ。
「良かったわね、モコ。ほら、ソース付いてる」
「あ、ありがとうございます!真澄ちゃん!」
隣の席に座っていた真澄がティッシュでモコの口元を拭く。2人は大会関係者が使える通路にあるベンチに座っていた。先程、真澄は試合を終えた所だ。
「真澄ちゃん…大丈夫ですか?」
「何言ってるのよ?私を誰だと思ってるの?光津真澄よ?次こそ勝ってみせるわ」
しゅんと落ち込むモコの頭を真澄は穏やかな顔で撫でた。先程までデュエルをしていた真澄。彼女の対戦相手は何の因縁なのかは分からないが柚子だった。素良に指導を頼み、融合召喚を物にした彼女に真澄は負けてしまったのだ。勿論、真澄も全力を出したからこそ悔いはない。
だがモコからすれば、真澄の敗北はかなり大きな衝撃を受けていた。
「何て顔してるのよ。まったく、可愛い顔が台無しじゃない」
クスクスと笑う真澄。しかしモコは知っていた。―真澄が誰もいない所で静かに泣いていたのを。彼女はプライドが高い人間だ。弱さなど誰にも見せない、見せたくない。ましてやモコの前で泣くなど彼女のプライドが許さない。今では笑えているが、目元はほんの少しだけ赤かった。
「…真澄ちゃん」
「なに?」
「私、強くなります」
「強く?」
モコは頷くと、腰に付けているデッキケースに触れた。
「もっともーっと強くなって、次のチャンピオンシップに私も参加します」
「!」
「そしたら…もしかしたら真澄ちゃんとぶつかってしまうかもしれません。ですが」
モコはきゅっと真澄の手を握った。
「必ず貴方に勝ちます。友達として、親友として、1人のデュエリストとして」
「モコ…」
真っ直ぐ自分を射抜いてくる様な視線を送るモコ。その目はデュエルを望むデュエリストの目だ。真澄はその変化を嬉しく思いながら、彼女の手を握り返した。
「待ってる。私の所までいらっしゃい。その時はデュエリストとして相手をしてあげる」
守るべき相手ではなく、友達としてではなく、無二の親友としてではなく、ただデュエルを望むデュエリストとして相手をする。真澄は今までモコに向かって挑戦的な発言をした事がなかった。一方でモコも真澄に対して「強くなる」などと言った事はなかった。
だが、今は違う。モコはデッキを持った。その瞬間から彼女はデュエリストになった。―――戦う条件はもう既に揃っている。
真澄は満足そうに笑うとモコの肩に頭を乗せ、もたれ掛った。
「だから、今だけちょっとモコの肩貸して」
「…どうぞ」
モコは笑って、優しく手を握り返した。それが、合図になった。
「……うっ…うぁ…っ…うぁあああああああああああ………!」
温かい水がモコの肩を濡らす。モコは何も言わなかった。ただ微笑んで、手を握って、彼女に肩を貸していた。
*** ***
黒咲隼にはある記憶があった。暗い空、生気を失った人々、瓦礫だらけの愛しい街。
そんな中で、親友は、いつも隣にいてくれた弟の様な存在が泣いていた。ぺたりと座り込み、空を見上げながらただただ涙を静かに流す。彼の傍にはいつも闇を司る反逆の黒龍がいた。
『ユート、何故泣く』
彼は答えなかった。
『ユート、泣くな』
彼の涙は止まらない。
『ユート、ユート』
何度名前を呼んでも、彼は振り向かない。涙を流し、空を見上げるだけ。
『ユート』
『隼』
ユートはそこでやっと口を開いた。黒咲を見る事無く、ずっと曇った空を見上げている。
『俺は誰も傷つけたくない』
『分かってる』
『俺はダークリベリオンを、幻影騎士団の皆をこんな事の為に戦わせたくない』
ダークリベリオンの羽がユートを包む。ダークリベリオンの目からも涙が流れていた。
『痛いんだ。胸が締め付けられる』
『お前は優し過ぎる』
『違うんだ、隼。優しいのはあの子だ』
一瞬、ユートが何を言っているのかが分からなかった。
『誰かを愛して、誰かに笑いかけて、自分の事など後回しにしてしまう』
『…おい、何を言っているんだユート』
不安になって黒咲はユートの肩を掴んだ。そしてユートは振り返った。
『隼、あの子だけは助けて。俺だけじゃどうにもならない』
ユートはその日、初めて黒咲に対して助けてと言った。
紫雲院素良には思い出がない。正しくは楽しい思い出がない。生まれながらの戦士だった素良にとって楽しい物など無だ。甘い物は彼の精神安定剤みたいな物だった。甘い物だけはあの牢獄の中で唯一の癒しだった。
強くなければ意味がない。
彼はいつだってそう思っていた。特別生になったのだって、強いからだと素良は確信していた。そうでなければあそこでは生きていけないのだ。
なのに、紫雲院素良はミスを犯した。
――――― 優しい人達に会ってしまったというミスを犯した。
『素良!』
見た事もない召喚法を使って、自分の興味を引いた少年。
『素良っ』
強くなる為に自分に指導を頼み込んで来た少女。
『素良君!』
初めて自分の手を握ってくれた白い髪の少女。
全てが素良にとっては絵本の様な物だった。平和な日常、美味しいお菓子、そして優しい友達。嗚呼、いっその事ずっと夢を見ていたい。
だが、現実は非情だった。
『エクシーズ召喚!!』
初めて手を握ってくれた白い髪の少女が、素良は最も忌み嫌う召喚法を手に入れてしまった。彼女は何も知らない。当然だ、自分の事を深く知らないし、教えていないのだから。
だが憐れな子羊は、悪い悪いエクシーズの戦士と出会い、悪い悪い吸血鬼に魔法をかけられたのだ。
素良は一種の恐怖を覚えた。勿論戦意喪失などではない。――――― 奪われると思った。
(―――駄目、絶対に駄目。許さない)
「師匠っ!」
「!」
突如として聞こえた可愛らしい声に素良はバッ!と壁に隠れた。少し遠くで楽しそうな声が聞こえた。
「師匠師匠!次試合ですよね!素良君との!」
そこで素良は彼女の言う師匠が、次の自分の対戦相手である黒咲隼だと理解した。
「…あぁ」
「頑張ってくださいね!」
黒咲を応援する言葉。素良の胸の中でずくりと黒い靄が広がっていく。何故、何故自分の応援をしてくれないのか?ジクジクと痛む胸を押さえ壁に隠れながら、素良はちらりと2人を見て、後悔した。
――― 黒咲が薄く笑いながら、モコの頭を撫でていた。
モコが可愛くてたまらないと言わんばかりの表情を見せる黒咲、彼に撫でられるのを喜んでいるモコ。一見微笑ましい光景、まるで兄妹の様だ。―――そうだったらどれ程良かったか。
(――― ユルサナイ)
彼は狩るべき獲物にしか過ぎない。ハンティングゲームの獲物、それがアイツ。
(後悔させてやる)
自分が、彼女にかかった魔法を解いてあげないと。
*** ***
黒咲隼にとって日辻モコと言えばと聞くと、彼はきっとこう言うだろう。『俺の弟子』だと。
その言葉は事実で、黒咲にとっての日辻モコは弟子。それだけしかない。
努力家で、吸収力が良くて、健気で自分の後ろをカルガモの子の様に着いてくる少女。
てっきり生ぬるいと思っていたLDSの中で、ふんわりとした見た目とは裏腹に中々の根性を持っていた。もしも、彼女がレジスタンスだったらと一瞬頭に過った事がある。だがそれは彼女を戦いに巻き込む事になる。それだけは避けたかった。
――― 避けたかったのに
「あのさぁ、モコにエクシーズ召喚教えたのって君だよね?」
自分の向かいに立つ空色の髪を持つ少年が、そう言った。彼の目は黒咲が気に食わないと訴えている。普通だったら『そうだ』と言う所だが、今回は違う。相手が相手だった。
「本当なら僕が融合召喚教える約束してたのにさー」
「!」
融合と聞いて、黒咲の眉間に更に皺が寄る。素良も素良で、実に遺憾だと言わんばかりで黒咲を睨み付ける。
「まっ、そんな事は良いの。ボクが言いたいのはねー」
素良はにっこりと笑った。
「獲物である君がモコにエクシーズ召喚教えた事が気に食わないのさ」
そう言われて、黒咲も言い返した。
「俺も、俺の弟子に近づくお前が気に食わない。また奪う気か?」
「奪う~?なんの事やら!ボクはモコの友達で~」
「なら友達をやめろ」
素良から笑みが消えた。
「…何様のつもり?ボクの友好関係に文句付けないでよ」
「いずれアイツも狩るのだろう?」
黒咲の後ろでライズ・ファルコンが怒りをぶつけるかのように甲高く鳴いた。素良の後ろではチェーン・シープがギョロギョロと気味の悪い目を動かす。
「…だったら?」
「お前を殺す」
ギロリと黒咲は素良を睨み付けた。―本気の目だ。
「お前達にもう何も奪わせない」
沢山奪われてきた。夢も、希望も、たった1人の妹も。
「俺からアイツを奪いたければ」
黒咲はもう搾取される側の人間ではない。アイツ等を殲滅させる側の人間になったのだ。
「この俺を殺して、奪え」
ライズ・ファルコンの体を革命の炎が包んだ。
*** ***
モコは走っていた。先程、デュエルディスクに留守電が入っていた。相手は遊矢で、連絡は2時間前程の物だった。モコはその時、会場の清掃と物資を運んでいた所為で、黒咲と素良の試合を見る事が出来なかった。故にデュエルの状況も、結果も分からない。
だからこそ、素良が黒咲によって怪我をした事なんて聞くまで知らなかったのだ。
『モコ!バイト中にごめんね!実は素良が怪我をしたんだ!!黒咲って奴とのデュエルで…!今、素良は病院に運ばれて、治療を受けてる。モコ、黒咲とかと知り合いじゃないよね?…もしお見舞いに来れるなら来て欲しいな』
「(師匠が…素良君を…!?)」
あり得ないと言いたい。モコにとっての黒咲は『厳しくて優しい師匠』だ。その師匠が相手を怪我させる様な、しかも治療を受けさせる様な大きな怪我をさせる筈がないと思った。
とにかく真実を確かめるべく、彼女は病院へと向かっていた。
すると、中央公園の方で大きな音が聞こえてきた。
「なに!?」
モコの頭で嫌な予感が過る。今すぐにでも素良の元へと向かいたいが、何故か足が勝手に中央公園の方へと向かい始める。
モコが中央公園へと着くと、そこには中央公園に設置された舞台の上に立つユートと観客席側に立つ遊矢が対峙していた。顔が瓜二つの2人。こうして見るとどれだけ似ているのかがよく分かる。だがモコが気にしているのはそこではない。何故2人が対峙しているかだ。
モコは一度止めた足を、もう一度動かした。
「遊矢君!ユート君!!」
「モコ!?」
「何!?」
2人が走ってくるモコに気付き、振り返った瞬間、彼女の横で夜の中央公園に似つかわしくない光が差し込んだ。次の瞬間、何かがモコの後ろを通り過ぎ、ガシャアアンッ!!と大きな音が公園内に響き渡った。突然の事にモコはぺたんと座り込んでしまった。
恐る恐るモコが横を見ると、折れ曲がった柱があった。その柱のすぐ横で白いバイクの様な物とそれに乗った白いライダースーツの人間がいた。背丈はそれ程高くはなく、モコより少し高いくらいで、年も多分彼女と近いだろう。突然の出来事に頭の追い付かないモコは目に涙を溜め始める。
「イッチッチ…一体何が……嘘だろおい……」
発せられた声は少年の物で、少年はヘルメットシールドの所為で顔は見えないが、声色は明らかに不味ったと言っていた。彼の視線は涙目のモコに注がれてる。
「マジかよ……俺、人轢きかけた…!?」
少年はバイクから降りると、慌ててモコの前にしゃがみ込み、彼女の肩を掴んだ。
「お、おい!大丈夫か!?怪我とかないか!?」
「……」
「お…おい?お前…」
何も言わないモコに少年は戸惑っていた。遊矢もユートも突然の出来事に固まる他ない。
「も、もしかして頭とか打ったか…!?」
オロオロする少年。するとモコは…
「う………うわぁあああああああああんっ…!!」
顔を歪めて、子供の様に泣き始めた。
「えっ」
突然、泣き始めたモコに少年は驚くが、すぐに原因が自分だとわかると更に慌て始めた。
「あっ!俺が悪いのか!わ、悪りぃ!!どっか痛てぇのか!?」
「うゎああああああああんっ…!あぁあああんっ…!」
「あああああ!?やっべ、リンに何て言えば良いんだよ…!?お、おい泣くなって!俺が悪かった!!」
「ふぁああああああああんっ…!」
どうにかモコを泣き止まそうとする少年。しかし彼女は泣き止まない。
当然と言えば当然だ、モコは人生で初めて轢かれかけたのだ。しかもその前に素良に対する心配と黒咲に対しての不信感でごちゃごちゃになっていた彼女の精神は、少年に轢かれかけたのがキッカケで可笑しくなった。
結果として、モコは泣き始めた。
すると、モコはぴたりと泣くのをやめると、少年の方で倒れていった。
「あ、ちょ、おい…!」
それ以降、モコの記憶はない。
「にゃあーん…」
―――ゆーとぉ
「にゃぉーん…」
―――ゆーと、どこぉー?
「なぅーん…」
―――さびしいよぉ
「にゃぁー…」
―――はやく、いつもみたいになでてよぉ
「にゃー…」
――――もこちゃんが ないちゃうぉ…?
消えたユートとダークリベリオンを託されながらも怒りに飲み込まれ使いこなせない遊矢
ダークリベリオンを持つ遊矢に対し怒りに燃える黒咲と戸惑うモコ
全ての物語は、本当の意味でここから動き出す――――!!
次回 まよつじ第18話『迷える子羊とバトルロワイヤル その1』
※一気に話が飛んですみません