シスターが、暗い部屋の中でとある作業を終えた。
「よし、出来た」
満足気に頷くシスター。今日の為に海外にいる友人に頼んで(脅して)パーツを届けてもらったかいがある。これで全て終わった。
後はモコに渡すだけだ。
「…喜んでくれると良いがな」
あの黒咲を鉄パイプで気絶させた本人だとは思えない程、穏やかに微笑んでそれを撫でるシスターの顔は子供を思う母親の顔そのものだった。
*** ***
【舞網チャンピオンシップ】とは
・舞網市で開催されるプロの登竜門とされている大会。小学生が参加する『ジュニア』、中学生以降が参加する『ジュニアユース』、セミプロが参加する『ユース』の3部門に分かれている。
・『ジュニアユース』で勝ち上がり、ユース昇格試験を受け、『ユース』でも勝ち上がって、プロテストに受かるとプロになれる。なお現在の最年少プロは『赤馬零児』。
・まずは1回戦と2回戦を勝ち上がって、ベスト16まで決める!!
・その後の対戦方式は主催者側が決める。
「真澄ちゃん達と遊矢君達は『ジュニアユース』ですね。…モコの担当はジュニアとジュニアユースの子の案内と…お客さんのご案内」
「モコ~時間じゃないのか?」
「あ、はぁーい!」
シスターに呼ばれ、モコは荷物を鞄に詰めると玄関まで走り出す。最近では髪を1人で結べるようになってきたおかげで、時間にも余裕が出来る様になった。髪をポニーテールにしたモコがスニーカーを履いていると、後ろからシスターに声をかけられた。
「モコ」
「なんですか?」
「ん」
後ろを振り返るとシスターが何かを差し出してきた。それは白いデュエルディスクだった。
「デュエルディスク…?」
「お前のだ」
「私の!?」
驚くモコにシスターはうっすら笑うと、デュエルディスクをモコに渡した。
「デッキが出来たのと初勝利の祝いだ。デュエリストたるものデュエルディスクは必需品だろ?」
「あ、ありがとうございます!はわぁ…私のデュエルディスク…!本物だぁ…!」
新品のデュエルディスクを持ち、嬉しそうに眺める娘に癒されつつもシスターは更に何かを差し出す。
「あとコイツも」
「きゅい~!」
可愛らしい鳴き声がモコの耳に入る。シスターが差し出したのはアーモンド型の円らな瞳を持ったそれはそれは可愛らしい白い狐だった。前足と大きな三角の耳の先端が赤く、瞳の周りには紅い隈取が施されている。もふもふとした尻尾は2本あり、嬉しそうにぱたぱたと揺れている。きゅいきゅいと可愛らしい声で鳴く狐はシスターに首根っこを掴まれて、ぷらーんと宙に浮いていた。
「…狐?」
「ただの狐じゃない。コイツは私が作った次世代型愛玩用デュエルロイド。型番『000-046』。愛称は『シロ』だ」
「きゅぃ~ん!」
「デュエルロイド!?」
「簡単に言えば狐型のアンドロイド」
「アンドロイド!?」
「きゅい~!」
シスターがモコの胸にシロを押し付けると、シロは嬉しそうにきゅいきゅい鳴きながらモコの胸にすり寄る。円らな瞳に見つめられ、モコの胸がきゅぅうんっと締め付けられた。
「か、可愛い…!」
「きゅい?」
「そいつはアンドロイドだが、飯は食べるし、水も飲める。充電は睡眠だけと言う何ともエコな人工知能搭載のアンドロイドだ。いざという時はお前を守ってくれるさ」
ぺろぺろと小さな舌でモコの頬を舐めるシロ。舌にはちゃんと熱があり、この子が一目でアンドロイドだわかる人間は誰もいないだろう。
「それじゃあ行って来い。シロ、モコを頼むぞ」
「きゅいっ!」
「行ってきます!シロちゃんに、真澄ちゃん達紹介してあげますね」
「きゅっ!」
行ってきます!と玄関から出て行ったモコと肩に乗っかったシロに手を振って見送るシスター。2人が出て行くのを見ると、欠伸を1つした。
「ふぁああ…私も少し寝るか」
そう言って、シスターは寝る為に自分の部屋に戻った。
*** ***
「きゃああああっ!可愛いぃ――!」
「シロちゃーん!こっち向いてぇ!」
「きゅいん?」
「「「「きゃああああっ!可愛い―――!」」」」
きゃあきゃあと女性達に囲まれるシロ。テーブルの上に乗って首を傾げる仕草をすると更に女性達から黄色い悲鳴が上がる。
ここは舞網チャンピオンシップのスタッフ専用室で、シロの周りを囲むのは全員女性スタッフだ。
「あわわわ…!ご、ごめんなさい…!大騒ぎになっちゃって…!」
「気にしないで良いよ~。それよりも僕も後でシロちゃんの写真良いかなぁ~?」
「あ、どうぞどうぞ」
わぁいとのんびり喜ぶのはチーフスタッフを務める男性。おっとりとした顔立ちと口調が印象的で、聞いているこっちが眠たくなってくる。
「きゅっ!」
「可愛いぃ!」
「尻尾もふもふ~!」
ころんと仰向けになって、尻尾を小さな手で抱える様にポーズを取ると女性スタッフ達のデュエルディスクからシャッター音が止まらない。
あわあわと狼狽えるモコを見て、チーフが女性スタッフ達に声をかけた。
「こらこらぁ~そろそろ時間だよぉ~。持ち場についてねぇ~」
「えぇ~!」
「しょうがないわよ~。モコちゃん、後でシロちゃんの写真また撮らせてね~」
「あ、はい!」
またね~んとシロに手を振り、部屋から出て行く女性スタッフ達。女性スタッフ達が出て行くと部屋は急に静かになり、シロはテーブルから降りてモコの頭の上に乗った。
「きゅっ!」
「お帰りなさい、シロちゃん」
「それじゃあ~モコちゃんも~持ち場に~ついてね~。まずは~お客さんの~案内だよ~」
「はいっ!」
「トイレってどっちかな?」
「あ、トイレは…」
「まま~!きつねがいる~!」
「あらまぁ、可愛いわねぇ」
「きゅいっ!」
「触ってみますか?」
「うん!」
「優しくですよ~」
「A席の入口はどこかわかる?」
「A席はですね~」
「きゅっ!」
「おぉ!ここかぁ!いやぁ、賢い狐だねぇ!」
「きゅんっ!」
「アハハ…アンドロイドなんですけどね…」
「それにしてもお客さんが多いですねぇ…。流石は規模の大きい大会…」
「きゅい~」
近くにあったベンチに座って一息つくモコとシロ。あまりの人の多さに驚きつつ、案内をこなすが、流石に疲れてしまう。シロはベンチの上で舌を出して、ぐったりとしている。
「あ、喉乾いちゃいました?」
「きゅぅ~…」
「でしたら自動販売機でお水買ってきますね。ちょっとここで待っててください。デュエルディスク預けておきますね」
「きゅ~…」
シロの傍にデュエルディスクを置くと、モコは自動販売機へと向かって行った。シロはパタパタと尻尾を振って、送り出す。
一番近い自動販売機に付くと、モコは飲み物のラインナップを見た。
「えっと…お水と…何にしましょうか?」
飲み物のラインナップは『ナチュル・ストロベリージュース』『ナチュル・チェリーサイダー』『フレッシュ・ナチュル・パイナポー』『キラートマトジュース』『ナチュル・パンプキンスープ』などだ。ナチュル社のジュースはフレッシュでスッキリとした味わいが売りのジュース界の王者だ。なお、キラートマトジュースは人の好みが問われるトマトジュースである。
モコは悩んだ末に『ナチュル・ストロベリージュース』に決めた。
「あ、お金お金…」
チャリンッ
「えっ」
モコがお金を入れる前に誰かがモコの後ろからお金を入れて、自動販売機のボタンを押した。押したボタンはモコが欲しがっていた『ナチュル・ストロベリージュース』。ガコンッ!と音を立てて、落ちてきたジュースを誰かが取ると、モコは後ろを振り返った。
「はい、どうぞ」
「あ、あのお金まだ…ひぃっ!!」
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこに立っていたのはオレンジ色のウェーブがかった髪に右目の下に泣きぼくろがある少年だった。片方のみノースリーブになったジャケットを着ており、左手だけに黒い手袋をはめている。顔立ちは中々整っており、モコの顔が青くなる。だが少年は気づいていないのかモコの手を掴み、掌に缶ジュースを乗せた。
「お金は気にしなくて良いよ。ボクからPresentさっ」
キラッ!と星を飛ばす様にウィンクをする少年。だがモコからすればそれどころではない。
「君、ここのスタッフだよね?スタッフ用パーカー着てるし…」
「い、一応スタッフれす…」
「あぁ良かった!いやぁ、他のスタッフの人は忙しそうでさぁ、声をかけにくくて…。でも君の姿が見えたから良かったよぉ!」
「そ、そうれすか…」
背後に自動販売機、前方にイケメン。モコは頑張って顔をそらすが、顔は青いままだ。
「あ、ボクはデニス・マックフィールド。LDSブロードウェイ校からの留学生さ!」
「え、LDS生…?」
「君は?」
「LDS総合コースの…日辻モコです…」
「なぁんだ!ボクと同じLDSの子だったんだ!モコ、可愛い名前だね!」
「あ、ありがとうございましゅ…それではモコはここで失礼して…」
モコはすすす…と横に移動しようとするが、
「おっと」
トスッと伸びた左手がモコの進路を遮る。手を壁について、ぐいっとデニスはモコに顔を近づけた。所謂壁ドンである。
「ひぇっ!」
「アハハ、ビックリさせちゃってごめんね!それよりもさ、モコの目って綺麗だね」
ジッとモコの顔を見るデニス。モコは顔をそらすが、顎を掬われ、顔を上に向かされる。一方でデニスはうっとりとした顔でモコの目を見る。
「beautiful…。透き通った青空みたいだね。髪も雪の様に白くて素敵だ」
「(ひょぇえええええええっ!)」
「…あれ?君の左目…カラーコンタクト…?」
「!」
デニスの言葉にモコはドキリとした。シスターの作ったカラーコンタクトを見破るとは。デニスは更にモコに顔を近づける。後少しで唇が触れてしまいそうな程だ。
「~~~~~~~ッ」
「ふふふ、なぁに?照れてるの?Cuteだね」
違います、怖いんですとモコは恐怖で口に出せなかった。
「…食べちゃいたいなぁ」
「!!」
ドンッ!!
「Wow!?」
「ご、ごめんなさぁぁああああい!!」
デニスの胸を押しのけて、モコは缶ジュースを片手に走り去って行った。ぴゃっと逃げたモコに尻餅をついたデニスはポカンとするが、暫くするとプッと息を吹きだした。
「アハハハハッ!照れ屋だなぁ!ああいう反応されると…ちょっとイジメたくなっちゃうなぁ…」
*** ***
「きゅいきゅいっ」
小さなペットボトルを両前足で器用に掴み、飲み口からぺろぺろと舌を出して水を飲むシロ。嬉しそうに水を飲むシロの隣ではモコはぐびぐびとジュースを自棄飲みしていた。
「んぷはぁっ!ああ―――!イケメン怖かったぁ――――!」
「きゅ~?」
「あ、シロちゃんは気にしなくて良いんです!」
「きゅ?」
そうなの~?と首を傾げるシロにモコはうんうんと頷く。
「おぉーい!モコ~!」
「あ、遊矢君!」
手を振りながら、モコへと声をかけてきたのは遊矢だった。遊矢はモコの所まで来ると、ベンチの上に座るシロに気付いた。
「あれ?狐?」
「きゅい~!」
「シロちゃんって言うんですよ。なんでもシスターが作ったアンドロイドとかで…」
「アンドロイド!?え、嘘!?」
「きゅんっ!」
驚く遊矢に対してシロは尻尾をぱたぱたと振りながら挨拶をした。
「…シスターさん、なんでも出来るんだね」
「不思議ですよね~」
不思議で済むような問題ではないと思うと遊矢は思った。
「あ、そうだ!もうすぐ開会式なんだ!モコも見るでしょ?」
「えぇ、勿論!私はスタッフのアルバイトですが、ちゃんと見ますよ!遊勝塾の皆さんは?」
「皆、お菓子買ったりしたりしてる!フトシなんか張り切っちゃってさ~」
「ふふっ、美味しい物いっぱいですからねぇ」
「俺さ、頑張るよ!エンタメデュエルで皆を笑顔にしてみせる!」
「はいっ!応援してます!」
モコが笑うと遊矢も笑った。きっと素敵なエンタメデュエルを魅せてくれる事だろうと期待で高まる胸を押さえながら、モコはシロに声をかけた。
「シロちゃん、私達も持ち場に戻りましょう」
「きゅ!」
「遊矢君!頑張ってくださいね!応援してます!」
「モコもバイト頑張ってね!」
遊矢が手を上げると、モコは目を瞬かせたが、すぐに意味を理解して自分も手を上げた。そして…
パンッ!
ハイタッチを交わした。
「お互いに全力!」
「頑張りましょう!」
そう言って、2人はお互いに背を向け、走り出した。
こうして時は動き出す
ある者は絶海の孤島にある城で
「…はぁ、最近のオモチャは脆いなぁ…新しいの欲しい」
ある者は自由の象徴に乗り
「だぁああああ!アイツどこに行った―――!?」
ある者は街を回りながら
「…隼が無茶をしなければ良いが…」
誰も気づかない 誰も予想だにしなかっただろう
全てを知った時 いずれ会う筈のなかった4つの次元を巻き込んだ大きな物になるとは知らずに
シロ「はじめまして!ぼくはシロだよ!きょうはとくべつにしゃべっていいってママ(シスター)がいってたからしゃべるね!」
むっく「ぬ?新入り~?もふもふ枠狙い~?どうも、ごしゅじんとモコちゃん大好きむっくだにゃあ」
シロ「ぼくのしっぽはもふもふ!2ほんもあるよ!さわるとふわふわしてきもちいらしいんだ!」
むっく「ぬぬ…もふもふ枠が狙われてるにゃあ…!あ、次回予告しないと!次回は舞網チャンピオンシップ開幕だにゃあ!」
シロ「モコちゃんとぼくはばいとちゅーだよ!」
むっく「色んな人間がいっぱいで街中騒がしいにゃあ!おちおち寝てられないにゃあ!」
シロ「たいかいっておおきぃね!でもでも、モコちゃん人酔いしないかなぁ?」
むっく「平気だと良いけど…次回17話『迷える子羊と舞網チャンピオンシップ』で会おうね!」
シロ「もっこるんるーん!きゅんっ」
むっく「…コイツ、あざとい…!?」