宇佐美雪兎と言う人間は、幼い頃から『愛』に飢えていた。
雪兎の両親は舞網市の名家『宇佐美』の現当主の妹でありモデルの母、プロのファッションデザイナーで海外でも活躍する父。一見すると華々しい夫婦だが、お互い求めるのは愛などという甘い物ではなかった。
母は父の端正な容姿に惹かれ、父は母の家の金に惹かれ、お互いそれを承知の上で結婚をし、子供を産んだと言う話は一部の人間しか知らない。
子供である雪兎は知っていた。知っていたからこそ、彼女も利用した。父親譲りの端正な顔立ち、母親譲りの髪と目の色。彼女は「可愛さ」と「知識」と言う武器を生まれながらにして持っていた。
だからこそ、父親の作った服を着てモデルとなった時、周りの大人からの賛美に雪兎は「思った通り」だと内心理解していた。
しかし、父親からすれば雪兎は、自分と自分の作った服の評価を上げてくれる、謂わば招き猫の様な存在だった。
父が評価されれば、妻である母も評価された。でもそれだけだ。お互い容姿に、金に目が眩んだ両者は雪兎を子供ではなく、『道具』だと思っていた。雪兎もそれを理解していた。
何故理解しながら、されるがままだったのか?
――――― 2人から生まれた、母の腹から生まれた子供だったからだ。
雪兎は道具だと思われても、両親を愛していたからだ。子供として生まれた運命だからなのか、雪兎は愛していた。そんな両親でも、雪兎に命を与えてくれた両親だからだった。
でも、どれだけ愛しても愛しても、返ってこなかった。愛する事は出来る、でも愛される事は出来ない。
だから、雪兎は飢えていた。愛情に飢えていた。おじぃちゃんだけの愛だけでは足りない。もっともっともっともっと!!
そして、モコをLDSで見つけた。真澄に、北斗に、刃に囲まれて幸せそうに笑うモコの姿を。
――――― 自分と違って、愛されている。友達に囲まれて、笑って、羨ましい。
友達に愛されている彼女に雪兎は酷く惹かれ、憎悪した。羨ましい、妬ましい、憎い。妄想し過ぎと言われても、性格が悪いと言われても構わない。
妬まずにはいられない!!!
――――― そうだ、奪ってしまえば良い。
幸せも、笑顔も、愛も全て奪って、自分と同じく愛されなければ良い!!!
*** ***
モコ LP:800 手札5 ゴーストリック・アルカード(攻撃表示) ゴーストリック・キョンシー(守備表示)
雪兎 LP:3500 手札0 ジェムナイト・ブリリアント・ダイヤ(攻撃表示) ジェムナイト・マスター・ダイヤ(攻撃表示)
「アルカード!」
モコの声にアルカードは頷くと、モコを片腕で抱き上げた。腕を椅子代わりにし、アルカードは飛んだ。キョンシーもそれに続く。まるで騎士の様に抱き上げたアルカードに観客席の女子からは「良いな~」「羨ましい~」と声が上がる。
狙いがアクションカードだと理解した雪兎は忌々しげに舌打ちをすると、ダイヤ達を睨み付けた。
「邪魔しなさい!早く!」
ほぼ怒声の命令にダイヤ達は顔を見合わせると仕方ないと言わんばかりに首を横に振り、モコを止める為に飛んだ。真澄の友人とはいえ、これはデュエル。容赦は出来ない。ダイヤ達は剣を持ってアルカードの邪魔をしようとするが、それよりも早くモコは天井のシャンデリアにあったカードを取った。
「アクションマジック『ジュエル・ミラー』!相手の墓地またはフィールドに存在する魔法カードを1枚コピーし、その効果を得る!私が選択するのは『ブリリアント・フュージョン』!!」
「はぁ!?」
『ブリリアント・フュージョンをコピー!?で、ですが日辻選手のカードはゴーストリックでは…!?』
ブリリアント・フュージョンはジェムナイト融合モンスターを呼び出す為の魔法カード。ジェムナイト専用の永続魔法だ。しかしモコのデッキはジェムナイトではなく『ゴーストリック』。いくらアクションマジックでコピーをしても素材が無いのならば無駄な話だ。
――――― そう、素材がなければの話だが。
「私はデッキの『ジェムナイト・ラピス』と『ジェムナイト・ラズリ』で融合召喚!!」
「嘘っ!?」
狼狽える雪兎。それを見た観客席の真澄は笑った。
「アハハハハッ!ザマァないわね!!良いわよモコ!どんどんやっちゃいなさい!!」
「それよりも何でラピスとラズリがモコのデッキにいるんだよ!?」
「決まっているでしょ、私が直接渡したから」
「はぁ!?」
――――― 話はデュエルをする前に遡る。
『はい、これ』
そう言って、真澄が渡したのは4枚のカードだった。モコはそれを受け取ると目を見開き、真澄の顔を見る。
『これってラピスとラズリに融合のカード!?それに…』
『貴方へのお守りよ。気にしない気にしない!使ってちょうだい』
『でも…!』
渋るモコに真澄はにっこりと笑うと、モコを抱きしめた。
『良い?私はね、貴方が退塾するなんて認めない。絶対に嫌よ』
『そ、それは…』
『刃だって北斗だって認めない。黒咲さんだって許す訳がないでしょ?それともなに?私とそんなに離れたい?』
『そんな訳ありません!!』
大声を上げたモコはギュッと真澄を抱きしめ返す。
『モコだって退塾なんて嫌です!師匠をあんな風に賭けられるのも嫌です!真澄ちゃん達とも離れたくない!!まだまだ勉強したいし、デュエルだってこれからもっと…!』
『それで良いの。だったら使いなさい、思う存分。きっとこのカードは…』
「――――― 私の、私達の力になってくれる!!ラピスとラズリで融合召喚!」
宝石で出来た鏡の中へ、ラピスとラズリが手を繋ぎながら入っていく。2人は穏やかな顔でモコを見ると、力を合わせ、真の姿へと変わっていく。
――――― あの日、モコが憧れを抱いた少女の姿へと。
「憧れよ、今こそ我が力となりて、戦場で舞え、神秘の乙女!融合召喚!レベル5『ジェムナイトレディ・ラピスラズリ』!!」
フィールドを覆い尽くす程の眩い光を帯びて、現れたのは青の神秘に包まれた少女のジェムナイト。ラピスラズリは静かにモコの傍へとやってきた。アルカードからモコを受け取り、抱えるとゆっくりと地へと降り立った。モコを下すと、ラピスラズリは右手を左胸に当て、優雅にお辞儀をした。やっと呼んでくれたねと言うかの様に見えたのは気の所為だろうか。
ジェムナイトレディ・ラピスラズリ ☆5 攻撃力2400⇒0 守備力1000⇒0
『う、美しいィ――――!!何と日辻選手のデッキにジェムナイトがいた!!しかも優雅!美しい輝きを纏ったラピスラズリ!ホムラ、心浄化しちゃうぅう―――――!!』
今までよりも大きなホムラの実況に観客席の盛り上がりもヒートアップしていく。――――― だが、
「…何で貴方はいつもいつも…!」
この光景を良しとしないのは雪兎の忌々しげな声だった。モコが雪兎の方を見ると、雪兎は可愛らしさも、小悪魔差もない、肉食動物の様な目でモコを睨み付けていた。
「いつも貴方ばかり貰っちゃって!ずるいずるいずるい!!私だって!私だって欲しいのに!!」
まるで玩具を欲しがって駄々をこねる子供のような言葉。モコはそれを悲しい目で見つめる。
「私だって!私だって!!」
「欲しい物は意外と近くにあったりしますよ」
雪兎はモコを見た。モコは穏やかな顔で雪兎を見ながら、言う。
「欲しがり屋さんなんですね、宇佐美さんって」
「は…?何言って…?」
「本当は持っている、もしくは貰っているんじゃないですか?貴方のすぐ傍に」
「だから…何言って…」
ふと、雪兎の頭を過ったのはあの老人の姿だった。
「…あれ?」
雪兎の頭の中で微笑むのは老人だった。いつだって老人は穏やかな顔で、優しい声で雪兎の名前を呼んでいた。毎日温かいご飯を作ってくれて、雪兎の話をちゃんと聞いてくれて、寂しい時だっていつも温かいお茶を持ってきてくれた。
「(…なんでおじぃちゃんが浮かぶんだろう?)」
しちゃくちゃの手で頭を撫でて、白い髭と白髪が目立つ燕尾服の老人。彼は母の使用人だったハズだ。でも母が彼を雪兎に与えた。自分では面倒を見れないからきっと老人に任せたのだろう。
雪兎が小学生の時の行事は全て、彼が来てくれた。
雪兎が風邪をひいて、熱を出した時、いつも心配してくれたのは彼。
雪兎がテストで100満点を取った時、1番喜んで、褒めてくれたのも彼。
いつでも穏やかな笑顔で見守ってくれた優しい人。彼はいつだって雪兎の事を大事に思ってくれていた。
『雪兎様』
「(…なんだ、愛されてる…)」
愛されていないと勝手に思い込んで、欲しがって欲しがって、手に入れられないと駄々をこねていた。雪兎は呆れたように笑った。
「(…子供だったなぁ)」
このデュエルが終わったら、謝りに行こう。大事な人の元へ。
「行きますよぉ!私は手札から『ゴーストリック・マミー』を召喚!効果で『ゴーストリックの魔女』も召喚です!」
マミーと共にフィールドに降り立ったのはゴシックな服を身に纏、手に箒を持った小さな魔女。
モコ 手札5⇒3
「魔女ちゃんの効果!1ターンに1度、相手のモンスター1枚を裏側守備表示へ!選択するのは『ブリリアント・ダイヤ』!魔女ちゃん、お願い!」
魔女は箒に乗ってブリリアント・ダイヤの元へ行くと、乗っていた箒から降り、それを振りかぶってブリリアント・ダイヤを叩くと、ブリリアント・ダイヤは驚いて裏守備表示になってしまった。それを魔女は満足そうにえへんっ!と胸を張る。
「レベル3のキョンシーちゃんとマミーちゃんでオーバーレイ!」
まだまだモコは止まらない。キョンシーとマミーが光の玉となり、もう1度ゴーストリックの領主を呼び出す。
「2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!エクシーズ召喚!並び立て!我が吸血鬼!ランク3!『ゴーストリック・アルカード』!!」
ゴーストリック・アルカード(2) ★3 攻撃力1800 ORU:2
もう1体のアルカードが出現する。このアルカードは服が紫色だ。
「速攻魔法!『月の書』!!マスター・ダイヤを裏守備表示へ!!」
魔法カードから現れた月の書がパラパラと開いていくと、ゴーストリックの魔女がその呪文を唱え、マスター・ダイヤを裏守備表示へとさせる。
「ブリリアント・フュージョン扱いとなったジュエル・ミラーの効果!手札の魔法カード1枚を捨てて、ラピスラズリの攻守を元に戻す!私は手札の『ゴーストリック・パレード』を墓地へ!」
ジェムナイトレディ・ラピスラズリ 攻撃力0⇒2400 守備力0⇒1000
モコ 手札3⇒1
「アルカードの効果!ORUを1つ使い、相手のセットされたカードを1枚破壊する!右の伏せカードを破壊!」
今出てきたアルカードが杭を落とし、伏せカードを破壊する。破壊されたカードに雪兎は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「(しまった!攻撃の無力化が!)」
「手札からフィールド魔法『ゴーストリック・ハウス』発動ォ!!」
フィールドが煌びやかな宝石の城から廃墟へと変わる。まるで幽霊でも出てきそうな程不気味な屋敷だが、ここはゴーストリック達の住む洋館。ここはゴーストリック達が最大の力を発揮出来る場所だ。
「ゴーストリック・ハウスの効果!相手フィールドのモンスターが全て裏守備表示だった場合、相手プレイヤーに直接攻撃が出来る!」
「そんなっ!!」
手札を全て使い切って、やっとここまで来た。全てはこのフィールド魔法の為、ゴーストリック達が本気で戦える様にするため。モコは笑った。
「アルカードでダイレクトアタック!!」
アルカードが裏守備表示になったモンスターを無視して、雪兎に切りかかる。
「きゃあっ!!」
雪兎 LP:3500⇒1700
「(ダメ!ブリリアント・スパークが使えない!!)」
罠カード『ブリリアント・スパーク』はジェムナイトモンスターが破壊されないと使えない。直接攻撃の場合では無意味なのだ。
「魔女ちゃんでダイレクトアタック!」
魔女が箒をくるくると回すと、風が巻き起こり、雪兎のライフを削る。
「うぅっ!」
雪兎 LP:1700⇒500
「ゴーストリック・ハウスの効果。ゴーストリック以外のモンスターのアタックはダメージが半減されます。ですが十分!トドメです!ラピスラズリでダイレクトアタック!!」
ラピスラズリが手から青いビームを放つ。ビームは真っ直ぐ雪兎の元へと向かい、そして彼女のライフを全て削り切った。
「きゃああああっ!」
雪兎 LP:500⇒-700
しかし、それだけでは終わらなかった。
―バリッ!!
雪兎の立っていた床が抜けた。
「え」
「ッ宇佐美さん!!!」
雪兎は何が起こったかも理解する事もなく、落ちていった。
「(あ、これって罰かな?)」
装置に細工してモコだけリアルダメージが行くようにした事、ファンを使って真澄のデッキを奪った事、今まで老人の愛情に気付けなかった事。―――雪兎は落ちていく感覚を感じながら、静かに目を瞑った。
「(でも最後だけ…おじぃちゃんに謝りたかったなぁ…)」
瞼の裏側に浮かんだのは穏やかな老人の笑顔。そして―――。
「宇佐美さぁあああああああんっ!!」
大声で自分の名前を呼ぶモコの声が耳に入ってきた。
「(あ…モコちゃんの声…)」
何を必死に叫んでいるかと思えば自分の名字。馬鹿馬鹿しいと思って、雪兎はうっすらと瞼を開け…目を見開いた。
―――モコが両腕を広げて、雪兎の方へと向かってきているのだ。
「え…?」
気づけば雪兎はモコに抱きしめられていた。落ちている雪兎に抱き付いてきたという事はモコも落ちてきたという事だ。
「ッアルカードォオオオオオ!!」
モコが名前を呼べばアルカードはすぐさま2人の元へ行き、2人を抱きしめ、上へと上がっていった。暗い床下から脱出した途端、雪兎の耳に入ってきたのは大歓声だった。
「良かった!!日辻達戻ってきたぁ!!」
「雪兎たぁああああんっ!!」
ワァワァと歓声を上げるLDS生達に雪兎はポカンとするが、アルカードが2人を地面に下ろすと、ぺたんと座っていたモコが同じようにペタンと座っていた雪兎の両肩をガッ!と掴んだ。
「お、お怪我ないですか!?痛い所ないですか!?大丈夫ですか!?」
「……」
泣きそうな顔で雪兎を心配するモコ。先程まで雪兎はこの泣きそうな少女とデュエルしていたのだ。さっきまで笑っていたのに、と雪兎は驚いていた。それと同時に雪兎は信じられないでいた。
「…何で助けたんですか?雪兎、モコちゃんに悪い事したのに…」
俯いてそう言う雪兎。言っている事は合っていた。彼女の師匠を賭けの対象とし、退塾しろと言って、友達のデッキを奪った挙句、リアルダメージを与えるように細工までしたというのに、何故助ける?雪兎はそれがどうしても信じられなかった。
モコはその言葉にポカンとするが、すぐに笑った。
「だってデュエルしたら友達ですもん!」
「!」
ぎゅっと握られた手は、とても暖かく、雪兎はそれがキッカケで涙腺が崩壊した。
「ご…ごめんなざぃいいいいいい!!」
「えぇっ!?」
うわぁあああんっ!と泣き始めた雪兎にモコはオロオロするが、雪兎が泣きながら抱き付いてきた為、すぐに笑って、優しく頭を撫でる。まるで泣き始めた子供を慰める母親の様だ。
「うゎぁああああああんっ!こわかったよぉぉお!!」
「怖かったですよね、もう大丈夫ですよぉ」
わんわんと泣く雪兎と笑顔でそれを慰めるモコ。その光景を見た真澄はほっと安堵の息を吐いた。
「心配かけないでよ!心臓に悪い…!」
「良かったぁ…2人とも無事で!」
「そうだな!だが何はともあれ!!モコ、初めてのデュエルで大勝利だぜ!!」
「お祝いしなくちゃね!真澄!」
「勿論よ!」
一方で遊矢達も…。
「「モコ勝ったぁ!!」」
きゃーっ!と遊矢と柚子が手を繋いで、モコの勝利を喜んでいた。素良も満足そうだ。
「見た!?最後のフィールド魔法からのダイレクトアタック!すごかったよね!!」
「えぇ!対戦相手の子が落ちた時は吃驚したけど、無事でよかった!!」
「うんうん、融合召喚も上手く決まってたよねぇ」
「「だよね!!」」
楽しげにデュエルの感想を話し合う遊矢と柚子。それを後目に素良は思い出していた。
「(…あのアルカードってモンスター…邪魔だな)」
「モコちゃん!?モコちゃん!!」
急にフィールドの方が騒がしくなった。素良がフィールドの方を見ると、雪兎が焦った様子でモコに声をかけていた。モコはぐったりと雪兎にもたれかかっていた。
「だ、誰か担架!早くモコちゃんを保健室へ!!」
*** ***
『我ガ君、会エテ嬉シイ』
私も会えて嬉しいです。貴方達はどうして私の所に来てくれたんですか?
『約束ダカラ』
約束?
『我ガ君ト会ウ。ソレガ約束。我ラ≪ゴーストリック≫ノ約束、決意、誓イ』
…よくわからないです。でも一緒に戦ってくれてありがとうございます!
『我ガ君ガ嬉シイト我モ嬉シイ。コレカラモ、我ガ君ト共ニ』
「ん…んん…?」
「モコ!起きたか!」
「…ししょー?」
意識が浮上して、ゆっくりと瞼を開けたモコの視界に入ってきたのは黒咲だった。顔は焦っているようで、心配そうにモコを上から見下ろしていた。
「大丈夫か?気分はどうだ?」
「なにがあったんれすかぁ…?…ありぇ?」
「あまり無理に喋るな。デュエルの後、熱出して倒れたんだ」
「ねちゅ…?」
そう言われてモコはやっと自分の身体が火照っている事と、頭がガンガンする事に気付いた。熱の所為で呂律が回らない。ふわふわとした意識の中でモコは言った。
「う、うしゃみしゃんは…?」
「宇佐美か?…装置に細工をした事とあの女のデッキを奪った事で今、上と話している」
「そうれすか…」
「他人の心配より自分の心配をしろ。…もうすぐシスターとやらが迎えに来る。寝ていろ」
「ふぁい…ししょー…」
「なんだ?」
「もこ…でゅえるじょーずれしたかぁ…?」
デュエルが上手だったか。モコは不安そうに黒咲に聞いた。黒咲は驚いたが、すぐに笑って、モコの火照った頬に触れた。
「あぁ、上出来だ。流石は俺の弟子だな」
「…えへへぇ…やったぁ…」
へにゃりと笑ったモコは黒咲の手にすり寄ると、すぅすぅと穏やかな寝息を立てて、眠りに落ちた。
「すぅー…すぅー…」
「…頑張りすぎだな」
呆れた様に言う黒咲の顔は、言葉とは裏腹に酷く穏やかな笑みを浮かべていた。
―――後日、真澄はモコの部屋へと訪れていた。
「モコ、熱は大丈夫?」
「大丈夫です!体がまだ少し怠いですけど、熱はもうすっかり!後2日くらいしたらLDSにも復帰できます!」
おでこに冷えピタを貼って、寝間着に着替えたモコとショリショリとリンゴを剥いていく真澄。真澄の隣に置かれた籠いっぱいに入ったフルーツはモコへの見舞い品だ。
「はい、リンゴ」
「ありがとうです!…真澄ちゃん、これメダカさんですか?」
「ち、違うわよ!剥いたらこうなっちゃっただけで…!」
お皿の上に乗せられたリンゴは、申し訳程度に残った白い果肉がちょこんと皿の上に佇んでいた。確かにサイズ的にはメダカに見えなくもない。
首を傾げるモコに真澄は顔を真っ赤にして反論する。実はリンゴを剥いたのは今日が初めてだったのだ。
メダカサイズのリンゴを食べると、コンコンッと扉がノックされた。
「モコ~志島君と刀堂君が見舞いに来たぞ~」
「あ、どうぞぉ~」
扉が開かれ、入ってきたのは刃と何故か落ち込んだ様子の北斗だった。片手を上げて「よぉ!」と挨拶する刃とは対照的にどんよりとした暗い空気を背負った北斗は「やぁ…」としか言わなかった。そんな北斗の様子にモコと真澄は首を傾げる。
「どうしたんですか?志島君。そんなに落ち込んで…」
「ちょっと病人のモコがいるんだからそんなジメジメした空気出さないでよ、具合悪くなっちゃうでしょ」
「…ごめん、ちょっと無理かも」
「あー…北斗が悪い訳じゃねぇんだ。ただ…あれ見たらな…」
ずるずると座り込んで部屋の隅っこでのの字を指で書き始めた北斗の背中をぽんぽんと叩いて、慰める。ますます訳が分からなくなった時、また扉がノックされた。
「はーい?」
「モコ~宇佐美って子が見舞いに来たぞ~入れていいか?」
「えっ、宇佐美さん!?」
「宇佐美ですって!?」
まさかの来訪者の名前にモコと真澄は驚くが、部屋の隅っこでのの字を書いていた北斗がビクリと震えあがった。
「えっと…ど、どうぞ~」
「失礼しま~す」
ガチャリとドアノブが回り、雪兎が入ってきた。真澄は即座に構えたが、入ってきた雪兎の姿にポカンと目を見開いた。モコも目を見開いて、ポカンと金魚の様に口を開けている。
―――部屋に入ってきたのは、ダークピンクのショートカットの美少年だった。
所々跳ねた癖毛に、赤いツリ目気味な瞳。肌はつやつやとしていて、白い。服装は腕まくりをして7分丈になった白いワイシャツに黒いベストを羽織り、黒いネクタイをしている。黒いスラックスに覆われた足はスラッとしており、モデルの様だ。
まるでホストの様な恰好をした美少年は手にライラックの花束と白い紙袋を持っていた。
「「……どちらさん?」」
「宇佐美雪兎だけど?」
「「…………………!!」」
えぇえええええええええええ!!?日辻家に大絶叫が響いた。
「うううううううううさうう宇佐美さん!?」
「な、何よその恰好!?え!?えええええええ!?」
あまりに姿の変わった雪兎に狼狽える女子2人に雪兎は首を傾げて、言った。
「当たり前でしょ?男なんだから」
―――その瞬間、モコが固まった。
「お、男ォオオオ!?で、でもLDSじゃワンピース着て…!」
「あれは女装。ていうか俺に騙される男を見るのが楽しみだっただけ」
グサッ!と北斗の胸に大きな言葉の矢が刺さる。
「じゃ、じゃあ何で黒咲さん賭けたのよ!?」
「え?デュエル申し込むだけじゃあモコちゃんが乗ってくれないと思ったから」
「退塾は!?」
「結構本気だったよ」
けろりと言う美少年・雪兎に真澄は頭が痛くなったが、これで北斗が落ち込んでいる理由がやっとわかった。つい北斗を憐れな物を見る目に変わってしまう。確かにこれを見れば落ち込む。
驚く面々を後目に雪兎はモコの方へと近づいていった。
「はい、これライラックの花。こっちはカフェ・アロマージのお菓子。好きな時に食べてね」
「…アリガトウゴザイマス」
「ん?驚いた?そりゃそうだよねぇ、だって抱き付いちゃったし」
ぶしゃああっ!真澄は心を落ち着かせようと飲んだ緑茶を思いっきり吹いた。ゲホゲホと咳き込む真澄を雪兎は汚い物を見る目で「うぇえ」と言った。
「うっわ汚い!それでも宝石商の娘で融合コースのトップ様?」
「ゲッホゲホゲホッ!アンタが!アンタが悪いんでしょ!モコにリアルダメージ行くように細工したり私のデッキ奪ったり!!」
「それに関しては申し訳ないと思ってる」
雪兎は花束と菓子の入った紙袋をモコに渡すと、カーペットの敷かれた床に正座し、
「すまなかった」
額を地面に擦り付ける様に体を倒した。―土下座だった。それに真澄も北斗も刃も目を見開くが、モコは慌てた。
「あ、頭上げてください!怪我はそんな大層な物じゃないですし…!」
「でも怪我はさせた。これは事実だ。しかもデュエリストの命であるデッキを奪った挙句、不正な方法を使って君を怪我させた。更に君の退塾と師匠まで餌にしてだ。許される事じゃない」
雪兎は額を地面に付けたまま、そう言った。
「LDSの上層部からは3ヶ月の自宅謹慎を受けた。天下のLDSの質量装置に細工した事が大きかったらしいけど、これは安すぎる。本来なら退塾だけど、黒咲さんがこうしてくれたんだ」
「師匠が…?」
「あぁ、『退塾は許さない。罪はしっかりモコに償ってもらう。後見舞いに行け』ってさ」
「師匠…」
あの黒咲がそう言った事に驚きだが、彼のモコへの気遣いが溢れている言葉だった。モコはそれに微笑むと、雪兎に言った。
「宇佐美さん…じゃなくて、宇佐美君。顔を上げてください、お願いですから」
「…分かった、殴るなり蹴るなりしてくれ。俺は覚悟は出来て」
「えいっ」
パチンッ
頭を上げた雪兎の額に軽い衝撃が走る。あっけない衝撃に雪兎は目を見開く。モコがデコピンをしたのだ。てっきり拳が頬にやってくるのだと思っていた雪兎はポカンとしながら、モコを見るしかない。デコピンをした本人は笑っていた。
「これで許します」
「…へ?」
「今、モコのデコピンで、モコは宇佐美君は許しました!これで宇佐美君が気にする事はないですよ!」
えへへと笑うモコに雪兎は狼狽えた。
「な、何で…」
「暴力は嫌いです。それに宇佐美君はお友達ですから!言ったでしょう?デュエルをしたら友達って!」
ほにゃりと笑うモコに雪兎は惚けるが、次第に頬を紅潮させ、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。
「…やっぱりモコちゃんは俺の愛の女神だ!!」
「…あいのめがみ?」
突如そう言った雪兎にモコは首を傾げるが、雪兎は頬を紅潮させたままガッ!とモコの両手を両手で握る。ゾゾゾとモコの背筋に寒気が走った。
「嗚呼、やっと見つけた俺の愛の女神、プシュケー!俺に愛を与えてくれる存在!俺を思って微笑んでくれる女の子!!俺の心に恋と言う名の春を運んでくれた乙女!!」
「ひぃいいいいいっ!!」
「黒咲さんに感謝しなくちゃ!あの人の言う通り、俺は君に罪を償わなければいけない!!だから罪人たる俺はモコちゃんの為に何でもするよ!」
両手を握ったままぐいぐい迫ってくるイケメンにモコは顔を青ざめながら、ぷるぷると震える。
「さぁ、何が良い?料理洗濯掃除、何でもするよ?それとも甘い夜が良いかな?良いディナーが食べれる所があるんだけど!あ、デザートは勿論モコちゃんね!それよりも水族館とかの方が良いかな!?」
「ゴラアッ!モコから離れなさいよ宇佐美ィイイイ!!!」
ついに真澄がブチ切れた。鬼の様な剣幕で雪兎をモコから離すと、モコを守る様に立つ。雪兎は顔を歪めた。
「邪魔だよ光津!どいて!俺はモコちゃんとデートプラン立てるの!」
「なぁにがデートよ!デート!私が許さないんだから!!モコが欲しければ私の勝ってから言いなさいよ!」
「あぁ良いよ!俺の本当のデッキで勝負だ!!」
「宇佐美が男宇佐美が男宇佐美が男宇佐美が男宇佐美が男宇佐美が男宇佐美が男…」
「…ドンマイ、北斗」
ギャーギャーと騒がしくなるモコの部屋。部屋の主であるモコはうるうると目に涙を溜めると、叫んだ。
「やっぱりイケメンは怖いですぅううううううううう!!!」
モ「やっとデュエルが終わりましたぁ!…それにしても宇佐美さんが宇佐美君だったなんて…驚きです」
シス「てっきりモコの友達だと思っていたが…まさか対戦相手だったとはな。女の子だって聞いてたからつい…」
モ「シスターにもそう言ってましたからね!さて、次回から舞網チャンピオンシップに移ります!モコは出場する気はないんですけど」
シス「榊君達が参加するから見に行くんだよな」
モ「はい!それはぜひ!…あれ?中島さん?どうしたんですか?え、社長がお呼び?…モコ何もしてないですよぉ!?」
シス「次回まよつじ第15話『迷える子羊と赤い馬』で会おう」
モ「もっこるんるーん!」