「ハァ!?モコが実家に帰ったァ!?」
LDS内で、悲鳴の様な大声が上がる。それは刃にすごい剣幕で詰め寄っている真澄の物で、詰め寄られた刃は冷や汗をかきながら、頷いた。
「あ、あぁ…一回帰省するって先生の方に少し休塾届を出したって」
「帰省って…何かあったのかしら?」
「さぁ?でも、なんか思いつめた顔してたぜ…?」
「思いつめた顔…?心配ね」
真澄は窓越しに青空を見上げる。先日まで騒がれていた不審者騒動は最近になってピタリとなくなった。すっかりその事をモコに教えたかったが、いないのなら仕方ない。
「帰ってくるまで待ちましょうか。後、ノート取っておかないと」
「そうだな。俺もそろそろ授業行かねぇと」
そう言って、2人は歩き出す。
「あ、そうだ」
何か思い出した様に呟いた真澄は、デュエルディスクを取り出すと、電話をかけた。
「黒咲さんが帰ってきた事、教えてあげないと」
*** ***
ガタンゴトン、ガタントコン。揺れる車内でモコは呆然と窓から見える空を見ていた。水色の空に浮かぶ白い雲。雲の色は今手に持っているデッキケースと同じ色だった。
「………」
先日、貰ったデッキはエクシーズデッキだった。モコが使いたかった融合ではない。その事に悩んだモコは実家である孤児院・陽だまり園へと電話をかけ、行く了承を得た。
わざわざLDSに休塾届まで出したのは、この悩みがいつまで続くか分からないからだ。日数は少なめにしたが、もしかしたら伸びるかもしれないと書いた為、それは連絡を入れれば大丈夫だ。
――――― モコの心はずっと曇ったままだが。
「(…このデッキが紛れもない、私のデッキだとは分かってる。でも、どうしても融合を使いたい。真澄ちゃんと約束をした…)」
デッキが出来たら、真澄の様な融合召喚を決める。そう約束した。彼女もそれを楽しみにしている。だからこそ、融合軸のデッキを作りたかったのに…。
手に持つデッキのカードはエクシーズモンスター。レベルを持たずランクを持ち、ORUを使って強力な能力を発動するカード。北斗のエースカードのセイクリッド・プレアデスもその1枚である。
エクシーズが嫌いかと言われれば、違う。勿論、使ってみたいという思いはある。でも最初は、最初だけは融合を使いたい。それがモコの願いだった。
『まもなく~太陽山~太陽山~』
「あっ」
太陽山。自然が多く、山がそびえ立つ田舎。故に野生動物にとっては食べ物の宝庫であり、時折熊の出現注意報や絶滅危惧種が存在していたという話があるため、生物研究者が来る事もある。陽だまり園は駅から近くにあり、その途中では広大な畑を管理する老夫婦の姿が見える。
そして、沢山の親なき子供達が暮らすのが、孤児院・陽だまり園である。
「モコ!」
「…お母さん」
陽だまり園の門を潜った所で、美影園長が慌てた様子で走ってきた。モコの顔を見るなり、彼女の頬に手を当てて、悲しそうな顔になる。
「どうしたの?元気ない貴方の顔は見たくないわ。あぁ、隈まで作っちゃって…」
美影園長は空いている片手でモコの前髪を上げると、彼女の言う通り、目の下にはうっすらと隈が出来ていた。
「…ごめんなさい」
「謝る必要なんかないのよ?さぁ、早く上がって。温かい紅茶を用意しているの」
「…皆は?」
「今は美里ちゃんに任せているわ。貴方が来る事を教えてないの。知ったら騒がしくなっちゃうと思ったから」
さぁ行きましょうと肩を抱いて、歩き始める美影園長に釣られてモコも歩き出す。母の優しさに感謝しつつも、モコの顔は晴れる事はなかった。
*** ***
「はい、紅茶」
「…ありがとうございます」
美影園長からマグカップを受け取り、口を付けてちびちびと飲むモコ。だが自分の異変に気づいた。
「(…何でだろう?お母さんが淹れた紅茶、好きなのに…味がしない)」
いつもなら砂糖が入って、少し甘い紅茶の味がする筈なのだが、今回だけは味がしない。水を飲んでいるかのようだった。それほどショックが大きかったのか。モコはカップから口を離した。
その様子に美影園長は心配そうに見る。モコの隣に座ると、話を切り出す。
「それで?どうしたの?話ならいくらでも聞いてあげるわ」
「……はい、ありがとうございます」
暗い顔で返事を返すモコに美影園長は「これは重傷だ」と目を見開く。
「これ…見てほしいです」
そう言ってモコが差し出したのは白いデッキケース。今まで娘が持っていなかった物に驚きつつも、美影園長は受け取り、中身を見た。
「これ…カードじゃない!デッキが出来たの!?」
「出来た…というより貰ったの方が正しいんです…」
モコはポツリポツリと話し出した。
赤帽子の少年に出会った事、その少年からデッキを貰った事、貰ったデッキがエクシーズだった事、融合を使えない事。
静かに語りだす娘に美影園長は何も言う事なく、ただただ聞いていた。
ひとしきり話し終えたモコは、言った。
「勿論、エクシーズが嫌いとかじゃないんです。嫌いな召喚法もないんですけど…ただ初めは融合を使いたいなって…」
「…そう」
「友達と…大好きな友達と約束をしたんです。最初にデッキが出来たら、融合召喚をその子みたいに決めるだって」
「でもデッキはエクシーズだった?」
こくりと頷くモコ。美影園長は「困ったわね…」と困惑する。
「魔法も罠もエクシーズやこのカード達をサポートする物だし…もし急に融合を軽い気持ちで入れたらデッキバランス崩れちゃう可能性もあるし…」
「…それで昨日、眠れなくて」
うっすらと浮かぶ隈がその証拠だった。モコはマグカップを置くと、両腕で膝を抱えて顔を埋めた。
「約束破っちゃったら、真澄ちゃんや素良君に嫌われるじゃないんかって思っちゃって…」
「もしそんな事で嫌う様な友達なら辞めれば良いわ」
バッ!とモコは顔を上げた。美影園長は真剣な顔で、言う。
「融合召喚をする約束ならいつだって果たせる。そうじゃない?」
「で、でも…最初にデッキが出来たらって…」
「貴方は最初に拘り過ぎなのよ」
美影園長はモコにデッキケースを返すと、笑った。
「確かに何事も最初って大事よね。初めて大きな仕事を任された、初めて受験する、新しい学校に入って友達が出来るか?最初の一歩を踏み出せない人間なんていくらだっているわよ」
「……」
「でも、こういうデュエリストもいるのよ?初めはエクシーズを極めようとしたけど、次第に別の召喚法も取り入れた人」
「!」
美影園長は話を続ける。
「デュエルは素敵な物よ?初対面の人とでも出来る、友達と何度でも出来る、世界中の知らない人とでも出来る。当然、デュエルした相手に影響されて別の召喚法も使ってみたいと思う事もある。貴方もその1人じゃない?」
「…はい、私は真澄ちゃんの融合召喚を見て、やってみたいなって」
――――― それはモコと真澄がまだ知り合う前の事。
モコは総合コースに来たばかりで、オロオロしながらLDS内の場所を覚えようとして、歩いていた時、デュエルコートの方から歓声が聞こえてきて、モコは興味をそそられ、コートの中に入っていった。
そこでは、刃と真澄がデュエルをしていた。
『今回は刀堂の負けだな』
『あぁ、光津の手札はもう完璧に揃ったから、次のターンで終わる』
『(終わる…?刀堂さん…はあの男の子で、光津さんが女の子…かな?)』
フィールドに目を向けると、そこには苦い顔をした刃と自信満々な表情を見せる真澄。真澄のターンとなり、彼女は初めてモコの前で融合召喚を行った。
『手札から魔法カード『ジェムナイト・フュージョン』を発動!手札の『ジェムナイト・ラズリー』と『ジェムナイト・ラピス』を融合!神秘の力秘めし蒼き石よ!今光となりて現れよ!融合召喚!レベル5!『ジェムナイトレディ・ラピスラズリ』!』
煌めく渦に少女型のモンスターが2体吸い込まれて、混ざり合い現れたのは青い神秘の宝石の名を持つ淑女、ジェムナイトレディ・ラピスラズリ。
その煌めく淑女と凛と構える真澄。モコはうっとりとラピスラズリを見ていた。
『…きれい…お星様みたい…あの人も…』
キラキラと輝くジェムナイト、それを華麗に操る真澄。その時の真澄はまるで女王の様に気高い人なのだろうと思っていた。
――――― そう、その姿に、カッコイイ真澄に憧れて、融合召喚を極めたいと思った。
だからこそ、勉強して、努力して。あの日真澄の方から近づいてきたのは驚いたけど、もっと融合召喚を極めたくて。
そして、今の自分がある。
「…だからずっと勉強してて」
「それは本当に融合召喚をしたかったから?」
「え…」
美影園長は、モコの目を真っ直ぐ見る。
「(本当に融合召喚をしたかったから?そう…だよね?)」
何故か、ちゃんと言えない。確信が持てない。口からそうだと言えない、言葉が出ない。
「(なんで言えないの?)」
だって約束した。真澄と素良と、融合召喚をすると。
「(どうして…)」
「…ちゃんと答えられるまで、陽だまり園にいなさい。急がなくて良いわ」
美影園長は立ち上がると、部屋の外へと出て行った。残されたのはモコと冷めてしまった紅茶だけだった。
*** ***
「シスター、よろしいのですか?モコちゃんを1人にして…」
「またには1人で考えたい時もあるのよ、人間は。何よりあの子が悩むなんて事、珍しいのよ?」
「それはそうですけど…」
スタッフの1人、美里が心配そうな顔で階段の上を見上げる。階段の上にはモコがいる部屋があり、あれから3時間が経ってもモコは降りてくる事はなかった。
美影園長は目を閉じて微笑むと、美里にマグカップを差し出す。
「あ、ありがとうございます!」
「美里ちゃんは1人で居たい時ってある?」
「え、まぁありますよ。私、反抗期がすっごくて、もう誰とも会いたくない!いっそ田舎で1人で暮らしたい!って思ってた時期ありましたもん」
「うんうん、反抗期もそうだけど、それが終わっても嫌な事あるでしょ?」
「そう言う時も、1人になりたくなりますよね~」
「誰だってあるのよ、1人になりたい、1人にしてほしい時とか。モコは娘である前に1人の人間だもの」
「…そうですね」
美里はマグカップに入った紅茶を飲み干す。その飲みっぷりに美影園長は笑いながらも、天井を見上げた。
「(悩みなさいモコ。悩んで悩んで悩みまくって後悔しない答えを導き出しなさい、それが出来なくても悩む事は成長に繋がる。デュエルの時は悩めないけど、今生きている時間を使って答えを出して。そしたらきっと…)」
――――― 貴方はデュエリストになれる。
母の願いは常に子供が大きく、健康に育つ事だけ。
*** ***
今宵は満月、群青色の夜空に満点の星空が煌めく。その夜空をモコは部屋の電気も付けず、見上げていた。美影園長が淹れてくれた紅茶は既に冷め切っており、マグカップの中には満月が写っている。
モコはひたすら考えていた。
「私…本当に融合召喚がしたかったんでしょうか…?」
そればかりが頭の中を占める。何故そうだと言えなかったのか、何故したいとはっきり言えなかったのか。何もわからない。
「私は…融合召喚を見て、それを学びたいと思った」
そう、それに間違いはない。
「でも私のデッキはエクシーズ主軸のデッキ…」
それでは融合が出来ない。モコは自分の横に置かれたデッキケースに触れる。
「貴方達に会えた事が嬉しい。でも私の理想は違う」
やっと運命のデッキと出会えた喜びと、ずっと叶えたかった理想。それのどちらを取れと言われると、どうしても悩んでしまう。
「…私は何でデッキが欲しかったんでしょうか?」
融合召喚をしたかったから?友達が欲しかったから?真澄の様になりたかったから?
ゆっくりと目を閉じて考えて見る。
初めてデュエルを知ったのは舞網市に来てから。舞網市で当時から人気を誇っていたデュエルに興味を持ち、シスターに聞いて、それがデュエルだと初めて知った。
それから、舞網市に沢山のデュエル塾がある事を知って、いつか通ってみたいとは思っていた。でもシスターにこれ以上迷惑をかけて、申し訳ないと思って殆ど諦めていたが、ある日突然LDSから優遇を付けるから入ってくれとスカウトされた。だから、それを了承し、LDSに入塾。
そして現在、モコはここにいる。
「あ…」
――――― そうだ、自分は融合召喚をしたかったからでもなく、友達が欲しかった訳でもない。真澄に会う前から、LDSに入る前からずっと思っていた。
「私…デュエルがしたかったんだ」
華やかなフィールドで、自分もデュエルをしたかった。あのフィールドに立てる人間に、デュエリストになりたかった。
そう、彼女はデュエリストとして、デュエルがしたかった。自分のデッキを持って、様々なデュエリスト達とデュエルを行う。
そうだった、始まりは些細な事。それすら思い出せない程、自分は迷っていたんだ。
――――― だったら、これに気づけたならば、いっその事、自分の思いに素直になってみよう。
「私はデュエルがしたい」
だからデュエルを学んだ。
「私はあのフィールドに立ちたい」
だからデュエリストになりたかった。
「私は…強くなりたい。勇気を貰えたから」
あの日見た真澄の姿が、オドオドしてばっかりの自分の心に勇気を与えた。
「あはは…何だ、簡単な話だったんですね…」
融合召喚に拘るより、楽しくデュエルをしたい。友達やこれから出会うデュエリスト達と本気のデュエルを!!
「…だったらやる事は1つ」
モコは、マグカップを持つと一気に中身を飲み干す。
「…うんっ!いつもの味です!」
飲んだ紅茶はいつも通りの甘くて優しい味だった。
手にしたデッキは、気の所為か少しだけ温かかった。
*** ***
「お母さん!お世話になりました!」
陽だまり園前にて。モコは荷物を片手に、美影園長に向かって頭を下げた。
「えぇ、またいつでもいらっしゃい。…良い顔になったわね」
「…はいっ!」
穏やかに微笑む母に娘はただただ感謝するしかない。自分に考える時間を与えてくれた事、悩んでいた自分を快く迎えてくれた事。そのおかげで答えが出た。
「あ、そうだわ。渡すものがあるの」
「なんですか?」
美影園長はポケットから何かを取り出すと、それをモコの掌の上に置いた。モコは掌に乗った物を見ると、目を見開いた。
渡されたのは髪を止める為のシルバーで出来た花のピン。銀色の花の中心には水色と黄色の小さな石が2つ付いていた。
「これって…」
「私からの選別よ。貴方、ピンとか持っていないでしょう?もし、貴方が変わりたいと願うから付けてみてね」
そう言って微笑む美影園長にモコはたまらず抱き付いた。抱き付いてきた娘に美影園長は何も言わずに抱きしめる。
「ありがとう…お母さん!」
「えぇ、頑張りなさい。貴方の未来が明るい事を願っているわ」
背を向けて、去っていくモコの後ろ姿を見ながら、美影園長は嬉しそうに、どこか悲しげに微笑む。いつの間にあんなに大きくなったのだろう。昔は自分の後ろで怯えていた小さな娘。
少し寂しい気持ちになってしまうが、子供の成長とは早い物でそれを嬉しく思ってしまう自分がいる事を美影園長は実感していた。
「…どうかモコをお願いね」
美影園長は見守る事しか出来ない。だからこそ祈る事しかできない。その祈りが、届きますようにと願うだけ。
*** ***
バタバタバタ。モコは大急ぎで走っていた。自宅に帰るなり、入っていた留守番電話を聞いて、モコはLDSへとやってくると、塾内を走り、何かを探す様にキョロキョロと辺りを見渡してはまた走る。
モコの脳裏には留守番電話を入れた相手、真澄の声が残っていた。
『もしもしモコ?留守電を聞いてるから、私の声聞こえてるのよね?貴方に知らせたい事があるの。黒咲さんが帰ってきたわ。貴方は会った事ないでしょうけど、特徴はイケメンでコート着てる長身の男の人。首に赤いスカーフを巻いてるわ。モコはきっと怯えちゃうでしょうけど、すごくデュエルが強いの。取りあえず連絡だけはしとくからね』
「(黒咲さん…!きっとあの人だ…!)」
イケメンでコートを着た長身の男性、首に赤いスカーフ。間違いない。あの日モコとむっくを襲ったあの青年の事だ。何故、真澄が彼の事を知っているかは不明だが、それよりも気になる事がある。
「(あの人ならきっと…!)」
あの日、彼が操っていた鳥のモンスター。思い返せば、あの鳥の周りにはふよふよと浮かぶ光の玉があった。今まで思い出せなかったが、あれはORU。つまりあのモンスターはエクシーズモンスター。モコはキョロキョロと見渡すと、視界に長いコートの裾が入ってきた。
「いた!あ、あの…ッ黒咲さん!!」
モコが名前を呼ぶと、黒咲は足を止めて、振り返る。そしてモコの姿を見ると、目を見開き、構えた。
「貴様はあの時の女…!?」
「や、やっと見つけたぁ…」
へろへろとやってきたモコに黒咲はキョロキョロと辺りを見ると、モコに言った。
「ア、アイツはいないのか…!?」
「へ…アイツ…?」
「あの細身の女だ!俺を殴った!」
「…あぁ、シスターですか?」
黒咲は僅かではあるが、プルプルと全身が小刻みに震えていた。どうやらシスターの事がトラウマになっている様だ。
だが、今はそんな事はどうでも良い。
「黒咲さん!お願いがあって来ました!」
「お願いだと…?」
怪訝な顔でそう言う黒咲にモコは頷くと頭を下げた。
「…私に…デュエルを教えて下さい!!」
その日から黒咲隼と日辻モコの少し変な師弟関係が出来上がったのだった。
モ「久々に予告に登場です!お悩みすっきりして帰ってきました!」
遊「お帰りモコ!」
モ「遊矢君、ただいまです!あ、これお土産の蜜柑です!冷凍蜜柑にすると美味しいですよ!」
遊「ありがとう!冷やして食べるよ!…でも、あの黒咲に弟子入りって大丈夫なの?悔しいけどアイツ、イケメンだよ?」
モ「大丈夫です!きっと!信じれば大丈夫です!(ガクガクガクガク)」
遊「滅茶苦茶震えてるけど!?と、取りあえず次回はモコと黒咲のデュエル特訓!」
モ「次回まよつじ第11話『迷える子羊弟子とちゅんちゅん師匠』でお会いしましょう!」
モ・遊「もっこるんるーん!」