遊戯王ARC-V 迷える子羊   作:ちまきまき

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今回は短め。そして衝撃の出来事が―――!SP見ました。ロジェさんの声すごかったです。


第9話 迷える子羊と赤帽子

それは遠き日の記憶。かの少女が幼き時の話。

何年、何十年、何百年、何千年、一体どれだけ前の話だろうか。だがそれでも色褪せる事がない穏やかな記憶。

 

『○○○○○!』

 

小さな声、可愛らしい笑顔、枯れる事を知らない花が大輪に咲く永遠の花園。我が名を呼ぶその声に何度愛しさを感じた事か。

 

―アイタイ

 

もう一度だけで良い。どうしても我らは少女の元へと行きたい。

 

――アイタイ

 

それが我と、我が同胞達の願い。例えそれが何千年続いたとしても、もう一度だけ。

 

―――アイタイ

 

あの笑顔を、あの声を、あの手が忘れられない。誰でも良い、我らに会わせてくれ。

 

我々は…あの子に

 

 

 

 

――――アイタイ!!!!!!!

 

 

 

 

「その願い、聞いてやる」

 

 

 

無我夢中で、その手を取った事を我らは後悔しない。

 

 

 

 

 

*** ***

 

 

「う…うぅっ…!モコはもう駄目ですぅ…もうお布団から出たくないですぅ…!」

 

ぷるぷるぷる。こんもりと盛り上がった布団が震える。中には震えるモコがおり、その目はうりゅうりゅと潤んでいた。―――――何故モコが布団に包まっているのか?それは昨日の事。

 

そう、あの変質者のおかげでモコは絶賛引き籠り中である。

 

「お外に出たらきっとあの人がぁ…!ふぇぇんっ…!」

 

この世に生を受けてから14年目にして、異性に、しかも超絶イケメンに思いっきり胸を掴まれたモコ。それが何度も頭の中で繰り返され、もはや人間不信になりかけていた。

 

「今日はLDSがお休みになってくれて良かったですぅ…」

 

先程、LDSの方から電話がかかってきた。今日は諸事情で休塾する。そう連絡を受けて、モコは朝ごはん(もやし炒めうす塩味)をしっかりと食べ、現在まで布団に籠りっぱなし。不健康な時間を過ごしているモコだが、昨日の事が未だにモコを縛る。

 

シスターは本日、仕事に行っている。何かあった時の為に防犯ブザーを貰った。

 

「…お、おなかすきましたぁ…」

 

ぐきゅるるとモコのお腹が空腹の悲鳴を上げる。朝ごはんは食べたが、もう時間はお昼をちょっと過ぎた後。お腹が空いてもおかしくはなかった。

 

「しょうがないですね…下に行きましょう」

 

よっこらせとモコは布団から抜け出すと、部屋から出て、階段を降りるとリビングへと向かう。そしてキッチンの方へと行き、お昼ご飯を作ろうと冷蔵庫を開けた。

 

「お野菜は…」

 

シーン…。まさにその表現が合う程のすっからかんになった冷蔵庫。そうだ、昨日シスターとむっくの為にいっぱい夕飯を作った。すっからかんになってもおかしくはない。

 

「ないです…仕方ないです…お買いものするです…」

 

モコはため息をつくと、お財布とエコバック片手に外へと出た。勿論、防犯ブザーをつけて。

 

 

 

*** ***

 

 

モコが出かけ始めている頃、その人物は舞網市へと降り立っていた。トレードマークの赤い帽子のつばを掴み、深く被ると歩き出す。

途中、無料のパンフレットをもらい、地図を見ながら道を歩く赤帽子の少年。目深に被った帽子のせいで目は見えないが、口角は上がっており、楽しみにしているのが見て分かった。

 

「さぁて、どこから行くか…」

 

るんるん気分で、歩く赤帽子の少年。ここに来た目的はただ1つ。

 

「舞網市に存在するスウィーツを全てコンプするぞー!」

 

じゅるりと口の端から涎が溢れ出す。少年は「おっと、ついつい」と涎をハンカチで拭くと、背負ったリュックからもぞもぞと何かが出てきた。

 

「にゃー」

 

「ぶにゃー」

 

「ごろにゃー」

 

「おぉ、起きたか。ファラオJrトリオ。ファラ太郎、ファラ次郎、ファラ三郎。ここが舞網市だぞー」

 

「「「にゃーん」」」

 

「さっそくお前達のご飯も買わないとなー」

 

リュックから出てきたのは胡桃色の体に茶色い縞模様が入った3匹の子猫達。にゃんにゃんと可愛らしい声で鳴く猫達。しかし腰にセットしたデッキがカタカタと揺れた。

 

「あ、メンゴメンゴ。先にお前達の主人見つけるぞー」

 

約束だもんな!と言うと、デッキはピタリと止まった。

 

「んじゃ、行くか!」

 

少年は走り出す。約束を果たすために、己の目的のために。

 

 

――――― 時計の針はこの時、既に時を刻み始めていた。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

「ふぅ…結構買っちゃいましたね、もやし」

 

うふふと微笑むモコの顔からは先程の怯えた表情はすっかり消えており、今では周りに花でも飛ばせそうな程ぽわぽわとしたスマイル。

今日のお昼ももやし炒めにするつもりなのか、右肩から下げたエコバックはパンパンに膨れがっており、中身は全てもやしの入ったパックである。

 

「さてと、帰りますか。お腹も空いてますし」

 

スーパーから去ろうとするモコ。すると、後ろの方でドサリと何かが倒れる音がした。

 

「…へ?」

 

何か嫌な予感がして、振り返るとそこには赤い帽子を被ったモコと年が近いであろう少年がうつ伏せで倒れていた。

 

「…はっ!だ、大丈夫ですか!?」

 

突然入ってきた光景に数秒現実逃避をして固まっていたが、ハッと我に返り、モコは大慌てで赤帽子の少年へと駆け寄り、その肩に触れようとした。だが、

 

――――― バチィッ!

 

「いっ!?」

 

「!」

 

静電気が発生し、モコの手を弾いた。乾燥した季節ではないのに発生した静電気にモコは驚いて手を見るが、赤帽子の少年の指先が僅かにぴくんっと動いた。

目をパチクリさせるモコ。すると、赤帽子の少年から「うっ…」と小さな呻き声が発せられた。

 

「だ、大丈夫ですか!?きゅ、救急車呼びますか!?」

 

「……おなか…すいた…」

 

「…………はぃ?」

 

今なんて?と首をかしげるが、ぐぎゅるるるると間抜けな音にモコは再び固まった。

 

 

「……たべもの…ぷりーず…」

 

 

どうやら彼は相当腹ペコらしい。

 

 

 

 

「(バクバクバクバクバク!!)」

 

「お、お茶飲みますか?」

 

「(コクコク!)」

 

近くの舞網公園にあるベンチにモコと赤帽子の少年は座っていた。少年はモコが買ったおにぎりを両手に1つずつ持ち、バクバクと大きく口を開けて食べる食べる食べる。これで5個目なのだが、先程から勢いが落ちない。

彼はモコからお茶のペットボトルを受け取ると、ごきゅごきゅと飲み、口を離した。

 

「っぷはぁー!ありがとう!助かった!君は俺の女神様だ!」

 

「そ、そんな女神様だなんて…恐れ多いです」

 

両手を合わせて拝む少年にモコは苦笑いをするが、少年はカラカラと笑うとペットボトルの蓋を閉める。

 

「いやぁ、情けない情けない!さっき舞網ワッフル食べたんだけどなー!それより前にパンケーキ、ホールケーキ、パフェ、クレープとか食べてたのに」

 

「(スイーツオンリー!?なのにお腹空かせてたんですか!?)」

 

「あ、お礼しなくちゃ!何が良い?」

 

「お、お礼だなんて!そんな要りませんよ!」

 

「いやいや、お礼しなくちゃ気が済まないって!」

 

オロオロするモコを後目に少年はポケットをゴソゴソと漁り、「何が良いかな?」とお礼の品を探している。すると、腰にあったものにピンと来たのか、ベルトにつけていたそれを外すと、モコの手を取って、それを「はい」とモコの掌の上に乗せた。

 

置かれたお礼の品物は、白いデッキケースに入ったデッキだった。

 

「デッキ!?えっ、だ、駄目です!デュエリストの命をそんなたかがおにぎりのお礼に…!」

 

「良いの良いの、それ俺のデッキじゃないし。何よりそのデッキが君を選んだのさ」

 

「そんな…!」

 

 

 

 ず く り

 

 

何かが胸を抉った様な感覚にモコは言葉を止めた。ズキズキ、ドキドキ。痛みと鼓動が共にやってきて、モコは即座に胸を、心臓部分を押さえた。

鼓動が、痛みが、興奮が、何故かは分からないがモコの心臓は歓喜に震えていた。

 

胸を押さえるモコに少年はにっこりと笑った。

 

「さぁ、そのデッキは君を選んだ。感じるだろう?鼓動が、痛みが、声が」

 

まるで語る様に言う少年の言葉が、何故か聞き逃せない。今まで親子連れなどで賑わっていた筈の公園は静まり返って、2人以外の人間が元からいなかったかの様に思わせた。

 

感じる、ドクドクと脈打つ鼓動が

感じる、ズキズキと針で刺すような痛みが

感じる、何度も自分の名を呼ぶ声が

 

どうして、こんなに胸が熱くなるのだろう

 

 

どうして、こんなに懐かしい気持ちになるのだろう。

 

 

「君が覚えてなくても、彼らは覚えている。何年、何十年、何百年、何千年経ったとしても、例え別の世界にいようと」

 

 

 

ふわりと香る花の匂い、笑い声。モコの頭の中でそれらがリピートされる。

 

 

 

「永遠に共に君の傍に」

 

 

 

がちゃりと何かの鍵が開けられた様な音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

『 我が君 永遠(とわ)に 共に 貴方の お傍に 』

 

 

 

 

 

 

 

ずっと続く花園の中心で、彼らはモコに頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

*** ***

 

 

「あっ」

 

 

ハッと我に返った時には、ざわざわと賑やかな舞網公園。子供と親が遊ぶ声が入ってきた。目の前にいた筈の少年はいなくなっており、キョロキョロと辺りを見渡してもあの赤い帽子は見えない。

 

「夢…?」

 

そう思ってしまいそうになる程、不思議な感覚にモコは戸惑うが、ふとやってきた右手の重みに現実に戻された。右手には白いデッキケースに入ったカードがあった。

 

「…夢じゃない」

 

これは間違いなく、彼から貰った物だ。モコは恐る恐るデッキケースを開け、中身を確認する。それぞれ初めて見るカードの筈なのに、どこか懐かしい。

 

だが、モコは気づいてしまった。

 

「あれ?…うそ…」

 

何度も何度もカードを見ても、ない。効果のテキストもちゃんと見た。このカード達は、アレが出来ない。ずっと思っていた事が出来ないのだ。

 

モコは震える口で呟いた。

 

「……融合モンスターじゃない…!」

 

魔法カード・融合も、紫色の枠のカードも、サポートするカードも、それらが1枚もない。代わりにエクストラデッキに入っていたのは、

 

「……エクシーズモンスター…!?」

 

黒い枠に縁どられ、レベルの所が黒くなった、エクシーズモンスターのカードだった。エクストラデッキに入っているのは全てエクシーズ。融合がない。

 

真澄や素良とお揃いにする筈だった、憧れの融合がない。

 

「ど、どうしよう…!これじゃ出来ない…!」

 

やっと出会えた運命のデッキはエクシーズ。勿論、エクシーズが嫌いな訳ではないが、モコにとっては思った以上に、自身が掲げていた理想が崩された酷くショッキングな出来事だった。

 

 

 

「ほ、本当に…どうしよう…!?」

 

 

 

これが、日辻モコと運命のデッキの出会い初日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パキリと口に咥えた板チョコレートを割る。こんな真夜中に食べたら太りそうだが、美味い物は美味い、食べたい時に食べると彼は言うのだ。

 

「約束は果たしたぞー」

 

誰もいないビルの屋上で、彼は板チョコ片手に言う。その呟きは風に乗って、どこかへと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少女は思いつめる。-己のデッキに答えられるか。

少女は考える。-何故憧れの召喚法ではないのか。

少女は帰る。-優しい母の共に


少女は迷う。-何度も迷って悩み続けた。


そして、少女の出した結論とは?



次回 迷える子羊 第10話 『迷える子羊、迷って悩んで辿り着く』



― 一緒に悩んでくれる人に、最高の感謝を ―


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