それはあの事件の直後だった。
『こいつ、私が育てる』
首根っこを掴まれてぷらーんと宙に浮かび、ぽかんとするモコ。モコを掴んでいる女性の言葉に美影園長は目を丸くして、2人を見た。
――――― 育てる、つまり引き取るという事に気づいた美影園長は焦った様に言った。
『な、何を言っているの!?急にそんな…!育てるだなんて!』
『決めた事だ。いくら母親であるアンタでもこれだけは譲れない』
今まで女性は美影園長に対し、文句を言った事も反対する事もしなかった。だが今この瞬間、女性ははっきりと自分の意思で美影園長の言葉を否定したのだ。
あまりに急な話についていけない美影園長。女性は切れ長の瞳を細めて、自分の気持ちを伝える。
『急な話ですまないとは思っている。だがどうしても私はこいつを育てたい、娘として育てる』
『む、娘!?』
『悪いな、母さん。だが私は』
――――― こいつを愛しく思ってしまったのだよ
あれ程、穏やかな笑顔を浮かべたあの日の彼女を、美影園長は忘れない。
*** ***
「「デュエル!」」
遊矢 LP:4000 手札:5
美影 LP:4000 手札:5
「私の先攻ね。…うふふ、貴方達と戦うのは久しぶりね」
自分の手札を見て、微笑む美影園長。その瞳はとても穏やかで、懐かしい物を見るような眼差し。そして1枚のカードを使った。
「魔法カード『
「フュージョン…!?という事は…!」
「園長先生、融合使いなのか!?」
LDSでも近年になって取り入れたと言われている召喚法。遊矢とモコの友達の中では素良と真澄が最も得意とする召喚法だ。
「私は手札の『シャドール・ビースト』と『シャドール・リザード』を融合。影の人形達を交わりて、今こそ闇の女神を生み出さん、融合召喚!レベル5、『エルシャドール・ミドラーシュ』!」
エルシャドール・ミドラーシュ ☆5 攻撃力2200
美影 手札5⇒2
影の渦に吸い込まれて、影から生まれた獣と蜥蜴の人形と混ざり合い、顕現するは闇を司る女神。ギョロリと大きな目を遊矢を向ける竜とその上に乗る緑色のポニーテールの少女の人形。彼女はギロリと遊矢を見下ろす。竜と少女の人形に視線を向けられる遊矢は冷や汗をかく。
観戦席からミドラーシュをポカンと見るモコに対し、初めて見る生のモンスターに子供達はきゃーきゃーと嬉しそうに笑う。
「すっごーい!!」
「まま、すごーい!」
「がんばってー!」
「ありがとうねぇ」
子供達の声援に美影園長は手を振って答える。すごいと言われたのが嬉しいのか、少女の人形はほんの少しだけ笑った気がした。
「さて、続けるわね。効果で墓地に送られた『ビースト』の効果、1枚ドロー」
美影 手札2⇒3
「同じく効果で送られた『リザード』の効果。デッキからシャドールカードを1枚墓地に送るわ。私はデッキから『シャドール・ヘッジホッグ』を墓地へ。更に効果で墓地に送られた『ヘッジホッグ』の効果。デッキから『ヘッジホッグ』以外のシャドールモンスターを1枚加えるわね。私は『リザード』を手札に」
美影 手札3⇒4
「カードを2枚伏せてターンエンド」
美影 手札4⇒2 セット2
手札が3枚減ったが、それでも優雅に笑う美影園長の姿に遊矢は構える。
「(この人…強い)」
デュエリストの勘なのかは分からない。だが背筋にヒヤリとした寒気が遊矢を襲う。初めはただペンデュラム召喚をみたいと駄々をこねているかと思ったが、それはもしかしたら言い訳だったのかもしれない。
――――― やらなきゃ、やられる!!
遊矢はデッキトップに触れた。
「俺のターン!」
遊矢 手札:5⇒6
「美影園長!貴方が見たかった物を見せてあげます!」
「あらまぁ」
「子供達!見ててね、俺の大事なデュエルを!」
「「「ゆーやおにいちゃん、がんばれー!」」」
掴みは上々、手札も悪くない。警戒するのは自分を睨むミドラーシュと伏せカード!
「俺はスケール2のEMドラミング・コングとスケール8のEM ドクロバット・ジョーカーでペンデュラムスケールをセッティング!」
プレートの両端にカードをセットすると、遊矢の後ろに光の柱が現れる。初めて見るペンデュラム召喚にモコと子供達は目を奪われ、美影園長は「綺麗ね…」と感嘆の声を溢す。
「これでレベル3~7のモンスターが同時に召喚可能!揺れろ!魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!現れろ、俺のモンスター達!」
2つの柱の間に魔法陣が描かれ、中心から3本の光がフィールドに落ちてくる。ステンドグラス教会に光が溢れ、モンスター達が姿を現した。
「レベル3『EM ジンライノ』!レベル4『EM ウィップバイパー』!そしてレベル7『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』!」
EM ジンライノ ☆3 守備力1800
EM ウィップバイパー ☆4 攻撃力1700
オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン ☆7 攻撃力2500
遊矢のフィールドに現れたのは3体。1体目は電気を纏い、雷神の様な連なった太鼓を背負ったサイのモンスター、2体目はシルクハットを被り、水玉の蝶ネクタイを付けた愛嬌のある紫色のコブラ、そして遊矢の背で唸り声を上げる遊矢のエース、真紅の体を持ち、赤と緑と色の違うオッドアイを持つドラゴン。
オッドアイズはミドラーシュを見ると、ぐるると唸り声を上げ威嚇し、それが癇に障ったのかミドラーシュは杖を構え、竜の目が遊矢からオッドアイズへと視線を移し、見下ろす。
姿や種族は違えどドラゴン、竜である事に間違いはなく、お互いに睨みあう。強いのは自分だとばかりに。
頼もしいエースの唸り声に遊矢は効果を発動する。
「ウィップバイパーの効果!1ターンに1度、フィールドの表側表示のモンスター1体を対象にして発動!対象になったモンスターの攻撃力と守備力をターン終了時まで入れ替える!対象は勿論『ミドラーシュ』!コンフュージョンベノム!」
遊矢の指示でウィップバイパーはオッドアイズに尻尾を揺らして、何かを伝える。それを見てオッドアイズは頷くと、ウィップバイパーの尻尾を掴み、ブンッ!とミドラーシュに向かって思いっきり投げた!勢いに乗ったウィップバイパーは狙いを定めると、竜の喉に思いっきり噛みつき、牙から毒を送る。
竜は一瞬動きが可笑しくなったが、すぐに振り払う。しかし体からギギギと軋む音が出始めた。
エルシャドール・ミドラーシュ 攻撃力800 守備力2200
「あらまぁ、どうしましょぉ」
「バトルだ!オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンでミドラーシュを攻撃!螺旋のストライクバースト!」
オッドアイズは上空にいるミドラーシュに向かって、螺旋状の炎を繰り出す。炎は真っ直ぐミドラーシュへと向かうが、美影園長は微笑んだ。
「リバースカードオープン、『攻撃の無力化』。オッドアイズの攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了させるわ」
ミドラーシュはくるくると杖を回し、炎に向けて構えると先端から異空間への渦を作り出し、オッドアイズの炎を吸い込み、攻撃を避けた。杖を振ると、渦は消え、攻撃を無効にされたオッドアイズはご立腹の様で低い唸り声を上げるが、ミドラーシュは「ざまあみろ」と言わんばかりにそれを鼻で笑った。
「くっ…俺はこれでターンエンド。この瞬間、ミドラーシュの攻守は元に戻る」
遊矢 手札6⇒1
エルシャドール・ミドラーシュ 攻撃力2200 守備力800
「うふふ、ごめんなさいねぇ。こうでもしないとミドラーシュの機嫌が悪くなっちゃうのよぉ」
「へ?」
口元に手を当てて、クスクス笑いながらそう言う美影園長。ミドラーシュは拗ねるようにふんっとそっぽを向く。まるで本当に生きているかの様な動作に遊矢は思わず驚く。
いくらソリッド・ビジョン・システムで質量を持った実体だからとはいえ、ここまでリアルなのは見た事がない。
ポカンとする遊矢を後目に美影園長はカードを引いた。
「私のターン、ドロー」
美影 手札2⇒3 セット1枚
「先に使わせてもらうわね~、ミドラーシュお願い」
美影の指示にミドラーシュはやれやれと言わんばかりに首を左右に振ると、杖を上に向かって掲げると、先端が光り、近くにあったアクションカードがふわりと浮く。カードはミドラーシュの杖に従い、そのまま美影の手へと渡った。
「アクションマジックぅ『ステンドグラスの恩恵』~、手札からカードを1枚墓地に送って、デッキのモンスターを使って融合が出来るわ~。その後デッキから2枚ドローよ。リザードを墓地へ」
「デッキでの融合!?」
「しかも手札1枚捨てるだけで2枚ドロー出来るアクションマジック!?お得過ぎじゃないですかぁ!」
「行くわよぉ、デッキの『シャドール・ビースト』と『ペロペロケルペロス』で融合召喚!影の人形よ、地の獣と交わりて、地の女神を呼び出さん!融合召喚、レベル10『エルシャドール・シェキナーガ』!」
美影 手札3⇒2
デッキでの融合に驚く暇を与えはしない。今度はアクションマジックを使って、2体のモンスターを素材に新たなエルシャドールを生み出す。王座に座り、目を薄く開いて俯きながら遊矢を見下ろす修道女のモンスター。その体は山よりも大きく、隣に浮かぶミドラーシュが小さく見える。
エルシャドール・シェキナーガ ☆10 守備力3000
「デ、デカ…ッ!」
「守備力…3000…!?」
「ビーストの効果で1枚ドロー、リザードの効果で『堕ち影の蠢き』を墓地へ、アクションマジックの効果で2枚ドロー」
美影 手札2⇒5
その存在はいるだけでかなりの圧を遊矢に与え、あまりの大きさにさっきまで唸っていたオッドアイズもポカンとしており、ウィップバイパーとジンライノはガタガタと小刻みに震えている。
「ミドラーシュの効果。私はこれ以上の特殊召喚が出来ないの」
「へ?」
残念っとお茶目に言う美影園長の言葉に遊矢は固まる。ちらりと上を見ればミドラーシュがふぁああと面倒くさそうにあくびをしていた。
「ミドラーシュの効果、このモンスターがフィールドに存在する限り、お互い特殊召喚は1度しか出来ないのよぉ」
「…は…はぃいいいいい!?」
「あ、でも安心してねぇ。あくまで『回数』を制限するだけで、ペンデュラム召喚で召喚するモンスターの『数』までは制限していないからぁ」
「あ…良かった…」
だがそれは融合カードと素材さえ揃えば召喚出来る融合召喚はともかく、シンクロやエクシーズに関しては召喚に繋げにくい。
それに加えてオホホホと口に手を当てて、上品に笑う美影園長の笑顔が今だけ怖いから、余計にプレッシャーがかかる。
一安心する遊矢だが、美影園長は容赦なかった。
「あ、アクションマジック『ステンドグラスシャイニング』。フィールドのモンスターを選択して、このターンだけ選択したモンスターの効果を無くすわね」
「エ…」
いつのまにアクションマジックを!?遊矢は驚くが、よく見ればあくびをしながらミドラーシュが杖を振るっている。さっきと同じ光景。あ、ヤバイなと思った。
「ミドラーシュ、ごめんねぇ」
美影園長の謝罪と共に教会中に飾られたステンドグラス達が一斉に光を放ち、ミドラーシュを包む。それにむくれるミドラーシュは、ふんっ!と竜の上でふて寝を始めた。
「これでこのターンだけミドラーシュの効果はなくなった。つまり私、このターンまだ融合召喚も特殊召喚も出来るのぉ。ごめんね、てへぺろ」
「嘘ォ!?」
「リバースカードオープン、『
影依の原核の色が赤く染まり、炎を纏い始める。
「そして手札から『シャドール・ハウンド』を通常召喚」
美影 手札5⇒4
天井から糸が伸び、出現した穴から何かを引っ張り上げる。そして糸が引っ張り上げてきた物に巻き付き、命を与えた。それは機械の体を持つ犬の様なモンスター。
「更に装備魔法『
「融合カード無しで融合!?」
「お、お母さんすごいぃ…」
「装備したハウンドと炎属性になった影依の原核で融合!影の獣よ、炎の核と交じりて、炎の騎士を生み出さん!融合召喚!レベル7『エルシャドール・エグリスタ』!」
教会に炎の騎士が爆誕する。シェキナーガに劣らぬ巨体を持つ赤き騎士。背中から伸びる影糸が赤く輝き、夕日の様だった。
エルシャドール・エグリスタ ☆7 攻撃力2450
美影 手札4⇒3
「効果で墓地に送られたハウンドの効果。フィールドのモンスターを1体選択し、表示形式を変更する。ジンライノを攻撃表示へ」
美影園長から伸びた影がジンライノへも向かい、体を縛り、伏せをしていたジンライノを無理矢理立たせ、再び伏せにならない様に引っ張り上げ、縛る。
EM ジンライノ 攻撃力200
「ジンライノ!?」
「苦しいけど我慢してねぇ」
ごめんねと言いつつも、その顔はどこか嬉しそうだ。
「更に影依の原核の効果。効果で墓地に送られた時、原核以外のシャドール魔法・罠カードを選んで手札に加えるわ。影依融合を手札に」
美影 手札3⇒4
「それじゃあバトルよぉ。ミドラーシュでジンライノを攻撃~」
「ウィップバイパーの効果!1ターンに1度、このターンだけミドラーシュの攻守を入れ替える」
「それでも十分よぉ」
エルシャドール・ミドラーシュ 攻撃力800 守備力2200
やっと来たかとミドラーシュは体を起こし、杖をジンライノに向けると、先端から黒い雷を放つ。雷がジンライノに届く前にウィップバイパーが口から毒液を吐き、勢いを少し殺すが、それはジンライノに当たり、苦しそうに声を上げ、消滅した。攻撃の余波を受けて、遊矢のライフも削られる。
「ぐっ!」
遊矢 LP:4000⇒3400
「次はエグリスタ~。ウィップバイパーを攻撃~」
「墓地のジンライノの効果!EMカードが戦闘・効果で破壊される時、墓地のジンライノを除外!ウィップバイパーを守る!」
「でもダメージ行くわよぉ」
「うぅっ!」
遊矢 LP:2650
「あらら~仕留め損ねちゃった~!私はターンエンド~!ミドラーシュの攻守は元通りに」
美影 手札4 LP:4000
エルシャドール・ミドラーシュ 攻撃力2200 守備力800
穏やかな顔で仕留め損ねると言われると、怖い。怖すぎる。なんていうか目の敵にされている様な気がする。
――――― 遊矢は知らないのだ。美影園長がバリバリに怒っている事を。
ここでの話、もしくは気づいているかもしれないが、モコが友達というか男の子を連れてきたのは初めての事である。勿論友達が出来たのは嬉しいのだが、それよりも男の子を連れてきた事がショックだった。
数年とはいえ、美影園長はモコを育てた母親。正直言って、まだまだモコを手放したくないのだ。いつかは誰かの嫁になる事は分かっている。だが今だけは、まだこの時だけは一緒にいたいのだ。
可愛い可愛い天使の娘をむざむざと狼男にやるわけにはいかない。
自分に勝てない限りは、渡さない。例えそれがあの榊遊勝の息子でも。
「俺のターン!」
遊矢 手札1⇒2
「遊矢君、貴方のターンで悪いけどちょっと私の話に付き合ってくれない?」
「え…い、良いですけど…」
「ありがとう。そうねぇ、それは20年くらい前の話、ある青年が私の所に来たのよ。その青年は、まだまだ駆け出しのデュエリストで、自分の未熟さを感じて私の所に来たって訳」
「な、何でその人が美影園長の所に?」
「理由は1つ、私、元プロデュエリストなのよぉ、そんなに強くないけど」
「も、元プロ!?」
「お母さん、プロだったんですか!?」
「何十年も前の話だけどね~」
美影園長は話を続ける。
「プロ時代に稼いだお金で陽だまり園を作ったの。そのすぐ後に彼は私を訪ねて、出会うなり頭下げて『俺にデュエルを教えて下さい!何でもしますから!』って言ってきてね。私的にはこの時、スタッフも足りなかったし、お手伝いさん程度で雇えば良いかなって思って、彼を入れた訳。彼、真面目でね~掃除・洗濯・家事何でもこなしたのよぉ。教えればすぐに覚えて、とてつもなく器用。何でもマジックが得意だとかで~」
「は、はぁ…」
「彼の夢は『皆を笑顔にするデュエリスト』」
「え…」
自分と同じ夢、器用、マジックが得意。その青年に遊矢の頭の中でまさか…と1つの仮説が生まれ始める。
「そんな子が何故、私の所に来たのか。それは私が当時、ランキング1位のデュエリストだったからっていう単純な理由」
「どこが強くないんですか!?」
「1位って強いじゃないですかぁ!」
つまり遊矢の目の前にいるのはモコの母親 兼 陽だまり園の園長 兼 元頂点にいた最高のデュエリスト。プロランキング1位。かつては頂点にいた女王という事になる。
「彼ったら何度も時間を見つけては私にデュエル挑んでは負けて、次の日も負けて…それの毎日。正直言って、真っ直ぐ過ぎる馬鹿」
「ば、馬鹿…」
「でも私、馬鹿は馬鹿でも『一生懸命な馬鹿』は好きよぉ。努力して、汗水流して、それでも叶うかも分からない夢を追いかけて、掴み取ろうとする大馬鹿なんて最高じゃない!」
美影園長は両腕を広げて、体を使ってその感情を表に出す。
「月日は流れて、彼はジュニアユースを勝ち上がり、ユースも勝ってプロ試験に挑んで見事合格。当時のモンスター同士の戦いがメジャーだったデュエルにエンターテイメント要素を持ち込み、大当たり。するとプロの世界も変わり始める。モンスター同士が武器を構えて戦う荒々しい物からデュエリストとモンスターが一体となり、フィールドを駆け巡るアクロバティックなデュエルへ。その数年後、質量を持った装置が開発され、デュエルは更なる高みへと駆け上がった」
「それって…」
そう、それこそ現代まで続くデュエルの最強進化形、モンスターと共に地を蹴り宙を舞い、フィールド内を駆け巡る。
「その名は『アクションデュエル』。そしてエンターテイメント要素を持ち込んだのは貴方の父、『榊遊勝』。私のただ1人の教え子。それが青年の正体よ」
「…父さんが美影園長の教え子」
思い出を懐かしむように目を細め、語る美影園長の眼差しは遊矢に向かっていた。彼女の目には遊矢の後ろに笑う遊勝の姿が見えた。
「彼はプロになって、洋子ちゃんと出会って結婚した後、1度だけ私の所に来たわ。デュエルを申し込みにね」
「か、母さんの事も知ってるの!?」
「えぇ、だって結婚報告の時に陽だまり園来たんだもの。懐かしいわぁ、洋子ちゃん元気ぃ?」
「は、はい…毎日元気です」
まさか父親の恩師が目の前にいて、更に結婚報告までしていたとは聞かされるまで遊矢は知らなかった。
「あぁ、デュエルの話に戻るけど、遊勝は私ともう1度だけデュエルしたいと思って来たの。その時、私初めて遊勝に負けたのよ」
「初めて…」
「デュエルの後、遊勝は嬉しそうにこう言ったの」
『先生、子供が出来ました。俺と洋子の子供です』
「って、あんな顔の遊勝初めて見たわ~」
「それが俺…」
「そう、貴方の事よ。だから嬉しいの、教え子の子供とデュエル出来るの」
にっこり笑ってそう言う美影園長は本当に嬉しそうで、遊矢はじわじわと胸が熱くなっていくのを感じる。嬉しかった。父親の事を知れて嬉しいのもあるが、何より彼女は遊勝の事を大事に思っている。
ずっと父親の事を世間に否定されていた。
妻である洋子や遊勝の後輩であった修造や、柚子、権現坂は遊勝の事を否定しなかった。だがそれは少数。大勢は皆口を揃えて、否定し、罵倒し、今までファンだった人も掌返しで、辛かった。
大好きな父親の悪口を言われて、苦しかった。
でもまだいるのだ、彼を思ってくれる人が。
それが嬉しくて嬉しくてたまらない。
「さぁ、見せて、貴方の力。未熟だろうけど、未熟だからこそ伸びる。いつか芽が花になる様に」
「…っはい!俺はセッティング済みのペンデュラムスケールでペンデュラム召喚!」
再び振り子が揺れる。まるで彼の心を表している様だった。右へ行っては左へ行く。ずっと揺れ続ける振り子。きっと遊矢はこれからも迷って迷って悩む事だろう。自分の事、デュエルの事、父の事。沢山悩んで、それでも答えを導き出そうともする。
だからこそ、美影園長は容赦なく、彼を潰すと決めた。――――― このデュエルがほんの少しでも良いから、彼の芽が育つ為の栄養となりますようにと
「レベル5『EM シルバー・クロウ』!レベル6『EM カレイドスコーピオン』!」
「相手が特殊召喚をする際にエグリスタは効果を発動できる!その特殊召喚を無効にし、そのモンスターを破壊する!一つ付け加えるならペンデュラム召喚で2体以上召喚する際、そのモンスターは全て破壊する!その後、シャドールカードを1枚墓地へ送るわ」
「特殊召喚を無効にして破壊!?」
「きっとそうだろうと思ってましたよ!」
何となく遊矢も察しはついていた。だからこそ、ペンデュラム召喚で、自分が作り上げた召喚法で逃げず、戦う。エグリスタの炎は召喚されようとしていたシルバークロウとカレイドスコーピオンを襲う。フィールドに出現する前に破壊された為、2体は墓地へと送られた。
遊矢 手札0
「私は手札から『シャドール・ヘッジホッグ』を墓地へ!効果で墓地に送られたヘッジホッグの効果!デッキから『ハウンド』を手札に!」
美影 手札4⇒3⇒4
「ウィップバイパーの効果で、エグリスタの攻守を入れ替える!」
「相手の特殊召喚されたモンスターが効果が発動する時、シェキナーガの効果で発動を無効にし、破壊する!そしてシャドールカードを1枚捨てる。魂写しの同化を墓地へ!さよなら蛇さん!」
ウィップバイパーが動く前にシェキナーガが大きな手を動かし、ウィップバイパーを掴むと握りつぶした。
美影 4⇒3
「だったらオッドアイズでミドラーシュを攻撃!螺旋のストライクバースト!」
「それは受ける!ミドラーシュ、ごめんなさい!」
「オッドアイズはレベル5以上のモンスターとのバトルの時、ダメージを2倍にする!リアクション・フォース!」
オッドアイズがドシドシと走り、大きな足で飛び、ミドラーシュと同じ高さまで来ると、先程は防がれた螺旋状の炎をミドラーシュに向けて放つ。
ミドラーシュは何も抵抗する事無く、どこか満足気に笑って、炎に包まれ消えていった。爆風が美影園長を襲う。
美影 LP:4000⇒3300
「ミドラーシュの効果!墓地に送られた時、自分の墓地のシャドール魔法・罠カード1枚を手札に加える。『影依の原核』を手札に!」
「これで俺はターンエンド!美影園長!俺、嬉しいです!」
遊矢 手札0 LP:2650
美影 手札4 LP:3300
遊矢は笑った。手札もセットカードもない、この状況で笑っていた。-ピンチの時こそ笑え。それは父の教えだった。
「父さんの師匠に会えて!父さんの事を思ってくれる人がまだいる!それが嬉しくてしょうがないんです!」
「そう…」
遊矢は何もしなかった。もうわかっていた。―自分の敗北を、自分の周りに張り巡らされた糸たちを。
「気づいてたのね、エグリスタの糸に」
美影園長の言う通り、エグリスタの背中から伸びる影糸の何本かがうにょうにょと動いていた。先程、ミドラーシュが破壊される時の爆風に紛れて一瞬で仕込んだ物だった。赤い影糸はステンドグラスから入る光が、色を隠していた。遊矢がもしこれに気づかなかったら、その肌に細い傷が入っていた事だろう。
だが遊矢はそれに気付いた。それで十分だ。
美影園長はデッキトップに触れ、1枚引き抜く。
「私のターン、ドロー。シェキナーガを攻撃表示へ変更」
美影 手札4⇒5
俯いていたシェキナーガが体を起こし、前を向く。
エルシャドール・シェキナーガ 攻撃力2600
「手札の影依融合を発動。手札の『シャドール・ハウンド』と『シャドール・ドラゴン』で融合召喚!再び現れよ!エルシャドール・ミドラーシュ!」
エクストラデッキから再びミドラーシュが現れる。不敵に笑う姿はとても頼もしい。そして美影園長は宣言した。
美影 手札5⇒2
「自分の未熟さを認め、戦った少年と竜に敬意をこめて!シェキナーガでオッドアイズを攻撃!」
シェキナーガの長い手がオッドアイズを掴み、握り潰す。
遊矢 LP:2650⇒2550
「破壊されたオッドアイズはエクストラデッキに行く」
「ミドラーシュ、エグリスタ」
ミドラーシュが杖を、エグリスタが手を、遊矢に向け、雷と炎を放つ。遊矢は笑っていた。
遊矢 LP:2550⇒350⇒-2100
『WIN Mikage』とビジョンが出た瞬間に、ステンドグラス教会は光の粒となり消えていく。シィンと静まり返るフィールド内。対戦していた2人はお互い黙ったまま、沈黙が流れる中、
ぱちぱちぱち
小さな拍手が遊矢の耳に入ってきた。遊矢が観客席の方を見ると、モコが立ち上がって、拍手を送っていた。
「っすごく!すっごく素敵なデュエルでした!!榊君、かっこよかったです!!」
涙声でそう言うモコ。送り続けるその拍手は、徐々に周りに広がっていく。子供達が、操作室でソリッド・ビジョン・システムを動かしていた女性が拍手を2人に送る。
小さなその拍手は、とても優しい拍手だった。
「ゆーやおにいちゃん!すごかったよー!」
「ぺんでゅらむしょーかんきれーだったよー!」
「どらごんさんかっこいー!」
「ままもすごかったー!」
きゃっきゃと笑い、遊矢と美影に感想を送る。楽しかった!と言わんばかりのその笑顔。遊矢が見たかったその笑顔は、遊矢の心にちゃんと響いた。
「…美影園長」
遊矢は目から溢れ出しそうな熱い物を抑え、美影園長に歩み寄る。
「デュエル、ありがとうございました!」
「こちらこそ、デュエルをありがとう」
遊矢が差し出した手を美影園長は優しく握った。
*** ***
次の日…
陽だまり園は大きな泣き声のオンパレードだった。
「ゆーやおにいちゃんい゛がな゛い゛でぇえええええ!!!」
「もーちょっといてよぉおおおおお!!」
「ざびじいよぉおおおおお!!」
「俺も寂しいよぉおおおおおおおお!!」
うわぁあああああんっ!と泣きながら、お互いに抱き合う遊矢と子供達。その姿を困った様に笑うモコと、頬に手を当てて微笑む美影園長。
デュエルをした後、すっかり遊矢のファンになった子供達は彼の傍から離れる事はなく、寝る時も彼の周りに集まっていた。
朝からいっぱい遊んだ後、夕日が上る前に帰る筈だったのだが、別れを寂しがって大泣きし始め、それに釣られて滅多に泣かない遊矢も泣き出し、結果涙のオーケストラが始まったのだ。
「さ、榊君…そろそろ行かないと電車が…」
「そうだけど…!でも…っ!」
「「「やだぁあああああああっ!!」」」
やだやだと我が儘を言い始める子供達。実はというと普段からあまり我が儘を言わない子供達。それが我が儘を言うまで遊矢を気に入ってしまったという事だ。
「こらこらぁ、そろそろ遊矢君を離してあげなさーい、お手紙書いてもらったらいいじゃなぁい」
「う…う゛ぅ…!にーちゃ、おてがみくれるー?」
「うん!手紙送る!」
「じゃあぼくたちもおくるねー!ぐすっ」
「やくそくだよー!ゆびきりー!」
男の子が差し出した小指を遊矢は笑って自分の右小指と絡めた。それに子供達も小指を絡める。
「「「ゆーびきーりげんまん!うそついたらはりせんぼんのーます!」」」
「指切った!」
こうして、モコと遊矢の陽だまり園でのお泊りは終わったのであった。
*** ***
ガタンゴトンと揺れる車内。2人以外乗客がいない中で、遊矢は1人思っていた。
「(…まさかモコのお母さんと父さんが繋がりを持っていたなんて…来てみてよかったな)」
「あ、榊君。グミ食べますー?お母さんが持たせてくれたんですけどー」
「食べるー」
モコからグミを貰い、口の中に入れてもきゅもきゅと食べる。味はブドウだった。
「グミ美味しいですねー」
「そうだねー。……あ、あのさモコ」
「なんです?」
どこか落ち着きがない遊矢にモコは首を傾げる。さっきまで大泣きした所為で、目元が真っ赤に腫れていたが、今では少し赤みが引いていた。
「あー」とか「うー」とか目を泳がせて、言葉に詰まっている歯切れの悪い遊矢にモコは「どうしたんです?」と聞くと、遊矢は覚悟を決めた様に拳を握ると、モコに向かって頭を下げた。
「ごめんっ!」
「え…えっ!?どうしたんです急に!?榊君、何もしてな」
「モコの過去、美影園長から全部聞いた」
今度はモコが言葉に詰まる番だった。――――― 知られた?あの過去を?固まるモコに遊矢は彼女の手を両手で握ると、許しを請う様に自分の額に当てた。
「本当に悪いと思ってる。個人的な事で、しかも知られたくない事だ。俺を責めてくれても嫌いになってくれても構わない。でも美影園長の事は許してほしい!あの人はモコを思って、俺に全部話してくれたんだ!俺が本当に信頼できる友達かって!だから、あの人は悪くない!モコの事だってずっと友達だって思ってる!嘘なんかじゃない!どんな過去を持ってても!モコは俺の友達だ!俺の友達の、日辻モコはこの世界に1人なんだ!だから…ッ!」
そこから先の言葉は喉がつっかえて、言えなかった。モコは黙ったままだった。引かれてしまっただろうか?蔑まれてしまっただろうか?ぐるぐると頭の中でマイナスの考えばかり出てくる。
すると、彼女はそこで口を開いた。
「…モコの、こ、と、まだ…ともだっ、友達だって言ってくれるんですかぁ…っ?」
その言葉は思いがけない物だった。驚いて遊矢が顔を上げると、モコの頬は濡れていた。つーっと一直線に流れる滴は涙。
――――― モコは泣いていた。
「え…!?」
「モコの事…嫌いになったでしょ…?」
「っなってない!大好きだよ!今もこれからもずっと!」
「ぐす…っ、め、きもちわるぃでしょ…?」
「綺麗だよ!気持ち悪い?そんなの思ってない!」
「だって…だってぇ…」
「だってもなにもないんだよ!」
ぎゅっ!と遊矢は腕の中にモコを閉じ込めた。胸でぐすぐすとすすり泣くモコの頭を何度も撫でる。
「良い?よく聞いて!モコは優しいし、努力家だし、真面目だし、おっとりしてるところもあるけど!それは全部モコの素敵な所なんだよ!モコだから、日辻モコっていう1人の人間だから!だから柚子や権現坂や素良、遊勝塾の皆!光津だって!志島だって刀堂だって!皆、モコの事大好きなんだよ!モコの目を気持ち悪いって言った奴を俺は許さない!例えそれがモコ自身であったとしても!!モコが!君が君自身を否定する必要なんてどこにもないんだよ!!!」
「さかきくん…」
「遊矢!遊矢って呼んで!呼んでくれなきゃ離さない!」
ぎゅうぎゅうとモコを抱きしめる遊矢。もう自分でも何を言っているかなんて分からない。けれど、ありったけの思いを詰め込んで、叫んだ。オッドアイ?そんなの些細な事じゃないか!もし馬鹿にするなら自分達が、友達が許さない!
――――― 届いてよ、俺の思い。
「……ゆーやくん」
「!」
――――― 小さなその呟きは確かに聞こえた!!
「ゆぅやくん…!ゆぅやくん…!」
「…うん!そうだよ!遊矢だよ!」
胸に顔を埋めていたモコの顔が上がった。鼻は真っ赤だが、その顔は笑っていた。
「そ、そのごめんなさ…!」
「謝る必要なんてないよ!その代わりずっと抱きしめてやる!」
「えぇええええ!?お、お客さん乗ってきちゃいますよぉ!?」
「構うもんか!見せびらかしてやる!俺とモコは超絶ラブラブだって!」
「ふぇええええええっ!?」
「アハハハッ!」
そうだ、笑顔が1番だ。泣き顔より、苦しそうな顔より、怒った顔より、笑顔の方がずっとずっと彼女に合っている。
だからどうか今だけは、一緒に笑わせてね。
―――――【あの頃】みたいに。
遊「あーっ!楽しかったー!」
モ「喜んでいただけてよかったです!子供たちも嬉しそうでした!」
遊「それにしても美影園長のシャドールデッキ強かったなぁ~、カードの効果で墓地に送られる事で効果を発揮するモンスターが多いんだね」
モ「融合モンスターは特殊召喚されたモンスターに対して効果を発動しまくりでしたね!」
遊「特殊召喚を制限されたりしたからね!あれは本当にびっくりしたぁ!」
モ「それでも怯まずに戦った遊矢君は素敵でした!」
遊「えへへ?そぉ?照れるなぁ~!さぁて!次回のまよつじは~!?」
モ「皆さん大好き不審者さんですよぉってひゃあああああああっ!イケメンだぁああああああ!怖いぃいい!」
遊「久々に見た!モコのイケメン恐怖症!!それと時間があれば、番外編も入れてみたいんだって!」
モ「…出来ますかねぇ?」
遊「さぁ?取りあえず次回!まよつじ第8話!『迷える子羊と不審者チキン』で会おうね~!」
モ「合言葉は~?」
モ・遊「もっこるんるーん!」