「偶然にバスジャックに巻き込まれた」
――え。偶然?いや、後で聞けばいいか。ここは……
「バスジャック?」
長話になると思ったのでインスタントコーヒーを用意し始めた。レイはコーヒーにこだわりが無い。
「ああ。二日前に銀行を襲った犯人が今度はバスジャックさ。日本も怖い国になったものだ」
レイは日本は世界一治安がいい国だと他の国と比べ相対的に感じていた。例えばアメリカなら40秒に1人が誘拐される割合日常的ではあるが日本では誘拐事件が起きれば大事件となり連日テレビで報道される。
――偶然とは対極の言葉が当てはまるかも知れない……もしかすると……いや、まずはもう少し情報を集めなくては
直接に仕事の話を聞くレイが嫌がるのを知っていた。結婚というゴール目前の目標もあり言い争いは避けたかった。しかし、その話はナオミの興味をそそるものでありもう少し聞いてみたいと感じた。だから折り合いをつけたところ、間接的に聞いていくのが良いと判断した。
「そのバスにあなたも乗り合わせたって事?」
興味はありませんという顔はできなかった。だから背を向けたまま話しかけた。
「そうさ。結局犯人はバスを飛び下りて車にはねられたけどね」
男の人はちょろい。
「その犯人死んだの?」
冷静になったナオミは二つのコーヒーを運んで持ってきた。
「ああ。多分な。関わらない方がいいと判断して見届けなかったが」
――偶然じゃない。そう、必然。
そう思って再び冷静でいられなくなった。言葉が体からあふれ出した。
「それって本当に偶然だったのかしら?」
レイはびっくりした顔になった。
「だって誰かを調べていてそのバスに乗ったんでしょ?そこで犯罪者がおそらく死んだ……」
レイはうつむいた。
「なぁ。君は確かに優秀なFBI捜査官だった」
俯いた顔をあげ、ナオミを見つめた。
「しかし今は僕のフィアンセでしかない。もう君は捜査官じゃないんだ」
――しまった熱くなりすぎた。逆にコーヒーは冷めてしまった。
コーヒーを渡すのを忘れていたナオミはテーブルの上にコーヒーを二つ置いた。
「キラ事件には口を出さない。危険な行動は取らない。そういう約束で日本にいる君の両親に挨拶する為に一緒に連れて来たんだ」
――また、この話
ナオミもイスに腰掛けた。
「分かったわ、レイ。つい癖で……ごめんなさい」
レイが自分を思っての発言だというのは分かっている。優しい性格の彼は先に謝ることで気を使ってくれることも知っている。レイは日本人の男性より日本人らしい真面目な人であると肌に感じていた。だからこそ親にも胸を張って紹介できると考えていた。
「ああ……ごめん。そんなに気にするなよ。家族ができれば自分が捜査官だったことを忘れるくらい忙しくなって癖なんて出る暇もなくなってしまうさ」
レイは話題を転換しようと思った。女性が熱くなったときは、相手を肯定するかしっかり聞くという手法を使えばいいと恋愛心理学の本に書いてあった。しかし、相手を否定してしまったので他の方法を思い出していた。それができない場合はポジティブな話に転換、つまり話のすり替えが重要であると書いてあった。これだと思った。
「それよりあのお父さんになんて挨拶したら好感度が上がるが考えてくれよ」
「ふふふ」
ナオミは今日初めての笑顔を見せた。恋愛心理学の本は頼りになると思った。女はちょろい。
結局男女の関係においてお互いにちょろいと思わせる方が長く続くのではないだろうか。
ここの二人の関係性は好きです。