こちらの世界の住人――――トリムさん達と再会してから数分。
俺達は美羽や現地の魔族の人の案内で森の奥へと歩いていた。
それで、気づいたことなんだけど、木々が生い茂ってるのに太陽の光が地面まで届いてるんだよな。
だから、周囲はとても明るい。
すると、イリナが耳打ちしてきた。
(ねぇねぇ、イッセー君)
(ん? どうした?)
(今から行くところって魔族の集落なんだよね? 顔を知られてない私達はともかく、魔王を倒しちゃったイッセー君は大丈夫なの?)
あー、それは尤もな意見だ。
後ろを歩いてる皆も同じことを考えているようで、俺のことを心配するような目で見てきた。
(まぁ、なんとかなるだろ・・・・・・多分・・・・・)
(もう、イッセー君ってば本当に適当なんだから・・・・・)
あははは・・・・・・
ゴメンね適当で・・・・・
でも、案外大丈夫なんじゃないかな?
「そういえば、モーリスのおっさんには連絡してくれたんだよね?」
「はい。イッセー殿が来られたことはモーリス様に伝わるよう、動ける兵士を国に帰しました」
それじゃあ、向こうに着く頃には受け入れ準備してくれているかも。
それから、しばらく歩くと森の奥にある行き止まりに辿り着いた。
すると、先頭を歩いていた魔族の男性が虚空に片手をかざして、何かを呟いた。
それと同時に正面の風景がぐにゃりと歪み始めた。
「これは・・・・・魔法で入り口を隠しているのか? だが、こんな魔法は見たことねぇな」
「ええ・・・・北欧でもこんな魔法は無かったと思います」
先生とロスヴァイセさんが興味深げに入り口にかけられていた魔法を見て呟く。
そんな二人に美羽が解説をくれる。
「これは概念魔法で入り口を封印してるの。概念魔法で入り口という概念を一ヵ所に設定して封印してしまえば、誰もその先に進むことは出来なくなるんだよ。迂回しようとしても正しい入り口が一つしかない以上はその周りをぐるぐると回ることになるんだ」
美羽の解説にへぇ、と感心する二人。
今の解説で理解したらしい。
俺は・・・・・魔法のことは良く分からないのでスルーした。
「こちらです」
魔族の男性の指示に従い、現れた道の奥へと進む。
道の初めのうちは緩やかな斜面の上り坂だったんだけど、徐々にその勾配が急になっていく。
アーシアにはきつそうだ。
「アーシア、大丈夫か?」
「は、はいぃ・・・・・ちょっと疲れましたぁ・・・・・」
アーシアは少し息を切らしながら必死についてきていた。
まぁ、この斜面を普通に歩くのはしんどいわな。
こうなるのは仕方がないか。
俺はアーシアの前で腰を下ろし、アーシアに促す。
「ほら、アーシア。おぶってやるよ」
「えっ? でも、それじゃあ、イッセーさんが・・・・」
「アーシア一人を背負ったくらいで疲れるほどやわじゃないよ。それより、アーシアが足でも捻ったらそれこそ大変だからな」
「イッセーさん・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
アーシアはそう言うと俺の背中に体を預けてきた。
少し頬が赤いのは恥ずかしがってるからかな?
アーシアをしっかり受け止めた俺はそのまま立ち上がる。
やっぱりアーシアは軽いなぁ。
「「「「・・・・・・・・・・」」」」
な、なんだ!?
女性陣から無言のプレッシャーが・・・・・・・
つーか、美羽はなぜに涙目!?
「流石はアーシア・・・・・策士だな」
ゼノヴィアが何やら真剣な顔で呟いてるけど、どうしたの?
って、先生と木場はなんで、苦笑してるの!?
「うーん、イッセー君は自分から騒動を起こしているような気がするよ」
「全くだ。ただ、こいつにはその自覚がないらしい。天性の女たらしなのかもな」
女たらしって・・・・・・俺、そんな風に見えますか!?
いつも振り回されてる気がするんですけど!?
「イッセー君は女たらし、と」
ロスヴァイセさんもそんなことはメモしなくていいですよ!
▽
それから少し歩くと、斜面の上に太い蔓と蔦で形作られた門が姿を現した。
あれが集落の入り口か。
見張りらしき人が二人ほど立ってるし。
手には武器も持ってる。
俺達を案内してくれた魔族の人がその見張りの人達のところまで駆けていく。
「ボクも行ってくるよ。事情を説明してくる」
美羽もその後を追う。
俺達はここで待つか。
「イッセー、おまえ殺されないといいな」
先生・・・・不吉なこと言わないでくださいよ。
「大丈夫だよ。イッセー君のことは僕が守って見せるさ」
木場、その気持ちはありがたいけど・・・・・・・
そんなに目をキラキラさせながら言うんじゃねぇよ!
おまえが言うと毎回、ホモホモしく聞こえるのはなぜだ!?
はぁ・・・・・
なんだろう、凄く疲れた・・・・・・
「説明がすんだようだぞ」
ティアの言葉に反応して門の方を見てみると美羽が手を振っていた。
俺達はそれを確認すると斜面を登り、美羽のところへと向かう。
「ゴメンね、待たせちゃって」
「良いよ。この大所帯だし、仕方がないさ」
俺は苦笑しながらそう返す。
まぁ、元の世界から来た俺達にトリムさん達も加わったから人数的には二十人は越えてるしな。
この人数で来られれば集落の人も驚くだろう。
「それで、入っても良いのか?」
「うん、許可はもらえたよ」
そう言って美羽は笑顔を見せた。
そして、門の向こう側へ立つとくるりと振り返って両手を広げた。
「ようこそ! ボク達の悠久森林都市、フォレストニウムへ!!」
▽
[木場 side]
魔族の人達に案内されて訪れた森の中にある集落。
それは圧巻だった。
そこは自然と街が完全に融合、一体となった空間。
中央に立つ緩やかな斜面に生えた巨大樹は、その幹がそのまま居住スペースとなって、魔族の人達の家となっていた。
更にその幹の上には民家と思われるものもある。
しかも、巨大樹の上の方にまでそれは見られ、ここからでは視認出来ないものもあった。
巨大樹そのものが、魔族の人達の生活スペースになっていると言っても良いかもしれない。
「・・・・・すごい」
誰かが呟いた。
僕も同じ気持ちだ。
言葉が出ないのは、ただただ、この迫力に、この神秘性に心を奪われていたからだ。
「俺もこんな場所は見たことねぇぜ。ははっ! 早速、楽しませてくれるな、異世界!」
先生ですら目を輝かせてこの光景に感動していた。
これが僕達の世界と違う異世界。
アスト・アーデと呼ばれる世界の一部。
遊びに来たわけではないけど、他にどんな場所があるのか少しワクワクしてくるよ。
そうして立ち尽くしている僕達のところへ一人の老人がやって来た。
肌が黒く、僕達の世界のダークエルフのような姿をしている。
いや、もしかしたら、本当にダークエルフなのかもしれない。
エルフという存在はこの世界にもいるとイッセー君から聞いているからね。
「出迎えが遅くなり、申し訳ない」
「ウルム・・・・!」
知り合いなのだろう。
美羽さんの声が明るく弾んだものになった。
「そっか。今はウルムがここの長老なんだね。元気そうで良かったよ」
「はい。姫様もご健勝のようでなによりです」
ウルムと呼ばれたその老人は笑うと、イッセー君へと視線を向けた。
片方の眉を上げて、尋ねる。
「――――ヒョウドウ、イッセー殿、ですな?」
その問いに僕達は息を呑んだ。
これは単なる名前の確認じゃない。
この老人は訊いているんだ。
――――自分達の王を殺したのはおまえなのか、と。
イッセー君は落ち着いた表情で老人の視線を受け止める。
「そうです。俺が兵藤一誠です」
「ま、待って、ウルム! この人は!」
慌てた美羽さんが二人の間に入り、イッセー君を庇おうとする。
しかし、ウルムさんは笑うだけだった。
「心配には及びません。我らは彼に危害を加える気は初めからありません。我らはシリウス様のご意志を存じております」
ほっ・・・・
僕達の中で張り詰めていたものが解け、身体中から気が抜ける。
これは心臓に悪いね・・・・・。
「さて、事情は伺っております。まずは負傷された方を休ませなければなりませぬな。既に場所は確保しております」
「ありがとう、ウルム」
「姫様方は我らの同胞をも救ってくださったのです。私は当然のことをしたまで。さぁ、負傷した方はこちらへ。それ以外の方はこちらへ。落ち着いて話せる場所にご案内しましょう」
ウルムさんはそう言って、ゆっくりと歩き始めた。
僕達もそれに続いていく。
そうして案内されたのは巨大樹の中央にある彼の自宅だった。
仄かに甘い樹木の香りに包まれた、穏やかな空間。
僕達は勧められるままに、腰を下ろす。
「どうぞ・・・・」
「あ、どうも」
ウルムさんの家族かな?
女性が僕達にお茶を淹れてくれた。
良い香りがする。
「さて、勇者イッセー殿。此度のこと改めてお礼を申し上げる」
「いや、そんな大したことはしてないって。襲われてる人を助けるのは当たり前だろ」
えっ?
今、ウルムさんはイッセー君のことを「勇者」って言った・・・・・?
部長もそこに引っ掛かったのイッセー君に尋ねる。
「イッセー、今のは・・・・・」
「あ、え、えーとですね。実は俺、こっちの世界では勇者扱いなんですよね・・・・・・あははは」
・・・・・・・・・
「「「「勇者ぁぁぁぁあああああ!?」」」」
僕達の驚愕の声が重なり周囲に響いた!
「イッセー君!? それってどういう・・・・・」
僕はイッセー君に尋ねる。
だって、そんな話を彼からは聞いていない。
皆も驚くのは当然だ。
「う、うーん、なんて答えようか・・・・・・」
イッセー君は腕を組んで何やら言いにくそうにする。
すると、となりに座っていたトリムさんがその問いに答えてくれた。
「イッセー殿は長き渡る人間と魔族の戦いを一人で終わらせたのです。歴代でも最強と称され、誰にも倒せないと吟われた魔王シリウスと一騎討ちすることで。それにより、この世界ではイッセー殿は勇者とされているのです」
「ち、ちょ、トリムさん!?」
「何を慌てているのです、イッセー殿? 私は事実を述べただけですが?」
「いや、空気読んで! ここ、魔族の領地だから!」
と、イッセー君が慌てていると、
「ふぉっふぉっ、気にすることはありませんぞ、イッセー殿。シリウス様を倒したあなたを複雑に思う者もいますが、我ら魔族の者もあなたのことは認めております」
「へっ?」
イッセー君が呆けた顔で聞き返すと、ウルムさんは再び笑う。
「かつての争いの中、我らを邪悪な存在として、戦う意志のない者にまで刃を向ける人間ばかりで・・・・・、いや、我らも他人のようには言えませぬな。我らの中にもそう言う心なき者はいた」
しかし、とウルムさんは続ける。
「あなたは違いました。戦意の無い者には手を上げず、決して害そうとしなかった。また、味方にそういう者がいれば、それを見過ごさず、時には敵であるはずの我らを守ってくださった。確かに戦争という状況の中、そのような行動をするのは問題だった。しかし、その心が次第に多くの人間に伝わり、必要以上の戦闘を避けるようになったのです。そして、それは我らも同じ」
「俺はそんなに大層なことをした覚えはないよ。間違ってるものは間違ってるって言っただけだ」
「ですが、それを実際に行うことは難しいこと。それが出来たのはあなたの心が高潔であられたからこそ。だから、シリウス様もあなたのことを認めておられた。あなたは我ら魔族にとってもある意味、英雄なのです」
「おいおい・・・・・」
イッセー君は嘆息する。
味方から称賛されることは難しい。
だけど、敵からも称賛されるのは遥かに難しい。
それを成したイッセー君は本当にすごい。
ふと、部長達を見てみると顔を赤くしてイッセー君を見つめていた。
あ、これは・・・・・
「これはリアス達のポイントが急上昇したな。今後の修羅場は今までの比じゃなさそうだ」
先生がニヤッと笑みを浮かべながら楽しそうに言う。
僕もそれには同意見かな?
イッセー君、これまで以上に大変になるだろうけど、頑張ってね。
僕は・・・・・・後ろからそっと応援しておくよ。
「まぁ、中にはあなたに辱しめられた者もいましたが・・・・・」
「えっ?」
その瞬間――――
ドガァァァァァァァァァアアアアン!!!!
壁が破壊され、当たりに埃が舞う。
なんだ!?
何が起きたんだ!?
見ると、目の前には巨大なハンマーを持った女性がいた。
自身の伸長よりも大きいハンマーを担いでこちらに歩いてくる。
頭部の耳から察するに獣人かな?
女性はイッセー君の姿を確認すると身体中からすさまじいオーラを発した!
「見つけたぞ! この変態ドスケベ勇者!」
「え、えーと」
「私を忘れたとは言わせねぇぞ! よくも・・・・よくも、戦場で私の服を・・・・・!」
服・・・・・・
その単語を聞いて、ほとんどの部員がそれを察した。
それってもしかして――――
「あの時の恨み! 死ねぇぇぇえええええええ!!!」
「うわっ!? ちょ、ちょっとタイム!」
「誰が待つかぁぁああああ!!!!」
ドガァァァァァァァァァアアアアン!!
「ひぇぇええええええ!!!」
イッセー君は飛んできたハンマーを間一髪でかわして、外に逃げた!
女性もハンマーを回収してイッセー君の後を追っていく!
ウルムさんは苦笑しながら、二人の背中を見ていた。
「彼女の名前はエルザと言いましてな。珍しい女性の戦士なのですが・・・・・・戦場でイッセー殿に服を消された者の一人なのです。確か・・・
やっぱり・・・・・。
イッセー君、さっきまでの感動を返してくれないかい?
感動が大きかった分、残念すぎるよ。
「いやはや、あの技には私も世話になりましての。良い目の保養になりましたわ。ふぉっふぉっふぉっ」
長い眉を触りながらウルムさんは愉快そうに笑い出す。
どうやら、この人もそれなりにスケベらしい。
はぁ・・・・・・
「・・・・・なんと言うか、どこの世界でもイッセー君はイッセー君なのよね・・・・・・・」
イリナさんの言葉に全員が頷いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
イッセー君の断末魔が聞こえた。
[木場 side out]
と言うわけで今回はここまでです。
本当はもう少し書こうかと思ったんですが、力尽きました。
次回くらいでアスト・アーデに何が起こっているのか書きたいと思っています。