「ほっほっほ、というわけで訪日したぞい」
兵藤家の最上階にあるVIPルームでオーディンの爺さんが楽しそうに笑っている。
この部屋にはグレモリー眷属が全員集合しており、アザゼル先生もいる。
・・・・・・そして、何故か父さんや母さん、美羽までもがこの部屋にいた。
何でいるんだよ?
なんでも、日本に用があり、そのついでにこの町に来たようだ。
下手なところよりも、悪魔、天使、堕天使の三大勢力が統治するこの町にいた方が安全らしい。
・・・・・そのついでで俺と朱乃さんの初体験がなくなったと思うと腹立つけどな。
あ、今はいつものように『朱乃さん』って呼んでいる。
あれは二人きりの時って約束だからな。
ちなみにだが、部長達と合流した後、俺達を追跡していた女子メンバーから頬を引張られた。
俺が朱乃さんにお姫様抱っこをしたことが衝撃だったようだ。
俺なんかのお姫様抱っこで良ければいつでもするのにね。
朱乃さんはというと、今はいつものニコニコ笑顔さえ止めて、不機嫌な顔となっていた。
お父さんと邂逅してからずっとだ。
朱乃さんのお父さん―――バラキエルさんもこの場にいるけど、朱乃さんは視線すら交わさない。
バラキエルさんの話は以前、アザゼル先生に少しだけ聞いたことがある。
武人気質で堅物らしい。
堕天使の中でも先生と肩を並べるほど強く、一発の攻撃力なら堕天使随一だそうだ。
「どうぞ、お茶です」
と、母さんがオーディンの爺さんの前にお茶の入った湯飲みを置く。
母さんが神相手に応対してる!
しかも、平然と!
少しは驚こうよ!
「お、すまんの。しっかし、人間に茶を入れられるのは始めてじゃわい」
でしょうね!
俺もまさか、自分の母親が神相手に茶を入れるなんて思ってなかったよ!
戻ってきた母さんが横のソファに座る。
「家に神様が来るなんて、こんな機会二度とないかもしれないもの。今のうちに色々と体験しておかないとね」
「それにしても、神様って思ったより普通の格好してるんだな。もっとそれっぽい服を着てると思ってた。・・・・・というか、去年亡くなった林さんのところのお爺さんに似てるような・・・・・・」
あんたら、もう少し緊張しろよぉぉぉおおおお!!
目の前にいるの神様だから!
ラフな格好してるけど、北欧の主神だから!
つーか、林さんって誰だよ!?
あー、もうツッコムの疲れた・・・・・
父さんと母さんについては放置しよう・・・・・・
「ふむ・・・・・・デカイのぅ」
クソジジィ・・・・・・女子メンバーのおっぱいをいやらしい目で見てやがる!
もし、触ったら
ドライグ、もしもの時のために準備しておけよ!
『はぁ・・・・・・』
返ってきたのは相棒の盛大なため息だった。
スパンッ!
「もう! オーディンさまったら、いやらしい目線を送っちゃダメです! こちらは魔王ルシファーさまの妹君なのですよ!」
ヴァルキリーの人がオーディンの爺さんの頭をハリセンで叩いていた。
俺はそれにガッツポーズ!
相変わらず良いツッコミをしてくれるな、あの人!
冥界の病院でも同じことした記憶があるぜ!
「まったく、堅いのぉ。サーゼクスの妹といえばべっぴんさんでグラマーじゃからな、それりゃ、わしだって乳ぐらいまた見たくもなるわい。と、こやつはワシのお付きヴァルキリー。名は―――」
「ロスヴァイセと申します。日本にいる間、お世話になります。以後、お見知りおきを」
へぇ、ロスヴァイセっていうのか。
冥界の時のような鎧を着てないから印象が違うけど、美人だよなぁ。
年齢は俺達とそこまで変わらないのかな?
「彼氏いない歴=年齢の生娘ヴァルキリーじゃ」
爺さんが笑いながら言う。
するとロスヴァイセさんは酷く狼狽し、泣き出した。
「そ、そ、それは関係ないじゃないですかぁぁぁっ!わ、私だって、好きで今まで彼氏ができなかったわけじゃないんですからね! 好きで処女なわけじゃないじゃなぁぁぁぁぁいっ!」
ロスヴァイセさんはその場に崩れ、床を叩きだした。
なんだろう・・・・・・
俺、あの人にすげぇ共感できる!
俺だって好きで童貞してるんじゃねぇぇぇぇぇっ!!!
「まぁ、こういうわけでな。哀れなヴァルキリーなんじゃよ」
爺さんが嘆息しながら言う。
すると、俺と爺さんの目があった。
爺さんは何かを思いついたようで、手をポンッと叩く。
「そうじゃ。赤龍帝の小僧、こやつを嫁にもらってくれんかのぅ?」
「「は?」」
俺とロスヴァイセさんの声が重なる。
何言ってんだ、この爺さん?
爺さんは続ける。
「アザゼル坊から聞いてるぞい。赤龍帝は中々にスケベだとな。それなら、ロスヴァイセをお主の嫁にと思ったまでじゃよ。こやつは見た目だけは良いからの」
それで俺にロスヴァイセさんを嫁にとれってか!?
た、確かにロスヴァイセさんはスタイルが良いし、美人だ。
でも、いきなりすぎるぞ・・・・・・
「ちょ、オーディン様!?」
「よいではないか。赤龍帝はまだ若いが実力はある。サーゼクス達も認めるほどにな。・・・・・・ロスヴァイセよ、このままでは本当に嫁の貰い手がつかなくなるぞい」
「・・・・・・っ!」
爺さんの言葉に固まるロスヴァイセさん。
今のはかなりの衝撃があったらしい。
つーか、まだ嫁とか気にする歳じゃないよね、ロスヴァイセさん。
全然若いよね。
ロスヴァイセさんの肩が震え、次第に激しくなってきた。
そして――――
「余計なお世話ですぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
スパァァァァァァン!!!!!
ロスヴァイセさんが振りかぶったハリセンが爺さんの頭を捉えたのだった。
▽
「ったく、何してんだか・・・・・・」
アザゼル先生が苦笑している。
「ワシは悪くないぞぃ。こやつが人の親切を無下にするから・・・・・」
爺さんがおでこに湿布を張りながら先生に反論する。
まぁ、あれは爺さんが悪いよね。
ロスヴァイセさんも怒るのは当然だ。
・・・・・まぁ、俺からすれば良い話だったような気もしなくはないけどね。
そんなことを思っていると先生が口を開く。
「爺さんが日本にいる間、俺達で護衛することになっている。バラキエルは堕天使側のバックアップ要員だ。俺も最近忙しくて、ここにいられるのも限られている。それに今はイッセーも万全の状態じゃないからな。少しの間だがバラキエルがこの町に滞在することになった」
「よろしく頼む」
と、言葉少なめにバラキエルさんがあいさつをする。
「爺さん、来日するのにはちょっと早すぎたんじゃないか?俺が聞いていた日程はもう少し先だったはずだが・・・・・。来日の目的は日本の神々と話しをつけたいからだろう? ミカエルとサーゼクスが仲介で、俺が会議に同席となっていたはずだが?」
アザゼル先生が茶を飲みつつ訊いた。
「まぁ、早めに来たのは理由があっての。実は我が国の内情で少々厄介事・・・・・というよりも厄介なもんにわしのやり方を非難されておってな。事を起こされる前に早めに行動しておこうと思ってのぉ」
爺さんは長い白ひげをさすりながら嘆息していた。
「厄介事って、ヴァン神族にでも狙われたクチか? 頼むから『
先生が皮肉げに笑うが・・・・・・専門用語ばっかりでさっぱり分からん。
「ヴァン神族はどうでもいいんじゃがな・・・・・。ま、この話をしていても仕方ないの。話は変わるが、アザゼル坊。どうも『禍の団』は禁手化できる使い手を増やしているようじゃな。怖いのぉ。あれは稀有な現象と聞いていたんじゃが?」
俺達眷属は皆驚いて顔を見合わせていた。
いきなり、その話になるか。
「ああ、レアだぜ。だが、どっかのバカがてっとり早く、それでいて怖ろしくわかりやすい強引な方法でレアな現象を乱発させようとしているのさ。もういくつか報告が挙がっている」
「それってやっぱり・・・・・・・」
俺の言葉に先生は頷く。
「おまえ達の間でも話し合ったそうだが、それでおおむね合っている。下手な鉄砲でも数打ちゃ当たる作戦だよ。まず、世界中から神器を持つ人間を無理矢理かき集める。ほとんど拉致だ。そして、洗脳。次に強者が集う場所―――超常の存在が住まう重要拠点に神器を持つ者を送る。この町に送ってきているのもそれが理由だ。そして、禁手に至る者が出るまで続ける。至ったら、強制的に魔法陣で帰還させるってな。おまえらが対峙した影使いもおそらくは・・・・・・」
やっぱりあの影使いは禁手になろうとしていたのか・・・・・・。
先生は一度茶を啜り、話しを続ける。
「これらのことはどの勢力も、思いついたとしても実際にはやれはしない。仮に協定を結ぶ前の俺が悪魔と天使の拠点に向かって同じことをすれば批判を受けると共に戦争開始の秒読み段階に発展する。自分達はそれを望んでいなかった。他の勢力だって同じ考えだろうさ。だが、奴らはテロリストだからこそそれが出来る」
なるほど・・・・・・・。
そうなるとマジで厄介な奴らだな。
これからもどんな手を使ってくるか分かったもんじゃない。
「それをやっている連中はどういう者なのですか?」
木場の問いかけに先生が続ける。
「英雄派のメンバーは伝説の勇者や英雄さまの子孫が集まっていらっしゃる。身体能力は天使や悪魔にひけを取らないだろう。さらに神器や伝説の武具を所有。その上、神器が禁手に至っている上に、神をも倒せる力を持つ神滅具だと倍プッシュなんてものじゃすまなくなるわけだ。報告では、英雄派はオーフィスの蛇に手を出さない傾向が強いようだから、底上げにかんしてはまだわからんが・・・・・・・。まぁ、ろくでもない奴等だってことを覚えておいてくれ」
おいおい、英雄や勇者がそんな非人道的なことをしても良いのかよ?
つーか、そいつら「英雄」を名乗ってるけど英雄の意味分かってやってんのか?
「とにかく、禁手使いを増やして何をしでかすか・・・・・それが問題じゃの。事が大きくなる前に潰しておきたいところじゃが・・・・・」
オーディンの爺さんが茶を啜りながら言う。
言ってることは深刻だけど、顔は普段通りだ。
かなりの楽天家だぜ、この爺さん。
「俺も爺さんの意見には同意だが、まだ調査中で分かってないことの方が多い。ここであーだこーだ言っても始まらん」
と、アザゼル先生の言葉で話は終わることになった。
皆も一息ついて、お茶を飲む。
父さんは仕事が残ってる、母さんは夕食の準備があると言って部屋を出ていった。
さてさて、話は終わったし俺は何をしようか・・・・・。
一応、宿題も終わってるから特にすることがないんだよね。
テレビでも見るか・・・・・・
そんなことを考えていると先生が爺さんに尋ねた。
「なあ、爺さん。どこか行きたいところはあるか?」
すると、爺さんはいやらしい顔つきで五指をわしゃわしゃさせた。
「おっぱいパブに行きたいのぉ!」
「ハッハッハッ、流石は主神どのだ! 分かりやすくていい! よっしゃ、いっちょそこまで行きますか! 俺んところの若い娘っこどもがVIP用の店を開いたんだよ。すぐそこだ。そこに爺さんを招待しちゃうぜ!」
「うほほほほほほっ! さっすが、アザゼル坊じゃ! 分かっとるのぉ!」
「ついてこいクソジジィ! おいでませ、和の国日本へ! 着物の帯くるくるするか? 「あ~れ~」ってやってみたいだろう? あれは日本に来たら一度はやっとくべきだぞ!」
「たまらんのー!」
二人の様子に部長も額に手をやって眉をしかめてる。
まぁ、二人ともエロいよね!
エロ首脳陣だ!
二人は盛り上がって、部屋を退室していった。
うーん、俺も行きたかったけど、女性陣の目があるからなぁ。
よし、今度こっそり連れていってもらおう。
▽
オーディンの爺さんとアザゼル先生がおっぱいパブに旅立ってから少し時間が経った時だった。
「朱乃。話し合いをしたいのだ」
兵藤家五階の廊下から話し声が聞こえてきた。
そちらへ足を運んでみると、朱乃さんとバラキエルさんが何やらもめていた。
「気安く名前を呼ばないで」
朱乃さんが不機嫌な表情をしながら言う。
その声音は今までにないくらい冷たいものだった。
「・・・・・赤龍帝と逢い引きをしていたのはどういうことだ?」
おいおい、俺かよ!
俺の話題を出しますか!
盗み聞きするのはどうかと思ったけど、俺の名前が出たとなれば、すごい気になる。
「私の勝手でしょう? なぜ、あなたにとやかく言われなければならないのかしら?」
「噂は聞いている。彼はかなり破廉恥な男だとな。ち、乳龍帝の二つ名があるというではないか」
そんな噂が流れてるんですか!?
どこからそんな!
それに乳龍帝って、アザゼル先生とサーゼクスさんが勝手に決めただけですからね!
そこのところ勘違いしないで!
・・・・・破廉恥ってのは間違っちゃいないけど。
エロエロだし。
『ふ、ふふふふ・・・・・・・もうあちこちで乳龍帝の名が・・・・・・。この世界で生きていく場所は俺には無いというのか・・・・・・・』
ドライグゥゥゥゥゥゥ!!!
気をしっかり持て!
傷は浅いぞ!?
『・・・・・いや、俺はもう、ダメだ・・・・・・・・ガクッ』
うわぁぁぁぁぁぁ!!!
ド、ドライグがぁぁぁぁああああ!!
「私は心配なのだ。おまえが・・・・・・卑猥な目にあっているのではないかと」
うーん、やっぱりどう見ても悪い人には見えないんだよなぁ。
いかにも父親って感じの心配の仕方だし。
心の底から朱乃さんの身を案じているみたいだ。
「彼を悪く言わないで。イッセー君は・・・・・確かにスケベだけれど、優しくて頼りがいのある人だわ。私達をいつも助けてくれる、守ってくれる。・・・・・・彼のことを知らないくせに噂だけで判断するなんて、最低だわ」
「私は父として―――」
そこまで言いかけたバラキエルさんに朱乃さんは目を見開いて言い放った。
「父親顔しないでよっ! 母さまを見殺しにしたあなたを私は許さない!」
・・・・・・・母さまを見殺し?
どういうことだよ?
「・・・・・・・」
バラキエルさんはその一言に黙ってしまう。
と、物陰に隠れていた俺と朱乃さんの視線がふいにあってしまう。
「イッセーくん・・・・・聞いていたの?」
あちゃー、やってしまった。
朱乃さんが言ってたことについて考えていたからうっかりしてたぜ。
まぁ、ここは素直に謝ろう。
俺が出ていくと、バラキエルさんは激怒した。
「ぬっ! 男が盗み聞きなど! 破廉恥な! やはり、娘に卑猥なことをしているのか! そうはさせんぞ! あ、逢い引きなど認めん!!」
うおおおおおおい!?
なんか、訳の分からん怒り方してるよ、この人!
盗み聞きと朱乃さんに卑猥なことするのは全く関係ないじゃん!
・・・・・・卑猥なことをしたことも、されたことも覚えはあるが、それを言ってしまえば余計に話が拗れるから黙っておこう。
バチッ! バチッ!
バラキエルさんが雷光を光らせてる!?
ちょっとは人の話を聞こうよ!
バッ
朱乃さんが俺とバラキエルさんの間に入り、俺を庇うように抱き締めた。
「彼に酷いことをしないで。私には彼が必要なのよ・・・・・。だから、ここから消えて! あなたなんて私の父親じゃない!」
・・・・・・朱乃さんの叫び。
それを聞いて、バラキエルさんは雷光を止め、瞑目する。
「・・・・・すまん」
それだけを言って、この場を去ってしまった。
あれほどガタイのいい人の背中がとても小さく、そして寂しそうに見えた。
俺をぎゅっと抱き締める朱乃さん。
そして、震える声で言った。
「お願い。何も言わず・・・・・・・このままでいて。・・・・・・お願い、イッセー」
・・・・・・朱乃さんとバラキエルさんの間に何があったのかなんて俺には分からないし、俺に何が出来るのかなんて分からない。
それでもどうにかしてあげたいと思う。
――――別れなんてのは突然訪れることだってあるのだから。
会いたくてももう二度と会うことが出来ない。
話したくても声を聞きたくても、それが叶うことがない。
俺はその悲しみや辛さを知っている。
だからこそ、そうなる前に二人には――――