次の日、俺は部長に言われて、とある神社を訪れていた。
うーん、神社って俺たち悪魔にとって完全にアウェーだから、入るのに躊躇いを持ってしまうなんだが。
頭痛とかしそうだし。
つーか、入っても大丈夫なの?
以前、部長から入ってはいけない建物の一つとして説明を受けたけど………。
すると、鳥居の前に人影が見えた。
「いらっしゃい、イッセー君」
「朱乃さんも来てたんですね」
そこにいたのは巫女衣装を着た朱乃さんだった!
うんうん、よく似合ってる!
朱乃さんが巫女服を着るとまさに大和撫子って感じだな!
「朱乃さん、巫女服が凄く似合ってます!」
「うふふ、ありがとうございます」
「そういえば、朱乃さんは部長と一緒じゃなくて良いんですか? 会談の打ち合わせがあるのでは?」
「あちらはグレイフィアさまがいますし、今日の打ち合わせは最後の確認みたいなものなので、私が抜けても大丈夫ですわ。それよりも私はある方をお迎えしなければならないので」
ある方?
誰か来るのか?
それより、俺は鳥居をくぐっても良いのか?
ダメージを受けそうで怖いんですけど………。
「ここは裏で特別な約定が執り行われているので、悪魔でも入ることはできます」
そうなのか。
朱乃さんがそう言うのならそうなのだろう。
俺は鳥居をくぐって………あ、マジで大丈夫だ。
眼前に立派な神社の本殿が建っている。
少し古さを感じるけど、手入れされてるのか壊れている様子はない。
「朱乃さんはここに住んでいるんですか?」
「ええ。先代の神主が亡くなった後、無人になったこの神社をリアスが私のために確保してくれたです」
「なるほど」
俺が朱乃さんの解説を聞いて納得していると、気配を感じた。
「あなたが赤龍帝ですか?」
見上げると、そこには端正な顔立ちをした青年がいた。
ただ、その青年は豪華な白いローブを身に纏い、頭部に天輪を浮かばしていた。
そして、背には十二枚の黄金の翼。
このオーラ、相当の実力者だな。
「はじめまして赤龍帝、兵藤一誠君。私はミカエル。天使の長をしている者です」
かなりの大物だった。
▽
俺と朱乃さん、そしてミカエルさんは今、本殿にいる。
神がいない現在、天界側を仕切っているのがこのミカエルさんだったはずだ。
まさか、天界側のトップが俺に会いに来るとは………。
「まず、あなたにはお礼を言わなければなりませんね。先日のコカビエルの一件。本当にご苦労様でした」
「いえ、あれは俺だけの力じゃありません。あの場にいた全員の力です」
俺がそう答えるとミカエルさんは優しげな笑みを浮かべた。
「それよりも一つ聞いても良いですか?」
「私に応えられることなら何でも答えましょう」
「なぜアーシアを追放したんですか?」
ずっと気になっていたんだ。
あれほど優しく、神を信じていたアーシアをなぜ追放したのか。
悪魔を癒したからって、なにも追放することはなかったはずだ。
だからこそ、今この場でその理由を聞いておきたかった。
「神が消滅した後、加護と慈悲と奇跡を司る『システム』だけが残りました」
「『システム』?」
「はい。『システム』とは神が行っていた奇跡などを起こすための物です。例えば、悪魔祓いや十字架などの聖具の効果、これらは『システム』があるからこそ作用します。………ですが、『システム』を神以外が扱うのは困難を極めます」
「つまり、神がいなくなって、その『システム』が上手く機能しなくなった、ですか?」
俺の言葉にミカエルさんは静かに頷く。
「現在は私を中心に
「じゃあ、アーシアを追放したのは………」
「ええ、あなたが察した通りです。アーシア・アルジェントのもつ聖母の微笑は悪魔をも癒します。信徒の中に悪魔や堕天使を回復できる者がいると周囲に知られれば、信仰に影響を与えます。信仰は我ら天界に住まう者の源。信仰に悪影響を与える要素は極力排除するしかありませんでした」
アーシアが追放された背景にはそういう理由があったのか。
ということは、
「アーシアだけでなくゼノヴィアも追放したのは、もしかして?」
「神の不在を知ってしまった彼女も異端とするしかなかったのです。私の力不足で彼女達には辛い目にあわせてしまいました。本当に申し訳なく思っています」
瞑目し、悔しそうにするミカエルさん。
この人も天界のトップとしての苦渋の決断だったんだな。
「理由は分かりました。その想いをあの二人に伝えてやってくれますか?」
「もちろん。直接、アーシア・アルジェントそしてゼノヴィアに謝罪するつもりでしたので」
「ありがとうございます、ミカエルさん」
▽
「では、今日の本題に入りましょう。あなたを呼び出したのはこれを授けるためです」
ミカエルさんの掌から光が発せられる。
その光を浴びていると、身体中がピリピリするんだが………。
光が止み、そこに現れたのは一本の剣。
エクスカリバーやデュランダルと似たようなオーラを感じる。
これは………聖剣か?
「これはゲオルギウス――聖ジョージが龍を退治するときに使った
ゲオルギウスやら聖ジョージとか言われてもさっぱり分からん。
つーか、ドラゴン・スレイヤーって何?
名前からして物騒なんだけど………。
『龍殺しとはドラゴンを始末する者や武器の総称だ』
おいおい、じゃあ俺もターゲットに含まれるじゃん!
聖剣で龍殺しとか悪魔でドラゴンの俺にとっては超危険な代物じゃねえか!
クリティカルヒットだよ!
「特殊儀礼を施してあるので、あなたでも扱えるはずですよ」
あ、俺も使えるんだ。
本当に大丈夫なのか?
「でも、どうして俺に?」
これってかなり貴重なものなんじゃないのか?
俺は天使にとって敵である悪魔だ。
敵にこんなものを渡してしまっても良いのだろうか?
「大戦後、大きな争いは無くなりましたが、ご存じのように三大勢力の間で小規模な鍔迫り合いがいまだに続いています。この状態が続けばいずれ皆滅ぶ。いえ、その前に横合いから他の勢力が攻め込んで来るかもしれません」
他の勢力っていうと、ギリシャ神話とか日本神話とかだっけ?
ドライグが俺の疑問に答える。
『そうだ。それ以外にも数多くの神話体系がこの世界に存在する。通常は自分達の領域から出ることはないんだが、聖書の神が消失したことで他がどう動くか分からない。聖書の神の不在を三大勢力が秘匿するのは頷ける話なんだ』
うーん、知らないことだらけだ。
やっぱ勉強しないとなぁ。
「過去の大戦の時、三大勢力が手を取り合ったことがありました。赤と白の龍が戦場をかき乱した時です。あの時のように再び手を取り合うことを願って、あなたに―――赤龍帝に言わば願をかけたのですよ」
なるほど。
ミカエルさんの言いたいことは分かった。
俺がこれを受けとることで、三大勢力が手を取り合えると言うのなら、喜んで受け取ろう。
それに―――現在所有しているあの剣は今の俺では制御しきれてないからな。
使える武器が増えることは俺にとってはありがたい。
「分かりました。ありがたく頂くことにします」
「では、赤龍帝の籠手を出して同化させてみてください」
同化?
そんなことが出来るのか?
『まぁな。相棒も知っての通り、神器は想いに答える。相棒が望めば不可能ではないさ』
ドライグがそう言うのなら出きるのだろう。
俺は籠手を展開して宙に漂う聖剣を左手に取る。
『相棒、アスカロンを神器の波動に合わせてみろ』
了解だ。
俺は意識を集中させ、神器と聖剣の波動を合わせる。
聖なるオーラが流れ込んできて嫌な感じがしたけど、それも徐々に馴染んでいく。
そして、赤い閃光を発すると、籠手の先端からアスカロンの刃が生えていた。
どうやら、上手くいったらしい。
それを確認するとミカエルさんは微笑む。
「上手くいって良かったです。私はそろそろ行かねばならないのでここで失礼します。アーシア・アルジェントとゼノヴィアには必ず償いを果たしましょう。それでは、会談の時に」
そう言うとミカエルさんの体を光が包み込み、一瞬の閃光の後、ミカエルさんの姿は消えていた。
▽
「お茶ですわ」
「ありがとうございます、朱乃さん」
ミカエルさんが去った後、俺は朱乃さんが生活しているという境内の家で一息ついていた。
朱乃さんが入れてくれたお茶は美味しいな。
少し苦味があるけど、茶菓子とよく合う。
「それにしても驚きましたわ。あのミカエルさまを前にして臆せず堂々としているんですもの」
「ははは」
よくよく考えたら俺みたいな一端の悪魔が天界側のトップと話せるなんて普通は無いんだろうなぁ。
俺、失礼なこと言わなかったかな?
「朱乃さんはミカエルさんとアスカロンを?」
「はい、この神社でアスカロンの仕様変更術式を行っていたのです」
なんか、部長も朱乃さんも大変だな。
三大勢力のトップ会談の打ち合わせだのなんだので、あっちこっちで仕事をこなしてる。
俺にはそういうのは向いてなさそうだ。
俺が出来るのは戦ったり、皆の修行を見たりするくらいだもんな。
ここで俺はあることを思い出す。
コカビエルが言ってたことが気になってたんだ。
「あの、ひとつ聞いても良いですか?」
「なんでしょう?」
「この間の戦いの時、コカビエルが言ってましたよね。朱乃さんが堕天使の幹部の………?」
俺の問いに朱乃さんは表情を曇らせる。
「………そうよ。私は堕天使幹部のバラキエルと人間の間に生まれた者です」
やっぱり、そうなんだな。
朱乃さんは話を続けてくれた。
「母はとある神社の娘でした。ある日、傷つき倒れていたバラキエルを助け、その時の縁で私を身に宿したと聞いています」
暗い表情の朱乃さん。
それほどに辛い過去なのか?
コカビエルがバラキエルという名を出したときと朱乃さんは明らかに怒りを表していたからな。
一体、お父さんとの間に何があったというのだろう?
すると、朱乃さんは巫女服の上を脱いだ。
そして、朱乃さんの背中から現れたのは悪魔の翼と堕天使の黒い翼。
「見ての通り、私は悪魔の翼と堕天使の翼、その両方を持っています。汚れた翼。これが嫌で私はリアスと出会い、悪魔となったの。でも、その結果、生まれたのは堕天使と悪魔の翼を持ったおぞましい生き物。ふふ、この身に汚れた血を持つ私にはお似合いかもしれません」
そう言って自嘲する朱乃さん。
「こんな悪魔だか堕天使だか分からないような汚らわしい私は本来、いても良い存在じゃないのよ………」
それを聞いた俺は―――――机を叩き、立ち上がった。
「そんなこと言わないでください。朱乃さんが汚れてる? おぞましい生き物? 俺には朱乃さんがそんな風には見えません」
「い、イッセー君………?」
驚く朱乃さんを無視して、朱乃さんの両肩を掴む。
「朱乃さんは朱乃さんです。朱乃さんが誰の血を引いていようとも、どんな存在であっても、そんなもんは関係ない! 俺にとって朱乃さんは優しい先輩で、大切な仲間です! だから、そんなことを言わないでくださいよ………!」
息を荒くする俺は朱乃さんの眼を真っ直ぐに見る。
「………イッセー君」
俺は朱乃さんの声で我に返る。
慌てて、手を離しその場に土下座した。
「す、すすす、すいません、朱乃さん! 生意気なことを言ってしまって!」
俺のバカヤロウ!
なにやらかしてんだよ!
元々、俺が朱乃さんに聞いたことじゃねぇか!
どうしよう、朱乃さんから返事が返ってこない。
恐る恐る、顔を上げると朱乃さんは―――泣いていた。
し、しまったぁぁぁぁぁ!!
俺、女の子泣かしてしまった!
俺は頭を畳にめり込むまで頭を下げる。
「す、すいません! ごめんなさい!」
「イッセー君」
「は、はい!」
「さっきの言葉は………」
「え、えっと、俺の想いを分かってほしくて、つい」
この気持ちは本当だ。
朱乃さんにこれ以上、自分のことを責めてほしくなかった。
でも、もう少し言い方があっただろ。
すると、俺の頬に朱乃さんの手が添えられる。
「イッセー君、顔を上げてください」
朱乃さんにそう言われて、俺は上体を起こし朱乃さんと向かい合う。
すると、朱乃さんが俺の方に顔を近づけてきて、そのまま抱きついてきた!?
「あ、朱乃さん?」
「ありがとう………イッセー君。私を認めてくれて」
「認めるもなにも、俺にとって朱乃さんは最初から大切な存在ですよ」
「………! そんなこと言われたら、本気になっちゃうじゃない」
本気?
なんのことやら………。
反応に困る俺の耳許で囁く。
「ねぇ、イッセー君。二人きりの時は『朱乃』って呼んでくれる?」
「え? せ、先輩にそれは失礼なんじゃ………」
「………ダメ?」
はう!
そ、そんな潤んだ瞳で懇願されたら俺は………!
「あ、朱乃………?」
「うれしい、イッセー!」
朱乃さんがさらに俺を抱き締めてくる。
ヤバい。
今の朱乃さん、超可愛かった………!
いつものお姉さまキャラじゃなくて、普通の女の子になっていた。
つーか、朱乃さんの胸がさっきから押し付けられてる!
やわらかい!
今の朱乃さんは上は裸みたいな状態だから、直で当たってるよ!
そして、次に待っていたのはなんと朱乃さんの膝枕!
感無量だぜ!
朱乃さんが俺の頭を撫でてくれる。
いつもは俺が美羽やアーシアの頭を撫でているから新鮮な感覚だ。
気持ちいい………。
朱乃さんの太股と手の感触が最高に気持ちいい。
あ、少しうとうとしてきた。
「イッセー君、気持ちいいですか?」
「はい、最高です。気持ちよすぎて、何だか眠気が………」
「あらあら、良いのですよ? 私の膝でお休みになってくれても」
徐々に目蓋が重くなり、俺はそのまま眠ってしまった。
▽
この後、部長に俺が朱乃さんの膝の上で眠っているところを目撃された。
そして、一波乱起きたのはまた別の話………