空間の構造を利用した瞬間移動………。
そんな厄介な技を持っているとはな。
しかも、アセムは座標さえ分かっていれば、何処にでも行けると言った。
つまり、それは好きな場所に好きなタイミングで移動できるということ。
逃げようと思えば、いつでも逃げられる。
………まぁ、アセムの野郎が逃げるとは思えないけど。
「このドチートめ。チートなのはうちのおっさんだけで十分だっての」
俺は立ち上がると服を叩いて砂を落とした。
埋もれた場所が砂漠だったから、全身じゃりじゃりするぞ………。
俺の悪態にアセムは頬をポリポリかきながら言う。
「いやぁ、人の身であれだけの力を持っていた剣聖と比べられるのはねぇ。僕からすれば、あっちの方がずっと反則級だよ。というか、君自身もそれだけの力を持っておいて、人のこと良く言えたものだよ、チート君」
「いや、おまえの方がチートだろ」
「いやいや、君の方がチートだよ」
「いやいやいや、おまえの方がチートだ」
「いやいやいやいや、君の方が」
『おまえ達、本当は仲良いだろ』
うるさいよ、ドライグ。
どっちの味方なんだよ、おまえは。
『今のに関してはどっちでもないな。俺からすれば、どちらも同じだ』
「だよねー、さっすがドライグ君! わかってるぅ!」
『そのノリやめろ。どこぞの女神を思い出す』
ドライグが少し不機嫌な声音でそう返すと―――――
『んー? どこぞの女神って誰のことかしらー?』
『ちょ、ちょっと待て! 貴様、何をして………』
『ウフフ♪ 久し振りにドライグ君を縛っちゃおうかな☆』
『ギャァァァァァッ! ヤ、ヤメロオォォォォォッ!』
この駄女神ぃぃぃぃぃ!
出てきて早々何してんだぁぁぁぁぁぁ!
今、最終決戦なんだよ!?
そこのところ分かってんのか!?
ツッコミを入れていると、別の人の声が聞こえてきて、
『ドライグ! しっかりして、ドライグ!』
『なんと言うことだ………! ドライグが………ドライグがぁぁぁぁぁぁ!』
エルシャさん!?
ベルザードさん!?
超久し振りに出てきましたけど、何があったんですか!?
ドライグの身に一体何が起きたと言うんですか!?
『『ドライグ………その面白すぎる姿は忘れない………ブフッ』』
おいいいいいいいいいいい!
笑ったよ、この人達!
面白すぎる姿ってなに!?
どんな姿になったんだ、ドライグは!?
もう嫌だ、この人達!
完全にイグニス側だもの!
全力でシリアスを壊しにきてるもの!
『『我らイグニス教徒、三分以上のシリアスには着いていけない』』
なにそれ!?
なにトラマン!?
せめて、その三分で地球を救ってくれよ!
今のところ、なにもしてないじゃん!
『あっ、ベルザードさん! 今月のイグニス教の飲み会のことなんですけど』
んんっ!?
今なんて言った!?
イグニス教の飲み会!?
歴代赤龍帝達の間でそんなことが行われているの!?
『え~、それでは今月もイグニス教の繁栄を願って………
『『『
ちょ………え?
なんで………なんで、もう宴会始まってんだぁぁぁぁぁぁ!
今の宴会の相談じゃないの!?
アレですか、『いつやるの、今でしょ!』的なノリなんですか!?
それにしても早すぎない!?
というか、乾杯の音頭が『おっぱい』だったぞ!?
ああっ、なんか滅茶苦茶がやがやしてる!
完全に宴会モードに入ってる!
「せめて戦いが終わってからにしてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
俺は天を仰いだ。
アセムのことなど忘れて。
世界の危機?
いえ、それよりも俺が危機です。
歴代の先輩達が駄女神に染まりきって、シリアスを壊してきます。
ドライグも駄女神に捕まりました。
なんか、面白すぎる姿になったそうです。
誰か助けてください。
「アハハハハハハ! ブフッ! わ、笑いすぎて、お、お腹が………ゲホッゲホッ! オエッ!」
アセムも爆笑しだしました。
腹抱えて、涙流してます。
笑いすぎて吐きそうになってます。
隙だらけなんで、殴って良いでしょうか?
俺は内から聞こえてくる宴会の音と、外からくる嗚咽の混じった笑い声に涙した。
▽
「いやぁ、笑った笑った。やっぱり君は最高のシリアスブレイカーだと思うよ」
「やかましい! つーか、今のは俺なのか!? 俺が悪いのか!?」
「だって、シリアスが崩壊する時って大概、君がいるじゃん。ボケにしろツッコミにしろ。ドラゴンは力を呼ぶと言うけど、君の場合はボケを呼ぶドラゴンなんじゃないかと、本気で思い始めてる」
ボ、ボケを呼ぶドラゴン………。
否定できない自分が辛い。
そこに関してはアセムの言うことに頷いても良いと思えてしまう。
………悲しいことに。
つーか、ボケる側にはおまえも混じってるからな!?
そこを忘れないでほしいな、この悪神様は!
俺は深く息を吐くと、こちらを見下ろすアセムにもう一度目を向けた。
………さて、どうしたものかな。
ドライグが言ってくる。
『ふざけた神ではあるが、本物だ。まだアレも出していないしな』
アレ………あの黒い籠手のことか。
本気を出すといいながら、アセムの野郎はまだあの籠手を使用していない。
それなのにこの強さなんだから嫌になる。
といっても、さっき食らったエネルギー弾、見た目の割りにはダメージが少ない。
以前の俺が食らっていたらアウトだっただろうが、今の俺はあれくらいの攻撃なら問題ないようだ。
俺が構えを取るとアセムは笑む。
「まだやるかい?」
「当たり前だ。まだ何も終わってねぇよ」
互いの殺気がぶつかり合う。
そして―――――俺達は一斉に前に出た!
突き出した拳と拳が衝突し、空間に亀裂が入る。
すると、アセムは反対の手を天に翳して、
「ここから先は魔法も着けようか!」
魔法陣を展開し始めた。
それも一つや二つじゃない。
何千、何万という恐ろしい単位でだ。
俺と格闘戦をしながら、これだけの魔法を………!
俺は瞬時にその場から飛び退くと、全力で砂漠を駆けた。
コンマ数秒後、俺がいた場所は無数の魔法によって蹂躙。
更に走る俺を追いかけるように攻撃魔法の雨が降り注いでくる!
「こっちに反撃の隙を与えないつもりかよ? そっちがそのつもりなら―――――」
忍者のような低姿勢で走り続ける俺は掌を地面に向けた。
掌に気弾を作り出すと、圧縮に圧縮を重ね、有り余る力を注いでいく。
そうして出来たのはバレーボールサイズの気の塊だ。
完成した気弾をアセム目掛けて投げた。
無数の魔法が降る空中で気弾が膨張し始め―――――盛大に炸裂した!
爆発した気弾は広範囲を呑み込み、発動していた魔法はもちろん、発動前の魔法陣をも破壊し尽くしていった!
「まだまだァッ!」
今のと同じ気弾を左右の手で作り出し、連続で放つ。
放った分だけ、空中で大爆発が起こり、一帯を激しく揺らす。
普通ならこいつで終わっていてもおかしくないが………。
「残念ながら、ノーダメージなんだよね!」
煙の中から禍々しいオーラを纏ったアセムが現れる!
この野郎、傷ひとつついてねぇ!
拳を振りかぶるアセムを迎え撃とうとする俺。
だが、あと僅かの距離でアセムの姿が消えた!
俺の目でも追えない動き………瞬間移動か!
「横ががら空きだよ!」
右から現れる気配。
フルスイングの蹴りが俺の腹にめり込む!
凄まじい衝撃が体の内側を駆け抜けた!
「ぐっ………! このやろ………ッ!」
すぐに反撃に出るが、俺の攻撃は虚しく空を切ってしまう。
また瞬間移動………!
アセムのやつ、連続で使えるのか!
「ほらほら、こっちこっち!」
次は背後、その次は左、その次は上。
あらゆる場所、あらゆる距離でアセムが現れ、拳や蹴り、エネルギー弾を放って、俺にダメージを与えてくる。
曹操と戦った時と状況は似ている。
あいつも禁手の能力の一つで空間転移を繰り返し、こちらを翻弄してきたからな。
あの時は曹操の行動パターンを読んで対応できたけど、今回、俺はアセムの行動パターンを把握できないでいた。
あいつは戦いながら、俺の予測をも読み、上回ってくる。
………そういえば、アセムは俺がアスト・アーデに飛ばされた時からずっと見ていたらしいな。
そうなると、アセムは俺の全てを知っていることになる。
対して俺はアセムのことで知らないことの方が多い。
情報量では圧倒的に不利か………!
「ぐぁっ!」
瞬間移動で眼前に現れたアセムに対応できなかった俺は奴の蹴りを顔面に食らい、吹き飛ばされてしまう。
砂漠の上を何度もバウンドして転がる俺は、勢いが止まったところで、大の字になった。
両手足を広げ、完全に力を抜いた状態。
別に諦めたとか、そういう訳じゃない。
こういう時は一度、脱力して頭の中をクリアにするに限る。
「まさか、ここまで押されるとはな………」
そう呟くとドライグが言ってきた。
『どうするつもりだ、相棒。このままでは一方的だぞ?』
そうなんだよな………ここいらで巻き返さないと色々、厳しいことは分かってる。
格闘術なら互角、攻撃魔法にも何とか対処できる。
問題なのはあの瞬間移動だ。
あれを攻略しないことには………。
「とりあえず、やるだけやってみるか」
そう呟くと、俺は起き上がる。
少し離れたところではアセムが待っていて、
「攻撃しないのかよ」
「しても良かったんだけどね。君が何か考えているようだったから、観察してたのさ」
「余裕かよ」
俺がそう言うと、アセムは苦笑しながら首を横に振った。
「油断できないからだよ。君はあの手この手で攻略しにくるだろうから………ね!」
アセムは再び瞬間移動を使い、その場から姿を消す。
次に現れたのは俺の懐で、鋭い一撃が鳩尾に叩き込まれた!
この身にズンッと響く一撃!
その衝撃の強さに俺は吐血する。
アセムは瞬間移動を使いつつ、徒手空拳と魔法を交えて攻撃してくる。
奴の攻撃に反応できていないから、量子化すら使えない。
俺の攻撃を軽やかに避けたアセムは左の掌に右の拳を合わせる。
掌にオーラが集まっていくのが見えたと思うと、奴はゆっくり右の拳を離していった。
右の拳には左の掌に集まっていたオーラが伸びていて―――――
「鎌………?」
アセムの右手に握られるオーラで形成された巨大な鎌。
形状は死神が使う物に似ており、大きさはアセムの背丈よりも大きい。
アセムが槍を軽く振ると―――――砂漠が真っ二つに割れた。
「これで君の命を刈るとしよう」
アセムからのプレッシャーが膨れ上がる!
次の瞬間、奴は消え―――――気づけば、また俺の目の前に現れていた!
アセムは鎌を振りかぶり、斬りかかってくる。
身を捻り何とか直撃を避けることが出来たが、鎌の刃が顔を掠め、生じた傷から血が流れ出てきた。
「くっ………!」
俺は距離を取ろうとするが、アセムはこちらの動きを読んだように立ち回る。
直撃はせずとも鎌の刃は俺の皮膚を掠め、血を流させる。
大したダメージではないが、追い詰められているという焦燥感が俺の精神力を削っていく。
アセムの変幻自在な攻撃の数々をギリギリのラインで捌いていると、ふいに頭の中を誰かの声が過った。
―――――落ち着け、と。
若い男の声だった。
そいつはここに来る前に話しをした、あいつの声で―――――。
「ったく、大口叩いてこれじゃあ、格好がつかないよな………」
苦笑を浮かべた俺は―――――目を閉じた。
目の前は完全な闇。
何も見えない。
だが、その代わりにあらゆる感覚が研ぎ澄まされていく。
完全な闇の中で一筋の光が走る―――――。
「そこだッ!」
バキィッと鈍い音がこだました。
目を開けると、俺の放った渾身のストレートがアセムの顔を撃ち抜き、アセムは大きく仰け反っていた。
「な、に………?」
突然、命中した俺の攻撃にアセムは驚きつつも、動きを止めない。
瞬間移動で姿を消し、ランダムに姿を見せる。
そして、俺に攻撃しようとして―――――俺の拳がアセムの体を捉えた。
俺の拳はアセムの顎に命中し、奴の体を高く打ち上げる。
俺は不敵に笑みながら言った。
「言っておくが、まぐれじゃないぜ? 周囲の気の流れを読むのは錬環勁気功の得意分野だ。おまえの瞬間移動は確かに凄いが、消えて現れるときに、その場の気の流れが僅かに変わる。そこを狙わせてもらった」
奴の瞬間移動は空間構造を利用したもの。
つまり、元あるものを弄るわけだ。
そうなると、確実に周囲に歪みが生じる。
アセムは血を拭いながら言う。
「なるほど………。だけど、僕もそれは分かっていたさ。これくらいの変化なら捉えられないだろうと踏んでね」
アセムの言う通り、瞬間移動で生じる歪みなんて微々たるものだ。
それも一瞬の出来事。
気づく方がおかしいとも言える。
だが―――――。
「俺の師匠を誰だと思ってやがる? 武術の神、拳神グランセイズだぞ? これくらいやってのけないと師匠にどやされちまう」
俺の師、拳神グランセイズは最古参の神の一人。
その神が何百年、何千年、今に至るまで研き続けてきたのが錬環勁気功神をも降すとされる総合格闘術だ。
俺は師匠から全てを叩き込まれた。
技術も、その真髄も―――――。
「守りたいものが多いんでな、俺は負けねぇよ。続きをしようぜ、アセム。ここからは反撃タイムだ」
~あとがきミニストーリー~
イグニス「イッセー、あなたの更なる可能性の扉を開く時が来たわ」
イッセー「そうだな。………俺はまだまだ先へ進む。今を超えて、更に向こうへ」
イグニス「今のあなたなら分かるはずよ。共に叫びましょう! あなたの求めるものを! ずっと心の奥にあるものを!」
イッセー「見せてやるよ、俺の新たな力を、更なる可能性をな! 来い! 俺の―――――」
イッセー&イグニス「「
ドライグ『シスコンが悪化しただけだろうがぁぁぁぁぁぁッ!』