授業参観の翌日の放課後。
今は俺達オカ研メンバーは部長に連れられて旧校舎の一角にある『開かずの教室』と言われている扉の前にいる。
『KEEP OUT』のテープが幾重にも貼られており、呪術的な刻印も刻まれている。
「ここに部長のもう一人の『僧侶』が?」
「ええ。その子の能力が強すぎるため私では扱いきれないと考えたお兄様の指示で、ここに封印しているの」
前々から何かあるとは思っていたけど、ここに人がいることに俺は今まで気がつかなかった。
普通、壁を隔てても人の気を感じるから分かるはずなんだけど、何か特殊な術式なのか?
それにしても、部長の手に余るほどの能力か。
どんな能力なのか凄く気になる。
「ただ、ライザーの件やコカビエルの件を通して、そろそろ良いだろうと、昨日お兄様から言われたの。まぁ、解決したのは全てイッセーや皆のお蔭なのだけれど」
「そんなことは無いですよ。部長だって強くなろうと努力してきたじゃないですか。これはその結果ですよ。なぁ、皆」
俺の言葉に全員が頷く。
そうさ、部長の努力はここにいる皆が認めてる。
事実、部長の実力は俺と出会ったころよりもかなり上がっている。
サーゼクスさんもそれが分かったからこそ、もう一人の僧侶の使用を認めたのだろう。
「ありがとう、皆。じゃあ、扉を開けるわ」
部長が手をかざすと、扉に刻まれていた呪術的な刻印も消え去った。
中の人の気を感じる。
今の術式が気を遮断してたのか。
俺がそんなことを考えていると部長が扉を開く。
すると―――――。
「イヤァァァァァアアアアアアッ!!」
とんでもない絶叫が中から聞こえてきた!
「な、なんだぁ!?」
これには俺だけでなく、アーシアと美羽、そしてゼノヴィアまで驚いていた。
部長はというと、ため息をつき、朱乃さんと中に入っていった。
『ごきげんよう。元気そうで良かったわ』
『な、な、何事なんですかぁぁぁ!?』
中から部長達のやり取りが聞こえてくる。
何事ですか、ってそれは俺達のセリフだと思う。
狼狽しすぎだろう。
『あらあら。封印が解けたのですよ? もうお外に出られるのです。さぁ、私達と一緒にここを出ましょう?』
いたわりを感じられる朱乃さんの声。
『いやですぅぅぅ! ここがいいですぅぅぅ! お外怖いぃぃぃぃ!!』
おいおい、マジかよ。
朱乃さんの優しい声を聞いても出てこないとか重症レベルの引きこもりだ。
いったいどんなやつだよ?
気になった俺は部屋に入り、中を見渡した。
中は薄暗いが、可愛らしく装飾されている。
ぬいぐるみとかもあった。
異様な点と言えば部屋の隅にある棺桶。
………なぜに棺桶?
俺は部長達の方に視線を移す。
そこにいたのは金髪と赤い相貌をした人形みたいな美少女だった。
そう、見た目だけは。
「部長、確認しますけど………その子、男ですよね?」
「あら、良く分かったわね」
部長が感心するように答える。
新たな事実に再び驚く、アーシア、美羽、ゼノヴィア。
………やっぱりか。
出来れば間違いであってほしかった。
確かに見た目は凄い美少女だ。
昔の俺ならテンションが上がっていただろう。
アーシアとのダブル金髪美少女だと。
だけど、この子から感じ取れる気は男性特有のものだった。
だから、見た瞬間に俺は愕然とした。
そして今、俺の中には一つの疑問が渦巻いている。
「なんで、引きこもりが女装してるんだよ!?」
おっと、思わず声に出してしまった。
でも、それだけ疑問だったんだ。
今のはしょうがない。
「だ、だって女の子の服の方が可愛いんだもん」
「もん、とか言うなぁぁぁぁ!」
俺の夢を返せぇぇぇぇ!
俺はな、アーシアとおまえのダブル金髪美少女僧侶を一瞬とはいえ、想像しちまったんだぞぉぉぉ!
「人の夢と書いて、儚い」
「うまい! けど、シャレにならんから、止めてくれ小猫ちゃん! つーか、さりげに俺の心を読まないで!」
何てこった………目で見るものと感じる気が一致しない事態が起こってしまった。
こんなこと初めてだぞ。
部長が女装男子の頭を撫でながら言う。
「この子の名前はギャスパー・ヴラディ。私のもう一人の僧侶よ。そして、元人間と吸血鬼のハーフなの」
「吸血鬼………ってヴァンパイアァァァ!?」
その時、女装男子、ギャスパーの口から小さな牙が見えた。
▽
「ギャスパー。お願いだから、私達と一緒に外へ出ましょう。ね?」
部長が小さな子供をなだめるようにしゃがんで言うが、ギャスパーは激しく首を横に振る。
「いやですぅぅぅ!」
そこまで嫌か!?
ウソだろ!?
朱乃さんに続き、部長まで拒否するなんて、俺からしたらマジであり得ねぇ!
ほれ、見ろ!
部長も困った表情をしてるじゃないか!
「なぁ、ギャスパー。外に出るのがそんなに嫌か?」
「は、はいぃぃぃ。え、えっと、あなたは?」
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は兵藤一誠だ。部長の兵士をやってる。よろしくな」
「僧侶のアーシア・アルジェントです。よろしくお願いします」
「騎士のゼノヴィアだ」
アーシアとゼノヴィアも俺に続いて自己紹介をした。
すると、ギャスパーの視線は美羽へと移る。
「あ、ボクは兵藤一誠の妹の美羽だよ。よろしくね、ギャスパー君」
「よ、よろしくお願いしますぅ」
さて、自己紹介が終わったところで話を戻すか。
「それで、さっきの話の続きなんだけど、そんなに外が怖いのか?」
「お外怖いですぅぅぅ!! 僕はずっとここにいたいですぅぅ!!」
こいつ、どんだけ外が嫌なんだよ。
いや、この怖がり方は正直異常だ。
過去に何かあったのか?
まぁ、何にしてもギャスパーを外に連れ出してみないと始まらないしなぁ。
少々強引にいくとするかね?
「大丈夫だって。俺達もいるし、心配ないって」
俺はギャスパーの肩に手を置く。
――――次の瞬間、この部屋の時間が止まった。
周囲は時間が止まったようにモノクロの風景となり、俺と美羽、部長以外の動きが完全に停止させられた。
部屋にあった時計の針も止まっている。
俺と美羽は視線を合わせると頷き合う。
恐らくこれがギャスパーの能力なのだろう。
時間停止の類か。
確かに使い方次第では危険な能力だな。
だけど、この三人だけが動けるのはなんでだ?
すると、部長が解説してくれる。
「やっぱり、二人にはこの子の能力は効かないみたいね。この子はイッセーと同じ神器持ちよ。―――
なるほどな、だから俺達は動けるのか。
すると、停止の効果がきれたのか部屋の様子が元に戻った。
「おかしいです。何か今………」
「ああ、何かされたのは確かだね」
停止が解けたアーシアとゼノヴィアは驚いているが、朱乃さんと木場、小猫ちゃんはため息をつくだけだった。
三人は知ってたわけだ。
「怒らないで! 怒らないで! ぶたないでくださぁぁぁぁいっ!」
当のギャスパーはというと、部屋の隅っこで泣き叫んでいた。
「いやいや、ぶったりしないから、落ち着けよ」
「………ほ、本当ですか?」
「ああ。時間を止められたくらいでぶつかよ。特に何かをされたわけでもないしな」
まぁ、俺は止められてないけどさ。
でも、ギャスパーが封印されていた訳が何となくだけど分かった。
こいつは自分の神器を制御出来ていない。
感情が高ぶると発動させてしまうようだ。
このままでは色々と危ないだろうな。
「それでね、イッセーにお願いがあるの」
「どうしたんですか?」
「私と朱乃はこれから会談の打ち合わせに行かないといけないの。だから、私が戻ってくるまでギャスパーのことを頼めないかしら?」
「了解です、部長」
会談の打ち合わせか。
部長も色々と忙しいんだな。
「あ、それから祐斗も一緒に来てちょうだい。お兄様があなたの禁手について知りたいらしいのよ」
「分かりました。イッセー君、ギャスパー君のこと任せたよ」
「ああ、任せろ」
そう言うと、部長、朱乃さん、木場の三人は魔法陣で転移していった。
さて、任せろとは言ったもののどうしたものか。
鍛えるにしても俺が教えることができるのは主に肉体を使うタイプだ。
実際に部長や朱乃さんはティアや美羽に任せてたしな。
何より問題はこいつの性格だ。
まずは外に出す必要があるしな。
俺が思案してる間にギャスパーは段ボールの中に入ってしまっているし。
「では、イッセー、こいつを鍛えよう。軟弱な男はダメだ。なに、私に任せてくれ。私は幼いころから吸血鬼と相対してきたからな」
段ボールに括り付けられた紐を引っ張りながらデュランダルを肩に担ぐ。
相対って………おまえは吸血鬼退治でもするつもりかよ。
「ヒィィィィッ!せ、せ、聖剣デュランダルの使い手だなんて嫌ですぅぅぅぅ!滅せられるぅぅぅぅぅ!」
「悲鳴をあげるな、ヴァンパイア。なんなら十字架と聖水を用いて、さらにニンニクもぶつけてあげようか?」
「ニンニクはらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
悪魔が悪魔祓いとか………。
おまえもダメージを受けるからね、ゼノヴィア?
君、悪魔になってるからね?
「ねぇ、アレ良いの?」
美羽がゼノヴィアを指差しながら言う。
「美羽の言いたいことは分かる。少し様子を見よう」
「………そうだね」
「はぁ、先行きが不安だ………」
俺は小さくそう呟いた。
▽
「ほら、走れ! 逃げなければデュランダルの餌食になるぞ!」
「ひぃぃぃぃぃぃ! デュランダルを振り回しながら追いかけてこないでぇぇぇぇ! ハントされるぅぅぅ!!」
夕方に差しかかった時間帯、旧校舎の前でギャスパーがデュランダルを振り回すゼノヴィアに追い回されていた。
「ゼノヴィアさん、生き生きしてますね」
「アーシアもそう思う?」
「はい。ゼノヴィアさんの目がいつもより輝いてます」
ゼノヴィア………おまえ、日頃のストレスをここで解消しようとしてないかい?
「そういえば、ギャスパーは吸血鬼だろ? 太陽の光に当たっても大丈夫なのか?」
俺のこの疑問には小猫ちゃんが答えてくれた。
「ギャー君はデイウォーカーと呼ばれる特殊な吸血鬼なので、日の光に当たっても行動は出来ます」
「へぇ」
吸血鬼にも色々いるんだな。
おっと、ついにギャスパーがダウンしたぞ。
「うぅ~。もうダメですぅ~! もう動けないですぅぅ!」
地面に座り込むギャスパー。
見た目通りの軟弱ぶりだな。
「ギャー君、大丈夫?」
「うぅ、小猫ちゃん………」
「疲れた体にはニンニクが良いよ」
「に、ニンニクぅぅぅ!?」
おお、ギャスパーが逃げ出したぞ。
まだ動けるじゃないか。
つーか、小猫ちゃんまでギャスパーを虐めだしたよ。
ニンニク持ってギャスパーを追いかけだしたぞ。
しかも、笑顔で。
中々レアな光景かもしれない。
と、ここへ一人の気配が近づいてきた。
「おー、やってるなオカ研」
「おっ、匙じゃん」
「よー、兵藤。解禁された引きこもりの眷属を見に来たぜ」
「ずいぶん耳が早いな」
「会長から聞いたんだよ。それで、その眷属は?」
「あぁ、それなら今、ゼノヴィアと小猫ちゃんに追い回されてるぜ」
「おお! 金髪美少女か!」
嬉しそうな、匙だ。
まぁ、普通の反応だよね。
「女装野郎だけどな」
それを聞き、匙は地に両手を着き、ガックリと項垂れる。
心底落胆しているようだ。
「ウソだろ………そんなの詐欺じゃねぇか! つーか、引きこもりが女装って、誰に見せるんだよ!」
「分かる。その気持ちは十分に分かるぞ、匙よ!」
だって、普通に見れば美少女だもんなぁ。
男と知ったときのショックはでかい。
アーシアや美羽は良く似合ってると言って受け入れているが………。
やはり、これには馴れる必要があるのか?
まぁ、それはともかく。
「それで? 堕天使の総督さんはここに何を?」
「「「えっ!?」」」
俺の言葉に全員が驚き、動きを止める。
「気配は消していた筈なんだがな。流石はコカビエルを倒すだけはあるか。なぁ、赤龍帝」
「俺に気配を悟られないようにするなら、完全に気を消さないと無理ですよ、アザゼルさん」
アザゼルの名を聞いて、空気が一変した。
ゼノヴィアは剣を構え、アーシアは俺の後ろに下がった。
匙も驚愕しながら神器を展開する。
「ひょ、兵藤、アザゼルってまさか!」
「ん? あぁ、堕天使の総督だよ」
「なんで、おまえは警戒しないんだよ!?」
「なんで、と言われても」
特に警戒する必要もないしな。
アザゼルさんなんか、匙達の反応を見て苦笑いしてるし。
どう見ても戦う気配ではない。
「やる気はねえよ。ほら、構えを解けって。赤龍帝を除いて俺に勝てる奴がいないのは何となくでもわかるだろう? いや、そこの黒髪のお嬢ちゃんも中々の実力のようだが。まぁ、ちょっと散歩がてらに聖魔剣使いを見に来ただけだから、警戒すんな」
流石は堕天使の総督。
見ただけで美羽の力量を見抜いたか。
今の美羽ではアザゼルさんには勝てなくとも、手傷を与えるくらいなら出来るか。
「木場ならいないっすよ。今、サーゼクスさんに呼ばれてるんで」
「あらら。そりゃ残念」
どうやら、木場の聖魔剣が見たかったようだ。
少し遅かったですね、アザゼルさん。
「なんだ、赤龍帝? 俺の顔をじっと見て」
「いや、少し痩せました?」
「あぁ。一昨日まで椅子に縛り付けられてたからな。ったく、シェムハザのやろう、俺を過労死させるつもりかよ」
いや、それは仕事をサボって、ゲームにのめり込んでたあんたが悪い。
あんたのお陰でレイナも相当ストレス溜まってたみたいだし。
すると、アザゼルさんは小猫ちゃんの後ろに隠れているギャスパーの方に視線を移す。
「『停止世界の邪眼』か。 そいつは使いこなせないと害悪になる代物だ。神器の補助具で不足している要素を補えばいいと思うが……そういや、悪魔は神器の研究が進んでいなかったな。五感から発動する神器は、持ち主のキャパシティが足りないと自然に動きだして危険極まりない」
ギャスパーの両眼を覗き込みながら説明しているアザゼルさん。
その視線は匙に移る。
「そっちのお前は『黒い龍脈』の所有者か?」
目を付けられたと思った匙が身構える。
どうしても戦闘態勢を取ってしまう辺り、アザゼルさんへの恐怖心があるのだろう。
まぁ、堕天使の総督といえば悪魔にとってはラスボスみたいなもんだしな。
その辺りはしょうがないか。
「丁度良い。そのヴァンパイアの神器を練習させるならおまえさんが適役だ。ヴァンパイアにラインを接続して余分なパワーを吸い取りつつ発動させれば、暴走も少なく済むだろうさ」
そういえば、匙の神器はラインを繋いだ相手の力を吸いとるんだったな。
すっかり忘れてたよ。
「神器上達の一番の近道は赤龍帝を宿した者の血を飲む事だ。ヴァンパイアなんだし、一度やってみるといい」
なるほど、そういう手もあったか。
アザゼルさんって神器に詳しいんだな。
というか、この人は神器の研究とかもしてるんだっけ?
「あー、そうだ赤龍帝。ヴァーリが勝手に接触して悪かった。どうやら、おまえさんに興味を持ったらしくてな」
アザゼルさんはそう言うが………男から興味を持たれたくなんてなかった!
出来れば、美少女が良かったです!
「じゃ、俺は帰るわ。あまり長居するのもなんだしな」
「まぁ、そうですね。じゃあ、次に会うのは会談の時ですかね」
「そういうこった。じゃあな、赤龍帝」
そう言うとアザゼルさんはこの場を去っていった。
▽
場所は変わって体育館。
俺達はここでギャスパーの停止訓練を行っている。
訓練の内容は俺が投げたバレーのボールをギャスパーが停止させるというものだ。
ただ、そのままの状態でやると力が暴走するかもしれないので、アザゼルさんのアドバイス通り、匙の神器でギャスパーの力を散らせている。
頭にラインが繋がっているから、かなり不格好だけどね。
「よーし、いくぞギャスパー」
「は、はいぃぃ!!」
俺がボールを投げる。
そして、ギャスパーがボールを止めようと神器を発動させるが、
「あ、またか」
ボールだけを停止させたいんだけど、視界に映したもの全てを停止させてしまう。
なので、ギャスパーの視界に入っている匙やアーシアも止まっている状態だ。
つーか、この隙にギャスパーが逃げようとしてるし。
「こらこら、逃げるな」
「な、なんで動けるんですかぁぁぁ!?」
「おまえ、それが俺に効かないこと忘れてないか?」
▽
それから暫くの間、訓練を続けてみたけど、やはり匙に力を吸いとってもらわないと制御できないみたいだ。
「うーん、中々うまくいかないな。そういえば、アザゼルさんが言ってたな。俺の血を飲めば良いって」
「絶対にいやですぅぅぅ!」
「おまえ、吸血鬼なんだろ?」
「生臭いのダメぇぇぇぇ!」
しゃがみこんで嫌々と首を横に振るギャスパー。
おまえ、本当に吸血鬼かよ?
吸血鬼って血を吸うものだろう?
「ヘタれヴァンパイア」
「うわぁぁぁん! 小猫ちゃんがいじめるぅぅ!」
小猫ちゃんの無情な一言に泣くギャスパーであった。