ハイスクールD×D 異世界帰りの赤龍帝   作:ヴァルナル

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12話 追憶 勇者の背中

―――――起きろよ、イッセー。

 

 

声が聞こえる。

 

 

 

―――――そろそろ、時間だぞ?

 

 

もう少しこのままいたい。

俺は…………。

 

 

 

 

 

「起きろぉぉぉぉぉぉぉう! イッセェェェェェェェェイ!!」

 

「グボアッ!?」

 

凄まじい衝撃!

何かが腹の上に乗ってきた!

布団にくるまっていた俺は鈍い痛みで飛び起きる!

 

すると、目の前には―――――。

 

「起きろぉぉぉぉぉぉぉう! 朝だぞぉぉぉぉぉぉぉう! 修行だぞぉぉぉぉぉぉぉう!」

 

なんか、腹の上でゴロゴロしてるやつがいる!?

 

「ギャァァァァァァッ! 何してんだぁぁぁぁぁ!?」

 

朝って………まだ四時前ですけど!?

窓を見ても、ようやく日が登り始めたって感じなんですけど!?

鳥でもまだ寝てるわ!

 

俺の絶叫を聞いたそいつはベッドから飛び下り、華麗に着地を決めた。

 

俺と同じ茶髪、爽やかなイケメンフェイス。

そいつはいつもと変わらない爽やかな顔で、

 

「やっと起きたか」

 

「誰でも起きるわ! 殺す気か!?」

 

「あれくらいじゃ死なねーよ。なんだ? 折角、起こしにきてやったのに」

 

「頼んでませんけど!?」

 

反論する俺だったが、そいつは構わず、俺が着ている寝巻きの襟首を掴んだ。

そのまま力任せに引っ張り、俺をベッドから引きずり下ろすと、ご機嫌な様子で歩き始める。

 

「よっしゃ! 朝の修行といくぜ!」

 

「今から!? な、なぁ………もう少し寝かせてくんない? 滅茶苦茶眠いんだけど…………」

 

「問題ないぞ、イッセー。城下町十周くらいしたら、余裕で目が覚めるさ!」

 

「そのまえに俺が死ぬと思うんですけど!? 目が覚める前に天に召されるわ!」

 

「今日は朝一で市場に行かないといけないからな。良い魚が入ってくるんだよ。仕込みもあるし、新メニューを………」

 

「人の話聞けよ!」

 

「今日も一日元気に行こー! えいえいおー!」

 

「人の話聞けぇぇぇぇぇぇ! つーか、着替えさせてぇぇぇぇぇぇ! 俺、まだ寝巻きなんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

早朝から俺を引きずっていくこいつの名前はライト・オーヴィル。

俺がいた世界とは別の世界―――――アスト・アーデの勇者だ。

 

今までのやり取りから分かるようにこいつは………やたらとテンションの高い男だった。

 

「誰かぁぁぁぁぁぁ! たぁぁぁぁすぅぅぅぅけぇぇぇぇてぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

 

 

俺の名前は兵藤一誠。

少し前まで普通の中学三年生だった。

 

いや、俺自身は至って普通だ。

何かの力に目覚めたわけでもないし、凄い武器を持っているわけでもない。

俺自身はただの一般人だ。

 

では、何が普通でなくなったのか。

 

――――――それは俺が置かれた環境。

 

俺は俺がいた世界とは違う世界にいる。

いわゆる異世界ってやつだ。

 

自分の部屋でゴロゴロしていたら、何かに吸い込まれて、気づいたらこの世界にいた。

それから二週間ほどが経ったけど、今でも信じられない。

 

もしかしたらこれが夢で、目が覚めたらいつも通りの日常が待っている。

朝起きたら、父さんと母さんがいて、普通に朝飯食って学校に行く。

松田や元浜、クラスメイトと一緒に授業受けて、帰りに買い食いして。

家に帰ったら、母さんが夕食を作りながら「おかえり、イッセー」と言ってくれる。

夕食を食べた後は風呂に入って、宿題をして、ゴロゴロして、寝る。

 

そんな日常があると思っていた。

 

けど、それは叶わない。

俺が置かれたこの状況は紛れもない現実だったからだ。

 

今の状況を初めて理解した時は心底恐怖した。

 

―――――孤独。

 

この世界には俺しかいない。

家族も友達も、俺を知る奴は誰もいない。

そう考えたら、どうすれば良いのか、何をしたら良いのか分からなくて………怖かった。

 

それでも、こうして慌てふためくことなく生きているのは、この世界でも俺に手を差し伸べてくれる人達がいたからだ。

 

その内の一人が、こいつ。

 

「どーよ、イッセー! 新作メニューの味は!」

 

カウンターテーブルの向こうから顔をずいっと突き出しながら感想を訊いてくるライト。

 

こいつは常に明るい。

何をされても大概のことは笑って飛ばすような男。

 

そして、この世界の勇者様だ。

 

エプロン姿で華麗な包丁捌きで魚をさばいていく姿からは想像できないが…………。

板前にしか見えん………。

 

俺は箸を置いて、一言。

 

「八十五点」

 

「八十五!? 八十五だとぉぉぉぉ!? 残りの十五点はなんなんだ!」

 

熱いよ………。

見た目は爽やかイケメンなのに内面は熱血漢過ぎる。

今、朝の七時過ぎだぞ?

 

俺はコップの中の水を一気に飲み干すと叫んだ。

 

「朝から散々走りまわされて、こんな腹いっぱい食わされたら減点もしたくなるわぁぁぁぁぁぁ!」

 

早朝よりも早い時間帯から!

城下町をぐるぐる走りまわされて!

寝不足も加わって、吐いたわ!

路上でおえったわ!

 

そこに店の新作メニューだとか言って、皿一杯に乗せられた料理の数々!

 

美味いよ!

確かに新作メニューは美味かった!

だけどね、朝のストレスがそれを僅かに上回ったんだよ!

 

「俺、さっきから限界って言ってたよな!? もう腹パンパンなんですけど! それを無理矢理食わせてさ! 八十五点でもかなり譲歩したんだよ!」

 

「男なら限界を超えてこそだろう!」

 

「殴っていい!? マジで殴らせてくんない!? 一発だけでいいから!」

 

「お、やるかぁ! よーし、表出ろ! コテンパンにしてやらぁ!」

 

「ガチで殴り合って俺が勝てるわけねーだろ! おまえと違って、俺はただの一般人!」

 

「男が拳を交えるのに勇者も一般人もない! さぁ、こい!」

 

そんな暴論を言いながら、俺を引きずっていくライト!

こいつ、マジか!?

 

クッソ、こいつ力強すぎる!

振りほどけねぇ!

 

流石は勇者様!

俺と歳が違わないのに、ここまでの差!

 

俺とライトがギャーギャー叫んでいると――――――何かが俺達の側頭部目掛けて飛んできた。

 

「ぐはっ!?」

 

「ぎゃん!?」

 

頭を抱え床の上を転がりまわる俺達!

 

カランっと何かが床に落ちる音がしたので見てみると、それは二つのおぼんだった。

 

ふと気配を感じたので、そちらに顔を向けると、額に怒りマークを浮かべたライトのお母さん………エルニダさんがいた。

 

「あんた達! 店の中でうるさいわ!」

 

「か、母さん。こ、これは………」

 

「そ、そんなに目くじら立てなくても………。騒いで、悪かったって………」 

 

「ライト、さっさと仕込み終わらせな! イッセー、暇なら手伝っておくれ!」

 

「「は、はいっ! ただいま!」」

 

取っ組み合いから一転。

俺とライトは慌ててその場から散っていった。

 

うーん、この人にはすっかり頭が上がらなくなってしまった………。

こうして、俺はライトの実家、定食屋『山猫食堂』の手伝いをさせられていた。

 

買い出し行ったり、皿洗ったり、注文取ったり………。

 

「おら、イッセー! こいつを持っていってくれ!」

 

「あいよ!」

 

まぁ、こんな風に過ごせてるから、今となっては寂しさはかなりマシにはなったかな?

 

 

 

 

「くはぁぁぁっ、今日も多かったなぁぁぁぁぁっ」

 

俺は背筋を伸ばしながら、空を仰いだ。

 

―――――ランチタイム。

 

その時間帯はまさに戦場だった。

どれだけ動いても人が減る気配がない。

入り口に並ぶ行列を見る度に打ちのめされた気分になる。

 

ライトの家にある中庭に転がった俺はその場に大の字になった。

 

ライトは蛇口から直接水を飲んだ後に言う。

 

「昼は一日のピークだしな。まぁ、イッセーが来てくれたおかげで家は大助かりだ。家には人を雇う余裕もないしなぁ」

 

「そりゃどーも………。つーか、あれだけ人が入っていたら儲かるだろ? 人くらい雇えるぐらいには」

 

割と全うなことを言ったと思う。

あれだけ人が入っていて、人を雇う金がないってのは変な話だ。

むしろ、雇え、雇ってくれ。

 

あの忙しさは尋常じゃない。

下手すりゃ倒れるぞ、俺が。

 

しかし、ライトはチッチッチッと指を横に振った。

 

「甘いな、イッセー。人を雇う金があるなら、その分、良い食材を仕入れた方が万倍良いだろ。旨い飯を作るのが俺達の仕事、生き甲斐だからな!」

 

このクッキング勇者め。

こいつの食に掛ける情熱は半端じゃない。

 

なんだろうな………。

爽やかイケメンで、勇者って呼ばれるほど腕っぷしも強くて、料理も出来る。

これだけ聞けば家事の出来る完璧男子に思えるが………。

 

「なぁ、イッセー! また、新作を考えたんだ! 後で味見してくれよ! なっ! なっ! なっ!」

 

「わーったよ! そんなに顔を押し付けてくるな! 暑苦しい!」

 

………残念イケメンか。

 

こいつの頭には新作メニューのことしかないのか!?

 

「おまえ、女の子とかに興味ないの? おばさんが心配してたぞ?」

 

「ない。そんなことに興味持つなら、どこの市場に行けば幻の魚が入手できるか、とかの方がよっぽど興味がある」

 

おばさん………こいつはもうダメかもしれない。

お嫁さんは諦めた方が良いかもしれません。

 

「おまえ、勇者やるよりも、ここで新作メニューを考え続けた方が良いんじゃないか? その方がおまえも幸せだろうに」

 

何気ない俺の言葉だった。

 

料理している時のこいつは本当に楽しそうだ。

なにも血生臭いことをしなくても、ライトはここでおばさんと一緒に飯を作って、常連の人達と冗談を言い合って爆笑してる方が良いんじゃないか。

 

この世界に来て、こいつと過ごした時間はまだ短い。

 

そんな俺でもそう思ってしまうのだから、他の人だって同じことを考えてると思う。

 

すると、ライトはフッと小さく笑んだ。

 

「なぁ、イッセー」

 

「ん?」

 

「ちょっと俺と来てくれ。見せたいものがある」

 

そう言うとライトは俺の手を引いたのだった。

 

 

 

 

「おーい、まだかー………」

 

「もう少しだって。なんか、死にそうな顔をしているな」

 

死にそうな顔だと?

 

そりゃ、そうだろうよ。

 

ライトの実家を出てから三時間も山奥を歩かされてるんだからな!

しかも、舗装なんてされてないし!

明らかに獣道じゃん!

草木を掻き分けて前に進んでるよ!

 

それに、俺がゲッソリしている理由、さっさと帰りたい理由は他にもある。

 

俺は後ろに倒れている黒い生物を指差して叫んだ。

 

「こんなでっかい熊が出てくる場所で、意気揚々と登山なんか出来るかぁぁぁぁぁ!」

 

そう、俺の後ろに倒れているのは五メートルは余裕で越える超デカイ熊!

 

ライトがいてくれたから、こうして生きているが、一人だったら確実に殺られてるぞ!

 

ライトは顎に手を当てると、ふむと頷いた。

 

「こいつはジャイアント・クーマーだな。こいつの肉は絶品だ。良い収穫だった」

 

「なんだよ、クーマーって!? クマだろ!? つーか、食うのかよ!」

 

「いや、クーマーだ。他にもゴッド・クーマーとか、これより遥かに巨大なやつがいるんだが………惜しいな」

 

「惜しいってなにが!?」

 

「ゴッド・クーマーの肉は幻の食材の一つだ。是非とも仕入れたかった………」

 

「もうヤダ! 帰りたい!」

 

城に戻ってニーナちゃんに抱きつきたい!

あのおっぱいに顔を埋めたい!

リーシャにも甘えたい!

お姉さんに撫で撫でしてもらいたいよ!

 

なんで、俺はこのクッキング勇者と登山してるの!?

 

そんな文句を言いながら、俺はデンジャラス過ぎる登山を続けた。

 

更に歩くこと一時間。

俺の体力、気力はもう限界に達していた。

 

すると、ライトは俺の腕を引っ張って先導してくれた。

 

「そーら、着いたぞ。ここだ、ここ」

 

「ぜーはー………ぜーはー………つ、着いたのか………?」

 

俺は疲労のあまり、その場に膝をつく。

 

い、今は呼吸を整えなければ………ここがどことか言う前に、ここが俺の墓場になっちまう………。

 

ライトから渡された水筒を受けとり、中の水を煽る。

 

ようやく、落ち着いてきたところで、辺りを見渡すと―――――。

 

そこは草原だった。

緑豊かで、綺麗な花があちこちで咲き誇っている。

空には雨が降ったわけでもないのに、大きな虹が架かっていた。

 

草原の向こうにはオーディリア。

俺がお世話になっている国だ。

町の中心には大きな城があって、町には大勢の人達が行き交いしている。

 

静かな大自然と賑やかな城下町が混ざった風景は不思議だけど、一体となっている。

その幻想的で温かな光景に俺はつい感想を呟いた。

 

「………絶景って感じだな」

 

「だろ? 俺が見つけた秘密の場所だ。たまに一人でここに来るのさ。今日、ここに連れてきたおまえ以外は誰も知らないと思う」

 

「良いのかよ、俺を連れてきて。秘密の場所なんだろ?」

 

ライトと俺以外は誰も知らないってことはアリスやリーシャ、モーリスのおっさんといった面子も知らないということ。

 

昔からの付き合いのある人達より、数週間の付き合いしかない俺を秘密の場所に連れてきても良いのか?

 

ライトは俺の隣に腰を下ろすと、オーディリアの町並みを眺めながら口を開いた。

 

「俺が剣と魔法を学び始めたのは七年前。この国の騎士だった父さんが戦死したその日からだ」

 

何の前触れもなく、突然、過去の話を始めるライト。

ライトの親父さんが亡くなっているのは俺も知っていた。

 

「あの時は俺が母さんを守らなきゃって、そんな想いで力を求めた。モーリスに剣を習って、リーシャに魔法を教わり始めたよ。力をつけて、俺も戦場に出るようになってさ。今のところなんとか生き残ってきた。そしたら、いつの間にか『勇者』とか呼ばれてさ」

 

ライトは苦笑する。

 

ライトが『勇者』と呼ばれるようになったのは戦場で、人間側の希望だったからだ。

ライトがいれば、どんな不利な状況でも勝利に導く。

どんな状況でも諦めない不屈の精神。

 

魔族と争っている人間側にとって、ライトは希望そのもの。

 

だけど、ライト本人はそんなこと望んでいなくて。

こいつは本当なら、実家を継いで、この世界で一番の料理人になることが夢だったんだ。

 

「俺も人を傷つけるより、美味い飯を食いながら笑っている皆を見てる方が万倍良いんだけどな」

 

「だったら、なんで戦うんだよ? なにも、ライトが戦わなくても………」

 

ライトは俺と歳が変わらない。

俺のいた世界………いや、この世界でも、そのぐらいの歳のやつは勉強したり、友人と遊んだりする。

 

それにおばさんを守るなら、側にいてあげた方がおばさんだって、喜ぶんじゃないか?

 

だから思う。

なにもライトが戦わなくても良いんじゃないかって。

 

ライトは草の上に大の字になると、右手を空に翳した。

 

「昔、モーリス達にも同じこと言われたよ。戦うのは自分達に任せて、母さんの側にいてやれってな。でもさ………無関係ってわけにはいかないんだよ」

 

「………?」

 

ライトの言葉に首を傾げる俺。

 

ライトは言う。

 

「この世界で起きている戦争って、種族間同士の問題というより、この世界にいる人達、一人一人の問題だと思うんだ。………身内を、仲間を殺されたから、復讐で相手にも同じことをする。この戦争は復讐の連鎖が大昔から続いているんだよ」

 

それはこの世界のことを教えてもらう時に聞いた。

昔から続いてきた争いはもう止められないところまで来ているとも。

それだけ、人間と魔族が持つ相手への憎しみや敵対心は大きい。

 

「どこかで断ち切らないといけないんだ。そうしないと互いを滅ぼし合って、最後には何も残らなくなる………。それを防ぐためにもこの世界に住む一人一人が未来について考えないといけない。だから、俺は戦うんだよ、この世界と向き合うために。………悲しみしか残らない世界になんてしたくないからさ」

 

ライトは上体を起こすと、オーディリアの城下町へと視線を向けた。

 

「俺がやってることがこの争いを止めることに繋がるのかは分からない。正直、これで本当に良いのか自信を失う時もある。結局は俺も戦場で多くの命を奪ってきてしまっているからな………。それでも、俺は探したいんだ。―――――人間と魔族、この世界の皆が笑顔になれる方法をな」

 

そう言うライトはいつものように笑っていた。

 

ああ、そうか………だから、こいつはいつも笑顔なんだな。

皆を笑顔にするために、ライトは―――――。

 

「そういうわけだ。これからも俺は『勇者』をやってみるよ。どこまで出来るか分からないけどな」

 

 




久し振りのイッセー登場でした。
次回も過去になります。

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