[木場 side]
今日一番の驚きかもしれない。
僕だけじゃない。
彼を知っている者は全員が自分の目を疑った。
彼を知らないメンバー…………匙くんと教会の戦士達からすれば見知らぬ剣士の登場だろう。
だけど、彼らは僕達と違った動揺を見せている。
クリフォトが開発した新型の邪龍―――――百メートル級の巨大邪龍を真っ二つにした。
この事実に彼らは唖然としている。
僕はその人物を凝視する。
そして、まず浮かんでくるのは疑問だ。
なぜ…………なぜ、彼がここにいる!?
「モーリス…………さん?」
恐る恐る声をかけてみる。
完全に疑問形だ。
そもそも、目の前の彼が僕達が知っているあのモーリス・ノアなのか。
もしかしたら、別人ではないのか。
そんな考えすら浮かんだからだ。
男性はこちらを向くとニッと笑んだ。
「おう、久しぶりだな、祐斗!」
その口調、その笑顔。
間違いない。
少しの間、生活を共にしただけだけど、彼は間違いなく『剣聖』と呼ばれた男だ。
それを理解した僕は改めて問う。
「な、なぜ、あなたが!? なぜ、ここにいるのですか!? そもそも、どうやって…………あなたは…………」
「ん? あー、騎士団の方か? 心配すんな! 有休取ったから問題ねぇさ!」
「いや、そういう話じゃなくて!」
有休とかどうでも良いんですが!?
モーリスさんはボリボリと頭をかきながら言う。
「どうやってこっちに来たか、か? んなもん簡単な話だ。イッセーが俺達に会いに来て、助けを乞うてきた。俺達はそれに応えて、こっちの世界に来た。それだけだ」
イッセーくんはもう一度向こうの世界に…………アスト・アーデに行ったというのか!
おそらく…………冥府の一件が絡んでいるのだろう。
異世界の神、アセムが冥府を蹂躙し、その調査にイッセーくんが向かったのは聞いている。
イッセーくん達が抜けた分を補う何かが必要だとは感じていたけど…………やはり手を打っていたんだね、イッセーくんは。
それが異世界アスト・アーデにおいて最強と呼ばれたこの剣士なのだろう。
すると、唖然としていたリアス前部長が口を開いた。
「ちょっと待って…………今、俺
その問いにモーリスさんは頷いた。
「おうよ。リーシャもいるぜ。あとサリィとフィーナもな。…………そういや、おまえらもサリィとフィーナは知らないんだったな。後で紹介してやるよ。あいつらは冥府、イッセーの加勢に行ってるさ」
リーシャさんまで来ているのか…………。
それに知らない名前が挙がった。
サリィとフィーナという人物。
僕達は知らないけれど、リーシャさんと行動を共にするぐらいだ。
きっとかなりの実力者なのだろう。
しかし、一つ腑に落ちない点がある。
リアス前部長が訊く。
「イッセーはどうして黙っていたのかしら?」
すると、モーリスさんは苦笑しながら答えた。
「そいつはアザゼルがな。クリフォトだっけか? そいつらの油断を誘うため、だとよ。俺達の世界の神が絡んでいるのなら、俺やリーシャの顔を知っている可能性がある。おまえらが戦った後、消耗しているところを狙ってくる可能性が高い。相手の油断を誘うなら俺達の存在は隠すべきだった。…………で、おまえらに言ってしまえば顔に出る」
「…………アザゼル」
リアス前部長は額に手を当ててため息を吐いた。
だけど、アザゼル先生の考えも分からなくはない。
これほどの戦力が控えているとなれば、僕達は間違いなく危機的状況を前に平静を保っていられる。
相手の油断を誘うなら、それはダメだ。
…………しかし、アザゼル先生も人が悪い。
それとイッセーくんもね。
モーリスさんは僕とゼノヴィア、イリナさんの方に歩いてくる。
僕達の目の前で立ち止まると、いきなり頭を掴んでわしゃわしゃと撫でてきた。
「おまえらの戦いは見てた。良い戦いだった。まだまだ甘い部分も多いが、今回の戦いで成長したな。あとはおじさんに任せて、休んでな。リアス達と、そこのじいさん、それからそこの戦士達もな」
彼は白いマントを翻すと宙に浮く赤龍帝の複製体に視線を移した。
彼の言葉に僕は反対する。
「まさか、一人で相手取るつもりですか!? 無茶だ! あれは一つ一つがイッセーくんの力を持っているんですよ!?」
「あー、らしいな。全くとんでもねぇ奴がいたもんだ。…………つーか、俺を複製してもらって、仕事分けられねぇかな? 楽できそうで欲しいんだが…………」
な、なんて緊張感のない人だ…………。
ベルの複製能力で楽しようとしている…………!
アリスさんのサボり癖はこの人の影響だと思うよ!
ヴァルブルガとモーリスさんの視線が合う。
ヴァルブルガの表情はまるで異物を見るようか感じだった。
「おじさまは誰かしらん?」
「俺か? 俺ぁ、通りすがりのおじさんだ」
「ふざけないでくれる!?」
「おいおい、こんな冗談にマジでキレるなよ? 将来、シワが増えるぜ?」
モーリスさんは息を吐く。
「俺はオーディリア国騎士団団長モーリス・ノア。…………と、名乗ってみるが、嬢ちゃんからすれば『誰?』って感じなんだろうな。簡単に言うとだ、俺は異世界から来た剣士。そんでもって、嬢ちゃんの敵だ」
そう告げた瞬間、ピリッとした空気が漂い始めた。
ヴァルブルガは殺気を剥き出しにして、モーリスさんを睨みつける。
だが、先程の巨大邪龍を両断したことから、どう出るか探っていると言った様子だ。
対してモーリスさんは彼女の殺気など気にも止めないようで涼しい顔をしている。
すると、ヴァルブルガは一転して笑みを見せた。
「おじさまが何者かなんてどうでもいいわん。だってぇ、今からころころすることには変わりないものねん!」
ヴァルブルガが手を突き出すと赤龍帝の複製体がモーリスさん目掛けて飛翔!
高速で突っ込んでくる!
モーリスさんに迫るのは十数体程度。
数だけで言えば大した数じゃない。
しかし、モーリスさんにも告げたが、あれはイッセーくんの力をそのまま使ってくる。
戦闘技術までは反映できていないらしいが、それでも彼の強大なパワーを保有している。
いくらなんでも無茶だ!
僕達は加勢に入ろうとするが、モーリスさんが左手で制した。
この状況でも一人でやるというのか…………!?
モーリスさんはただただ笑みを浮かべて、ゆったりとした表情で迫る複製体を見る。
複製体がモーリスさんへ肉薄した―――――。
だが、複製体の拳がモーリスさんを捉えることはなかった。
モーリスさんと擦れ違ったと思うと、複製体達は上半身と下半身で真っ二つにされていたんだ。
『―――――っ!』
この戦場にいる全員が目を見開いた。
いつ斬ったんだ…………!?
彼の剣は未だ切っ先を下に向けている。
まさか、交錯したあの一瞬の間に全て斬ったとでも言うのか!?
「ゼノヴィア…………見えた?」
「いや、全く…………」
イリナさんやゼノヴィアもこの反応だ。
彼の凄まじさは知っている。
特殊な能力を持っているわけでもなく、聖剣や魔剣を持っている訳でもない。
彼の得物は良く斬れる程度の剣だ。
それなのに彼は僕の聖魔剣とゼノヴィアのデュランダルを軽く捌いて見せた。
真正面から打ち合って見せた。
そして、今。
イッセーくんと同等の防御力を持つであろう複製体の鎧を一瞬で両断した。
これがどれほどのことか。
彼の剣技は僕達の理解を遥かに越えている。
モーリスさんは剣を肩に担ぐと息を吐く。
「イッセーの複製らしいが、てんで大したことねぇな。確かにあいつのパワーやスピード、防御力を持っているらしいが…………その程度じゃ話にならん。あいつがなぜ強いか。そいつはあの馬鹿みたいなど根性と折れない魂から来ている。それが再現できてないようじゃ、程遠い。不良品だ」
モーリスさんは鞘に収まっていたもう一本の剣を引き抜く。
ゼノヴィアと同じ二刀流の構えだ。
すると、二振りの剣に変化が起こった。
彼が握る剣、その刀身が黒く染まったんだ。
…………なんだ、あれは?
聖なるオーラでも魔なるオーラでもない。
かといってドラゴンでもない。
魔法的な何か…………いや、それとも雰囲気が違う。
疑問に思う僕だが、モーリスさんは構わず剣を振るった。
いや、振るったのだろう。
気づけば彼の剣は振り下ろされていた。
僕が見たのはあくまで結果。
振るったという過程はまるで見えなかった。
いつの間にか剣先が違う方向を向いていたんだ。
彼が剣を振るったとして、彼は一体なにを――――――。
「こいつで嬢ちゃんだけか?」
モーリスさんが口を開く。
次の瞬間、宙に浮かんでいた何十体もの複製体は先程と同じく、上半身と下半身で別れていた!
ヴァルブルガが叫ぶ。
「な、なにをしたの!?」
「斬ったんだよ。剣圧でな。知りたいなら、やり方教えてやるぜ? 一から叩き込んでやる。俺の指導は厳しいぞ? うちの若い奴らもひぃひぃ言いながら素振りしてるぜ、はっはっはっ」
剣圧…………斬戟を飛ばして斬ったということか。
それすらも見えなかった。
―――――圧倒的。
モーリスさんを一言で表すならそれだろう。
目にも映らぬ剣技、堅牢な赤龍帝の鎧すら容易く斬り裂く力。
彼の剣技にはアーサーもヴァスコ・ストラーダすらも見入っていた。
異世界の剣士の力は実力者である彼らにとっても規格外と感じられるものらしい。
ヴァルブルガの旗色が一気に悪くなる。
以前、ソーナ前会長が言っていたことだけど、彼女は不利と見ると早々に引くタイプとのことだ。
普段の彼女なら、直ぐにでも転移魔法陣を展開して逃げるだろう。
しかし、今の彼女は動かない―――――動けない。
魔法陣を開いた瞬間に斬られる、そんな未来が彼女には見えているのかもしれない。
このまま、ヴァルブルガを倒す…………そういう空気の中で新たな気配がこの場に現れた。
「これは皆さま、少し失礼します」
礼儀正しく、お辞儀をしながら現れたのは一人の男性だった。
長身痩躯で、茶髪を後ろで括った男性だ。
その男は僕も一度剣を交えたことがあって―――――。
「『
僕はそう叫んだ。
彼とはアウロス学園襲撃の際、実際に戦った。
手も足も出なかった…………!
掠りもしなかった…………!
ヴァルスは僕の方に視線を向ける。
「木場祐斗殿、先日以来ですな。――――素晴らしい成長振りです。あの時とはオーラの質が違う。若い剣士が壁を乗り越え、新たな次元に至る。見ていて心地が良い。観戦しにきたかいがあったというもの」
観戦しにきた…………?
ふいに僕の視界にとあるものが映った。
ヴァルスの左手、そこにコンビニのビニール袋が下げられていて、中には空き缶といくつかゴミが入っている。
それを見て僕は…………僕は――――――。
「僕達の戦いはサッカーの試合じゃないんですよ!?」
ついついツッコミを入れてしまった!
イッセーくんがいない今、ツッコミ役が僕に回ってきているんだもの!
というより、あの人、本気で観戦しにきているよね!?
そのままの意味で観戦しにきてるよね!?
ビール飲みながら、何か食べながら観戦してましたよね!?
ヴァルスは親指を立てて爽やかに微笑んだ。
「素晴らしい戦いでしたよ。見ていてワクワクが止まりませんでしたからね。今日この場で戦った若者達に言いたい―――――ありがとう、と」
ダメだ、僕ではツッコミが追い付かない!
今の僕ではこれ以上のツッコミは難しい!
「祐斗先輩、ファイトです」
膝をつく僕を小猫ちゃんが励ましてくれた!
ありがとう!
ヴァルスの視線が僕からモーリスさんに移る。
「本当は出てくるつもりは無かったのですが…………。『剣聖』、あなたがいるとなれば話は別です。―――――私と手合わせ願いたく、参上しました」
「ほぉ…………俺とやり合うってか。サシか?」
「当然」
先程の緩い空気から一変、ヴァルスの表情が真剣なものとなる。
ヴァルスはゴミの入ったビニール袋を魔法で飛ばして、ゴミ箱に入れる。
…………結構、真面目だよね。
モーリスさんとヴァルスから濃密なプレッシャーが放たれ、ぶつかり合う。
その時、ヴァルブルガがヴァルスに言った。
「あらあらん、ヴァルスきゅんじゃない。わたしを助けに来てくれたのかしらん? そのおじさまを一緒に燃え萌えしちゃう?」
ヴァルスと組んでモーリスさんを討とうというのか…………。
しかし、ヴァルスから返ってきたのは―――――。
「一対一と言ったはずです。邪魔をするのならば―――――消しますよ」
鋭い視線と怒気の籠った返答だった。
ヴァルスの殺気に木々が揺れ、地面に亀裂が入る。
一歩、一歩とモーリスさんとヴァルスは近づいていく。
その光景はアーサーとヴァスコ・ストラーダの戦いを彷彿させた。
先に仕掛けたのは―――――ヴァルスだった。
剣を引き抜き、モーリスさんに斬りかかる。
速い。
抜き放ってから斬りかかるまでの動作に無駄がない。
彼の強さは能力によるものだけじゃない。
剣技、そして魔法。
この二つもハイレベルなんだ。
しかし、モーリスさんはヴァルスの高速の剣戟を軽く流していた―――――その場から殆ど動かずに。
「良い太刀筋だ。どうよ? うちに来ねぇか?」
「それは光栄です。が、まだまだこんなものではありませんよ?」
ヴァルスの姿が消える!
まるで気配を感じさせない。
上を見上げても周囲を見渡してもヴァルスの居所を掴めない。
甲高い金属音がなる。
見れば、振り下ろされたヴァルスの剣をモーリスさんが受け止めていたんだ。
モーリスさんは剣を流すと反撃に出る。
左右の腕を振るい、二刀流でヴァルスを攻め立てる。
僕では彼がどんな攻撃をしているのかまるで分からない。
速すぎて捉えられないんだ。
ただ、分かるのは――――――ヴァルスの体に傷が刻まれ始めているということ。
高速で動くヴァルスを的確に捉え、肩、腕、太ももに僅かではあるが切り傷を作っていく。
…………どういうことだ?
ヴァルスの能力は相手の心を読むものと、一瞬先の未来を見るというもの。
どちらも回避はもちろん、攻撃、防御においても恐ろしい効果を発揮する。
ヴァルスは一度構え、自身の傷を見る。
「まさか、私に傷をつけるとは…………」
モーリスさんが言う。
「確かおまえさんの能力は相手の心を読み、一瞬先の未来を見る…………だったか? イッセーからそう聞いてるが」
「ええ、その通りです」
「だったら、攻略法は簡単だ。―――――心を読まれても、一瞬先の未来を見られても避けられない速さで剣を振るえば良いのさ」
「…………」
唖然とするヴァルス。
…………不覚にもヴァルスの心情が分かってしまった。
そしてそれに同意してしまった。
―――――この人、無茶苦茶だ!
モーリスさんは左手に握る剣を地面に突き刺した。
「ま、せっかくこうして挑んできてくれたんだ。俺の取って置き、見せてやるよ」
モーリスさんの体から濃密なオーラが溢れ出る。
ゆっくりと大きく呼吸をし、内側で何かを練っているようだ。
同時に彼の剣が再び黒く染まった。
この感覚…………そうか。
以前、教えてもらった『剣気』というやつだ。
モーリスさんは腰を鎮め、両手で柄を握る。
そして―――――――。
「―――――『
一瞬…………ほんの一瞬、モーリスさんの腕が動いたような気がした。
何が起きたのか、この場の誰もが理解できていないだろう。
濃密な剣気が放たれたのは確かだ。
しかし、彼は一体何を―――――。
次の瞬間。
グオォォォォォォン…………。
このフィールド全体…………フィールドそのものが不穏な音を出し始めた!
まさかと思うけど、彼は…………!
ロスヴァイセさんが叫ぶ。
「このフィールドを斬ったというのですか!? そんな馬鹿な!?」
「ん? 一応、修復できるって聞いたけど? ダメだったか?」
「そういう問題ではありません! 無茶苦茶過ぎます!」
ほ、本当にこのフィールドそのものを斬っていたのか…………。
とりあえず、一言言いたい。
「あなたは本当に人間ですか!?」
「もちろん。五十を前にした
それ、前も聞きましたよ!?
あと、
「あ、危なかった…………もう少しで私は左右に分裂させられるところでしたよ」
ヴァルスが汗を拭いながら言った。
あれを避けたのか…………。
彼の表情からするにギリギリのところだったようだが…………。
ヴァルスは体勢を戻すと、モーリスさんに訊く。
「以前、あなたの剣を遠目ですが見たことがあります。…………明らかに力が増していますね。一体どこまで行こうと言うのです?」
その問いにモーリスさんは静かに答えた。
「どこまでも。…………俺はライトを死なせた。イッセーを一度死なせちまった。これ以上、若い奴らが命を落とすところなんざ、見たくないのさ。これからの時代は若い奴らだ! ジジイがでしゃばるな! なーんて思われたりするかもしれないがな」
苦笑するモーリスさん。
彼は自身の剣を見つめると、天に向けた。
「この命、続く限り剣を握り続けてやる。極め続けてやる。大事なもん失わねぇためにな」
[木場 side out]
チートおじさん、大暴れでした!(笑)