クーデターを起こした教会の戦士達と邂逅して数時間後。
兵藤家のVIPルームに集う『D×D』のメンバー。
その中でも集まっているのはオカ研、生徒会、グリゼルダさん、デュリオと、この地を拠点にする者達だ。
「おまえさぁ、なにやってんだよ? あれから転移していったと思えば、無駄にシリアス壊しただけじゃねぇか」
呆れ顔で言ってくるアザゼル先生。
申し訳ないとしか言えない。
ただ、あれは事故だったんだ!
まさかあんなタイミングでアリスが突っ込んでくるとは思わなかったんです!
ま、まぁ、その後が滅茶苦茶だったけど…………。
ほんっとごめんなさいです。
部屋の中央には通信用魔法陣が展開されており、そこから宙に投影されているのはミカエルさんの立体映像だ。
ミカエルさんは今回のクーデターに関して語り出す。
『彼らの要求は「D×D」との一戦です。特に駒王町に住まうあなた方との一戦を所望しているのです』
「この町は三大勢力が和平を結んだ地。そして、各勢力同士で行っている同盟の始まりとなった地でもある。今回クーデターを起こした者達にとっちゃ複雑な思いを抱く場所だろうよ。そんでもって、おまえ達はその事件に関わってきている。和平の象徴でもある『D×D』はあいつらにとっては複雑極まりなく、また憎々しい相手に違いない」
アザゼル先生の言葉にグリゼルダさんも続く。
「はい………。今回のクーデターに関与した者の大半が家族を悪魔や吸血鬼に殺められたり、人生を狂わされた者ばかりです。復讐のため、あるいは二度と同じ悲劇を繰り返さないため、彼らは教会の戦士となりました。三大勢力の和平が結ばれた際、誰よりも異を唱えたのは彼らを育てた教会上層部の方々でした」
悪魔や吸血鬼に大切な者を殺された人からすれば、この同盟も和平も歓迎できるものではなかった、か………。
いつぞやの自分を見ているようだぜ。
目の前であいつを………ライトを殺された時、心が黒く染まったよ。
もちろん自分を責めたし、俺の勝手な行動があいつを殺したと思ってる。
でも、やっぱり親友を目の前で殺されたら恨みも持つ。
一時は魔族を恨んだよ。
まぁ、客観的に見れば戦争に善も悪もない。
お互いに傷つけ傷つけられ、恨みが憎しみが何度も何度も繰り返されていく。
それがアスト・アーデで起きた戦争の歴史。
そして、俺もその一つになろうとした。
でも、復讐は単なる自己満足に過ぎない。
復讐したところで、失った者が帰ってくるわけでもない。
仮に果たした場合、一瞬はスッキリするだろう。
しかし、その後は?
残るのは血に塗れた自分と更なる復讐の芽だ。
じゃあ、その芽を刈り取るか?
―――――それは全ての破滅だ。
復讐は相手だけじゃない、自分を想ってくれる人達をも傷つける。
自分が手を汚す度に、自分を想ってくれる人の心も痛め付ける。
そんな行為だ。
ただ、理屈では分かっていても、憎しみというのは中々に消えてくれないんだよな。
大切な人を殺した奴を徹底的に痛めつけてやりたいと思う者の方が多いだろう。
許せとは言えない。
憎むなとも、恨むなとも言えない。
どこかで耐えないといけないんだ。
自分の負った痛みを後に続く人達にまで受け継がせないためにも。
まぁ、俺と教会の戦士達とじゃあ、情勢もかなり違うと思うけどね。
…………つーか、世界が違うか。
異世界での出来事だし。
でも、一つ言えることは恨むのなら、『個』であり『種族全体』ではない。
あの少年―――――テオドロ・レグレンツィが言ったそうだ。
―――――『良い』悪魔もいれば『邪悪な』悪魔もいる、と。
その通りだ。
善がいれば悪もいる。
ならば、悪があるなら善もいるという考え方にもなるはずだ。
どこの世界、どんな種族にもクソッタレな奴はいるもんさ。
悪魔にも堕天使にも、そして人間にも。
どうしようもないくらいに『悪』な奴は確実にいる。
そういう奴らをのうのうとのさばらせておく気は俺にもない。
でも、どの種族にもそれを何とかしようとする人達がいるということを忘れてはいけない。
和平だってそういう人達の強い願いがあったからこそ、これ以上無駄な血が流れないようにしたいという想いがあったからこそ成り立ったものだ。
その辺りは分かってほしいと思う。
でも、こう言うのは無理矢理分からせても仕方がないこと。
彼らが気づくのを待つしかない。
「起こってしまったのはしょうがないか」
俺の呟きに先生も頷く。
「そういうこった。前にも言ったが、あいつらは死人を出す気はないようだ。今回の一件はようするに内輪揉めだ。ま、こっちには勇者さまもいるわけだし、なんとかなるだろ。イッセーなら一人でも存分にあいつらの鬱憤を受け止めててくれるさ」
「俺かよ!? 俺は怒りのサンドバッグじゃないんですけど!?」
「だってよ、『D×D』メンバーとしてサイラオーグとシーグヴァイラも呼びたいところだが、そうはいかないだろう? あいつらにも持ち場があるからな。それにクリフォトが相手ならともかく、これに大王家と大公家の次期当主を呼び出すとなると、あちらのお偉いジジイどもが文句言ってきそうだろ」
「それは分かりますけど…………俺一人にサンドバッグ役を押し付けるってのはどういうことなんすかね!?」
「普段から殴られ慣れてるだろ、おまえ」
「そんな理由!?」
酷い!
確かに普段からアリスパンチは受けてるけど!
今日だって理不尽な暴力に晒されたけど!
教会の戦士達のサンドバッグを俺一人にさせるのは流石に鬼だろ!
とりあえず、このおっさんを殴ろう!
殴っても許されるはずだ!
ミカエルさんが険しい表情で言う。
『………我々の管理が行き届かなかったことがそもそもの原因。私達の力を以て―――――』
「待て、おまえは動くな」
先生がミカエルさんの言葉を遮った。
「ミカエル、おまえは天界の象徴であるべきだ。ここで厳しい決断を下すのもトップの役目だと俺は思う。だがな、さっきも言ったがこれは内輪揉め、ようするにケンカだ。複雑な事情があろうとも無理矢理抑え込めば禍根は残るだろう。だったら、今回の落としどころはきちんとつけさせた方が良い」
すると、アリスが挙手して二人の会話に入っていく。
「あのね、一つ気になることがあるのよ」
「気になること?」
アザゼル先生が聞き返す。
この場の視線がアリスへと集まった。
アリスは一つ頷くと話を続けていく。
「いくら戦士達が和平に不満を持っているとしても、今がどういう状況なのか、戦うべき相手は誰なのか、それぐらい見極められなければ上役は務まらないでしょう? っていうか、戦うべき相手ならまだまだいるし」
そりゃそうだ。
タイミングによっちゃ、余計な横槍で丸々潰されるなんてこともあり得るからな。
そして、同盟の折、悪魔と吸血鬼と敵対するなというお触れが回り剣を向ける相手がいなくなったというが、現状はそうではない。
クリフォトという強大な敵がいる。
そしてそれを率いるのは前ルシファーの息子のリゼヴィムだ。
あいつの部下には旧魔王派の残党だっている。
悪魔を敵視するなら同盟で複雑な関係になった俺達よりも絶好の敵だろう。
「あのストラーダとかいうお爺さん。あの人は現状を理解した上で態々このタイミングで私達に仕掛けてきた。………戦うべき相手はクリフォトという悪の塊みたいな奴ら。それを理解して、それでも一応は味方である私達に挑んできた。…………何か別の思惑があるんじゃない? 戦士達の最後の訴えをする以外の別の何かが」
戦士達の不満を訴える以外の思惑………。
あのストラーダというじいさんは本当に不満をぶつけるだけに俺達のところに来たのか。
アザゼル先生もアリスの意見に賛同する。
「それは俺も気になっていた。あのストラーダとクリスタルディがただ闇雲に教え子に担がれてクーデターを起こしたとは思えん。奴らに何か考えがあるというのはミカエル、おまえも何となく気づいているんだろう?」
『………どちらも幼い頃から見てきていますから、彼らがどれほど敬遠な信徒か、よく知っていますよ。何より純粋で、何よりも人間を愛してきた者達です。おそらく、回りくどいようで真っ直ぐな想いを抱いているのだと思います………』
真っ直ぐな想い、か。
ヴァスコ・ストラーダとエヴァルド・クリスタルディは教会の二大巨頭。
多くの戦士を育ててきた超大物。
そんな二人がただ暴れまわるだけってのは流石にないだろう。
その二人は置いておいて、気になるのはもう一人の首謀者、テオドロ・レグレンツィの方だ。
あの少年がそうだと聞かされたときは驚いたけど………。
ミカエルさんが言う。
『若き枢機卿、テオドロ・レグレンツィは「奇跡の子」の中でも最も秀でた能力を持った子です。それゆえ、若くしてあの地位に抜擢された経緯があります』
『奇跡の子』という単語に俺、美羽、アリス以外のメンバーは合点がいったようだ。
俺達三人には全く聞き覚えのない単語だ。
先生が俺に言う。
「『奇跡の子』ってのは天使と人間のハーフだ」
「天使と人間のハーフ!? そ、それって、あの部屋で子作りした人が他にも!?」
「アホか。あれはおまえら専用………つーか、あれしかねぇよ」
あ、そっか。
あのドアノブってイリナがミカエルさんにお願いして作ってもらったやつだし………。
天使と人間のハーフはあり得ない現象とされている。
天使は欲を持てば堕天する。
人間と関係を持つ場合、その多くが快楽に溺れて堕天使となってしまう。
………アザゼル先生も童貞失って堕天したんだよなぁ。
「んだよ」
………うん、この人なら堕ちるわな。
ま、それはさておき、特殊な儀礼と専用の結界を用いれば天使と人間は交わることができるとされ、その際、お互いが肉欲に溺れず純粋な愛を持って行為に臨まなければならない。
………俺、イリナとしちゃったけど…………あれは堕ちるわ。
あの部屋が無ければ確実に堕ちるわ。
もちろんイリナに対する想いも強いんだけど…………。
すると、映像のミカエルさんが俺とイリナに視線を送り、訊いてくる。
『………こんなときに訊くのも野暮ですが、使ってますか? 例の部屋と冥界の技術も借りて製作した部屋。意外と………結構期待しているのですが…………』
最後言い直したよ!
滅茶苦茶期待してるじゃないですか、ミカエルさん!
ホントになんつータイミングで訊いてくるんだろうね、この大天使さまは!
流石に俺もイリナも恥ずかしいわ!
しかし、イリナは顔を真っ赤にしながら上司に報告する!
「そ、その、練習はしてます! ま、まだ学生ですから………ね?」
イリナの視線が俺に移る!
俺も報告しろと!?
あぁっ!
ミカエルさんの視線までこっちにぃぃぃぃぃぃ!
だが、イリナも頑張ったんだ!
男の俺が言わないでどうする!
「そ、その………イリナもまだ学生を楽しみたいとのことですし、今しかできないこともあると思うので………。学生を終えた後に………」
すると、ミカエルさんは満面の笑みで、
『そうですか、それは良かった。二人はまだ学生。これから色々なことを学んでいかなければなりません。今この時にしか出来ないことも多くあります。今はたくさん学んで、たくさん練習してください。それがあなた達の将来に繋がるでしょう。―――――期待していますよ?』
念を推された!?
どれだけ期待してるんですか、ミカエルさん!?
何気にプレッシャーだよ!
つーか、たくさん練習!?
それはあれですか、たくさん励めということですか!?
そ、そりゃあ、イリナは可愛いし、幼馴染みとのエッチは昂るものがあるけど………!
って、いつの間にかイリナが接近してるぅぅぅぅ!
いつの間にか俺の横にいるぅぅぅぅ!
なんで、袖掴んでるの!?
「こ、今晩………する?」
ちょ、ここでその発言はまずいよ!
上司の前だよ!?
皆の前だよ!?
ほら、リアス達の視線が妙な感じになってるから!
『うんうん。若いって良いですね。青春ですよね』
ミカエルさんはそんな微笑ましい表情しないで!
なにをうんうん頷いちゃってるんですか!
困惑する俺の肩に手を置いて先生が言う。
「ま、イッセーの子作りについてはマジで時間の問題だろ。三大勢力の将来はこいつにかかってると言っても良い」
「どれだけ期待されてるの!?」
「良いじゃねぇか。あれだろ? バラキエルに約束したんだろ? 朱乃とサッカーチーム作るって。当然、美羽やリアス達も続くわな。となるとだ、家族でリーグ戦が開けることになる。―――――ミカエル、冥界と天界の未来は明るいぞ…………!」
『おおっ………!』
拳をグッと握りしめるアザゼル先生とミカエルさん!
二人ともどんな未来を思い描いてるんだ!?
「俺、死ぬと思うんですけど…………」
「心配すんなって。つーか、この前、グリゴリ印の媚薬と精力剤を事務所に送ってやっただろう? あれで乗り切れ。あれ効果半端ないから」
そ、そりゃ、そうですけど…………。
確かに効果絶大でしたけど…………。
すると、先生は何か思い出したように言う。
「そういや、媚薬の方は原液で使ってないだろうな?」
「え、ええ。注意書にかいてあったんで。薄めて使ってます」
「なら良い。…………原液で飲ませるとヤバいことになるからな」
ヤバい!?
そんなの使わされてたの!?
~一方その頃、事務所では~
「この時間なら事務所にいると思って様子を見に来たんだが………。家の方か?」
事務所に転移してきたのは青い髪を持った美女。
龍王ティアマットだ。
彼女は今しがた冥界から人間界へ戻ってきたばかりで、そのまま一誠の事務所に遊びに来ていたのだが………。
当の一誠は自宅でミーティング中のためおらず、ティアマットはその事を知らない。
「それじゃあ、家の方に行くとして………。喉が渇いたな」
ティアマットは事務所のキッチンに行き、冷蔵庫の扉を開く。
彼女はたまにこうして遊びに来ることがある。
それは一誠とスキンシップを取るため。
その際、一誠は事務所を好きに使って良いと彼女に言っている。
冷蔵庫の中のものも好きにしていい、と。
いくつか飲料がある中でティアマットは一つの瓶を手に取った。
蓋を外すと良い香りが漂ってくる。
「花の香り………ジュース?」
何となく気になった彼女はそれをコップへと注ぎ、飲んだ。
飲んでしまった――――――――。
~一方その頃、事務所では 終~
「原液で飲むとな、効果が半端無さすぎて性格が変わったのかと思うくらいに意中の男を求めてくる。まぁ、原液で飲まなければ問題ないさ」
うん、絶対に飲ませないでおこう。
開封後は要冷蔵って書いてたから事務所の冷蔵庫で冷やしてるけど、誰かが誤って飲んだら大変なことになりそうだ。
「話を戻すが、あいつらの挑戦。悪いが受けてもらいたい。まぁ、天界と教会の尻拭いってやつだ。いつも貧乏くじを引かせて悪い」
『申し訳ありません』
先生に続き、ミカエルさんまで済まなそうにしていた。
トップ陣たる二人にお願いされたとあれば、引けないな。
それに俺達も和平に関係している分、ある意味責任がある。
俺達は彼らの挑戦を受けなければならない。
挑戦を受けた俺達は彼らとの決闘の日を三日後に決めた。
しかし――――――。
この時、誰も知らなかった。
今回の一件とは全く関係のない場所でとんでもない事態が起きようとしていることを。
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