ハイスクールD×D 異世界帰りの赤龍帝   作:ヴァルナル

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9話 引き裂かれた二人

遠出先で襲撃された俺達は負傷したトウジさんを連れて駒王町にある教会側の医療施設に転移した。

 

トウジさんはすぐにメディカルチェックとなった。

 

肩に受けた傷自体はアーシアの治療で塞がっているが………問題はダメージを受けたときに体内へ入った八岐大蛇の毒。

 

医療施設に『D×D』関係者が集う。

 

イリナは廊下の椅子で俯いていた。

 

………父を守れなかったことが、イリナの心を酷く傷つけているんだ。

そして、イリナも自身を責めている。

 

「………パパを守れなかった………。天使になって、パパも喜んでくれたのに………私、パパを守れなかった………守れなかった………」

 

「………イリナさん」

 

アーシアが隣についてイリナを見てくれている。

 

しかし、ゼノヴィアはイリナから離れていた。

 

「私は………今のイリナに対して叱咤してしまうだろう。だが、それは今のイリナにとって辛いもの。ならば、私よりもアーシアがついていた方が良い」

 

ゼノヴィアはそう言っていた。

 

ゼノヴィアとイリナの間には彼女達だけに流れる独特の心情がある。

この場で自分が傍にいることは逆効果、そう判断した。

これもゼノヴィアの優しさなのだろう。

 

トウジさんがいる病室前に集う俺達のもとに、二つの影が近づいてきた。

 

リアスとアザゼル先生だ。

 

「ごめんなさい、大事な時にいなくて」

 

「事情は聞いた。クリフォトの対処と紫藤局長の解毒について、教会側と協議してくる」

 

先生はそのまま廊下の奥へと消えていった。

 

残ったリアスに事の顛末を話していると、病室からグリゼルダさんと担当の医師が出てくる。

 

グリゼルダさんが俺達に言う。

 

「………局長の体には、邪龍の毒が入り込んでいます」

 

それを受けてドライグが皆に聞こえる声で言った。

 

『八岐大蛇の毒は厄介だ。放っておけば数日のうちに魂まで毒で汚染されて息絶える。相棒が肉体の治癒能力を限界まで引き上げているが、それでも解毒はできないだろう』

 

その言葉に俺は頷く。

 

「肉体の治癒能力を上げることで、解毒は出来る。だけど、魂まで響くとなると話は変わってくるな。それって呪いに近いんだろ?」

 

『ああ、そうなる。肉体は保っても、魂が保たない。先に魂が汚染されてしまえばそこまでだ。完全に解毒するには限られた術者か、施設のみだろう』

 

グリゼルダさんが続く。

 

「はい。ですので、局長をこの後、天界にお連れするつもりです。天界の解毒法ならば、たとえ八岐大蛇の毒であろうとも治すことができましょう。――――ただ、その前に局長から皆さんにお話があるようです」

 

 

 

 

「パパッ!」

 

ベッドに横たわる父親を見て、イリナが駆け寄る。

 

「ごめんなさい………。私………パパを守れなかった………」

 

「ハハハ、イリナちゃんが謝ることなんてないんだよ? それにまるで死んじゃうみたいな雰囲気はやめておくれ。パパはこのあと天界で治療を受けるし、イッセーくんの処置もあって、この通りさ」

 

トウジさんは腕をムンッとさせる。

 

確かに肉体の治癒能力を限界まで引き上げたおかげで、毒の進行が遅れている。

パッと見は大丈夫そうにも見える。

実際、肌の色も良い。

 

だけど………明らかに辛そうな表情を浮かべている。

イリナの手を取り、ニッコリと微笑んではいるが無理をしているのは誰の目から見ても明らかだ。

 

トウジさんは俺達を見渡すと重い口を開いた。

 

「………天界へ行く前に少しだけお話ししたいことがあります。彼についてです」

 

トウジさんは一度俯く。

 

「彼の名は八重垣正臣。教会でも名うての戦士であり、かつて私の部下だった男です」

 

「………『だった』? それは所属が変わったという意味ですか?」

 

俺が聞き返すと、トウジさんは首を横に振った。

 

「彼はもう亡くなっているのです。………教会側が彼を粛清したのですから」

 

『―――――ッ!』

 

その事実に全員が驚いた。

 

あの八重垣って人は既に死んでいる………?

 

それがなぜ―――――。

 

いや、奴らなら出来るか。

生命の理を弄くれる奴らなら………。

 

リアスが口を開く。

 

「聖杯ね………。聖杯を使って八重垣という人と八岐大蛇を復活させた」

 

「彼が持っていた剣―――――天叢雲剣は折れて修復中だと聞いていたが………。どうやら、あの剣を強奪した後に邪龍を宿らせたんだろうね」

 

ゼノヴィアもそう続けた。

 

天叢雲剣。

 

日本神話に出てくる有名な聖剣だ。

八岐大蛇の尾から出現したと言われている。

その剣に八岐大蛇を宿らせたのか………。

 

トウジさんは続ける。

 

「教会の役職にある者達が襲撃を受けている話は皆さんもご存じですね?」

 

「ええ。ミカエルさんから話は聞きました」

 

「………その襲撃も彼がやったのでしょう。彼にはそれだけの動機がある。そして、殺された者達は皆、かつての私の同僚ばかりです」

 

告げられる事実に俺達は言葉を失った。

 

トウジさんの同僚ばかりが襲われている………?

 

そして、八重垣という男にはそれだけの動機がある、と。

先程の戦闘で復讐だと言っていたな………。

 

過去に何があったというのか………。

 

すると、リアスが深く息を吐いた。

 

「実はね、今、バアル家の関係者が襲われているの」

 

「なに………? それは本当か?」

 

「ええ。バアル家そのものには被害者は出ていないのだけど、大王派の政治家が襲撃を受けているそうなの。すでに死者も出ているわ」

 

その報告を聞いて、俺はふと思い出した。

 

あの八重垣という男、去り際にバアル家について触れていた。

 

 

―――――あの町を継いだバアルの血を引きし悪魔とその眷属、と。

 

 

あの町の悪魔ではなく、『バアル』の血を引きし悪魔。

態々、その名を出してたということは、まさか――――。

 

俺は顎に手を当てて呟く。

 

「そのバアル関係者の襲撃も八重垣が………?」

 

「おそらく。彼にはそれを行うだけの理由がある」

 

トウジさんは天井を見上げながらそう答えた。

 

リアスが問う。

 

「この町で何があったのですか? 私の前任者である悪魔、バアル家の縁者――――母方の身内が取り仕切り、教会とのいざこざを起こして解任されたと聞いていますが………」

 

その言葉にトウジさんは納得したかのように頷いていた。

 

「………そちらではそのようになっているのですね。………こちらでも、表向きはそのような説明で済ませていますが………。お父上、もしくは兄上から、この町で起こったことは聞いていないのですね?」

 

「はい。………おそらく、父は知らないと思います。私にそのような隠し事をする方ではありませんので………。兄は立場上の都合もありますから、わかりませんが………。ただ、この後、大王バアル家の者から説明があるそうです」

 

「………そうですか。彼らも話すのですね。ならば、詳しい事情は大王側から伺った方が良いでしょう。ただ、私からも少しだけ。………八重垣くんは、この町を縄張りにしていた上級悪魔の女性と………恋に落ちたのです」

 

トウジさんは口元を手で覆い、大粒の涙を流した。

 

「その女性はべリアル家の分家に当たる方でした。名前はクレーリア・べリアル。………私達は彼らを引き裂いたのです………ッ。………私は彼に斬り殺されても文句は言えません………! それだけのことをしてしまった………! 殺されて当然なのです………! すまない………八重垣くん………! 本当に………すまない………!」

 

 

 

 

トウジさんを見送った後、俺達はグレモリーの城を訪れていた。

 

ここに来たのはオカ研メンバー全員だ。

つまり、リアスの眷属、俺の眷属、イリナとレイナ。

 

訪れた理由は、ここにバアルの使者が来ていると聞いたからだ。

 

バアルの使者が来ているという応接室に向かう途中、俺はリアスに訊ねた。

 

「………リアスはクレーリア・べリアルって女性悪魔のこと、知ってた?」

 

「………いいえ。私はバアルの分家筋に当たる方が前任者だと聞いていたわ。いただいていた資料にもそう記されていたし、実際にその方にもお会いして駒王町についての経験談も語ってもらっていたの。………全て仕組まれていたのね」

 

リアスが受けていた情報は全て捏造。

リアスが会ったという前任者も用意された者なんだろうな。

 

リアスがドアをノックする。

 

「お父さま、ただいま到着致しました」

 

『入りなさい』

 

中からリアスのお父さん――――ジオティクスさんの声が聞こえてきた。

 

リアスは扉を開いて一礼した後に中に進んでいく。

俺達もそれに続いた。

 

応接室の中には装飾が施されたソファとテーブル、暖炉があった。

 

ソファにはジオティクスさんと初老の男性が座っている。

男性は貴族服を身に纏い、紫色の瞳と黒い髪をしていた。

穏やかな目付きではあるが、隙が見えない。

………威厳のある雰囲気を全身から放っていた。

 

「よく来てくれた。かけてくれたまえ」

 

ジオティクスさんが立ち上がり、迎え入れてくれる。

 

俺とリアスは促されるまま、男性の向かいに座った。

 

男性が口元を少しだけ笑ませる。

 

「ごきげんよう、リアス姫、それから赤龍帝殿」

 

ジオティクスさんが俺達に告げる。

 

「リアス、イッセーくん、ごあいさつなさい。このお方はバアル家――――初代当主さまであらせられる」

 

『―――――ッ!?』

 

その言葉に全員が驚愕した。

 

バアル家の………初代当主!?

 

つまり、この目の前に佇んでいる男性が聖書に記されているバアル、その人ということ!

『バアル』と称される悪魔の源となった人!

 

大物中の大物じゃないか!

 

そんな超大物が直々に話をするって………どれだけの秘密があの町にはあるのか………。

 

バアル家の初代当主とされる初老の男性は改めて言う。

 

「はじめまして、私の名はゼクラム・バアル。まぁ、私のことは聖書や関連書籍を見ていただければ十分だろう」

 

「………はじめまして、お話だけは………私も書物で知っております」

 

初代バアルの登場に流石のリアスも予想外だったのか、少々萎縮気味だ。

 

ここに来るまでの間、バアル家現当主の部下、あるいは眷属が来るものだと思っていた。

それが、初代バアルという超大物が直々に来たんだ。

 

今回は完全な不意打ちだ。

 

初代バアルが俺達を見渡す。

 

「グレモリー眷属の皆々。活躍は私の耳にも届いている。我が家のサイラオーグともよくしてくれているそうで………礼を述べよう。さて、私に訊きたいことだが………。リアス殿、貴殿の前任者について、でよいな?」

 

「………はい。『クリフォト』に手を貸す者の一人が『天界、そしてバアル家に復讐する』、と」

 

初代バアルはそれを聞いて目を細める。

 

「ふむ、どこから話したものか………」

 

顎髭を擦りながら、自身の記憶を探っているのだろう。

 

すると、イリナが一歩前に出て言った。

 

「お願いします。聞かせてください。パパ………私の父も関与していたと聞きました。今、その父はテロリストに命を狙われています。………私は………父に何があったのか知りたいんです。………あの町で起こったことをお聞かせください!」

 

頭を下げて必死の声で訴えるイリナ。

 

そんなイリナを見て、初代バアルは何かに気づいたようだった。

 

「………貴殿は天使か。父………もしや、当時の教会から派遣されていたエージェント………紫藤という人間の?」

 

「はい。私は紫藤イリナ。紫藤トウジの娘です」

 

その名を聞いて、初代バアルは大きく息を吐いた。

 

「………これも縁か。よもや、あの人間の娘がこうして私に話を聞きに来ることになろうとは。………リアス姫、あの土地と我らの関係についてはご存じかな?」

 

「はい、今はグレモリーの統括ですが、古くはバアル家とグレモリー家が共同で治めていたと聞いております」

 

それは初耳だな。

 

駒王町はリアスの前………いや、もっと昔からバアルとグレモリーの縄張りだったということか?

 

初代バアルが言う。

 

「貴殿達が利用している物の大半が我らが関わっていたのだ。主にグレモリーが工面していたがね。貴殿らが拠点としている駒王学園もしかり。だが、一時だけ、あの地を他の貴族の子息、子女の経験のためにと短期間貸し与えていた時期もあったのだ。………あの娘もその一人だった」

 

初代バアルは貫禄のある低い声で語りだしていく。

 

駒王町は一時期、上級悪魔べリアル家の分家出身の女性が縄張りにしていた、と。

名はクレーリア・べリアル。

この女性がリアスの前任としてあの町を仕切っていた。

 

そして、その女性はレーティングゲームの王者ディハウザー・べリアルさんの従姉妹だという。

 

最初の段階からリアスが聞かされていた事情と全く違っていた。

 

「クレーリアの運営は順調であった。特に問題が起こるわけでもなく、どこにでもある上級悪魔が取り仕切る町の様相を見せていた。ところが、偶然が重なりクレーリアは人間の男と通じてしまったのだ。古来より、悪魔が人間と一時の関係を持つことはそう珍しいことではい。――――所詮、人間は我々よりも短命の存在。永生なる悪魔にとって、一時の戯れとして付き合うには十分な素材だ」

 

一時の戯れ………素材、か。

 

俺がその言葉に眉を潜めていると、初代の目元が少しだけ険しくなった。

 

「それ故に、人間と関係を持つこと自体は咎めることでない。………ただし、相手が教会側の人間となれば、話は別となる」

 

初代の視線がイリナを捉える。

 

「今でこそ、この場に天使が同席するということが許されているが、当時では悪魔と教会の者が会合する、ましてや恋愛するなど、考えられぬことだった。堕として傀儡とするなら良いだろうが、真剣に愛し合うなど、禁忌とも言えた」

 

「………べリアルの女性と教会の戦士は………」

 

イリナの問いに初代が頷く。

 

「あってはならぬことだ。我々にとっても、教会側にとっても。そのため、我々はそれぞれの立場から二人の説得を試みた。………が、彼らの間柄は既に深いところまで行っていた。クレーリアは………遊びを違えて、過ちに身を投じた。このままでは特例を許してしまうことになる。そう考えた我々と教会側は彼らを強引に引き離すことを考えた。皮肉にも、敵対していた我々がその時だけは結束したのだよ。お互いの体裁を守るという意味合いで。ふふふ、我らも彼らも業の深い存在だとは思わないかね」

 

リアスが訊く。

 

「その結果、二人は………亡くなった。………粛清したのですね?」

 

その問いに初代バアルは淡々と語る。

 

「最後まで説得を試みた。だが、業を煮やした教会側………いや、我らの方が先に手を出したのかもしれないな。お互いがお互いの不備を正すことになった」

 

関係を持ってしまった二人を粛清した結果、あの町を縄張りにしていた悪魔は一時的にいなくなった。

 

主であるクレーリアさんを守ろうとした眷属悪魔も主同様に始末され、生き残った者は十分な「褒美」を受け取り冥界の僻地に飛ばされたという。

 

教会側も人事異動という名の整理が行われる。

駒王町の教会にいた関係者はトウジさんを始め、事件に関わった者全てが海外への異動となった。

 

イリナがイギリスに渡ることになった背景がこれだった。

 

ある者は役職を得て、ある者は自らの手で仲間の粛清を行ったため、自己の正義と神への信仰の狭間で苛んでしまう。

中には心を崩した者もいたそうだ。

 

俺が初代バアルに問う。

 

「この事を知っている者は?」

 

「あの時関与したほんの一握りの者達だ。我々悪魔にとっても教会側にとっても秘匿すべきことだったからね。おそらくミカエル殿の耳にも届いていないだろう」

 

ミカエルさんも知らないのか。

 

初代バアルの話を聞いて、ジオティクスさんが静かに口を開いた。

 

「まさか、娘の縄張りにそのような事案があったとは………。リアスの代になるまでバアル側にお任せしていた我らにも責任はありますが、一言いただきたいところでしたな」

 

「過去を捏造し、あの地をリアス姫に紹介したことは謝罪しよう。しかし、早めに後任者を決めねばいらぬ邪推が飛び交うことになる」

 

「………リアスは現魔王ルシファーの妹。バアル家の血も宿す。それ故にリアスを?」

 

その問いに初代バアルは笑む。

 

「たとえ明るみに出ようとも、リアス姫のように有望な若手であれば、実績を積み、過去を十分に清算できるだろう。――――と、思ったのだが、有望すぎて想像を遥かに越えてしまったよ。あの地は三大勢力の和平の場所になってしまったのだから」

 

確かに、リアスを後任者にしたのは大当たりだったのだろう。

現にリアスはあの地で大活躍。

大物ルーキーの一翼と数えられるほどにもなった。

 

事件が明るみに出たところで、三大勢力の重要拠点となった今では些細なこと。

「今更」と言われてもおかしくないんだろうな。

 

しかし、リアスは首を横に振った。

 

「当時の政治が絡んだのでしょうから、それについては私が言えることは何もありませんわ。ですが、どうして―――――」

 

「どうして、真実を偽ったのか? なぜ、語らなかったのか? グレモリー卿を騙してまで―――――かね?」

 

「………」

 

言いたいことを言われ、リアスは不満げに口を閉ざす。

 

初代は構わずに言った。

 

「私はサーゼクス殿には話した。伝わっていなかったとしたら、それは彼の『愛情』だ。可愛い妹に余計な気苦労をかけたくなかった。そうは思えないかね? 彼が我らバアルの意思と妹への愛情の狭間で葛藤したことについては謝罪しよう」

 

その言葉に俺達の会話が一時、途切れることになった。

 

リアスに伝わっていなかった経緯は分かった。

 

サーゼクスさんが伝えなかったのも分かる。

そこは初代が言うようにサーゼクスさんの優しさ、リアスへの愛情なのだろう。

 

だけど………なんとも胸くそ悪い話だった。

 

教会の人間と悪魔が関係を持ったから、互いに二人を粛清した―――――。

 

人間と悪魔が互いを想って何が悪いんだ、と言ってしまいたい。

例え敵同士の関係でも、二人は愛し合っていた。

なんで、それを理解してやらないんだ、と本音をぶつけてやりたい。

 

―――――感情的に言えば。

 

しかし、当時は和平前。

悪魔、天使、堕天使の三勢力は緊張状態。

何が切っ掛けで再び戦争になるか分かったもんじゃない。

俺も悪魔になりたての頃は、リアスから教会には近づくなと言われていたくらいだ。

 

今でこそ、三勢力は互いに手を取り合い、平和を目指して進んでいるが、当時とは関係がまるで異なる。

 

それを考えれば、特例を許すことがどれだけ危険なことだったかというのは分からなくはない。

理解は出来る。

 

理解はできるが………。

 

チラッと後ろに視線を送ってみる。

俺の視線の先にいるのはアリスだ。

 

アリスの性格ならここで一言もの申しそうだが、目を細めて深く考えているようだった。

 

………多分、俺と同じことを考えているのだろう。

 

感情的に考えるか、それとも―――――。

 

初代バアルは俺の考えていることを察したのか、俺の目を真っ直ぐに見ながら言ってくる。

 

「赤龍帝殿。貴殿の言いたいことは理解しているつもりだ。和平後の今を生きる貴殿ら若者からすれば、我々が行ったことは非道だと感じているだろう。もっと他の方法は無かったのか、そう考えているのではないかね?」

 

「ええ、まぁ。………当時のバアル、教会側の考えも理解出来なくはないんです。だけど、粛清する以外にも方法はあったような気がしてならないんです。それが何なのかは………分からないんですけど。ただ………」

 

「ただ?」

 

「………やっぱり、粛清は間違っていたとは思います。その結果が今のこの現状ですから。彼の憎しみがテロリストに利用され、その刃が向けられた。冥界にも教会にも被害者が出ている。あなた方の誤った判断が今の現状を作り出した、違いますか?」

 

具体的な方法を提示できずにこんなことを言ってしまう俺は子供なんだろう。

 

鼻で笑われてもおかしくない。

 

だけど………当時、粛清と称して二人の命を奪わなければ、こんな事態になっていなかったのは確かで………。

 

二人が生きてさえいれば、和平が成立した今なら愛し合うことも許されていたはずだ。

 

俺の考えは全部結果論。

そんなものは分かっている。

 

それでも―――――。

 

「俺は………お互いの体裁を守るためと、二人から命を奪った当時のあなた方のやり方を認めることは出来ません」

 

俺は初代バアルの目を真っ直ぐ見ながら、そう言った。

 

それを聞いて初代バアルは笑む。

 

「ふふふ、若いな。まったくもって若い。許さないではなく、認めることができない、か………。赤龍帝殿」

 

「はい」

 

「将来、魔王でも、やってみたらどうかね? 貴殿なら、魔王をやっても面白いのかもしれんよ」

 

「俺が………ですか?」

 

「そうだ。貴殿なら十分に狙えるだろう。うちのサイラオーグですら狙えるポジションなのだから」

 

「サイラオーグさん『ですら』、ですか………。確かにサイラオーグさんの夢は魔王になることですが、あの人はバアル家次期当主ですよね?」

 

問う俺に初代バアルは頷く。

 

「ああ、サイラオーグは次期当主だ。優秀で領民からも慕われている」

 

「だったら―――――」

 

「だが、大王バアルは今も昔も滅びの魔力を持った者が跡取りなのだよ。故にサイラオーグには当主になってもらった後、いくつかの功績を与えてから魔王か、それに次ぐ役職に移ってもらう。そして、彼の弟を次代の当主とする」

 

ハッキリと言ってくれるな。

 

………だけど、この人はサイラオーグさんを見下している、というわけでは無さそうだ。

あの人の力も魅力も認めている。

 

だけど、あくまで大王は滅びの力を持つ者が継ぐ。

それがこの人の中では絶対なんだろうな。

 

………この人と言葉を交わしていて思うことがある。

 

年齢を重ねた古い悪魔はどうしても生に無頓着になり、精神的に無の方に向かうとされている。

 

だけど、初代バアルからはまるでそんな気配を感じられない。

未だに何かを成そうとしているのが言葉に乗って伝わってくる。

 

すると、初代バアルは小さく笑んだ。

 

「リゼヴィム坊っちゃんとルキフグスの忘れ形見が『悪魔』を語ったそうではないか。―――――邪悪であれ、と」

 

俺達を見渡して初代バアルは鋭い眼光を放ちながら言葉を発する。

 

「これからの世代、若き世代の中心になるであろう貴殿達にもよく心してもらいたい。真の悪魔とは、古くから伝わる上級悪魔の血縁者を指す。それ以外は『平民』と『転生者』であり、本当の悪魔ではない。邪悪かどうかはその者の価値観によって変わるだろうが、私は悪魔が邪悪である必要性はないと思っている。そして、悪魔の役目はこの貴族社会を未来永劫存続させることだと考えている」

 

純血の貴族以外は悪魔ではない、ね。

古いしきたりを重要視する大王派のトップらしい物言いだ。

 

ただ、悪魔が邪悪である必要性はないってところは俺と同意見か。

 

初代は息を吐いた後、立ち上がる。

 

「あの町についての事情を話すだけのつもりだったのだが………私も若者に感化されているようだ。すまなかったね」

 

苦笑する初代バアルだが、そこから言葉を続ける。

 

「今回の件だが、貴殿ら『D×D』に任せよう。どうやら、バアル家の動きを伺っている者がいそうなのでね。本来なら我らも動くべきなのだが、下手に出るのは悪手と見た。………あの町について語らなかったこと、改めて謝罪する。申し訳なかった。―――――では、私はここでおいとまさせていただこうか」

 

 


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