地下の転移室。
そこに描かれているのは、いつもの悪魔文字で展開する転移型魔法陣ではない。
イリナとグリゼルダさんがお祈りのポーズで聖書の一節のようなものを口にしていく。
「あたたた………」
と、アリスがこめかみを押さえている。
俺も含めて他の悪魔メンバーも同様に頭を重そうにしているので、多分、あれは聖書の一節なんだろうな。
「皆はこれをつけてね! これをつけることで天界で動けるようになるから! 頭上にかざせば大丈夫よ!」
イリナに渡されたのは輪っかだった。
言われた通りに頭上にかざすと―――――浮いて光だした!
おおっ、天使になったみたいだな!
これで天界で天使以外の種族が動いても、神さまが遺した『システム』にさほど影響を与えなくなるという。
神さまの不在を知っていたり、『システム』に影響を出しそうな者が天界の門を素通りしてしまうと、何かと面倒が起こりかねないそうだ。
この輪っかを通すことで、それを限りなく薄めることができるとのこと。
輪っかには俺達のIDみたいなのが登録されてあるから、無くすのは厳禁だ。
こんな風に悪魔でも天界に行けるようになったのも、グリゴリや悪魔側からの技術提供があったからこそ。
つまり、和平が成立したからこそ生まれたアイテムだ。
この輪っかを着けて喜んでいる者がいて―――――
「アーシア! て、天使になった気分だ!」
「はい! とても光栄です!」
ゼノヴィアとアーシアだ。
二人は生粋の信徒だならね。
この輪っかは二人にとって嬉しいものなのだろう。
目、キラキラしてるし。
イリナが二人に言う。
「じゃあ、天界に入る前に記念として三人でお祈りしましょう!」
「はい!」
「ああ!」
「「「ああ、主よ!」」」
三人のいつものお祈りポーズ!
何とも微笑ましい光景だ。
………しかし、悪魔でも天界に入れるこのアイテム。
これが作られた背景の一つは天界で何かあった際、すぐに駆けつけられるようにってのもあるのだろう。
天界も攻め込まれる可能性を憂慮しているということだ。
そうこうしていると転移室に巨大な両開きの扉が現れる。
白亜で出来た立派な扉だ。
扉が音を立てて開いていく。
「ほらほら! 皆も早く! これ、上まで行く天使用のエレベーターなの! 遠慮なく入ってちょうだい!」
一足早く中へと入ったイリナがテンション高めに促してくる。
俺達を天界に招けることが嬉しいんだろうな。
今回のクリスマス企画もイリナが一番気合いを入れていた。
町の皆に天使として奉仕できることが嬉しそうで、誇りを抱いているようにも見える。
門を潜ると白い空間に出る。
全員が潜ったところで、足元に金色の紋様が浮かび、輝き出していく。
ふいに浮遊感が訪れ――――――周囲の光景が一変した。
神々しい光が俺達を照らす。
周りを見渡すとそこは雲の上だった!
今の一瞬で、地下から飛ばされたのか?
前方には巨大な門があり、ゆっくりと開いていく。
グリゼルダさんとイリナが開かれる門を背に俺達に行った。
「「ようこそ、天界へ」」
▽
巨大な門―――――天界の前門を潜ると、そこにあったのは白い石畳の道、ずらりと並ぶ石造の建物。
建物は空にも浮かんでおり、そこを純白の翼を持った天使たちが飛び交う。
幻想的な光景だな!
空が白く輝いているのもあるけど、天使や建物、道ですら光っている見える!
先導するグリゼルダさんが説明をくれる。
「天界は全部で七層あります。ここは第一層――――第一天と呼ばれるところです。最上部である第七天は神の住まう場所とされていました。今は神の奇跡を司る『システム』だけが存在しております」
ここに来る前にイリナからも説明を受けたが、この第一天が天使が働いているところで、前線基地のような場所らしい。
イリナもグリゼルダさんも基本的にはここで勤務しているそうだ。
イリナが空を指差す。
そこは雲の上に建っている建物だった。
「あの建物がミカエルさまの『
へー、あれがイリナの職場の一つなんだな。
「ミカエルさまや他のセラフの方々は第六天にいらっしゃるわ。天界の本部もそこにあるの」
イリナは続けて説明してくれた。
ミカエルさんがいるのが第六天。
つまり、俺達が向かう場所もそこだな。
リアスが興味深そうに辺りを見渡しながら言う。
「昔と随分階層の構造が変わっていると聞いているけれど………。アザゼルは堕天前、第五天にいたというのを聞いたことがあるわ」
グリゼルダさんが頷く。
「ええ。天使だった頃のグリゴリメンバーは第五天にいました。現在は研究機関の多い階層となっております。『御使い』のカードやその輪もそこで製造されました」
それからも俺達は様々な施設の解説を受けながら先に進んでいく。
しばらく進むと再び分厚い扉が現れ、警護の天使による厳重なチェックを受けた。
チェックが済んだ俺達は扉を潜り抜ける。
そこには先程体験したエレベーターがあり、それを使って更に上の階層へ。
階層ごとに巨大な門とチェックがあり、上に上がるためには相当な資格が必要となるとのことだ。
「第二天と第三天は見ることが出来なかったけど、どんな場所なんですか?」
美羽がグリゼルダさんにそう訊ねる。
今の二つの階層は門を潜るとすぐにエレベーターがあったため、ゆっくり見る時間がなかったんだ。
グリゼルダさんが説明してくれる。
「一般的な天国と呼べる場所は第三天に存在します。ここが一番広い階層であり、広大すぎるため端がどこにあるのか分からないとさえ言われています。申し訳ないのですが、悪魔がそこに行くと信徒の魂が騒ぎそうなので、今回の見学は遠慮していただく方向です」
第三天が天国か。
となると、死んだじいちゃんの魂もそこにいたりして。
会ってみたいが………騒ぎになるというのなら仕方がない。
まぁ、天国って神話体系の数だけ存在するらしく、ここはキリスト教圏の天国ということになる。
あれ………そうなると、うちのじいちゃん、ここにはいないんじゃ………。
仏門だし。
イリナが言う。
「第四天は別名エデンの園。アダムとイヴのお話か有名よね」
アダムとイヴの話は有名だよな。
第四天がその場所なのか。
見てみたいけど、俺達はそこを見ることなく上の階層へ。
エデンの園の上の階層――――第五天は聞いていた通り、研究所らしき建物が多く並んでいて、研究者らしき天使達もたくさんいた。
ここが先生の元職場だというのは興味深いな。
第五天を通った俺達は次のエレベーターへ。
いよいよ目的地の第六天が見えてくると思った時だった。
グリゼルダさんが思い出したかのように言う。
「天界のルールなのですが、人間界や冥界ほど俗世のものに強くはありません。つまり、邪なものに酷く脆いのです」
あー、そういや、イリナもたまにエロ以外で翼を白黒点滅させてるよね。
何でもないことで堕天しかけたりすることがある。
………俺と美羽の初体験を語らされた時は一番やばかったな。
あの時は堕天の一歩手前だったっけ?
「………要するにイッセー先輩はエロエロなことを謹まないといけないということです」
小猫ちゃんの鋭い指摘!
だよね!
ここ、天界だもんね!
エロ思考は駄目だよね!
しかし、アリスは肩をすくめる。
「無理でしょ」
「うん、お兄ちゃんだもん。エッチだもん」
はうぁ!
アリスと美羽から『無理』と言われてしまった!
おまえら、俺を舐めとるな。
俺だってな、エッチな思考をやめることぐらい………できる!
多分!
きっと!
恐らく!
第六天に到着すると、今まで見てきたものよりもずっと大きい門が現れる。
見渡す限り壁で、門も百メートル以上はありそうだ!
そのとてつもなく巨大な門が開き、俺達は中へ。
しかし、この門………かなりの分厚さだ。
流石はミカエルさん達、
最上部の第七天に次ぐ階層だけあって頑丈そうだ。
門の潜り抜け、見えてきたのは金色に輝く光輪を背にした神殿。
建物事態が聖なる波動を放ち続けていて、その光量もすさまじい。
グリゼルダさんが建物に続く道を歩きながら説明をくれる。
「あそこが熾天使の方々が住まわれている現天界の中枢機関『ゼブル』です。建物のこともそう呼んでおります。ここより上の階層、つまり、最上層である第七天は熾天使以外立ち入り禁止になっています。ですから、基本的に私達が足を踏み入れられるのもここまでとなっています」
俺達はそのまま『ゼブル』へ―――――と、思っていたら、グリゼルダさんとイリナは途中で道を曲がって『ゼブル』に続く正面の道から外れていく。
「実は、現在『ゼブル』は内装工事中でして。ミカエルさまは別のところでお待ちなのですよ」
あの建物、工事中なのね。
うーん、中を見れないのは残念だ。
更に進むこと数分。
俺達が着いたのは中庭のような場所。
多種多様彩り鮮やかな草花が咲き誇り、水が流れていて、ゆったりした空間になっていた。
テラスとなっている小屋のテーブルに据わる人が一人。
その人はこちらを確認すると立ち上がり、柔和な笑みを見せる。
「これは皆さん。お久しぶりです」
金色の翼を持つ美男子―――――ミカエルさんだ。
こうして会うのは、各勢力のトップ陣に対して異世界について話をした時以来か。
「お久しぶりです、ミカエルさま。この度はご招待いただきまして、まことにありがとうございます」
リアスをはじめ、他のメンバーも挨拶をする。
「こちらこそ、遠路はるばるありがとうございます。さぁ、お掛けください」
そう促され、俺達は着席していく。
ミカエルさんが俺達に問う。
「どうですか、天界は?」
「神々しいですね。冥界とはまるで違う雰囲気で………」
「素敵なところですわ。人間の魂が死後、ここに運ばれてくるというのなら、それはまさに楽園なのでしょうね」
俺に続き、リアスもそう漏らす。
その返しにミカエルさんは一つ頷くと微笑みながら、
「まぁ、亡くなった方の大半は地獄に行ってしまわれるのですけどね」
それってジョークですか!?
笑うところなんですか、ミカエルさん!
死んだ人の大半は地獄ですか!
そーですか!
あまり知りたくなかった事実だよ!
ミカエルさんが手をあげると天使の女性が俺達にお茶を入れてくれる。
………ミカエルさんのお付きなんだろうけど………可愛いな、あの子!
やっぱり天使って清楚な感じだよね!
「改めて、今年一年、本当にお疲れさまでした。あなた方がいなければ、今の天界、冥界が無かったのも事実。このように天界で悪魔とお茶が出来るなど一年前は想像も出来ませんでした。これも、あなた方、次代を担う若者達が命懸けで戦って下さったおかげです。本当にありがとうございました」
天使のトップから労いの言葉をもらい、俺達も改めて頭を下げる。
「ゼノヴィアは以前ここにいらしたことがありましたね」
「はい、ミカエルさま。英雄派の首魁にデュランダルを破壊された時に、ここへ修復しにまいりました」
あれは昇格試験の直後だったか。
曹操に破壊されたエクス・デュランダルの修復と天界へ事態の報告に向かうイリナの護衛として先にゲオルクが造った疑似空間から抜け出したゼノヴィア。
そこでアーサーが持っていた最後のエクスカリバーも加わり、デュランダルと真のエクスカリバーが揃うことになった。
激戦の度にエクス・デュランダルはここにメンテナンスに出されている。
伝説の聖剣同士の融合はまだ研究段階であり、天界側も色々と調べたいことがあるそうだ。
この後、クリスマス企画のプレゼントについて、ミカエルさんから内容の一覧表を見せてもらい互いに意見を出し合い、企画内容を詰めていった。
ミカエルさんが言う。
「そろそろ現地に今回の企画立案者が到着するはずです。あとはその方と最終的な打ち合わせをしていただければ問題ないかと。何か足りない物が分かれば、言ってください。こちらで用意しましょう」
その言葉で天界でのクリスマス企画の打ち合わせは終了となった。
打ち合わせも終わり、後は和やかな雰囲気でお茶会を続けていると、こちらに近づいてくる人が一人。
「ミカエルさまぁ」
若干間延びした女性の声音。
そちらに視線を向ければウェーブのかかったブロンドの髪を持つ美女の姿!
背中の翼の枚数もミカエルさんに並ぶほど!
そんな美女がサンタクロースのコスチュームで柔和な笑みを浮かべながら登場した!
「おや、ガブリエル」
「ガブリエルさま」
ミカエルさんとグリゼルダさんがその美女の名を呼んだ。
そう、この人こそ、天界一の美女と称される四大セラフのガブリエルさん!
一度話したことがあるが、やっぱり美人!
しかも、普通のサンタコスを着ているのに分かってしまうほどグラマーなお体!
揺れてるもん!
サンタコス着てるのに揺れてるのが分かるもん!
一度、生で見てみたい!
きっと、ご利益に満ちていることだろう!
「あら~、グリゼルダちゃんに皆さまも。赤龍帝さんは異世界の報告を受けた時以来ですね」
「はい。お久しぶりです、ガブリエルさん」
俺はそう挨拶を返すが………やはり、おっぱいに目がいってしまう!
だって、揺れてるんだもん!
動く度に揺れてるもん!
その時、俺の体を覆うように幾重もの天使文字で描かれた魔法陣が展開される!
「な、なんだ、こりゃ!?」
俺が突然の結界らしきものに驚くなか、ミカエルさんは苦笑する。
「すいません。それは天界で必要以上の煩悩が発生した場合に自動で展開する結界――――堕天防止用の結界なのです。本来、煩悩が高まった天使のために発動するのですが………赤龍帝にも発動してしまったのですね」
なんと!
つまり、俺が天使だったら、堕天の危機だったということですか!
「………イッセー先輩、ガブリエルさまの胸元をいやらしい目付きで見てました」
小猫ちゃんから本日二度目の鋭いツッコミ!
すいません、見てました!
ガン見してました!
気になって気になって仕方がないんです!
ガブリエルさんのおっぱい!
「やっぱりあれくらい巨乳の方が良いんだ………。そうよね………どうせ、私なんて………グスッ」
あ、あれぇぇぇぇぇ!?
アリスが………アリスさんが涙目になってる!?
ガブリエルさんと自分を見比べて、自分に絶望した表情になってるぅぅぅぅぅ!?
確かに服の上からでも揺れてるの分かるけど!
サンタコスなのにすんごい揺れてるけど!
そこでアリスが落ち込む必要なんてなんだよ!?
「お、落ち着け! 俺は小さくても………アリスのおっぱいは可愛いぞ! 敏感だし、柔らかいし! アリスのおっぱいは最高だぞ!」
「そんなこと人前で言うな、バカァァァァァ!」
「グボァッ!」
アリスの渾身のアッパーが炸裂!
俺の顎を的確に撃ち抜いた!
天界でもいただきましたアリスパンチ!
宙を舞う俺の体!
地面でバウンドし、ゴロゴロと転がっていく!
痛ぇっ!
超痛ぇっ!
顎割れたんじゃね!?
痛みのあまり地面で悶えていると、俺は何かにぶつかった。
「おんや? イッセーどんじゃないか。………顔、血で染まってるけど大丈夫?」
聞き覚えのある声に目を開くと、そこにはデュリオが立っていた。
どうやら、俺はデュリオの足にぶつかったらしい。
「デュリオ、散歩は終わったのですか?」
ミカエルさんの問いにデュリオも頭を下げる。
「あ、どうも、すみません。こんな時期に気分転換の時間なんていただいて」
「いえいえ。こんな時だからこそ、休息を取る時間も必要でしょう。それにデュリオも今回のクリスマス企画に参加してくれるのですよね?」
「はい。プレゼントを配るのは得意ですからねぇ。俺もサンタの格好で配らせてもらいますよ」
あ、デュリオも参加するのな。
打ち合わせにいなかったから、参加しないものかと思ってた。
と、ここでグリゼルダさんがミカエルさんに進言する。
「ミカエルさま、例の件をお知らせした方が良いのでは?」
「そうですね。私もそのつもりでした。実は現在は、教会の役員が襲撃を受ける事件が発生しています」
「っ! 教会の役員が、ですか?」
俺がそう聞き返すとミカエルさんは頷く。
「はい。ヴァチカン本部の幹部だけではなく、支部の重要人物にまで死傷者が出ているのです。詳細はまだ調査中なのですが、どうにも邪龍の気配を感じ取れた、ということなのです。おそらくは――――」
「クリフォト、ですね?」
リアスがそう続き、ミカエルさんも首を縦に振る。
「十中八九。警戒はしておいてください。彼らの目的が分からない以上、怠れば隙を突かれるでしょう」
………邪龍の気配。
クリフォトが教会の関係者を襲う。
奴らはテロリストだから、やりそうだけど………。
ただ、リゼヴィムがやるにしては大人しいような気もする。
あいつなら、量産型邪龍使って殲滅とかしそうだし。
それに教会関係者を襲うってのも目的が見えないんだよな。
一体、奴らにどんな思惑があるのか………。
皆が一様にシリアスな表情になった。
その時だった―――――。
「ひゃんっ」
シリアスな空気が漂うこの空間に響く可愛らしい声。
皆の視線がそこに向けられ―――――。
「うーん、これはかなりのおっぱいね………。流石は天界一の美女。良いおっぱいしてるわ」
「あ、あのぅ………そんなに………揉まれると………あぅぅっ」
最強の女神ことイグニスが天界一の美女と称されるガブリエルさんのおっぱいを揉んでいた。
後ろから抱きつきながら、服の上からガッツリ。
あの巨乳を下から持ち上げるようにして堪能している。
服の上から堪能したのか、イグニスはサンタコスのボタンを一部外し(もちろんガブリエルさんに無断で)、服の中に手を突っ込み始め―――――。
「なんて羨ましいことぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「その反応間違ってるからぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺の絶叫とアリスのツッコミが天界に響いた。