アセム達が去り、邪龍変化した吸血鬼の襲撃も収まったツェペシュの城下町。
ギャスパーの闇は晴れたが、その様は酷いものだった。
道も建物も何もかもが破壊し尽くされ、俺達が訪れた時とはまるで別物だ。
現在、ツェペシュとカーミラ、生き残ったエージェント達は住民の避難、誘導に尽力している。
東門にある地下シェルターでは、アーシアを中心としたメンバーが負傷者の治療に専念しているところだ。
俺は元に戻ったギャスパーの付き添いで城に戻っている。
当然、城も邪龍の攻撃で滅茶苦茶だ。
周囲を見渡す俺に美羽とレイヴェルが近づいてきた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「疲弊はしてるけど、大丈夫だよ。美羽もレイヴェルもよくやってくれた」
そう言って二人の頭を撫でる。
美羽はレイヴェルと組んで住民の保護をメインに邪龍の討伐に当たってもらっていた。
服はところどころ焦げたり破れたりしていたが、二人とも特にケガをしているところはない。
だが・・・・・
レイヴェルは深刻そうな表情で訊いてくる。
「アリスさんの具合は・・・・・?」
この場にアリスの姿はない。
理由は東門の地下シェルターでアーシアの治療を受けているからだ。
アセム達が去った直後、皆と合流するために町の中を移動した俺だったが、そこで信じられない光景を目の当たりにした。
―――――全身血塗れで倒れ伏すアリス。
辛うじて息はあったものの、傷が深く、虫の息だったのは目に焼き付いている。
やったのはアリスと戦っていたヴィーカだ。
強いとは分かっていたが、まさかアリスをあそこまで痛め付けることが出来るなんてな・・・・・。
アリスはアスト・アーデにおいて、『白雷姫』の二つ名を持つほどの猛者。
そのアリスを倒すヴィーカの力は半端じゃない。
・・・・他の下僕もヴィーカと同レベルとすると、こいつはかなりマズいな。
「さっき、アーシアから連絡あったけど、とりあえずは回復して今は眠ってるそうだ。少し休養を取れば完全回復するだろう。アーシアにはマジで感謝しないとな」
「そっか・・・・。よかった」
ほっと胸を撫で下ろす二人。
アリスが無事で本当によかった。
心からそう思う。
しかし、アリスが下された事実に俺達は衝撃を隠せないでいた。
「・・・・イッセーさま。一つご報告することが・・・・」
「報告?」
「・・・・はい。ベルと名乗る女性についてなのですが・・・・」
「―――――っ! まさか・・・・触れられたのか?」
「はい・・・・」
ということはレイヴェルも解析されたことになる。
ベルの能力は解析した対象のその段階での『能力』と『力』を複製するもの。
いや・・・・アセムの口ぶりからするに能力の一つと言った方が正しいか。
とにかく、レイヴェルが解析されたとするとその目的は一つだろう。
「あいつら、前回の失敗を取り返しにきやがったな。複製したレイヴェルを基にフェニックスの涙を製造するつもりか・・・・!」
やられた・・・!
ギリッと歯噛みする俺にレイヴェルが深々と頭を下げる。
「申し訳ありません・・・・! 私、イッセーさまの足を・・・・!」
頭を下げるレイヴェルの足元にポタポタと滴が落ちていく。
レイヴェルは主である俺の足を引張ったと思っているのだろう。
俺は涙を流すレイヴェルを抱き寄せる。
「・・・・いや、レイヴェルのせいじゃ・・・・あんなチート能力持った奴がいるなんて想像できなかったからな。それに今回の件で一番足を引張ったのは俺だ。・・・・俺は実際に複製されたからな」
下手すれば、量産型の赤龍帝なんてものを作ってきそうだ。
しかも、天武、天撃に変身可能なやつをな。
今の段階の俺の力は自分で言うのもあれだが、相当なもんだ。
仮に量産されたとなると・・・・・頭が痛くなってくる。
幸いにも俺クラスの力を持った存在を同時に何体も複製することは無理みたいだが、それは時間をかければ数を創れると言ってるのも同義。
早急にベルを倒すなり、捕まえるなりしないと厄介極まりない。
俺はそんなことを考えながら、レイヴェルに言う。
「全く気にするな、とは言わない。それを言ってもレイヴェルは気にしてしまうだろ? だからさ、失敗をしたと思うなら次で取り返せばいい。失敗を糧にして次に活かすんだ」
「イッセーさま・・・・」
「だけど、一人で無茶はするなよ? 皆で取り返すんだ。これは主命令だ。破ったらお仕置きするからな?」
「はいっ・・・・!」
強く返事を返してくるレイヴェル。
・・・・こうして言った以上、俺も一人で無茶は出来ないな。
まぁ、今回の相手はあまりに強大だ。
端から一人でどうこうできるなんて思ってないけどね。
ふと俺の視界に地面にへたり込んでいる女性が目に飛び込む。
―――――エルメンヒルデだ。
「そんな・・・・裏切り者がいて・・・・邪龍と化して祖国が・・・・? 私はどうすれば・・・」
茫然自失したかのようにそのようなことをぶつぶつと口にしていた。
彼女の体を支えている女性エージェントからカーミラの城下町でも邪龍の襲撃があったことを伝えられたのだろう。
先生の話では天界の御使いが無理矢理介入して邪龍を撃退したというが・・・・やはり被害は甚大なものらしい。
ツェペシュもカーミラも立て直しには相当な時間を要するだろうというのが先生の見解だ。
・・・・カーミラ側にも聖杯の誘惑に負けた裏切り者がいて、あげく量産型の邪龍と化して町を襲った。
カーミラ側の行動がマリウス達にリークされていたことも、彼女は知ってしまったんだと思う。
彼女の祖国を思う気持ちは本物だ。
そして、同じカーミラ側に属する吸血鬼達も自分と気持ちを共にしている、そう思っていたはずだ。
・・・・その信頼が裏切られた。
彼女の心は今、非常に混乱しているはずだ。
俺が声をかけたところで、耳に入らないだろう。
ここはそっとしておくのがベストだと思う。
そんな中、城の地下からギャスパーが戻ってくる。
背中にヴァレリーを背負った状態で。
俺達がギャスパーを手伝おうとした時だった。
あいつの前に立つ者がいた。
―――――ギャスパーの親父さんだ。
「・・・・・」
無言でギャスパーを見つめる親父さん。
ギャスパーは臆せず真っ直ぐに宣言する。
「僕はリアス・グレモリーさまの眷属悪魔! 『僧侶』のギャスパーです!」
ギャスパーは親父さんに深く頭を下げる。
「いままでお世話になりました。けど、僕は二度とここには戻りません。ヴァレリーも連れていきます」
ギャスパーはすれ違いざま、こう最後に告げた。
「――――僕達のお家は日本にありますから」
「・・・・・」
親父さんは何も言わない。
しかし、ギャスパーが完全に通りすぎた後、その背中をじっと見つめていた。
そして、俺達を一度見た後、瞑目してきた。
やっぱり、親父さんも心のどこかでは――――――
俺達も瞑目して返し、その場を後にした。
▽
襲撃から数時間が経ち、もう日の出の頃だ。
この時間帯は吸血鬼達が眠りに入る時間らしく、ほとんどの住民が地下シェルターで休むことになる。
俺達は町の中央広場に集まっていた。
ここにはベンニーアとルガールさんもいる。
ヴァーリはどこかに消えてしまった。
どこに行ったのかは知らないが、最後の悔しそうな表情のヴァーリはよく覚えている。
先生が後でもう一度呼ぶと言っていけど・・・・。
アリスは俺が抱き抱えている状態だ。
ボロボロだった体はアーシアの治療のおかげで綺麗になっていた。
今は穏やかな表情で眠っている。
こりゃ、暫くは起きないな。
先生が再度ヴァレリーの様子を伺って言う。
「やはり、ヴァレリーの意識を戻すには、リゼヴィムに奪われた分の聖杯もなければダメだ。もともと、三個でワンセットの亜種の聖杯だ。そのうち一つを抜かれた時まではギリギリ意識を保てていたようだが、二つ目で完全に意思が止まってしまったのだろう。・・・・やはり、ヴァレリーの意識を覚まさせるには奪われた聖杯を取り戻すしかないな」
となると、リゼヴィム率いる『クリフォト』と名乗る新生『禍の団』をどうにかするしかないか。
俺が疑問を口にする。
「でも、三個ある内、一つしか抜き出さなかったのはどうしてなんでしょうね?」
リゼヴィム達はマリウスと違い、ヴァレリーの聖杯が亜種で三個でワンセットだということに気づいていた。
その上でなぜ一つ以上望まなかったのか。
「・・・・吸血鬼側を泳がせるため、とか政治面も思いつくが・・・・・。一つで十分・・・・いや、一つ以上の制御は難しいと判断したんだろう。奴らの話しぶりでは一つでも禁手に至れるだろうしな。おそらく、マリウスがヴァレリーに使わせていた時も一つしか機能していなかったはずだ。二つ以上の使用は彼女の体がもたなくて、ヴァレリー自身が無意識に発動を抑えていたのかもしれん。まぁ、真相はこれからだな」
なるほど、一個以上では扱いが難しいと判断したのか。
でも、先生の予想が事実なら聖杯の能力って本当に凄いものだ。
一つで吸血鬼の強化から邪龍の復活まで成し遂げているのだから。
先生は息を吐く。
「ヴァレリーのこともそうだが・・・・。アセムとその下僕達。話だけでは信じられん能力だ。まさか、神滅具をその場で複製してしまうとは・・・・」
「実際に目の当たりにした俺でもまだ驚いてますよ。しかも、俺の力――――第二階層まで使用可能ときてるんですから」
「・・・・今後、おまえの複製が量産される可能性は十分にある。そうなれば、地獄だぜ。一体一体が魔王クラスなんだからな。早急に各勢力に話をつけて、龍殺しの力を持つ戦士を揃える必要がある。木場、おまえは龍殺しの聖魔剣を創れたな?」
先生の問いに木場は頷く。
「はい。龍殺しの聖魔剣のデータ、ですね?」
「そうだ。知っての通り、天界では既に量産型の聖魔剣の生産体制が整いつつある。その量産型聖魔剣に龍殺しを付与できれば複製イッセーの対策になる」
複製イッセー・・・・・なんか嫌な呼び方だな。
でも、俺の特性がそのままコピーされているなら、龍殺しの聖魔剣を量産するのは対策の一つになり得るだろう。
美羽が顎に手を当てて言う。
「ベルの複製能力は神以外なら使えるんだよね? だったら、下手に強者をぶつけるわけにはいかないよね」
「その通りだ。それも通知する必要があるな。・・・・異世界の悪神とやらは規格外だ。正直、聖書の神すら超えてるんじゃないか? 生み出した手下共が強力過ぎる」
ティアもそう続いた。
規格外、か。
アスト・アーデの神アセムとその下僕四人。
俺は、俺達はあいつらを相手にどう戦えばいい?
悩む俺を置いてギャスパーがヴァレリーの頬をやさしく撫でる。
「ヴァレリーを見てくれてありがとうございます、アザゼル先生」
ギャスパーは先生にお礼を述べた後、立ち上がって皆を見渡す。
強い眼差しで、真っ直ぐな瞳でギャスパーは口を開く。
「僕、決めました。―――――僕は聖杯を取り戻します」
登りつめた朝日に照らされるギャスパー。
その姿はこの場にいる誰よりも雄々しく、凛々しいものだった。
「誰よりも強くなって、聖杯をあいつらから取り戻して・・・・必ず、ヴァレリーを・・・ヴァレリーともう一度最初から・・・・。ヴァレリーは必ず、絶対に・・・・!」
言葉を詰まらせながらも涙をぐっと堪えて、ギャスパーは宣言した。
「ヴァレリーは僕が救う!」
・・・・こいつ、一気に成長したな。
強い眼だ。
今までで一番強い眼だ。
もう、怯えて泣いていたギャスパーの面影はない。
男の顔だった。
こいつなら、絶対に強くなれる。
恩人の女性を取り戻すと決めたギャスパーなら。
今よりももっと、遥かに――――――。
次回で現在の章のラストです(予定)