王の間を出た俺達は用意された部屋まで案内されていた。
「いきなりイグニスさんの力を使うなんて・・・・あんたも大概ね」
アリスが半目で俺を見ながらそう呟いた。
俺は苦笑で返す。
「あの手の輩にはあれくらいしないとな。つーか、何もしなかったらおまえらは納得しないだろ」
クロウ・クルワッハがいたとはいえ、ゼノヴィアとアリスはマジギレしてたからな。
マリウスに対してそれなりの脅しをかけないと、この二人のイライラが溜まりそうでなぁ。
ゼノヴィアが息を吐く。
「あの場であの男を滅ぼしてしまいたかったよ」
「気持ちは分かりますが、私達がここへ来た目的はリアスさまと木場さんとの合流、それからヴァレリーさんの保護です。あの場で戦うのは悪手ですわ」
レイヴェルがゼノヴィアを宥めるように言った。
そういうことだ。
あの場でクロウ・クルワッハとやり合ってたら間違いなくこの城は吹き飛んでた。
そうなるとヴァレリーも危ないし、この城にいるというヴラディ家の当主にも話を聞けなくなる。
マリウスとのやり取りで不機嫌な調子だった先生がぼそりと言う。
「・・・・吸血鬼とは思えない異端の男だったな」
リアスも頷く。
「誇りや血筋よりも己の欲求を満たすために動く吸血鬼なんてそういないわ」
さっき話しただけだったけど、エルメンヒルデとは違う性質だと思った。
吸血鬼の伝統やらはどうでも良くて、自分の欲求を満たすために行動しているようだったしな。
先生が目を細める。
「だからこそ、あの手合いは厄介だ。己の欲望のためなら、吸血鬼のルールなんざ全速力で突き破ってくる。今回のクーデターもそこから始まったんだろう。で、それに乗った者達があそこにいた貴族どもってわけだ。マリウスは己の欲求のため、あいつに乗ったお偉いどもは聖杯による強化と、現政府への不満を解消させるため。聖杯によって蘇らせた邪龍がいれば王側の打倒も容易かっただろうよ。・・・・それを行わせた切っ掛けは『あの野郎』なんだろうがな」
先生が言ってる『あの野郎』ってのが気になるところだが・・・・。
廊下を歩きながら俺はリアスに訊く。
「本来のツェペシュの王はどこにいるんだ?」
「瀕死の重症を負って、今はこの領土から退避しているそうよ」
どうやら、よほどの交代劇があったらしい。
俺は一応、先生に訊いてみた。
「ツェペシュの王側はカーミラ以外に助けを呼んでないんですか?」
「ああ、呼んでないだろう。『禍の団』が裏で関わっている以上、他の勢力も介入しようと交渉しているが叶っていない。俺達は特例で迎え入れられたがな」
何に拘っているのかは知らないけど、呆れるぜ。
結局、それで自分達の首を絞めてるじゃないか。
俺達と彼らでは価値観が違うんだろうけど、ここまで来るとな。
ふと思い出すのはヴァレリーが何もない空間に話しかけていた件。
「・・・・彼女は何と話していたんですか?」
先生は目元を厳しくして言う。
「・・・・あの世の亡者どもさ」
「それは・・・・冥府や冥界に行った人間の魂とかですか?」
「人間のものもあれば、それ以外の異形のもの・・・・混在しすぎて元が何なのかすら分からない存在と話していたんだよ。・・・・あれは不味い。聖杯を酷使したせいで精神が相当汚染されているな」
精神汚染。
そう言われればなんとなく理解できる。
あの人の瞳はそれほど虚ろだった。
「ヴァレリーにいったい何が・・・・」
ギャスパーが表情を曇らせながら呟く。
一番ショックを受けていたのはこいつだろう。
ヴァレリーの顔を見たときからずっと泣きそうな顔をしている。
先生が言う。
「聖杯の影響だ。生命の理に触れ、命とは、魂とは、それらがどういうものなのか、神器を使うほどその『作り』を強制的に知ることになる。命の情報ってのは果てしなく膨大だ。聖杯を使うたびに生きた者、死んだ者、様々な者達の精神、概念、そんなものを取り込んでしまうのさ。自身の心、魂にな。無数の他者の意識が心に流れ込み、浸食してきてみろ。・・・・そいつの心は壊れちまう」
「それじゃあ、彼女は・・・・」
「致命的な領域まで精神汚染が進んでいるな。亡者どもと楽しげに話しているのがその証拠さ。・・・・マリウスはヴァレリーに聖杯を相当使用させたな。滅んだ邪龍を現世に蘇らせるほどだ。その使い方は大胆かつ乱用も極まりない」
やっぱり、かなり危険なところにまで突入してるのか・・・・。
マリウスの野郎・・・・自分の欲求のためにヴァレリーに無茶な力を使わせやがったのか・・・・・!
まずは彼女の精神汚染をなんとかしないと、今の話じゃ一刻を争う事態のようだからな。
俺は先生に問う。
「先生、助ける方法はないんですか?」
「そうだな。・・・・まずは聖杯の活動自体を――――」
先生はそこまで言って口をつぐんだ。
前方から歩いてくる誰かに気付いたからだ。
・・・・廊下の先から歩いてくる銀髪の中年男性。
歳は四十代ほどだろう。
その男性は―――――サーゼクスさんと同じ魔王の衣装を身に付けていた。
こちらは真紅ではなく、銀色が目立つものとなっているが・・・・。
それに誰かに似ているような・・・・。
先生が両目を見開き忌々しそうな表情で男性を迎えようとしていた。
男性がこちらを視界に映すなり、無邪気な笑みを作り出す。
「およよ? こいつぁ、奇遇だな♪」
想像以上に軽い口調で話しかけてきた。
先生が溜まっていたものを吐き出す勢いで言う。
その声音は明らかに怒気が含まれていた。
「・・・・やっぱり、てめぇなのか・・・・!」
「んちゃ! おっ久しぶりだな、アザゼルのおっちゃん! 元気そうじゃん?」
・・・・先生の知り合いなのか?
いや、先生の反応を見るに良い関係でないのは確かだ。
オーラの質から悪魔だというのは分かるが・・・・
「・・・・アザゼル、誰なの?」
リアスにも覚えがないようで、先生に確認を取っていた。
「・・・・リゼヴィム。若いおまえでも、この名は聞いたことがあるはずだ。グレモリーであれば知っていて当然の男だろう」
「っ!? ・・・・ウソ・・・・でしょ?」
声が震えるほどに驚くリアス。
・・・・リゼヴィム?
先生とリアス以外は名前に覚えがなく、グレモリー眷属で古株の朱乃ですら知らないようだった。
疑問符を浮かべる俺達に先生が男性の紹介を始める。
「・・・こいつのクソったれな顔は忘れられねぇよ。なぁ、『リリン』。いや――――リゼヴィム・リヴァン・ルシファーッ!」
ルシファー・・・・・!?
このリゼヴィムって人がルシファーだって!?
ルシファーってのは魔王しか名乗れない。
今の冥界でそれを名乗れるのはサーゼクスさんだけだ。
・・・・いや、待てよ。
俺の中でもう一つの可能性が浮かび上がった。
ルシファーを名乗れる男を俺はもう一人知ってる。
そいつは俺の―――――
そうか、この人はあいつの――――――
「先生、もしかしてこの人は・・・・・ヴァーリの?」
「ああ、そうだ。こいつは正真正銘の前ルシファーと悪魔にとって始まりの母たる『リリス』の間に生まれた息子。『リリン』として聖書に刻まれた者。―――――そして、ヴァーリの実の祖父だ」
ヴァーリの祖父・・・・・この人が・・・・・。
確かにどことなく面影がある。
ヴァーリの祖父と言われれば納得できる。
しかし、そのヴァーリの祖父さんがなぜこんな山奥、吸血鬼の領土にいるんだ?
すると、先生の口からとんでもない情報がもたらされた。
「そして、こいつが今の『禍の団』の首領だ。俺がここに来るまでに言ってた『あの野郎』ってやつだ」
『――――っ!?』
ここにいる全員が驚きで言葉を失っていた。
このおっさんが現『禍の団』のトップ!?
ユーグリッドが言っていた新しいボスってのがヴァーリの祖父さんだってのか!?
前魔王ルシファーの息子が『禍の団』の首領・・・・。
そうなると、ここにいるのはおかしくない。
リアスが呟く。
「過去、まだ前魔王の血族が冥界を支配していた頃、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは当時のお兄さま――――サーゼクス・グレモリーとアジュカ・アスタロトさまと並び『超越者』として数えられていたわ」
―――――『超越者』。
先生からかつてそう呼ばれる悪魔が三名だけ存在したと耳にしたことがある。
あまりに他とは違う桁違いの能力を持ち、本当に悪魔であるのかさえ疑わしいとされるイレギュラーな存在。
現悪魔世界には『超越者』と呼ばれたサーゼクスさんとアジュカさんが魔王として活躍している。
魔獣騒動の折、先生はサーゼクスさんと共にハーデスを牽制するために冥府へと向かった。
その時、ハーデスの要求でサーゼクスさんは真の姿を披露したそうだが・・・・・。
その時のサーゼクスさんの魔力は少なくとも前魔王ルシファーの十倍はあったそうだ。
それを聞いた時にはぶったまげたよ。
それだけ強大な力を持つ『超越者』のうち、一名が姿を眩ませていたそうだが・・・・このおっさんがその一人だってのかよ・・・・!
先生が忌々しそうに言う。
「こいつが姿をくらませてから、二名の『超越者』――――サーゼクスとアジュカが現悪魔の世界を引っ張ってきた。こいつは元々前魔王一派の中心人物だったんだ。平和、種の存続を願うサーゼクス達と話が合う道理はねぇよな」
そりゃ、テロリストの頭になってるぐらいだしな。
先生はリゼヴィムに問う。
「姿を消したおまえがなぜ、今頃になって出てきた? 旧魔王派の連中のごとく現悪魔政府への怨恨ではないんだろう?」
「うひゃひゃひゃひゃ、ま、やりたいことができたから帰ってきたっつーわけだわ。シャルバくんや他の前魔王の血族みたいに憎悪やら、怨恨やらで動いているわけじゃねぇさ。悪魔の政治なんざ、サーゼクスくん達で十分だろうし? 俺も悪魔の政治なんざに今更興味はないんでね。俺は組織を使ってやりたいことを実行したいだけなんだよー?」
不快な笑いをしながら、リゼヴィムはそう答える。
言葉の一つ一つが軽くて邪気を含んでいるが、言ってることは本当らしい。
シャルバのように冥界の覇権だなんだは眼中にないようだ。
先生がこめかみに青筋を浮かべて言う。
「・・・・ここでおまえをぶん殴ってそれの邪魔をするってのもアリなんだが・・・・この国は俺達と正式な協力関係を結んでいないからな。簡単に手を出すわけにもいかないか。どうせ、この国では表面上正体を偽ってVIP扱いをうけてるんだろう?」
その問いにリゼヴィムはいっそう不快な笑いを発する。
「うひゃひゃひゃひゃっ、そうそう、その通り。俺はマリウスくんの研究と革命の出資者なんでね。今の暫定政権にとっては国賓扱いなのですよ。ここで俺に手を出すのは得策じゃねぇわな。まぁ、負けるつもりもねぇけどよ?」
「っ!」
いつの間にかリゼヴィムの背後に小さな少女が立っていた。
その子は黒いドレスに身を包んでいて・・・・・
「・・・・マジか」
俺はその姿につい声を漏らしてしまう。
その子は―――――オーフィスにそっくりだった。
リゼヴィムはオーフィスそっくりの少女の頭に手を置く。
「奪ったオーフィスの力を再形成して生み出した我が組織のマスコットガール――――リリスちゃんだよー♪ よろしくね~♪ 俺のママンの名前をつけてみたのよ。いいっしょー」
曹操がサマエルの力で奪ったオーフィスの力・・・・。
先生達の方でも行方を探していたそうだが・・・・・こんな少女の姿に変えられていたのか!
「・・・・」
無言と無表情のリリスと名付けられた少女。
オーフィスは出会った頃に比べると表情が分かるようになってきたけど・・・・・。
この子は何も感じられないくらい無表情だ。
リゼヴィムが言う。
「この子、ちっこいけど、腐ってもオーフィスちゃんなんでめっちゃ強いよ? 僕ちゃんの専属ボディカードでもあるのよ~。いいでしょ? ちっこい子が強いってロマンに溢れるよね♪」
少女から滲み出る言い様のないプレッシャー。
『超越者』の一人である前ルシファーの息子のボディカードがもう一人のオーフィス・・・・。
とんだ組み合わせだ。
リゼヴィムの視線が先生から俺に移る。
「ふんふん、君が異世界帰りの現赤龍帝かぁ。会いたかったよ、見たかったよ~」
『っ!?』
驚愕する俺達。
しかし、リゼヴィムは俺から更に視線を移していく。
その視線は俺の後ろに向けられていて―――――
「で、そっちの黒髪のお嬢ちゃんが異世界の魔王の娘さんで、そっちの金髪のおねーさんが王女さまだっけ? 赤龍帝眷属は面白いメンツが揃ってるじゃないの」
再びリゼヴィムの言葉から信じられないような言葉が次々と並べられていく。
こ、この野郎・・・・なんで異世界のことを知ってる!?
情報が漏れていた?
ロキの件で俺と美羽のことが露呈されたから・・・あの時のが・・・・・。
いや、それでもおかしい。
アリスに関してはバレようがないんだ。
俺達を含めアリスのことを知っているのは限られている。
外部に情報が漏れるタイミングもないはずだ。
だったらなんで――――――
俺は声を低くしてリゼヴィムに問う。
「あんた・・・・誰と組んでる・・・? ロキか?」
「わー、怖い怖い。そんな怖い顔すんなって♪ ロキじゃねぇよ。そもそも、ロキは北欧で拘束されてんだろ?」
「ああ。だから分からねぇんだよ。なんで、あんたがそこまで俺達の事情を知ってるのか・・・・」
俺がそう言うとリゼヴィムは不快に笑う。
「うひゃひゃひゃひゃ、気になる? まー、俺が言わなくても、すぐに会えんじゃない? あの坊っちゃんも君に会いたがってたしねー」
会いたがってる?
俺に?
そいつがリゼヴィムに俺達のことと異世界のことを教えた?
そいつがロキとも繋がってたのか?
あらゆる可能性を張り巡らせていると、リゼヴィムが楽しげに目を細めた。
「君達三人、うち来ない? 歓迎するぜぇ? VIP待遇で迎えてやんぜ? 君達がいれば俺の野望も近づくだろうし♪」
「行くわけねぇだろ、ボケ」
「行かないよ、絶対」
「耄碌してんじゃない? 頭に電流流すわよ?」
ふざけた勧誘に間髪入れずに拒否する俺達。
それを見てリゼヴィムは愉快そうに笑う。
「あらら、そりゃ残念♪」
不快な笑みを残してリゼヴィムは廊下を進んでいく。
去っていくなかで先生がリゼヴィムに告げる。
「リゼヴィム、ヴァーリがおまえを狙ってるぞ」
「あーあー、そういや、俺っちの孫息子くんをアザゼルのおっちゃんが育ててくれたんだっけな」
リゼヴィムが振り返り、先生に訊く。
「ちったぁ、強くなったん? 俺っちの愚息――――あいつの父親よりは強かったけどさ」
「いずれ、おまえの首も取れるさ」
「わーお、そりゃ、おじいちゃんとしてはむせび泣きそうだわ」
そう言うとリゼヴィムは再びリゼヴィム背を向けて歩いていく。
後ろ手に手を振りながら――――――
「カーミラと結託してクーデター返しするなら、いつでもいいぜぇ♪ すんげぇ期待してっから」
最後までふざけた口調のリゼヴィム。
―――――と、盛大な破砕音が廊下に響き渡る。
珍しく先生が怒りを抑えることができずに廊下の壁を拳で破壊していた。
「・・・・ヴァーリ、おまえの気持ちが理解できて仕方ないよ」
先生は奴に対して怒りが治まらないらしい。
だが、俺も色々とヤバい奴に狙われてそうだ。
「お兄ちゃん・・・・」
「イッセー・・・・」
美羽とアリスが不安げに俺を見てくる。
・・・・・いったい、誰だ?
いつ、どこで、そいつは俺達のことを知った?
そいつはリゼヴィム率いる『禍の団』とどういう関係を持っていやがる?
「―――――っ」
この時、俺は誰かの視線を感じた。
だけど、辺りを見渡してもそれらしい姿はない。
・・・・・何が起ころうとしているんだ?
俺は不気味なものを感じてしまった。
▽
[三人称 side]
ツェペシュの城。
そこに用意されたVIPルームにその者はいた。
そして、この部屋から先程のリゼヴィム達のやり取りを覗いていた。
少年はモグモグと口を動かしながら言う。
「リゼヴィムのおじいちゃん、僕のこと言わなかったね。別に言ってくれても良かったんだけど」
室内だというのにパーカーのフードを深々と被ったその少年。
ポリポリとクッキーを食べるその姿はどこにでもいそうなごく普通の子供だ。
そんな子供が吸血鬼の城、それもVIPルームにいる。
側に控えていたメイドは上からの指示でこの少年をもてなしてはいるが、この状況に疑問しか浮かばない。
メイドが淹れた紅茶に口をつけると無邪気な笑みを浮かべた。
「まぁ、おじいちゃんがああ言っちゃったし、そろそろ僕も動かないとね。アハハ、楽しみだなぁ。彼はどんな顔をするだろうね? あ、メイドさーん、紅茶のおかわりちょーだい♪」
[三人称 side out]