[三人称 side]
何もない白い空間。
下も上も左右も真っ白な空間だ。
天井まではかなり高く、グレモリー領の地下にある修行用のフィールドに近い広さがある。
そこに駒王学園から連れ去られた小猫、レイヴェル、ギャスパーの三人がいた。
魔法によるロープで手首を縛られており、思うように身動きが取れない状態にある。
「くっ・・・・・小猫さん、ギャスパーさん、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。ギャーくんは?」
「僕も大丈夫です。・・・・・ここはどこなんでしょう?」
三人が辺りを見渡し、場所を把握しようとするが全く検討がつかない。
いるのは自分達をこの場所に連れてきた魔法使いのみ。
「これはフェニックス家の姫君。ようこそおいでくださいました」
空間に響く声。
声がした方向を向くと装飾がされた銀色のローブに包む者がいた。
フードを深く被っていて顔までは見えないが、声から察するに若い男性のようだ。
「あなたが・・・・・今回の首謀者ですか?」
「ええ、そうです」
レイヴェルの問いに即答するローブの男。
レイヴェルは更に問う。
「フェニックス家の関係者に接触していたのも、あなた達・・・・・・・?」
情報にあった自分達フェニックス家に関係者する者に接触をしていたのははぐれ魔法使いの集団と聞いている。
この場にいる魔法使い達は協会から追放された者と見て間違いないだろう。
そうなると、目の前の首謀者と名乗った男がそれの指示を出していたと考えられる。
「まずはこれを見てもらいましょう」
男が指を鳴らす。
すると、右手側の壁が作動して、下に沈んでいく。
徐々に壁の向こう側が見え、そこにあったのは大量の培養カプセル。
機器に繋がれた培養カプセルの中は液体で満たされ、更に何かが浮かんでいるのが確認できた。
(あれは・・・・・人?)
怪訝に思うレイヴェル達。
そこに浮いているのは人に見えた。
大人のような体格をした者もいれば、小学生くらいの者もいる。
共通しているのは全員、死んでいるかのように全く動く気配がないということ。
あとは体に何やら魔術刻印が施されていることぐらいだ。
男が言う。
「フェニックス家のご息女たるあなたなら知っていますよね? 『フェニックスの涙』の製造法を」
「・・・・・ええ、もちろんですわ」
男の問いにレイヴェルは頷いた。
『フェニックスの涙』
それは純血のフェニックス家の者が、特殊な儀式を済ませた魔法陣の中で、用意された同じく特殊儀礼済の杯の中に自らの涙を落とすことにより精製させる。
この際、注意すべきなのは心を無にして流す涙でなければ、『フェニックスの涙』にならないということ。
感情のこもった涙は『その者の涙』となり、『フェニックスの涙』へと変化しなくなるのだ。
当然、レイヴェルもこのことは知っていた。
「ここは次元の狭間に作った『工場』なのですよ。――――『フェニックスの涙』を製造するための」
『っ!?』
男の言葉に三人は驚愕した。
メフィスト・フェレスから裏のマーケットで偽の涙が流されているのは知っていたが、まさか、この場所がそれの製造場所とは思いもよらなかったのだ。
驚く三人に追い討ちをかけるかのように男は更に驚愕の事実を告げた。
「そして、あのカプセルの中にいるのは上級悪魔フェニックスのクローンです」
それは決して知りたくなかった事実。
特にフェニックス家の長女であるレイヴェルにとっては耐え難いもので、
「そ、そんな・・・・・・」
震える声を出すレイヴェル。
それほどまでに男が告げたことはレイヴェルの心を深く傷つけたのだ。
「あれを使って涙を製造し、かなりの回復力を持つものを作り出すことには成功しました。ですが、やはり本物と比較すれば劣るのです。魔法使い達の研究にもフェニックスの特性をコピーするには限界があるようでして、最終手段としてフェニックス関係者をさらって直接情報を引き出そうとしたのです。それでも、結局は純血の者でなければ分からないこともあったようなので、あなたに来てもらうことになったのですよ」
坦々と続ける男。
感情のこもってない他人事のような言葉。
自分達フェニックスのクローンを作り、涙を製造するためだけの『物』としてしか見ていない言葉。
その言葉がレイヴェルの心を更に傷つけていく。
「・・・・酷い・・・・・そんなのって・・・・・・酷いよ・・・・・どうしてクローンなんて・・・・・・・」
いつもは気丈なレイヴェルだが、今はただただ涙を流していた。
ショックを受けるレイヴェルに対し、小猫達が声をかけるがレイヴェルの耳には入ってこない。
そんなレイヴェルを気にもせずに男は魔法使い達に命じた。
「さて、それでは早速始めなさい。丁重に扱うのですよ?」
それだけ言うと、その男はその場をあとにした。
命令を受けた魔法使い達は三人を囲み準備を始めていく。
魔法陣を展開し、計測に使うのであろう機器を取り出し、セッティングを始める。
「そんじゃ、やりますか」
数分後、準備が整ったのか、魔法使いの一人がレイヴェルに手を向けた。
「うわああああああああっ!!!」
その時、ギャスパーの瞳が怪しく輝き、魔法使いの動きを止めた。
先程まで、大人しくしていたギャスパーの突然の反撃に魔法使い達は驚きを隠せないでいた。
その隙をついてギャスパーが叫ぶ。
「小猫ちゃん! レイヴェルさんを連れて逃げて! ここは僕が!」
縛られてはいるが、小猫の怪力ならば何とか解けるだろう。
自分が魔法使いを停止している間に小猫が拘束を解き、レイヴェルを連れて逃げる。
仮に解けなくても、自分が魔法使い達を少しでも長く停止させていれば、いつか助けが来てくれはず。
そう考えての行動だった。
何よりも、この場で唯一の男子だ。
(僕が守らなきゃ・・・・・僕が二人を守るんだ!)
しかし――――
「この吸血鬼がっ!」
バキィッ!
それはあまりにも多勢に無勢。
ギャスパーの視界の外にいた魔法使いがギャスパーを殴り付け、停止は呆気なく解けてしまった。
「嘗めた真似しやがって!」
「あうっ・・・・・・!」
停止させられた魔法使いは倒れ伏したギャスパーの腹を思いきり蹴り上げた。
自身を襲う激痛にギャスパーはその場に踞る。
「ギャーくんっ!」
「ギャスパーさん!」
小猫とレイヴェルの悲鳴が白い空間に響いた。
魔法使いは舌打ちしながら、倒れているギャスパーを指差す。
「おい、その吸血鬼に目隠ししとけ。また止められたら敵わん。あと、その猫又の拘束も強くしておけ」
「へいへい。バカなやつだなぁ。こっちはちょっと調べるだけだってのに。暴れなかったら痛い目に合わずに済んだのによ」
などと言いながら、言われた通りにギャスパーの目を塞ぎ、小猫の拘束を強めていく。
小猫も抵抗してみるが、強化された拘束は解けそうにない。
何より、この場から、ギャスパーとレイヴェルを連れて脱する手段が見つからなかった。
「それじゃあ、気を取り直して。調べさせてもらうぜ、フェニックスのお嬢さん」
魔法使いが再びレイヴェルに手をかざした。
手元に魔法陣が展開され、そこに描かれた魔術文字が高速で回転していく。
その時だった―――――
レイヴェルの足元に魔法陣が展開されたのは。
それは魔法使いが展開したものではない。
怪訝に思う魔法使い達だが、その間にも魔法陣の輝きが一層強くなっていく。
その輝きが弾け、周囲を光が覆った。
光りが止んだ時、そこにはレイヴェルの姿は無く――――
「よくも大事な後輩を誘拐してくれたな。覚悟は出来てるか、くされ魔法使い共」
赤龍帝、兵藤一誠とその『女王』アリス・オーディリアの姿があった。
[三人称 side out]
▽
[美羽 side]
「こ、ここは・・・・・・?」
魔法陣の輝きが治まり、ボクの前に現れたのはレイヴェルさん。
いきなり自分のいた場所が変わって混乱しているのか、部屋を見渡していた。
そんなレイヴェルさんに声をかける。
「ここはボク達の家だよ。正確にはアリスさんの部屋だけど」
「み、美羽さん!?」
「うん。レイヴェルさんは大丈夫? とりあえず、それ解くね」
そう言ってレイヴェルを縛っていた魔法による拘束を解いてあげた。
拘束が解かれたレイヴェルさんは手首を押さえながら、小さい声で訊いてきた。
「あの・・・・私、さっきまで・・・・・。どうしてここに?」
「えっとね。簡単に説明すると、レイヴェルさんとお兄ちゃん、そしてアリスさんの場所を入れ換えたんだ」
そう、ボクがやったのはお兄ちゃん達とレイヴェルさんの場所を入れ換える、入れ替わりの転移魔法。
以前、お兄ちゃん達の昇格試験の時に英雄派が仕掛けてきたことがあったけど、あの時にルフェイさんと黒歌さんがヴァーリさんとフェンリルの場所を入れ換えていたという。
その話を思い出したお兄ちゃんがいざという時のための保険としてボクに提案。
ボクがルフェイさんに術式を習って、少しアレンジした後、レイヴェルさんにこっそりマーキングを施しておいたというわけ。
仮にレイヴェルさんがさらわれても取り戻せるし、お兄ちゃんが行くことで問題の根っこを断ち切ることができる。
「黙っててごめんね。一応の保険だったし・・・・・・レイヴェルさんに不安をかけ過ぎるのもあれだからって」
まぁ、今となっては保険をかけておいて正解だったと思えるよ。
まさか、昼間の駒王学園を・・・・・・一般生徒を巻き込んでくるなんて考えてなかったからね。
「で、ですが、それではイッセーさまは・・・・・・。それに小猫さん達も・・・・・!」
慌てるレイヴェルさん。
その理由も理解できる。
今回、想定外だったのは昼間の学園を襲撃してきたこともそうだけど、それからもう一つ。
それは小猫ちゃんとギャスパーくんまでもが連れ去られてしまったこと。
ボクが用意したのはあくまでレイヴェルさんを取り戻す手段だから。
だけど・・・・・・
「問題ないよ。向こうにはお兄ちゃんだけじゃなくてアリスさんもいるから。それにボクがこっちに残ったのも会長さん達にこの事を伝えるためだし」
安心させるように、微笑みながらそう言った。
あの二人がそうやられるとは思えない。
・・・・・・と言うより、あの二人を倒せる相手ってそんなにいないと思う。
お兄ちゃんの作戦は向こうで二人が戦っている間に、ボクがレイヴェルさんを保護。
それから、こちらの準備を整えてから加勢に向かうというもの。
あの二人にもマーキングは施してあるから、場所は把握できているしね。
とりあえず、第一段階は成功。
これから、皆にも知らせないといけないんだけど・・・・・・。
ボクはレイヴェルさんの状態をもう一度確認する。
拘束されていたこと以外は外見には変化がない。
駒王学園の制服だし、破れているところもない。
これといったケガも見当たらない。
魔術的なものも感じないから、多分、体に何かをされたというのはないと思う。
だけど・・・・・・レイヴェルさんの頬には涙の跡。
今も瞳を潤ませている。
あのレイヴェルさんがこんなにも涙を流すなんて・・・・・。
きっと辛いものを見た、もしくは聞かされたのだろう。
「・・・・・何が・・・・あったの?」
ボクが改めて尋ねるとレイヴェルさんは――――
「うぅ・・・・・・美羽さん・・・・・私・・・・・あんな・・・・・・っ!」
―――――っ
大粒の涙を流し始めるレイヴェルさん。
ボクの胸にすがり付き、大声で泣き出した。
一体、レイヴェルさんに何があったというのだろう?
普通なら一刻でも早く話を聞かないといけない。
だけど、今は・・・・・今だけは―――――
「ボクが受け止めるよ・・・・・」
震えるレイヴェルさんの背中に手を回して、そっと抱き締めた。
今回の騒動を起こした魔法使い達は思い知ることになる。
この子を泣かせた自分達の罪を―――――。
[美羽 side out]
今回はイッセーの出番が一瞬だけでしたが、次回は活躍する予定です!