ハイスクールD×D 異世界帰りの赤龍帝   作:ヴァルナル

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4話 吸血鬼の来訪です!

深夜の駒王学園。

 

旧校舎オカルト研究部の部室に俺はいた。

 

理由は以前から挙がっていた吸血鬼との会談が今日、行われることになったからだ。

 

この場に集合したのはオカルト研究部全部員とアリス、ソーナに真羅副会長、アザゼル先生、そして天界側からシスターが一人――――

 

ベールを深く被ったシスター。

北欧的な顔立ちをした美女だ。

年齢は二十代後半ほどで柔和な表情と優しそうな雰囲気を纏っている。

 

シスターが見渡すようにこの場にいる全員へと挨拶をくれた。

 

「はじめまして、皆さん。私、この地域の天界スタッフの統括をしておりますグリゼルダ・クァルタと申します。何とぞよろしくお願い致します」

 

「私の上司さまです!」

 

イリナがそう付け加える。

 

先生がグリゼルダさんと握手を交わす。

 

「おー、話には聞いているぜ。ガブリエルのQ(クイーン)。シスター・グリゼルダと言えば、女のエクソシストの中でも五指に入る実力者。あんたをこっちに派遣してくれるとは天界も太っ腹じゃねぇか」

 

女のエクソシストの中で五指に入る!

それはまた凄い人が来てくれたな!

 

しかも、四大セラフの一人であるガブリエルさんのQ(クイーン)とは!

 

「恐れ入ります。堕天使前総督さまのお耳に届いているとは光栄の至りですわ」

 

丁寧に頭を下げるグリゼルダさん。

 

「シスター・グリゼルダは『クイーン・オブ・ハート』って呼ばれているの」

 

イリナが追加情報をくれた。

 

そういう通り名があるのか。

 

グリゼルダさんが深く陳謝する。

 

「本来ならもっと早くに挨拶に伺うべきでしたのに・・・・・もろもろ都合が付かず遅くなってしまいました。申し訳ございません」

 

本当に丁寧な物腰だな。

 

・・・・・・グリゼルダさんについては良いとして

 

「あらあら? ゼノヴィアったら、顔色が悪いわね?」

 

イリナが意味深な質問をゼノヴィアに投げ掛ける。

 

そう、先程からゼノヴィアの様子がおかしい。

 

いつもなら、色々な意味で堂々としているゼノヴィアだが、今日はなんだかソワソワしてる。

 

「・・・・・からかうな、イリナ」

 

ゼノヴィアは顔を強張らせて、まるで何かから逃げるように俺の背後に隠れようとするが―――――

 

そのゼノヴィアの顔をグリゼルダさんがガッチリと両手で押さえた!

 

「ゼノヴィア? 私と顔を合わせるのがそんなに嫌かしら?」

 

「・・・・ち、違う・・・・・」

 

・・・・・・物腰が柔らかいのには違いないが、こ、怖い!

 

しかも、なんでゼノヴィアなんだ?

 

俺が怪訝に思っていると再度、イリナが教えてくれた。

 

「シスター・グリゼルダはゼノヴィアのお姉さん的存在なの。同じ施設の出身で、いつもお世話になっていたせいか、彼女には頭が上がらないのよ」

 

「はー、ゼノヴィアにそんな人がいたのか。それだったら、グリゼルダさんもゼノヴィアが悪魔になったことにショックを受けたんじゃないのか?」

 

同じ教会の者なら同胞がいきなり敵である悪魔に転生したって聞いたら相当ショックを受けるはずだ。

しかも、グリゼルダさんにとってゼノヴィアは親しい存在だったんだから、尚更だ。

 

すると、俺の問いにはアーシアが答えた。

 

「先日、ゼノヴィアさんとイリナさんの職場である教会支部に行ったのですが・・・・・・・。シスター・グリゼルダはゼノヴィアさんが悪魔になったことを驚いていましたが、それよりも連絡を貰えなかったことが悲しかったと仰っていました」

 

なるほどね。

 

多分、グリゼルダさんにとってもゼノヴィアは妹みたいな存在なのかもな。

 

と、納得している俺の横では美人が台無しになるくらい顔が変形したゼノヴィアが声を絞り出していた。

 

「た、ただ・・・・・」

 

「ただ?」

 

「・・・・・で、電話に出なくてごめんなさい」

 

電話?

 

あー、そういや、ゼノヴィアがケータイの着信を無視していたことがあったな。

 

あれってグリゼルダさんからだったのか。

 

ゼノヴィアの謝罪を受けて、グリゼルダさんも手を離す。

 

「はい。よく出来ました。せっかく番号を教え合ったのだから、連絡ぐらいよこしなさい。分かりましたか? 食事ぐらいはできるでしょう?」

 

「・・・・・ど、どうせ小言ばかりだろうし」

 

「当たり前です。また一緒の管轄区域になったのだから、心配ぐらいします」

 

困った妹としっかり者のお姉さんって感じだな。

 

解放されたゼノヴィアに俺は言う。

 

「良いお姉さんじゃないか。たまには二人で出掛けてきたらどうだ?」

 

「それも良いですね。ゼノヴィア、予定の空いている日を教えてくださいね?」

 

「は、はい・・・・・」

 

なんか、「余計なことを・・・・・」って感じの表情だな。

 

でも、まぁ、ゼノヴィアもグリゼルダさんが嫌いってわけではないだろう。

 

にしても、あれだな。

剛胆なゼノヴィアがこんなにも可愛らしい反応を見せてくれるのは新鮮だ。

意外な一面だったな。

 

 

 

 

 

 

更に夜は更け、外が完全に静まりかえった頃。

 

旧校舎の入り口の方向から複数の気配。

 

全員がそれを感じとり、互いの視線を合わせていた。

 

リアスが立ち上がる。

 

「来たようね。・・・・・相変わらず、吸血鬼の気配は凍ったように静かだわ」

 

リアスが木場に視線を向けると、木場は立ち上がり、一礼してから部屋をあとにした。

吸血鬼を迎えに行ったのだろう。

 

交渉に立つのは俺、リアス、ソーナ、グリゼルダさんとアザゼル先生だ。

以前の三大勢力の会談時の俺はリアスの『兵士』だったからあまり自分から発言はしなかったけど、今回は違う。

俺も眷属を従える『王』として事に当たる。

 

眷属悪魔である美羽達やイリナ、レイナは俺達の側に並んで位置する形となる。

給士係である朱乃だけは専用の台車の前に待機していた。

 

うーむ、元々一国のトップだったアリスや姫だった美羽を立たたせておくっては変な気分だ。

 

オーディリアのお偉いさんや魔族の人に見られたら怒られそうだ。

 

そんなことを思っていると、部屋のドアがノックされる。

 

「お客様をお連れしました」

 

木場が紳士な応対で扉を開き、客を招き入れる。

 

入ってきたのは中世のお姫さまが着るようなドレスに身を包む人形のような少女。

目と鼻、口元まで人間味の感じられない、作られたような美しさがある。

長い金髪はウェーブがかかっていて、どう見ても美少女。

 

・・・・・・なんだが・・・・・・・彼女からは生気を感じられない。

肌の色も死人のように悪く、瞳はギャスパーよりも深い赤だ。

 

彼女の足元を見ると―――――影がなかった。

 

俺は事前に聞かされた吸血鬼の情報を思い出す。

 

吸血鬼は十字架や聖水に弱く、流水を嫌い、ニンニクも嫌う。

そして鏡に姿が映らず、影もない。

招待されたことのない場所には入ることができず、己の棺で眠らないと自己回復が出来ない。

 

ハーフであるギャスパーはいくつか違う。

 

影もあるし、鏡にも映る。

川も渡れるし、ニンニクも克服しつつある。

あと、自分の棺でなくとも眠ることができる。

 

この間は俺の部屋のベッドで丸まってたっけな。

つーか、基本段ボールで寝てるよな。

 

まぁ、そういうわけで、ハーフと純血の吸血鬼では違いがあるということだ。

 

少女に続いて入ってきたのはスーツを着た男女が一人ずつ。

こちらは護衛だろうが、少女と同じく影もないし、生命的な力の波動を感じさせない。

 

少女は丁寧に俺達に挨拶をくれる。

 

「ごきげんよう、三大勢力の皆様。特に魔王さまの妹君お二人に、堕天使の前総督さまとお会いできるなんて光栄の至りです」

 

リアスに促されて、リアスの対面の席に吸血鬼の少女は座ることに。

 

座る前に少女は名乗る。

 

「私はエルメンヒルデ・カルンスタイン。エルメとお呼びください」

 

「・・・・カルンスタイン。吸血鬼二大派閥のひとつ、カーミラ派。その中でも最上位クラスの家だ。純血で高位のヴァンパイアに会うのは久しぶりだな」

 

先生が顎に手をやりながら、そう漏らす。

 

吸血鬼は古くから存在する闇の住人。

悪魔の貴族社会のような階級制度を持つ。

 

悪魔と吸血鬼は互いに縄張りを刺激せずに人間を糧に生きていた。

 

天界が天敵なのは同じだが、共闘もせず、今まで一定の距離を置いていた。

 

三大勢力で和平を結んでからは、三つ巴の争いは収束したが・・・・・・。

吸血鬼はいまだ和議のテーブルにつこうとすらせず、今でも天界側、教会の戦士達と小競り合いが続いているようだ。

 

それで、吸血鬼の二大派閥についてだ。

 

なんでも、数百年前に吸血鬼の真祖に対する考え方で揉めて、大きく袂を分かつことになったとか。

純血の吸血鬼を残すため、男の真祖を尊ぶか、女の真祖を尊ぶかで長年対立しているそうだ。

 

男尊主義のツェペシュ派と女尊主義のカーミラ派。

 

先生の言葉を聞く限り、エルメンヒルデは女尊主義のカーミラ派の吸血鬼のようだ。

 

席に座るエルメンヒルデ。

 

朱乃がお茶を差し出したのを確認して、リアスが率直な質問をする。

 

「エルメンヒルデ。いきなりで悪いのだけど聞かせてもらうわ。今まで接触を避けてきたあなた達カーミラの者が、突然グレモリー、シトリー、アザゼル前総督に接触し、こうして会いに来たのはなぜ?」

 

エルメンヒルデは瞑目し、一度だけ頷くと目を静かに開いた。

 

「ギャスパー・ヴラディのお力を借りたいのです」

 

――――っ!?

 

俺達は予想外過ぎる答えに驚愕するしかなかった。

 

当のギャスパーは自分が指名されるとは思ってなかったのか、全身を震わせていた。

いや、俺達だってそう来るとは思ってなかった。

 

ギャスパーを指名してきた理由・・・・・・・。

心当たりがあるとすれば、覚醒したというギャスパーの力か・・・・・・・。

 

先生がエルメンヒルデなか問う。

 

「率直な質問に率直な答え。すまんが、順を追って説明してもらおう。吸血鬼の世界で何が起きた?」

 

「情報が流出し、既にご存じかと思いますが―――――神滅具を持つ者がツェペシュ側のハーフから出てしまったのです」

 

「なるほど。・・・・・・それで? ツェペシュ側が所有している神滅具はなんだ?」

 

神滅具――――。

 

全十三種ある神をも殺す力を秘めた神器。

 

現段階で悪魔側が『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』と『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』の二種。

つまり、俺とサイラオーグさんとこの『兵士』レグルスだ。

 

天界側に上位神滅具の『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』を持つジョーカー。

 

堕天使側に『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』を持つ『刃狗』がいる。

 

魔法使いの協会――――メフィストさんの組織に『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』。

 

多くの者から危険視されているはぐれ魔法使いの集団に『紫煙祭主の磔台(インシネレート・アンセム)』。

 

その他にヴァーリの『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバィディング)』、『禍の団』英雄派に『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』、『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』、『絶霧(ディメンション・ロスト)』。

 

所持していた英雄派幹部どもは行方を眩ませたから、この三種の行方は分からないそうだ。

 

とりあえず、所有者が明らかになっているのはこれだけだ。

 

所有者が割れてないのは『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』、『蒼き革新の箱庭(イノベート・クリア)』、『究極の羯磨(テロス・カルマ)』の三種だ。

 

『蒼き革新の箱庭』はアジュカさんが把握しているらしいが・・・・・詳しくはあの人しか知らないという。

 

となると、吸血鬼が入手しているのは『幽世の聖杯』か『究極の羯磨』のどちらかとなる。

 

エルメンヒルデはこう答える。

 

「『幽世の聖杯』です」

 

彼女の言葉を聞いた瞬間に先生は表情を厳しくした。

 

「よりにもよって聖遺物のひとつ、聖杯か。あれは生命の理を覆しかねない代物だ。・・・・・・不死者の吸血鬼がそれで何を求める?」

 

「絶対に死なない身体。杭で心臓を抉られても、十字架を突きつけられようとも、自分の棺で眠らずとも、太陽の光を浴びようとも決して滅びぬ体をツェペシュの者達は得たのです。いえ、正確に言いますと滅びにくい体を得た、でしょうか」

 

「その口ぶりだと聖杯の力はまだ不安定のようだな」

 

先生の言葉に彼女は頷く。

 

「彼らは弱点のない存在になろうとしているのです。吸血鬼の誇りを捨てる。それだけならまだしも、あの者達はこちらを襲撃してきたのです。既に犠牲者も出ております」

 

「ま、カーミラ側としては見過ごせないわな」

 

「はい、その通りです。そして、私達の目的は――――そちらにいらっしゃるギャスパー・ヴラディの力を借りて、ツェペシュの暴挙を食い止めることです」

 

エルメンヒルデの視線が再びギャスパーへと向けられる。

 

・・・・・ギャスパーを吸血鬼同士の抗争に参戦させようってのか。

 

リアスが静かな口調を変えずに訊いた。

 

「それはギャスパーがヴラディ家の――――ツェペシュ側の吸血鬼だったことが関係しているのかしら?」

 

・・・・・・内側では煮えくり返ってるな。

 

可愛い眷属を、今まで交渉にも応じなかった吸血鬼の抗争に貸せと言われたんだ。

情愛の深いリアスが怒らないわけがない。

 

それでも平静を装っているのはギャスパーについて知ろうとしているからだろう。

 

リアスの問いエルメンヒルデが意味深な笑みを見せた。

 

「それもあります。けれど、私どもが本当に欲しているのはギャスパー・ヴラディの力です。眠っていた力が目覚めた、と小耳に挟んだものですから」

 

「・・・・・・あの力はなに? あなた達はあれが何か知っているの?」

 

「ごくまれに本来の吸血鬼の持つ異能から逸脱した能力を有する者が血族から生まれることがあります。今世においてはハーフの者に多く見られておりますわ。ギャスパー・ヴラディもその一人でしょう。カーミラに属する私どもでは詳細を調べあげることは叶いませんが、ツェペシュ側には手がかりとなるものがあるかもしれませんわ」

 

吸血鬼から見てもギャスパーの力は逸脱しているのか。

 

そんで、詳しくはギャスパー出身のヴラディ家に直接聞けと・・・・・・。

 

エルメンヒルデは続ける。

 

「そして、問題の聖杯ですが、所有者はもちろん忌み子――――ハーフではありますが、名はヴァレリー・ツェペシュ。ツェペシュ家そのものから生まれた者です」

 

その名を聞いて反応を示す者がいた。

 

ギャスパーだ。

 

ひどく狼狽しているようすだった。

 

「・・・・・そんな・・・・・ヴァレリーが? う、嘘です! ヴァレリーは僕みたいに神器を持って生まれてはいませんでした!」

 

先程まで震えていたギャスパーがヴァレリーって人の名前が出た途端に人が変わったように・・・・・・・。

こいつにとって、ヴァレリーって人は大切な人なのか?

 

「落ち着け、ギャスパー。神器は生まれつきでなくとも後から目覚めるパターンもある。俺なんかがそれだ」

 

俺はギャスパーを制しながらそう言った。

 

俺の場合は少し特殊だが、目覚めたのはアスト・アーデに渡ってからだ。

生まれて直ぐに目覚めたわけではない。

 

先生曰く、どの歳で目覚めるかは個人差があるようだ。

 

「その通りです。彼女も近年、神器に覚醒し、能力を得たものと思われます」

 

先生が目を細め、腕を組む。

 

「俺達が特定する前に隠蔽されたと思っていいんだろうな。ったく、聖なる力を嫌う吸血鬼が聖杯を捨てようともせず、こちらに預けることもせず、自分達のもとに隠すなんてよ」

 

「私もそう思います」

 

先生の言葉にエルメンヒルデも応じていた。

 

「ギャスパー・ヴラディ、あなたは自分を追放した家に恨みはないのかしら? 今のあなたの力なら、それが可能ではないかと思いますが?」

 

「・・・・・ぼ、僕はここにいられれば十分です。部長や皆さんの元にいられればそれだけで――――」

 

「――――雑種」

 

その言葉を耳にした途端、ギャスパーの表情は曇り始める。

それを確認して、エルメンヒルデは続けていく。

 

「混じりもの、忌み子、もどき、あなたはどのようにヴラディ家で呼ばれていたのかしら? 感情を共有できたのはヴァレリーだけでしたわね? ツェペシュ側のハーフが一時的に集められて幽閉される城のなかで、あなた達は互いに助け合って生きてきたと聞いておりますわ。ヴァレリーを止めたいと思いませんか?」

 

それを聞き、今まで黙していたグリゼルダさんが口を開く。

 

「あなた方はハーフの子達を忌み嫌いますけど、元々人間を連れ去り、慰み者として扱い、結果的に子を宿させたのは吸血鬼の勝手な振る舞いでしょう? あなた方に民を食い散らかされ、悔しい思いをしながらも憂いに対処してきたのは我々教会の者です。できれば、趣味で人間と交わらないでもらいたいものです」

 

物腰は柔らかいが、明らかな怒りが声に含まれているな。

言葉に毒が満載だし。

 

エルメンヒルデは口元に手をやり、小さく笑む。

 

「それは申し訳ございませんでしたわ。けれども、人間を狩るのが我々吸血鬼の本質。ですが、それはあなた方、悪魔も天使も同じなのでは? ――――我々異形の者は人間を糧にせねば生きられぬ『弱者』ではありませんか」

 

・・・・・なるほどな。

 

どうやら、それが吸血鬼の認識らしい。

 

純血の吸血鬼とそうでないもの。

ハーフは『忌み子』で『雑種』。

人間は『糧』か。

 

そうは言うけどよ、いつまでもそんな考えじゃ、積もり積もった恨みや怒りは爆発するぜ?

 

自分達が至高だの何だのと考えている奴らはいずれ滅ぼされる。

 

それを吸血鬼達がわかる日は来るのかね?

 

エルメンヒルデは後ろで待機していた護衛役の吸血鬼を呼び、鞄から書面らしきものを取り出した。

 

「手ぶらで来たわけではありませんわ。書面を用意しました」

 

エルメンヒルデは書を先生に渡す。

 

受け取った先生は書面を見て息を吐く。

 

「・・・・カーミラ側との和平協議について、か。つまり、今日のこれは外交。おまえさんが特使として派遣されたってことだな?」

 

先生の問いエルメンヒルデは笑みを見せる。

 

「はい。我らが女王カーミラさまは我々の長年に渡る争いの歴史を憂いて、休戦を提示したいと申しておりました」

 

「順番が逆だ、お嬢さん。普通は和平の書面が先だろう? これじゃ、力を貸してくれなければ、和平には応じないって言ってるようなもんだ」

 

目元を細めたグリゼルダさんも続く。

 

「隔てることなく各陣営に和議を申し込み、応じていた我ら三大勢力がこれに応じなければ他の勢力への説得力が薄まりますわね。『各勢力に和平を説いているのに相手を選んで緊張状態を解いているのか』、と。しかも停戦ではなく、休戦。こちらの弱味を突かれた格好ですね」

 

やってくれる。

 

和平を盾にギャスパーを貸せってか。

 

リアスがふるふると怒りに震えていた。

そのリアスの手を握り、宥めるように首を横に振る。

 

エルメンヒルデは嬉しそうに口の両端をつり上げていった。

 

「ご安心ください。吸血鬼同士の争いは吸血鬼同士でのみ、決着をつけます。ギャスパー・ヴラディをお貸しいただければ、後は何もいりませんわ。和平のテーブルにつくお約束と共にヴラディ家への橋渡しも私どもが行いましょう」

 

流れがあちら側に移ろうとしていた。

 

 

 

 

しかし―――――

 

 

 

 

「えらく嘗めたこと言ってくれるわね」

 

一人の声が静まり返った部屋にこだました。

 

この空気の中でそんなことを言う者がいるとは思わなかったのだろう。

 

エルメンヒルデを含めた全員の視線がアリスへと向けられた。

 

 

 

 

 

 

「あなたは?」

 

「私は上級悪魔、赤龍帝兵藤一誠の『女王』、アリス・オーディリアよ」

 

エルメンヒルデに問われたアリスはそう名乗る。

 

すると、エルメンヒルデは蔑んだ目でアリスを見た。

 

「つまり、あなたは赤龍帝の下僕と・・・・・・。あなたが私に話しかける権利があるのですか? ただの従僕であるのなら、私に意見する資格などないと思いますが?」

 

言葉の節々から完全に見下しているのが丸分かりだ。

 

しかし、それは完全に悪手で・・・・・・・

 

「――――は?」

 

うっ・・・・・キレてる・・・・・・。

 

そりゃ、ああいう風に言われたら誰でもキレるが、こいつがキレるとマジで怖いんだよなぁ・・・・・・。

 

今も俺の背中にピリピリと刺すような感覚が来てるし・・・・・。

 

まぁ、でも―――――

 

「いいぜ、俺がその権利を与えるよ。それなら良いだろう?」

 

「っ! 赤龍帝、あなたは――――」

 

俺の発言に何か言おうとするが、俺はそれを遮って言葉を続けた。

 

「悪いな、エルメンヒルデ。こいつがキレると後々、愚痴を言われそうでさ。ここは俺を助けるためだと思って聞いてやってくれないか? それに――――今回の話し合いはそちら側から申し出たことだ。それくらいの譲歩があってもいいかと思うんだけど・・・・・・どうかな?」

 

俺は笑みを浮かべながらそうお願いしてみた。

 

ま、ぶっちゃけると、正式な外交でこういうことをし出すとキリがなくなるんだけど・・・・・・今回はあくまで吸血鬼側からの申し出。

こちらも聞きたいことはあったとは言え、一応は申し出を受けてあげた形だ。

 

――――多少の(・・・)わがままは聞いてもらうさ。

 

「・・・・・冥界の英雄と名高き赤龍帝からのお願いとあらば、受けないわけにはいけませんわ。あなたの言い分を聞きかせてもらいましょう、赤龍帝の『女王』」

 

俺の言葉を受けて、エルメンヒルデは明らかに不快な表情を浮かべながらも承諾してくれた。

 

俺は「ありがとう」とウィンクしながらお礼を述べた後、アリスに視線を送った。

 

「では、まず一つ聞かせてもらうわ。あなた達の言い分をまとめるとグレモリー次期当主の眷属一人を犠牲に、吸血鬼側は三大勢力との休戦協定を結ぶ、ということでいいのかしら?」

 

「犠牲になるとは決まっておりません。早々と決着がつけばそれにこしたことはありませんわ」

 

エルメンヒルデはしゃあしゃあと言ってのける。

 

「それはつまり、犠牲になるかもしれないってことよね? ギャスパー君が無事に帰ってこられる確かな保証はない、と。そういうことね?」

 

「・・・・・・・」

 

アリスがそう問うがエルメンヒルデは瞑目して何も答えない。

 

自分達に不利なことは言わない、か。

まぁ、それが交渉ってもんだから、当たり前なんだが・・・・・、答えられないってことは肯定してるも同義だ。

 

「それじゃあ、次に。私達の介入は? あなたの話だと戦力が不足しているからこそ、ギャスパー君を必要としたのでしょう? それなら、仲介にしろ、加勢にしろ、私達の力があった方が良いと思うのだけれど?」

 

アリスの提案をエルメンヒルデは首を横にして答えた。

 

「いえ、先程も申しましたように、我々の決着は我々の手で行います。アドバイザーぐらいでしたら、いかようにも」

 

「随分身勝手ね。こちらの大事な仲間を必要としておきながら、私達の介入を拒むなんて。それが純血の吸血鬼のやり方ってところなの?」

 

「吸血鬼の問題を吸血鬼の手で解決することのどこが身勝手なのです? ギャスパー・ヴラディはハーフとはいえ吸血鬼です。その者の力を使うことに何か?」

 

迫害しても、半分吸血鬼ならば使うってか。

それが対立側の出身者でも。

 

矛盾しているな。

理不尽にもほどがあるだろう。

 

俺の隣では、リアスが静かに憤怒していた。

瞳も怒りにたぎり、こちらもピリピリしたオーラを放っている。

 

俺はその手に手を重ねて「落ち着け」と視線を送る。

 

アリスは額に手を当てながらため息を吐く。

 

「あなた達の考えはよーく分かったわ。――――グリゼルダさん、あなたはさっき、『この話に応じなければ他の勢力への説得力が薄まる』って仰ってましたね?」

 

「ええ。三大勢力は隔てることなく各陣営に和議を申し込んでいましたから」

 

そう、今回の交渉で不利に立たされたのはそういう背景があるからだ。

 

相手を見て和平を結んでいるとなれば、他勢力からの信用を失う。

 

 

 

しかし――――

 

 

 

「今回の吸血鬼との和平協議、私はなしでもいいと思うわ」

 

『なっ!?』

 

アリスの言葉にこの場の全員が驚愕していた!

 

そりゃ、そうだ!

 

和平を掲げている三大勢力側の者がそんなこと言い出したら大問題だ!

 

「あ、アリスさん!? あなたは一体、何を!?」

 

流石のソーナもこれには衝撃を受けているようだ。

 

俺もアリスの発言にはかなり驚いている。

内心、「こいつ、いきなり何言い出してんの!?」とも思った。

 

だけど、アリスが何の考えなしにそんなことを言うだろうか?

 

俺は驚くと同時にそう思ってしまった。

 

アリスは冷静な口調で言った。

 

「確かに普通なら、ここで和平を断れば私達の勢力は信用を失うでしょう。だけど、()()()()()()()相手なら話は別なんじゃないの?」

 

――――っ

 

なるほど、そうきたか。

 

「もちろん、完璧に信用するなんてことは難しいわ。それは何処の勢力も同じはず。でも、三大勢力が和平交渉できているのは少なからずとも信用できる要素があるからではなくて?」

 

「まぁ、そうだな。各勢力、腹の内では何を考えてるか、分かったもんじゃないが・・・・・・。それでも、ある程度は信用がおける部分はある。ギリシャ勢力なんざ、ハーデスの野郎は全くもって信用できんが、ゼウスやポセイドンの親父はずっとマシだ」

 

アリスの問い先生がそう答えた。

 

そりゃそうだ。

全く信用できない奴と仲良くしろなんてのは無理な話だしな。

 

エルメンヒルデは怒気を含めた声音で尋ねる。

 

「私達のどこが信用できないと仰るのですか?」

 

「何もかもよ。ギャスパー君を貸せと言っておきながら安全は保証できないところも、かと言って私達の介入を認めないところもそう。何より和平を盾に交渉してくるような相手のどこを信用しろと? しかも、提示してきたのは休戦。端から一時的なものだと言っているようなものじゃない。そんな破ることを前提としたような協定を結べと本気で言っているのかしら?」

 

「ですが、争いがなくなるのは双方にとって良いものでは? 民の平穏も保てましょうに」

 

「ええ、そうね。だけど残念ながら、あなた達へは不信感で一杯だわ。そちらで起きている事が済み次第、休戦が破られることだって考えられる。そんな一瞬で終わるような和平なら結ばない方が後々のためよ」

 

一度和平を結んでしまった後にそのようなことになれば、互いの禍根は更に深まる。

 

そうなれば、そこからの関係修復は困難なんてもんじゃない。

 

「そのようなこと吸血鬼の誇りにかけてもいたしませんっ」

 

「へぇ・・・・。でも、私はその吸血鬼の誇りすら疑っているわ。ハーフの子を『忌み子』だと『雑種』だと蔑んでいながら、その子の力無しでは解決できないのでしょう? 最初から自分達、純血の吸血鬼のみで解決すれば良いじゃない。あなた達の誇りって随分安いのね」

 

 

パキッ

 

 

エルメンヒルデの前に置かれていたカップに亀裂が入った。

彼女とその護衛から放たれた殺気にカップが耐えられなくなったからだ。

 

流石に自分達、純血の誇りまで貶されれば怒るか・・・・・・。

 

これ以上は良いだろう。

 

「そこまでにしようか。このまま続ければ乱闘になりそうだ。アリス、おまえも席につけ」

 

俺がそう言うとアリスは微笑みを浮かべながら、

 

「これは失礼しました。一介の下僕ごときが過ぎたことを言ってしまい申し訳ありません」

 

と、わざとらしく深々とエルメンヒルデに謝罪とお辞儀をしてから席に戻る。

いやはや、えらく皮肉なことをしてくれるぜ。

 

王女の時では出来なかった発言だ。

 

ただの下僕としてなら、全く問題ないわけではないが、相応の地位についている奴が言うよりは影響が少ない。

俺達が言えないことをほぼほぼ言ってくれたわけだ。 

 

つーか、言うこと言ったからスッキリした顔してるなアリスさんよ。

 

さて、俺は後始末といきますか。

 

俺はエルメンヒルデに頭を下げた。

 

「すまない。うちの『女王』は色々と口が悪くてな。少しばかり失礼なことを言ってしまった。それに関しては謝るよ。ゴメンな、エルメンヒルデ」

 

俺は苦笑しながら、場の雰囲気を落ち着かせる。

 

それにより、エルメンヒルデと護衛からの殺気は弱まり、部屋の緊張が解れていく。

 

それを確認した上で、俺は再度口を開く。

 

「だけど、俺も今までのやり取りを見ていて、君達を信用することはできないな。だから、今のままでは君達の要求を承諾することなんてできない。・・・・・まぁ、和平をなしとまでは言わないけどさ」

 

「・・・・・では、私どもにどうしろと?」

 

「簡単なことさ。自分達の目でそちらの状況を確認しておきたい。だから、俺達がそちらの領地内で動けるよう許可がほしい。それからもう一つ、ギャスパーを連れていく際、俺達が最低限の介入することの許可だ。この二つを認めてくれればいい」

 

俺は吸血鬼の内政にあれやこれやと口を挟むつもりはない。

 

そこはエルメンヒルデの言う通り、対立しているカーミラ派とツェペシュ派で解決することだろうからな。

それに関して俺達が出来るのは本当にアドバイザーくらいだ。

 

だけど、ギャスパーを守るくらいの介入はさせてもらう。

こいつは俺の大切な後輩だしな。

 

それでだ。

ここで一度確認しておかないといけないことがある。

 

俺はギャスパーに問う。

 

「ギャスパー、おまえはどうしたい? リアスの眷属とか吸血鬼だとかは無しにしてだ」

 

そう、ここが一番重要なところ。

ギャスパーはどうしたいのか、本人の意思が肝心なんだ。

 

問題の渦中にあるヴァレリーをこいつは一体どうしたいと考えている?

 

ギャスパーは大きく息を吸って、震える口調で吐き出した。

 

「ぼ、僕、行きます。・・・・・・吸血鬼の世界に戻るつもりはありませんし、僕の居場所はここです。で、でも! ヴァレリーを助けたい! 彼女は僕の恩人なんです! 僕が今、こうしていられるのは彼女のおかげなんです! だ、だから!」

 

いい返事だ。

段ボールヴァンパイアが男の目をしてやがるよ。

 

あのギャスパーが格好良くなったじゃねぇか。

 

「本人の意思は確認できた。後はそっちの対応次第だ」

 

エルメンヒルデはギャスパーと目を合わせた後、息を吐いた。

 

「・・・・・分かりました。一度、カーミラさまにお話をしてみましょう。後日、我々で検討した内容をそちらに連絡します。ギャスパー・ヴラディについてもそれからで構いません」

 

「俺はそれでいいと思う。リアスと先生は?」

 

「私はそれで構わないわ」

 

「ま、妥当なところか。連絡はこいつで頼む」

 

と、先生は紙に何やらメモをしてエルメンヒルデに手渡した。

 

多分、先生への直通回線だろう。

 

エルメンヒルデはメモを受け取った後、立ち上がる。

 

「それでは、これで失礼いたしますわ。今夜はお目通りできて幸いでした。何よりも自分の根城に吸血鬼を招き入れるという寛大なお心遣いに感謝いたしますわ、リアス・グレモリーさま」

 

こうして悪魔と吸血鬼の会談は終わり、闇の住人達はこの旧校舎をあとにしていった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 


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