[木場 side]
「くっ・・・・・・」
ジャンヌを倒した後、第二階層を解いた僕を急激な疲労感が襲った。
イッセー君が初めて僕達の前で第二階層を使った時もかなりの疲労具合だったけど・・・・・・今となってはその感覚がよく分かる。
手足が鉛のように重く、少し動かそうとするだけで筋肉痛にも似た痛みが全身を駆け巡る。
・・・・・慣れていない状態で短時間に二度も使った代償か。
「木場・・・・・おまえ・・・・・」
声をかけられ、振り向くとゼノヴィアとイリナさんが僕の後ろに立っていた。
今にも倒れそうな僕を心配してくれたのかな?
「大丈夫だよ。かなり疲れたけど、休めば何とかなるから」
と笑顔でそう言ったのだが・・・・・・。
「いや、そうではなくてだな。私の出番が無くなってしまったように感じてな・・・・・・・」
「うんうん。折角、新生エクス・デュランダルと量産型の聖魔剣を貰ってきたのにね」
どうやら僕の考えは大きくハズレていたらしい・・・・・
確かに僕がジャンヌを倒したことで、二人が剣士として力を振るえる相手を取ってしまったような気が・・・・・・。
「ハハハ・・・・・・・うん、なんかゴメンね」
僕は苦笑しながらそう言うしかなかった・・・・・。
とにかく僕がジャンヌを倒し、サイラオーグ・バアルがヘラクレスを倒したことで残る相手はゲオルクのみとなった。
むろん、曹操がどこから現れるか分かったものではないが・・・・・・
こちらはサイラオーグ・バアルを含め、相当な戦力がいる。
ゲオルクが例の『魔人化』を使用したとしても勝機は望めるだろう。
ゲオルクが倒れるヘラクレスとジャンヌを一瞥して笑んだ。
「強い。これが現若手悪魔か。バアルのサイラオーグ、そしてリアス・グレモリー率いるグレモリー眷属。特に木場祐斗に関してはあの赤龍帝と同じ領域に足を踏み入れたと見える。『魔人化』を使ったジャンヌでも敵わぬわけだ。しかし、先日会ったばかりだというのにここまで力を伸ばしてくるとは・・・・・・。この調子ではそちらの雷光の巫女や、聖剣使い、猫又やヴァンパイアも注意が必要のようだ」
ゲオルクは朱乃さん、ゼノヴィア、小猫ちゃん、ギャスパー君と視線を移していく。
先日の疑似空間では披露できなかったようだが、朱乃さんはアザゼル先生やお父さんの協力で堕天使の力を高める術を得ている。
内に眠る堕天使の力を目覚めさせ、雷光の威力を高めることができる。
一度、見せてもらったことがあるが、その姿はまるで上位クラスの堕天使のようだった。
ゼノヴィアに関しては天界で新たにデュランダルを鍛え直してきたみたいだ。
しかも、ルフェイさんから提供された『支配の聖剣』も加わりエクス・デュランダルは以前よりも強化されている。
デュランダル+七つ全てが揃った真のエクスカリバーというよりハイスペックな聖剣。
能力的にはあの曹操の禁手とも良い勝負が出来るかもしれない。
だけど、ゼノヴィアのことだからパワーに走りそうな気がして・・・・・・。
そこは後々、イッセー君に指導してもらうとしよう。
小猫ちゃんは先日の戦いから目立った強化があったわけではないが、お姉さんの黒歌から仙術と妖術を習うそうだ。
元々イッセー君から気の扱いについては習っていたし、そこに黒歌の指導も加わるとなると、小猫ちゃんもこれから伸びる可能性は大いにある。
しかも、軋轢があった姉から教わるというのだから、小猫ちゃんの決意も揺るがないものになっているのだろうね。
グリゴリに向かっていたギャスパー君については分からないが・・・・・・・・。
ふと見るとゲオルクから視線を向けられていたギャスパー君は表情を青ざめさせていた。
「ギャスパー、どうかしたの?」
部長が怪訝そうに尋ねると・・・・・・・ギャスパー君は次第に表情を崩し、そして涙を流し始めた。
それには眷属の皆が驚き、何事かとギャスパー君に視線を集まらせている。
・・・・・・何があったというんだい?
「・・・・・すいません、皆さん。・・・・・僕・・・・・僕! グリゴリの研究施設に行っても・・・・・強くなれなかったんです!」
――――っ!
ギャスパー君の告白に再び眷属全員が驚愕する。
「皆さんのお役に立ちたかったから・・・・・強くなりたかったのに! 今のままではこれ以上は強くなれないって言われて・・・・・・。・・・・・・僕はグレモリー眷属男子の恥なんです・・・・・・っ!」
ギャスパー君はその場で崩れ落ちていく。
しかし、その言葉に僕は違和感を感じてしまった。
思い出すのはサイラオーグ・バアルとのレーティング・ゲーム。
ギャスパー君は相手の『戦車』に何度ボロボロにされても立ち上がり、ついにはゼノヴィアが回復するまでその場を保たせることに成功している。
・・・・・・その時のギャスパー君は内から何かの力が漏れ出していたように見えたことをハッキリと覚えている。
あれがギャスパー君の潜在的な力だとすれば、強くなれないはずはない。
・・・・・・いや、ギャスパー君は
何か他の要因が足りないと考えるべきではないだろうか?
ギャスパー君の姿を見てゲオルクはつまらなさそうに息を吐く。
「亡き赤龍帝もこの後輩の情けない姿を見たら浮かばれないだろう」
その一言を聞いたギャスパー君は顔だけ上げてきょとんとした様子で漏らした。
「・・・・・亡き・・・・・・赤龍帝?」
彼は周囲を見渡す。
そうか、ギャスパー君だけがイッセー君がここにいない理由を知らないんだった。
「・・・・・イッセー先輩は? イッセー先輩がここにいないのはあの大きな怪物を止めに行っているからじゃないんですか?」
「ギャスパー、イッセーは―――」
真相を知らない彼に部長が告げようとするが、サイラオーグ・バアルが部長に視線を配らせ首を横に振った。
部長もそれを確認して言いかけた口を閉ざした。
どういうつもりなんだ、サイラオーグ・バアルと部長は・・・・・・・
『王』二人の視線のやり取りに僕が怪訝に思うなか、ゲオルクは口許を笑ましてギャスパー君に話始めた。
「そうか。君は知らなかったのか。赤龍帝は現在、行方不明になっているんだよ。この数日、彼の気配を感じとることが出来ない上に彼の姿を誰も確認していない。話に聞けば赤龍帝が最後に戦った旧魔王シャルバはサマエルの血を所持していたという。そうなれば赤龍帝がどうなったのか、何となくの予想はつくだろう? 彼はサマエルの呪いを受けて死んだ。そう考えるのが普通ではないだろうか」
ゲオルクはジークフリートが僕に語ったことと同じ内容をギャスパー君に聞かせた。
どうやら、彼ら英雄派の間ではイッセー君は完全に死んだものと認識されているようだ。
僕を含め部長達も彼の生存を確信している。
彼がシャルバなどに殺られるはずがない。
例えシャルバがサマエルの血を所持していたとしても。
もちろん、これには何の確証もない。
それでも、彼は必ず戻ると約束してくれた。
これを思い出すだけで彼は生きていると希望を持てる。
イッセー君はそれほどの男なのだ。
しかし、それをギャスパー君に伝えないと言うのは・・・・・・。
いや、まさかと思うが、サイラオーグ・バアルはギャスパー君を――――。
「悔やむことはない。あのオーフィスと白龍皇ヴァーリですらサマエルに打倒されたのだ。いかに赤龍帝といええども、あの呪いには打ち勝てない」
ゲオルクがそう告げた後、軽く笑った。
ゲオルクの言葉を聞いたギャスパー君は絶望しきった表情となる。
・・・・・・・後輩のこんな姿を見るのは耐えがたい苦痛だ。
「・・・・・・イッセー先輩が・・・・・・死んだ・・・・・・?」
ギャスパー君の頬を一筋の涙が伝った。
尊敬する先輩が死んだと聞かされ、彼の思考は絶望に塗り変わっているだろう。
ギャスパー君はアスト・アーデでのイッセー君の死を思い出してしまったのかもしれない。
僕達だって、あの光景を思い出す旅に絶望に呑み込まれそうになった。
それでもこうして戦えるのは彼が約束をしてくれていたからだ。
――――ギャスパー君はふらつきながら立ち上がっていく。
徐々に伏せていた顔も上げていった。
そこにあったのは感情の宿らない生気の抜けたような表情。
それを見た瞬間、背中に冷たいものが駆け抜けていくのが認識できた。
彼は小さく口を開くと一言だけ呟いた。
それは低く、この世のものとは思えない呪詛めいたものだった――――。
《―――死ね》
その瞬間―――――全てが黒く染まった。
いや、黒ではない。
それを遥かに通り越した暗黒と言える空間。
暗く、冷たく、光すら消滅してしまうほどの闇。
闇がこの区域全てを包み込んだのだ。
ギャスパー君の体から暗黒が滲み出ていき、周囲を黒く染めていく―――――
「なんだ、これは・・・・・・・! 暴走・・・・・禁手・・・・・・? いや、違う! では、ヴァンパイアの力か! しかし、これはあまりにも桁違いな・・・・・・ッ!」
突然の現象にゲオルクは驚愕し、周囲を見渡していく。
この光景にはゲオルクのみならず、この場にいる全員が驚くばかりだった。
こんな現象は見たことがない!
僕も禁手かと思ったけど、この力の感じからして違うものだろう。
だとしたら何だと言うんだ・・・・・この全部が闇に呑まれたような空間は・・・・・・・!
暗黒の領域と化した中央。
そこにはいっそう闇に包まれた人型が異様な動きをしながら、ゲオルクに近づいていく。
首をあらぬ方向に折り曲げ、肩を痙攣させ、足を引きずりながらゲオルクとの間合いを詰めていく。
その瞳を赤く、不気味に輝かせていた――――
《コロシテヤル・・・・・・! オマエラ全員、僕がコロシツクシテヤル・・・・・!》
発せられる声は既にギャスパー君とは別物。
呪詛、怨念、あらゆる負の感情が込められた、聞くだけで力を持つ危険な系統の声。
サイラオーグ・バアルもこれは自身の想像を遥かに越えていたようだ。
「・・・・・ギャスパー・ヴラディの中で何か吹っ切れる事柄があればと思ったのだが・・・・・・。リアス、おまえは一体何を眷属にした? こいつはバケモノの類いだぞ」
「ヴァンパイアの名門ヴラディ家がギャスパーを蔑ろにしたのは・・・・・・人間の血でも停止の邪眼でもなく・・・・・これを恐れたから・・・・・? 恐怖から・・・・・城と離れさせた・・・・・・?」
部長が声を震わせながらそう漏らしていた。
僕達の眼前で黒い化身となったギャスパー君が手を・・・・・いや、手らしきものを突き出した。
ゲオルクがすぐに反応して魔法陣を展開するが――――その魔法陣は発動する前に闇に食われていった。
「ッ!? 魔法でも神器の力でもない! なんだ、この力は!? どうやって我が魔法を打ち消した!?」
ゲオルクはそう叫びながら距離を取ると、無数の攻撃魔法陣を展開した!
そこからありとあらゆる属性の魔法フルバーストがギャスパー君に放たれる!
全てを吹き飛ばす気か!
しかし―――――
「なっ・・・・・!?」
その攻撃がギャスパー君に届くことはなかった。
暗黒の世界にいくつもの赤い眼が縦横無尽に出現し妖しく輝いたと思うと、全ての攻撃魔法は停止させられてしまった。
この領域全てに停止の邪眼を出現させたのか・・・・・・!
停止した魔法は闇に食われて消失していく。
それならばとゲオルクは霧を発生させ、それでギャスパー君を祓おうとする。
だが、その霧さえも闇に食われていった――――。
《喰う・・・・・喰ってヤッタ・・・・・・オマエの霧も魔法も・・・・・・全て喰ってヤッタぞ・・・・・》
言動が完全にギャスパー君のものとは違う。
もう別の存在と化していると思っていいのかもしれない・・・・・。
・・・・・・上位神滅具の霧でもこの闇の力に抗えない。
これがギャスパー君が内に秘めていた潜在的な力だと言うのか・・・・・・!?
もしそうだとすれば、彼の潜在能力は眷属の中でも一番なのではないだろうか。
この姿は常軌を逸しているというレベルではない。
ゲオルクが霧や魔法を駆使して攻撃を仕掛けるがその全てが停止させられ、闇に食われていく。
結界空間を作ろうと霧で魔法陣を展開させるが、ことごとく闇に食われていき、成形に失敗する。
すると――――
ゲオルクの周囲に変化が訪れた。
闇が蠢き、獣のようなものが形作られていく。
それは狼、巨鳥、ドラゴンと様々であるが・・・・・・眼が一つであったり、足が十本以上あったりとどれもまともな形をしていない。
闇の獣がゲオルクを囲う。
「くっ! 一旦引くしかない!」
ゲオルクは正体と能力が測りきれないギャスパー君の相手を諦め、足元に転移魔法陣を展開した!
逃げるつもりか!
ゲオルクの体が転移の光に包まれようとした瞬間――――ゲオルクの体から黒い炎が現れる!
黒い炎はゲオルクに絡み付き逃がさないようにしていた!
「逃がさねぇよ。ここまでやってくれたんだ。ただで済むわけねぇだろ!」
匙君だ。
匙君がヴリトラの炎でゲオルクを縛り上げたんだ。
黒き龍王の炎。
それを受ければ命を吸われて燃え尽きるまで絡み続ける。
「ヴリトラの・・・・・呪いか・・・・・!」
声を絞り出すゲオルク。
解呪に成功したと思われた黒炎は消えてはいなかった。
そして――――
闇の獣が動けない彼を喰らっていった。
▽
闇が晴れて、元の風景に戻るとギャスパー君は路面に倒れていた。
ゲオルクの姿はない。
・・・・・・・あの闇の獣に完全に喰われてしまったのか?
部長がギャスパー君に歩み寄り、その体を抱き起こすと彼はすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
先程の力を使いきって気絶したのだろうか、そこにいるのはいつものギャスパー君だった。
部長はギャスパー君の髪をそっと撫でる。
「・・・・・この子についてヴァンパイアに訊かなければいけないわね。・・・・・吸血鬼は悪魔を嫌っているから、質問に答えてくれるかは分からないけど・・・・・」
吸血鬼は悪魔以上に階級や血筋を重んじる。
現悪魔政府のように人間からの転生悪魔にチャンスを与えるといったことは決してしない。
「ヴァルハラに戻った時、興味深い話が聞けました。なんでもとある吸血鬼の名家が神滅具所有者を保有したことで、吸血鬼同士で争いが勃発してしまったそうです」
ロスヴァイセさんがそう話してくれた。
吸血鬼の業界は未だ悪魔を含め他の勢力と交渉すらしない閉鎖された世界だ。
その彼らが神滅具を得た・・・・・・?
「・・・・・それも気になりますが、今はこの状況をどうするかを考えましょう」
目覚めたソーナ会長が言う。
色々と想定外のことが起きてしまったが、こうして英雄派幹部三名を退けることができた。
残る問題はこの何処かにいると思われる曹操と現在も首都リリスに侵攻を続ける『超獣鬼』。
『超獣鬼』の方はグレイフィア様率いるルシファー眷属に加え今ごろ美羽さん達が援軍として戦ってくれているだろう。
だが、それでもあの超巨大魔獣を退けられるかどうか・・・・・・。
あれを退けない限り、冥界の危機は去ったとは言えない。
「おっぱいドラゴンだ!」
シトリー眷属に守られながら避難中の子供の一人がそう叫んだ。
おっぱいドラゴン・・・・・?
まさか、イッセー君が帰ってきたというのか?
いや、確かに彼のオーラが感じられる!
ギャスパー君の変化に気をとられて気づかなかったけど、間違いない!
彼が帰ってきたんだ!
しかし、あの子供はどうやってそれを・・・・・・・?
「きれい!」
「おそら、まっか!」
他の子供達が空を見上げていた。
僕達もそれにつられて空を見上げると――――
空が赤く、鮮やかな紅蓮に染まっていた。
そこには恐怖など微塵も感じない。
――――優しく温かなオーラがこの冥界を覆っていた。
[木場 side out]