[木場 side]
サイラオーグ・バアルは巨獅子――――レグルスをその場に留めさせると、その場に上着を脱ぎ捨てる。
見事に鍛え上げられた肉厚の体が現れ、その身からは闘気が放たれていた。
「首都で暴れまわっていた旧魔王派の残党を一通り片付けたところでな、遠目に黒き龍と化した匙元士郎の姿が見えた。それと何か大きな力が現れたと思ったのだが・・・・・それはおまえだったようだな、木場祐斗。少し前に会ったときとは随分雰囲気が変わったものだ。新たな力を得たか」
サイラオーグ・バアルは笑みを浮かべながら僕のこの姿を見てくる。
まぁ、雰囲気がかわったというか・・・・・服装はかなり変わっているよね。
駒王学園の制服から一変して今の僕が身に付けているのは黒いコートに黒い服。
所々に白いラインが入っているものの、上から下まで殆どが黒だ。
ちなみにだけど、魔剣群は鞘に納めて僕固有の異空間に仕舞ってある。
僕も笑みを浮かべながら返す。
「はい。イッセー君の・・・・・皆のお陰で得られた力です」
「なるほど。次にやり合う時にはおまえにも獅子の衣を使う必要がありそうだ」
ハハハ・・・・・・
流石にそれはキツいかな?
本気のイッセー君と真正面からやり合えるあなたに今の僕が勝つイメージがわきませんよ。
サイラオーグ・バアルの登場にヘラクレスはうれしそうな笑みを浮かべた。
「バアル家の次期当主か。滅びの魔力が特色の大王バアル家で、滅びを持たずに生まれてきた無能らしいじゃねぇか。悪魔のくせに肉弾戦しか出来ないんだろ? ハハハハ、そんなわけのわからねぇ悪魔なんざ初めて聞いたぜ!」
ヘラクレスの煽りを聞いてもサイラオーグ・バアルは表情を変えなかった。
この程度の戯れ言など、彼の半生から察するに幾重にも浴びた罵詈雑言の小さな一つに過ぎないのだろう。
「英雄ヘラクレスの魂を引き継ぎし者」
「ああ、そうだぜ、バアルさんよ」
ヘラクレスの方にゆっくりと足を進めながらサイラオーグ・バアルは断ずる。
「――――木場祐斗の言う通りだ。貴様のような弱小な輩が英雄のはずがない」
それを聞いて、ヘラクレスの額に青筋が浮き上がる。
今の一言で彼のプライドが沸き立ったのだろう。
「おもしれぇじゃねぇか。おい、ゲオルク、ジャンヌ! こいつは俺が貰うぜ!」
「はいはい、それじゃあ私はそこの聖魔剣を相手しようかしら。随分面白い変身してるみたいだし」
ヘラクレスの言葉にジャンヌがそう続く。
ゲオルクは瞑目して二人の意見を了承していた。
僕の相手はジャンヌか・・・・・・・。
ジャンヌは僕の方に視線を移すと不敵な笑みを見せた。
「まさかジークフリートを倒すなんて、流石に驚きだわ。彼はあれを持っていたはずなんだけど」
「あれと言うのは『魔人化』の薬のことかい?」
「へぇ、どうやら知っているようね。まさかと思うけどあれを使ったジークフリートを倒したのかしら?」
「そうと言ったら、君はどうする?」
「っ! ・・・・・どうやら私も出し惜しみするのは危険なようね。仕方がないわ」
ピストル型の注射器を懐から取り出すと、ジャンヌはそれを首もとに針を当て打ち込んだ。
次の瞬間、ジャンヌの体が大きく脈動する!
ジャンヌから放たれる重圧が増していき、顔中に血管が浮かび上がっていった!
ジャンヌは体を僅かによろめかせるが、不気味な笑みを浮かべた。
「これでいいわ。力が高まっていくのがわかる!」
彼女が吼えると同時に足元から刃が無数に出現していく!
あれ『聖剣創造』による聖剣!
彼女は聖剣でドラゴンを形作る亜種の禁手を得ていたはずだ。
しかし、ジャンヌが作ろうとしているのはドラゴンではなく――――聖剣は使役するドラゴンを作らずに彼女の体を覆っていった。
ジャンヌが聖剣に包まれていく――――
そして、眼前に降臨したのは聖剣で形作られた大蛇!
頭の部分にジャンヌが上半身だけ露出している。
下半身は大蛇と同化しているが・・・・・・・。
その姿は女性の蛇の魔物ラミアのようにも見える。
『うふふ、この姿はちょっと好みではないけれど、強くなったのは確実よ。これであなたを斬り刻んであげるわ』
低い声音で言うジャンヌ。
確かに彼女から感じられる重圧は遥かに増した。
ジークフリートと同様、危険な波動が僕の体にひしひしと伝わってくる。
少し前の僕なら簡単にやられていたかもしれない。
だけど、今の僕なら――――
「勝てると思うのなら来るといい。今の君がどれほどの力を持っていようと僕はそれをことごとく越えて見せよう」
僕は聖魔剣の切っ先をジャンヌに向けてそう告げる。
今の僕なら・・・・・皆の想いのおかげで至ったこの姿なら眼前の敵など恐れるに足りない。
あのような想いの籠っていない剣になど負けない。
それを聞いたジャンヌは獰猛な笑みを浮かべ、手元に巨大な聖剣を造り出した。
『いいでしょう! そこまで言い切るなら、やってもらおうじゃない!』
そう叫ぶとジャンヌは大蛇の蛇腹をうねらせて高速でこちらに迫ってきた。
速い。
前回の京都の時に禁手を使った彼女とイリナさんの戦いを僅かに見たことがあるけど、あの時よりも遥かに速くなっている。
やはり、無茶な力だけあって『魔人化』によるパワーアップの仕方は尋常じゃない!
巨大な聖剣を振り下ろすと共に大蛇の尾を使って僕を攻め立ててくる!
僕が避けると、その攻撃は地面を難なく破壊し大きなクレーターを作り出す!
スピードだけでなくパワーもかなり上がっている!
『ハハハハ! 大口を叩いていた割には手も足も出ないじゃない! ほらほら次々いくわよ!』
ジャンヌは笑いながら攻撃の手を増やしてくる。
聖剣による攻撃。
しかも、『魔人化』によって神器の性能を上げられた状態だ。
悪魔の僕が受ければ一溜まりもないだろう。
しかし――――
僕は聖魔剣を振るい、ジャンヌが持っている巨大な聖剣の腹を狙う。
僕の聖魔剣がジャンヌの聖剣を捉えた瞬間――――
キンッ
甲高い音と共に巨大な聖剣は上下で真っ二つに分かれた。
同時にジャンヌが持っている下の部分、聖剣の柄の部分を炎が包み込む。
また上側、刃の部分は凍りつき地面に落ちた瞬間に儚い音と共に砕け散った。
『・・・・・・っ!?』
ジャンヌは慌てて炎に包まれた聖剣の柄を捨てるが、その結果に言葉が出ないようだ。
僕の禁手第二階層はスピードや出力が劇的に上がる以外にも特徴がある。
それは僕が創造可能な剣の全てを一本に集約する力だ。
炎や氷、雷などありとあらゆる属性・能力をこの一振りで使用できる。
普段なら属性を変える際、剣を創り直していたけど、今の僕はその必要がない。
つまりタイムラグは無く、剣の形状も変えずに属性を変更できる。
しかも、複数の属性を同時に扱える。
そして、その属性の中には破壊力を重視した剣の能力も含まれている。
コカビエルのエクスカリバー騒動の直前。
ゼノヴィアと初めて戦った時の僕は頭に血が昇っていて破壊力を重視した巨大で強固な魔剣を造り出した。
・・・・・まぁ、結果的は僕の長所であるスピードを殺すことになってしまい、僕はゼノヴィアに敗北したのだけれど。
しかし、今の僕なら
当然、エクス・デュランダルのような馬鹿げた破壊力はない。
けれど、強化されたジークフリートの肉体を斬り裂き、強化されたジャンヌの聖剣を一撃で折るくらいの破壊力は余裕である。
今はまだ騎士王を名乗るには実力が足りないだろうけど、これからの修行次第だろうね。
「パワーもスピードも上がっている・・・・・・だけど、隙だらけだ」
『っ!』
僕がジャンヌと戦っているすぐ近くではサイラオーグ・バアルとヘラクレスが対峙していた。
「バアルさんよ。元祖ヘラクレスが倒したっていうネメアの獅子の神器を手に入れてるって言うじゃねぇか。――――皮肉だな、俺と会うなんてよ。それを使わなきゃ俺には勝てないぜ?」
ヘラクレスが挑発するように言うが、サイラオーグ・バアルは一言で断じた。
「使わん」
「は?」
更にこめかみに青筋を浮かび上がらせるヘラクレス。
「使わんと言ったのだ。貴様ごときに獅子の衣を使う必要などない」
サイラオーグ・バアルはただそう断ずるだけだった。
それを聞き、ヘラクレスは可笑しなことを聞いたように笑い声をあげる。
「ハハハハ! いい度胸してるぜ! 俺の神器で爆破できないものはねぇよ! あんたが闘気に包まれていてもな!」
ヘラクレスは飛び出し、両の手に危険なオーラを纏わせた!
サイラオーグ・バアルの両手を掴み――――
ドトドドドドドドドドドッ!!!!
神器による爆破攻撃を始めた!
爆破の衝撃とそれによる爆煙が周囲に漂う。
ヘラクレスの神器能力は攻撃と共に対象物を爆破するもの。
その威力は京都の時に実際にこの目で見ている。
その威力は侮れないものだった。
しかし――――
「なるほど。――――この程度か」
煙が晴れ、現れたのは無傷のサイラオーグ・バアル。
あの爆破攻撃をあの至近距離で受けて無傷とは・・・・・・
ヘラクレスは完全に激怒した様子で更に高まらせる!
「言ってくれるじゃねぇか。じゃあ、これならどうよ!」
そのままサイラオーグ・バアルに向けて拳の連打を繰り出した!
先程よりも凄まじい爆破が巻き起こり、サイラオーグ・バアルの全身を包み込む!
その勢いは辺り一面を覆うほどだ!
爆破が止むと、二人の相対している路面は完全に瓦礫の山と化していた。
瓦礫の上でヘラクレスが高らかに笑う。
「ハハハハハハハッ! ほら見たことかよ! 一瞬で散りやがった! 所詮は出来損ないの悪魔だったってことだ! たかが体術だけで――――」
そこまで言ってヘラクレスは声を詰まらせる。
――――その表情は一転して驚愕に包まれていた。
ヘラクレスの視線の先にはサイラオーグ・バアルが何事も無かったように佇んでいたからだ。
少しばかり血を流しているようだが、あの爆破攻撃を受けてその程度。
サイラオーグ・バアルは手を止めて唖然としているヘラクレスを見て嘆息した。
「英雄ヘラクレスの魂を受け継ぎし人間というから少しは期待もしていたのだが・・・・・・俺の期待はことごとく裏切られたようだな」
そう言いながらもヘラクレスとの距離を一歩、また一歩と詰めていく。
圧倒的な重圧がヘラクレスに重くのし掛かっているのが分かる。
ヘラクレスは両手を構えるが――――サイラオーグ・バアルが瞬時にヘラクレスとの間合いを詰めた。
あくまで真正面から。
この男の戦い方には舌を巻く!
今の動きが見えなかったのだろう、ヘラクレスは動けないようで――――
「俺の番だ」
ドズンッ!
重く、鋭い拳打がヘラクレスの腹部に深々と突き刺さった!
衝撃がヘラクレスの体を通り抜け、後方のビルの壁を難なく破壊する!
「――――ッ!?」
ヘラクレスの表情は苦悶に包まれていく。
そして、その場に膝をつき踞る。
口からは血反吐を吐き出していた。
明らかに深刻なダメージ。
あの一撃を受けた僕には分かる。
あれを生身に貰って無事な者はまずいない。
サイラオーグ・バアルはヘラクレスを見下ろして言う。
「どうした? 今の一撃はただの拳打だが?」
それを聞いて、ヘラクレスが憤怒の形相となって立ち上がる。
「ふざけるな・・・・・・・! ふざけるんなよ、クソ悪魔ごときがよォォォォォオオオオオオッ!!」
激昂するヘラクレスの体が輝き、体に無数の突起物か形成される!
あれは彼の禁手!
京都ではあのとてつもない破壊力でロスヴァイセさんを苦しめていた!
無数のミサイルが町中へと放たれていく!
ミサイルが直撃した場所は激しく破壊されていった!
その一発がサイラオーグ・バアルに真っ直ぐに飛んでいくが――――
「ふんっ!」
ゴンッ!
サイラオーグ・バアルは避けるまでもなく、拳だけでミサイルを弾き飛ばしていった!
続いて彼に迫るミサイル全てが打ち落とされていく!
なんという拳だ・・・・・・。
分かってはいるが、こうも眼前で見せられると改めて凄まじいと感じてしまう。
僕がサイラオーグ・バアルのその打撃力に驚嘆しているとジャンヌにも動きが見られた。
ヘラクレスにつられてなのか、僕に一太刀も浴びせられないのが苛立ったのか、ジャンヌも大蛇の腹をこちらに向けてそこから大量の聖剣を放ってきた!
『これならどう! 避けなければ、あなたは死ぬ! 避ければあなたの後ろにいる仲間が死ぬわ!』
なるほど。
確かに今、僕が避けてしまえばこの無数ともいえる聖剣の嵐は皆を襲う。
・・・・・・いや、下手をすればその更に後ろ、子供達の方へと向かいかねない。
ならば―――――
「はぁぁぁああああああああ!!!」
ギギギギギギギギギギギギギギンッ!!
僕は高速で剣を振るい、迫る全ての聖剣を撃ち落とす!
聖魔剣を覆っている白と黒のオーラが剣を振るう度に光の弧を空中に描き、聖剣を撃ち落とす度に火花が散る!
―――――子供達に何かあればイッセー君の背中を追いかけられなくなる。
ああ、その通りだよ匙君!
僕だって同じ気持ちさ!
だから、彼らをこの先へと一歩たりとも進ませやしない!
僕は最後の聖剣を叩き落とすと息を吐く。
ヘラクレスのミサイルがいくつか子供達の方に飛来してしまったようだが、それはロスヴァイセさんが強力な防御魔法陣を展開して完全に防いでくれていた。
ロスヴァイセさんが故郷の北欧に帰還したのは自らの――――『戦車』としての特性を高めること。
強固な防御魔法を覚えることで自身の防御力を底上げしたようだ。
グレモリー眷属はどんどん強くなっているようだね。
仲間の強化に喜んでいると、僕達のもとに子供達からの声が送られてきた。
「ライオンさん! がんばってぇぇぇえ!」
「ダークネスナイト・ファングも負けないでぇぇぇえ!」
英雄派幹部と対峙する僕とサイラオーグ・バアルに向けての声援だった。
僕もサイラオーグ・バアルもそれは予想外の声援で、きょとんとしてしまった。
「ふはははははは! なるほど! これは良いものだな、木場祐斗よ!」
「はい!」
これが子供達から貰える力!
イッセー君の気持ちが分かる気がするよ。
体の、心の奥底から力が沸いてくる!
「これで貴様達に負ける道理は一切無くなったな」
「ガキにピーチク言われただけで―――」
『調子に乗らないでもらえるッ!』
サイラオーグ・バアルの言葉に吼えるヘラクレスとジャンヌ。
しかし、その直後。
ヘラクレスの顔面に闘気に満ちた拳が撃ち込まれ、ジャンヌには濃密なオーラを纏った斬戟が放たれる――――
地に伏し、大量の血を流すヘラクレスとジャンヌ。
そんな二人を見下ろし、僕とサイラオーグ・バアルの声が重なる。
「「子供から声援すらもらえない者が英雄を名乗るな・・・・・・・ッ!」」
僕とサイラオーグ・バアルの体から放たれるオーラはより大きくなっていき、対してヘラクレスとジャンヌの顔には絶望しきった表情が浮かんでいた。
すると、ヘラクレスは懐に手を入れて何かを取り出す。
ピストル型の注射器とフェニックスの涙だった。
フェニックスの涙で傷を癒した後で『魔人化』をする気か!
それを見てジャンヌが嬉々とした声をあげる。
『それよ! ヘラクレス、あなたも使いなさい! あなたが「魔人化」すれば辺り一帯を吹き飛ばせる!』
「く、くそったれめがッ!」
毒づきながらヘラクレスは注射器の先端を首もとに持っていくが、その手には迷いが見られる。
サイラオーグ・バアルが問う。
「どうした、使わんのか? そこの女のように強化できるのだろう? 使いたければ使うといい。俺は一向にかまわん! それで強くなると言うのなら俺は喜んで受け入れよう! 俺はそのおまえを越えていく!」
威風堂々。
今の彼を表現するならこれだろう。
ヘラクレスはあまりもの悔しさに涙をうっすら浮かべていた。
「ちくしょぉぉぉぉおおおおおおおお!」
大声を張り上げて泣き叫ぶヘラクレスは『魔人化』の薬とフェニックスの涙を捨てた!
『ヘラクレス!?』
予想外の行為にジャンヌが叫ぶが、ヘラクレスはそれを耳に入れず、そのまま拳を構えてサイラオーグ・バアルに突っ込んでいく。
サイラオーグ・バアルはその姿を見て、初めて相手に構えをとった。
「最後の最後で英雄としての誇りを取り戻したか。悪くない」
サイラオーグ・バアルのその姿に、その拳にヘラクレスはプライドを甦らせたのか・・・・・・・。
なるほど、確かに悪くない。
僕は聖魔剣を構えてジャンヌに言った。
「どうやら彼の方が英雄としての誇りは残っていたようだね。さぁ、君はどうする?」
『黙れぇぇぇえええええ!』
狂気の表情で突っ込んでくるジャンヌ。
こちらは既にプライドも何もあったものではないか。
僕一人に追い詰められたのがよっぽど信じられないのか、半ば理性を失っているようにも見える。
サイラオーグ・バアルは拳に闘気をたぎらせ、僕は聖魔剣を一度鞘に納めて腰を落とす。
そして――――――
「この一撃で――――」
「果てるがいいっ!」
凄まじい衝撃が大気を揺らし、一筋の光が煌めいた。
[木場 side out]