[木場 side]
黒い一筋の光が空に流れた。
ドサッ
ロスウォードが手を放したことでイッセー君は重力に引かれるまま地面に落ち、砂塵が舞う。
胸に空いた穴からドクッドクッと夥しい血が流れだし、地面を赤く染めていく。
「いや・・・ああああ・・・ああああああああっ!!!!!!」
悲鳴を上げながらイッセー君に駆け寄る美羽さん。
僕達も美羽さんの後に続き、イッセー君の周りに集まった。
目を開いたまま、指先一つピクリとも動かない。
・・・・・・・・イッセー君が・・・・・・・死んだ・・・・・・・・?
あのイッセー君が・・・・・・・・・?
・・・・・そんな・・・・・・・・・・・
僕は目の前の現実を信じられず、ただ呆然としていた。
全ての思考が停止して、倒れているイッセー君を見つめるだけ。
これまで、イッセー君はどんな危機でも乗り越えてきた。
イッセー君なら大丈夫。
僅かにだけど、そんな気持ちも僕の中にはあった。
楽観的な考えなのは分かってる。
・・・・・・これまでのイッセー君を見ているとそう思えていたんだ。
だけど、目の前の光景はそんな考えを粉々に打ち砕いた。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
夢であるなら直ぐに覚めてほしい。
こんな悪夢をこれ以上見たくない・・・・・・!
「イッセーさん!」
アーシアさんが回復のオーラを当てるが、胸に空いた穴が塞がる様子は一向にない。
アーシアさんの神器、
その為なのだろう。
ということはフェニックスの涙でも効果がないということ・・・・・。
美羽さんも必死で回復魔法をかけているけど、穴が塞がる様子はない。
これじゃあ、イッセー君は・・・・・・っ!
「起きてよ・・・・目を覚ましてよ、イッセー・・・・・。私、まだあなたに何も・・・・・」
部長がイッセー君の体にすがりつく。
目からは大粒の涙を流し、何度もイッセー君の名前を呼び続ける。
朱乃さんやアーシアさん、他の皆も同様に泣きながら何度も名前を呼び続ける。
それでも、イッセー君が起き上がることも無ければ、返事が返ってくることは無い。
美羽さんは傍らにペタンと座り込んだまま、力なくイッセー君の体を揺らす。
「・・・・・ねぇ、起きてよ・・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・。こんなところで・・・・・・・こんなところで寝ていたら帰れないよ・・・・・・。お父さんとお母さんにただいまって言えないよ・・・・・・。だから、起きてよ・・・・・・。ボクの名前を呼んでよ・・・・・・」
「私と約束したじゃない・・・・・。死なない・・・・・絶対に死なないって・・・・・・。約束・・・・破って・・・・どうすんのよ・・・・・・・!」
カランッ
アリスさんが手に持っていた槍を落とした音が響く。
「言ったわよね・・・・約束破ったらひどいって・・・・。だから、起きなさいよ・・・・! 起きてよ・・・・! イッセェェェェェエエエエエエエエッ!!!!!!!」
[木場 side out]
▽
暗い・・・・・。
何もない真っ黒な世界。
まるで海の底に引きずりこまれたように落ちていく。
体がどんどん冷たくなり、次第に感覚すら無くなっていく。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じられない。
・・・・・俺、死んだのか・・・・・・。
覚えているのは今まで禁じていた覇龍を使ったこと。
ロスウォードの攻撃からオーディリアを守るために、限界を超えて力を使いまくったことくらいだ。
正直、最後にどうなったのかまでは覚えてない。
俺、ちゃんと皆を守れたのかな・・・・・。
それだけが気になってしまう。
だけど、その想いすら闇に呑まれて徐々になくなっていく。
このまま、全てが消えてしまうのか・・・・・。
思考するのを止め、俺は目を閉じる。
もう何もかもがどうでも良くなる。
俺はこのまま・・・・・・
―――――― 起きてよ、お兄ちゃん! ――――――
―――――― 死なないって約束したじゃない! 目を覚ましてよ! ――――――
薄れゆく意識の中で、かすかに声が聞こえた。
もう何も聞こえなくなっているはずなのに、声が聞こえてくる。
―――――― イッセー! ――――――
―――――― イッセー君! ――――――
―――――― イッセーさん! ――――――
―――――― イッセー先輩! ――――――
―――――― イッセー! ――――――
―――――― イッセー君! ――――――
―――――― イッセー君! ――――――
―――――― イッセー先輩! ――――――
俺を呼ぶ声。
皆・・・・泣いているのか・・・・・・?
ははは・・・・皆は泣き虫だなぁ・・・・・・。
そうじゃねぇ・・・・!
そうじゃねぇだろ・・・・!
何のんきにしてやがる!
皆を泣かせて平気な顔してんじゃねぇ!
死んだから、このまま諦めるか?
冗談じゃねぇ!
死んだのなら、生き返ればいいじゃねぇか!
生き返って、皆の涙を拭いてやれよ!
自分でも無茶苦茶なことを言ってるのは分かってる!
それでも・・・・・!
俺は約束したんだ!
守るって・・・・!
絶対に死なないってな!
こんな所で、眠ってる場合じゃない。
立てよ・・・・!
立て・・・・・!
動いてくれよ、俺の体・・・・・!
俺の心は・・・・・
俺の魂はまだ死んでない!
「それでこそだ」
再び声が聞こえた。
皆の声とは違い、今度ははっきりと。
それと同時に黒一色だった世界は白い世界に変わった。
体の感覚も戻り、温かさを感じることが出来る。
俺はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。
すると、俺のすぐ近くに黒い霧のようなものが見えた。
そして、そこに現れたのは―――――――――
「あんたは――――――」
「久しぶり、と言うべきか? 異世界より現れし勇者―――――赤龍帝、兵藤一誠」
黒いローブを身に纏った男性。
長い黒髪を持ち、歴戦の戦士を思わせるような威厳のある顔つきをしている。
「シリウスッ・・・・!」
▽
俺は目を見開き、驚きを隠せないでいた。
目の前に現れたのは既に死んだはずの男だったからだ。
人間と魔族の戦争を終わらせるために死闘を繰り広げた男。
俺に敗れたことによって、命を落とした男。
「なんで、あんたがここにいる!? あんたは――――」
「死んだはず、か? 安心しろ。私は既に死んでいる。今ここにいる私は思念体のようなものだ」
俺の言葉を阻み、シリウスはそう答えた。
「私はおまえと最後の戦いをする前に自身の力の半分をイグニスに封じ込めていたのだ。つまり、おまえと私がいるこの世界はイグニスの中というわけだ。私は力を持った思念体と言ったところか」
「なっ・・・・!?」
その言葉を訊いて、更に驚愕する俺。
ここがイグニスの中で、シリウスがここにいたこともそうだけど、それ以上に力の半分をイグニスに封じ込めていたことに衝撃を受けた。
そして、俺には態々そんなことをした理由も分からなかった。
「なんで・・・・なんでそんなことを・・・・? もしかして・・・・・あの時、最初から死ぬつもりだったって言うのか!?」
もし、そうだとすれば、俺はシリウスを許せない。
人間と魔族の未来を掛けたあの戦いで手を抜いたってことかよ・・・・・!
それだけじゃない。
美羽は・・・・あいつは・・・・・!
「美羽はあんたが死んで、泣いてたんだ! あんたのことをあいつは父親として慕っていた! それなのに、あんたは・・・・・!」
俺はシリウスの胸ぐらを掴んで、怒鳴る。
俺が言えたことじゃない。
そんなことは分かってる・・・・!
それでも・・・・!
「落ち着け。ああしなければ、この世界は滅びていたのだ」
シリウスは俺の手を引きはがし、冷静な声で言った。
俺はその言葉に疑問を持つ。
「どういうことだよ・・・?」
「ロスウォード。私はある方より、その存在を聞かされていた。奴がどういう存在なのか。どれほどの力を持つのか。もし、あのまま戦争が続いていれば、この世界はロスウォードによって容易に滅ぼされていただろう」
ある方・・・・?
「長きに渡る戦争を終わらせ、魔族と人間、この二つの種族の共存を図る。そのためには、まず人間から恐怖の存在とされていた『魔王』という存在を終わらせるしかなかったのだ。魔王は私で最後にしたかった」
シリウスはしかし、と続ける。
「私もただ無駄に死んだわけではない。私を殺すのに相応しい者。この世界を守ることが可能な力を持った者。何よりも・・・・娘を安心して託せる者。それを見極め続けた。・・・・・おまえとの戦いに手を抜いたというのも誤解。あの時、私は全力を出した。全力を出し切って、おまえという存在を見極めた。・・・・娘に辛い思いをさせたことについては私も心を痛めた。だが、今では自分の選択は間違ってなかったとはっきりと言える。おまえ達と共に過ごす娘は本当に幸せそうだった。礼を言うぞ」
「あ、ああ・・・・」
シリウスの話を聞いて、一応の理解はした。
納得出来ないことはある。
だけど、シリウスの目を見ていると、これ以上問い詰める気にはなれなかった。
それに、いきなりお礼を言われて、どう反応すればいいのか分からない・・・・・。
・・・・・・ん?
ちょっと待て。
なんで、シリウスは俺の世界での美羽の生活を知ってるんだ・・・・?
まさか・・・・・。
嫌な汗が大量に流れてきた・・・・・。
いや・・・いやいやいやいや・・・・・嘘だろ・・・・。
ないないない・・・・そんなことって・・・・絶対にないよ・・・。
俺の考えすぎだよね・・・・。
うん。
そうに違いない・・・・!
そうであってほしい!
シリウスの表情はそれまでの真剣なものから変わり、複雑そうなものになった。
「ま、まぁ、娘と卑猥なことをしているのはどうかと思ったが・・・・・・」
うわああああああああああああ!!!!!!
嫌な予感が的中しちゃったよ!
やっぱり、これまでの俺達の生活をバッチリ見ちゃってるよこの人!
イグニスの中から俺達のこと見てたよ!
最悪じゃん!
お父さんの目の前で、娘さんと風呂入ったり、膝枕してもらったり、裸で寝てたりしてしまったよ!
おっぱいを揉んだこともあるんだけど!?
俺は直ぐに土下座した!
「す、すいまっせんでしたぁぁぁぁああああああ!!!!!」
やべーよ!
どうしたらいいのか分からねぇよ!
殺される!
俺、お父さんに殺されてしまう!
「お、落ち着け・・・・。娘自らしたことだ。私もおまえのことを責めたりはしない・・・・?」
語尾が疑問形なんですけど!?
本当にそう思ってますか!?
「ウフフフ、仲がいいわね、あなた達。流石は互いに認め合った仲、かしら?」
第三者の声。
若い女性の声だ。
声がした方を振り返ると、赤い光が集まっていた。
光が止み、現れたのは一人の若い女性。
見た感じは俺よりも少し歳上。
かなりの美女だ。
燃え盛る炎のような赤いドレスを着込んでおり、太ももまである長い髪もドレスと同じ色をしている。
俺は突然現れた女性に恐る恐る尋ねてみる。
「・・・・えーと、誰?」
「あら、あなたはシリウスと違って察しが悪いわね。シリウスは私を見た瞬間に理解したわよ?」
そう言われて、俺は首を捻る。
少し考えた後、ハッとなった。
「あ、もしかして―――――――イグニス!?」
「正解~♪ まぁ、イグニスっていうのも仮の名前なんだけどね。今はイグニスでいいわ」
女性――――イグニスはそう言いながら微笑む。
なんか、軽いノリだな・・・・・。
それよりも、今、気になること言ったな、この人。
「仮の名前っていうのは?」
「あー、それ? それには理由があるんだけど・・・・・。とりあえず、この剣についてお話ししましょうか。まず、この剣を作ったのは私なの」
「えっ!?」
「驚いた?」
そりゃあ、驚くだろ!
本当にイグニスという剣を作ったと言うのなら、この人が師匠が言ってた・・・・・・・。
「グランセイズが言ってたでしょ? 名を忘れ去られし神がこの剣を作ったって。その神が私なの」
「でも、なんで名前を忘れられたんだ?」
「それは私がこの世界に命の炎を芽吹かせた後、神層階の最奥に引きこもっていたからよ。長い間、引きこもっていたら皆に名前を忘れられちゃったのよ」
ウフフフ、と微笑みながらとんでもないこと言ったよ、この人。
シリウスが言う。
「この方は原初にして、真焱。このアスト・アーデという世界を造り上げた神のうちの一人なのだ。命の母とも言える」
「母というのは止めて。私、まだ独身だから」
シリウスの頬を指先で押しながら注意するイグニス。
独身って・・・・・・。
そんなところ気にしてるんですか・・・・・・?
神というより年頃のお姉さんにしか見えない・・・・・。
「まぁ、それは置いといて。私がこの剣を造り、こうしてこの剣の中にいる理由だけど・・・・・・。それは言わなくても分かるわよね?」
その問いに俺は頷いた。
「ロスウォード。あいつを止めるため、ですよね?」
「そう。悪神達の自分勝手な考えで造り出されたあの子を止めるために私は神層階の最奥から出てきた。でも、そのためには私自身を剣という形に作り替えて力をある程度封じないといけなかったの。もし、私がそのままの状態で出てきていれば、神層階にも下界にも多大な影響を与えてしまう。だから、自分を剣に作り替えて下界の人々に託した」
「託したって言うわりには、俺の腕とか炭になりかけたんだけど・・・・・・」
「それはそうよ。制御出来ない莫大な力ほど危険なものはないもの。場合によっては自らの力で滅びる者だっているわ。そんなことにならないようにする為にも、相応しいレベルに達してない人には使えないようにしてたのよ」
な、なるほど・・・・・。
確かにイグニスの言う通りだ。
制御出来なければ、力は暴発することもある。
それがどれだけ、周囲に被害をもたらすか・・・・・・。
覇龍がまさにそれだ。
歴代の赤龍帝達は覇龍を制御出来ずに周囲を破壊し尽くして、自身も命を落とした。
「まぁ、あなたは強引に使い続けてきたけど・・・・・」
ため息をつくイグニス。
アハハハ・・・・・・。
仲間を助けるためだったんだから、仕方がないよね。
腕一本で皆が助かるなら安いもんだ。
「それで私が仮の名前を名乗っているのもこの力を抑えるためなの。ここまではOK?」
「あ、はい」
「よろしい」
あれで力を抑えてるってところは未だに信じられないけどな・・・・・・。
話を聞いてるとイグニスとしての力も本来の力の一部みたいな感じだし・・・・・。
本来の力を解放したらどうなるんだよ・・・・・・?
想像しただけで恐ろしい・・・・・・。
あ、そうだ。
「今更疑問に思ったんだけど、なんで俺はここに来られたんだ? 何度も潜ってたのに深すぎて、イグニスに会うことすら出来なかったぞ?」
「それはあなたが死んだからよ。死んだことで魂が肉体と離れた。死んだ時の衝撃であなたの意識は一気にこの剣の深奥にまで来られたのよ。あなたの相棒、赤龍帝ドライグがここまで来られなかったのは魂が肉体から離れて時が経ちすぎていたからなの」
「じゃあ、シリウスは俺と戦う前に一度死んだことがあるのか?」
俺の問いにシリウスは首を横に振った。
「私は単純に長い月日をかけただけだ。一年以上の時を必要としたがな」
そういうことか。
一週間程度で何とかなるものじゃなかったってことね・・・・・。
「とりあえず、この剣についての解説は終わりよ。私の本当の名前を知りたければ、イグニスとしての私の力を使いこなせるくらいに強くなりなさい。その時が来たら教えてあげる♪」
「わ、分かりました・・・・・」
何年かかることやら・・・・・・。
悪魔の長い寿命を使いきっても、その領域に至れるか不安だぞ。
「さて、本題に入りましょうか。あなたにお願いがあります、兵藤一誠君」
「イッセーでいいよ。皆からはそう呼ばれてるし」
「それじゃあ、イッセー。お願いと言うのはあの子を・・・・・ロスウォードを止めてあげてほしいの。彼の望みを叶えてほしいのよ」
ロスウォードの望み・・・・・。
あいつと戦って分かったことがある。
それは―――――
「あいつが一番、自分自身をどうにかしたいって思ってる」
俺の言葉にイグニスは頷いた。
「そう。あの子は悪神達にかけられた呪いで自分の意思で行動することが出来ないの。全てに滅びを与えるまで、永遠に滅びを繰り返し続ける。終わりのない滅び。呪いを解呪することはもう無理。・・・・・・あの子を助けるためにも、あの子を終わらせてほしいのよ」
助けるために終わらせる、か。
悲しい話だ。
「分かった。何とかしてみるさ」
「あなたならそう言ってくれると思ったわ」
微笑むイグニス。
さて、話は纏まったんだけど・・・・・・。
「で、どうやってロスウォードを倒せば良いんだよ? 全く歯が立たなかったぞ? それに、俺は死んでるんだろ?」
今の俺は死んでる状態みたいだし・・・・・
イグニスを十全に使えない今では、仮に生き返れたとしても、また直ぐに殺されてしまう。
すると、イグニスはチッチッチッと人差し指を立て、左右に振る。
「それならご心配なく。そのためにシリウスはここにいるのよ」
「へっ?」
イグニスに言われて俺はシリウスの方を見る。
シリウスは頷いていた。
「私が自身の力をこの剣に封じた理由を言ってなかったな。それはこうなることを想定していたからだ」
「どういうことだよ?」
「つまり、おまえとイグニスの繋がりを私という存在を用いて強くする。そうすれば、おまえはイグニスの力を引き出せる。そのために、私はここにいる」
「だけど、それは―――」
「ああ。これを行えば私の存在は完全に消える。だが、これも想定内だ」
「っ!」
「何か思うところがあるのか?」
「当たり前だ! 俺にまた、おまえを殺せって言うのかよ!? この戦いに勝っても、あんたは・・・・・・!」
「殺せ? おかしなことを言う。私は守るべきもののために力を使うだけだ。娘を、私が愛したこの世界を守るためにな。それで消えるのならば本望だ。娘のこの先を見守ることが出来ないのは心残りではあるが、おまえがいてくれるのなら心配はあるまい。・・・・・・そうだな、おまえに最後に頼み事をするとしよう」
「・・・・・・何だよ?」
「娘を――――ミュウを頼む」
真っ直ぐな目で俺を見てくるシリウス。
あの時の・・・・・・シリウスに美羽を託された時の光景と重なる。
あの時から俺と美羽の関係は始まった。
あれからもう二年が経った。
まさか、またその言葉を聞くことになるなんてな・・・・・。
両の頬を熱いものが流れていることに気づいた。
俺は服の袖でそれを拭い、シリウスに拳を突き出す。
「ああっ・・・・・! 任せとけ・・・・・!」
シリウスは俺の答えに満足そうな笑みを浮かべた。
パンッ
イグニスが掌を叩く音が響く。
「それじゃあ、いきましょうか。イッセーを待つ人もいることだし、そろそろ安心させてあげないとね」
「そうだな。娘も泣いているようだ。早く起きて拭いてやってほしい」
二人の言葉に俺は静かに頷く。
そして、俺達三人は円を描くように互いの手を繋いだ。
二人の――――シリウスとイグニスの力が流れ込んでくるのを感じる。
力だけじゃない、想いも伝わってくる。
いくぜ、二人とも。
今から唱えるのは今回が最初で最後の呪文。
一度きりだ。
「我、目覚めるは魔と真焱を纏いし赤龍帝なり―――」