俺達がオーディリアを訪れてから数日が経った。
今のところ俺達に出動の要請はない。
俺達がしていたことと言えば、文献を読むか、実際に襲撃を受けた地域を調査したくらいだ。
アザゼル先生曰く、あの白い怪物の襲撃を受けたところにはともかく、滅びの神から直接被害を受けたゼムリアの土地には一ヶ月経った今でも力の残滓が残っていたらしい。
今も用意された部屋に籠って解析を行っているみたいだ。
つーか、解析の道具なんて持ってきてたのかよ。
用意がいい人だ。
まぁ、今のところはこんな感じだ。
俺はというと・・・・・
「イッセー、こっちの資料もお願い」
「お兄さん、これもよろしくね」
アリスとニーナに渡されて山積みになっていく資料の束。
なぜか、俺はアリスの仕事の手伝いをさせられていた。
・・・・・・何でこんなことに?
「だって、調べても出てこないものはしょうがないでしょ? それだったら目の前の仕事を片付けた方が良いじゃない」
その理屈は良いとして、なんで俺が手伝わされてるんだよ?
これ、おまえの仕事だろ。
しかも、なんでこんなに多いんだよ!
絶対におかしいよ!
少しは遠慮しようぜ!
「なぁ、なんでこんなに多いんだよ?」
「それはお姉ちゃんがサボってたから!」
ニーナが屈託のない笑顔でとんでもないことを言ってきやがった!
そのサボりのせいでこんなことに!?
ふざけんな!
絶対に一日じゃ終わらないだろ、この量!
誰か俺をここから解放してくれぇ!
頼む!
三百円あげるから!
コンコン
「どーぞ」
部屋がノックされ、アリスがそれに応じる。
入ってきたのはモーリスのおっさんだった。
「お、ここにいたか、イッセー・・・・・・ってなんか大変そうだな」
憐れみの目で見てくる!
同情はいらないから、助けてよ!
「それで、どうしたのよ?」
「あー、そうだった。おい、イッセー。おまえが連れてきた仲間の中に金髪の坊主と青髪の嬢ちゃんがいただろ。あの二人がどこにいるか分かるか?」
木場とゼノヴィアのことか。
金髪の坊主はギャスパーもだけど、おっさんがあいつに用があるのは考えにくいしな・・・・・
「その二人がどうしたんだよ?」
「あの二人は剣士なんだろ? それだったら俺が鍛えてやろうと思ってな。あの二人、今の実力はそこそこだが、この先伸びるだろうからな。この間、二人の動きを見ていたが見込みはある」
あー、なるほどね。
確かに木場とゼノヴィアはこの城の中庭で修行してたっけ。
そこをおっさんが見掛けたわけだ。
「了解だ。少し待ってくれ。呼び出してみるから」
おっさんからの修行か・・・・・
俺も受けたことある。
あの二人にはおっさんがどう映るんだろうな。
俺は通信用魔法陣を展開して木場とゼノヴィアに連絡を入れた。
▽
二人と合流した俺達は騎士団が激しめの稽古を行う時に使う専用の広場に来ていた。
「まさか、こっちの世界で最高峰の剣士から修行をつけてもらえるなんてね」
「ああ。イッセーと旅をした仲間の実力。存分に味わいたいものだな」
モーリスのおっさんから指導を受けれると聞いて、木場もゼノヴィアもやる気満々だな。
二人とも聖魔剣とデュランダルを出している状態だ。
ちなみにだけど、部員の皆やティア、それに部屋に籠っていた先生もおっさんの力には興味があるみたいで、この広場に集まっている。
広場の向こうから両腰に剣を携えたおっさんが歩いてくる。
「あー、すまんすまん。待たせたな」
「えらく時間かかってたけど、何してたんだ?」
「便所に行ってたのさ。この歳になるとどーもキレが悪くてな」
聞くんじゃなかった・・・・・。
つーか、あんたそんなに歳いってないだろ。
まだ、五十前だったよな?
「さて、祐斗とゼノヴィアだったな」
「はい、今日はよろしくお願いします」
木場がおっさんに頭を下げる。
「イッセーから話は聞いたと思うが、全力でこいよ? そうじゃねぇと修行にならんからな」
「もちろんです」
おっさんの言葉に不敵に笑う木場とゼノヴィア。
二人は共に剣を構えて、おっさんとの間合いをジリジリと詰める。
だけど、おっさんは剣を抜く気配はない。
その状況に俺と先生、ティアの三人以外は怪訝な表情をしている。
部長が尋ねてきた。
「あの人は何故、剣を抜かないの? 確かにあの人が相当な実力を持っているのは佇まいで分かるのだけれど・・・・・剣を抜かずに祐斗とゼノヴィアを同時に相手にするのは・・・・・」
まぁ、部長の言いたいことは分かるよ。
確かに木場とゼノヴィアは強い。
だけど――――
俺が答えようとすると、先にティアが部長に言った。
「その様子ではまだまだのようだな、リアス・グレモリー。感じないのか? この威圧感。あの男から放たれる歴戦の強者の気迫を。現にあの二人はその気迫に押されて動けなくなっているだろう?」
「っ!」
ティアに言われて部長も気づいたのだろう。
剣を握って、戦闘体勢に入っているはずの木場とゼノヴィアが未だに攻撃を仕掛けないことに。
特に木場はそのスピードを活かして相手を撹乱する戦法を得意としている。
なのに、その場から動けていない。
おっさんがニッと笑む。
「よーく見ておけよ。これが『剣気』ってやつだ。本当に強い剣士ってのは剣を抜かずとも相手を圧倒できるのさ。おまえらも剣士の端くれなら覚えておくといい」
おっさんはゆったりした動作で木場達と向かい合うだけ。
それだけなのに木場とゼノヴィアはそれに押されて、僅かに後ずさる。
その頬には汗が流れていた。
「そら、かかってきな。じゃねぇと修行にはならんぞ?」
「っ! ・・・・・いきますっ!」
木場とゼノヴィアは地面を蹴っておっさんに突撃する。
二人とも、いきなりトップスピードだ!
ゼノヴィアが真正面から斬りかかり、木場が背後に回り込む!
二人に挟み込まれたおっさんはただただ笑みを浮かべながらゆったりしている。
そして、ゼノヴィアのデュランダルと木場の聖魔剣。
二人の剣がおっさんに触れようとした瞬間――――――――
ガキィィィィィィィィィンッ!!!!
「っ!? いつの間に・・・・!」
二人の剣はいつの間にか抜刀していたおっさんの剣によって受け止められていた。
木場が目を見開き驚愕していた。
木場の眼でもいつ剣を抜いたのか分からなかったらしい。
二人は戸惑いながらも、一瞬だけ距離を取り、再びおっさんに斬りかかっていく!
木場のスピードとゼノヴィアのパワー。
二人のコンビネーションによる剣戟が次々と繰り広げられていく。
だけど、おっさんは余裕の表情で全ての剣戟を受け止めていた。
「デュランダルと聖魔剣の攻撃を受けきるなんて・・・・。あの剣は特別なものなの? これといった力は感じないのだけど・・・・」
「おっさんの剣はよく斬れること以外は至って普通の剣ですよ」
「まさかっ!?」
驚く部長。
まぁ、普通は驚くよね。
大丈夫ですよ、部長。
その反応が普通です。
おかしいのはあのおっさんです。
「木場! 下がれ!」
ゼノヴィアがそう叫ぶと、おっさんと攻め合っていた木場が横に飛び退く。
その瞬間を狙って、ゼノヴィアがデュランダルによる聖なるオーラを飛ばした!
放たれたオーラは地面を深く抉りながら、おっさんに迫る!
いくらおっさんでもあれをまともに受けてしまえば確実にやられる!
「おうおう、元気の良い攻撃じゃねぇの」
おっさんはまだ笑みを浮かべてる。
そして、一本の剣を地面に突き刺し、もう片方の剣を鞘に納めた。
「切り裂け――――断風」
キンッ
その金属音が鳴った瞬間――――
聖なるオーラは真っ二つに切り裂かれた。
ドドォォォォォォォォォォォンッ!!!
斬り裂かれた聖なるオーラはおっさんの横を通り過ぎ、おっさんの遙か後方で弾けた。
予想外のことにゼノヴィアは固まり、木場も足を止めていた。
「なんだ・・・・今のは・・・」
戦いながらチャージしておいたオーラの砲撃がこうも容易く防がれた。
しかも、相手の剣は魔剣でも聖剣でも、ましてや神剣でもない。
ごく普通の剣だ。
今、おっさんがしたのは抜刀の際に生み出した衝撃波で斬り裂いた。
ただそれだけだ。
だけど、それを普通の剣でやる。
これが出来るのはおっさんの卓越した技量があってこそ。
俺には絶対に真似できない。
俺がしたら、剣が壊れてそれどころじゃなくなるだろうからな。
以前、おっさんにもっと良い剣を使ったらどうか、と言ったことがあるんだ。
どうやら、あの剣は死んだ父親に託されたものらしいんだ。
だから、それ以外の剣を使おうとはしないんだよね。
どっちにしろ、おっさんが無茶苦茶なのは変わらないけどね・・・・
「おい、イッセー。俺のこと無茶苦茶だとか思っただろ?」
なんで分かった!?
「俺からすりゃ、おまえの方が無茶苦茶だよ。あのシリウスを倒しやがったんだからな」
あんた、今の自分を見てから言えよ!
よそ見しながら二人の剣を受けてる時点で色々おかしいからね!
よく剣が折れないな!
「・・・・・・イッセー先輩が色々おかしい理由が分かった気がします」
おっさんで納得しないで、小猫ちゃん!
その後もおっさんの剣術指導は続いたのだった。
▽
「はぁ・・・・。まさか、ここまでとは・・・・」
「そうだね・・・・。想像を遙かに越えていたよ」
地面に大の字になって寝転がる木場とゼノヴィア。
二人とも呼吸を荒くしてヘトヘトになってる。
それに対して一人で二人を相手にしていたおっさんは涼しい顔をしていた。
おっさんが笑いながら二人に水を渡す。
「いやいや、おまえ達も中々に筋が良いぜ。うちの騎士団に欲しいくらいさ。どうだ、うちに来ないか? ビシバシ鍛えてやるよ」
おっさんが二人を勧誘しだしたよ。
まぁ、確かにおっさんが鍛えたら二人はハイスピードで強くなるだろうな。
「あははは・・・・・・。そう言っていただけるのは光栄ですが、僕達には仕える主がいるので」
「そうかい。そりゃ残念だ。だが、しばらくはここにいるんだろう? その間は俺が相手をしてやることも出来るが・・・・・それなら、どうだ?」
「是非、お願いします」
そう言っておっさんと握手を交わす木場とゼノヴィア。
うーむ、二人がおっさんから修行を受けるなら、俺もうかうかしてられないな・・・・・。
そうしていると、向こうの方から一人の兵士が走ってくる。
どこか慌てた様子だ。
「モーリス騎士団長! 大変です! オーベル地区に奴らが現れました!」
その知らせに戦慄が走った。
どうやら、このオーディリアにも怪物共が現れたようだ。
―――――事態は動き出す。
話があまり進まなくて申し訳ないです!
ですが、次回は一気に話を進める予定なので、お待ちください!