とある日の昼。
今日の授業は午前で終わったため、俺と美羽は下校途中だ。
俺は一旦家に帰った後、夜に部室に行き、悪魔の仕事をすることになっている。
「美羽とこうして帰るのは久しぶりかもな」
「そうだね。お兄ちゃんもボクも他のクラスの子と帰っていたしね。それに最近、お兄ちゃんは悪魔のお仕事で忙しかったし」
「まぁ、そうだな」
悪魔になりたてということもあって、色々と勉強しなきゃいけないことがあったからなぁ。
確かに最近は兄妹間のスキンシップが少なかったかもしれない。
美羽が俺の手を取ると、甘えるように言ってきた。
「折角だから、どっか遊びに行こうよ」
「いいよ。久しぶりに兄妹でどっか行くか。美羽は何処に行きたい?」
「うーん、そうだね………」
顎に手を当てながら、兄妹のデート先を考え始める美羽。
すると――――
「はわうっ!」
すっとんきょうな声が聞こえてきた。
俺と美羽は振り返り、声の聞こえてきた方を見ると―――――シスターらしき人が盛大に転んでいた。
………顔面から路面に突っ伏してるけど大丈夫か?
「おっと」
彼女のヴェールが風に流されて飛んできたので俺はそれをキャッチした。
シスターというと教会関係者だったよな。
部長からは教会関係者とは関わるなと言われているけど、転んだところを助けるくらいなら大丈夫だろ。
「大丈夫か?」
俺はシスターへ近づき手を差し出した。
「あうぅ。どうして、何もないところで転んでしまうんでしょうか………ああ、すいません。ありがとうございますぅ………」
彼女は俺に気付いたようで、顔をこちらに向け―――金髪美少女が俺の目の前にいた。
綺麗な長い金髪とグリーンの瞳。
思わず見入ってしまう、それくらい彼女は綺麗だった。
初対面なのにどこか守ってあげたくなるような、そんな感情を抱いてしまう。
俺が見入っていると、金髪の美少女は戸惑いの声で、
「あ、あの………ど、どうかしましたか?」
「お兄ちゃん、見とれすぎだよ」
おおっと、いかんいかん。
完全に虜になってしまっていた。
美羽もそんな俺に対して頬をムニッと引っ張ってきてるし………。
俺は彼女を立たせてヴェールを返してあげる。
「はい。これ、君のものだろ?」
「あ、ありがとうございます」
「結構な荷物だけど、旅行?」
「いえ、私、この町の教会に今日赴任することになりまして」
教会に赴任、ね。
見た感じ俺達と歳が変わらなさそうだけど、しっかりしてるな。
というより、シスターって転勤みたいなものがあるのか?
どう見ても日本人じゃないし………。
そんな疑問を抱きながら、俺は微笑みながら言った。
「そっか。俺達もこの町に住んでいるんだけど、これから会う機会もあるかもしれないな。その時はよろしくな」
「よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って彼女はペコリと頭をさげた。
頭を上げた後、彼女はほっとしたような表情で言ってきた。
「実は………私、この町に来てから困ってたんです。道に迷ったんですけど、言葉が通じなくて………。やっと、言葉が通じる方が見つかって助かりました」
あー、一般の人だとなかなか言葉が通じないよな。
俺も昔、外国の人に道を尋ねられたことがあるけど、大変だった記憶がある。
こういう場面だと悪魔になったメリットを感じられるよ。
なにせ、全ての言語が理解できるからな。
英語だろうが、フランス語だろうがどんと来いってね。
ちなみに美羽もその手の能力はあるらしい。
今も彼女の言葉は理解出来ているようだしな。
そこは美羽が異世界人だからなのか、それともそういう言語を翻訳する魔法を使っているのかは分からないけど。
美羽が彼女に言う。
「えっと、教会に行きたいんだよね?」
「そうなんです」
「なら、ボク達にまかせて。教会まで案内するよ。良いよね、お兄ちゃん」
「おう。困ってる人は助けないとな」
と、笑顔で返す俺だが………。
よし、後で部長に怒られる覚悟を決めておこう。
流石に教会に近づくのはアウトだろうしな。
「本当ですか! ありがとうございます! これも主のお導きのおかげですね!」
俺達の言葉を聞いて彼女は涙を浮かべて微笑む。
うん、この最高に可愛い笑顔を見れただけでも良しとしよう。
ただ、彼女の胸にあるロザリオが目にはいって頭痛が…………。
美羽は魔族だけど聖なる力に弱いわけではないらしく、特に苦しむ様子はない。
こういう経緯のもと、俺と美羽は彼女を町の方教会まで案内することにした。
▽
教会へ向かう途中、公園の前を横切った時だった。
「うわぁぁぁん」
子供の泣き声が聞こえた。
見ると、一人の男の子が膝から血を流して、泣いていた。
どうやら転んでしまったらしく、膝を擦りむいたらしい。
すると、シスターさんはその子供の傍へ行った。
俺と美羽も彼女の後を追う。
「大丈夫? 男の子ならこのくらいで泣いてはダメですよ」
そう言いながらシスターさんは子供の頭を撫でてあげた後、自分の掌を子供の擦りむいた膝に当てる。
すると、彼女の掌から淡い緑色の光が発せられ、光に照らされた膝の傷があっという間に消えていった。
その光景に美羽が俺にしか聞こえない声で言ってくる。
(お兄ちゃん、今のって………)
(ああ、神器だな)
ドライグから聞いたことがある。
俺の持つ赤龍帝の籠手みたいに戦闘系の神器もあれば、回復のようなサポート系の神器もあると。
彼女のは回復の神器なんだろう。
赤龍帝の籠手以外の神器って初めてみたけど、やっぱり神器って凄いんだな。
それに色んな種類があって面白いとも思う。
「ありがとう! お姉ちゃん!」
ケガが治った子供は彼女にお礼を行って走っていった。
「ありがとう、だって」
俺が通訳すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
俺は彼女の手に視線を移して訊ねた。
「その力って………」
「はい。治癒の力です。神様からいただいた素敵なものなんですよ」
俺の問いかけに対して治癒の力であることを告げる彼女。
その表情は寂しげなものになっており、神器の影響で何かがあったのは明らかだった。
そんな彼女の表情にこれ以上は聞けず、俺は短く返した。
「そっか。優しい力なんだな」
俺がそう言うと彼女は微笑んだ。
だけど、その微笑みは寂しげなままだった。
▽
「ほら、あそこが教会だよ」
美羽が向こうにある建物を指差して言う。
教会を見た瞬間に体中がぞくぞくし始める。
これは俺が悪魔だからだろう。
悪魔にとっては教会は敵地。
聖なるもの、光は悪魔にとって毒になる。
シスターさんが言う。
「あ、あそこです! 良かった、本当に助かりました! ありがとうございます!」
地図と照らし合わせて確認する彼女。
場所が合っていたらしく、彼女は安堵しながらお礼を言う。
「案内も済んだし、俺達はこれで」
「そうだね。行こっか」
案内を終えた俺達は彼女に背を向けて手を振ろうとする。
すると、
「待ってください!」
俺達が別れを告げようとしたら呼び止められた。
シスターさんが言う。
「ぜひお礼をしたいので、教会まで一緒に来ていただけませんか?」
お礼………。
彼女は良い人だし、美少女だし、今後も会うかもしれないし、この縁を大事にしたい気持ちはある。
お茶のひとつでもしていきたいけど………流石にこれ以上はな。
教会関係者と悪魔があまり深くまで交流を持ってしまうのは不味い。
俺が困っていると美羽が助け船を出してくれた。
「ゴメンね。ボク達、これから用事があって帰らなきゃいけないんだ。だから、また今度で良いかな?」
「………そうですか。分かりました。また今度、お礼をさせてください。あ、私、アーシア・アルジェントと言います! アーシアと呼んでください!」
と、自己紹介をしてくれるシスターさん。
そういえば、自己紹介してなかったか。
俺は自身を指さして言う。
「俺は兵藤一誠。イッセーって呼んでくれ。こっちは妹の美羽だ」
「兵藤美羽です。よろしくねアーシアさん」
「じゃあ、アーシア。また会おうな!」
「はい! イッセーさん、美羽さん、またお会いしましょう!」
彼女、アーシアはペコリと頭を下げた。
俺と美羽も手を振って別れを告げ、その場を後にする。
振り返ると、彼女は俺達が見えなくなるまでずっと見守ってくれていた。
「本当に優しい人だね、アーシアさんって」
「そうだな。さっきはありがとな、美羽。助かったよ」
「いいよ。お兄ちゃんが教会に行ったら色々とマズいでしょ?」
まぁね。
俺、悪魔だもん。
苦笑する俺だったが、ふいにあることを思い出した。
「………そういえば、あの教会って随分前に潰れてなかったっけ?」
▽
その日の夜。
「二度と教会に近づいてはダメよ」
俺は部室にて部長に注意されていた。
一応、事情を説明して納得はしてくれたみたいだけど。
すごく心配してくれたみたいで、俺の姿を見たときはホッとしていた。
案内しただけとはいえ、少し軽率だったと申し訳なく思うよ。
「はい。………すいませんでした」
「あと、美羽にも言っておいてちょうだい。彼女は悪魔ではないけど、悪魔と関わりがある以上、教会には近づかないようにと」
「了解です」
部長が言うには、下手をすれば神側と悪魔側の問題に発展しかねないことだったそうだ。
それに、いつ光の槍が飛んできてもおかしくはなかったらしい。
『まぁ、そんなもの相棒には効かんだろう。神器が無くても十分に強いからな』
ドライグはそう言ってくれるけど、部長に心配をかけたのは事実だからな。
それに、大きな争いこそ起きてはいないが、悪魔と教会の関係が悪いのは事実だ。
ただの道案内だったとはいえ、俺がやったことは軽率だった。
俺は部長にあたまを下げて言う。
「本当にすいませんでした」
「いいのよ、分かってくれたのなら。それに私も熱くなりすぎたわ。ゴメンなさい。だけど、今後は気をつけてちょうだい」
そこまで言うと先程までと変わって部長は何やら考え始めた。
「ねぇ、イッセー。さっき、その教会は潰れていると言ってたわよね?」
「ええ、随分前に」
「潰れた教会にシスターが赴任? それも神器を持った………。そういえば、あなたが以前、堕天使に襲われた時、堕天使があなたは計画の邪魔になると言っていたのよね? ………もしかして」
部長がそこまで言った時だった。
部室の奥から朱乃さんが出てきた。
「あらあら、お説教は済みました?」
「ええ、まぁ」
「イッセー君も無事で何よりですわ」
「心配かけてすいません、朱乃さん」
俺がそう言うと、朱乃さんはニコニコ顔で「イッセー君が無事なら何も言うつもりはありませんわ」と言ってくれた。
部長が朱乃さんに問う。
「それで? 朱乃、何かあったのでしょう?」
部長の問いに朱乃さんはニコニコ顔をから一変、真剣な顔になった。
「―――――大公からはぐれ悪魔の討伐依頼が届きました」
▽
はぐれ悪魔とは、眷族である悪魔が主を裏切るまたは、殺害した悪魔のことらしい。
はぐれ悪魔は非常に凶悪で各勢力から危険視されていて、見つけ次第、消滅させることになっているとのことだ。
そんなはぐれ悪魔がグレモリ―領であるこの町に潜入していて、毎晩、人間をおびき寄せては喰らっているらしい。
………美羽に夜中に出歩かないよう言っておくか。
俺達、グレモリー眷族はそのはぐれ悪魔を退治するべく、とある廃墟に来ている。
確かに中から悪魔の気配がする。
「部長、俺も戦うんですよね?」
「あなたの実力も見ておきたいところだけど、今日は見学してもらおうかしら。駒の特性も教えておきたいし」
悪魔の駒はチェスに倣って作られている。
駒には王、女王、戦車、騎士、僧侶、兵士の種類があり、それぞれに特性があるらしい………のだが、俺はその特性とやらについてまだ説明を受けていなかった。
まぁ、話を聞く機会がなかったというのもあるのだけど。
そういうことなら、今日は後ろで見学といくか。
部長が訊いてくる。
「悪魔がどうして人間を転生者として悪魔に変えようとしたのかは話したわね?」
「ええ。悪魔の出生率の低さですよね」
「実際にはそれだけじゃないんだ」
木場が部長に代わって話し始める。
「悪魔は過去の大戦で純粋な悪魔を失い、兵力を失ったんだ。だけど、堕天使や天使との臨戦態勢は消えないから、隙を見せるわけにはいけない。そこで大きな兵力の数は無理だから、少数精鋭にしようとしたんだ」
「それで出来たのが悪魔の駒ってことか」
「そういうことなの。この制度は爵位持ちの悪魔に好評なの。《レーティングゲーム》なんてものあるのよ」
「レーティングゲーム?」
「レーティングゲームというのは、簡単に言えば上級悪魔同士が自分の下僕をチェスのように実際に動かして競い合うものなの。詳しくはまた今度説明するわ。それで、駒の特性というのは―――」
部長はそこまで言って言葉を止めた。
止めた理由は俺もすぐに分かった。
「………はぐれ悪魔か」
俺の視線の先にいたのは上半身は女、だけど下半身は巨大な獣の体をした化物だった。
両手には槍みたいな獲物を持っている
「不味そうな匂いがするぞ? でも、うまそうな匂いもするぞ? 甘いのかな? 苦いのかな?」
低い声で何やら呟くはぐれ悪魔。
そんな奴に俺が言えることは一言。
「気持ち悪い!」
つい口に出してしまった。
見た目も、声も、表情も何もかもが生理的に受け付けない!
笑い声だって、「ケタケタケタ………」って不気味なんだぜ?
木場なんか苦笑いしてるし。
部長がはぐれ悪魔に言い放つ。
「はぐれ悪魔バイサー。あなたを消滅しに来たわ。己の欲を満たすために暴れまわるのは万死に値するわ。グレモリー公爵の名においてあなたを消し飛ばしてあげる!」
「小娘ごときが生意気な!」
部長の言葉にはぐれ悪魔バイサーは笑い声を止め、襲いかかってきた。
「祐斗!」
「はい!」
命令を受けた木場が飛び出す。
そのスピードは速く、瞬時にバイサーとの距離を詰めていく。
「イッセー、駒の特性を説明するわ」
部長は木場の方を見た。
木場は非常に速い速度ではぐれ悪魔の槍による攻撃を全かわしている。
「祐斗の駒は《騎士》。騎士になった悪魔は速度が増すの。そして祐斗の最大の武器は剣」
いつの間にか剣を握っていた木場はその速度をさらに上げてバイサーの両腕を切り落とす。
「ギャアアアアアア!」
切断された腕から血を噴き出しながら、絶叫するバイサー。
絶叫の途中のバイサーの足元に小猫ちゃんが立っていて、
「小猫の特性は《戦車》。その力はバカげた力と屈強な防御力」
バイサーが小猫ちゃんを踏み潰そうとするも小猫ちゃんはそれを軽く受け止め、巨大な足をどかせる。
「………ぶっ飛べ」
そして、小猫ちゃんはバイサーの腹の高さまでジャンプすると、拳を打ち込んだ。
その瞬間、ドゴンッと廃墟に打撃音が響く。
小さい小猫ちゃんからは想像できないほどの打撃力だ。
こいつが戦車の駒による強化ってことか………。
興味深く見ていると、俺の方に瓦礫が飛んできた!
「なんで俺に投げるの、小猫ちゃん!?」
「………小さいって言ったからです」
俺の心を読まれた!
まさか、戦車って相手の心を読む力も着くんですか!?
「戦車に心を読む力なんてないわよ」
部長にも心を読まれたよ!?
俺って分かりやすいの!?
「大丈夫だよイッセー君。偶々だから」
「木場ァ! おまえも読んでんじゃねぇか!」
「イッセー、次の説明に入るから聞きなさい」
はい………。
「最後に朱乃ね」
「あらあら、うふふ………分かりました、部長」
朱乃さんは悪魔の方へと向かっていく。
すると、朱乃さんの手からビリビリと電気のようなものが発生する。
「朱乃の駒は《女王》。《王》を除いた全ての特性を持つ、最強の駒。―――――最強の副部長よ」
バイサーの上空で雷雲のようなものが発生し、次の瞬間、そこから激しい落雷がはぐれ悪魔を襲った。
雷撃がバイサーが覆い、その巨体を焦がしていく!
雷撃が止み、その場にいたのは黒焦げとなったバイサー。
「ぐぅぅぅぅ………」
ボロボロになりながらも朱乃さんを睨み付けるバイサー。
「あらあら、まだ元気みたいですわねぇ。ならドンドンいきましょう」
次から次へと雷撃を浴びせていく朱乃さん!
えっ、まだやるんですか!?
これ以上はほとんどオーバーキルだと思うんですけど!?
っていうか―――――
「うふふふふ」
すごく笑ってるよ!
怖いよ、別の意味で!
「朱乃は究極のSなの」
「見れば分かりますよ!」
「大丈夫よ。味方にはやさしいから」
本当ですか!?
信じますよ!?
ふとした時にSに虐められたりしませんよね!?
そうこうしているうちにバイサーは完全にダウン。
もう抵抗する力はないのは明らかだ。
地面に突っ伏すバイサーに部長は手をかざす。
「最後に言い残すことは?」
「こ、殺せ………」
「そう。なら消し飛びなさい」
部長の手からどす黒い魔力が放たれる。
魔力がバイサーの体に触れた瞬間、奴は完全に消滅した。
「これで終わりね。朱乃、祐斗、小猫、ご苦労さま」
はぐれ悪魔の討伐任務はこれで終わりらしい。
はぐれ悪魔、身も心も完全な化物だったな。
ああはなりたくないものだ。
終了ムードになり、皆が帰ろうとする中、俺は部長に訊ねた。
「部長、《兵士》ってなんか特性があるんですか?」
「兵士の最大の特性は《プロモーション》よ」
「プロモーションですか? それって実際のチェスと同じ?」
「そうよ。兵士は私が敵地と認めたところに足を踏み入れたとき王以外の駒に昇格することができるの」
なるほど、最初は他の駒のような特性は持たないが、プロモーションすることで、女王、戦車、騎士、僧侶の特性を得られるってことか。
自由度が高いが、どのタイミングでどの駒になるかが重要になるってことか。
「とりあえず、プロモーションについては実際にやってみた方が良いでしょうね。今度はあなたにも戦ってもらうから、その時はよろしくね」
「はい、部長!」
こうして、はぐれ悪魔の討伐と俺への駒の解説は終わり、部室に戻ることとなった。