――その夜。
大阪市内のホテルで夕食を終えたトライファイターズの面々は、ロビーに集まりネオジオ講座、もとい簡単なブリーフィングを行っていた。
「へえ……、つまりアイツはガンダムシリーズとは何も関係も無い。
餓狼伝説って言う格闘ゲームのキャラクターなのか!」
「……ああ、そうだ。
ガンプラしか反応しないと思われていたプラフスキー粒子が、全く無関係のキャラを動かした。
ガンプラバトルの大会に、ガンダムシリーズに関係ないガンプラが参戦した。
しかもそいつが無茶苦茶強くて、試合を荒しまくっている。
だからメディアが騒ぎ立てるし、双方のファンも一触即発の状態になってるんだ。
まったく、自分の置かれた状況くらいは把握しとけよ」
「悪い悪い、で、格闘ゲームってどんなゲームなんだ?」
「そこからかよ!?」
延々と漫才を繰り返す後輩たちに、ホシノ・フミナが一つ溜息を吐く。
「――あのナイトメアって言う機体、どうしてあんな戦い方が出来るのかしら?」
「先輩?」
「単にガンプラを人型に成型して動かすだけなら、出来るかもしれない。
けど、相手は皆、アマチュアとは言え全国から集まって来た実力者揃いよ。
それをあんな風に一方的に捻じ伏せるなんて……」
フミナの深刻な声色に、ユウマが一つ頷いて、次の言葉を切り出す。
「こんな言い方をすると、少し、おかしいのかもしれませんが……。
あの機体を目にした時、僕は、姉が初めて作ったガンプラを思い出しました」
「チナさんの? それってベアッガイⅢの事?」
「そうです。
言ってみれば、ガンプラバトルで勝つための術を求めた機体じゃない。
効率の良い運用方法だとか、武装のバランスだとか、動かす上での合理性を度外視した機体。
ビルダーとしての常識なんか何も無くて、ただ、自分の求める理想を形にしたかのような……」
「けど、その上で、あの人は今日までは勝ち上がって来たわ。
あの人と私たちビルダーと、何が違うって言うの?」
「当たり前の話ですが、今までビルダーの中に、格闘ゲームのキャラをバトルシステムで動かそうなどと考える者は一人もいませんでした。
弾切れしない飛び道具を再現しようなんて考える人間はいなかったし、する必要も無かった。
あのナイトメアの尋常ではない動きは、僕らビルダーとは全く別視点からのアプローチがもたらした結果なんじゃ無いでしょうか?」
「……それって」
「心を形に……か。
それはまさしく、心形流の本懐だな。
やはりガンプラは、どこまで行っても奥が深い」
「「「えっ?」」」
不意に投げかけられた声に、三人がはっ、と振り返る。
視線の先に現れたのは、特注のサングラスを揃って身に付けた、気合いの入った男女であった。
「メ、メイジン!? それにレディーさんも、どうして……」
色めきだすフミナを片手で制し、メイジン・カワグチはツカツカとセカイの正面に歩み寄った。
「まずは決勝戦進出、おめでとうと言っておこう。
カミキ・セカイくん、そしてトライファイターズ」
「あ! は、はい、その、ありがとうございます」
思わぬメイジンの祝辞に、戸惑いながらも素直に応じる。
が、すぐにちらと瞳を曇らせ、困ったように苦笑した。
「けど、俺、素直に喜んで良いんでしょうか?」
「うむ……、君たちには少々、面倒な役回りを押し付ける事になってしまったな。
こちらとしても、心苦しい所なのだが」
「……まったく、よく言うわね。
そもそもメイジンが剣幕を露わにするもんだから、マスコミがこぞって書き立てたんでしょ?」
「仕方ないだろう。
どう言葉を飾った所で、気に入らないものは気に入らない」
迷いなく抜け抜けと言い放ったメイジンを前に、レディーは一つ溜息を吐いて、あらためて三人の前に向き直った。
「まあ、そう言う訳で、元はメイジンの撒いた種だからね。
少しばかり気になって陣中見舞いに来たのだけれど……。
その様子だとセカイくんの方は、あまり気にしてもいないみたいね」
「ええ、相手が誰であったとしても、俺は今の自分に出来る事をやるだけですから」
「……ええ、そうね。
そういう子だったわね、あなたは」
「ええっと……。
あの、メイジン、一つだけよろしいでしょうか」
時のガンプラ界の権威二人を前にして、フミナが躊躇いがちに片手を挙げる。
「その……、既存の格闘ゲームのキャラクターを模したガンプラって……。
大会規約的には、問題ないんでしょうか?」
「「「――!」」」
「あ」
フミナの言葉に、メイジン・カワグチが、レディーが、コウサカ・ユウマが一斉に振り返る。
その態度で事態に気が付いたフミナも、思わずはっ、と口元を押さえる。
緊張感漂う中、その場の空気に取り残されたセカイだけが、きょろきょろと四人を見渡す。
「ん、なんだ?
ユウマ、あのナイトメアって機体、何かマズイのか?」
「……有体に言ってしまうと、非常にマズイ。
法治国家には著作権って言うものがあるからな。
権利者の目に止まったら怒られる、で済めば、まだ優しい方かも知れない」
「――元々、ファンアートと言う分野は、権利者のお目こぼしで成立している側面もある。
タイのルワン・ダラーラ氏のように、プロのビルダーの中にも、他作品へのオマージュを隠そうとしない剛の者もいる」
慎重に、一つ一つ言葉を選びながらメイジンが補足を重ねる。
「一つだけ誤解しないでほしいのは、あのミナミマチ・シゲルと言う男は、見た目や態度とは裏腹に、権利関係については非常に紳士的だと言う事だ。
機体の名称には絶対に『ギース・ハワード』を使わず、ゲーム中のボイスも全て本人の声マネによる再現ときている。
とてもあの、サカイ・ミナトくんと同門の男だとは思えんくらいだ」
「え、ええ、そうですよね、そう思います」
「けれど、それにしたって、あの機体は……」
「……似過ぎてる、のよね。
造形も、仕草も、アクションも、声の演技や機体の醸し出す雰囲気さえも」
レディーの断言に、しん、と重い重圧が周囲を包み込む。
一昔前、とある格闘ゲームの会社が、一人のキャラクターを作り出した。
そいつはどう見ても某サイバーパンクの超能力少年を下敷きにしたキャラで物議を醸した。
パクり、パクられ、インスパイアは日常茶飯事の業界である。
ある意味ではお互いさまと言った部分すらある。
しかしそのキャラは、オマージュと言うにはあまりにも作り込みが完璧であった。
デザイン、アクション、必殺技から性格、果ては担当声優と劇中の掛け合いに至るまで――。
そのクオリティの高さは、本来憤慨すべき原作ファンをして、
「ご本人じゃねーか!」「完成度高すぎィ!?」「○○○が使える日が来るとは思わなかった」
などと絶賛される有様であり、事態を重く見た公式は自主的に彼のプロフィールを削除。
自らマウンテンサイクルの奥底へと封印する運びとなったのである。
全体的にふわっとした説明ですまない。
インスパイアのプロですら、匙加減を見誤る事があると言う好例であろう。
「そ、それって、本当にもうまずいじゃないですか?
こんな事言える立場じゃないですけど、もう決勝戦どころじゃないですよ」
「うむ、ホシノくんの危惧はもっともだ、もっともなのだ……、が!
君たちは、本当にそれで良いと思うのかね?」
メイジンがいかにもメイジンたる早さによって、強引に話を切り替える。
「ど、どう言う意味ですか?」
「そのような大人の判断で、みすみす彼らに
「ええ!? い、いやいやいや、そんな事言ってる場合じゃないですよね?」
流石はメイジンである。
通常の三倍の速さで発想を飛躍させ、ホシノ先輩の常識的見解をぶっちぎる。
「あの男、ミナミマチ・シゲルの行動原理はいたって単純だ。
突き詰めれば一つ、手塩にかけた機体を見せびらかしたいと言う、子供のような欲求だ」
「見せびらかす、ですか?」
「そうだ。
だからこそ、幾らでもあるガンプラ発表の場に、この大会を選んだ。
ギース・ハワードと言う巨悪の魅力を、最も発揮できる場所、即ち戦場を。
名だたる実力派ビルダーたちを踏み台にして、自ら悪役を演ずる形でな」
「……それは、確かに気に入らない話ですね」
「もう! ユウくんまで」
「けれど、メイジンの言葉は極端ではあるけども、それでも世相の一翼を担ってもいるわ」
冷然と、突き離すようにレディーが言葉を引き継ぐ。
「大会がこれだけの騒ぎとなりながら、それでも世の大人たちは誰一人として、ミナミマチ選手の行動を法的に咎めようとは動いていない、でしょう?
この黙認が、世間の答えと言っても良いでしょうね。
本心では戦いの結末を、日本中の誰も彼もが見たがっているのよ」
「あるいは、あのナイトメアが公の舞台を踏む機会は、今大会が最初で最後かもしれないな。
だからこそ決着は、ガンプラバトルで付けるべきだと、少なくとも私はそう思っている」
「…………」
再び、沈黙が一同を包み込む。
やがて、意を決したように、コウサカ・ユウマが顔を上げた。
「だったら、決勝戦は僕が戦います」
「ユウマ?」
「悪いなセカイ。
本来なら、カミキバーニングの最終調整を兼ねた大会だったんだが……。
どうやらそうも言ってられなくなった」
「その決意、勝算はあるのか?」
「ええ」
メイジンの問いかけに対し、力強くユウマが頷く。
「確かにミナミマチ選手のナイトメアは、距離を問わず万能の機体です。
撃ち放題の飛び道具に加え、近間においても、未だ底を見せない格闘能力を有しています。
けれど、その由来はあくまでも格闘ゲームのキャラクター。
MS同士の空戦において、致命的な死角を抱えています」
「――烈風拳の、上を取るか」
「はい、そうです。
烈風拳の届かない上空から、徹底的にアウトレンジで戦いを挑みます。
足回りが鈍く、対空射撃を持たず、空中戦に難のある機体。
「そっか、確かにユウくんのライトニングZなら!」
「ん~……」
と、ユウマのプランに顔を華やかせたフミナとは対照的に、傍らのセカイはらしからぬ呻きをこぼし、顔を上げた。
「いやあ、ユウマ、そりゃあダメだ。
やっぱ俺が戦うぜ!」
「はあ!? ダ、ダメって、何だよ!」
「だってさ、あの機体は、次の試合が最後の公式戦かも知れないんだろ?」
「あ、ああ、それがどうかしたか?」
「だったらさ、見たいじゃないか!
アイツが、ギース・ハワードが隠してる、正真正銘、本気の姿を」
「な……!」
そう言ってにっかと満面の笑みを見せたセカイの姿に、思わず一同が呆気に取られる。
やがて、ふっ、と誰からともなく笑い合った。
「……はあ、お前って奴は、本当に」
「カミキバーニング対ナイトメア・ギース。
同じ距離で戦う純正の格闘機同士、噛み合う、のだろうな。
単純な興味で言うならば、私だって見たい!」
「まったく、メイジンも現金ね」
「けれどセカイくん。
向こうには、あのサカイくんがオペレーターについてるわ。
カミキバーニングの戦法、きっと、研究されているわよ」
「ええ、先輩、そこなんですけどね……」
フミナの言葉に、セカイは困ったように頭を掻いて、ちらりと顔を上げた。
「少しだけ、自分にも考えている事があります」
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――同時刻、ガンプラ心形流道場。
無人の道場に、バトルフィールドの明かりが仄かに灯っていた。
フィールドは、月明かりに揺れる湖畔を映していた。
その袂に一人、胴衣姿の男が佇んでいた。
「レップゥケン!」
男の手より、一筋の閃光が煌めき走った。
蒼き烈風が大地を裂いて、碧暗き水面を一直線に吹き抜けていく。
「――試合の後やで、そんくらいにしとけばエエんちゃうん?」
「ああ、サカイくんか」
不意に入口から響いてきた声に、ミナミマチ・シゲルが顔を上げる。
「決戦は三日後やで。
今から気張りよったら、後が持たんで」
「コイツをやっておかないとな、不安で眠れやしないよ」
サカイ・ミナトの言葉に対し、シゲルが昼間とは打って変わった気弱さで応じる。
「外気功な……、理屈だけ聞きゃあエライ便利そうな話やったが。
随分と難儀なシステムやな、コイツは」
軽口を叩きつつ、サカイ・ミナトがフィールドを覗き込む。
宵闇に立つギース・ハワード。
その掲げた右手に、烈風の残滓が揺らめく。
フィールドを構成するプラフスキー粒子に、新たに別の粒子をぶつけ、その威力を解き放つ。
ミナミマチ・シゲルの構築した烈風拳システム。
重要なのは、同調と解放。
けれどフィールドを構成する粒子が目に見えぬ以上、その
荒野、草原、水面、石畳……。
ガンダムシリーズ三十年を彩る数多の戦場。
気紛れなバトルシステムが選択し得るフィールド、全てに対応出来るように。
「大会の運営委員会には、感謝しないといけないな」
しみじみと、独り言のようにシゲルが呟く。
それは、皮肉でも何でもなく、心からの率直な感想だった。
もしも運営が悪意を以てナイトメアを潰しにかかるのならば、策を弄する必要などない。
ランダムの采配に見せかけて、バトルフィールドを宇宙空間に設定すれば良いだけだ。
それだけで烈風拳もレイジングストームも使えなくなり、投げや当て身といった格闘能力も真価を発揮できなくなる。
元よりガンダムシリーズの戦場の半分は宇宙。
一度も宙域戦闘を経る事無く決勝に辿り着いた事、それ自体が僥倖なのだ。
ガンプラバトルに対する、敵である筈のオーナーの誠実さに支えられた剛運。
それが今宵のギース・ハワードに、かつての帝王であった頃の風格をもたらしていた。
「――セカイの奴が、の」
「うん?」
不意にミナトが、思い出したかのようにポツリと呟いた。
「決勝戦では、アンタに本気のガンプラバトルをさせるって意気込んとったで」
「そいつは、ありがたい話だな」
「アホか、素直に喜んでられるような相手ちゃうで」
ミナトの剣幕に対し、困ったようにシゲルが頷く。
昨年度のガンプラバトル選手権、学生部門の王者、トライ・ファイターズ。
その上には事実上、世界戦を視野に入れたプロしかいない。
チームの原動力となったカミキ・セカイは、格闘戦においては国内最強と言える選手であった。
「三日後の試合、どう見る?」
「ん~……」
フィールド上の機体を見つめながら、ミナトが真剣に呻く。
脳裏に浮かぶ光景は、少々、口にしにくいものであった。
「……長丁場になれば、粒子消費を気にせず戦えるシゲさんが有利。
と、言いたい所なんやけどな」
「ハハ、残念だけど、そう言う展開にはならないな。
お互いが、角突き合わせて戦うインファイター同士、決着はすぐにつく。
次の試合に限っては、お互い、粒子貯蔵能力を気にする必要は無い」
「ああ、そうやな。
それに加えて言うなら、同じ格闘機でも向こうのは正統派や。
近距離戦闘はシンプルな奴ほど強い。
いちいち精妙な粒子コントロールが必要なシゲさんの機体は――」
「……へっ」
そうやって、二人はしばし、月光に佇むギース・ハワードを見つめていた。
どれほどの時間が経ったか。
何事か思い立ったように顔を上げた。
「なあサカイくん、最後に一本だけ付き合ってくれないか?」
「ん? 別に構わへんけど、なんや?」
「サカイくんとはチームだからな。
君にだけは、俺の奥の手を見せておくよ」
「――機体、借りるで」
一言呟いて、ミナトが傍らにあった機体を手に取る。
シャイニングガンダム・坂崎カスタム。
かつて、シゲルが大陸で改修を重ねた機体も、今や極限流の技の全てを宿した、二代目カラテとも言うべき戦士となっていた。
極限流との死闘と日本での修行を経て、帝王の拳を完成させたギース・ハワード。
父・タクマの志を継ぎ、極限流空手を完成させたリョウ・サカザキ。
ついに原作では対峙する事の無かった両雄が、今、プラフスキーの輝きの下で向かい合う。
「さて、シゲさん。
ここから何を見せてくれるんや?」
「ギース・ハワードの完成形。
と、言っても、今の自分に出来るのは、せいぜい六割、七割か……」
ゆっくりと、両機の間の空間が歪んでいく。
ギース・ハワードの肉体が、徐々に紅く、紅く染まっていく。
(何や……? 外気功やあらへん。
ギースの丹田に蓄えとった粒子を、丸ごと全部燃やしとるんか!)
「ここから先は、きっと、カミキバーニングとの戦いで完成する」
「お、おおおおお!?」
瞬間、大気が爆ぜた。
紅く染まる世界の中で、ミナトはリョウの目を通し、喉元に喰らい付いてくる餓狼の姿を見た。
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翌朝、市内のホテルから、カミキ・セカイの姿が消えていた。
机の上の書き置きには、ただ一言「特訓に行って来ます」とだけ書かれていた。