――中国探邦・二日目
お隣さん家のヤマダくんに協力を取り付けた俺は、決意も新たに香港の街をねり歩いていた。
目的はプラフスキー粒子の消耗を抑えた烈風拳を開発する事。
そのために、まずは未だ大陸に眠っているであろう、気功術の達人を探し出す事である。
何やら目的が飛躍している気がしなくもないが、そう考えるのは素人の浅はかさである。
かつてガンプラバトル選手権において、粒子発勁なる必殺技を披露したニルス選手は、科学分野に明るい研究者であると同時に、武芸・刀法・忍術に造詣の深い
我々ガンプラ心形流の祖である珍庵和尚も、何やら柔めいた理合を使う武の達人であると、サカイくんから聞いた事がある。
最近では聖鳳学園のカミキ・セカイ選手の活躍なども、我々の記憶に新しい所であろう。
(俺は全然知らなかったけどな!)
事実は小説より奇なり。
現実と幻想の狭間は、我々が普段思うよりも遥かに移ろい易い。
ニュータイプになろうと思ったら、研究所作るよりもインドに修行に行った方がてっとり早い。
ガンダムシリーズとはそう言う世界なのだ、ヨガヨガ。
とにかく、今はアクセル全開、インド人を右に!
今の俺が探さねばならないのは、ニュータイプではなくマスターアジアである。
異国の地で人探しをするのであれば、訪ねるべき場所は一つしかない。
そう、言わずと知れたゲームセンターだ。
……少しばかり、真面目な話をさせてほしい。
賢明なる読者諸兄には、遊んでないで真面目に探せ、とお叱りを受けるかもしれないが、所詮俺は右も左も分らぬ異邦人。
個人の足で探せる範囲など限界があり、故にヤマダくんへの協力依頼なのである。
俺個人に出来る事があるとすれば、ヤマダグループの捜査網とは別方向からのアプローチ。
新たなコミュニティを形成する必要がある。
そして、格ゲーしか取り柄の無い俺がコネクションを求めるならば、それはやはり、ゲームセンターの中にしか無い。
決して好きで遊ぼうとしている訳では無いんだよ、マジでマジで。
そんなワケで街一番のゲームセンターにやって来たのであるが、ここで一つ問題が生じる。
前述の通り、ここ中国で最もホットなタイトルが、KOF97だと言う事だ。
以前から俺はこのタイトルに対し、何とは無しの苦手意識を抱いていた。
ご当地のゲーマーと親睦を深める前に、まずは自分自身の喰わず嫌いを克服する必要がある。
そんな事を考えながら、とりあえず練習台へと腰を下ろした。
熟考の末、チームメンバーはニューフェイスチームを選択する事とした。
今にして思えば、本作に対する苦手意識の元凶は、こいつらにあったような気がしてならない。
七枷社、クリス、シェルミー。
草薙京のような象徴としての主人公でも、その主人公を際立たせるためのライバルでもない。
ハイデルンのような縁故も無ければ、ルガールの秘書のような続投組でも無い。
まっさらの新キャラ。
96を契機として本格化し始めたオロチ編の最終章。
オロチ八傑集と言う伏線を回収するために登場したこのチームの存在が、夢のオールスターバトルとの決別宣言に思えて、餓狼-龍虎時代からの古参兵には無性に寂しかったのである。
しかし今や、時は21世紀。
今日、彼らの目を通してもう一度97年をやり直す。
ある意味では絶好の機会と言えるかもしれない。
例えば、今、俺が動かしているクリスと言う少年。
稼働直後の率直な感想を言うならば、実は俺は嫌いだった。
やる気無さげな、いかにもお姉さま好みの甘いマスクの少年。
そんなポッと出の新人が、歴戦のファイター達と渡り合う絵面が嫌だったのである。
しかし今、こうして彼を直に動かしてみて、初めて分かる事実もある。
やだ……、この子、絶妙に弱い……ッ
必殺技が貧弱でラッシュに向かず、立ち回りは強いがワンチャンで容易くひっくり返される。
「やだなー、この人強そう」などと気だるげなボイスを聞いた当時は、咄嗟に馬乗りバルカンぶっぱなどに走った俺であったが、実際問題、彼より弱そうな選手は本大会にはほとんどいない。
大門五郎は夏の風物詩とばかりに地獄極楽を繰り返し、チャンコーハンはサムスピに行けと突っ込まざるを得ない勢いで鉄球を回し、ジョー東はハリケーンアッパーのジョーの真価をハリケンナッパー!!
終いには暴走庵と言う新種のEVAが猛威を振るう本作において、少年の存在は余りにも儚い。
この弱さ、嫌いじゃない。
いわゆる一つのロック・ハワード現象と言うやつであろう。
ハワード氏の意図的にキャラとして完成された脆弱さに対し、クリス君の場合は単純に調整不足が原因なのだろうが、とにかく今なら彼の存在を許せる。
何事も喰わず嫌いは良くないと言う好例である。
そして二番手、紅一点のシェルミー、彼女については言うまでも無い。
言うまでも無く、エロイ。
学生時代の多感な俺は、どうしても露骨な彼女のエロスを受け入れる事が出来なかった。
そもそも格ゲーにエロを持ち込んだのは餓狼伝説だろうが! と言われるかもしれない。
だが、不知火舞は不知火流忍術の継承者であり、ブルー・マリーは大南流合気柔術の祖父を持つコマンドサンボの達人である。
凛と一本立ちした女戦士、と言う自称硬派ゲーマー向けの「言い訳」を用意した上で、我々青少年にエロスを提供してくれていた訳だ。
そんな先輩方と比較しても、シェルミーは掟破りにエロい。
いかにゲーニッツと同格の八傑集とは言え、こんなエロレスで歴戦の兵とやり合うのはいかがなものか、と、当時の青臭い俺は白眼視したものである。
そんな俺も今や、いいかげん三十台。
いろはに旦那様呼ばわりされても、顔色一つ変える事無くエロ秘奥義を繰り出せる漢である。
下らぬしがらみを捨て、素直にエロをエロとして楽しめるだけの大人の余裕がある。
そうして十数年ぶり触れた彼女の肌、ああ、やはりエロい。
KOFにおける投げキャラと言う立ち位置だけで、シェルミーの輝かしい未来は約束されたも同然なのだが、特に彼女の場合、打撃戦でも滅法強い大門やクラークに比べ、立ち回りが苦しい。
投げに行かざるを得ない。
スキンシップを図らざるを得ない。
乳を押しつけざるを得ない。
お股に挟まざるを得ないッ!!
失礼、興奮しすぎた。
とにかくシェルミーはエロイ。
彼女に対して俺が言えるのはそれだけである。
ちなみに彼女は本性を出すと、キリッ、とした大人のレディになる。
これは一粒で二度おいしいと言いたい所だが、こちらは性能が死んでおり、あまり人気が無い。
暗黒雷光拳はさすがにダサいし、あんまりエロくないし……。
しかし、このキャラ格差が後年、皮肉にも彼女を救う所となる。
どうしてもオロチの影が付き纏う社やクリスに対し、シェルミーだけは「エロいお姉さん」と言う一点突破で生き残りに成功するのだった。
こんなに仲良しな新顔チームの中で、彼女だけがソロデビューを果たし、マッドマンやマーズピープル相手に死闘を繰り広げる事になろうとは、誰が想像できたであろうか?
そしてチームリーダーの七枷社、彼は……!
彼は何と言うか、地味だ、印象が薄い。
「力で相手をねじ伏せる豪快なパワーキャラ」
そんな触れ込みを目にした時、それってラルフじゃん、と当時の俺は思ったし、こうしてプレイしている今もそう思う。
キャラ性能は概ね上等で、断じて不遇では無いのだが、それ故に中段ローキックぐらいしかコメントする所がない。
いっそ六道烈火に全てを賭けざるを得ない炎邪くらいぶっ壊れた弱キャラだった方が、彼にとっては幸せだったかもしれない。
壬生灰児、いや、なんでもない……。
ストーリー上は庵と山崎に因縁を持つも、ここでもどうもキャラ負けしている感が否めない。
SNKを代表する一匹狼である彼らに対し、社チームは三人一組。
京にも庵にも成り切れなかった男の悲しみがここにある。
そんな彼にトドメを刺したのが、もう一人の僕、『乾いた大地の社』の存在である。
パッとしない表社に対し、裏の彼は筋肉はゴリラ、性能はゴリラ、闘う姿は原初のゴリラ!
と言うとんでもないゴリラで、ラスボスよりもボスらしいボスとしてオロチ編の終焉を飾った。
そんなゴリラがコマンド一つで使えてしまうと言うのだから、表人格はたまったもんでは無い。
ゲーセンには「チョーシこいてんじゃねえぞゴルァ!!」と言うゴリラの雄叫びが絶えず響き渡り、その度に表社の影はどんどん薄くなっていったのである。
そんな遠い記憶を思い出したら、画面上の男前な彼の姿が、何やらとても寂しく感じられた。
俺の手で、何とか彼を、ニューフェイスチームをハッピーエンドに導いてやりたい。
だがそんな淡い願いが報われる筈も無い。
彼らはオロチ八傑集。
彼らの目指す先にあるのは破滅の運命だけであり、その後のネスツ編に介入できる筈も無い。
戦いの果て、一人、また一人と仲間は斃れ、そしてついに、オロチは真の目覚めを迎える。
「ワ・レ・メ・ザ・メ・タ・リ」
こうして世界は滅びの時を迎える、のであろう。
あるいはおもむろにギースさまが登場して「全て私の計算通り」などと言いつつ最後に総取りする可能性もゼロでは無いが、それはもう社たちの生涯には何ら関係の無い話である。
何と言うデッドエンド。
後の月華の剣士に見られる刹那のような破滅型エンドは、97年に完成していたと言うわけだ。
思えば月華スタッフは、中二病を飼い馴らしたかのようにダークヒーローの描き方がうまく、こんな所でも水を開けら(ry
いや、今は言うまい。
稼働から十数年、久しぶり97に触れて思ったのは、意外と彼らの事が嫌いでは無かった、と言う事実である。
七枷社、クリス、シェルミー。
いずれもが人気絶頂のオロチ編を締め括るべく、KOFスタッフ渾身のエネルギーによって送り出されたキャラクターたちだ。
派閥抗争と言う色眼鏡さえ外してしまえば、やはり使っていて気持ちの良い奴らである。
……素直にバックストーリーの無い98で遊べばいい?
それはもっともな意見だが、残念ながらここは日本では無いのだ。
郷に入っては郷に従わねばならない。
とにかく、これで俺の中での禊は終わった。
心の迷いをふっ切った俺は、本来の目的を果たすべく対戦台へと向かった。
――そうして、三時間が経過した。
つーかぜんぜん勝てねえッ!? ゴリラ使っても勝てねえ!
何と言う事であろうか。
これがもし、永久コンボや凶悪な投げに頼った卑劣な攻めであったなら、当方にも残虐ファイトの限りを尽くして対抗する準備がある。
だが相手側は、何やら良く分からん縛りプレイで自ら動きを制限した上で、こちらの狙いを正確無比に潰してくるではないか?
何と言う練度、これがプレイ人口100万人とも謳われるKOF大国の実力か?
まずい、これはまずい。
当初の目的では、ここ辺りで「やるじゃないか」「ふっ、お前もな……」的な和解イベントが発生する筈だったのだが、これではただ半日97をやり込んでいただけだ。
いい加減お腹もペコちゃんである。
計画が完全に破綻した事を理解した俺は、もう一つの作戦を実行に移すべく店を後に出た。
ゲーセンを出た俺が真っ先に向かったのは『超級堂-香港支店-』と書かれた大型模型店でる。
そこで俺は次の作戦に備え、いくつかの資材を購入した。
『HGFCシャイニングガンダム』1箱。
塗装スプレー数缶、それに工具を一揃え……。
無事に調達を終えた俺は、再びヤマダくんに連絡を取り、彼が所有する近場のガレージへと足を向けたのであった。
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――二日後。
「おおーっす!」
場所は再び超級堂香港支店。
そこには奇妙な演武を披露する『シャイニングガンダム-坂崎カスタム-』の姿があった。
坂崎カスタム。
名前は何やらいかめしいが、要は極限流に不要な肩アーマーや篭手を外し、全体を黒く塗り直しただけのカンタン改造である。
中国拳法と間違えられぬよう、腰部に黒帯を巻きつけたのがこだわりだろうか?
シャイニングベースゆえ覇王、もとい石破天驚拳は撃てない。
だが、機体のモデルはあくまでも『武力-ONE-』の坂崎リョウなので、何の問題も無い。
空手家の矜持として、ビームサーベルもバァァルカァン! も捨てて来た。
男なら、拳一つで勝負せんかい!
……実際問題として、俺はガンプラバトルを始めてからの一カ月と言うもの、ギース・ハワードをそれっぽく動かすためのトレーニングしか積んでいない。
いちいち武装選択に戸惑っていては弱体化は必至、いっそ近付いて蹴った方が早いのだ。
その代わりと言っては難だが、新たな改造ポイントとして、ケツにブースターを増設した。
この改造により、飛燕疾風脚だけは初代龍虎のようにカッ飛んで行く仕様となっている。
戦法としては飛燕疾風脚で接近し、慌てふためく相手を武力乱舞で無理矢理削り殺す。
いわゆる初見殺しである。
極限流MFの物珍しさもあるのだろう。
ぽつぽつとギャラリーが集まり始め、やがて俺は、ようやく念願の対戦へとこぎつけた。
一戦目。
ここは難なく飛燕疾風脚で勝利を収める。
対戦相手にしてみれば、MIAの練習中にリチャード・マイヤに乱入されるようなもので、初見殺しの上にわからん殺しなのだから勝って当然である。
二戦目、三戦目……。
徐々に雲行きが怪しくなって行く。
シャイニング坂崎の立ち回りは、普通に接近するか疾風脚で接近するかの択一なので仕方ない。
五戦目、とうとう動きを読まれる。
疾風脚を思い切りスカされ、廻り込まれて容赦なくマシンガンを浴びる。
武器を持った奴が相手なら覇王翔吼拳を使わざるを得ないのだが、残念ながら実装されてない。
こうなってしまっては詰みである。
六戦目、七戦目、八戦目……。
対人戦を重ね、少しずつシャイニングの動かし方が分かってくる。
飛燕疾風脚が届くギリギリの中間距離、ここの攻防がカギである。
敵の武装と地形を見ながら射線を外し、こまめにバーニアを吹かしてフェイントをかけ、じわり、じわりと接近する。
上空から抑え付けられると苦戦は必定だが、やがてケツブースターを活かした対空ビルトアッパーが直撃するに至り、相手の動きも慎重になる。
互いの狙いが見え始め、ここに来てようやく読み合い「対人戦」が白熱し始める。
ギャラリーからも歓声が飛ぶ。
無論、本格的な改造の施された『格上』相手には、何も出来ぬまま一方的に焼き殺されたり、時には肝心の接近戦で競り負けると言う屈辱も味わったものの、それでも即席の坂崎リョウは必死に喰らい付き、最終的には勝率を5割まで戻す事が出来た。
二時間ほど、いくつかのグループと対戦を回し、ようやく打ち解けた若者たち相手に、俺は今回の武者修行の目的を告げた。
今はこんな打撃屋の俺だが、ゆくゆくは石破天驚拳のような超必殺技を持つガンプラを作りたいと思っている。
もしも知り合いにMFの製作が得意な人間がいたら、気軽に声をかけてほしい、と。
――そう、これだよ、これ、これで良かったんだ!
将を射んとすれば馬、ガンプラ作ろうと思ったらビルダーである。
未だガンプラバトル発展途上とは言え、ここは本場中国。
絶対にいる筈なのだ。
粒子発勁の研究をしているビルダー。
真・流星胡蝶剣の再現を目指すビルダー。
本物の拳法家、あるいは拳法家に師事するビルダーが。
まずはこうして巷で対戦を繰り返し、大陸に眠る伏龍たちの情報を集める。
同時に実戦を重ね、俺自身のビルダー、ファイターとしての腕を磨く。
どれ程のアイディアを手に入れた所で、自分にそれを扱えるだけの技量が無ければ意味がない。
まずはトライ&エラーを繰り返し、実際に覇王翔吼拳を撃てるガンプラを作る。
そこがスタート、俺が実際に目指す物は、その先……。
参った。
日がな一日、KOFなんぞやり込んでいる場合では無かった。
とにかくその日、俺は週末にバトルの約束を取付け、揚々とガレージへ引き上げたのであった。
翌朝。
地元紙の片隅に、一枚のスナップ写真が掲載された。
『余裕っす! 超級堂にダンダム見参!!』
「サイキョー流扱いされとるゥ――――――ッ!?」