ギースにガンプラ   作:いぶりがっこ

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第三話「I'm not BOY.」

 ズムッ

 

 無人の市街地に一瞬、閃光が走った。

 ビルディングか穿たれ、大地が僅かに鳴動する。

 

 おお、と観客席からどよめきがこぼれた。

 彼らも皆、一角のガンプラ愛好家である。

 ガンプラバトルにおける花形は、やはり白兵戦。

 真正面から向かい合っての高速戦闘にあるのだが、一方でこう言った遮蔽物の多い戦場での駆け引きも、中々に乙なものだと考える身巧者も多い。

 

 だが、それにしても今日の歓声は、やや熱い。

 無理からぬ話であろう。

 現在、このフィールドで闘っている『男』の素性を思えば……。

 

「フン、ビーム兵器、か」

 

 真っ赤に穿たれた熱線の爪痕を、袴姿の男が苛立たしげに見下ろす。

 ゆるりと顔を上げ火箭の出所を追うも、そこには何ら、機影は見当たらない。

 

「どうだビリー、今ので何か分かるか?」

 

『誰がビリーやボケぇ!?』

 

 無線口より、たちまち関西弁のビリー・カーンが捲し立てる。

 

『……とは言え、けったいな状況やな。

 射線上には狙撃できそうなポイントなんぞあらへんで。

 あるいは、無線誘導の類か……?』

 

「ファンネルにビット、か……、フフ、ガンダムだな」

 

 満足げに微笑を携え、およそガンダムらしからぬ大男が、ずしん、ずしんとビル街を闊歩する。

 例え魔界大帝サイズに身を貶そうとも、この男は生まれついての帝王であった。

 

 ――と。

 

『アカン! 上やッ、シゲさん』

「――!」

 

 視界の端で、不意に陽光が反射して煌めいた。

 警告とほぼ同時に男は跳んでいた。

 一拍遅れ、再び一条のビームが大地を焦がす。

 

「クリアファンネルやッ!

 他にも何機か、近くに張っとる」

 

「キュベレイパピヨンか……、黴の生えた手管を」

 

 ニヤリ、男の口端に笑みが張りつく。

 同時に後方から新たな火箭が一筋伸びて、男の背後を脅かし始める。

 

『しんどいわ、敵さんもようやりよる!

 こうも上から押さえ付けられちゃあ、烈風拳は届かへんで』

 

「うろたえるな。

 向うとて、こちらを視認できているワケでは無い。

 レーダー頼りの当てずっぽうの射撃など、そうそうに当たりはせん」

 

『アンタはもうチョイうろたえんかい!

 このままじゃ手も足も出えへん、ジリ貧やぞ!?』

 

「このまま行く。

 遮蔽物の無い所で勝負を仕掛ける」

 

 短く言い捨て、男が直ちに行動に移った。

 後方のファンネルを顧みもせず諸手を広げ、前傾をとって両足を踏み出す。

 20メートル級のモビルスーツの疾走に、路盤が砕け、ズン、ズン、ズン、と大地が揺れる。

 

「――ムッ」

 

 と、その時、不意に男の足が止まった。

 開けた視界の先に突如として現れた、球形の大型ガスタンク。

 それがグルリと、三機、四機、五機……。

 足元にはズラリと区画化された工場群が立ち並び、男の行く手を阻む。

 

「石油コンビナート……、誘い込まれたか」

 

『罠や! シゲさん。

 ちょいとでも引火すりゃあ、ここら一帯が丸ごとドカンや。

 早いトコ抜けな……』

 

「もう遅い」

 

 通信を切り、ゆっくりと男が上空を見渡す。

 先ほど同様、宙に漂う漏斗が陽光を反射し、そこかしこで煌めいては男の動きを牽制する。

 

「上空を取り囲んだ15機のクリアファンネル!

 一歩でも動かば大惨事は必定ですよ」

 

「ホゥ、ようやく脚本家のお出ましか」

 

 不敵に笑いを浮かべ、声のした方向を真っ直ぐに見据える。

 果たして視線の先に、ゆらりと陽炎が揺らめいて、一機のMSが影を成した。

 

「ごきげんよう、ミスター・ハワード。

 今大会のヘイトを一身に集める貴方を討つ機会が廻ってくるとは、光栄の極みですな」

 

「ヤクト・ドーガか……、悪趣味な」

 

 男の口元から笑みが消え、眉間に鋭い皺が寄る。

 ライトイエローのヤクト・ドーガは満足そうに、道化風に仕立てた半面を殊更に見せつけた。

 

王手(チェック)ですよ、ミスター。

 今なら機体を傷つける事無く、試合を終わらせる事も可能ですが……?」

 

「ク……」

 

 彼方からの勝利宣言に、男は俯き、しばし、その両肩を震わしていた……、が!

 

「……フ、ハーッハッハッハッハ!」

 

 不意に大笑が咲いた。

 対主からの降伏勧告を、男は文字通り一笑に臥した。

 ジャキリ、と、ヤクト・ドーガが油断なくライフルを構え直す。

 

「……屈辱に気でも狂ったか?」

 

「三流の脚本ではその程度が限界なのだろうな?

 私が貴様を誘い出すために見せ場を用意してやったのだとは、どうやら考えもつかんらしい」

 

「な……!」

 

「Come on yellow belly !!

 浅はかな鼠の知恵が何をもたらすか、身を以って試してみるが良い」

 

「負け惜しみを……!」

 

 サッ、とヤクト・ドーガが左手をかざす。

 合わせて男が動いた。

 天高く掲げられた両の掌に、鮮烈な蒼の炎が溢れだす。

 

「殺れッ! ファンネル!」

「レイジィン……、ストオオォオォォ―――ッム!!」

 

 双方の雄叫びが交錯する。

 刹那、地獄が噴き出した。

 

 滞空する15機のファンネルが一点目掛けて閃光を打ち放ち、同時に立ち昇った烈風の渦が、周囲目掛けて一斉に破壊の牙を剥いた。

 大地が鳴き、破滅の嵐が吹き荒れる。

 蒼の衝撃が、プラフスキーの閃光を喰らい、ファンネルを、タンクを、工場を、炸裂する爆風をも一呑みにして際限なく膨れ上がっていく。

 

「自爆だとッ!? おのれ、よくもこんな……!」 

 

 一声吠え、ヤクト・ドーガが飛び退いた。

 たちまち太陽の如き光球がモニターを灼き、轟音と衝撃が機体の表面をビリビリと叩く。

 

「カミカゼとは……、ハッ、日本をこよなく愛した男にとっては、似合いの最期じゃ――」

 

 ヤクト・ドーガの男の強がりは、最後まで続かなかった。

 風が吹いた。

 立ち込める砂埃の壁を切り裂いて、蒼の閃光が大地を疾った。

 咄嗟に機体を滑らし衝撃波をかろうじて避けながら、ヤクト・ドーガの男が叫ぶ。

 

「れ、烈風拳だとォ!? 馬鹿な……!」

 

「少しは風通しも良くなったようだな」

 

 あっ、と一斉に観客も叫んだ。

 立ち込める爆炎の中を、悠然と件の男がやってくる。

 はだけた道着の下から数多の古痕が露となるが、しかし、新しい傷は一つとして見当たらない。

 

「ギース・ハワード……。

 あの爆風の中、どうやって」

 

「飛び交う蠅をいちいち捻り潰すのも面倒なのでな!

 超必殺技(レイジングストーム)を見せてやったのだ、光栄に思え」

 

「おのれ、ギース!」

 

 短く呻いて、ヤクト・ドーガがライフルを抜いた。

 躊躇いもせずにギースは再び駆け、放たれた閃光を一足飛びに跳び越えた。

 

「バカめ! 狙い撃ちだ!」

 

 油断なくヤクト・ドーガが吐き捨て、ライフルの銃口が中空へと向けられる。

 瞬間、モノアイを通して、彼は見た。

 真っ直ぐに飛来するギースの左手から、再び蒼い炎のような闘気がたゆたうのを。

 

「シップゥケン!」

「しま――」

 

 閃光と閃光が、至近距離で炸裂する。

 モニターが白色に染まり、爆音と振動、ノイズが全ての情報を奪い去り、そして――。

 

「~~~~ッ」

 

 視界が晴れた、その瞬間にはギースはもう、鼻先も触れ合おうかと言う至近にあった。

 自信に満ちた絶対的強者の瞳。

 どくり、と心臓が鳴く。

 怒りか、恐怖か、兎にも角も激情のままに体が動いた。

 いや、動こうとした。

 瞬間、ふっ、と機体が宙に舞った。

 浮かされた? 紅毛ほどにも感じられぬ力のままに。

 回る視界、まずい、脱出、ブースター、遅い、真空投げ、何と言う、いや、違う。

 

「ハアァァァァ……」

 

 地の底より響くような、深い深い男の息吹き。

 ぞっ、と血の気が凍る。

 凄まじいばかりの殺気が溢れ、視線がすり抜け、そして、吹き荒れる。

 

「ラショウモォ―――ンッ!!」

 

 

 羅  生  門

 

 

 ブッピガン!

 

 灼けつくような双の掌打が水月に叩きこまれた。

 ヤクト・ドーガのボディがくの字に折れ曲がり、ベクトルが水平方向に変わる。

 装甲が捻じれ、軋んで熱して哭き叫び、逆しまの眼前に猛烈な勢いでビルディングが迫る。

 ドワッ、とばかりに粉塵が舞い上がり、逆さ磔となった機体は、崩れ落ちるコンクリートの墓標の中へと沈んだ。

 

 

『 Battle End 』

 

 

 

 試合終了のアナウンスと同時に、悲鳴交じりの歓声が、わっ、と会場を包み込んだ。

 一回戦の時は、ワケも分からず水を打ったように静まり返っていた人々である。

 今は、はっきりと理解している。

 勝ち名乗りを受けるスーツ姿の金髪が、敵であると、侵略者であると。

 

「……お前は、負ける」

 

「…………」

 

 テーブルの向こうから響いてきた呪詛のような声に、男の皮手袋がピクン、と止まる。

 

「かつてのレナート兄弟や、ニルス・ニールセンと同じ。

 原作への敬意が、機体への愛が無い。

 どれほどに技量が凄かろうとも、本物を前にしたなら、いずれ……」 

 

「愛などと……、おとなしく棚の上ででも愛でておれば良いものを」

 

「くっ」

 

「貴様と語る言葉など何も無い。

 勝者は常に、勝者しか相手にせぬものだ」

 

 震える対主を一顧だにもせず、男が悠然と背を向ける。

 相も変わらずも変わらず傲岸不遜な物言いに、観衆は尚一層の罵声を強め……。

 

「ら……、羅生門! あの投げを使えるのはこの世にただ一人」

「やはり生きておられたのか!」

「復活だ、サウスタウンの帝王が、ここ大阪に……!」

 

 ……いや、必ずしもそうとは限らない。

 会場の片隅を埋めた、黒服姿にグラサンやバンダナの厳つい男たち。

 望外の挑戦者は、わずか数戦の内に異色のサポーターを手にしていた。

 絶叫と小芝居が渾然一体となり、ガンプラバトルの世界に混沌(カオス)な空間を醸し出す。

 

 

 

「やれやれ、とんだハネっ返りが現れたものね。

 もっとも、新人(ヤングボーイ)と言うには、ややトウが立つようだけれど」

 

 ゴンドラ席の一角より会場を見下ろしながら、ブロンドの女がサングラス越しに一人呟く。

 レディー・カワグチ。

 当代のガンプラ界において、女流の頂点と言って差し支えないSクラスの女である。

 

「ミナミマチ・シゲル、32歳。

 元は北関東近辺のゲームセンターで名前の知られたゲーマー、だそうだ。

 MVS系列の対戦格闘ゲームに定評があり、ついた通り名が『サウスタウンのシゲ』」

 

「へえ、メイジンはそこまで調べ上げていたのね?

 それにしても、ガンプラバトルを始めるのに、年齢は関係ないとは言うけれど……。

 彼の場合、厄介なのは肩書きよりも、キャラクターに対する異常なまでのこだわりかしら?」

 

 レディーの言葉に頷いて、メイジンと呼ばれた後背のサングラスが、逆立てた髪を撫で上げる。

 

「機体への愛着、システムの理解と創意、バトルの実力、全て認めよう。

 彼のような存在は、メタゲームに終始するあまり、機体へのこだわりを忘れてしまっていたファイター達すべてに対する、痛烈なアンチテーゼでもある。

 生粋のガンダムファンだらけの会場に、単身乗り込んでくる胆力も只事ではない」

 

「あら、えらく肩を持つじゃない?」

 

「その上で敢えて言おう……、 気 に 入 ら ん !!」

 

 ドゴン!

 痛烈な台パンが炸裂し、ビリビリと室内の空気が震える。

 レディーはサングラスの下で眉を潜め、呆れたように三代目メイジン・カワグチを見つめ直した。

 

「まさか……、自分の手で制裁するつもりじゃないでしょうね?」

 

「大尉には、また大人気ないと叱られてしまうかな?

 だが挑戦権は未だ、彼ら選手達の方にある。

 この大会が終わるまでは、大人しくしているとするさ」

 

 そう言葉を切って、上空のオーロラビジョンを見つめる。

 新人達によるエキシビジョン・トーナメントも、残すは準決勝・決勝のみとなっていた。

 

「その言葉を聞いて安心したわ。

 このカードなら残念ながら、貴方の出番は残されていないでしょうね」

 

「……それも、どうだろうな?

 あの珍庵和尚の秘蔵っ子となれば、切り札の一つも用意していておかしくは無い筈だが」

 

「チンアン? 一体、何の話?」

 

 レディーの問い掛けに対し、メイジン・カワグチが無言で顎をしゃくる。

 見下ろす視線の先では、丁度、試合を終えた男が、会場の出入り口に差し掛かった所であった。

 その話題の主の傍らで、黄色のパーカーの少年が、何やら言葉を交わしている。

 ハッ、とレディーの瞳に驚きの色が宿る。

 

「ガンプラ心形流、サカイ・ミナト……!

 そう、そう言う事なの……」

 

 

「ぶっはぁあぁぁぁ~~~~~っ!!」

 

 会場から外れたトイレに駆け込んで、そこで俺は肺腑に満ちたヘイトを一息に吐き出した。

 はあ、はあ、と呼吸を整え、ようやっと顔を上げる。

 正面の鏡には、今朝がたよりも大分憔悴したエセ米国人の顔があった。

 今はかろうじて若ギース様のコスプレで通している俺ではあるが、この分では大会の終わる頃には、袴姿の似合う風体に成り変わっているかもしれない。

 

「よお、エラい活躍やったの、ギース様」

 

 後から入って来たサカイくんが、あっけらかんとした口調で声をかけてくる。

 会場の騒乱を気にも留めない大阪モンのお気楽さが、今は心底うらやましい。

 

「――少し、やり過ぎだったろうか?」

 

「うん? あんなモンちゃうの?

 どうせB設定の非公式大会やで?

 あないなダメージ、小一時間もありゃあ治せるわ」

 

「そりゃあ、そうだろうけど……」

 

「……なんや、おっさん。

 アンタ、まだ未練があるんやないやろな?」

 

「うっ」

 

 鋭い。

 ガンダムシリーズ特有のプレッシャーを直に受け、思わず一歩後ずさる。

 

「なるほどのう。

 SNKチューンを施したご自慢のガンプラを手に、ガンダムファンと和気あいあいの文化交流。

 さぞかし楽しい一時になるやろな」

 

「うう……」

 

「アホか! そない甘っちょろいギースが何処におる!?

 こん大会で注目集めて、ギース・ハワードの偉大さを、世界中に再認識させるんちゃうんか!

 そのコスプレは何のためや!?」

 

「あわわ、わ、分かっているさ、そんな事」

 

 サカイくんの剣幕に対し、あわてて頷く。

 そう、この衣装はもちろん、単なる俺のコスプレ趣味と言う訳では無い。

 会場を埋め尽くすビルダーたちの重圧の中、最後まで『ギース・ハワード』の戦いを全う出来るようにと、師匠がくれた餞別である。

 事実、今の俺は「ギース・ハワードを演じている」と言う意識に寄り添う事で、かろうじてここまでの死闘を続けてこられたのだ。

 言うまでも無く、首から上もヅラにカラコン。

 ミナミマチ・シゲルは、日本人の父と日本人の母を組み合わせた、まったくありきたりの日本人である。

 

 なお、余談ではあるが、ギース様の台詞は全て、俺の一か月のボイトレによる成果である。

 若ギースなのにコングとはこれ如何にと言った感じではあるが、本物を使うワケにもいかない。

 諸兄にはNEOWAVE仕様と言う事で納得して頂きたい。

 

「……しかし、今大会の運営委員会は、本当に寛容なんだな。

 一回戦終了後の静寂を見た時には、いつ出禁にされるかと内心ハラハラしたモンだが」

 

「最初っから言うとったやろ。

 こん大会は選手権本戦と違うてユルユルやから、実名さえ出さな大丈夫やって」

 

「そんな大会の審査に落ちるとは、本当に凄い機体だな。

 すーぱーふみなDX」

 

「褒めとんのかケンカ売っとんのかどっちや!?」

 

 打てば響く本場モンのリアクションを前に、ようやく俺の体から固さが抜けていく。

 事実、今大会の存在は、俺にとっても一種の僥倖であった。

 

『サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル』

 

 七年前、新プラフスキー粒子生成を祝して、有志を募って企画されたと言う()公式大会である。

 参加条件はガンプラバトル選手権本戦・オープントーナメントに参加した事が無いと言う、狭義の意味での『素人(アマチュア)』である事のみとなっている。

 

 バトル自体は1対1のトーナメント形式ながら、チームでの参加も可能で、試合前に選手を交代できるというのも、真剣勝負よりもお祭り騒ぎに重点を置いた本大会ならではの特色なのだろう。

 もっとも前述の通り、我が『覇我亜怒コネクション』は、控え選手を務める筈のサカイくんが書類審査で落とされてしまったため、事実上、ギースさま一人で勝ち進まねばならないのだが。

 いやあ、本当にイロんな意味で凄い機体だったんだけどね、すーぱーふみなDX。

 読者諸兄にお見せできないのが極めて残念である。

 

 ともあれ、サカイくんの情報によれば、本大会はガンプラバトル選手権、地方予選を目前に控えた調整機関中のイベントと言う事情もあり、単に勝ち進むよりも、とりあえず目立つ事に主眼を置いた参加者も多いと言う。

 特に第3回大会においては、ジロウ・ド・マンジュ選手の製作したWM風MS『ブルーゲイル』が、並みいる強豪を抑えて見事に優勝を果たしており、その後、特別審査員として招かれていた、タイのルワン・ダラーラ氏とタッグを組んで、メガサイズのジムに立ち向かう映像が各方面に大ウケした事から、本大会の路線が決定づけられたと言われている。

 実際、前試合のヤクト・ドーガの人なども台詞廻しがノリノリで、俺も内心では若干引いた。

 

「とにかく、残りはあと二戦やで!

 大会の注目度もええ感じで上がっとる。

 自分を応援してくれるファンのためにも、気張っていかなあかんで」

 

「ファン?」

 

「さっき会場にいたやろ?

 ハワード・コネクションじみた、けったいな連中が。

 いちガンダムファンとしちゃあ、複雑な心境やけどな」

 

「ああ……」

 

 先ほどの会場の様子を思い出しながら、俺は小さく頷いた。 

 思えば、我ながら随分と遠くに来たものだと思う。

 残り、二戦。

 どこまで戦い抜けるものか?

 もしも決勝の舞台に立てたならば、その最高潮(クライマックス)で、俺は、俺の作ったギース・ハワードは、何処まで辿り着けるのだろうか?

 彼方から響く歓声に耳を傾けながら、俺は、このガンプラ『ナイトメア』を作り始めたばかりの頃を思い出していた。

 

 

 ガンプラ心形流道場の門を叩いてから、一月が経過していた。

 

 その間、ガンプラの素組みから塗装、初歩的な造形術について手ほどきを受けていた俺は、ギース・ハワードの本格製作に入るべく、実家の荷物をまとめ直して、再び大阪の地を踏んだ。

 

「たのもーう!」

 

「おう、来たんか、シゲさん!

 早速やが、ここ一か月の修行の成果を、この兄弟子に見せてもらおうやないか」

 

「押忍! 宜しくお願いします」

 

 早速ノリノリで先輩風を吹かしてきたサカイくんに対し、俺はギースと対峙したビリー・カーンのように謙虚に応じた。 

 広い道場に男二人、作りかけのギース・ハワード(仮)を挟んで向かい合う。

 

「……ほう、ドムにギャンのニコイチ、と来たか。

 まるでツィマッドの魂が形になったかのような機体やな」

 

「いずれはSNKの魂が形になったような機体にしたいんだけどな」

 

 サカイくんの呟きに力無く笑う。

 事実、彼の目の前に置かれたのは、ギャンの上半身にドムの下半身を有した機体であった。

 未だ整形は荒削りで、大雑把にパテを持っただけの外観ではあるが、それでも機体の方向性は分かるであろう。

 

「成程のう、上半身の細身の裸体に対して、袴の太さを切り出した下半身。

 既存の機体のミキシングビルドから、少しずつ整形を重ねて行って、プラフスキー粒子を通そうっちゅう腹づもりかいな?」

 

「ああ。

 腹案としては、市販の『HGすーぱーふみな』の上から、ムキムキとパテを盛って行くと言う苦肉の策も考えているんだが……」

 

「やめんかいドアホッ!?

 わいの大事なフミナちゃんを、そないな事に使われて堪るかい!!」

 

「俺だって嫌だ。

 中の人が女の子なのは、デミトリ戦だけで十分だ」

 

「ったく、冗談はさておくとして、下がドムじゃあ、ギースにしては重うないか?

 手間はかかるが、多彩な足技を再現する意味でも、袴は布地で製作した方がええんやないの?」

 

「それに関しては、一つ試したい事があって。

 とりあえず、上体の方も見てくれないか」

 

 俺の言葉にサカイくんは一つ頷き、ギース(仮)を改めて覗きこんだ。

 

「まあ、ギャンの上半身や言うても、細さと丸みで選んだだけやろうし。

 やっぱり筋肉を盛って行ったら、素体の個性は無くなるわな」

 

「ああ、とは言え顔の造形はまだ、ほとんど手つかずなんだけどね」

 

「……に、しても、これ、ちょっと背筋盛り過ぎちゃうん?

 アキヒロやあるまいし」

 

「うん、実はそれ、肩甲骨の部分にブースターを仕込んであるんだ」

 

「なんやて!?

 あっ、ホンマや、地味にノズルがついとる!」

 

 俺からの思いもよらぬ告白に、サカイくんは驚き、呆れ、ついでプリプリと怒り始めた。

 

「おう、おっさん、いきなりおかしな改造すんなや!

 なんだってギース・ハワードにジェット噴射が必要なんや?

 戦場はスカイステージやあらへんのやで」

 

「その抗議は、実際に動いている所を見てからしてほしいもんですな、サカイ先輩」

 

「ほ~う、中々の自信やないか?

 よっしゃ! そんなら一丁、ここいらで試運転と行こうかい」

 

 言うが早いかサカイくんが腰を上げ、GPベースへと俺を誘う。

 何とも言えぬ微妙な緊張感の中、俺はシャドウギース(仮)をベースの上へとセットした。

 

「取り敢えずはC設定でいくで。

 練習相手はハイモックにしとくから、まずは好きにぶつかってみい」

 

 サカイくんが手慣れた手つきでコンソールをいじくる。

 たちまちフィールドに駆動音が響き渡り、プラフスキーの光が機体を透過する。

 ゴクリ、と一瞬、固唾を呑むも、無事に儀式は終わり、ギースのモノアイに力強い輝きが灯る。

 

「……フ、フフ、フハハハハハ! You reprocess to me!」 

 

「あ、練習やからそう言うのは要らんで」

 

「…………」

 

 気を取り直して、俺はコントロールスフィアを握り直した。

 たちまちギースの体が加速し、プラフスキーに彩られた広大な平原へと飛び出した。

 

 ほう、と一つ溜息をついて、プラスチックの両手を見つめる。

(仮)とは言え、ギース・ハワードの目線で己が肉体を動かす感覚に、ぶるり、と背筋が震える。

 わきわきと、まずは両の指先を動かし、継いでイメージ上のギース様の動きを演じてみる。

 だらりと、無形に備えた基本の姿勢。

 垂直ジャンプ、しゃがみ、ガード、そして片手の肘、手首を連動させての挑発――。

 

「フッ、カモ~ン」

 

「いや、カモーンやないで、お前が来んかい」

 

「……うす」

 

 サカイくんのツッコミを受けて、おとなしく機体を動かす。

 一歩一歩、緩やかな前進から、徐々にスピードを上げ、両手を広げて前傾を取る。

 ズン、ズン、ズン、と踏み出す毎に大地が揺れる。

 

「うん、やっぱりドムの下半身じゃ、ギースより動きが鈍いわな」

 

「まあ、そこは今後の課題として、そろそろ例のブースターを試すさ」

 

 言いながら、俺は右手のスフィアをまさぐり、モードを切り替える。

 重MSドムの基本走行、ホバー移動へ。

 ぐん、とたちまち挙動が変わり、上体を必死に上下させていたギースが水平移動に移る。

 慌てて体勢を立て直し、開いたスタンスで半身を取る。

 左肩を旧ザクのように突き出し、両の掌は気を練るかのように右脇腹の横で重ねる。

 

「お、おお、結構速い……!

 つーかなんや? 違和感があらへん、妙にしっくり来とるで!?」

 

「フフ……、この体勢を見てもまだ気が付かんか?」

 

「ハッ!? そ、そうか、もしかしてこの動き、邪影拳かい?」

 

「フハハ! そうだァ、邪影拳だァ!

 ギース様がアンディの斬影拳を元に独自のアレンジを加えて編み出すも、肝心の技名を聞き間違えていたため、中二ネームになってしまったと言うエピソードで有名な、あの邪影拳だッ!」

 

「そ、そないな黒歴史があったんかい……」

 

 サカイくんが驚きとも呆れともつかない溜息を洩らす。

 その間にも練習用ハイモックとの距離はみるみる縮まる。

 

 ブッピガン!

 

 一切スピードを緩める事無く、勢いの乗った体当たりを思い切り浴びせる。

 更に一歩踏み込んで、追撃の左掌底をきっちりと叩き込む。

 

 このなんちゃって邪影拳ダッシュ。

 これこそが対ガンプラバトル用に考えた秘策の一つである。

 ガンプラバトル用のフィールドは広い。

 元々機動力よりも立ち回りを武器とするギースでは、遠距離からの高速戦闘を仕掛けられたならば手も足も出ない。

 そこで、邪影拳やライン移動攻撃っぽいホバー走行を取り入れる事により、違和感を極力相殺しながら機動力を底上げしようと言うのが俺の狙いであった。

 

「ハアァアァァァ……」

 

 なんちゃって古武術よろしく息吹を吐き出し、よろめくハイモックを追って畳みかける。

 左ジャブ、小足、肘、膝、ローキック、掌底、双掌打。

 重く、疾く、かつ丁寧に。

 イメージの中にある「カッコイイギースさま」の姿を重ね合わせながら、一撃一撃、確かめるように拳を繰り出す。

 距離の開いた相手の胸元目掛け、腰を捻じりながらグルリと右脚を廻す。

 大技、雷光回し蹴り。

 しかし、さすがにドム足でこれは無理があったか、たちまちギース(仮)がバランスを崩す。

 

「っとと!

 やっぱりボディバランスについては、もう一叩きが必要か」

 

「……いや、正直驚いたで、シゲさん。

 ワイの目にも、在りし日のギースの姿がはっきりと見えたわ。

 その年までいじましくトレーニングを重ねて来た執念は、伊達や無いっちゅう事か」

 

「いや、まだだ、本物のギース様はこんなもんじゃない」

 

 珍しくもサカイくんの絶賛を、しかし俺は、頭を振るって否定する。

 これは決して謙遜では無い。

 敵は皆、海千山千のガンプラファイターたち。

 採れる戦法が極端に限られるギース・ハワードにとって、有るか無いかの格闘戦のチャンスを確実に決めるのは必須事項である。

 目押し連携、コンビネーションアーツ、スタイリッシュアーツ、どこでもキャンセル、そして目指すはその先、ギース・ハワードの……。

 

「しかし、今はまずは、これを見せよう!」

 

 一声叫び、力強くスフィアを握り直す。

 連動するギース・ハワードの右腕が高らかと上がる。

 

「烈風拳!」

 

 ぶおん!

 

 俺の魂の雄叫びと共に、褌身の右腕が振り下ろされ、そして、ダイナミックに空を切った。

 

「……ん、あ、あれ?」

 

 思わず熱が冷める。

 見間違いか? 不発? いや、バカな?

 あれだ、きっと調子が悪かったに違いない。

 次だ、次、大丈夫大丈夫。

 

「レップゥケンッ!!」

 

 深呼吸して、ヤクザの事務所に乗り込まんばかりのコング風に力強く叫んだ。

 ぶおん!!

 先ほどにも増して力強い左のアッパースイングが、思い切り空振りした。

 

「うん、シゲさん、どないしたんや?」

 

「レップウケーン、レップウケーン、ダーボウレップーケーン」

 

 サカイくんの問いかけを無視して、俺は必死で叫んだ。

 如何にも日本語が流暢な生瀬風に伸びやかに叫んだ。

 

 ぶおん。

 ぶおん。

 ぶおんぶおん。

 

 棒立ちのハイモックの眼前で、ギース(仮)が健康体操よろしく右に左にスイングした。

 

「そ、そんな、バカな」

 

 がくり。

 OTL

 俺の失望を肌で感じ取ったのか、フィールド上の(仮)が、力無くその場に崩れ落ちる。

 

「烈風拳が、飛ばない、だと……?」

 

 

 

 

 

 

 

 


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